第6節 在外邦人に対する保護,援助及び啓蒙

 

1. 生活困窮者,精神異常者等への援助

 

 74年においては,海外渡航者数は従来ほどの急増をみなかつたが,多数の邦人が生活の困窮,事故,疾病等により,在外公館へ援助を求めてきた。

(1) 生 活 困 窮 者

 中南米移住者の中には,働き手である家長の死亡,事故,疾病等のために,その家族が生活に困窮する事例が少なくなく,日本政府はこれらの生活困窮者に対して,生活費や医療費,あるいは葬祭費等を交付するなど援助している。また困窮状態から立直る見込がなく帰国を希望するものが,その帰国費用を負担することが困難な場合には,政府はこれ等の者に旅費を貸付けで,帰国を援助している(74年には18世帯43人に対して帰国を援助した)。

 また韓国には戦前,戦後を通じ韓国人と結婚した日本婦人で極度に生活に困窮している人が少なくない。政府はこれらの人々に対しては69年以来,現地における生活費,医療費等を援助しているほか,夫と死別,離別または夫が行方不明となつて生活に困窮しやむなく帰国を希望する人に対しては帰国費を支給して援助をしている(74年中にはこの制度の下で52世帯133人が帰国した)。

(2) 精 神 異 常 者

 外国滞在中や旅行中に環境の変化や言葉の問題等からノイロ-ゼなどの精神障害をきたしたり,あるいは精神病になる邦人が近年急増している。これらの精神異常者に対しては,できるだけ早急に帰国させて本邦の医療機関で治療を受けさせることが望ましいが,このような人を安全に帰国させるためには,専門医,家族など然るべき付添人が必要な場合が多い。在外公館では,このような場合,家族,医療機関,航空会社などの関係者と密接な連絡をとつて,本人が安全かつ速かに帰国できるよう便宜を図つている。74年に専門医や家族に付添われて帰国した精神異常者は28人に達したほか,ノイロ-ゼ等による海外における自殺者も6人ある。

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2. 在外邦人の犯罪,各種事故,遭難等

 

(1) 在外邦人の犯罪

 国外における邦人の犯罪は一般邦人と船員の犯罪に区分できる。

(イ) 一般邦人の犯罪の大宗は関税法違反(主として麻薬密輸事件)であり,ソウルや釜山を初め,トルコ,イラン等の中近東や東南アジア及びスペイン・スウェーデン等での被逮捕者数は38件46人であつた。このほか嬰児殺人2件,強盗1件,不法入国(強制退去)11件,ストリーキング2件,越境逮捕6人等があり,ホテル代未払等になると相当数に上る。

(ロ) 船 員 犯 罪

 遠洋漁業に出漁中のまぐろ漁船等の船員間の飲酒喧嘩に起因する傷害殺人事件も急増し,74年中13件34人に上つており,このほか麻薬所持1件,退船逃亡2件5人等がある。このうちラスパルマスにおける船員の集団殴殺事件については現地で裁判を受け,関係者6名が13年の禁固刑を言い渡され,現地で服役中である。

(2) 各種事故及び遭難等

 在外における邦人の交通事故も年とともに増加し,74年においては事故死16人,傷害による入院等32人,その他の事故死(ホテルからの墜落死等)36人,自殺7人,殺害された邦人(サン・フランシスコ,ニュー・ヨーク等)6人,ホテル火災による(韓国,グランドキャニオン等)死亡5人,負傷16人,またパキスタン,フランス,ネパール,アラスカ,オーストラリア等における登山家の遭難による死亡8人,負傷3人を数えている。

 このほか,航空機事故によつて一度に相当数犠牲者を出したものとして次の事例がある。74年3月初めのトルコ航空機のパリ郊外における墜落で48人,4月下旬のパン・アメリカン機のバリ島遭難で29人,また9月9日TWA機のギリシャ沖墜落で13人がそれぞれ死亡し,このほか小型機墜落2件4名,米領サモアのパン・アメリカン機墜落で1名が死亡している。これらの事故に当つてはそのつど,現地公館は全力をあげて事後処理に協力し,それぞれ遺族との連絡,遺体の送還等に遺漏無きを期してきた。

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3. 在外邦人の所在調査

 

