第4節 経済協力開発機構(OECD)における国際協力

 

1. 「石油危機」以後の世界経済への対応

 

 74年における経済協力開発機構(OECD)の活動は,複雑かつ深刻な諸困難をかかえた世界経済情勢への対応により色彩られたといえよう。

 同年の世界経済は,73年第4四半期に生起した「石油危機」によりもたらされた国際収支構造の大きな変化及びインフレの加速化,また各国において同時的に進行した景気の後退に直面した。

 この様に困難な状況にあつては,一国のみでは自国の抱える問題であつても十分な解決は期し難く,従来以上に国際協調が要請されている。

 OECDとしても,加盟諸国の経済的相互依存性やOECD地域の世界経済に占める地位等にも照らし,加盟国間の協調の必要性が痛感され,各専門委員会の場での協議・協力や共同活動の実施を通じてその具体化がはかられた。

 74年5月30日,OECD閣僚理事会の場において加盟各国政府が採択した「宣言」(いわゆる貿易制限自粛宣言,貿易プレッジとも呼ばれる)は,各国に要請された国際協調を貿易の分野で実現したものとして高く評価されよう。

 この宣言の目的は,貿易又は他の経常取引に対する新たな制限及び輸出の人為的促進等を一年間回避することにある。これは,各国が程度の差こそあれ国際収支面等の困難に当面している状況において,一国が自国の経常収支改善のために貿易制限等の措置を一方的にとれば,他国の同様な措置を誘発し結局全ての国の利益に反することとなりかねないとの認識に立ち,かかる事態を回避するために相互に協力しようという各国の決意に立脚している。

 国内経済政策の分野においては,石油価格高騰によるインフレの加速化という問題をかかえた各国にとり,インフレ抑制が主要課題であり,OECDの場において各国間の緊密な協議がはかられてきた。

 11月に主要加盟国によつてOECDの枠内に設立された国際エネルギー機関も,「石油危機」によりにわかに表面化したエネルギー問題に対処するための,各国の協力の具体化として特筆されよう。

 OECDでは,以上に加え,国際投資・多国籍企業問題,開発協力等の広範な分野において,世界経済の困難な状況を背景として活発な活動が行われたところ,その概要は次に記すとおりである。

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2. 経 済 政 策

 

 74年においてOECD諸国は前年末の石油価格急騰の影響もあつてインフレの昂進と景気の著しい停滞という典型的スタグフレーションに直面し,これに加えて国際収支の大幅悪化が重なり,いわゆるトリレンマに悩まされることとなり,戦後例をみない経済的困難を経験した。

 各国とも年当初は,インフレ抑制を当面の最重点課題として,既に73年より実施していた総需要抑制策を強化することで対処し,この点は6月の経済政策委においてもかなり多くの国が支持した。しかしその後米独を中心に欧米主要国では失業の増大が目立ち始めたことから,各国ともインフレ抑制と並んで不況深刻化,失業増大の回避にも目を向けざるをえなくなり,政策運営は一段と困難さを増すこととなつた。かかる情勢を反映して秋口より西独・米国・カナダ等引締め政策の部分的手直しに踏切る国も現われ,11月の経済政策委においては,各国間の政策論議は一層活発化することとなつた。

 またこの間,西独・オランダ等一部の国を除き,OECD諸国は大幅な国際収支赤字の負担を余儀なくされることとなり,この赤字ファイナンスの問題,各国間の不均等な赤字配分の調整問題等が第3作業部会を中心に討議された。

 以上の事態に対処して,OECDでは前述のとおり貿易プレッジの採択や金融支援基金の創設などに積極的に取組み,成果を上げつつあるが,種々の経済的困難は本年も引続き残るものと予想され,国際協力の一層の強化が必要になるものと考えられる。

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3. 貿 易 問 題

 

 74年における貿易分野でのOECDの活動は,貿易委員会における「石油問題の国際貿易及び貿易政策に及ぼす影響」の非公式討議が,閣僚理事会で採択された前述の「宣言」に発展したほか,輸出規制問題と一次産品問題を中心に検討を行つた。また,従来どおり輸出信用,政府調達,特恵等の問題についての作業を進めた。

