第4節 中 南 米 地 域
(1) 内 政
75年の中南米諸国の内政は,4月ホンデュラス,8月ペルーでそれぞれ無血クーデター的な政権首班の交替があり,またアルゼンティン,ウルグァイにおいて経済困難を背景とする政局の流動化がみられたが,軍事政権下のブラジル,チリ,ボリヴィア民主制度が定着しつつあるコロンビア,ヴェネズエラ,立憲民主党による長期政権下のメキシコ等においてはいずれも安定的に推移した。
他方,75年の中南米諸国の経済は産油国として急速にその経済力を増大せしめているヴェネズエラを除き一様に後退を示した。すなわち世界的不況による一次産品価格の下落と石油危機による輸入品価格の高騰によつて深刻な打撃を受け,各国の経済社会開発計画は後退を余儀なくされ,経済成長率は軒並み下落した。産油国たるヴェネズエラは経済成長率を74年の2.6%から75年は6%と伸ばした。キューバは砂糖の供給過剰による国際市況低迷のため,外貨事情が悪化した。
このように殆んどの中南米諸国にとつて,経済困難の解決の成否が各政権の安定不安定を決すると言つても過言ではない。76年3月にアルゼンティンで軍事クーデターが発生したが,これは前ペロン夫人政権が経済危機に有効に対処し得なかつたため,従来より極力直接政治介入を控えていた軍部が遂にクーデターに踏み切つたもので,経済困難を解決するため止むを得ないと受けとめる向きが多い。
(2) 外 交
中南米諸国は,資源ナショナリズムの高まりを背景に,75年もヴェネズエラ,ペルーを筆頭に資源,一次産品問題,製品半製品貿易問題をめぐり国際舞台で活発な動きを示した。
比較的開発の進んだ発展途上地域として,中南米地域はアジア,アフリカとは異なつた立場にあり,また,域内協力の促進に努めている点が特徴的である。既存の域内協力機関としては米州機構及びそれと不可分の一体を成す米州相互援助条約(リオ条約)等があるが,これら組織は第2次大戦直後の冷戦構造を反映して作られたもので集団安全保障や紛争の平和的解決に重点がおかれており,中南米諸国の現在の最大関心事たる経済社会開発には余り役立つていなかつた。そこでこれら組織を米州の経済社会開発への域内協力も加味したものに改組するため,73年以来米州機構常設理事会特別委員会で同機構憲章,リオ条約等の改正案作成作業が行われてきた。特別委員会の作業は75年2月末までにほぼ終了し,まずリオ条約改正のために7月コスタ・リカの首都サン・ホセで全権会議が開催された。同会議において対キューバ制裁撤回のために制裁の撤回は過半数でよい(旧規定は3分の2)とする改正案が承認されるとともに,特別委員会の原案にはなかつたが急速「経済的集団安全保障」条項のそう人が承認された。同条項は,特別委員会作成の米州機構憲章改正案に掲げられているものを,リオ条約へもそう入したもので,いずれの国も他国の経済状態を悪化させる措置をとつてはならない,という趣旨のものである。なお,サン・ホセ会議では制裁撤回手続の改正と関連して,対キューバ制裁を事実上撤回するため,「対キューバ行動の自由」決議が採択された。一方,米州機構憲章の改正はほぼ特別委員会作成案通りに常設理事会の逐条承認を得てきており,その後特別総会での承認を得る運びとなる。
以上の既存機構改組とともに中南米諸国は75年10月経済社会開発のための域内協力機関として米国を含まずキー-バを含むラ米経済機構(SELA)を創設した。同機構は域内経済発展促進とUNCTAD等国際機構対策についての意見調整を目的としている。
(1) 福田副総理のヴェネズエラ・ブラジル訪問
福田副総理は,ヴェネズエラ,ブラジル両国政府の招待により8月15日から31日までの間両国を公式訪問し,両国大統領はじめ政府首脳と忌憚のない意見交換を行い,わが国と訪問2カ国との相互理解の増進と新しい協力関係推進のための基礎作りに大きく貢献した。
ヴェネズエラ政府首脳との会談では,同国の各種開発プロジェクトへのわが国の協力,わが国への石油供給等が話合われ,日本・ヴェネズエラ経済協力懇談会の有効な利用につき合意をみた。
ブラジル政府首脳との会談では,ブラジル側よりアマゾン・アルミ精錬計画及び貿易不均衡(対日入超)是正への協力等の要請があり,わが方は前者については引続き検討,後者は資本経済協力等で困難の緩和を図る旨約した。副総理の今次訪問によつて74年の日中・ガイゼル共同声明の有効性及びガイゼル大統領の訪日が確認された。
(2) ラ・プラタ河流域経済使節団の派遣
政府は75年6月,永野日商会頭を団長に,わが国経済界指導者により構成された経済使節団をアルゼンティン,ウルグァイ,パラグァイに派遣した。これら3国の政府首脳との会談においては,食糧,資源,エネルギー,インフレ等に対する各国の対処ぶり並びにわが国との経済関係-貿易,投資,経済技術協力-のあり方とその緊密化に関して率直な意見交換が行われた。
同使節団は帰国後,報告書を取りまとめ,これら3国とわが国との協力関係のあり方について政府及び経済界に対し提言を行つた。同提言は,アルゼンティンの重要性の認識,同国への緊急借款1.5億ドル供与の検討と技術協力の拡充,ウルグァイへのわが民間直接投資誘致と貿易振興の検討,パラグァイへの政府借款供与と技術協力等を骨子とするものであり,政府としては,問題に応じ民間と協力しながらこれらの実現に努めている。
