(4) 第28回国連総会第1委員会における軍縮問題一般に関する西堀代表の発言

                  (1973年10月26日 ニューヨークにおいて)

1  私は,本日,最近の軍縮交渉全般に対するわが国代表団の基本的考え方の一端を述 べるとともに,あわせて個々の軍縮問題についてのわが国代表団の見解を披瀝致したいと思います。

2  軍縮問題は,御承知のとおり国の安全保障と密接不可分の関係にあり,そのため軍縮の進展は,国の安全保障の仕組みを律する国際関係の変化に大きく左右される面があることは否定し得ないと思います。

事実,今までの重要な軍縮措置の実現は,その時々の国際環境の変化を具体的に象徴するものでありましたし,去る6月末・ソ両国首脳間で合意が成つたSALT基本 原則及び核戦争防止協定にしても基本的には,最近顕著となつている国際情勢の緊張緩和を背景として実現されたものと見ることができましよう。

3  しかし反面,軍縮には単に国際情勢の変化を受動的に反映するばかりではなく,国際関係の安定化に貢献することによつて世界平和の促進に積極的に働きかける側面があるべきであり,私がここで強調したいのも正にかかる軍縮の積極的役割についてであります。

第2次世界大戦以来,四半世紀にわたる世界の歴史を振り返つてみた時,今日までの世界の平和と安全が,厖大な軍事力を背景とした不安定な力の均衡の上に成り立つてきたことは否定し得ない事実と云えましょう。私はかかる不安定な均衡状態から軍備の縮小と規制,すなわち相対立する力を均衡を維持しつつ縮小し,かつ,規制することにより,より安定した平和を追求していくという積極的側面にこそ軍縮のもつ真の役割があるべきだと思うのであります。最近の軍縮交渉に対して,一部に批判的ないし悲観的空気がみられるのも一つにはかかる軍縮の積極的役割が充分に発揮されていないことが大きな理由ではないかと思われてなりません。

4  そこで,かかる軍縮の積極的役割をいかにしてReactivateするかという問題が問われるべきだと思います。まず第一に,世界の軍事大国,特に核兵器国の責任が重大であることが当然指摘されるべきでしよう。もとより私は,殊更核兵器国と非核兵器国を対峙させる意図はなんら持つておりませんが,軍縮の主たる対象が,不安定な均衡状態を支える相対立する力,すなわち主要な軍事大国,とりわけ核兵器国の厖大な軍備の縮小及び規制にある以上,軍事大国たる核兵器国の誠実かつ不断の努力と具体的行動を伴なつた確固たる決意こそが,核軍縮を含めた具体的軍縮措置実現の鍵を握つていると言わざるを得ないと思います。そこで,われわれとしては,核兵器国のかかる努力と決意をencourageするための方策を見い出し,かかる方策に基づいて核兵器国の積極的貢献を引き出すべく出来得る限り努力することが必要となりましよう。

5  しかし,われわれの努力はあくまでも現実的かつ実際的なものでなければならないと思います。特に,最近の軍縮交渉において,私が痛感することは,包括的核実験禁止問題にせよ,化学兵器禁止問題にせよ充分な審議を行なうためには,極めて専門的な技術的知識を要求される場合が多いということであります。しかし,このことは,公正かつ妥当な軍縮措置を実現していく上で不可避なことであり,そのために具体的軍縮措置の早期実現が困難となつていることは事実であるにしても,われわれとしては,真の軍縮措置を実現するためには,技術的諸問題について納得のいくまで充分に検討を行ない,現実的観点から一歩一歩着実に軍縮交渉を推し進めていかざるを得ないと思います。私は,かかる態度こそが先に私が強調した核兵器国側の努力と決意をencourageするものであり,軍縮の進展への最短距離となるものであることを信じて疑いません。

6  次に私は上記の如き軍縮交渉全般に対する基本的立場から,目下軍縮委員会における最重要案件である包括的核実験禁止問題と化学兵器禁止問題について,わが代表団の見解を述べ本委員会,特に軍縮委員会非加盟国の理解と協力を得たいと思います。

7  昨年の国連総会においてわが国は,包括的核実験禁止問題に関する決議案を本委員会に上程するに当つて,本件に関する審議の停滞を打破し,核兵器国の積極的貢献を引き出す目的で,検証問題等の技術的諸問題を検討するための専門家非公式会議開催の必要性を指摘しました。その結果,最終的に採択された総会決議(2934B)においても,本件検討に当つては,専門家の見解を考慮すべき旨の一文が主立第五項に挿入されたことは御承知のとおりであります。その後わが国は,軍縮委員会が本件を最優先的に審議すべしとする右総会決議の要請を尊重し,本件進展のための具体的方策の一つとして去る4月10日ジュネーヴ軍縮委員会において正式に専門家非公式会議の開催を提案し,右非公式会議が7月10日より,4日間開催され大きな成果を収めることができたのであります。

