1. 総 論
二国間政府借款は,わが国の政府開発援助(ODA)の過半(74年純支出額の60%)を占め,開発途上国への重要な援助手段となっている。
74年については,周知の如く石油危機以降の世界的な成長鈍化等わが国の経済環境は厳しいものがあったが,その中にあって,借款は,金額のほか,金利・期間等条件の緩和,開発途上国(LDC)アンタイイングの進展など,全体として質,量ともに改善・拡大されたと言い得よう。
しかしながらわが国の援助を国際目標,あるいは先進援助諸国の実績と比較する時,まだまだ国際的水準に至っていないというのが現状であり,今後一層の努力が要請されるところである。
以下政府借款の手続と統計上の把握の仕方について簡単に触れておこう。
二国間政府借款の供与手順は,まず(あ)相手国に対する供与の意図表明を行い,次いで(い)相手国との政府間交換公文の締結(う)日本輸出入銀行(以下「輸銀」)あるいは海外経済協力基金(以下「基金」)と相手国借入機関との間での貸付契約の締結,(え)支出の過程を経ていくこととなる。
統計の基準にはいろいろあるが,DACでは条件の測定は,約束額ベース就中借款については貸付契約締結額ベースで,援助の量的国際目標であるGNP0.7%比にかかるODA(政府開発援助)供与額の実績の測定は,支出純額ベースで計算している。
以下に示す資料は,交換公文締結額ベースを多く使用している。これはDAC統計とは必ずしも対応するものではないが,DAC統計の援助量・条件の先行指標となる性格のもので,かつ74年の援助実績を示すデータとしては最適のものと考えられる。
(1) 大幅に伸びた供与額
借款供与額は,73年が対前年比19%減と低調であったが,74年には対前年比69%増と大幅な増加となった(第1表参照)。この理由としては,73年に供与につき約束したものの交換公文締結が74年にずれ込んだものが一部あったこと,及び大型案件が増加したことが主因としてあげられる。
交換公文締結ベースで,1件当り300億円(約1億ドル)を越える大型案件は,72年4件,73年2件であったものが,74年には,インドネシアの石油開発プロジェクト(390億円),LNG開発プロジェクト(560億円),IGGIベース借款(600億円),イラクに対するプロジェクト借款(745億円),マレーシアに対する第3次円借款(360億円),韓国に対するプロジェクト借款(313億円)と相次ぎ一挙に6件に達している。
この結果,年間交換公文締結額は,70年の725億円から,72年に2,000億円台へと急上昇した後,72,73年と連続して2,000億円台にとどまったのに対し,74年には一挙に4,000億円台に達している。
(2) 地 理 的 配 分
政府開発援助についての地理的配分は,DAC諸国の平均(73年)は第2表のとおりで,アジアが41.4%,以下アフリカ20.7%,中南米12.2%となっている。内訳でみると贈与に関しては,経済水準の低い国が多いアフリカが27.5%とアジアの29.4%とほぼ同じ比率であるのが注目されるが,政府借款に関しては,アジアが55.9%と過半を占めている。
一方わが国のODAは,従来から地理的,歴史的,経済的に密接な関連を有するアジア地域,特に東南アジア地域に重点が置かれてきたが,政府借款についても,支出ベースでは,全体の89%が同地域に供与されている。
しかしながら,これを先行指標である交換公文締結額ベースでみると,非アジア地域の占める比率は,72年には14.6%であったのが73,74年には,それぞれ28.3%,27.8%へと増加しており,近年のわが国の著しい国際化,特に中近東,アフリカ,中南米諸国との関係緊密化を示すとともに,すべての国と友好関係を結ぶというわが国外交の基本方針を反映し援助対象地域が拡大されるに至っている。
74年については,特に中近東の伸びが著しいが,これは73年秋の中東戦争,石油危機などを通じて,わが国と中近東諸国との関係強化が唱えられ,三木特使,中曾根通産大臣,小坂特使が中近東諸国を訪問し,経済協力促進に努めたこと等によるもので,同地域の占める比率は前年の4.9%から23.9%に急増している。(第3表参照)
