1. 概 況
第3次国連海洋法会議は,新海洋法条約採択をめざして国連により召集され,まず,会議の組織及び手続問題を定めるための第1会期が73年12月にニュー・ヨークにおいて開かれた(それまでの経緯は,昭和49年版外交青書上巻181ページ以下参照)。次いで,74年6月20日より8月29日まで10週間ヴェネズエラの首都カラカスで第2会期が開かれ,実質問題の審議が行われた。
しかし,カラカスでは交渉の完結をみることなく,審議は75年3月17日より5月10日までジュネーヴで開かれた第3回会期に引継がれることとなつた。なお,条約の署名等を行う最終会期は再びカラカスで開催されることがほぼ合意されている。
第3次国連海洋法会議では,200カイリのエコノミック・ゾーン(経済水域)をはじめとして,既存の海洋法秩序にいわば革命的変更を迫るような主張が強く,特にカラカス会期においては,それと前後して開かれた「資源特別総会」,「世界食糧会議」などに見られる資源,食糧問題への全世界的な関心の高まりという一般的風潮を反映して会議に海洋資源の争奪戦の色あいを与えたといわれている。
これらの事情及び会議の扱う問題が複雑多岐にわたつていることもあり,ジュネーヴ会期で基本的問題についての合意が得られるとしても,新海洋法条約自体が採択されることは困難であると予想されている。
(1) 概 況
カラカス会議には,国連の加盟国及び非加盟国149カ国が招請され,実際には138カ国が参加した。その他,多くの国際機関や民族解放団体もオブザーバーとして参加し,今世紀最大といわれる大会議となつた。
会議は,まず冒頭の一週間を第1会期から持ち越してきた表決手続の審議にあて,次の表決手続採択に成功した(なお,会議は,実質問題については,コンセンサスにより合意に達するようあらゆる努力をすべきであり,すべての努力が尽くされるまでは実質問題につき表決を行うべきでないとの紳士協定が議長宣言の形で会議により認められている)。
(イ) 本会議においては,定足数は会議参加国の3分の2,表決は出席し投票する国の3分の2(但し,会議参加国の過半数を含む)の多数決。
(ロ) 委員会レベルについては,定足数は会議参加国の過半数,表決は出席し投票する国の過半数の多数決。
次いで,各国の一般演説,3つの委員会(第1委-深海海底開発問題,第2委-第1,第3委員会の扱う以外のすべての主要海洋法問題,第3委-海洋汚染,科学調査,技術移転問題)に分かれての審議という順序で議事が進行したが,各問題とも議論は鋭く対立し,統一的条約案の作成には至らなかつた。
会議の取り扱う問題が複雑多岐にわたつており,また,各国の利害が鋭く対立しているため,このような結果は予想されたことであつたが,カラカス会議では,各国の提案,発言を通じて,問題点や意見の対立点などが明確になり,また,非公式文書の作成等を通じて,ジュネーヴ第3会期への下準備がなされたと言える。
(2) 主要問題についての審議状況
(イ) 領 海
領海の幅を距岸12カイリまでとすることで一般的合意ができたが,米ソをはじめとする主要海運諸国は海峡の通航権の確保を,開発途上国側は距岸200カイリのエコノミック・ゾーン(経済水域)の設定を不可欠の条件としている。
(ロ) 国 際 海 峡
領海幅が12カイリに拡大されることにより,世界の主要海峡が殆ど領海内に含まれることに伴つて生ずる国際海峡の通航問題については,多くの海峡沿岸国が一般領海なみの無害通航制度を主張し,先進海運国はかかる海峡において,すべての船舶,航空機に対し公海に準ずる自由な通航が認められることを主張して,対立しており,この対立は今後の会議の最大の争点の一つとなろう。
(ハ) エコノミック・ゾーン(経済水域)
距岸200カイリまでの海域で沿岸国に排他的資源管轄権を認めるべきであるとのエコノミック・ゾーンの主張は,米ソが条件付ながら支持したこともあり,カラカス会議を通じて,その設定自体は大勢を占めたといえる。しかし,その内容については,種々見解が分かれており,合意は成立しなかつた。エコノミック・ゾーン内の漁業資源については,多くの先進国が,資源の完全利用の立場から,沿岸国が利用しきれない部分については外国の入漁を認めるべきであると述べ,また,内陸国なども隣接国ゾーン内での資源開発に参加させよと要求している。これに対し,多くの開発途上国は,開発途上内陸国などの要求には同情を示しつつも,ゾーン内の資源に対する自国の管轄権に制約を課するような考えには強い反発を示し,更に,ゾーン内の汚染防止,科学調査についても沿岸国が主権的権利をもつべきである旨主張しており,その点でも多くの先進国と対立している。なお,わが国は,カラカス会議で沿岸国に,その沖合の広範な海域における漁業について,排他的管轄権を認めることはできず,伝統的漁業実績が尊重されるべきであるとの立場からエコノミック・ゾーン設立に反対の立場をとつた。
このほか,サケ,マスなどの遡河性魚種については,公海においても,その産卵河川国が保存・管理権を有するとの提案を,米,加,ソなど産卵河川を有する国が行つている。わが国は,このような考え方に反対し,同魚種の保存管理は関係国間の協議を通じて行うべしとの提案を出した。
(ニ) 沿岸国の海底資源管轄権の及ぶ範囲(太陸棚)
沿岸国の海底に対する主権的権利が及ぶ範囲については,距岸200カイリ迄とするとの主張と,地質学上,陸地の自然の延長が200カイリを越えて続いている場合は,自然の延長の末端までの海底資源について沿岸国の主権的権利を認めるべきであるとの主張が対立しており,結論がついていないが,両者の妥協案として,200カイリ以遠の自然の延長部分については,その資源開発から得られる収益を分配(レベニュー・シェアリング)することにより問題を解決しようとの考え方もカラカス会議後出はじめている。
(ホ) 群 島
群島水域を一定の条件付で認めること自体に反対する国はなく,議論はその条件の内容(群島水域の定義,水域内の外国船の通航権,漁業などの伝統的海洋利用の権利の取扱いなど)に絞られたが,議論は余り進展しなかつた。
(ヘ) 深海海底資源開発
国家管轄権の外にある海底の資源の開発問題については,開発主体と方式,開発の条件及び深海海底資源開発の陸上産品市場へ及ぼす影響の3点に議論が集中し,かなり突込んだ審議,交渉が行われた。特に,本問題の中心となる,誰がどのような方式で開発するかという「開発の方式と主体」については,カラカス会期において,大勢は,開発途上国側の主張する直接開発方式(国際機関が開発を行う)に大きく傾き,ライセンス方式や折衷方式は後退した。
(ト) 海 洋 汚 染
開発途上国の多くと一部先進国はエコノミック・ゾーン内において,沿岸国が自国の設定する基準に従い取締り権限を有するとする200カイリ汚染防止ゾーンの設定,実施権を主張した。
先進海運国は,これに対し,船舶の航行が阻害されることを警戒しており,伝統的な旗国主義の補完として,入港国の取締り権限,或は限定的(50カイリ程度)な汚染防止ゾーンを主張している。
(チ) 科 学 調 査
海洋における科学調査をできる限り自由なものに保とうとする先進国側と,沿岸国(及び国際機関)の規制に服せしめようとする開発途上国側が対立している。