第8節 海をめぐる国際協力-第3次国連海洋法会議

 

 

1. 概   況

 

 第3次国連海洋法会議は,新海洋法条約採択をめざして国連により召集され,その第1会期が73年12月にニューヨークにおいて開かれ,会議の組織及び手続問題を審議した。第2会期はヴェネズェラの首都カラカスで74年6月より8月まで10週間開催され,表決手続採択後,実質問題の審議に入り,本会議及び3つの委員会において,各国の一般演説及び提案が行われた。(ニューヨーク及びカラカス会期の経緯は各々昭和49年版外交青書上巻181ページ以下,及び昭和50年版上巻353ページ以下参照。)

 カラカス会期に引き続き,75年3月17日より8週間にわたり,第3会期がジュネーヴで開催された。しかし,後述のとおり,ジュネーヴ会期では交渉の完結をみることなく,審議は76年3月15日より8週間にわたるニューヨークの第4会期に引き継がれることとなつた。

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2. ジュネーヴ会期の審議状況

 

(1) 概   況

 ジュネーヴ会期には,国連の加盟国及び非加盟国141カ国が参加したほか,国際機関やアラブ・アフリカ地域の解放団体がオブザーバーとして参加した。

カラカス会期では公開の一般演説が行われたのに比し,ジュネーヴ会期では,各問題の実質的な政治折衝を促進するため非公式協議を中心として新海洋法条約採択のための打開の道を探求しようとの努力が行われた。しかし,交渉の進み方は遅く,各国とも次第にあせりの色を濃くしてきた。かかる状況下で,アメラシンゲ議長は,交渉の基礎となる単一草案がないことが大きな障害となつているので,各委員長がこのような単一草案を作成すべきであるとの提案を行い,本会議で承認された(会期半ばの4月18日)。その結果3つの委員会の各委員長が自己の責任において作成した単一草案が議長提案という形で,会期の最終日(5月9日)に各国代表に配布された。

 この草案の性格については,それまでに提示された提案又は将来修正案等を出す権利を害するものでないこと,非公式な性格であること,及び交渉の一つの基礎にすぎないことが草案表書で明らかにされた。しかし,ジーネーヴ会期以降の各種の非公式協議ならびに1976年3月15日から5月7日迄開催されたニューヨークの第4会期において,この単一草案に沿つて審議が行われ,交渉促進上大きな役割を果たすこととなつた。

(2) 単一草案の概要

 単一草案は,各委員会毎に第1部,第2部及び第3部に分かれており,合計304カ条からなつている。(第1部は75条,第2部は137条,第3部は海洋汚染防止の部44条,科学調査の部37条,技術移転の部11条の構成となつている。)なお,7月に至り,第4部として18条からなる紛争解決に関する草案が議長から提出された。

(イ) 領   海

 領海の幅を12カイリまでとすること自体には一般的な合意があり,単一草案においてもその旨規定されている。ただし,領海の幅を12カイリまでとすることは,国際海峡の通航制度及び200カイリの経済水域(エコノミック・ゾーン)と密接に結びついており,一括して解決されるべきものと考えられている。

(ロ) 国 際 海 峡

 領海の幅が12カイリに拡大されることに伴つて生ずる国際海峡の通航制度の問題については,できる限り自由な通航を主張する先進海運国と一般領海と同様無害通航を主張する海峡沿岸国との立場が対立している。単一草案では,海峡沿岸国に限定された範囲で法令制定権を認めているものの,基本的には妨げられない通過通航という考え方に立つて,全ての船舶及び航空機につきできる限り自由な通航を確保しようとしている。

(ハ) 経済水域(エコノミック・ゾーン)

 距岸200カイリまでの海域で沿岸国に排他的資源管轄権を認めるべきであるとの経済水域の主張は,すでにカラカス会期を通じて,その設定自体は大勢を占めたが,その内容については種々見解が分かれ,合意は成立しなかつた。