74年の国別借款供与状況は第4表のとおりで,74年中の供与国は18カ国にわたっているが,わが国として始めて借款を供与した国は,エクアドル,バングラデシュ,イラク,エル・サルヴァドル,アルジェリア,ジョルダン,ルワンダの7カ国あり,ここでもわが国援助の積極的な地理的拡大ぶりが示されている。この結果,わが国の借款対象国は合計42カ国に達した。
国別供与額でみると,やはりアジア地域の国に多く供与されているが,特にインドネシア(1,550億円),マレーシア(360億円),インド(330億円,債務救済を含む),韓国(313億円)の4カ国でアジア地域の87%,世界全体の63%を占めている。これに中近東のイラク(745億円)を加えるとこの5カ国で世界全体の81%を占めていることになる。
(3) 援助方式-プロジェクト借款の増加-
二国間直接借款供与の方式は各種あるがわが国の行っている借款は,(あ)プロジェクト借款,(い)商品借款及び(う)債務救済の3方式に分類される。
(あ) プロジェクト借款は,開発途上国の個々のプロジェクト(水力発電所,橋梁,マイクロ・ウェーブ施設,肥料工場などの建設事業)の必要とする資金を供与するもので,産業・社会開発基盤を整備することにより,産業構造の高度化等が可能となり,中・長期的見地から,当該国が経済社会発展をなしとげるために適した方法として多くの先進援助国に採用されている。
(い) 商品援助は,国によっては外貨不足から国民経済を維持するに必要な基礎的物資すら十分に輸入できず,インフレ,社会不安をもたらしている場合や,あるいは,原材料不足,機械設備・部品の手当不充分のため円滑な進展が困難となっている場合があるが,かかる状況に対処するため必要とされる物資・機械を借款ベースで供与し,経済・社会の安定開発に寄与しようとするもので,短期間のうちに実行し得ること,機動的である点が特徴である。
(う) 債務救済は,開発途上国の国際収支が悪化し,わが国の政府機関や,民間輸出者等に対する債務の償還が困難となった際適用されるもので,商業債務の場合は輸銀から相手国中央銀行に対し,債務返済用の借款を供与し(リファイナンス),既往の政府借款による債務の場合にはその返済期間が延長される(リスケジュール)。
わが国の態様別借款供与状況は第5表に示されるが,商品援助の占める比率は73年以降減少する傾向にあり,とくに74年には全体の借款供与額が大幅に伸びた中にあって商品援助,債務救済とも金額でも減少しており,プロジェクト借款の占める比率は86%に達している。
(4) 授助条件-ソフト化の漸進
過去わが国の援助条件は漸進的な緩和が図られてきたが,74年についても,借款の平均条件は,金利3.45%,償還期間25.1年,うち据置期間7.6年と,前年(金利3.81%,償還期間23.5年,うち据置期間7.1年)に比し,相当の改善をみている。
しかしながら,国際比較のために政府開発援助全体でみると(以下に示す指標は貸付契約締結ベース),わが国の73年の政府直接借款1,958億円の平均条件は,金利3.87%,償還期間23.9年,うち据置期間7.2年であり,これに米の延払い280億円(それぞれ2.51%,29.7年,10.9年)を加えた借款全体の平均条件は,それぞれ3.70%,24.6年,7.7年,グラント・エレメント※は47%となる。
さらに贈与1,484億円を含めた政府開発援助全体のグラント・エレメントは68%となっている。
一方,ODAの援助条件に関する国際目標としては73年採択されたDAC新条件勧告があり,ODA全体のGEを84%以上とするよう勧告している。また73年のDAC諸国の平均でみてもすでに87%と高水準で,主要国もスウェーデン99%,カナダ94%,米国90%,仏・英・西独88~86%という緩和された状態にあり,かかる状況からみれば,わが国の援助条件もなお相当の緩和努力が必要とされている。
(5) 供与方式-(LDC)アンタイイングの進展-
援助のアンタイイングは,二国間政府借款の場合には,資材及び役務の調達先を借款供与国に限定しないことを一般的に意味するもので,具体的措置としては,貸付契約締結後国際入札にかけて,その落札者がどこの供給先からでも調達しうることをいうものである。被供与国にとっては,アンタイイングにすれば国際競争価格による調達が可能となり,援助資金を効率的に使用でき,また開発途上国に落札する場合には,当該国の輸出促進にもつながるわけで従来より開発途上国から強い希望が出されていたものである。