(3) 貿易及び民間投資の動向
(イ) 対中南米貿易
75年のわが国の対中南米貿易は,わが国経済の低迷を反映して,増大傾向の輸出入が初めて前年を下回つた。輸出は47億7,200万ドル,輸入は25億2,400万ドルでわが国の対世界輸出入中に占める中南米のシェアも輸出が前年9.1%から8.5%へ,輸入が4.4%の横ばいであつた。しかし貿易バランスは依然としてわが国が22億ドルを超える出超(前年23億ドル)となり,71年以来の出超傾向が恒常化している。
国別では,輸出はパナマ,ブラジル,キューバ,アルゼンティン,ヴェネズエラの順となり,輸入はブラジル,キューバ,チリ,アルゼンティン,メキシコの順で,ブラジルへの輸出の減少が目立つた。上位5カ国の占める割合は輸出で67%,輸入で75%と集中している。商品別では,わが国輸出の90%までが重化学工業製品で,輸入の85%以上が食料及び工業用原材料というパターンが続いている。
(ロ) 対中南米民間投資
中南米地域に対する民間投資の実績は76年3月末の許可累計額で28億8,100万ドルになり前年同期比14.8%増,わが国海外民間投資総額の約2割を占めている。国別ではブラジルが依然として5割以上を占め,続いてペルー,メキシコ,チリ等が主要投資先となつている。
(4) 経済・技術協力関係
中南米地域が開発途上地域中では先進的発展段階に達しており,このためわが国の民間ベースによる企業進出,石油・鉱業開発などへの投融資が極めて活発な反面,わが国の政府ベースでの経済協力はアジア,中近東,アフリカ地域に比べ極めて限定された範囲にとどまつている。すなわち,経済協力が民間中心に行われ得るということであり,75年わが政府としては中南米地域に供与した円借款は2件にすぎなかつた。しかし域内の相対的に開発の遅れた諸国を対象とする政府ベース資金協力は米州開発銀行(IDB)等地域開発金融機関を通じるなどの形で順調に推進しており,IDBへの域外加盟国としての正式加盟方努力中である。
技術協力については通常の専門家の派遣,研修員の受入れ,青年協力隊の派遣のほか,各国の開発計画を対象とする開発調査団を官民両方で派遣しており,さらに医療・保健等社会開発のための技術協力も緒についている。
(イ) 資 金 協 力
円借款については,75年6月パラグァイの通信部門関連資金として20億円,同年9月ボリヴィアの道路網拡張資金として37億円の供与につきわが国政府と相手国政府との間に交換公文の調印がなされた。
(ロ) 技 術 協 力
中南米に対する75年の実績は次のとおり(DAC報告統計による)。
(あ) 専門家派遣 312名(うち調査団195名)
(い) 研修生受入 455名
(う) 青年協力隊 30名
(え) 材料供与 2億350万円
(ハ) 対チリ債務救済
チリの国際収支悪化に伴う外貨危機を緩和するため日本を含む主要債権国7カ国(日,仏,西独,米,加,スペイン,スイス)はチリ政府の要請に基づき,75年に弁済期の到来する同国の債務の繰延べ方式につき75年5月パリにおいて協議し合意に達した。(注)引続き,同年10月より東京においてチリとの間で行われた二国間交渉において繰延べに伴う金利(7%)その他細目につき合意がなされ,12月12日公文交換が行われた。
(5) そ の 他
(イ) アルゼンティンとの航空海運所得相互免除取極75年12月30日ブエノス・アイレスにおいて,日本側近藤大使とアルゼンティン側アラウス外務大臣との間で海運業及び航空運輸業の所得に対する課税の相互免除に関する書簡を交換した。本取極は,アルゼンティンの国内手続が完了した後に発効する。
(ロ) 日・伯租税条約改正
ブラジルの経済開発のための租税特別措置が大幅に改正されたため,ブラジル政府より1972年発効の現行条約改正の申し入れがあり,75年4月より交渉開始,76年3月23日合意に達し,改正議定書等が署名された(発効のためには両国国会の承認が必要)。
(ハ) スリナムの承認と外交関係設定
スリナムは75年11月25日オランダから独立したところ,わが国は同日スリナムを承認し,12月6日付をもつて同国と外交関係を設定した。
(ニ) グアテマラ地震に対する緊急援助
76年2月4日グアテマラに発生した震災に対して,わが国政府は2万ドルの見舞金を送つたほか,緊急援助として総額2億3,000万円に上る物資を供与した。
(ホ) 日本・グアテマラ査証相互免除取極締結
75年11月19日グアテマラにおいて,わが国とグアテマラとの間に査証を相互免除するための取極が締結され,同取極は76年1月1日に発効した。
(あ) |
対象債務:75年に弁済期の到来する商業債務及び政府借款の70%。 |
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(い) |
条件:78年1月1日から均等半年賦13回払。 |
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(う) |
金利:二国間交渉に委ねる。 |