(1) 輸出規制問題

 輸出規制に関する既存の国際ルール,及び各国より提出されたインベントリーに基づく輸出規制の動機,態様,影響に関する事実分析作業を行つた。今後さらに分析を拡大,深化するとともに,本問題に関する国際協力強化のための可能なオプションの検討を行うこととなつた。

(2) 一次産品問題

 73年来の一次産品価格全般の異常な高騰を背景に,本問題はまず新執行委員会にて取上げられ,これを受けてさらに貿易委員会で検討を行い,価格,供給,加工度増加の三点につき事実分析作業を行つた。今後さらに事実分析を継続するとともに,可能な解決策のオプションを検討することとなつた。

(3) そ  の  他

(イ) 輸出信用及び信用保証部会(ECG)

 ECGでは従来からOECD諸国の輸出信用条件の調整を進めてきたが,74年6月の理事会にて「衛星通信地上ステーションの輸出信用に関する了解」が採択され,同年7月1日より実施された。本了解の中心となる輸出信用条件の基準は,(1)頭金10%以上,(2)延べ払い期間8年以下の2点である。

(ロ) 政府調達作業部会

 政府調達についての作業は,73年秋に国際規約案が一応の成立を見た後,残された実質問題検討のための実態把握作業及び技術的作業が行われている。今後,新国際ラウンドの非関税障壁撤廃作業の進行に伴い,OECDにおける本件作業も注目されることとなろう。

(ハ) 特恵グループ

 第5回UNCTAD特恵特別委員会の討議に沿い,74年には特恵原産地規則専門家会合が5回開催され,原産地認定規準リストにおける表現上の相違,及び実質的差異の調和化,原産地証明書の遡及発行のスタンダード化等の諸問題につき検討がなされ,ある程度の成果がみられた。今後ともこの作業が専門家レベルで引続き行われる予定である。

(ニ) 貿易委作業部会

 本作業部会は貿易委準備,上記(1)(2)の検討のほか,豪州貿易政策の審議,UNCTAD準備会合等を行つた。

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4. 国際投資と多国籍企業

 

 74年における本問題に関するOECDの活動は,新執行委下に設けられた国際投資・多国籍企業(以下MNEと呼ぶ)問題に関するアドホック専門家グループを中心に行われ,同グループは73年10月に第1回会合を開催した後,74年は年初より7月までに4回の会合を重ね,この間新執行委より与えられたテーマのうち,外資系企業に対する内国民待遇原則,投資インセンティヴに関するガイドライン及び協議手続きをほぼまとめ上げた。このほかMNEに関する定義や行動基準等についても取上げられたが,これらについては結論的なものを得るまでには至らず,なお検討を要する状況にある。一方,上記専門家グループの討議とは別に,OECDにおいては従来よりMNEの活動に焦点を当て,工業委,制限的商慣行(RBP)に関する専門家委等の関係委員会がそれぞれの専門分野の枠内で本問題を取扱つてきたが,MNE問題に関連する作業を扱うフォーラムが多い反面,作業は各委員会ベースで独自に進められていたこともあつて,全体としては必ずしも統一のとれたものではなかつた。73年11月の第5回新執行委において出された上記の点に関する改善方要望を踏まえ,事務総長が関係委員会における作業の調整を図るための具体的方向づけと作業計画に関する提案を示し,これが74年2月の理事会において承認されることとなつた。これに基づき各委員会はMNEの機能に関連する諸問題につき十分な調査を行い,それぞれの関連テーマ(情報改善-工業委。移転価格,タックス・へヴン等-租税委。企業内取引,独禁法上の問題等-RBP委。労使関係,雇用・賃金問題等-労社委。技術移転等-科学技術政策委(CSTP)。短資移動-特別作業部会。)に関する中間レポートを取纒め,7月までに理事会へ提出した。