8  本件会議は各国の大きな関心を呼び東側諸国から専門家が参加しなかつたことは残念でありましたが,従来になく多くの専門家が参加し,4日間に亘り活発な審議が行なわれました。その結果,地下核爆発の探知・識別のためには,地震学的方法が主要な方法であることが一般的に再確認され地震学的検証方法に関する限り,(イ)現在の検証能力の評価,(ロ)将来の実現可能な目標等についての技術的問題点が一層明確になつたと言えましょう。

9  従つて今後の課題として,われわれは,更に地震学的検証能力を高めるため現在ある観測機能と諸地震データの処理設備の補強等についての国際協力を一層進めるべきでありましょう。又,同時に,以上の専門家会議における検討結果を基礎として,包括的核実験禁止の早期実現のため,現実的観点から具体的にいかなる措置をとり得るかについて核実験当事国が早急に検討を加えるべきだと思います。

例えば,部分的禁止措置か又は包括的禁止措置をとるのか。前者をとるとすれば,どの位の爆発規模をもつて部分的禁止の下限とするのか,その他,たんらかの中間的措置として,モラトリアム,核実験の規模の縮小,回数の漸減等の措置を採用するのか否かの問題が検討されるべきでありましよう。かかる具体的措置について検討する際には,当然のことながら,地震学的方法が100%信頼のおける検証方法でない限り,軍事的にも重要であると主張されている小規模の核爆発や核実験の陰ぺい問題その他疑わしき地震に対する取扱い等についての検討を並行して行なう必要があると思います。

10 わが代表団は,軍縮委員会における緊急の案件である包括的核実験禁止のため今後ともあらゆる努力を傾ける決意でありますが,同時に私は,この分野における問題点の所在はすでにほぼ解明されており,今後の努力の重点は,これまでに行なわれた各種の提案をいかにして実施に移すかにおかれるべきであるとの感を強くするものであります。かかる見地から私は核実験当事国が,われわれの長年にわたる誠実な努力に対し,なんらかの具体的回答を出すべき時期に来ていることを指摘したいと思うのであります。

11 次に軍縮委員会におけるもう一つの主要な軍縮問題である化学兵器禁止問題について,わが代表団の見解を述べたいと思います。昨年の国連総会決議(2933)は,軍縮委員会が本件について優先的に交渉を継続することを要請しておりますが,遺憾ながら本年度の軍縮委員会においては特に見るべき進展がなかつたと言わざるを得ません。しかし,生物兵器禁止問題の場合と異なり,禁止対象となるべき化学剤の数が膨大であり,かつ,これら剤の中には平和目的用の化学剤も多数含まれているため,禁止対象の限定及び条約義務違反を監視するための検証手段等について多くの困難な問題があります。したがつて,本件審議が容易に進展しなかつたこともある程度理解できると思います。

12 わが国は,本件に関する審議の停滞を憂慮し,8月21日軍縮委員会に化学兵器禁止の実質及び方式に関するわが国の示唆を具体的に盛り込んだ条約案の骨子に関する作業文書(CCD/413)を提出しました。右作業文書では,軍縮委員会の各国代表団の見解を出来るだけ取り入れ,包括的禁止を最終的目的とするものの,現状において禁止が適当でないか又は,困難である剤ないしは活動範囲を条約と不可分の一体である補足文書を設けることにより禁止の対象から暫定的に除外することとしました。又,検証については,国内的検証と国際的検証を有機的に結びつけた検証システムを取り入れることとしています。

13 今後われわれとしては,先に提出されている東側諸国の条約案(CCD/361)及び非同盟諸国の条約案に関する作業文書(CCD/400)も含めて具体的条約案の細部につき,更に検討を進めるべきものと思います。特に,わが国の作業文書においては暫定的に禁止対象から除外すべき具体的化学剤を明示しておりません。わが代表団は,定義について比較的に合意達成が容易な超毒性化学剤から,まず禁止し,次いで禁止の  範囲を拡大してゆく方法を示唆していますが,他方で非同盟作業文書(CCD/400,sectionIIパラ8)が述べているように『世界人口の大多数にとつてはいかなる種類の化学兵器に対する適切な防護も確保することは出来ないので,より毒性の少ない剤も禁止すべきである』との主張の正当性については,いささかの疑いも抱いておりません。そこで,より毒性の少ない剤を当初から禁止の対象とする可能性を含め,如何なる客観的規準により如何なる剤を禁止し,如何なる剤を禁止対象から暫定的に除外するかについて,専門家の意見を聴取しつつ今後検討してゆくことが必要であると考えております。

