資     料

 

1. 国会における内閣総理大臣および外務大臣の演説

 

(1) 第76回国会における三木内閣総理大臣所信表明演説

                                                    (1975年9月16日)

 第76回国会の開会に当たり,時局に対する私の所信の一端を率直に披瀝して,ご理解とご協力を得たいと思います。

 最初に,重大局面にある日本経済の現状と対策とについて申し述べることにいたします。

 今日,日本経済は,未だかつて経験したことのない複雑な局面に立つています。

 まず第1に,石油危機を契機として,世界的な規模でインフレが起こり,それを克服する過程で不況が拡がりました。わが国もその例外ではなく,インフレと不況とが併存するという異常な状況にあります。そして景気浮揚策と物価安定策とが同時に求められております。

 第2に,この困難な時期に,高度成長から正常な安定成長への転換を図つてゆかなければなりません。

 第3に,こうしたインフレと不況のもとでの転換期に,シワ寄せで苦しむ人々が,できるだけ少なくてすむように,社会的公正と福祉の追求が一そう強く求められております。

 第4に,世界各国の経済の相互依存度の深まりとともに,不況,物価,エネルギー,通貨,資源,食糧等の問題は,世界的な規模での解決を必要としております。そのためには,国際協力がますます必要となつてきております。

 第5に,こうした経済難局に,さらに加えて,巨額の税収入の不足が予想されております。本年度予算の21兆2,800億円の財源として,税収入に期待した分は17兆3,000億円でありましたが,そのうち3兆円を相当上回る税収不足が予想されており,巨額の国債の追加発行が避けられない事態を迎えております。

 世界的な石油危機のもとで生じた物価の急騰を鎮静させるため,政府は物価の安定を経済政策の最重点課題と考え,総需要抑制策を進めてまいりました。

 その結果,物価は落ち着きの様相を示し,消費者物価1ケタ台の目標も来年3月の年度末をまたず,かなり早い時期に実現可能の見通しであります。

 他方,経済活動については,さる3月以降,生産は増加の傾向を持続しております。しかし,個人消費や設備投資が停滞し,特に輸出の不振もあつて,企業の操業度は,なお低位にあります。そのため,企業採算の悪化,雇用の減退等,経済界に苦悩の色が強まつております。

 このような状況にかんがみ,景気浮揚のため,相当思い切つた施策が必要と考えますが,幸い物価の鎮静により,これを実行し得る条件が整つてまいりました。そこで,過去3回にわたる景気対策を上回る積極的な第4次対策を打ち出す決意をもつて準備を進めております。その構想の概略は次のとおりであります。

 公共投資を中心とする予算及び財政投融資の大幅な追加等により,事業規模1兆5,000億円を上回る対策を講ずることにし,これに中小企業向け金融措置を加え,合計2兆円程度の施策を講ずることにいたします。

 なお,金融面においても,景気の着実な回復と雇用の安定を図るため,企業金融の円滑化をさらに進めるとともに,金利水準の引下げを一そう促進する考えであります。

 これらの措置による需要創出効果は,おおむね3兆円程度であり,これにより,本年度下期の実質国民総生産は,相当の回復が見込まれ,景気は順調な回復軌道にのるものと期待されます。

 日本経済にとつて,いまが一番苦しい時期ですが,日本国民の勤勉と叡智と活力に支えられた日本経済は,インフレと不況の困難な事態をあと1,2年の辛抱で切り抜けられると信じて疑いません。そして,新しい長続きのする,正常な安定成長路線に転換し,それを定着させようとするものであります。

 また,国債の追加発行についても,放漫に流れて,新しいインフレ要因となることのないよう,十分慎重にいたすつもりであります。

 今回の景気対策は,「夢よもう一度」と,高度成長経済への復帰を意図するものではないことを,ここに強調しておきたいと思います。

 また,物価安定は依然として重要な課題であります。物価の安定があつてこそ景気浮揚の積極的対策をとることができるのであります。国民の福祉のためにも,その前提となり基盤となるものは物価の安定であります。したがつて,この上とも,物価につきましては,国民各界,各層の協力を得て,できるかぎりその安定を期する覚悟であります。

 以上の考え方に基づき,政府は,近く,この国会に,50年度補正予算及び関連法案を提出いたします。また,すみやかに成立を図る必要のある諸法案及び条約をご審議いただくこととしております。十分ご審議の上,早期成立をお願いする次第であります。

 次に対外関係について申し述べます。

 国際情勢の趨勢は,問題の地域が欧州から中東及びアジアへ,そして問題の内容が東西問題から南北問題へと移行しつつあります。

 35カ国を一堂に集めた全欧安保協力会議の開催とヘルシンキ宣言の採択は,戦後30年のヨーロッパの和解を再確認する歴史的なできごとでありましたが,その根底には,欧州の現存秩序の肯定という共通の考え方があります。

 しかし,中東及びアジアは未だ流動的であります。

 一方,米ソニ極を頂点とする東西関係は,冷戦から緊張緩和へと改善に向かつております。国際関係の多極化も進みました。

 こうした東西関係の緩和と同時に,南北問題の比重がましてまいりました。

 先進工業国と発展途上国の間に,いかにして,真の「対話と協調」の関係をつくり出すかが,これからの世界安定の最重要課題であります。わが国としても,経済・技術協力はもとより,先進工業国と発展途上国との関係の調整にあらゆる外交的努力を傾ける考えであります。

 しかも,問題の処理に当たつては,政治も経済も,また,国内問題も国際問題も,分離して考えることができないほど,相互の関係が密接になり,世界の相互依存関係が深くなつてまいりました。

 たとえば,日本の景気の回復は,発展途上国,とりわけ日本との関係の深い東南アジア諸国の経済にも好影響を与え,また,これら諸国の経済発展に協力することが,日本の経済にも好影響を及ぼすことになります。

 中東紛争についての政府の基本姿勢は,先の通常国会での私の施政方針演説で述べましたとおり,(あ)国連安保理事会決議242号に基づくイスラエル軍の占領地域からの完全撤退,(い)同決議に基づくイスラエル国を含む中東全地域のすべての国の存立と安定の保障,(う)パレスチナ人の国連憲章に基づく正当な権利の回復であります。そしてその目的を,平和的手段で実現するということが日本政府の基本的態度であります。

 しかし,それは1日にしてできることではありません。そこにキッシンジャー米国国務長官のステップ・バイ・ステップの積み上げ方式の意義があるわけであります。今回も,フォード米国大統領とキッシンジャー国務長官の賢明にして辛抱強い調停と,それに呼応した関係諸国の努力により,エジプトとイスラエルとの間に第2次兵力引き離しの協定ができ,戦争の危険が一歩遠のきましたことは,まことに喜ばしいことであります。石油問題で中東と深いかかわり合いをもつ日本にとつては,特に歓迎すべき成果であります。

 しかし,他方,原油価格の値上げがOPECで討議されつつあります。

 輸入石油への依存,エネルギー源としての石油への依存,そのいずれの度合もきわめて高い日本としては容易ならざる問題であります。

 物価が鎮静し,ようやく景気が上昇しつつあるときに,原油の再値上げは,日本にとつての大問題であるのみならず,石油を持たない発展途上国が,深刻な状態におちいることは明らかであります。

 産油国としての主張はともかくとして,この困難な時期に工業製品と原油価格とが果てしない値上げの追いかけつこをしていたのでは,世界経済は不況から脱出することができません。

 私はこの機会に,OPECの産油諸国が,少なくとも,目下開催準備中の産油国と消費国との間の会議の結論を得るまで,あるいは少なくとも世界経済が不況から脱出する目途がつくまで値上げ問題を白紙のまま決定を延期するよう強く訴えたいのであります。