 ジュネーヴ会期においては,ノールウェーのエベンセン海洋問題担当大臣を中心とするグループで非公式協議が重ねられ,エベンセンがまとめた案文が基礎となつて,単一草案の規定が作成された。即ち,沿岸国は,沿岸から200カイリの排他的経済水域内において,生物・非生物資源を含めて全ての天然資源の開発等に関する主権的権利及び科学調査,汚染防止を含め特定の事項に関する管轄権を有することになつている。また漁業資源については,沿岸国はその最適利用を促進すべきこと,許容漁獲量の全部を漁獲する能力を持たない場合には,その剰余分につき,他国の入漁を認めなければならないこと等を規定し,漁業実績国の漁獲の可能性をも認める内容となつている。また,内陸国,地理的不利国は,原則として隣接国の排他的経済水域内で漁業に参加する権利が認められている。

(ニ) 大 陸 棚

 沿岸国の海底に対する主権的権利が及ぶ範囲について,大陸棚の定義をめぐる論争という形で主張が対立している。即ち,距岸200カイリまでに限るべしとの距離説と,陸地の自然の延長が200カイリを越えて続いている場合は自然の延長の外縁までの海底資源について沿岸国の主権的権利を認めるべきであるとの自然の延長説とが対立している。単一草案では大陸棚の範囲は陸地の自然の延長の外縁までとし,外縁が200カイリ以内で終る場合にはその範囲を200カイリまでとするとの規定となつている。また,距離説と自然延長説の妥協として,200カイリを越える大陸棚の資源開発から得られる収益については,沿岸国で独占せず沿岸国とその他の国々との間で一定の割合で分配するといういわゆるレヴェニュー・シェアリングの考え方が規定されている。

(ホ) 群   島

 フィリピン,インドネシア等多数の島から成つている群島国家は,最も外側の島を直線で結び,これによつて囲まれた水域は,公海ではなく群島水域として主権が及ぶとの主張を行つている。単一草案では,群島理論の適用される国を明確にするため,群島国家についての定義を定め,群島水域における船舶及び航空機の通航権の確保や群島水域内の他国の漁業等の既存利益の保護につき規定を置いている。

(ヘ) 深海底資源開発

 国家の管轄権の及ぶ範囲より先の深海海底には,マンガン,ニッケル,銅などを含むマンガン団塊が大量に賦存することが知られている。その資源を,誰がどのような方式で開発するかという開発主体・方式・条件の問題,設定されるべき国際機構のあり方,さらには深海海底資源開発の陸上産品市場へ及ぼす影響の問題をめぐり,従来先進国側と開発途上国側とで意見が対立していた。

 単一草案は開発途上国側の主張を大きく取り入れた規定となつている。即ち,深海海底開発は,国際海底機関による直接開発を原則とし,国際海底機関が認める範囲内でのみ,私企業等は合弁の形などで資源開発に参加しうる。また海底機関の主要機関として,総会,理事会,海底裁判所,エンタープライズ及び事務局が設けられ,エンタープライズは開発活動に直接従事することとなつている。その他,深海海底からの資源開発により,陸上の資源産出国が経済的打撃を受けないように種々の配慮がなされている。

(ト) 海 洋 汚 染

 海洋汚染の原因としては,陸上からの廃棄物の流入,海底の石油等の開発に伴うもの,海洋投棄等種々の要因があげられるが,船舶による汚染が最大の焦点となつており,とりわけ汚染防止のために沿岸国がどのような法令を制定し,またどの程度まで違反船舶を取締りうるかが問題となつている。単一草案は,基本的に先進海運国寄りの主張を取り入れ,汚染を起こした船舶の取締りはその船が入港した時点で行う入港国主義を基本とし,また沿岸国の設定する基準は基本的には国際的に統一された基準によるとの考え方をとつている。

(チ) 科 学 調 査

 経済水域内における科学調査に関する沿岸国の管轄権が焦点となつているが,単一草案は,資源に関する調査と基礎的調査に分け,前者については,事前の通報のみならず,沿岸国の同意を要するとの規定を設けている。

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