 最近,資産の相続,土地収用等の問題で在外にいる邦人の所在を調査してほしいとの要望も多く,特に明治,大正の時代に米国や南米に移住した留守家族等から永年消息不明の親族の調査の依頼が多数寄せられているので,これらに対してはできる限りの手がかりを求めて,現地の在外公館に指示して調査しているが,要求の35%位は判明している。

 また海外旅行中消息を絶つた者については,事情聴取の上,当人の生命財産等に緊迫した危険ありと思われるものについては即刻関係公館に指示して調査させている。

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4. 巡回医師団の派遣

 

 外務省においては,海外在留邦人保護の見地より72年以来,開発途上国に在留する邦人の健康相談に応ずるため,毎年14チームの医師団を各地域に派遣している。

 派遣地域はアフリカ(東,西,北の3地区に分けて各地区年2回ずつ),中近東(年2回),中国を含むアジア(3地区に分けて各年1回),中南米(2地区に分け年各1回)及び東欧(年1回)であり,派遣医師団はおおむね医師2名と看護婦1名をもつて編成し,各チームの日程は30~40日である。各チームは心電計や顕微鏡,各種試薬を,またチームによつては簡易水質検査器なども携行してできるだけ広く現地の要望に応えている。また,ナイジェリア,レバノン,インド,インドネシア及びケニアには血液の精密検査を目的とするラバ・システムを配置して精密検査にも応ずるようにしており,これら地域の在留邦人から高く評価されている。

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5. 緊急事態発生時における邦人保護(韓国)

 

 海外に渡航する邦人数が増加するにともない,海外において緊急事態が生じた場合に邦人が巻き込まれる例が多くなつてきている。74年8月,韓国の朴大統領狙撃事件を契機として日韓関係緊迫化の際,韓国には約2,500名の邦人が在留していた。9月に入つて,対日批判デモは全国的に高まり,在韓国日本国大使館及び在釜山日本国総領事館襲撃事件が発生した。また,邦人旅行者が一時出国を差し止められたり,また対日批判デモにより在留邦人の間にも心理的圧迫感の高まりもみられ,日韓両国政府の外交交渉の推移とともに在留邦人の安全についても予断を許さないものとなつた。

 現地公館では外務省からの訓令などにそつて在留邦人と相互連絡を緊密化しつつ,万全の措置をもつて対処し,特に,外務省では渡航者に対して,当分の間渡航の自粛を促がすよう運輸省に申入れた。

 他方,現地日本人会等では「在韓日本人心得」を作成配布したほか在留邦人の引揚措置につき申し合わせが行われ,10数社の駐在社員の家族が自発的に引揚げた。

 しかしながら,その後,かかる事態も鎮静化し,邦人に対する被害も特になかつた。

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6. 邦人海外旅行者がひき起す諸問題

 

 74年における観光目的の一般旅券発行数は約120万と前年の130万余から若干減少したが,数次往復旅券の普及もあつて邦人海外観光者数自体は増加しているものと推定される。これら邦人観光客に伴う各種のトラブルも前年同様,多数発生しており,また一部邦人観光客の行き過ぎた言動が現地でひんしゅくを買う事例も出ている。

 在外公館はこれら邦人海外旅行者に対し,必要に応じ保護や援助を行つたほか,外務省が監修して啓蒙用パンフレット「楽しい海外旅行者のために」を改訂するとともに,各国ごとの風俗・習慣等留意事項をとりまとめ「海外旅行先での心得帳」 (副題・これだけは知つておこう世界各国の特殊事情)と題するパンフレットを監修作成し,関係方面に配布して啓蒙に努めた。

(1) 無銭旅行者等

 海外渡航が自由化された結果,渡航者数は年ごとに増加,とりわけ青年男女の海外渡航が増えている。なかには,はつきりした目的も外国についての知識も持たずに,安易な気持ちで海外に旅立つ者も多い。無銭旅行者,帰国旅費のあてのない片道切符の者など無計画な旅行者などが目立つて多くなつている。ヒッチハイクで旅行してまわり,行く先々で労働許可を受けずに就労して生活費や旅費を稼いでいる者も多い。なかには生活に困窮して麻薬の運び屋になつた例や,不節制な生活のために病に倒れた旅行者の例なども報告されている。