 中東問題とはまた別の意味で,日本にとつて最も関心の深い問題は朝鮮半島の情勢であります。

 私は,ヴィエトナム情勢が急転したからといつて,朝鮮半島の情勢に急激な変化が起きるとは考えておりません。しかし,南北間に緊張状態があることを否定することはできません。

 アジア・太平洋地域の安定のためには,朝鮮半島の緊張緩和が必要であります。その緊張緩和に資する国際環境づくりのために,関係諸国の協力が求められております。

 しかし,当面の課題は,少なくとも現在の南北の均衡状態を維持して,急激な変化を起こさないことであります。そのため引き続き米軍の駐留が必要であります。

 同時に南北両当事者間で,一そうの接触,交流,理解が進むことが,朝鮮半島の安定の基礎であり,それを切に期待するものであります。

 わが国としては,いうまでもありませんが,韓国と,外交関係の樹立10年に及ぶ既存の友好関係を,今後ともさらに一そう発展させてゆく考えであります。

 また,北朝鮮と日本との関係についても,漸次,貿易,人物,文化等の交流を積み重ねて,相互の理解を深めたいと考えております。

 アジア・太平洋地域の安定にとつて,日米・日中,日ソの友好関係が不可欠であります。

 なかんずく,そのカナメをなすものは,日米関係であります。ゆるぎない日米の信頼関係こそが,アジア・太平洋地域の安定の基軸であります。

 先般の日米首脳会談を通じ,私は,フォード大統領との間に,ほんとうに心の通つた人間的な信頼関係を打ちたてることができたと信じます。今後は,この人間的信頼関係を基盤にして,一そう日米友好関係を深めてまいりたいと存じます。

 明年,米国は建国200年を迎えるのでありますが,その歴史的な祭典を前にして,天皇・皇后両陛下の,これまた歴史的なご訪米が行われます。

 もとより,政治を離れた親善のご訪米ではありますが,それにより,日米間の真の友好,親善が再確認され,さらに増進されるという歴史的意義をもつものであります。国民の皆さんとともに,一路ご平安なご旅行をお祈りいたします。

 また,日中関係につきましては,日中共同声明に明記された4つの実務協定のすべてが締結されることとなり,日中友好関係は着実に進展しております。平和友好条約交渉についても,日中両国は,その早期妥結の熱意において一致しており,両国民の願望である日中永遠の平和友好関係の基盤とするにふさわしい条約の締結を期しております。

 日ソ間においても懸案の領土問題を解決して平和条約を締結するため,今後引き続き努力をいたします。

 最後に,8月4日にマレイシアの首都クアラ・ルンプールで起きました,米国大使館等襲撃事件について申し述べたいと存じます。

 それは,ちょうど私が首脳会談のため,ワシントンに到着した真夜中に発生しました。東京からの連絡で事件の全ぼうを確かめた上,私は53人に及ぶ人質の人命尊重を第一義として処置するよう指示しました。人質全員が無事救出されたことは,不幸中の幸いであつたとはいえ,犯人たちの不法な要求を通させたことは,法治国家としてまことに残念であります。本件措置は,当該実定法の規定がないため,緊急措置として政府がとつたやむを得ない措置であります。しかし,これは,法治国家の政府決定としては,まことに異例の緊急措置でありますので,この際特に国会にご報告いたします。

 政府は,今後国内的な諸対策を強化することはもちろん,国際的な協力を推進し,この種の事件再発防止に万全を期する考えであります。

 以上,当面の緊急問題にしぼり,所信の一端を申し述べましたが,今日の重大時局を乗り切るためには,過去にとらわれない創造的発想が求められております。

 水平線の彼方にある21世紀に通じる展望をもつた発想と実行が求められております。

 理想と現実とを,平和主義,民主主義によつてつなぐ,新しい理想主義と新しい現実主義とが求められております。

 今日,民主政治と議会制度とが,はたしてこの新しい理想主義と新しい現実主義の担い手になれるかどうかの試練に直面しております。

 与野党を問わず,国会も政党もこうした厳しい時代の試練に耐え抜いて,民主政治と議会制度とを守り抜こうではありませんか。今日,この政治体制以外に,人間の自由と尊厳と人権の尊重とを保障する制度はないと信ずるからであります。重大なる歴史的転換期に立つて,私はこの信念のもとに,議員の皆さん,国民の皆さんのご理解とご協力を得てこの難局打開に全力を傾倒することを誓うものであります。

 

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(2) 第76回国会における宮澤外務大臣の外交演説

                                                   (1975年9月16日)

 最近の国際情勢を概観し,わが外交の基本方針について,所信の一端を申し述べます。

 今日の世界経済は,極めて困難な局面に立つております。

 世界経済は,今や戦後最大の不況の中にあり,世界の諸国の多くはインフレ進行の防止に努めながらも,景気回復の道を模索しております。また,このような世界経済の停滞から開発途上諸国が受けている打撃も深刻なものがあります。

 このような状況にあつて,世界のすべての諸国は,近年ますます深まりつつある相互依存関係を十分認識し,対話と協調の精神の下に,インフレの再燃を惹起することなく当面の深刻な不況からの脱出を図り,かつ,世界経済の発展を維持・増進するために,努力を傾注しなければなりません。わが国としては,世界経済の運営に大きな影響力と責任を有する主要関係諸国との緊密な協調の下に,世界経済の不況を克服するための方策を探求してまいりたいと考えます。

 エネルギー問題は,現在世界経済が直面する最も困難な問題であり,世界のいかなる国も単独ではこれを解決することはできません。特にわが国は,エネルギーの大半を海外からの輸入に仰いでおり,国際協調と対話の精神に基づいた施策を進めることが必要であります。

 原油の価格がこれ以上引き上げられれば,世界経済の低迷状態が長期化するおそれがあります。この点について産油国の理解を得て,産油国と消費国とが対決ではなく,あくまで対話と協調により相互の繁栄のため調和ある解決を導き出していくべきであると考えます。

 幸いわが国を含む関係国の努力により,産油国との対話は近いうちに再開される見込みであります。従来から一貫して産油国との間に調和ある関係の樹立に努力してきたわが国としては,あくまでもかかる観点からこの対話に積極的に取り組んでいく所存であります。

 一次産品の需給及び価格等の安定

は,開発途上国であると先進工業国であるとを問わず,世界経済全体にとつての緊要な課題になつてまいりました。かかる見地より,一次産品に関する国際協議の準備が着実に進められつつあることは,わが国としても歓迎するものであります。一次産品はその品目が多種多様であり各々の特性にも相違がありますので,各品目別に,開発途上国の利益となり,かつ関係諸国にも受け入れられるような解決策を探求することが不可欠であります。特に開発途上国の輸出所得安定化のために,しかるべき世界的な制度を設立することは検討に値すると考えます。

 いわゆる南北問題は,今日国際社会の直面する最も重要な課題のひとつとなつております。先に申し述べました諸点も,南北問題と多かれ少なかれ関連する問題でありますが,南北間の諸問題の中で基本的な課題は,いかにして開発途上諸国の民生の安定と経済の発展を図るか,また,南北間において,いかに建設的な協力関係を維持・発展させるかということであります。この問題の解決を図り,調和ある国際協力関係の形成に努めることは,世界各国の共通の責務であると申せましょう。他の先進諸国に例をみないほど海外,ことに開発途上諸国との関係の深いわが国としては,これら諸国の立場に十分な理解を示すと同時に,これら諸国と隔意なき対話を深め,各般の協力を着実に進めることが基本的に重要であります。そのため二国間の協力及び国際連合その他の国際機関を通ずる協力を積極的に推進してまいる所存であります。

