第2節  通 商 問 題

 

 

1. ガット

 

(1) 新国際ラウンド

 73年9月の東京宣言により開始が正式に決定された新国際ラウンドは,米国通商法成立後の75年初頭から実質交渉段階に入つたが,深刻な国際経済情勢,農業の扱いをめぐる米・EC間の対立等もあり75年内なこは必ずしも,はかばかしい進展を見なかつた。しかし,75年11月のランブイエ首脳会議において77年が交渉完了の新たな目標とされ,同年12月の貿易交渉委員会もこれに合意したこともあり,今後交渉の本格化が予想される。

 交渉各分野の当面する主な問題点は次のとおりである。

<関税>

 関税引下げの一般的方式を決定することが当面の重要課題である。米国は基本的に一律引下げ方式指向のようであり,またECはハーモナイゼーション方式(高関税はより大幅に,低関税は相対的により小幅に引き下げることにより各国の関税構造の均質化を図る方式)を主張している。わが国としては,できるだけ実質的引下げを可能にするような方式づくりを目指している。

 引下げ方式の他,開発途上国に対する特別扱い,例外の扱い等が問題点としてある。

<非関税措置>

 数量制限,輸入ライセンス,補助金,相殺関税,製品規格,包装表示,関税評価,輸入書類等広範多岐にわたる問題がとりあげられている。このうち製品規格の分野では既に多角的コード案が作成されている。

<セクター・アプローチ>

 選択された分野につき全ての貿易障害の調和的軽減を図ろうとする補助的技法であり,対象分野にカナダが銅,米国が鉄鋼,アルミ,化学品,重電機,エレクトロニクスを示唆しているほか,開発途上国がその関心セクターをとりあげるよう主張している。

<セーフガード>

 貿易の自由化が進むにつれて安全弁としてのセーフガードの重要性が高まるが,これが乱用されれば自由化の成果を減殺することとなる。

 無差別適用を堅持すべきか,選別的適用を認めるか,代償供与,報復権限を不可欠の要素とするか否か等が重要な争点である。

<農業グループ>

 市場アクセスの増大を目指す米国,豪州,カナダと共通農業政策堅持を基本方針とするECとの間で対立がある。わが国は多量の農産物を輸入に依存せざるをえない立場から農産物の安定供給の確保を重要関心事項としている。

<熱帯産品>

 熱帯産品は東京宣言において「特別かつ優先的セクター」と規定されており,わが国は他の主要先進国と共に76年3月1日に開発途上国からのリクエストに対しわが国のオファーを提示した。

 以上に加え,輸出制限問題及び国際貿易ルール改正問題が課題として残されている。

(2) ガットの諸活動

 新国際ラウンドと並行して,理事会を中心としたガットの一般的活動も重要である。例えば,豪州はガット19条を発動して,自動車,履物,鉄鋼板などの輸入制限を実施したが,わが国,ECはガット理事会等においてかかる措置の早期撤廃を求め,鉄鋼板な二ついては撤廃,自動車については一部撤廃が行われた。またECやわが国の牛肉輸入制限について,豪州等牛肉輸出国との間にガット22条協議が行われ,善処がはかられるなど,ガットの枠内において,各国の保護主義防圧のための種々の話し合いが行われた。

 75年7月,ガットに18カ国協議グループが設置された。これは,日,米,EC等先進7カ国と開発途上国11カ国からなるグループで,国際貿易に重要な影響を与える各国の貿易政策について事前調整の役割を果たし,また国際収支と貿易政策との関連においてIMFとの協調をはかることを目的としたものである。

 開発途上国の貿易開発のためには,CTD(貿易開発委員会)が春秋2回会合を開き,ガット第4部の実施状況の検討等を行つている。

 また,ガットのダンピング防止協定に基づいて設けられているアンチ・ダンピング委員会においては,各国のダンピング防止措置が協定に反して不当な貿易障害となつていないかを審査しており,わが国も米国,カナダがわが国の産品についてとつている措置について公正な運用を要請した。

(3) ガット繊維国際取極

 取極第2条は,76年3月末迄に数量制限撤廃交渉を終了させることとしているが,取極発効後2年を経過したにもかかわらず,各国の交渉はあまり進展しなかつた。しかしながら,75年を通じ,繊維委員会が2回,繊維監視機関が17回開催され,2条の実施状況はじめ,二国間協定や紛争の検討,勧告等活発な活動が行われた。

 未曽有の繊維不況を反映して世界的に輸入制限の圧力が高まつている中で,本取極の持つ意義は大きい。

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2. 貿易制限自粛宣言の更新

 

 いわゆる貿易制限自粛宣言(「貿易プレッジ」と通称される)は,74年5月のOECD閣僚理事会において,OECD諸国が行つたものである。本宣言は,73年末の石油価格高騰等に伴いOECD地域全体としての経常収支が赤字となるという状況の下で,各国がその国際収支等の困難に対処するため輸出入およびその他経常収支の一方的制限並びに輸出等の人為的促進措置を導入する危険が高まつたことを背景に,上述の如き措置の新たな導入を1年間回避するとの政治的意図表明であつた。

