第 1 部

 

総   説

 

 

 

 

第1章 わが国をとりまく国際環境

 

第1節 現段階の国際関係の特徴

 

 

 1970年代に入つてから,世界では大きな変動が相次いで起つた。米中,米ソ関係の新たな展開,国際通貨体制の動揺と変革,第4次中東戦争とこれを契機とする石油危機,国際経済上の諸困難の激化,インドシナ情勢の激変等がそれである。

 1975年は,世界の諸国がこのような一連の大きな出来事による動揺から漸次脱するとともに,国際関係の各分野で再調整の動きが見られた年であつた。そこで,このような時点をとらえて,1970年代に入つて以降今日に至る期間を中心に,現段階における国際関係の主たる特徴が何であるかについて改めて見直しを試みる価値があるように思われる。

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1. 世界政治の多元化・複雑化

 

(1)

 近年世界が多極化の時代を迎えたといわれ,あるいは,国際関係が多元的になつたといわれている。今日の多元的な国際構造をもたらした諸要因としては,西欧諸国及び日本の国力の増大,中国の国際的地位の上昇,中ソ対立の継続,植民地体制の崩壊,南側諸国のナショナリズムと自己主張の強まり,東西双方及び南側のいずれでも見られる諸国の国家的ないし民族的利益追求傾向の増大等をあげることができるであろう。また,東西間では戦争が発生しにくくなり,冷戦が続いたとはいえ曲りなりにも東西間の直接武力衝突の発生は回避されてきたこと,さらに近年東西間で緊張緩和政策が採られるに至つたことも,多くの国々の対外政策の選択の幅を増大させ,多元化傾向を助長するものであつたと言えよう。

 更に,国際的相互依存関係が深まるに伴い,国際経済問題の重要性が相対的に増大するとともに,経済問題が政治問題化する傾向が強まつたことにより国際関係は一層複雑なものとなつている。

(2)

 今日の世界政治において,米ソ両国及びその相互関係が占める比重は,依然極めて大きなものがある。しかしながら,相互依存が深まり,各国の利害が複雑にからみ合つている今日においては,いかなる強大国といえども,その抱える諸問題を自国のみで処理しうる能力には限界がある。したがつて,二国間あるいは多数国間の連携ないしは対話の必要性は,現代国際社会の当然の帰結であるといえよう。OECDの諸会議,ランブイエ主要国首脳会議,東欧首脳間の協議,非同盟諸国会議,ASEAN,OPEC等西側,東側あるいは南側それぞれのグループの内部調整の動き,欧州安全保障協力会議(CSCE)や米ソ戦略兵器制限交渉(SALT)等の東西対話,国際経済協力会議(CIEC)や国連貿易開発会議(UNCTAD)等の南北対話,種々の集団安全保障取極等の存在,更には国連主催による資源,環境,食糧,人口,居住等の諸問題に関する諸会議の開催は,この状況を反映するものにほかならない。

 このような状況は,いずれかの集団的行動が他を顧みず自己の利益のみを頑なに追求する動きとなる場合,あるいは現状の抜本的変更を性急に求める動きとなる場合,国際関係に緊張と摩擦を生ずる危険を内包している。国際社会において,各国が公正かつ互譲の精神に則り,協調を進めていくことが一層強く求められる所以である。

 また,各国が伝統的に所属する集団の枠を越えて国益追究を図る傾向が増していることによつて,新しく,より複雑な国際関係の網の目ができつつある。そこでは対外関係に対する従来以上に柔軟な態度と幅広い視野が要求されるとともに,国際の安定を維持する努力も一層必要とされるのである。

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2. 核管理の重要性の増大

 

(1)

 

 

 

 核技術の発達は,現代の国際関係において基本的に重要な要素の一つである。

 特に,核兵器とその運搬手段の発達は,安全保障の概念を根本的に変えてしまつた。今日,全面的な核戦争において,旧来の意味で自国の安全を全うし得る国は一国もない。米ソ両国もその例外ではない。

 しかし,米ソは,核攻撃を受けた後でも,攻撃国に対して大規模に報復・破壊を行い得る能力(通常第2撃能力といわれ,核ミサイル搭載の原子力潜水艦はその有力な手段の一つである)を保持している。このことは,米ソ間あるいはその同盟諸国を含む東西間において,核戦争及びそれをひきおこすおそれのある通常戦争の発生を困難なものとしている。このような作用が核抑止力といわれるものである。

(2)

 