 第7回国連特別総会に対するわが国の参加も,このような見地に立つものであり,わが国としては,同特別総会の成果も勘案し,南北間の協力関係増進のためできる限り国際的合意が達成されるよう努めてまいる所存であります。

 特別総会に引き続き,国際連合の通常総会が開催されます。国連は,本年創立30周年を迎えますが,この間世界の平和と経済発展のために貴重な役割を果たしてまいりました。わが国としても,今後とも国連に対する協力を押し進め,その機能強化のためできる限りの努力を行うとともに,多角的な外交を展開する場の一つとして,国連を積極的に活用してまいる所存であります。

 次に,世界各国,各地域との関係について申し上げます。

 今日,日米間の友好協力関係は,両国外交の主要な礎をなすとともに,国際社会における強靭でかつ安定的な力となつております。

 日米両国は民主主義の基本的価値観を共にする友邦であり,それぞれの特性と両国の互恵的,補完的関係を十分に活用しつつ,確固たる信頼に基づく建設的な対話を通じて,世界平和と繁栄のために貢献していくべきものと考えます。

 8月はじめ,三木総理大臣訪米の際,フォード大統領との間で,一層安定した平和な世界秩序の実現のための諸原則が示されるとともに,今後の日米協力関係の基本的方向が明確にされたことは,この意味で誠に時宜を得た有意義なことでありました。私は,このような基本的方向を十分に踏まえつつ,今回合意をみました米国国務長官との年2回の協議等を通じ,日米協力の一層の強化のために最善の努力を尽くす所存であります。

 今般,エジプトとイスラエルの間でシナイ半島に関する新協定につき合意を見るに至つたことは,誠に喜ばしいことであります。この成果を得るに至つたことにつき,各当事国及び米国の熱意と努力をわが国は高く評価するものであります。今般の合意は,平和的な話合いにより中東紛争の解決への前進が可能であることを示す証左として,大きな意義を有すると考えます。

 いうまでもなくこれは平和への新たな一歩であり,これを基礎として関係各国が更に努力を続けることにより,一日も早く中東地域に公正かつ永続的な平和が実現されるよう強く希望するものであります。かかる和平の達成のためには解決すべきの多くの問題がありますが,政府としてはパレスチナ問題が極めて重要な問題の一つであると認識しております。

 今後ともわが国としては,産油国,非産油国を問わず中東諸国と人的・文化的交流,経済・技術協力の一層の拡大を図ることにより友好協力関係の増進に努め,中東地域の安定的かつ健全な発展に寄与し得るよう努力する所存であります。

 インドシナにおける戦火の終息により東南アジアの情勢は新しい局面を迎えました。インドシナ地域においては,今後復興と建設が進められ,民生の向上が図られることが期待されます。インドシナ周辺の諸国においては,それぞれの国内の経済的,社会的な体質強化の努力と並行して,ASEANの動きにみられるように地域的連帯を強めようという気運が高まつております。また,政治,社会体制を異にする国との関係を調整しようという動きも顕著になつております。

 わが国といたしましても,このような新しい情勢に対応して,従来から密接な関係にある東南アジア諸国との間に,良き隣人としての関係を強化するよう一層努力してまいるとともに,インドシナ諸国とも友好関係の確立とその増進に努める所存であります。

 朝鮮半島については,その平和と安定が推持されることをわが国は強く望むものであります。そのためには当面,南北間の均衡が保たれるとともに,急激な変化が起きないよう来軍が引き続き駐留することが必要と考えます。

 もとより朝鮮半島における永続的平和の確立のためには,全朝鮮民族の願望である南北朝鮮の統一が平和的に達成されることが望ましいことは申すまでもありません。このため,朝鮮半島における両当事者があらためて1972年の南北共同声明の精神に基づいて,現在中断されている対話を早急に再開し,南北朝鮮の平和的統一のために忍耐強い努力を続けるよう希望するとともに,南北朝鮮間の関係の進展を促進するような国際環境が醸成されることが必要であると考えます。

 韓国との友好協力関係の維持発展は,わが国の朝鮮半島に対する基本政策であり,引き続き韓国とのこのような関係を推進していく所存であります。

 また北朝鮮については,今後とも貿易・人物・文化等の分野における交流を積みあげていく方針であります。

 日中関係につきましては,8月15日東京において両国間の漁業に関する協定が調印されました。これにより日中共同声明第9項で約束されていた4つの実務協定のすべてが締結されることとなりますが,このことは日中友好関係が同共同声明に基づき着実に進展しつつあることを示すものであると信じます。

 政府としましては,日中両国間の永遠の友好関係の基礎を築くべく,日中平和友好条約の締結になお一層努力してまいる所存であります。

 ソ連との間に善隣友好関係を発展させることは,わが国外交の一貫した方針であります。しかしながら,戦後30年を経た今日,未だにわが国固有の領土である北方四島の返還問題が未解決のまま残されていることは,極めて遺憾に存ずる次第であります。政府としては,本問題を解決し平和条約を締結するため,一層の努力を傾ける所存であります。

 今日世界が共通に直面している諸問題の解決には,同じ先進民主主義国家としての立場に立つ諸国間の緊密な協力が不可欠であります。このような観点から,米国との関係に加え,太洋州諸国,カナダ及び西欧諸国との友好協力関係の一層の強化に努める所存であります。

 また,東欧諸国は,わが国と政治・経済体制を異にしておりますが,外交の基盤を拡大するとの観点から,これら諸国との友好関係の維持促進に努めてまいりたいと考えております。

 更に,中南米,インド亜大陸及びアフリカ諸国との関係の増進も,幅広いわが外交努力の重要な一環であります。かかる観点より,中南米地域に対して先般福田副総理の訪問及び財界代表から成る使節団の派遣が行われた次第であり,また,インド亜大陸の諸国とも各般の協力と交流の拡大に引き続き努めてまいりたいと考えます。

 アフリカにおいては,本年に入りモザンビーク,カーボ・ヴェルデ,サントメ・プリンシペがその念願の独立を達成したことは,誠に喜ばしいと考えております。わが国としては,これら新生諸国を含めたアフリカ諸国との交流を進め,また,これら諸国の国造りに対し,諸分野での協力を一層拡大していく所存であります。

 政府はこれまで核拡散防止のための国際的努力に積極的に協力するとの立場を内外に表明してまいりました。私は,今国会に審議が継続されている核兵器不拡散条約の批准のための承認が,できるだけ近い時期に得られるよう強く希望するものであります。

 諸国間の相互理解を増進することは,今日の国際関係の安定と発展にとつて重要な課題となつております。政府といたしましては,各国との間に各種の文化交流を今後とも推進し,諸国民との心のつながりを培うことに努めてまいる所存であります。

 以上,わが国の外交につき所信の一端を申し上げました。

 国民各位の御理解と御支援をお願いいたします。

 

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(3) 第77回国会における三木内閣総理大臣施政方針演説

                                                       (1976年1月23日)

 ここに第77回国会が再開されるにあたり,政府の施政に対する基本方針を申し述べ,国民を代表する議員の皆さんと国民の皆さんのご理解とご協力を得たいと存じます。

 今年,昭和51年,1976年は,20世紀最後の四半世紀を踏み出す第1年目であります。21世紀へのスタートの年としての新しい芽を育てる決意であります。

 しかしながら,このスタートの年は,国内的にも国際的にも,歴史的な大転換期に遭遇しております。

 日本経済は,石油危機を契機として,年間実質成長率10パーセント程度から,ゼロ成長に転落いたしました。高度成長路線を支えた条件,たとえば,安い石油とか,工場の容易な立地条件といつた内外の支えは,今やほとんど失われてしまいました。われわれは,2度と再びかつてのような高度成長路線には戻れないことを覚悟しなければなりません。これからの日本経済は,成長スピードを減速した適正な成長路線に切りかえられなければなりません。しかし,私は,それを徒らに嘆くのではなく,むしろこれに積極的に取り組んで,健全な安定路線への転換を図るべきものと信じます。