わが国は,既に国際機関拠出については全面アンタイ化しているほか,二国間政府借款についても,72年12月の第7回東南アジア開発閣僚会議において,開発途上国からの調達の道を開く旨表明した後,以後アジア諸国に原則としてこれをオファーするなど積極的にとり組んできた。
74年については,特に同年6月DAC本会議において開発途上国(LDC)アンタイイング※に関する了解覚書が締結されたのに伴い,75年1月1日以後わが国が供与する借款には地域を問わず原則としてこれをLDCアンタイイングで供与することになっている。
わが国がアンタイド借款を約束した実績(交換公文ベース)は第7表のとおりであるが,全体に占める比率も71年の2.2%から73年47%(うちLDCアンタイ15%),74年の43%(うちLDCアンタイ18%)と急速に増加している。
(6) 実施機関別借款供与状況
わが国の借款供与状況を実施機関別にみると,64年までは輸銀のみであったが,基金が設立されて以来,基金の占める比率は遂次上昇し,最近5年間では,交換公文締結ベースで,70年にはほぼ1:1であったのが,74年には,輸銀が37%全体のであるのに対し,基金が63%を占めるに至っている(第8表)。
わが国のアジア諸国に対する74年の円借款供与の総額(交換公文締結ベースで,債務救済を含む)は,2,934億円に達した。これは73年の1,725億円に比較すると70.1%と大幅な増加となっているが,後述の如く300億円を越える大型の案件が74年にアジア諸国に集中したことが主たる原因である。
74年のアジア諸国に対する円借款の供与額は,わが国が同年に世界各国に供与した総額4,061億円の72.3%に相当する。わが国の円借款の供与がこのようにアジア諸国に集中しているのは,アジア諸国が地理的にわが国に近接しているのみならず,歴史的にも経済的にも緊密な関係にあり,特にこれら諸国との間に安定した基礎の上に立った友好関係を強化することがわが国の平和と経済繁栄にとって欠くことの出来ない前提条件であるとの認識の下に,わが国はかかる関係をなお一層強化すべく,多面的な施策を講じてきたが,政府開発援助の大宗をなしている有償資金協力,すなわち円借款の供与もこのような施策の最も重要な一環として実施されていることに因るものである。
他方アジア諸国も自国の経済開発を推進するに際し,アジア唯一の先進工業国であるわが国に対し資金・技術面での協力を強く望んでおり,アジア諸国に対する円借款供与の占める比率は70年代初期までの80%台から若干低下傾向を示してはいるものの,アジア諸国のわが国の資金協力に対する強い期待感よりして,今後も長期的にアジア諸国が被援助国の大宗を占めるものと予測されよう。
74年中にアジア諸国に供与された円借款の事例は第9表のとおりである。
わが国と一衣帯水の位置にある韓国は従来から最も重要な援助対象国の一つであるが74年にも313.2億円の借款が供与されている。韓国は近年輸出産業の振興を基盤として急速な経済成長を達成し,74年には1人当たり所得が500ドルの水準に達したとみられているが,他方農工業間の成長格差は大きく,韓国政府はかかる格差是正のため農水産業に対する投資の増大を重要経済施策としている。わが国の対韓新規借款も挿橋川,界火島,昌寧地区における農業基盤整備,農村の電化,農業の機械化及び大清多目的ダム建設(発電,灌漑用水供給,洪水調節)に使用されることに合意をみている。
なお,74年8月に完成した首都ソウルの地下鉄は,ソウル市の交通難緩和に多大の貢献を行っているが,これは71年にわが国がソウル地下鉄建設計画に対して行った円借款の供与が結実したものである。
74年10月韓国側から,北坪港開発計画,忠北線複線化計画麗州ダム開発計画及び農業振興借款につき総額約2億ドルの新たな円借款協力要請が行われたが,従来定期閣僚会議で取上げられていた日韓経済協力問題は73年以降事務レベルで討議することとなっているため,この韓国側要請も日韓実務者の間で検討されることとなっている。