 外国人の不法就労や不法滞在については,各国は厳しく取締つており,比較的取締りの緩やかだつた北欧諸国でも,これらの者に対して強制退去を含む強い取締りを行つている。邦人青年旅行者で,不法就労や不法滞在で国外追放された例も数件報告されているほか,乞食同然の身なりや不品行から周囲のひんしゅくをかう事例も多い。また海外旅行中,数カ月にわたつて家族との音信を断ち,家族の方から安否について問い合わせてくる例も跡を絶たない。各在外公館では,これら旅行者に対し適宜指導,啓蒙を図るとともに無一文になり,旅行の継続ないし帰国が困難になつた旅行者に対しては,家族からの送金をあつせんしたり,やむをえない事情があるときは旅費を貸与するなど,帰国を援助している。

(2) 団 体 旅 行 者

 邦人旅行者の大半を占める団体旅行者についても,一部には行き過ぎた行動がみられる。欧米諸国では,「肩からカメラをさげ,いつぱいに買い込んだ免税ウイスキーの袋をさげ,規律正しく小旗をふる引率者のあとを追つていく日本の海外旅行者」という若干やゆした見方がされているものの,観光収入の増加という観点から邦人旅行者の増加を歓迎する傾向もある。

 しかしながら,アジア諸国では,邦人旅行者,特に団体旅行者の行き過ぎた行動が対日感情に悪影響を及ぼしていることは無視できないものがある。

 74年は,朴大統領狙撃事件等一連の事件で日韓関係が緊迫化したことによつて,訪韓邦人観光客数は激減したが,他方,フィリピンへは13万強と邦人観光客の数が急増し,対日感情に与える悪影響が懸念されている。

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7. 海外子女教育

 

 海外長期滞在者のうち小・中学校学齢期にある子女の数は,およそ1万5千名と推定されている。

 これら在外邦人子女に対し,日本国民としての組織的な教育の機会を与えるため,各地域に全日制日本人学校や補習学校が設けられている。日本人学校は,本邦の小学校,中学校に準じた教育を行う学校で,74年現在37校が設置されており,主としてアジア,中近東,アフリカ,中南米地域に所在している。

 補習授業学校は,現地の学校に通学する在外邦人子女に対し,国語,算数,社会等日本の教科について週1~2回,2~3時間程度の補習教育を行うもので,74年現在45校あり,主として欧州,北米地域に設けられている。

 外務省では,在外邦人が後顧の憂いなく在留諸活動に専念することができるよう,これら海外における邦人子女の教育に対し必要な援助を行うこととし,文部省とも協力しつつ,これらの施設に対し,教員の派遣,校舎借料の負担,教科書,教材の配布などを行つている。

 なお民間では,財団法人海外子女教育振興財団が,在外子女教育の振興に関し,政府の施策に協力し,あるいはこれを補完するため,日本人学校に対する援助事業など各種の事業を行つている。また同財団では72年4月から国庫の補助も得て,全日制日本人学校に在学する児童生徒を除く小学校課程の在外邦人子女を対象に国語,算数の2教科について通信教育を開始し,受講者は75年1月現在4,100名を数えている。なお,75年4月から中学校課程の通信教育も開始する。

(1) 全日制日本人学校

 全日制日本人学校は,74年には4校(パナマ,サンホセ,ペナン,アテネ)が新設され,これにより総数は37校となつた。学校の所在地,児童生徒数及び教員数は「日本人学校一覧」(下巻付表7.(3)参照)に示すとおりである。日本人学校は,小学部を中心として,地域によつては中学部を併設し,それぞれ本邦の小学校,中学校の教育課程とほぼ同様の教育課程により教育を行つている。

 日本人学校の教員は,本邦から派遣する政府派遣教員(国立大学附属学校教諭及び都道府県公立学校教諭)と現地在留邦人のなかの教員有資格者より採用する現地採用講師からなつている。現在派遣教員数については,74年には35人の増員を図つたほか新設4校へ8人を派遣しており,総数は261人となつた。派遣教員の待遇については従来から改善に努めているが,74年度には従来に比し滞在費の平均単価の16.93%引上げを行つた。

(2) 補 習 授 業 校

 補習授業学校の所在地,児童生徒数及び講師数は「補習授業学校一覧」(下巻付表7.(4)参照)に示すとおりである。補習授業学校の講師には,現地在留邦人のなかから教員有資格者が委嘱されており,その数は74年現在310人程度である。外務省では,これらの講師に支給される謝金に対し,月額100ドルまでを限度として補助しており,74年は220人分について補助した。また政府は,74年より,ニュー・ヨーク等の大規模補習授業校に専任教員(6人)を派遣している。

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