 しかしながら,設備も雇用も借入金も,すべていまだ高度成長時代の引きつぎであります。それを新しい路線に円滑に切り換え,いかに適応させていくかは,大変な難事業であります。しかし,この障害を突破せずしては,日本経済は立ち直れません。

 この路線転換の難事業を,できるだけ犠牲をなくして成し遂げることが緊急の要請であります。国民総ぐるみで,英知をしぼり,協調の精神を発揮して,この困難を突破する覚悟を持たなくてはなりません。

 それは企業にだけ求められている問題ではありません。行政,財政においても同じことで,高度成長時代の安易なる考え方を断ち切つて,発想を転換し,行政,財政両面にわたつて合理化を進めてまいります。

 こうした経済路線転換の問題に加えて,今日,世界経済を苦しめている不況と物価高の同居する,いわゆるスタグフレーションの難問題に日本経済も直面しております。

 一方に不況,失業の谷,もう一方に高物価,インフレの谷がありますが,われわれは,どちらの谷にも落ちずに,「インフレなき経済発展」を図らなければならないのであります。それを,全体主義的な統制経済のやり方ではなく,政府,企業,組合,個人の良識と自制と協調に基づく自由・民主のやり方でやろうというのが,われわれの決意であります。

 昨年11月に,パリ郊外の古城ランブイエに集まりました先進民主主義工業国の6カ国首脳会談で約束しましたことも,まさに,それでありまして,民主的手法と国際的協力によつて,不況と物価の難問題を解決しようとお互いに決意を固めた次第であります。

 今日の世界は相互依存がますます深まつています。それだけに,従来のやり方を繰り返しているだけでは決して問題は解決いたしません。

 先進民主主義工業国の団結と協力が必要なことはいうまでもありませんが,それだけでは不十分であります。社会主義国の影響力にも,産油国の発言力にも,そして,石油を産出しない発展途上国の窮状にも,十分なる考慮が払われなければなりません。

 特に,非産油途上国の困窮を放置しておいては,世界経済の本格的な立ち直りを期待することは困難であります。

 国家間には表面上のいさかいの姿があるにもかかわらず,人類は,いまや,いや応なしに,一つの運命,一つの世界に,追い込まれつつあります。われわれはこの世界史の趨勢を深く認識しなければなりません。

 このように,国内的にも,国際的にも,われわれは,いまだ経験したことのないほどの,新しくかつ極めて困難な問題に直面しております。まさに世界の試錬,日本の試錬であります。

 これらの課題に対処する三木内閣の施政方針の基本的態度を以下4項目に分けて申し述べたいと存じます。

 第1は,当面の緊急課題であります。第2は,21世紀への挑戦であります。第3は,防衛と外交の路線確立であります。そして最後に,以上の3項目の実行についての私の国民の皆さんに対する訴えであります。

(当面の緊急課題)

 私は,当面の緊急課題を2つの問題に絞つて申し上げたいと思います。それは不況と政治不信の問題であります。

 第1に,今年の最大緊急課題は,不況を脱出して,適正な安定成長路線への転換を図ることであります。

 もちろん,物価に対する監視は常に怠つてはなりませんが,当面は景気浮揚に全力をあげる方針であります。

 三木内閣が発足した時の最大緊急課題は,何といつても,あの異常なる物価を鎮静させることでありました。

 政府の総需要抑制政策による物価対策は成功いたしました。昨年3月を目標とした消費者物価15パーセント以下は,予定通り達成いたしましたし,今年の3月を目標とした,10パーセント以下も達成される見通しであります。

 ところが,不況の方は,4回にわたる景気対策にもかかわらず,回復力はまだ弱い段階にあります。

 もつとも,全般的にみれば,いわゆるマクロ的には,鉱工業生産は昨年の春に底入れし,景気回復の基調はできたのでありますが,いわゆるミクロ的には,個々の業種や企業にバラツキがあり,また日本企業のもつ雇用や借入金依存の特殊事情も手伝い,まだかなり深刻な問題が残つていることも事実であります。

 しかし,第4次景気対策に引きつづき,今国会でご審議願う来年度予算及び経済運営では,景気の順調な回復と雇用の安定を図ることを最優先目標としております。財政においても公共事業と住宅に重点を置きました。公共事業予算は,予算全体の規模が前年比14パーセント増であるにかかわらず,21パーセント増にいたしました。住宅に関しては,第3期住宅建設5カ年計画を策定して,公的資金による住宅建設350万戸,民間の自力建設と合せて860万戸の建設を目指しております。

 すべての努力を傾け,51年度は,実質5ないし6パーセント程度の経済成長を達成できると考えております。

 また,アメリカ経済の上昇とヨーロッパ経済の回復兆候は,日本経済を勇気づける材料であります。

 しかしながら,先程申し述べましたように,日本経済はその体質と構造とを変革しつつ転換期に処さなければならないという二重の課題を抱えております。したがつて,景気回復を図るとともに,新しい経済秩序の建設のために,創造的努力を怠つてはならぬのであります。

 緊急課題のもう一つは,政治不信の解消であります。

 国民が行政と国会運営とに不信を抱き,議会制民主主義に懐疑的になる時には,独裁政治と全体主義の誘惑が出てまいります。

 対話と協調,清潔と改革を唱えて発足した三木内閣に対し,現在いろいろな批判がなされていることは承知しております。

 政治浄化と近代化とは,空念仏に終らないか。社会的公正の実があがらないのではないか。不況からの脱却が遅れるのではないか。国会は対話どころか対決の場ではないか。こういつた国民の厳しい声が聞こえてまいります。

 私は衿を正してその声を聞き,私の全エネルギーを燃焼し尽くしても,その声に応えなければならぬという深い責任感を覚えております。菲才ではありますが,私は一身を投げうつてもやる決意であります。

 国民の要望に応えて政治の信用を回復するために,政府のなすべき仕事は,数多くありますが,中でも,現下の緊急課題として,先に述べた不況対策のほかに,私は次の4点を考えています。

 それは,1つ,ルールと約束ごとは守るという法治国の精神に基づいた社会秩序の確立。2つ,対話と協調精神の徹底。3つ,誠実に努力するものが報いられる社会的公正の保障。4つ,生命をいたわる人間尊重主義の徹底。この4点であります。

 具体的に申せば,第1の,法秩序と社会秩序の維持の中には,スト権ストの問題が含まれます。

 三公社五現業のスト権問題ですが,私は,違法スト-処分-抗議スト-処分という悪循環を断ち切る転換点は,違法ストを自制することにあると思います。「違法ストは強行するが,処分はやめてもらいたい」ということでは,悪循環は永久に断ち切れません。

 他方,政府もまた経営のあり方,当事者能力,関係法令の改正の3問題について,専門家の意見も十分にきいた上で最終方針を決定いたします。公労協側も,法を守るという基本態度を確立することを要請いたします。

 また,改正された政治資金規正法と公職選挙法のもとで行われる来たるべき総選挙でも,この法律尊重の精神が生かされて,清潔な選挙を通して,政治への信頼が回復されることを大いに期待いたします。金力,権力など手段を選ばす式のやり方がはびこる限り,政治への信頼は回復されません。