インドネシアも従来から同国との緊密な紐帯を反映し,わが国の最も重要な援助対象国であったが,74年はわが国のエネルギー資源確保政策の見地から石油開発(390億円),液化天然ガス開発(560億円)のための特別借款が供与されたこともあり,わが国最大の借款被供与国となつた。
インドネシアに対するわが国の援助は毎年国際会議(IGGI-Inter-Governmental Group on Indonesia)を通じて行なわれており,IGGI会議で適正な援助所要額と認められる額のうちから国際機関の供与額及び食糧援助額を差引いた,すなわち二国間非食糧援助の1/3を分担していた。74年5月わが国は上記の方式に基づきIGGIにおいて1.4億ドルの借款供与の用意がある旨明らかにした。その後インドネシア側と二国間交渉の結果,9月に至りそれまでにIGGI会議で協力意図を表明した額と併せ600億円供与の交換公文を締結した。したがって前記IGGI枠外の資源関係借款と併せれば,74年に供与された対インドネシア円借款の総額は1,550億円に達し,わが国が同年に供与した円借款総額の38.2%に達している。
インドネシア経済は石油価格の高騰以後外貨収入が急増してはいるが,1億以上の大人口を抱え1人当たり所得が100ドル程度の低位に留まっているため,依然として相当規模の外国からの開発援助の受入れを必要としているものとみられよう。
マレイシアに対しても360億円と巨額の借款が供与されることとなったが,これは74年1月田中総理大臣が東南アジア諸国歴訪の途次マレイシアを訪れた際,ラザク首相から第2次マレイシア開発5カ年計画達成のためわが国の協力を求められ,この要請に応えわが国は円借款の供与を決定することとなったものである。わが国は72年3月既に同計画の達成に協力するため360億円の円借款を供与してあったが(造船所,鉄道車輛,TV放送,火力発電所等に充当),5カ年計画達成のために資金が不足し,他方わが国が72年に供与した360億円の借款の消化目途がついたため,先方政府首脳から要請が出されたものである。
フィリピンに対する74年の円借款供与は72.5億円(灌漑,浚渫)となっているが,73年5月に開催された第3回フィリピン援助国会議でわが国が協力を約束した商品借款(106億円)及びプロジェクト借款の一部(47.3億円,鉄道車輛,道路機械修理工場)については73年11月及び12月にそれぞれ交換公文の締結を終えている。
74年12月に開催された援助国会議においてわが国は商品借款75億円,プロジェクト借款150億円の供与を約束している。商品借款が前年比30%減となっているのは,フリィピン経済が漸次安定し商品借款の必要性は漸減しているとの世銀の経済分析を反映した結果である。
南越に対する商品借款82.5億円は,パリ和平協定の締結に伴い南越に平和復興の気運が昂まり,わが国は南越の経済安定と復興努力に協力するために同借款の供与を決め,南越側は化学繊維原料,タイヤ,肥料,セメント,農業機械等の調達を行った。なお商品借款の見返り資金は「救済復興再建基金」に積立てられ,民生安定目的のための諸事業に支出される予定である。
74年にはラオスに対し初めての借款が供与された。この借款(31.8億円)はナムグムダムの拡張工事に充当されるもので,わが国が所要資金の50%,米,英,西独,オーストラリア,カナダ等が残り半分を負担するという国際的協力事業である。拡張工事は5年で完了の予定であるが,工事完成の暁にはラオスは余剰電力を隣接するタイ国に売電することとなり,ラオスの外貨収入に大いに寄与することが期待されている。
インド,パキスタン,バングラデシュ及びスリ・ランカ等南西アジア地域諸国に対する新規円借款の供与は,インドに対するバチンダ肥料工場建設用借款(110億円)を除けばいずれも商品借款である。これら諸国は厖大な対外債務を負っているほか(例えば74年のインドの対外公的債務の累積額は約100億ドルに達している),輸出が振わないためもあって国際収支が慢性的に逼迫状態を続けており,短期的に国際収支支援効果のあがる援助を必要とし,わが国もかかる援助受入国側の経済的要請を踏まえ,農機具,肥料,化学製品,紙,機械部品等の調達に役立つ商品借款を供与している。
近年石油価格の高騰を背景とし,最も深刻な経済的影響を受けている諸国(いわゆるMSAC)に対してはなお一層国際的な援助を強化する動向がみられるところ,これら南西アジア諸国は何れもMSACに該当している。
