第3節 通商問題

1. ガ  ッ  ト

 

(1) 新国際ラウンド

 73年9月,東京で開催されたガット閣僚会議は,ガット非加盟国をも含む102カ国の代表の参加を得て,新たにガットの枠内で包括的な多角的貿易交渉を開始するための「東京宣言」を採択した。同宣言により,世界貿易の拡大と一層の自由化を目的とする新国際ラウンドの開始が正式に決定された。

 これに先立ち,わが国は,72年2月に米国及びECとの間に,ガットの枠内で多角的かつ包括的な交渉を73年に開始し,これを積極的に支持する旨の共同宣言を発出しており,新国際ラウンドの推進を熱心に図つてきた。

 これは貿易立国としてのわが国にとり,国際貿易における保護主義,地域主義の抬頭を抑圧し,自由貿易体制の維持・強化を図るためには,ケネディ・ラウンドに続く新たな貿易交渉を行うことが必要であるとの認識からである。

 爾来,ガット貿易交渉委員会とその下部グループにおいて準備作業が鋭意進められてきたが,東京宣言採択後間もなく起きた第四次中東戦争を契機とする石油問題と,それに伴い世界経済が直面したインフレ・不況の波に加え,米国行政府に通商交渉権限を与える通商法案の成立が,共産圏諸国への最恵国待遇供与問題とのからみもあつて大幅に遅延したこと等により,実質交渉開始は遅れていた。

 ところが74年12月になり,米議会が通商法案をようやく可決し米行政府が交渉権限を取得したことは,新国際ラウンドの実質交渉開始への路を開くこととなり,75年2月ジュネーヴで開催された貿易交渉委員会では東京宣言のラインに沿つて関税,非関税障壁,農業,多角的セーフガード,特定分野における品目別交渉並びに熱帯産品の分野につき6交渉グループを設け,各々の分野につき交渉に入ることが合意された。また東京閣僚会議後に新たに注目されるに至つた一次産品等の輸出制限問題については,更に,問題点・交渉手続きの検討がなされることになつた。

 以来,各グループの会合で逐次交渉手続き問題を始めとして討議が行われており,この結果は7月に行われた貿易交渉委員会でレヴューされる。その後の交渉日程を考えてみると,東京宣言にある75年中の貿易交渉完結は現実的でなくなつてきており,交渉妥結までにはなお,相当の日数を要することとなろうが,わが国としては早期妥結を目指し,積極的努力を払うべきであろう。

 史上最大の多角的貿易交渉と謳われたケネディラウンド(64年~67年)に比し,新国際ラウンドは参加国が約90カ国と倍増したこと,交渉分野が関税中心に止まらず非関税障壁,農業,熱帯産品,セーフガード等広範な分野に拡大したことが特徴である。各分野の当面する主な問題点は次の通りである。

<関税>

 関税引き下げの一般的方式を決定することが当面の重要課題である。ケネディ・ラウンドでは一律50パーセント引き下げが原則とされた。今次ラウンドでも米国は一律引下げ方式に傾きつつあるようであり,またECはハーモナイゼーション方式(高関税はより大幅に,低関税は相対的により小幅に引下げることにより,各国の関税構造の均質化をはかる方式)を主張しているが,わが国としては出来るだけ実質的引下げを可能にするような方式づくりを目指すべきであろう。

<非関税障壁>

 数量制限,輸入ライセンス,補助金,相殺関税,スタンダード(安全基準等を含む各種製品規格),包装・表示問題,原産地表示,関税評価,輸入書類,関税分類等多岐にわたる問題がとりあげられるが,この内スタンダード,関税評価,ライセンスについては既にガットで多角的コード案が作成されており,これらの分野での交渉の進展がまず期待される。

<セクター>

 特定産業部門については,その特殊性のゆえに一般方式で実現される自由化以上の自由化を達成する必要があるとの観点から,カナダ等がこのセクター別交渉の重要性を強調している。他方,開発途上諸国からはその輸出関心品目につきセクター・アプロ-チを採用し,それによつて開発途上国に有利な解決を求めようとの動きが見られる。