 第2の,対話と協調の精神の徹底については,特に国会運営と与党関係のあり方の改善が重要と考えます。

 国会は良識の府として,また,重要なる国政審議の場としての機能を発揮し,国民の期待に応えるのでたくては,議会制民主政治は維持できません。

 審議拒否の独善も,数のみに頼る安易な態度も,いずれも国会の権威と信用を落とす以外の何ものでもありません。国会運営と与野党間の対話と協調につき,格段の工夫,改善がなされることを強く要望するものであります。

 第3の社会的公正の中には,教育の機会均等,諸種の社会保障,税制改革,その他多くの問題が含まれます。なかでも,老人,心身障害児者,母子世帯,生活保護世帯等の経済的,社会的に弱い立場の人々の生活の安定と福祉を図ることには,来年度予算でも特に配慮しました。

 しかし,社会的公正に関連して,特に論議の対象となつているのは,独禁法の改正問題であります。

 独禁法は競争の公正化,消費者の利益擁護を図ろうというものであります。基調は,あくまで自由経済,市場経済でありまして,社会主義経済ではありません。

 ですから,独禁法改正というのは,時代の要請に応える節度ある自由経済体制を堅持するためのルールづくりをするということであります。

 この点をよく理解していただいて,関係者の納得のいく形で再度改正案を提案して,国会の御審議を願おうと思つております。

 第4の,国民の生命の安全を保障する上で,政府の責任は極めて重大であると考えております。

 毎日の新聞紙上には,さまざまな暴力行為などの殺ばつなニュースが絶えません。災害のニュースも絶えません。交通事故では1年に2万人以上の生命が失われています。薬や環境汚染による被害があります。このことについては,私も心を痛めております。

 生命の安全は,人間が最も本能的に求めるものであるだけに,政府もその安全確保に万全を期さなければならないことはいうまでもありません。

 交通事故対策としては,死亡者数を5年間のうちに,少なくとも一番多かつた年の半分にするべく,5カ年計画を発足させます。

 災害対策としては,科学技術を総動員して,事前の予防に最善を尺くします。

 薬や環境汚染対策としては,事前検査や事前の環境調査を厳重にいたします。

 しかし,なかでも最も国民の協力を得て達成いたしたいことは,種類の如何を問わず,目的の如何を問わず,あらゆる暴力を根本的に否定するという思想と風潮を全国民に浸透させたいことであります。

(21世紀への挑戦)

 以上に述べました緊急課題の解決も,その場しのぎのものではなく,21世紀を展望した長期視野に立つものでなければなりません。

 そういう意味で,息の長い,民族発展の将来に思いをいたすとき,私は,特に次の4つの問題を重要と考えております。それは,(1)教育,(2)科学技術,(3)福祉,(4)繁栄の基盤の4点であります。

 第1は教育でありますが,その重要性はいかに強調してもしきれるものではありません。

 資源に恵まれない日本ですが,天の与えた最大の恵みは人であります。無限の能力を秘めた人間こそ,日本の宝であります。その能力を引き出すのが教育の責任であります。

 現在,教育を受けつつある青少年こそ,21世紀に活躍する未来の創造者であります。今日の教育をおろそかにすることは,21世紀に対する責任の回避にほかなりません。

 ところが,今日の教育が,日本の青少年の知,徳,体の均衡のとれた教育成果をあげ得るや否やについて,各方面の強い批判があります。現状では,のびのびとした創造的な人間の育成が期待でき難いのではないかという懸念も広く国民の中にあります。

 政府はこういう批判に応え,こういう懸念を解消するため,3つの方向の教育改革を実行したいと考えています。

 第1は,国立大学の共通学力テストを試みる等入学試験制度の改革であります。

 第2は,高校新増設のための国庫補助や,専修学校制度の新設など学校教育の機会の拡充であります。

 第3は,教育指導面の強化による学校教育の質的充実であります。

 私は教育を政争の外におくことと,がりがりの競争第一主義と入試第一主義を排することを期待しております。最近文相が提唱した「助け合い教育」などは教育界に新風を吹き込むものとして,私も賛同するところであります。

 第2は,科学,技術の重視,活用であります。

 21世紀は,人類連帯と科学技術の時代となるでありましょう。科学技術面での教育研究,開発に遅れをとる国民は,21世紀の後進国となりかねません。

 それだけに,科学技術の分野にたずさわる人の責任は重大であります。教育同様に,科学技術も分野も政争の外にあらねばなりません。

 原子力発電及び原子力船の安全性,環境汚染,災害の防止,都市再開発,さらには21世紀の無限のエネルギー源になる可能性があるといわれる核融合の問題等々,人類の資源と自然とをめぐる無数の課題は,科学技術者の公平な判断力と創造的能力に依存しなければならぬ問題ばかりであります。

 政府としては,本当に信頼できる科学技術の発展,本当に平和に奉仕できる科学技術の発展のために努力いたします。

 第3は,国民福祉に対する新しい総合的な取り組みであります。

 当面の福祉対策についても,優先度について,厳しい選択を行いつつ,真に必要な施策を計画的,かつ積極的に推進することにし,社会保障関係費は50年度に比し,22.4パーセント増額し,一般会計予算に占める割合も19.8パーセントに高めました。

 私は福祉社会建設こそ,近代民主政治の目標であると考え,多年,この問題を真剣に検討いたしてまいりました。

 人生にはいろいろの段階がありますが,そのいずれの段階においても,各人の人生観と価値観に従つて,自由に生きがいのある社会を実現することが必要であります。それが私の描く福祉社会でありますが,そうした福祉社会を支える2つの柱となる基本精神があります。

 1つの柱は,生涯のそれぞれの段階で機会さえ公平に保障されるならば,あとは個人の意志と努力次第という独立,自助の精神であります。

 もう1つの柱は,生涯のいずれの段階であれ,個人の努力ではどうにも解決のつかない経済的,社会的困難に陥つた人に対しては,国が救済の手を差しのべるという最低限の保障であります。連帯と相互扶助の精神であります。

 また同時に,私の構想する生涯設計計画は,教育も就職も住宅も,医療も,老後も,すべて含む総合的なものであります。

 私は,英国型,北欧型でもない日本型福祉政策を目指しております。この計画を具体化する第一歩として,ことしから政府においても総合的検討を進めることにいたしました。

 第4は,21世紀へかけての民族繁栄の基礎固めであります。

 先に述べましたとおり,日本経済は適正な安定成長路線への転換とともに,その体質と構造を変えていかなくてはなりませんが,そのためには中小企業と農林漁業,地方行財政,労使関係,国際協力という4つの重要な課題があると考えます。

 第1の中小企業と農林漁業につきましては,その振興なくして日本経済の繁栄はないということであります。

 当面の対策としては,中小企業においては,金融対策及び小規模事業対策に重点を置きました。また,農林漁業対策としては,自給力向上のための基礎整備,生産対策等を重視いたしました。しかし,いずれも構造改革による生産性向上という長期構想の一環としてとらえてまいります。

 第2に,国民生活の向上のために地方行財政の健全化を図ることが不可欠であり,このため,地方の自主的努力を期待するとともに,政府もこれがため,一そうの努力をいたしてまいります。

 第3の労使関係につきましては,相互理解と信頼の上に立つたよりよき労使関係が生まれることを期待しております。

 21世紀に向かうにつれ,日本の企業は低賃金の発展途上国,政治優先の社会主義国,合理化の進む先進工業国の三方からの競争にさらされることになります。

 このような国際的条件のもとで,より合理的な労使関係が樹立されて,勤労者の生活の安定が図られることを願うものであります。政府としても,それに役立つ環境づくりの労をいとうものではありません。

 第4の国際協力には,ランブイエ精神に現われているような先進民主主義工業国間の協力,体制を異にする社会主義国との協力,発展途上国との協力が必要であります。

 なかでも,発展途上国との協力は,わが国にとつて重要であります。

 政府としては,長期展望に立つて,発展途上国の国民の生活向上と国際平和につながる協力を進めてまいります。

 特に,今後予想されます世界的な食糧と人の不均衡対策として,発展途上国の食糧増産計画に対する国際的協力を促進したいと考えております。

(外交と防衛の路線確立)