わが国もかかる国際的な動向に沿って,南西アジア諸国に対する援助の漸増をはかったが,インドのみは74年5月核爆発の実験を行ったため,わが国は核問題に対する国民感情を参斟し,対インド援助については諸外国が援助を概ね増額したにも拘わらず前年並みの額に据置く結果となつた。
なおインド,パキスタンについては,返済期のきた債務を全額返済する場合は国際収支に対する負担が極めて大きく,経済の安定成長を危くするため,債権国が集まって一定の合意された条件の下で債務支払いの繰延べを行っている。わが国もこのような債権国の会議に参加し,インド及びパキスタンに対し債務救済を行うことに合意している(74年債権国会議で,わが国はインド及びパキスタンに対しそれぞれ121億円,63億円の債務救済を行うこととなつた)。
バングラデシュは独立後日も浅く,経済が極度に疲幣していることもあって緩和された条件での援助を必要としている。わが国も同国に対する借款の金利は年1.875%とわが国がこれまでに供与してきた借款のうちで最も緩やかなものとなっている。なお同国の独立に伴う旧東パキスタンにかかわる債務の引受けについては世銀が債権国を代表しパキスタン及びバングラデシュと折衝した結果原則的な合意をみ,それに基づき関係各国が個別的に話合いを行ってきたが,バングラデシュはわが国に対し74年7月1日以降の時点で自国内に所在するプロジェクトに係る総額約245億円の円借款残高を同国の債務として引受けることに同意した。
タイに対しては74年中に新しい借款は供与されていないが,72年にわが国は同国の第3次5カ年開発計画に協力するため5年分の借款を取まとめ640億円の借款を供与してあったことによるものである。しかるに72年以降わが国の援助条件が漸次緩和されたこともあって,タイ側から既に供与された借款の条件緩和につき強い要望が表明され,結局74年1月田中総理大臣がバンコクを訪れた際借款の一部(230億円)につき条件の緩和に合意することとなった(※)。タイに対する借款は,ダム,橋梁,通信設備,火力発電所等に使用されることとなっている。
ビルマも新規借款を年中に供与されなかった国の一つであるが,74年11月田中総理大臣が訪緬した際,わが方より商品借款(65億円)を供与する用意のある旨意図表明を行っており,交換公文締結のため両国政府関係当局間で協議中である。(第10表参照)
中近東に対する従来の円借款供与は,円借款に割当てられる財政資金が少なかったこと,中近東諸国と政治的・経済的結びつきが比較的少なかったこと等により小規模かつ散発的であった。また中近東諸国のうちでも72年末まではイラン,アフガニスタン,トルコといった非アラブ諸国にのみ円借款が供与されていた。
しかし,73年に至り,アラブ諸国との関係強化の必要が認識され,同年4月エジプトに対し30.8億円,6月シリアに対し88.6億円の円借款が供与された(これまでの円借款交換公文締結状況は第11表のとおり)。その結果中近東地域の73年円借款交換公文締結総額に占める割合は5.4%となった(72年は0%)。更に,特筆すべきは,73年10月の第4次中東戦争勃発とOAPEC諸国によるいわゆる石油戦略の発動後,わが国は中近東諸国との協力をなお一層強化せんとする見地から73年12月より74年1月にわたり,三木特使(エジプト,シリア,イラク,イラン等),中曾根通産大臣及び小坂特使(モロッコ,アルジェリア,ジョルダン,スーダン等)が中東諸国を訪問した際,友好親善強化策の一環として円借款2,427.5億円,民間借款4,612.5億円,計7,040億円の供与の意図表明を行った(第12表参照)。これらは従来より相手国と話合ってきた案件を特使等の中東諸国訪問の際,ないしは帰国直後に約束したものであるが,その特徴として次の点があげられる。まず第1に,わが国の円借款供与の対象地域として中近東地域,その中でもアラブ地域の比重が急速に高まったことがあげられる。また,これまで円借款の供与されたことのなかったイラク,ジョルダン,スーダン,アルジェリア,モロッコの諸国にはじめて供与の意図が表明されることとなった。