14 又,禁止対象たる活動範囲についても,条約案の早期作成という現実的観点から,先ず化学兵器の開発,生産及び移譲等の禁止を規定することとしています。貯蔵の禁止については,検証システムの有効性が保証されるまでは条約義務違反に対する抑止能力の確保の観点から除外した方がよいのではないかと考えます。勿論,この問題は検証システムのあり方と密接な関連を有しておりますので,われわれとしては,検証システムの確立をはかりつつ,できるだけ早期に貯蔵の禁止に進み得るよう今後とも努力して参りたいと思います。

15 更に,わが国の提案した国内的検証と国際的検証を有機的に組み合わせた検証システムについても,具体的に検証機構をどのように構成し,かつ,運用するかについては今後各国の有益な示唆や提案を取り入れつつ検討いたしたいと思います。10月23日,イラン・ホベイダ大使は本委員会において「ある国にとり受諾不可能な特定の検証方法にこだわることが行詰まりを維持する口実にされているとすればこれは遺憾である。」(A/C・1/PV 1934・P43-45)との正当なコメントを行たつたが,私はわれわれの検証機樹に関する示唆が同大使の発言と同一の精神において行なわれたものであると述べたい。

16 わが国としては,本作業文書が今後化学兵器禁止問題に関する審議の基礎となることを希望すると同時に,各国代表団の建設的意見を強く期待するものであります。

17 以上のとおり,私は具体的軍縮問題についてのわが代表団の見解を披瀝いたしました。しかし,かかる具体的軍縮措置の実現を最終的に決定し得るのは,あくまでも軍事大国たる核兵器国にあることには変りがありません。私は,かかる観点から若干の具体的問題をとりあげ,軍縮交渉一般における核兵器国の責任の重大さを指摘したいと思うのであります。

18 第一に,最近特に問題となつているものに大気圏内の核実験禁止問題があります。御承知のとおり最近2つの核兵器国が,世界世論の激しい非難にも拘らず,相次いで大気圏内の核実験を強行しました。わが国は,あらゆる国によるすべての核実験に反対するとの基本的立場からこれら核実験に対し厳重に抗議を行なつてまいりました。又,わが国の国会においても本年7月あらゆる核実験に反対する趣旨の国会決議が採択されましたが,これはわが国政府と国民の一致した願いを端的に表明するものであります。私はここで再度右2核兵器国が直ちに核実験を中止し,すでに世界の殆んどの国が参加している部分的核実験禁止条約に加入するよう強く要望いたしたいと思います。

19 又,遺憾に思われますことは,先に指摘した大気圏内核実験当事国が,実質的軍縮交渉への参加をかたくなに拒んでいることにあります。私は,今後軍縮交渉を更に促進するためには,なによりも核兵器国の誠実な努力と確固たる決意が必要である旨強調致しましたが,具体的軍縮措置を検討する最も重要な多数国間の軍縮交渉機関である軍縮委員会にすらすべての核兵器国が参加していない現状は,極めて不自然であり,今後軍縮交渉の進展を計る上でも大きなマイナスでありましょう。(中略)私は,ここで上記2核兵器国が国際政治上占める核兵器国としての特別の責務を十分に自覚し,早急に軍縮問題に関する実質的討議に参加されることを強く要望致したいと思うのであります。

20 他方,最近重要な地域的軍縮条約の一つであるラ米核禁条約の追加議定書IIに中国及びフランスが署名に踏み切つたことについては,かかる地域的軍縮措置の実現を支持してきたわが国としては,これを右2核兵器国が軍縮問題に前向きに取り組もうとする姿勢を示したものとして歓迎いたしたいと思います。

又,私が先に挙げた米ソ間のSALT基本原則の合意及び核戦争防止協定の締結についても,米ソの今後の軍縮交渉に臨む決意を表明したものとして心から歓迎したいと思います。私はこうした核兵器国の側における誠実な努力の積み重ねが,真の軍縮措置実現への欠きた足がかりになるものと思います。

21 以上のとおり,私は,今後軍縮を強力に推進していくため基本的考え方として,軍事大国たる核兵器国が軍縮に積極的に貢献すべきであり,これは,我々の側における誠実な努力に対する核兵器国の重大な責務であることを強調いたしました。最後に,私は,今次国連総会の本委員会において有意義な審議が行なわれ,その結果,今後我々が軍縮の分野においてなすべき努力について明確かつ具体的な指針が与えられることを切に願つて私の演説を終りたいと思います。

 

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