 私は外交と防衛とを,国の安全を図るという政府に課せられた重要なる責任の両面としてとらえております。

 複雑な内外情勢に対処して,国の安全を図るには,外交と防衛と内政の全般にわたる総合的対応策を必要といたします。

 ベトナム情勢の急転後,わが国の防衛論議に変化がみられます。問題を現実に即して考えようという傾向が現われつつあることを歓迎いたします。これをきつかけとして,いままであまりにも距離のあり過ぎた与野党の間の防衛に対する基本的な考え方についての対話が進められ,防衛問題が国民全体の問題として建設的に取り上げられるようになることを期待いたします。

 私は国の守りの基本として4点をあげます。

 第1は,国民の抵抗の決意であります。国民の生命,財産,生活,独立を侵すものには断乎として抵抗するという国民的決意であります。その決意の現われが自衛隊であります。

 第2は,堅実なる国内体制確立であります。政治や社会が腐敗し,経済が疲弊し,国民が自信を失うときには,国は内部から崩壊いたします。

 第3は,平和を維持する外交であります。日本みずからが平和を乱すもとになつてはならぬことはもちろんですが,日本を取り巻く国際環境を安定させる外交努力は,国の安全を守る重要なる要素であります。

 第4は,国際協力に基づく集団安保であります。今日,いかなる軍事大国といえども,一国だけの力で安全を全うすることはできません。軍備は無駄だから非武装がよいというのでは飛躍し過ぎた非現実論であります。

 世界の現状においては,集団安保体制が日本のとるべき道を考え,日米安保体制を継続していく決意であります。

 私は,以上,4点に集約された考え方のもとに,国民的支持を背景として,量より質を重視し,基盤的防衛力を整備しようとする新しい防衛構想を推進してまいりたいと思います。

 また,非核三原則は堅持いたしますから,核武装は絶対にあり得ません。この点を内外に明らかにする意味からも,核拡散防止条約の批准のための承認が今国会で行われますことを切望いたします。

 やろうと思えばできる技術と経済力を持ちながらも,日本国民が核武装をみずから放棄する決意をした点にこそ世界に訴える平和説得の道義力が生まれるものと私は信ずるものあります。

 アジア・太平洋地域の安全は,日本の安全にとつての大前提要件であります。

 アジア・太平洋地域の安定のために,日米,日中,日ソ,日韓の関係強化,ASEAN及び太洋州諸国との関係強化を図り,さらにインドシナ諸国との外交関係,北朝鮮との交流を進めてまいります。

 たかでも,強固なる日米関係の推進,発展が日本外交の基軸であることには変わりありません。

 安全保障の観点からも,民主主義の観点からも,また,経済貿易の観点からも,いずれをとらえても,日米は極めて自然なパートナーであります。

 本年は米国にとつて建国200年を迎える記念すべき年であります。政府はそれを心から祝福するとともに,日米間の,相互理解,相互信頼,相互協力を一そう増進する決意であります。

 日中関係につきましては,4年前の日中国交正常化以来,約束された4つの実務協定の締結はすべて完了し,残るは平和友好条約の締結のみであります。私は相互理解を一そう深めて,できるだけ早い機会に条約締結に漕ぎつけ得るよう努力いたします。

 ここに,日中国交正常化に多大の貢献をされた偉大なる政治家,周恩来国務院総理の逝去を改めていたむものであります。

 日ソ関係につきましても,政府は,日ソの友好,協力関係の増進に努力しております。しかし,日ソ間には,依然として領土問題が未解決の問題として残つております。

 先般,グロムイコ外相の訪日の機会に,この問題を話し合いましたが,ソ連側のかたい態度は依然として変わりはありませんでした。政府は今後ともこの問題の解決のため,忍耐強い努力を続けてまいりますので,国民のご支援を得たいと思います。

 しかし,日中,日ソ間には,それぞれの懸案があるとはいえ,経済,文化及び人の往来の面では,着実に関係は深まりつつあります。

 日韓関係は,いろいろの問題が介在しましたが,友好関係の根底にはゆるぎはありません。しかし,相互理解増進の努力を怠つてはならぬと考えます。

 また,日韓太陸棚協定の批准のための承認が,他の外交案件同様,今国会で行われるよう希望いたします。

 ASEAN諸国と大州洋諸国との関係の緊密化は,アジア・太平洋地域の安定と繁栄のため,歴史が新しく求めているものであると考えますので,これら諸国との相互理解と友好関係の増進には一そうの努力を払います。

 長い戦火の終熄をみたインドシナ諸国との新しい外交関係は政府の重視するところであります。この地域の新しい政権の動向は,今後のアジア・太平洋地域の安定と密接に関連しております。

 同様に,朝鮮半島における南北関係の動向もまた,アジア・太平洋地域の安定と密接に関連しております。

 朝鮮半島の現状に急激な変化をもたらすことは,かえつて朝鮮半島の安定をそこねるものと考えます。しかし,わが国と北朝鮮側とが互いに正確な情報を欠いているという状況は,不要な疑心暗鬼と警戒心を起こすことになりかねません。ですから,漸進的に北朝鮮との交流も進めてまいり,相互が正確に理解し合えるようにしたいと考えています。

 以上,アジア・太平洋地域の問題を申し述べましたが,それは世界の他の地域への関心が低いという意味では決してありません。

 現に,昨年11月のランブイエ会議にも積極的に参加しましたように,政府は,日本,北米,西欧,それに太洋州も加わるべき先進民主主義工業諸国の協力には大いに貢献したいと考えています。日米に比べては,比較的立ち遅れている日欧間の相互理解の増進にも大いに努めたいと考えています。

 中東紛争については,日本は石油問題を通じて死活的な関係をもつておりますだけに,その関心度には極めて深いものがあります。

 政府は,国連安全保障理事会決議242号が完全に実行され,パレスチナ人の国連憲章に基づく正当な権利が承認されるとともに,イスラエルとPLOの対話の実現を切望するものであります。そうした対話と協調の精神に則つて,中東地域に正しく,かつ永続できる平和が訪れることを強く希望しております。

 また,アンゴラの武力紛争による不幸な事態に対しては深い関心をもつておりますが,外国の軍事介入が停止され,一日も早く平和が達成されるよう願つております。

 もとより,中近東,アフリカさらに中南米の諸国との間においては,相互理解と友好協力関係の一そうの強化に今後とも努力してまいります。

 平和憲法の精神からいつても,貿易に依存する資源小国たる日本の立場からいつても,平和世界なくしては,日本は存立し得ないのであります。

 それだけに,世界の平和と安定のためには,日本は特別の関心をもち,できるだけの努力をいたすべきものと考えます。わが国は軍事的にはなにもできませんが,経済,政治,文化の諸分野で貢献できる余地は少なくないと考えております。

(国民への訴え)

 以上,率直にわが国の実情並びに私の信ずる政治理念と政策とを述べてまいりました。

 この際,特に国民の皆さんに訴えたいことがあります。

 それは,自主性と協調の問題,国益の問題,それに権利と責任の問題であります。

 自主外交が求められています。しかし,それは決して反対することが自主で,協調することが追随というわけではありません。協調することを自主的に決めることも自主外交で

あります。

 国益とは,国際協調を排した一方的なる利己利益主張と理解されることがあります。

 しかし,これほど相互依存度の強まつた今日の世界ではそうした狭隘な国益論は通用いたしません。

 また,権利を主張するに急で,その半面の責任や義務が無視されることがいろいろの国内問題を起こしております。

 こうしたことが,外交や政治を時に極めて困難にすることがあります。

 世界にも,日本にも,多様な考え方があります。それを力によらず,相互理解と善意と良識によつて調整していくのが民主政治であり,平和外交であると信じます。

 政治体制にもいろいろありますが,私は,長く議会政治にたずさわつてきた議会人として,日本にとつては,やはり議会制民主主義が最も適合している政治体制であると信じて疑わないものであります。