第2に,イラン,イラク,シリアに対しては石油関連の大型プロジェクトに対して意図表明がなされたが,これら借款は,プロジェクトの規模が大きく,円借款のみでその総コストを賄うには困難があり,また対象プロジェクトの収益性が高いことが予想され,更に,イラン,イラクのような資金的にも余裕のある産油国に対しては必ずしも他のLDCに供与しているほどソフトな条件とする必要はないと思われること等より,全体の4分の1のみを円借款とし,残りの4分の3は輸銀を中心とする民間借款とする,いわゆる混合借款となっている。第3の特色は,スエズ運河拡張計画に対し380億円の円借款供与の意図表明がなされたことである。これは,同運河の再開・拡張が単にエジプト一国の復興,経済開発ニしての意味にとどまらず,世界経済全体の拡大発展に好ましい影響を及ぼすこと,また,運河近隣の中近東諸国にとっても多大の利益をもたらすものとの見地より意図表明されたものである。
特使等の訪問を契機に意図表明されたこれら借款は,対象プロジェクトの確定その他細部の合意を経て政府間の交換公文締結に至るところ,74年における輸出物価急騰に伴うプロジェクト・コストの大幅な上昇,資金不足問題により一部プロジェクトの最終的確定が遅れ,また,前述のとおり,わが国よりはじめて円借款の供与を受ける国が多いため,相手側がわが国借款手続に不慣れであったことにより調整に手間どるなど問題があったが,75年4月末までに円借款1,350億円,民間借款2,235億円,計3,585億円につき政府間交換公文を了した。同交換公文締結額の意図表明額に占める割合は,円借款については56%,民間借款については48%,合計では51%である(第13表参照)。
また,74年中に円借款交換公文が締結された金額は970億円であり,したがって円借款交換公文締結額ベースでの74年の中近東地域の占める割合は,24.3%となり,同比が72年に0%,73年に5.4%であったことを思えば円借款に占める中近東の比重は急上昇していることがわかる。
なお,今後の中近東地域に対する円借款事務の遂行にあたっては,二特使等が意図表明した借款の早急な具体化を図り,その誠実な実行を図っていくことが肝要である。この点相手国側におけるわが国借款手続きに対する不慣れ,及びわが国民間側の中近東諸国のものの考え方,習慣等への不慣れのため東南アジア地域に対する円借款供与事務に比しより多くの時日,労力を要していることはある程度やむを得ないと思われるが,政府としても相手国政府,わが国民間とも十分意思の疎通を図り同地域に対する円借款の円滑な履行を図っていきたい。
わが国のアフリカ諸国(サハラより南のいわゆるブラック・アフリカ地域)に対する円借款は,66年貿易不均衡を解消する見地からウガンダ,タンザニア,ケニア及びナイジェリアに対して供与されたのに始まったが,その後しばらく中断し,再開されたのは72年に至ってからであり,72年2件,73年4件,74年2件と毎年若干ずつ新規供与が行われてきている。しかし,一般に,わが国とアフリカ諸国との政治的及び経済的関係は,わが国とアジア諸国のそれに比較し必ずしも深いものではないことから,有償資金協力の実績は全体からみれば微々たるものである。
アフリカ諸国に対する74年の円借款額の合計は,交換公文締結ベースで73億7百万円であり,同年の円借款総額に占める割合はわずか1.8パーセントである。73年の対アフリカ地域円借款が合計520億円,円借款総額に占める割合が21.6パーセントであったのに比し,74年は著しい減少となっているが,これは,73年にザイールの鉄道建設計画に対して約345億円にのぼる大型のプロジェクト援助のための交換公文が締結されたためである。
74年の円借款は,第14表のとおりナイジェリアとルワンダに供与された。
ナイジェリアに対しては3月に62億円が供与された。本借款は,ナイジェリアの第2次5カ年計画の一環である国鉄拡張計画を対象としており,各種の客車をわが国から購入するために使用される予定である。
また,ルワンダに対しては,12月に11億7百万円が供与され,ルワンダ国内の輸送力増強のためにバス,船等の購入に使用される予定であり,これは,国内交通機関が未整備であるルワンダにとつて,極めて有意義なプロジェクトである。
