第6節 公海漁業に関する諸問題

 

 わが国漁業を取りまく国際環境は年々その厳しさを増している。その要因としては,近年世界的な食糧危機が叫ばれている折から,水産資源に対する各国の関心が高まり,このため,世界各地域に存在する地域漁業機関や二国間漁業取極の場において,資源保存のための規制が急速に強化されつつあること,海洋法会議における審議からも明らかなように,200マイルの経済水域設定は大勢としてもはや覆えし難いところまで来ているが,かかる国際的潮流を背景に,資源ナショナリズムに立つ沿岸国の主張がますます強化されていること,また一方では,環境保全運動の一環として始まつた鯨等海洋咽乳動物保護運動が引続き根強く展開されていることがあげられよう。

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1. 規制強化の動き

 

 わが国は,現在後掲別表に見るとおり多くの多数国間条約及び二国間協定を締結し,資源保存,関係国間の漁業調整等に積極的に協力しているが,近年,既開発資源が既に満限状態まで乃至はそれ以上に利用されていることからこれら資源の減少傾向が随所に見られるようになつたため,資源保存措置の必要性が強く主張され,極めて厳しい規制措置が次々と採択されつつある。更に,これら規制措置採択に際し,沿岸国側からは海洋法会議の結論を先取りするかの如き主張がなされ,かかる規制措置は特に遠洋漁業国側に負担の多いものとなつている。

 北西大西洋漁業国際委員会(ICNAF)は,北西大西洋の漁業資源の保存を目的として1950年に締結され,細目規制等長い規制の歴史を有するが,資源状態の悪化,各国漁船団の増強に対処するため,71年に魚種別漁獲量の国別割当規制を,また73年にはオーバーオール・クォータ(特定水域に存在する全生物量に対する許容漁獲量)の国別割当規制を他の地域機関に先がけて採用した。これら国別割当に際し沿岸国たる米加は海洋法会議におけるかねてからの両国の主張である許容漁獲量から沿岸国の漁獲可能量をまず取り,残りを遠洋漁業国間で配分するという方式を主張,遠洋漁業国のポスト海洋法への思惑もあつて現在は概ね同方式に則つて配分が行われており,ここでは,経済水域が現実化しているといつて差し支えない。

 また北太平洋の漁業資源の保存を目的とする北太平洋漁業国際委員会(INFFC)及び東部太平洋のまぐろ類資源の保存を目的とする全米熱帯まぐろ類委員会(IATTC)も,ICNAFと同じく長い歴史を有し,古くから各種規制措置を講じているが,これら機関においても近年資源の減少傾向に伴う規制強化(INPFC),沿岸国による優先的配分要求(IATTC)等の問題が生じている。

 その池,大西洋のまぐろ資源を対象とする大西洋まぐろ保存国際委員会(ICCAT),南ア,アンゴラ等沖合の漁業資源を対象とする南東大西洋漁業国際委員会(ICSEAF),モーリタニア,セネガル等沖合及びギニア湾の漁業資源を対象とする中東大西洋漁業委員会(CECAF),インド洋の漁業資源を対象とするインド洋漁業委員会(IOFC)等は,いずれも1960年代後半以降FAOの主唱により,設置されたものであり(前二者はFAOの枠外の条約に基づき,後者はFAO内部の機関として設置されている。),調査研究の進展に伴い,各種規制措置が採択されつつあるが,いずれにおいても資源が減少傾向を示していることから今後引続き規制が強化されるものと思われる。また,わが国が締結している二国間協定の場においても同様,規制の強化には著しいものがある。特にわが国遠洋漁業の内,漁獲量で75%,金額で40%を占める北洋漁業は,74年春の日ソ交渉,同年秋の日米交渉の結果にも見られるとおり,米ソの圧力の谷間で極めて厳しい操業を強いられている。

 73年のわが国漁業総生産は,前年の1,027万トンから引続き増加し,1,076万トンに達したが,かかる生産増は近海のいわし,さんま類が豊漁であつたことと低緯度地方のかつおの生産が引き続き増加したことによるもので,これまで北太平洋のすけそうだらを中心に生産増の主要因となつてきた遠洋漁業の生産量は漸く前年の水準を維持するにとどまつたことも,これら規制強化の結果が現われ始めたものと考えられ,今後の方向を示すものとして注目される。

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2. 海洋哺乳動物保護運動

 