<セーフガード>

 関税・非関税障壁が低減され貿易の自由化が進むにつれセーフガードの重要性が高まつてくるが,これが乱用されれば自由化の成果を減殺することとなり,わが国としては極めて慎重に対処する必要がある。

<農業>

 米国,豪州,カナダ等は競争力の強い農業分野で市場アクセスの増大を目指している。他方ECは共通農業政策の堅持を基本方針としており,米国等の主張に対し農業の特殊性を強調している。わが国としては多量の農産物を海外からの輸入に依存せざるを得ない立場から,農産物の安定的供給の確保を本分野で指向すべきであろう。

<熱帯産品>

 東京宣言は新国際ラウンドの目的の一つに「開発途上国の国際貿易にとつての追加的利益の確保」を掲げており,かかる意味から本分野の交渉に開発途上国は多くを期待している。そして具体的には,タリフ・エス力レーションの軽減,関税細分類化による熱帯産品の関税引下げ,温帯産品のシーズン・オフ時の減免税等広汎な要望を既に提示している。わが国としては国内産業への配慮を十分に行いつつ,上記東京宣言の趣旨を生かすよう努力する必要があろう。

(2) ガット繊維国際取極

 (イ) 経   緯

綿製品を含め繊維一般の国際貿易を多国間で検討すべしとの各国の要望に基づき,ガット理事会は作業部会を設置して繊維貿易に関する実情を調査してきたが,73年7月,同理事会は新しい繊維国際取極が必要であると判断し,その締結交渉の開始を決定した。本件交渉は,73年10月より始められ累次会合を経て,同年12月20日,綿,毛,化合繊の全繊維製品を対象にし,繊維貿易の自由化を目的とした繊維国際取極案について実質的合意に達し,翌74年1月28日のガット理事会で採択,成立した。なおその発効は1月1日に遡ることとされた。

わが国は74年3月15日付で,ガット事務局に取極への参加を正式に通知したが,これまでに26カ国及びEC(9カ国)が同様に参加を通知し,10カ国が暫定的に参加している。(75年1月現在)

 (ロ) 繊 維 委 員 会

繊維委員会は,取極の運用振りを検討することを主たる任務とし,すべての取極加入国により構成され,少なくとも毎年1回会合することとされている。第1回会合は74年3月に開かれ,繊維監視機関(TSB)の構成,繊維統計サブ・グループの設置等の決定を行い,また既存の規制措置の通報,ガット非加盟国の加入手続等の検討を行つた。また同年12月,第2回会合を開き,上記サブ・グループ報告,取極非加入国への規制措置の通報,TSBの活動振り,次期TSBメンバー国の選出及びオーストラリアのタリフ・クオータ問題等の議題を検討した。

 (ハ) 繊維監視機関(TSB)

繊維監視機関は議長及び8加入国により構成され,規制措置の運用,既存の輸入制限の自由化等に関し検討を行つた上で,当事国に勧告等を行うことを主たる任務としている。本機関は74年4月よりその活動を開始し,同年中に14回会合を開いた。これら諸会合においては,各国より通報のあつた規制リストのレビュー,紛争解決のための勧告及び所見の作成問題,ガット非加盟国の取扱い問題,韓・豪間輸入規制問題及び日・米新繊維協定等のガット繊維国際取極に基づき締結された二国間繊維協定のレビュー等を中心に検討を行つてきている。なお,75年の本機関のメンバー国はわが国のほか,米国,EC,インド(代表代理国,エジプト),カナダ(同フィンランド),ブラジル(同コロンビア),香港(同韓国),フィリピン(同オーストリア)である。

 (ニ) 繊維統計サブ・グループ

 繊維委員会により設置の決つた繊維統計サブ・グループは74年4月以降,繊維委員会の収集すべきデータの技術的側面の検討を行い,その報告書を第2回繊維委員会に提出した。

