以上総説の各章でわが国をとりまく国際情勢とわが国の行つた主要な外交努力について概観した。ここでわが外交の基本的な針路を示す意味で外交の基本的課題についてとりまとめ記すこととしたい。その際まずわが国の国際社会における立場について考えてみることは有意義であろう。
(1) 大戦後30年,わが国は一貫して平和外交を堅持し,諸国との交流協調の増進に努め,順調な国力の回復と発展を遂げた結果,わが国の国際的地位も著しい向上をみている。今日わが国は,世界有数の産業貿易国であり,人類社会全体の発展に積極的に貢献すべき立場にあるとともに,国際政治上の重要な安定勢力となるに至つている。わが国の国際的地位を支えるものはわが国民の優れた資質と努力に他ならないが,今後わが国が長きにわたつて平和と進歩の道程を確保するには,わが国の国際的立場を常に正しく把握しておくことが必要である。このようなわが国の立場を形成する諸要因としては,次の諸点をあげることができるであろう。
(イ) 先進民主主義国
わが国は,個人の自由と民主主義を基本とする政治経済体制に立脚し,同時に高度の産業経済力を有する先進民主主義諸国グループの主要なる一員である。ランブイエ首脳会議へのわが国の参加は,この事実を端的に物語るものであり,共通の理念と体制とを有し,世界全体の安定と発展のため主導的役割を果たすべき立場にある先進民主主義諸国との絆は,わが国にとつて基本的に重要である。
(ロ) アジアの国
わが国はアジアの国であり,先進民主主義体制とアジアの一国としての性格とをあわせ持つているところにわが国の特質がある。アジアの現状は多様であるが,歴史的文化的に様々の交流を重ねてきた同じアジア地域の諸国との関係は,わが国の対外関係において今後とも基本的な重要性を持ち続けるものである。
(ハ) 平和国家
わが国は,平和憲法の下で平和国家として生きることを内外に宣明している。すなわち,わが国は,世界の恒久平和を深く念願し,国際問題の解決のため自ら軍事的手段を用いることを排し,平和外交に徹するとともに,国際の平和を確保するため積極的に努力する立場をとつている。
わが国は,大戦後国際社会に復帰して以来,日米安保協力体制を軸としてわが国の安全を確保しつつ,平和国家としての立場を一貫して堅持してきた。わが国が安定した平和国家として存続することは,わが国の国際的地位の上昇に伴い,世界的な国際関係の安定化を図る上で少なからぬ意義を持つものとなりつつあるということができるであろう。
(ニ) 複雑な地政上の位置
わが国の置かれた地政的環境は複雑であり,わが国周辺の諸国の事情は,わが国のそれと様相を異にする面が多い。すなわち,海を隔てて隣接する大陸国家は中国およびソ連という二大社会主義国である。そして,わが国と一衣帯水の関係にある朝鮮半島においては,南北間の拮抗が続いている。また,南方の東南アジアの諸国は,いずれも開発途上国であると同時にその歴史的社会的背景は一様でなく,さらにインドシナの社会主義政権の登場によつてこの地域の情勢は新たな流動性を示している。
このような環境は,わが国の近隣関係についてきめ細かく周到な配慮を必要とするものである。
(ホ) 密度の高い国際経済交流
わが国は資源に乏しく,多くの資源を海外に依存すると同時に産業経済大国であり,また海洋国である。他方,わが国の対外経済活動の規模の大きさと国際的相互依存性とによつて,わが国の経済動向は海外に強い影響を及ぼすに至つている。
このような立場から,わが国は経済諸政策の立案にあたり,その海外に与える影響を十分に勘案するとともに,世界各地の情勢の推移に常に敏感であることが必要とされている。
(2) 以上の諸要因を綜合して見た場合,基本的に重要なことは,わが国が今日国際社会の主要な構造の一部となつており,他の主要な部分と不可分の関係に立つていることである。わが国は国際的孤立を排し,国際社会の主要な成員として,平和国家の立場を守りつつ,諸国との共存共栄の道を歩んでいるのである。しかも,わが国の置かれている立場は無為に安住することを許さない厳しいものであり,現実的で均衡のとれた視野に立つて,対外関係の安定と発展を図る積極的な努力が常に必要とされるのである。
わが外交の究極的目標は,日本の安全と発展を確保するとともに,国際社会全体の平和と進歩に貢献することにあると言えよう。そして,この目標を達成するため最善の道を歩むことがわが外交にとつて必要とされるのである。それは,前述したような今日の国際関係の流れとわが国の国際的立場に鑑みて,わが国が国際社会の中で生きていく上で最も相応しい道でなければならない。今日のわが外交は,これらの点の考慮に基づくものである。以下にわが外交の原則とも言うべき外交の基本方針について述べ,次いでこれらの基本方針の下でわが外交の取り組むべき各課題について記すこととしたい。