 しかし,それは,内政においても,外交においても,議会運営はいうまでもありませんが,私のいう対話と協調でなければ,真価を発揮できない制度であります。

 私は重ねて対話と協調とを訴えて,民主政治擁護に挺身することを誓うものであります。

 以上,私は内外の諸問題につき,極めて厳しいことを述べてまいりましたが,それは私が日本国民を信ずるが故に,あえて申し上げた次第であります。私は,いざというときに日本国民が発揮してきた英知と和の精神と献身の歴史を信じます。過去幾多の困難をのりこえてきた日本国民であります。

 必ずや日本民族の活力を発揮して現下の困難をのり切り,明るい明日への道を切り開くことができることを確信いたします。

 私も根かぎり献身いたします。

 議員の皆さんと国民の皆さんのご理解とご協力を願つてやみません。

 

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(4) 第77回国会における宮澤外務大臣の外交演説

                                                   (1976年1月23日)

 第77回国会の再開にあたり,わが国をめぐる国際情勢を概観し,わが国外交の基本方針につき,所信を申し述べます。

 過去数年来,国際関係の構造は著しい変容を遂げつつあり,人類社会は20世紀の最後の四半世紀を迎えて,新たな安定と発展への道を求めております。

 世界経済は,一部に景気回復の動きがあり,最悪の事態を脱したと見られるものの,なお多くの問題が残されております。特に,開発途上諸国の抱える困難は,一部の産油国を除き,現下の世界的不況によつて一層増大しております。このような状況の下で,世界経済が直面する諸問題の解決及び南北間の対話と協力の促進を目指して,昨年来一連の国際的努力が緒についたことは,世界の将来にとつて重要な意義を有するものであります。

 国際政治について見れば,米ソ関係においては,多少の停滞がみられるものの基本的には両国間の対話が継続されており,また,米中間でも,フォード大統領の訪中が行われ,両国関係改善のための接触と努力が続けられております。中東においては,関係当事者間の努力によつてシナイ半島に関する新協定が成立するに至つております。また,東南アジアにおいては,インドシナ情勢の大きな変化をみた後,インドシナ諸国及び近隣のアジア諸国は,それぞれ新たな秩序と安定を求める動きを示しております。

 このような動きがある中で,世界には依然不安定要因を抱える地域が各所にあります。また,各国の間には政治体制,経済の発展段階あるいは歴史的背景等による立場の相違があり,更に開発途上諸国は国際社会における自らの主張を一層強める傾向がみられます。

 しかしながら,国際的相互依存関係がかつてなく深まつた今日では,いかなる国も孤立して平和と繁栄を享受することは困難であります。従つて,各国が政治,経済いずれの分野においても相互尊重と互譲の精神に基づき,対決を回避し,協調を進めることが時代の要請となつているのであります。

 このような情勢の下でわが国は,いかにして自らの安全と発展を確保し,また,国際社会全体の平和と進歩に貢献すべきでありましょうか。

 第1に,わが国は,平和憲法の下で安定した平和国家としての外交に徹し,いかなる国とも敵対関係に立たず,対話を旨として体制や立場の相違を超えて多角的な外交を展開し,もつて国際関係の安定に寄与する必要があります。

 第2に,広く国際協力の増進を図り,わが国としても適切な役割を果たすことによつて,世界各国が当面する共通の諸困難の解決と,国際社会全体の調和ある発展に貢献する必要があります。

 以上の2つの基本方針に基づき,わが国の外交を推進するにあたつては,日米間の友好協力関係をわが国外交の基軸として維持増進することが不可欠であり,同じ理念を有する西側の民主主義諸国との緊密な提携に努めることが基本的に重要であります。また,身近なアジアの諸国との友好関係の促進に特段の努力を払うことも当然であります。

 このような基本的な立場に基づいて,若干の主要な国際問題に関し採るべき施策について申し述べます。

 まず,国際経済関係について申し述べます。

 世界経済に活力を吹き込み,これを安定的発展の軌道に乗せることは当面の最大の課題であります。この課題は,全世界的努力を要するものでありますが,殊に国際経済において大きな地位と責任を有するわが国をはじめとする主要先進諸国が果たすべき役割は重大であります。昨年11月開催された先進6カ国のランブイエ首脳会議は,このような意識に基づくものであります。この会議を通じ,各国首脳は,諸困難克服への決意を分かち合い,国際経済上の諸問題の取り組み方について原則的合意を得ることができたのであります。わが国としては,ランブイエ宣言にうたわれた協力の精神に基づき,具体的成果を逐次達成するよう諸国とともに努力してまいる所存であります。

 エネルギー問題は,今後とも世界が取り組まねばならない困難な問題の一つであります。この問題の帰趨に重大な関心を有するわが国は,関係国間において,協調の精神により妥当な解決が見いだされることを強く希望し,このため各般の努力を払つてまいりました。その意味で,昨年12月国際経済協力会議閣僚会議が開催され,産油国を含む開発途上国と先進工業国との間で,具体的対話が開始される運びになりましたことは,誠に喜ばしく,わが国としても,今後ともこの対話が成果を十分上げるよう協力していく所存であります。

 南北問題は,今日,世界の最重要課題の1つとなつております。昨年9月の国連特別総会以来,南北間において対話を進める新たな動きが見られ,また,国際経済協力会議の結果,本年2月よりエネルギーをはじめ,一次産品,開発,金融の各分野において,具体的検討が開始されることとなりました。

 わが国は,今後とも,国際経済協力会議や第4回国連貿易開発会議等の場を通じて,南北間の対話と協力の進展に積極的に寄与する考えであります。政府としては,このような各種の協議によつて,一次産品問題の解決策や援助,貿易等に関する実行可能な諸提案につき,検討が促進されるよう期待するものであります。また,政府援助についても,農業や社会開発の重要性に留意しつつ,その増大に従来以上の努力を行うとともに,開発途上諸国との幅広い経済協力の推進に努める所存であります。

 次に,世界各国,各地域との関係について申し述べます。

 日米間の友好協力関係は,今日極めて強固なものとなつております。昨年秋の天皇・皇后両陛下の御訪米の際に,日米両国民の間に友情が大きな高まりを見せたことは,我々の記憶に新しいところであります。日米関係は,このような両国民間のゆるぎない友情と安全保障,政治,経済,文化,科学等広汎な分野における両国共通の利益によつて支えられております。

 昨年1年間,日米両国は,三木総理の訪米,私とキッシンジャー国務長官の度重なる話合い等を通じて,国際政治,経済上の諸問題について,相協力して解決策を見いだすための努力を払つてまいりました。わが国としては,今後とも世界的規模において,米国との効果的な協力を進めるよう努力を傾ける所存であります。

 今日の世界において,国際関係の安定化と国際協調の増進を図るためには,北米,西欧及び大洋州の先進民主主義国との緊密な協力がわが国にとつて不可欠であります。EC諸国は,国際社会の重要な問題の解決に当たつて,一層大きな役割を果たしつつあります。わが国としては,EC諸国をはじめとする西欧諸国との協力の拡大と相互理解の増進に一層の努力を払う所存であります。同時に,同じ太平洋に面する先進諸国の間で,太平洋地域の安定と発展のため,相互の提携を深める努力も重ねてまいりたいと考えます。