74年においては交換公文の締結に至っていないが同年中にわが国が円借款を供与する用意がある旨約束した案件は次のとおりである。
まず,ガボンに対しトランス・ガボン鉄道の建設に関連した資金の一部として30億円の円借款の供与をプレッジした。この鉄道は,木材,マンガン,鉄,ウラン等の同国内の豊富な資源を開発するために建設されるものであり,かねてより要請を受けていた案件である。
リベリアに対しては,電気通信網拡張計画に必要な18億円の供与を約束した。同計画はパン・アフリカン・ネットワークを構成するマイクロ・ウェーヴ網の整備を目的としたものである。
上ヴォルタに対しては,36億円の円借款の供与を約束した。この借款は,本邦マンガン業界が上ヴォルタ政府及び欧米マンガン業界と共同開発を予定している同国北部のタンバオマンガン鉱床の開発に必要な鉄道延長計画を対象としており,所要資金6千万ドルの一部に充当される予定である。
中南米地域は,アジア,アフリカ地域と比較して相対的に経済水準が高く,民間ベースの資金協力は近年急速に増大しつつあるが,政府借款供与は,例年わが国との一般的関係の緊密化,相手国の経済水準等から見た優先順位の高い数カ国に限定され,同地域に対する政府借款供与の全地域に占める割合は依然として小さい。もっとも71年末に至るまで同地域に対しては,59年移住協定との特殊な関連でパラグアイに供与された船舶借款,62年ブラジルのウジミナス製鉄所関連借款及び65~66年にかけてアルゼンティン,ブラジル,チリに対する民間債務救済のための再融資以外に実績がなかったことから見れば,近年,十分とはいえないまでもとにかく実績を重ねているといえる。今後中南米地域に対する借款供与の急速な増大は望めないが,同地域諸国は,概して親日的でかつわが国援助に対する期待が大きいこと,移住者を通じわが国と古くから結びつきがあること,人口密度が比較的小さいため援助効果は相対的に大きく,またわが国経済にとり重要な農産物鉱物資源が豊富であること,国の数は多いが文化的宗教的に共通した基盤を持ち国際政治上独自の勢力として比較的まとまりを見せていること等の特色を有しており,これに対するわが国外交・経済政策上の考慮からも,他の地域との比較で若干高い経済水準にある国も援助対象適格国として含め,相応の援助を図っていくことが必要であろう。
74年の中南米地域に対するわが国政府借款供与額(交換公文ベース)は,83.8億円(2カ国,2件)で,当該年次におけるわが国借款供与額全体に占める割合は約2.1%であった。これは,73年の43億円(1カ国,1件),対全体比1.8%に比較して若干の増加となっているが,72年の242億円(3カ国,4件),8.2%に比較した場合かなり低調である。
74年中交換公文が締結された対中南米借款は,エクアドルの火力発電所建設プロジェクト及びエル・サルヴァドルの空港建設プロジェクトを対象とするもので,その内容は第15表のとおりである。
エクアドルのキトー火力発電所計画は,先にわが方政府借款供与方要請の出されていたラ・ミカ水力発電所計画が電力総合開発計画の再編成の結果中止され,その代わりに出てきたもので,新規電力開発5カ年計画の重要プロジェクトであり,また首都キトーの深刻化した電力不足の早期解決のため極めて有効なプロジェクトである。本プロジェクトを対象に3月,26億8千万円の借款供与の交換公文を締結した後,インフレのため工事費は大幅に増大したが,不足資金は輸銀のバイヤーズクレジットによりカバーされることになった。
エル・サルヴァドルは,中米の中でカリブ海に面していない唯一の国で,同国の経済開発,観光開発のため他の運輸網とともに航空路整備は極めて重要であるが,現在空港は規模が小さく設備も旧式で,最近の航空機の発達に十分対応し切れない状況にあり,新空港建設はかねてから重要課題であった。特にモリーナ大統領は,新空港建設を国家経済開発の三大優先プロジェクトの一つとして取上げている。本件空港建設計画は72年11月-12月わが国政府ベースの技術協力として実施されたフィージビリティ調査の結果内容が具体化し,続いて先方政府の強い要請により資金協力に結びついたものである。なお,本件プロジェクト実施のため専門家を技術的アドバイザーとして派遣することにより技術協力も合わせ行うこととし,現在2名の専門家を派遣している。