 以上の上半期の活動の後,11月の新執行委において本問題に関する討議が行われ,特に今後の検討の進め方につき幾つかのみるべき結論が得られた。その第一は,現在MNE問題の討議が国際投資一般の問題の討議に比べやや遅れていると考えられるが,両問題の討議は今後バランスをとりつつ併行的に進められるべきであるとの一応の合意が得られたことである。第二は,従来本問題を専門的かつ全般的に扱う常設機構が欠如していたところ,今後の作業推進のためかかる機構が必要ではないかとの事務局提案に基づき,一部消極論があつたものの,暫定ベースでこのような新委員会を設置することにつき大方のコンセンサスが得られたことである(本委員会の設立は75年1月に理事会において決議され,3月の第1回会合以降積極的に活動を行つている)。

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5. 環 境 問 題

 

 環境委員会は,70年7月設立以来,主に経済貿易との関連において,環境問題を検討してきたが,昨今の人口増加問題,エネルギー資源問題等の深刻化を契機に,より広汎かつ長期的な視点に立つ環境政策の必要性が認識されるようになつた。かかる背景の下に,委員会設置以来初の閣僚レベル会議が,74年11月,「1980年代に向けての環境政策:工業化社会の責任とOECDの役割」というテーマで開催され(パリ),わが国からは,毛利環境庁長官が出席し,副議長に選出された。

 環境委の下の4つのセクターグループ(大気管理,水管理,化学品及び都市環境)と経済専門家小委員会の作業の成果は,本大臣会議において,(イ)化学物質が環境に与える潜在的な影響の評価,(ロ)騒音防止,(ハ)交通制限と低費用による都市環境の改善,(ニ)大気汚染規制強化など合計10項目の行動計画として採択され,OECD加盟国に勧告された。中でも環境とエネルギー両政策の統合確保を目指すエネルギーと環境及び国境を越えて発生する汚染を規制・調整するための諸原則をうち立てた越境汚染の2項目は注目をあびた。また,汚染者負担原則(PPP)の実施に関する行動計画では,PPPの例外である助成の条件を明確にするとともにすべての助成制度に関する通報協議制度創設などが勧告された。

 なお,(ハ)に関連して,75年4月に「交通制限による都市環境改善会議」が開催された。

 この他,74年3月廃棄物管理政策グループの創設が決定され,10月の第1回会合から情報交換が開始された。

 各国の環境政策が従来の対症療法的なものから予防的なもの等へと発展し,いわば「第二時代」に入るにあたり,環境委の現行マンデートの期限はとりあえず75年7月より5年間延長されたが,その内容は環境委下部機構の改組問題とともに,今後検討されることとなつた。

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6. そ の 他 の 活 動

 

(1) 科学技術政策委員会

 本年の活動としては,(イ)技術の評価と管理,(ロ)社会科学の振興と利用,(ハ)サービス部門の革新,(ニ)産業の技術革新,(ホ)電算機及び情報処理政策,(ヘ)エネルギー問題と技術開発並びに(ト)研究開発統計等において,それぞれ進展があつた。

 また本委員会は,75年中に第5回科学大臣会議を開催し,かつ,議題として,「科学・技術の社会的側面」,「天然資源の管理」及び「科学政策と工業社会の将来」を取り上げる旨決定し,準備が進められた。

(2) 造 船 問 題

 造船作業部会においては造船業に対する政府助成の漸進的な除去を推進しているが,その一環として,最近の世界的な高金利化傾向に鑑み公的支持を得た船舶の輸出信用条件を,74年7月1日より,通常,延払い期間7年以下,頭金30%以上,金利8%以上と強化した(「船舶の輸出信用に関する了解」従来はそれぞれ8年以下,20%以上,8%以上)。

 石油危機以来,特にタンカーを中心とする需要の激減により世界の造船業は大きな困難に直面しているが,かかる悪環境の中で,72年に採択された「造船業における正常な競争条件に対する障害の漸進的除去のための一般取極」に基づく各国政府の自国造船業に対する各種助成削減計画も,現計画実施期限(75年11月1日)が迫るとともにその実施状況及び計画の更新問題がクローズアップされてきており,この問題の決着いかんは今後各国造船政策に大きな影響を与えるものと思われる。