 アジア地域は,わが国と長い交流の歴史があるのみならず,わが国の安全に深いかかわり合いを持ち,経済的にも極めて密接な関係を有する地域であります。

 昨年は,インドシナの政治地図が塗り変えられ,この地域の情勢は大きく変化いたしました。長い戦火の終息を見たインドシナの諸国においては,この地域に新しい秩序を形成し,その下において復興と建設を進めることに努力しているように見受けられます。ヴィエトナム民主共和国との関係については,双方の大使館が開設される等,友好関係を発展させるだめの基礎づくりが進んでおります。政府としては,日越関係をはじめとしてインドシナ半島全域との関係を着実に発展させるよう努めてまいりたいと考えております。

 他方,インドシナの新情勢に直面したASEAN諸国は,その地域的な連帯と自主性を強化し,各々自国の国力培養に努力しております。わが国としても,このような動きを歓迎するものであり,2月下旬に予定されているASEAN首脳会議の成果に期待したいと考えます。政府としては,今後ともASEAN諸国,更にこの地域に隣接するビルマとの友好協力関係を一層強化し,もつて東南アジア全体の平和と発展に貢献していきたいと考えております。

 朝鮮半島については,その平和と安定が,わが国のみならず東アジア全体にとつて極めて重要であることは論を俟たないところであります。わが国としては,南北双方の当事者が対決的姿勢を避け,1972年7月の共同声明の精神に基づき,民族の願望である平和統一に向かつて実質的対話を再開するよう強く希望するものであります。政府としては,国際的な均衡や枠組が同半島の平和の維持に貢献して来た事実を十分に評価し,尊重するとともに,南北朝鮮間の関係改善を促進するような国際環境の醸成のため,あらゆる機会を通じて関係諸国と協力していきたいと考えます。

 1965年に正常化された日韓関係は,10年余の期間種々の障害を乗りこえて発展してまいりました。両国間の善隣友好協力関係は,日韓両国民のたゆまぬ努力によつて引き続き維持発展させていく必要があると考えます。かかる見地からも,また,新たな石油供給源の確保のためにも,日韓大陸棚協定が今国会において承認を得られるよう強く希望する次第であります。

 北朝鮮との関係については,今後とも貿易,人物,文化等の分野における交流を漸次積み重ね,相互が正しく理解し合えるようにしたいと考えております。

 中国との関係については,昨年12月に漁業協定が発効したことにより,1972年9月の日中共同声明に明記された4つの実務協定のすべてが締結されたこととなり,日中関係は着実に進展しております。政府としては,今後とも,この共同声明を基礎として,両国間の善隣友好関係をより一層確固たるものにしていく方針であります。

 日中平和友好条約の交渉については,両国とも,その早期妥結の熱意において一致しております。政府としては,日中永遠の平和友好関係の基盤とするにふさわしい条約が,両国国民に真に納得のいく姿で早期に締結されるよう格段の努力を払つてまいる所存であります。

 昨年9月,パプア・ニューギニアが独立し,太平洋地域の新たな一員となりました。わが国は,これを心から歓迎し,同国との間の友好協力関係の増進にできる限りの努力を払う考えであります。

 インド亜大陸諸国との関係については,わが国としては,従来よりこれらの諸国との間に存する良好な関係を今後とも維持増進するとともに,同地域の安定と発展に寄与するため,引き続き努力をいたす所存であります。

 ソ連との関係については,今般グロムイコ外務大臣を4年振りにわが国に迎え,平和条約の締結交渉を行い,併せて漁業問題等の日ソ間の諸問題及び国際情勢一般について率直な話合いを行いました。平和条約交渉において,私は,北方四島の返還を強く求め,今や日ソ両国は領土問題を解決し平和条約を締結すべき時期であると強調しました。これに対するソ連側の態度には遺憾ながら依然として固いものがありましたが,会談の結果,双方は,1973年の共同声明を再確認し,平和条約の早期締結のため交渉を継続することに合意しました。

 政府としては,今後とも経済,貿易,文化等を中心に,幅広い分野において日ソ関係の発展に努めるとともに,領土問題を解決して平和条約を締結する努力を粘り強く続けてまいる所存であります。

 東欧諸国との関係は,近年,人的交流及び貿易経済関係を中心に発展してきておりますが,わが国としてもこのような傾向を歓迎し,今後ともこれら諸国との相互理解と交流の増進に努める考えであります。

 中東紛争に関しては,今般の国連安全保障理事会の討議に見られるように,パレスチナ問題が次第に焦点となりつつあります。わが国は,国連安全保障理事会決議242号が完全に実行されるとともに,パレスチナ人の国連憲章に基づく正当な権利が承認されなければ,中東紛争の全面的解決はあり得ないと考えております。その糸口を見いだすためにも,イスラエルとパレスチナ人を代表するPLOとが現実的立場にたつて,なんらかの形で話合いを始めることが必要と考えます。わが国としては,中東紛争が話合いの精神に基づき一日も早く公正に解決されるよう,関係当事者が引き続き可能な限りの努力を払うことを切望するものであります。

 また,政府としては,今後とも中東諸国との人的・文化的・経済的交流,及び経済・技術協力の一層の拡大を図ることにより友好協力関係の増進に努め,もつて中東地域の発展に寄与するよう努力する所存であります。

 アフリカにおいては,昨年,幾つかの非自治地域が独立を達成したことは誠に喜ばしいと考えております。わが国としては,これら新生国を含めたアフリカ諸国との交流を多面的に進め,また,その国造りに対し各般の分野で協力を一層拡大していく所存であります。ただ,アンゴラにおいて,現在武力抗争が続いていることは極めて不幸なことであり,わが国としては,諸外国の軍事介入が停止され,一日も早く平和が訪れるよう衷心より希望する次第であります。

 わが国は,中南米諸国との間で,伝統的友好関係を踏まえ,経済・技術協力を中心に幅広く緊密な関係の確立に努めてまいりました。わが国としては,これら諸国の近年の発展振りにも留意しつつ,今後とも友好関係の維持強化に努力するとともに,各種の交流を通じ相互理解の増進を図つていく所存であります。

 次に,本年は,わが国の国際連合加盟20周年に当たります。わが国としては,今後とも国連憲章の目的実現のために協力し,普遍的な国際機関としての国際連合の活動に積極的に参加してまいる所存であります。

 核兵器不拡散条約については,わが国がこの条約に署名してから既に6年近くが経過しております。政府としては,第75回国会から引き続き審議が継続されているこの条約について,その批准のための承認が今国会で得られることを心から希望するものであります。この条約の批准により,核拡散防止のための国際的協力に積極的に参加するばかりでなく,非核・平和国家として軍縮特に核軍縮の推進に一層の努力を尽してまいりたいと思います。

 次に,海洋法については,来る3月中旬より海洋法会議が再開され,引き続き新しい海洋法条約作成のための交渉が行われる予定であります。政府としては,わが国の国民的利益をできる限り擁護すべき全力を尽すとともに,今日の世界の趨勢にも留意して,衡平な海洋の新秩序確立に向かつて傾ける所存であります。

 国際文化交流は,諸国民との間の相互理解の促進に大きな役割を果たすものであり,政府としては,今後とも国際交流基金等を通ずる文化交流事業を海外広報活動とあわせ拡充していく所存であります。

 最後に,変動を続ける国際情勢に機動的に対処し,わが国の外交を広く積極的に展開していくために,政府としては,引き続き外交体制の整備に努めていく考えであります。

 以上,わが国を取り巻く国際情勢を概観し,わが国の外交につき所信の一端を申し述べました。

 国民各位の御理解と御支援をお願いいたします。

 

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