第3節 軍縮問題

 

  (1) 74年4月16日から5月23日まで,次いで7月2日から8月22日までジュネーヴで開催された春及び夏の軍縮委員会両会期では,わが国が4月30日に化学兵器禁止条約案を提出したことを契機として,化学兵器禁止問題に討議の重点がおかれ,特に夏の会期では,この問題についての専門家会議が開催された。

 軍縮委員会では,以上のほか,5月18日のインドの核実験をめぐつて,わが国などから核拡散防止の必要が指摘された。

 (2) 9月17日から開催された第29回国連総会でも前述の化学兵器禁止の問題が討議され,わが国のイニシアティヴが歓迎されたが,同時に,核兵器の一層の拡散を防止するための効果的措置を探求すべきことが各国からあらためて指摘されたため,これを背景として,わが国やオランダなどの努力による核拡散防止のための決議案,並びに非核地帯設置についてのいくつかの決議案が採択された。

 国連総会は,このほか,すべての核実験を非難し,各国に対して包括的核実験禁止協定ができるまでいかなる核実験をも差し控えるよう要請することを決議した。また,ソ連から提案された,環境を変更し得る技術を軍事目的などに利用しないという問題をも審議し,これを軍縮委員会に付託した。また,ナパーム弾などの兵器の禁止については,これは75年の国際人道法外交会議に引続き検討するよう要請した。

 総会は,以上に述べた問題のほか,さらに他の各種の問題を審議したが,74年における軍縮問題の各案件中,わが国との関係で特に注目されるものは次の通りである。

 

1. 核実験禁止問題

 

 (1) 63年の部分的核実験禁止条約によつて宇宙空間,大気圏内及び水中での核実験が禁止されたので,この問題は地下核実験の禁止だけが現在残された問題となつている。

 (2) 74年の軍縮委員会でも例年どおりこの間題が審議されたが,検証問題をめぐる意見の相違が克服されるに至らず,問題の解決はまたも将来に持ち越された。

 (3) ところが,5月18日にインドが地下核実験を行つたため,折から開会中の軍縮委員会でもわが国を含む各国からこれを遺憾とする発言があいついだ。わが国は,更に同日付でこの実験を遺憾とする旨の官房長官談話を発表するとともに,5月23日及び27日にそれぞれ衆,参両議院において,これに抗議する決議が採択された。

 (4) 本問題に関する進展としては,7月3日,米ソ首脳会談の結果として,両国間に地下核実験制限条約が締結され,76年3月31日以後150キロトン以上の地下核実験が禁止されたことであつた。しかし,この条約では,平和目的の核爆発の規制を今後の交渉にゆだねている等の問題を残している。

 (5) 74年秋の第29回国連総会では,すべての環境下におけるあらゆる核兵器実験を非難し,各国に対し包括的核実験禁止協定ができるまで核実験の実施を差し控えるよう要請する決議案が,12月9日の本会議で賛成94(わが国を含む),反対3(中,仏,アルバニア),棄権33で決議3257(XXIX)として採択された。

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2. 化学兵器禁止問題

 

 (1) 窒息性ガス,毒性ガス又はこれらに類するガスの戦争における使用は既に1925年のジュネーヴ議定書によつて,禁止されているので,現在では,平時における化学兵器の開発,生産,貯蔵の禁止を規定しようとする目的で,本問題はとりあげられている。この問題についても,いかにして禁止違反を探知,識別するか,すなわち有効な検証手段の確保の問題をめぐつての東西双方見解の対立によつて,合意成立への実質的な進展を見るに到つていない。

 (2) こうしたなかで,わが国は,4月30日軍縮委員会春会期に,各国の期待に応えて,化学兵器禁止条約案を提出した。この条約案は,73年軍縮委員会夏会期にわが国が提出した,化学兵器禁止のための国際取極の骨子についての作業文書を更に発展させて,条約案の形に整えたものであり,わが国が従来から提案してきた,検証手段の確保との関連で解決可能なところから一歩一歩着実に解決していくべきであるという考え方を基本にし,各国の主張,提案等をも考慮しつつ作成したものであつた。これに対する軍縮委員会における各国の反応は,東側,西側,非同盟諸国の別を問わず,わが国のこのイニシアティヴが本問題の審議を促進するものとして総じて好意的であつた。7月2日に開会された軍縮委員会夏会期は,7月17日から4日間,わが国の条約案を討議の中心とする専門家会議を開催し,わが国が示唆した段階的禁止のアプローチを基礎にしつつ,条約案の作成にあたつて克服すべき各種の具体的問題点の所在の解明に努力した。

 (3) 74年秋の国連総会でも,米ソ首脳会談の結果として7月3日発表された,第一段階として化学戦争のための最も危険な手段に関する国際協定の締結について軍縮委員会での共同イニシアティヴを考慮するとの両国の合意とともに,わが国の条約案に対する期待を表明する発言が少なくなかつた。

 国連総会は,審議の結果軍縮委員会に対し,化学兵器禁止の効果的手段につき合意するよう高い優先度をもつて交渉するよう要請する旨の決議案を12月9日の本会議で全会一致で採択した(決議3256(XXIX))。

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3. 核拡散防止問題

 