(3) 地 域 経 済 統 合

 ガットにおいては,一部諸国を対象とする特恵は,明示的例外を除き,これを禁止しているが,いわゆる地域的経済統合(自由貿易地域又は関税同盟)については,世界貿易の拡大に寄与し得るとの観点から,一定の厳しい条件(ガット第24条)の下に,最恵国待遇原則よりの例外を認めている。しかし,EC,EFTAの結成以後,ECとアフリカ・地中海諸国との連合協定,英国等のECへの加入,ECの残留EFTA諸国との自由貿易地域の形成,加えてECとアフリカ・カリブ・太平洋地域の46カ国とのロメ協定の締結など,最近のECを中心とする地域的経済統合の動きは,ガット成立当時予想もされなかつた程度と規模で進展しているが,これらのガット規定との法的整合性については,各協定当事国と域外国との間で見解の相違を見ている。

 (イ) 拡大EC発足に伴う補償調整のための関税交渉

英国等新たにECに加入した国が対外共通関税を採用することに伴う譲許の修正・撤回を補償調整するための関税交渉が,73年3月よりECとわが国を始めとした関係各国との間で行われ,ECが60余品目にわたる譲許税率の引き下げをオファーし,日本,米国,豪州等とは74年7月に合意が成立し,穀物の取り扱いを巡つて難行していたカナダとの交渉も75年2月に合意に至り,主要国との交渉は全て終了した。

 (ロ) EC関係の地域統合について

ECと地中海諸国,残留EFTA諸国との自由貿易地域,もしくは関税同盟を形成するための協定について,作業部会においてそのガット規定との法的整合性が審査された。

(4) 対日ガット35条援用問題

 ガット締約国間におけるガット規定の不適用を定めたガット第35条の対日援用は,わが国を不当に差別し,ガットの基本精神である自由・無差別の貿易体制にももとる措置であり,わが国は,従来その援用撤回のため努力を重ねてきた。74年には,対日35条援用国の多くが一般特恵受益国であることに鑑み,一般特恵供与の見直し作業との関連で,その援用撤回を強く要請してきたが,その結果中央アフリカ(74.4),トーゴ(74.7),タンザニア(74.7),カメルーン(74.8)の4カ国が,さらに75年1月にはモーリタニアが対日35条の援用を撤回し,現在の援用国は下記の8カ国となつた。

  (オーストリア,サイプラス,アイルランド,ケニア,ナイジェリア,セネガル,南ア共和国,ハイティ)

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2. 商 品 問 題

 

 わが国は,現在小麦,砂糖,コーヒー,ココア及びすずを対象とする国際商品協定に参加している。これら協定のうち小麦,砂糖及びコーヒーの各協定は,協定機能の中核となる価格安定メカニズムのないものとなつている。このように価格メカニズムがないものとなつたのは,最近におけるこれら商品を含む一次産品の価格高騰とも関連があり,価格規定を有しているココア及びすずの協定も,高騰した市場価格に十分に対処し得なかつたといえよう。

 以上のように,現在商品協定はいずれも十分な実質的機能を果していないと評されてもやむを得ない状況となつている。しかし,食糧危機,石油価格値上げを契機とする一次産品のブームも74年後半から沈静化しはじめるとともに,これら協定について今回経験したような市況にも対応し得る経済条項を含めた完全な協定とするための準備作業も活発化してきている。また近年,食糧その他多くの一次産品について供給不足が伝えられたが,各商品協定の加盟国から成る理事会は対象商品の生産,貿易,市況等の情報資料の収集検討に努力を集中し,これらに関する加盟国の意見交換も活発に行われた。わが国もこれらの活動には積極的に参加し,確実な需給見通し,輸入必要量の確保に努めている。

 新たな商品を対象とする協定締結の要望は,開発途上国,UNCTAD等から多くの一次産品についてなされているが,具体的に協定作成ないし交渉の目途がついているものはない。しかし既存の商品協定がいずれも更新時期となつていることもあり,わが国としては一次産品輸入国たる立場に留意しつつ,これらの準備作業に積極的に参加している。

 

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