(1) わが外交の基本方針
今日のわが外交の基本方針は次のように要約できよう。
第一にわが国が誠実に国際平和を希求する国家として対話を旨とする平和外交を推進し,国際の安定に寄与することである。このため政治理念と経済・社会体制をわが国と同じくする諸国との提携強化に努めるとともに,体制や立場の相違を越えて多面的な外交を展開することが必要である。
第二に国際協力の増進を積極的に図るとともに,わが国の国際的地位に相応しい適切な役割を果たすことによつて,世界各国が直面する共通の諸困難の解決と国際社会全体の調和ある発展に貢献することである。
これらの基本方針は,多様なナショナリズムの動きが強まる一方,相互依存関係のますます深まる今日の国際社会にあつて,わが国が自らの持続的な発展を確保し,世界の平和と進歩に貢献する所以のものに他ならない。
(2) わが外交の諸課題
(イ) 各国各地域との関係
(i) 米国をはじめとする先進民主主義諸国との友好協力関係の増進
政治理念と経済・社会体制をわが国と同じくする北米,西欧および大洋州諸地域の西側諸国との提携は,わが国が世界的規模で外交を展開するにあたつての基盤をなすものである。特に米国との友好協力関係は,わが外交の基軸をなすものであり,日米相互の利益のため,さらにアジア・太平洋地域をはじめ広く国際社会全体に貢献するため,これを維持発展させていくことが基本的に重要である。また,日米安保協力体制は日本の安全はもとより東アジア地域の安定に寄与するものであり,引続きこれを堅持することが必要である。ECその他の西欧諸国ならびに豪州,ニュー・ジーランドおよびカナダとの関係は,近年とみに密接の度を加えており,これら諸国との間の多様な友好協力関係を益々発展させるため一層の努力が必要である。
(ii) アジア・太平洋地域の安定と発展への貢献
アジア・太平洋地域の重要な一員としてのわが国にとつては,同地域の動向を常に注視し,その安定と発展に貢献することが基本的に重要である。
(a) 東アジア地域の安定と発展の構造を形成する努力
わが国と地理的に至近の関係にある東アジア地域は,わが国の安全にとつて最大の重要性を有し,同地域の情勢の動きはわが国の将来に基本的な影響を及ぼすものである。 しかるに,この地域の情勢は複雑であり,関係諸国も多種多様であつて,域内の国際関係には少なかざる不安定要因が存在している。この地域の安定にとつて必要なものは,紛争を防止する各種の枠組みと平和裡に域内の相互関係を調整し発展させる精神である。そして,これらを基礎として,域内の各国がそれぞれの国情に見合う方策によつてその発展を図ることが,地域全体の平和と進歩をもたらす道であると考えられる。わが国は,このような国際構造をこの地域に形成するために不断の努力を払うべきであろう。 その際,中心的な課題となるのは,第一に,朝鮮半島の平和を維持し,その安定的発展と平和的統一に向つての南北朝鮮間の関係改善を可能とする国際環境の醸成に寄与すること,第二に,中国及びソ連との間に安定的関係を発展させること,すなわち,中国との間に日中共同声明に基づき善隣友好関係を一層確固たるものにしていくことに努め,また,ソ連との間で領土問題を解決して平和条約を締結する努力を粘り強く続けるとともに幅広い分野において交流を進めること,第三に,ASEAN諸国およびビルマとの伝統的友好協力関係を一層増進させるとともに,これら諸国とインドシナ諸国との間に安定的関係が定着するよう希望しつつ,インドシナ諸国との関係を着実に発展させることの諸点であろう。 これらの課題に取組むにあたつて,同じ太平洋に位置する先進民主主義国である米,加,豪,ニュー・ジーランドとの緊密な協力が重要であることは言うまでもない。 |
(b) インド亜大陸諸国との友好と協力の維持増進
インド亜大陸の諸国はわが国にとつて同じアジアの友邦であり,わが国としては,南側世界の中の重要な存在であるこれら諸国との間において従来から存する良好な関係を維持増進し,各種の協力を進め,もつて同地域の安定と発展に寄与することが重要である。 |
(iii) 中東の平和と発展のための協力
今日中東地域は,わが国にとつて極めて係り合いの深い地域であり,この地域に公正にして永続できる平和が訪れることは,わが国にとつても世界全体にとつても特段の重要性を有する。わが国としては,このような平和の達成のための国際的努力に積極的な支持を与えると同時に,中東諸国との間の相互理解と広範な分野での交流協力の増進に努力せねばならない。
(iv)世界的な規模の協力と交流の促進