 (1) 5月18日,インドは核実験を行つた世界で六番目の国となつたが,同国は,3日後の軍縮委員会において,核爆発平和利用はすべての国に共通の権利である,インドの地下核実験は平和目的のものであり核兵器実験とは異なるとの主張を行つた。軍縮委員会の各メンバーは,インドの核実験に遺憾の意を表明し,わが国も,平和目的の核実験と核兵器実験とを区別することは不可能であるので,インドの実験は,たとえ平和目的のものであるにせよ,核兵器の拡散防止を希望する国際世論に反するものであると主張した。

 (2) 第29回国連総会においては,上に述べた,インドの核実験を契機として,核拡散防止に対する気運の高まりがみられ,総会本会議及び第1委員会を通じて,各国より核拡散防止の必要が強調された。わが国は,総会一般討論演説において木村外務大臣より,核拡散の危険が生じつつあるが,その傾向を阻止するために国際的努力を結集する必要があり,同時にこのような国際的努力が所期の成果をあげるためには,核兵器国がその責任にふさわしい積極的貢献を行うことが必要不可欠であることを強調し,国際連合においてもこの問題に真剣に取り組む必要があることを訴えた。次いで,かかるわが国の発言の趣旨をも踏えて,わが国,豪州,スウェーデン,オランダなどが中心となつて,核不拡散のための効果的な措置をとるため,すべての国,特に核兵器国に対し,あらゆる国際的フォーラムにおいて努力を結集するよう訴えることなどを謳つた決議案が作成され,12月9日の本会議で決議3261D(XXIX)として,賛成115,反対3,棄権12で採択された。

 (なお,わが国の核兵器不拡散条約批准問題については,70年2月の署名の際の政府声明で指摘された核軍縮,非核兵器国の安全保障,原子力の平和利用特に保障措置における実質的平等性の確保の三点をめぐり,その後も各方面で議論が続けられたが,75年2月にいたり,国際原子力機関との間で行われた予備交渉においてわが国にとり満足すべき保障措置協定の条文が固まつたこともあり,同年4月末同条約批准承認案件が国会に提出された。)

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4. 非核地帯設置問題

 

 (1) この問題に関しては,過去数年の国連総会ではもつぱら「ラテン・アメリカ諸国における核兵器の禁止に関する条約の追加議定書の署名,批准問題」が議題としてとりあげられていたが,74年の総会では,パキスタン提案の「南アジア非核兵器地帯設置問題」,イラン及びエジプト提案の「中東非核兵器地帯設置問題」,アフリカ諸国提案の「アフリカ非核化再確認問題」,更にフィンランド提案の「非核地帯設置についての包括的検討の問題」が新たに議題として追加された。

 (2) これらのうち南アジア,中東,アフリカの各地域に関する決議案は,それぞれの地域を非核化せんとすることをその趣旨としており,フィンランド決議案は,非核地帯設置にあたつて生じうべき問題点を軍縮委員会に総合的に検討せしめることをその目的とするものであつて,パキスタン決議案についてはインドなどとの間に若干の論争はみられたものの,いずれも多数の国の賛同を得て12月9日の本会議で採択された。

 わが国は,核拡散防止の見地から非核地帯の設置の考えを理解するが,関係地域の特殊条件及び世界全体の平和と安全に及ぼす影響を十分に考慮に入れつつ,その実効性という観点から,その設置にあたつては,すべての関係国の合意,適切な保障措置を伴うことなどの諸条件がみたされる必要があることを指摘して,これらの決議案にすべて賛成投票した。

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5. インド洋平和地帯宣言問題

 

 (1) 71年の第26回国連総会で,スリ・ランカなどの提案によりインド洋を「平和地帯」として宣言した決議2832(XXVI)が採択され,翌年の第27回総会で,この問題を検討するためにわが国を含む15カ国からなるアド・ホック委員会が設置された。しかしながら,同委員会は,「平和地帯」の範囲,「平和地帯」から撤去される外国軍事基地の定義の問題について各国の意見が一致しなかつたため,実質的な議論を詳細に行うまでには至らなかつた。73年の第28回総会では,同アド・ホック委員会に対し次回総会までに勧告を付して審議の結果を報告するよう要請が行われ,更に事務総長に対し,インド洋における大国の軍事プレゼンスについての報告を委員会に提出するよう求める旨の決議3080(XXVIII)が採択された。

 (2) 74年の第29回国連総会では,(イ)同アド・ホック委員会の業務の続行,(ロ)大国がインド洋でその軍事プレゼンスの増大を差し控えるべきこと,(ハ)インド洋沿岸及び周辺の諸国が本問題についての会議を開催するため直ちに協議に入るべきことなどを要請する決議案が審議され,12月9日の本会議で賛成103(わが国を含む),反対0,棄権26(米,英などの西欧諸国,ソ連などの共産圏諸国)をもつて採択された(決議3259A(XXIX))。

 更にモーリシアスから提案された,アド・ホック委員会の構成を拡大する決議案が全会一致で採択された(決議3259B(XXIX))。委員会にはその後バングラデシュ,ケニア,ソマリアの3カ国が新たに参加することとなつた。

 これらの決議の採択に際して,わが国は,インド洋平和地帯の設置を歓迎し,この目的に努力している域内諸国の願望に同情するが,平和地帯の実現にあたつては公海自由の原則の確保,関係諸国の合意,沿岸国及びインド洋海域に重大な利害関係を有する関係国の安全を確保するための適切な措置を講ずることが必要であることを指摘して,これに賛成投票した。

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