 戦後の世界において,核抑止力が,東西間の直接武力衝突の発生を防止し,東西間の均衡を維持する基本的な要因となつてきたことは否定し難い事実である。しかしながら,核抑止力といつても絶対かつ不変のものではなく,いずれかによる一方的な核戦力の増強は相互抑止関係を不安定にさせる危険を有しており,偶発戦争の可能性も完全には排除し得ない。

 また,核技術の発達は核拡散の危険を蔵している。科学技術の発達,エネルギー源の確保の必要性,更には各国のナショナリズムの高まり等も影響して,核技術を有する国は,徐々に増加することが予想される。もしその結果として,核兵器がその大小を問わず,実際に多数の諸国によつて保有されるような事態が起るならば,国際関係は不安定化し,世界の平和と安定にとつて重大な脅威を生ずることになりかねない。

(3)

 このような状況の下で,軍事及び平和利用の両面にわたる核管理の重要性は,ますます増大しており,これを如何に効果的に実施するか,殊に諸国間の軍事力や抑止力のバランスに留意しつつ,如何に核軍縮を進めていくかが今日の国際社会の大きな課題となつているのである。

(4)

 なお,武力行使を抑止するためには,核抑止力のみではもとより不十分であり,特に近年,抑止及び防衛両面の理由から,通常兵力の重要性があらためて見直されつつあることが指摘さるべきであろう。

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3. 東西関係安定化の努力

 

(1)

 米ソ関係を中心とする東西両体制間においては,60年代の中期頃より,相互関係改善の糸口を求める動きが始まつた。特に70年代に入つてからは,米ソ間において,交渉により軍事的対決と核戦争勃発の危険を回避するとともに,相互関係の改善を狙いとする種々の協定が結ばれ,また,欧州においては,独ソ条約等各種の合意が東西間で成立するに至つた。アジアにおいても,72年以来の米中関係の進展は,日中関係の改善と相まつて,アジア情勢の安定化要因となつているが,朝鮮半島あるいは東南アジアにおける潜在的不安定要因や中ソ対立の存続によつて,アジアの国際関係は複雑な様相を呈している。

(2)

 米ソ及び欧州諸国を中心とするこのような東西関係の動きは,一般に「デタント」ないし「緊張緩和」と称されているが,その意味するところについては明確な定義を欠いており,緊張緩和政策が実施されていく過程において,東西間の考え方の根底にある違いや摩擦が表面化する現象をみている。特に西側においては,ソ連が緊張緩和政策をとる一方で軍備の増強を続けていることに懸念を強めており,また,民族解放闘争の支援や欧州安保協力会議の合意事項の実施についてのソ連側の態度に不満を抱いている。このように緊張緩和の過程においても東西間の各種の対立や抗争が続いている。

 また,各国内政の変化や国際経済情勢の悪化により,東西関係の進展が阻害される局面も見られている。

(3)

 東西間には,今後ともイデオロギーや社会体制の差異は根強く存続するであろうし,また,このような基本的差異を有する東西両体制間の関係改善には,さまざまな困難が予想される。しかしながら,世界政治において依然基本的重要性を有する東西関係の安定化を図ることは,国際平和にとつて不可欠の条件であると言わねばならない。そのためには,東西間の紛争を防止する各種の枠組みを維持強化しつつ,摩擦要因を減少させ,対話と交流を進める努力を忍耐強く続けることが必要とされるのである。

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4. 南北関係の重要性の増大

 

(1)

 南北関係は,今日の国際関係において大きな比重を占めている。南の諸国の開発を進め,その所得水準の向上を図るため,南北間においていかなる協力を行いうるかが南北関係における基本的課題となつている。

 従来,南側諸国は,いずれも自国の開発に力を傾注し,そのための援助と貿易の拡大を望んできたが,開発の実現には幾多の困難があり,南北の経済格差は一層増大するに至つた。このような状況に対して南側諸国は,激しい不満を抱き,特に近年「新国際経済秩序」や「経済権利義務憲章」をめぐる動きに見られるように,格差拡大の原因が既存の国際経済の仕組みそのものに由来するとして,北側に対し,富と所得の再配分を求めて国際経済秩序を抜本的に変革する包括的な要求を掲げるに至つた。しかしながら,北側は,南側のこの要求をそのまま受け入れることには多くの困難があるとしている。

(2)

 南側がこのような態度をとるに至つた背景には,上記のような不満の増大に加えて,1973年のOPECによる石油価格の大幅値上げとアラブ産油諸国による石油戦略が北側諸国に一大衝撃を与えたことに南側諸国が力を得たことも大きく作用したものと思われる。また,南の独立国は,今や100有余を数え,国連加盟国全体の3分の2以上を占めており,国連総会等の国際場裡で相互連帯による数の力を発揮するに至つたことも重要である。

(3)

