第2章 国際経済関係
第1節 世界経済の回顧と展望
(1) 75年の世界経済の課題は,インフレと国際収支の制約の下で戦後最大の不況から回復をはかることであり,各国はその経済運営にあたつては,きわめて微妙な舵とりを求められた。こうした中で各国の経済体質の強弱が,かなりはつきりと表面化したことも同年の特徴の一つであつた。
(2) 先進国経済においては,73~74年来の総需要管理政策の効果の浸透もあつて,75年には物価の騰勢傾向は一部の国を除きようやく落着きはじめ,国際収支の改善にも顕著なものがあつたが,他方で景気は,74年後半から75年初にかけて極めて深刻な不振に陥つた。インフレの鈍化にともない各国の経済運営の重点は徐々に景気対策へと移されてきたが,その回復テンポについては各国間でかなりのバラつきが看取された。米国では,75年3月の減税措置の採用後,個人消費の回復を挺子に,いちはやく同年第2四半期より景気が上昇に転じ,その後もわが国や欧州諸国をリードする形で順調な回復過程をたどつた。75年央以降相次いで本格的な景気対策を採用した西独・仏等では,75年の秋口から76年初頭にかけて景気の回復基調が定着した。他方,英国ではインフレの抑制が思うにまかせず景気回復に力強さを欠いた。また伊は政情不安等から76年1月に為替市場への公的介入を停止し(その後3月に再開),ついでリラ防衛のため再度引締め政策に転じたので,景気への悪影響が懸念された。
(3) 産油国経済においては,豊富な外貨収入と旺盛な開発意欲を反映し,その近代化のテンポは著しく早まつたと思われる。他方75年の産油国全体の経常収支は,開発資材等の輸入急増と,先進国経済の不振に伴う石油輸出の減少から前年より黒字幅がかなり縮小した模様である(OECD事務局によれば74年の670億ドルから75年は430億ドルとなつた)。この過程で輸入吸収能力の違い等から各国間に格差が生じる傾向がみられ,産油国内部での意見調整の必要も一層高まつた。
米国務省の発表では,いわゆるオイル・マネー(石油収入の余剰資金)は,75年の600億ドルから75年には420億ドルへとその規模を縮小させている。またその還流も現在までのところかなり順調に進んできており,当初懸念されたような国際金融市場の混乱は回避されたとする向きもふえている。
(4) 75年においては,先進各国経済の不振が相乗的に作用しあつた結果,世界貿易の縮小傾向も顕著で,これが景気の回復をさらに遅らせる原因ともなつた。その間,保護主義的な動きも多少みられたが,各国行政府はこの傾向が一般的とならないよう努めた。これは世界経済の障全性を示すものとして評価されている。
(5) 非産油開発途上国に関しては,74年初の石油価格大幅引上げ以後,その開発に必要なエネルギー,開発資材等の価格高騰により輸入額が急騰したのに対し,主たる輸出品である一次産品価格は先進工業国の需要減退から低迷し,輸出は額,数量ともに減少した。その結果,経常収支赤字幅は,OECDの統計によれば,73年25億ドル,74年175億ドル,75年280億ドルと年を追つて拡大し,巨額の赤字を短期的にはいかにしてファイナンスするか,長期的にはいかにして解消するかが,今後の南北問題の帰趨ともかかわる重要な問題となつている。
(6) 75年は,こうした石油危機後の構造変化に対応し,新たな発展を求めて,IMF,OECD等の国際機関の場を通じ,また二国間及び多数国間の協議を通じて様々な模索がなされた年でもあつた。わが国は,IMF等での討議を通じ開発途上国への協力姿勢を示すとともに,OECD諸国間の相互扶助的な金融支援制度である金融支援基金に署名(4月9日)し,貿易プレッジを再確認するなど先進国間の協力体制にも貢献してきた。更に11月の主要国首脳会議には,三木総理大臣が出席し,現下の世界経済が抱える諸問題につき,各国首脳と隔意のない話合いを行つたことは極めて意義深いものであつた。
(1) 主要国首脳会議は11月15日から17日にかけ,パリ郊外ランブイエ城において,日・米・英・西独・仏・伊の6カ国首脳が集まり開催された。わが国を含めた主要国の首脳が一堂に会し,現下の世界経済が抱える諸問題につき,腹蔵なき意見の交換を行つたことは,今後の世界経済の安定的発展にとつて重要な意義を有する。また,この会議を通じ各国首脳が問題意識を分ち合い,相互理解を促進したことは,当面の諸問題の解決に大きな影響を与えたのみならず,自由主義経済の将来にとつても,極めて大きな役割を果たすものと思われる。
(2) 会議の成果を集約したランブイエ宣言においては以下のような点が強調されている。
(イ) 会議の参加国が自由で民主的な社会の維持に責任を有しており,その責任を全うすることがあらゆる地域の自由民主主義社会を強化することにもなり,緊要であること。
(ロ) 参加国は,相互依存性が深まりつつある世界において,
いを越えて,すべての国々の一層緊密な国際協力と建設的対話を促進するための努力を強化すること。
(ハ) インフレの再燃を避けつつ速やかに景気を回復し,着実かつ持続的な成長を求めていくこと。
(ニ) 世界貿易の拡大に努力し,自由貿易体制の維持強化を行うこと。具体的には,OECDプレッジを再確認し,東京宣言に基づく多角的貿易交渉完了の目途を1977年とすること。
(ホ) 通貨問題に関し,為替相場の無秩序な市場状態や乱高下に対処すべく行動をとること。
(ヘ) 開発途上国の輸出所得の安定化のための国際的取決め,およびこれら諸国の赤字補填を支援する措置を緊急に改善するためにIMF等の場で応分の役割を果たすこと。
(ト) 節約と代替エネルギー源の開発を通じ,輸入エネルギーに対する依存度を軽減するため,引き続き協力すること。更に産油国と消費国との間の双方の長期的利益に応えるため,国際協力を行うこと。
(チ) 国際経済協力会議の開催を歓迎し対話を進めること。
以上のごとく,宣言はきわめて広範囲にわたつて,会議参加国首脳の世界経済に対する共通の認識や決意をうたつている。
(3) わが国総理大臣が,欧米主要国の首脳とともに一堂に会し,共通の問題について話合いを行つたのは,戦後初めてのことであり,この意味においてもランブイエ会議はわが国の国際社会における地位の向上を象徴する歴史的政治的意義の大きなものであつた。またわが国をも含めた自由主義経済全体,ひいては世界経済全体にとつては,この会議を通じ参加各国首脳間に生みだされた共通の認識や決意が,世界の企業家や政策当事者に安心感を与えた点で政治的経済的にも重要であつた。
会議において示された各国間の協力の精神は会議後わずか数カ月で,国際経済協力会議の発足,IMF協定改正への合意,IMFの場を通じての開発途上国への追加ファイナンス対策等当面の諸問題の解決にあたつて,いくつかの具体的進展があつたことにもつながり,会議の真価があらためて評価されるに至つた。