 75年5月のOECD閣僚理事会では本宣言の1年更新が検討された。わが国をはじめ各国とも宣言がそれまでの1年間貿易制限等の蔓延の回避に有用であつたと評価するとともに,なお多くの国が国際収支上の問題をかかえ,また景気後退により保護主義的な貿易制限措置がとられる危険性も高まつているとした結果,同宣言の向こう1年間の更新が採択された。

 貿易プレッジの妥当な実施を確保するために,OECDの枠内での一般的協議制度の十分な活用が定められており,実際にいくつかの貿易制限的措置の事例につき協議が行なわれ連鎖反応の防止に大きな効果を上げている。

 また,75年秋のランブイエ首脳会議においても,自由貿易体制の維持・強化があらためて合意され,その一環として貿易プレッジの再確認が行われた。

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3. 主要国における対日輸入制限問題

 

 74年来の世界的不況の下で,75年を通じ国際収支困難に悩む開発途上国のみならず,主要先進国においても保護貿易主義の圧力が強まつた。このような動きに対し各国政府は,ガット,OECD主要国首脳会議などにおいて自由貿易体制維持のため努力を続けたが,それにもかかわらず輸入制限措置が導入されるに至つた場合もあつた。

 これら輸入制限的動きは,国際的収支上の理由のみならず特定産業分野における需要の大幅減退により生じた操業率の低下,失業発生を背景としていることが指摘される。

 わが国の輸出品目には,このような輸入制限措置の対象となつているものが多く,また実際に輸入制限の対象とならなくとも,輸入制限に先立つダンピング等に関する審査の対象となることにより影響を受けているものもある。したがつてわが国は,ガット,OECD等の多国間協議および二国間協議の双方の場を通じて,自由貿易体制を維持すべきであるとの立場からこれらの動きに対処した。

 わが国の輸出に対する影響を中心に,主要先進国における最近の動きを見れば次のとおりである。

(1) 米   国

 輸入救済条項(エスケープ・クローズ)の発動要件緩和及びダンピング防止法の改正等を含めた1974年通商法が1975年1月に施行されて以来,米国関係業界のエスケープ・クローズ及びダンピング申請が急増し,国際通商委員会(ITC)及び財務省によるこれら調査の件数が増加した。75年中に日本製品についても,特殊鋼,工業用ファスナー,金属洋食器等11件が前者の対象となり,乗用自動車等10件が後者の対象となつた。特殊鋼については,国際通商委員会が産業被害ありと認定し,大統領に国別輸入数量制限を勧告したところ,米政府は主要対米輸出国に市場秩序維持協定交渉(不調の場合はITCの勧告に則し一方的輸入制限)を求めた。このような保護貿易主義的動きの高まりの背景としては,不況のため産業界より輸入制限を求める声が強まつていること,通商法がそれ以前の通商拡大法に比べ輸入救済措置の発動要件を緩和していることが産業界の提訴を促していること等があげられる。

 しかし,米政府は非ゴム履物,金属洋食器についてはITCの勧告にもかわらず輸入救済措置をとらず,産業調整援助措置で対処するなど特殊綱を除いては自由貿易体制維持の努力を示した。

(2) カ ナ ダ

 近年の不況を背景に,繊維,電子工業,自動車及び同部品といつた構造的脆弱性を有する分野で保護主義的傾向が強まつており,反ダンピング法に基づく業界の提訴件数も増加の傾向にある。国内の保護措置を求める声を反映して,国税省のダンピング決定件数も増えてきており,75年1月国税省の仮決定で黒となつた日本製品はカラーテレビ等4件がある。

(3) 欧州共同体(EC)

 EC域内においても輸入制限を求める声が強まつているが,EC構成国は貿易依存度が高く,また輸出拡大により不況を克服するとの考えからEC委員会,構成国とも輸入制限等保護主義的政策に対しては否定的な立場を採つている。また現在構成国は域内国に対して輸入制限措置を採ることはできず,また域外第3国に対しても最終的にはEC理事会の判断が必要とされるので各国の恣意的な措置導入が抑えられていることも挙げられる。

 構成国の中で動向が注目されるのは,英国及びイタリアである。英国では不況による失業の深刻化及び国際収支上の理由から75年末,一時的輸入制限措置が導入された。わが国の製品についてみると,カラーテレビの受像器及びブラウン管,白黒ポータブルテレビが輸入監視制度の下におかれたものの実質的影響は少ない。他方自動車,ベアリング,電子機器等については自主規制が行われ,印刷機械,サッカリンがダンピング調査の対象となつた。イタリアにおいては,74年4月から75年3月まで輸入担保金制度が実施された。

 ECの要求により1975年,鉄鋼業の不況に関しOECD貿易プレッジに従つてコンサルテーションが開催され,ECは各国に鉄鋼の対EC輸出の自粛を求めた。

(4) オーストラリア

 73年に実施された関税の一律25%削減等による輸入の増加及び構造的問題を有する産業分野における雇用維持等の理由により,自動車,繊維,衣類産業を中心に保護主義的動きがみられた。

 76年1月現在,数量制限では自動車,履物,鋼板等,関税割当では繊維品,家庭用電機製品等,高関税では自動車タイヤ及び17インチ以上の白黒テレビが対象となつている。

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