わが国が均衡のとれた発展を安定的な基礎の上で続けるとともに,国際社会全体の調和ある発展に寄与するためには,広く世界の各地域との間で,互恵と相互尊重の精神に基づいて,多様な協力と交流を維持・拡大していくことが重要である。
(a) 中南米諸国との友好協力関係の増進
中南米諸国は近年顕著な発展を遂げており,わが国は,これら諸国との伝統的友好関係を基礎として,今後とも幅広い協力を推進することに努めねばならない。 |
(b) アフリカ諸国との友好関係の増進と国造りへの協力
アフリカ地域は,豊かな発展の可能性を有するとともに,南部アフリ力情勢を中心に国際政治の焦点のひとつとなりつつある。わが国としては,アフリカ諸国の正当な願望に対する理解と同情を深め,同諸国との親善を進め,その国造りに対する協力を続けていくことが必要である。 |
(c) 東欧諸国との交流拡大
東欧諸国は,わが国と政治・経済・社会体制を異にしているが,近年わが国との間に貿易経済関係を中心に交流が進んでおり,今後ともこのような交流を拡大していくことは,安定的な東西関係の形成に資するものとなろう。 |
(ロ) 各分野における課題
(i) 国際平和の維持強化
国際平和を維持し,強化することは,わが国の安全と発展を図るための前提であるのみならず,平和国家としてわが国が積極的に努力すべき責務である。
その際わが国が努力を傾注すべき対象となるのは東西関係の安定であり,さらに広く世界各地の紛争の平和的解決と軍縮や核拡散防止等の軍備管理の促進である。
(a) 東西関係の安定確保のための努力
東西関係の安定を確保することは,国際の平和を維持するための基本的要件である。東西間の基本的政治理念と体制の相違に基づく対立と相互不信は極めて根深いものがあるが,核戦争を回避し,共存を図る必要性は双方共に認識するところとなつている。わが国は,一方において西側諸国との提携を益々強め,地域的集団安全保障取極等の紛争抑止の枠組みに依拠しつつ東西間の力関係の均衡維持に十分留意すると同時に,他方対立や摩擦の諸要因を縮減し,各種の交流を拡大しながら,双方間により安定的な関係を確保する努力を忍耐強く続ける必要がある。 |
(b) 紛争解決・軍縮等の国際平和のための多国間協力への寄与
世界各地において各種の対立や不安定要因がある中で,国際平和の維持を図るためには,紛争の平和的解決を促進する努力が絶えずなされねばならない。また,軍縮や核拡散防止等の軍備管理の努力は国際平和の基盤を造るものであり,その重要性は益々増大しつつある。従来これらの目的のため国連をはじめとして,様々な国際的努力が払われており,わが国としても,各地の紛争について常にその平和的解決を強く主張するとともに,包括的核実験の禁止,核兵器の拡散の防止等の核軍縮その他の軍縮措置の促進のため積極的な外交活動を展開してきた。わが国は,平和国家としての自らの立場に最も相応しい形で,今後ともこの分野における国際協力を支持し,自らも適切な貢献を行う必要がある。 |
(ii) 南北関係の健全な発展への寄与
今日南北関係は国際経済・政治両面において大きな比重を占めている。わが国としては,開発途上諸国の自主自立の願望に十分な理解を寄せ,友好親善を推進するとともに,その民生向上と経済発展に資するため各般の協力を進める必要がある。また,南北間の対決を回避し,現実的対話によつて健全な南北間の相互関係が発展することとなるよう諸国間の協調増進に努めねばならない。
(iii) 世界経済の調和的発展への貢献
わが国の経済活動と世界経済の動向との間には密接な相関関係があり,わが国は,その高度の経済力をもつて,世界経済全体の健全な発展に積極的に貢献すべき立場にある。このためわが国は,インフレ無き成長の達成を目指して,諸国との国内政策の調整と国際協力の促進のため共同の努力を払うとともに,貿易,通貨,金融,エネルギー,一次産品および開発等の各問題についての国連,GATT,IMF,世銀,OECD等を通ずる多国間協力において,世界的視野に立つて建設的な役割を果たし,あわせ各種の二国間協力を推進することが必要である。このような道を進むことは,わが国自身の持続的発展を確保する所以に他ならない。
(iv) 文化・教育交流の推進
諸国民の相互理解は国際平和と協力の基礎をなすものである。わが国は,文化・教育交流事業を海外広報活動とあわせ拡充していくことが重要である。
(v) 人類社会の共通の福祉にかかわる諸問題解決への努力
今日の世界は,各国の政治経済体制や経済の発展度の違いを越えて人類社会全体の福祉にかかわる共通の諸問題をかかえている。海洋の問題,原子力平和利用その他科学技術の問題,核管理の問題,環境保全の問題,宇宙開発の問題等々がそれであり,わが国は自らの立場と特性を顧慮しつつ,これらの諸問題解決のための国際的努力に積極的に参加する必要がある。