 このように,従来専ら経済問題として扱われていた問題が国際政治の問題となり,あるいは経済関係の国際会議に政治問題が持ち込まれる等南北関係における経済面と政治面とのかかわり合いはとみに深まつている。

(4)

 南側諸国の態度の尖鋭化に伴い,南北関係には対決的気運が強まつたが,その後石油危機等による世界的規模の経済混乱の過程を通じて,世界経済の順調な発展は南北双方の必要とするところであり,そのためには南北間の現実的な協調関係が不可欠であるとの認識が南北双方に広まり,南北間の対話の動きが始まるとともに,OECDや主要国首脳会議等を通ずる北側相互間の協力体制にも進展を見た。これに伴い,75年9月の国連経済特別総会において,双方により現実的な歩み寄りの気運が現れ始め,その後国際経済協力会議(CIEC)あるいは国連貿易開発会議(UNCTAD)等のフォーラムを通じて南北間の対話が行われている。南北間の具体的な問題の解決には依然少なからぬ困難があるが,大局的な立場に立ち創意をもつて南北協調を進めることが事態改善の鍵であるといえよう。

(5)

 南北関係には東西関係も絡んでいる。南側の諸国は,経済的には西側諸国との結びつきが強いものの,政治的には一般的に東西いずれの側にも属さない独自の立場を志向する傾向を深めつつある。非同盟主義はその現れであり,非同盟諸国会議を構成する諸国の実際の立場はともかく,これらの諸国は原則として東西のいずれでもない第三の道を求めることを政治的行動の共通の基盤としようとしている。このような動きは,前述の国際経済上の南側諸国の主張と連動するものであり,国際政治上のその比重は今後さらに増大するであろう。

(6)

 南の諸国は,政治・経済・社会の各面で様々の困難を抱えており,その相互の関係も流動的な面が少なくない。

 開発途上国間においては,60年代から格差が表面化しつつあつたが,石油危機以降この格差は一層拡大し,産油国,中進経済国,開発途上国等の間の経済水準の分化が進み,特にいわゆる最貧途上国の困難が深刻化している。上述のような南側諸国の連帯の動きがある反面,このような経済水準の分化と各国の国益追求傾向が強まつたことによつて,開発途上国相互間の利害関係も次第に複雑化している。また,一部の開発途上地域では,域内諸国相互間の武力行使を抑止するに十分な枠組みがないままに,対立の増大や武器の高度化に伴い不安定が増す現象も見られる。開発途上地域の安定を確保することは,世界の平和と安定にとつて不可欠であり,そのためには南北協力による南の開発を進める努力とあわせて,紛争を防止し,その平和的解決を図るため各国各地域の事情に応じた適切な国際的努力が必要とされるのである。

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5. 世界経済の変容

 

(1)

 世界経済は大戦後自由開放経済の理念の下でIMF・GATT体制を主軸として発展拡大を続けてきたが,その中で西欧及び日本の経済力の上昇とこれに伴う米国の経済的地位の相対的低下並びに先進諸国間及び南北間の経済力の格差の増大という現象が進行しつつあつた。1971年8月の米国の新経済政策の採用と1973年の石油危機の出現は,世界の通貨・貿易秩序に大きな衝撃を与え,世界経済の変容に一層の拍車をかける形となつた。原油価格の急騰は多数の国において深刻なインフレと不況更に国際収支上の困難という三重苦を招来するとともに,産油国の資金力の飛躍的増大と資金の偏在問題を生ぜしめた。また,これと並行して,前述のとおり開発途上国側の現状変革を求める動きが著しく強まるに至つた。

(2)

 このような状況の変化の背景には,国際間の相互依存性の深まりと,これに由来する景気変動の国際的同時性の作用があり,世界経済の運用には,これらの点に適切な考慮を払うことが必要になつている。また各国の経済規模の拡大と新技術の開発が進むにつれ,資源の制約と環境保全の必要性が強調されている。

(3)

 現在の国際経済上の中心課題は,不況とインフレの同時克服を図り,世界経済と貿易の安定的成長の軌道を回復することにある。各国経済間の相互依存が動かし難い現実となつた今日,このような課題の達成には,各国の立場,経済の発展度,資源の保有度,政治経済体制等の相違を越えて,国際的な協調協力を進めることが必要となつている。このような努力は,ランブイエ会議に始まる主要国首脳会議をはじめ,OECDにおける各般の協力措置,IMF,GATT,多角的貿易交渉,UNCTAD及び国際経済協力会議等を通じて逐次進められているが,具体的問題の解決にあたつては,各般の調整と新規の建設的措置を進める忍耐強い努力が必要とされている。

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