 72年ストックホルムで開催された国連人間環境会議において,商業捕鯨の10年間モラトリアムガ勧告されたことを契機として,捕鯨反対運動は世界的な高揚を見せ,その後国際捕鯨委員会(IWC)においては捕鯨国は極めて苦しい立場に立たせられることとなつた。幸いモラトリアム提案は,同委員会の下部機関である科学小委員会において科学的根拠無しと結論され採択には至つていないが,74年6月の同委員会第26回年次会議においては,米国のモラトリアム提案に対する修正案の形でオーストラリアから提案されたいわゆる豪決議案が,わが国及びソ連の反対にもかかわらず採択された。同決議は鯨資源を資源状態に応じて「初期管理資源」,「維持管理資源」及び「保護資源」の三つのカテゴリーに分類し,それぞれの資源状態に応じた管理を行うというものである。同管理原則案によれば,「保護資源」に分類された資源は直ちにその捕獲が全面的に禁止されるということになつているため,同管理原則が実施に移された場合には,わが国捕鯨の重要な部分を占めている南氷洋及び北太平洋のながす鯨の捕獲が禁止される公算が強く,わが国捕鯨業は操業規模の縮小等再編成を検討せざるを得ないところまで追いつめられている。加えて,米国は捕鯨条約そのものを,従来の利用を中心としたものから,鯨の生態系における役割,美的価値等を考慮した鯨類保護の色彩の強い条約に修正することを提案,同問題は現在委員会の作業部会で検討されているが,このようにわが国の捕鯨業はまさに存亡の危機にあると云わざるを得ない状態にある。

 更に米国内の環境グループは,最近では鯨のみならずその他の海洋哺乳動物の保護に対しても強い関心を示しており,74年3月オタワで開催された北太平洋おつとせい委員会第18回年次会議において,米国は76年に失効する現行の北太平洋おつとせい保存条約の延長問題に関連し,鯨におけると同様,現行条約をおつとせい保護の観点に立つた条約に改正すべきことを強く主張しており,75年3月米国ワシントンで開催される当事国会議では同問題が検討されることとなつた。

 わが国としては,海洋哺乳動物は魚介類と同様科学的知見に基づき適正に管理しつつ人類の利用に供すべき水産資源であるとの基本的認識に立ち,かかる海洋哺乳動物保護運動に対処しているが,これら運動が,特に捕鯨反対運動が日本製品のボイコット運動等政治的動きを呼び起こしている点も認識しつつ,今後ともわが国の事情を十分説明し各国の理解を求める等地道にかつ慎重に対応していく必要があろう。

 以上のとおりわが国漁業は現在極めて厳しい状況に置かれているが,今後海洋法会議の進展に伴い更に困難な事態を迎えることになろう。もちろん経済水域の設定が直ちにわが国遠洋漁業の完全な締出しを意味することは無いと思われるが,これまで沿岸から沖合,沖合から遠洋へと発展を続けてきたわが国漁業も,今後大幅な方向転換を余儀なくされよう。また,国民の動物蛋白摂取量の約半分を水産物に依存しているわが国にとつて,これは大きな食糧問題でもある。

 わが国としては,今後とも資源を適切に管理しつつ有効に利用していくことがわが国のみならず世界全体に資するとの認識に立ち,関係国との話し合いによりわが国の漁業実績の確保に努めるとともに,開発途上国に対しては漁業協力を積極的に推進する等相互理解に基づく共存共栄を図つていくべきである。

 また,これと併行して,わが国周辺漁場の再開発,南氷洋のオキアミ等新資源の開発を推進するとともに,漁獲物の加工処理方法の改善等により,限りある資源の最大限度の有効利用を図つていく必要があろう。

 

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(別表) わが国が加盟している漁業条約,協定(75年3月318現在)
 1 多数国間条約
 (1)  国際捕鯨取締条約(国際捕鯨委員会)
 (2)  北太平洋の公海漁業に関する国際条約(北太平洋漁業国際委員会)
 (3)  北太平洋のおつとせいの保存に関する暫定条約(北太平洋おつとせい委員会)
 (4)  大西洋のまぐろ類の保存のための国際条約(大西洋まぐろ類保存国際委員会)
 (5)  全米熱帯まぐろ類委員会の設置に関するアメリカ合衆国とコスタ・リカ共和国との間の条約(全米熱帯まぐろ類委員会)
 (6)  北西大西洋の漁業に関する国際条約(北西大西洋漁業国際委員会)
 (7)  南東大西洋の生物資源の保存に関する条約(南東大西洋漁業国際委員会)
注:(  )内は地域漁業機関
2 二国間協定
 (1)  日ソ漁業条約
 (2)  日ソかに協定
 (3)  日ソつぶ協定
 (4)  日米漁業協定
 (5)  日米かに協定
 (6)  日韓漁業協定
 (7)  日・ニュー・ジーランド漁業協定
 (8)  日豪漁業協定
 (9)  日ソ昆布協定(民間)
 (10)  日中漁業協定(民間)
 (11)  日・インドネシア漁業協定(民間)
 (12)  日・モーリタニア漁業協定(民間)