(3) 工     業

 工業委員会においては,加盟各国の工業政策の進展を年1回総合的にレヴューするパースペクティヴ・レヴューがほぼ定着した。このほか本年より各国共通の関心ある重要問題を掘り下げて検討することとなり,現在テーマとして産業調整問題が取り上げられている。

 このほか問題別及び業種別部会の活動は,それぞれ概ね順調な進展が見られた。

(4) 石油及びエネルギー

 世界の石油・エネルギー情勢にかんがみ,74年5月の閣僚理事会は,前年に引き続き再びエネルギー問題を正式議題として取り上げた。第四次中東戦争を契機とする石油危機が世界経済に与えた深刻な打撃を回避するためには,エネルギー政策に関する加盟諸国の協力・努力が一層必要であることが確認された。OECD長期エネルギー政策に関する報告書が2年間の調査研究の後75年1月公表された。OECDの枠内で国際エネルギー機関(IEA)が設置されたため,石油委員会及びエネルギー委員会はエネルギー政策委員会に統合改組されることとなつた。

(5) 農     業

 農産品の今後10年ないし15年にわたる長期需給事情の検討のための専門家会合を,75年中に農業委員会内で開催しとり纒めることになつた。また世界の食糧需給逼迫の背景のもとに各国の穀物・飼料等の在庫事情の調査を行つた。更に,国際連合のもとて世界食糧会議が開催されるに当り,同会議についての先進国間での意見交換を行うための適切なフォーラムとして農業委員会が重要な役割を果した。

(6) 制限的商慣行(RBP)に関する専門家委員会

 RBPに関する専門家レベルでの情報交換及び勧告提示の場である本委は,3月の輸出カルテルに関する報告の中で,詳細な事実報告のほか,通報による情報交換の強化及び内国法制補強を提案した。

 多国籍企業のRBPについても5月の中間報告で態様を分析した後,各国に質問書を発出して事実データ収集作業を行つた。

 6月の合併に関する報告では,企業合併に対し有効な法的規制のない国に対し,手当が必要な旨指摘した。

(7) 労働力・社会問題

 各国における社会政策は多数の省庁により立案,実施されているが,その間の調整統合化を行うことが重要であるとの認識のもとに,従来の対症療法的社会政策を脱し,雇用確保,労働生活の質の向上,教育と労働市場の調整,生産教育訓練等を内容とする予防的でオーバーオールな積極的社会政策を展開するため,労働力・社会問題委員会では「統合された社会政策」とのタイトルのもとに,数カ国のパイロット・カントリーを選定し研究することとなり,わが国も研究対象国として選定された。73年米国で開催された婦人の役割に関する専門家会議のフォロ-・アップとして,「経済・社会における婦人の役割」作業部会が設置されることとなつた。

(8) 教育委員会及び教育革新研究センター(CERI)

 教育委では教育指標統計作業が進捗し,11月の教員政策政府間会議の開催が注目された。

 教育革新研究センター=CERI=では教育を社会全体の変革とのかかわり合いで把握すべきであるとする見地から教育と社会政策の統合的アプローチが提唱され,就中職場と教育の場の自由な往来体制を確立するというリカレント教育の面での活動が進展した。

 また同センターの事業の一つとして,わが国政府と共催の下に3月東京において,「カリキュラム開発国際セミナー」が開かれた。

(9) 消 費 者 政 策

 消費者政策委員会では,不公正販売方法,不当広告,インフレと消費者政策等の問題がとりあげられたが,「表示」及び「安全性」の両作業部会では,包装標準化,警告表示,玩具の安全性,繊維の可燃性について検討が加えられた。またこれら作業部会の他に,消費者保護の立場より,消費者信用の諸問題を検討するため作業部会が設置され,信用条件の表示,解約期間,共同責任等の問題がとりあげられている。

  

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7. OECD加盟10周年記念行事

 

 74年はわが国のOECD加盟10周年に当るため,これを記念しOECDと共催によりかつ総合研究開発機構の後援を得て,10月7日及び8日外務省において講演会及び公開討論会を開催した。

 7日には木村外務大臣の挨拶に引続き,ヴァン・レネップOECD事務総長の記念講演が行われ,8日には「21世紀よりの提言」のテーマの下に公開討論会が行われた。

 

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