(3) 東南アジア訪問

 

(イ) マルコス・フィリピン大統領主催晩餐会における田中総理大臣スピーチ

                            (1月7日 マニラ)

 大統領閣下,マルコス令夫人,並びにご列席の皆様

 大統領よりただいま暖い歓迎のお言葉をいただき厚くお礼申し上げます。

 このたびこの美しいフィリピンを訪問し,大統領および才色兼備の令夫人にお目にかかれたことは,私の最も欣快とするところであります。また,本日,最高の栄誉であるラジャ・シカツナ勲章を拝受し,光栄これにすぐるものはありません。

 私は,マニラに参ります機上から西太平洋の海岸を眺めつつ,この海洋が民族的にも文化的にも日比両国を結ぶ回廊であつたことに改めて思いを馳せました。有効な交通の手段のなかつた時代には,この海洋は,両国民交流の前に立ちはだかる大きな障害物でした。それでもなお,既に有史以前にフィリピンはじめ南アジアの民族が黒潮に乗つて日本列島にたどり着き,定着したと信じられております。御朱印船貿易が最盛期に達した17世紀の初頭,即ちわが国が3百年に亘る鎖国政策に入る直前のころには,マニラの日本人街には約3千名もの日本人が居住していたと記録されております。その中には有名なキリシタン大名高山右近およびその一族が含まれており,彼は,フィリピンの人々の暖かいもてなしの中に,この地において晩年を過したことは,よく知られているところであります。

 貴国は大統領の卓越した指導の下に,社会正義の実現を目的とする新社会の建設に邁進しておられ,政治,経済,社会の各分野で顕著な成果を挙げておられます。私が今般大統領のご招待をうけて貴国を訪問しましたのも,かかる貴国民の努力と成果をまのあたりにするとともに,貴国民とわが国民との間に,平和と繁栄とを分ち合う良き隣人同志の関係を育成強化しようとのわが国の熱望を大統領にお伝えしたかつたからであります。

 近年日比両国間の人的,経済的交流が急速に増大し,友好親善関係が益々拡大・強化されております。とくに一昨年秋から昨年春にかけての旧日本兵捜索への比国官民の御協力,昨年3月のカラリヤにおける「比島戦没者慰霊碑」建立の際の御好意,更には昨 年12月末の日比友好通商航海条例の批准等は両国の友好協力関係を重視されている大統領の御卓見と特別の御尽力によるところ大であり,日本国民に代つて深く敬意を表します。

 私は,日本と貴国が友情をかちとるための地道な努力をおしむものでなければ,日比両国の将来について大いに楽観できると信じて疑いません。問題は,地球が狭くなり, 諸民族を結ぶ距離が著しく短縮されるにつれ,われわれは最早「日比両国の関係さえよければ」と安住できなくなつていることであります。

 今日の世界は,あらゆる分野において深刻な変動・変革の時期に直面しております。たとえば中東紛争の未解決と,第4次中東戦争に端を発した世界的な石油危機は,貴国 と日本のみならず,アジア諸国全体の経済活動に大きな影響を及ぼしつつあり,わが国としても世界の平和と繁栄のために一刻も早く公正且つ恒久的な解決が中東戦争にもたらされることを希求しております。こうした困難な事態の下に,私は大統領とひろく国際情勢について率直に意見を交換し,貴国そして他の東南アジア諸国との友好親善関係を従来よりも一層堅固なものにしたいと念願しております。

 私は日比両国の間のあらゆる分野,あらゆるレベルでの交流がますます増進されるべきであると確信しております。とくに次の世代を担う青少年の間に相互理解を深めることは,極めて望ましく,かつ必要なことであると思います。わが国からこのような目的で既に「青年の船」が貴国を訪問しております。私はこの計画を更に発展させ,今後毎 年貴国はじめ東南アジアの青年をわが国に招待し,わが国の青年と親しく交歓することを目的とした「東南アジア青年の船」の計画を始める考えであることを申し上げます。

 次の世代を担うこれ等諸国の青年が同じ船の上で起居をともにしながら語り合い,友情と相互理解を深めることにより,相互の信頼と協力の精神を養う機会を提供し,次の世代へのささやかな贈り物としたいと考える次第であります。

 今回の私の貴国訪問は甚だ短時間ではありますが,私は大統領をはじめ皆様方との率直な対話を通じ,すでに日比両国間に存在している緊密な友好関係を一層深めることができるものと信じて疑いません。

 ここで私は,御列席の皆様とともに杯を挙げて大統領閣下御夫妻の御健康,フィリピ ン共和国の繁栄,日比両国の友好,そしてアジアと世界の平和のために乾杯したいと存じます。マブハイ

 

(ロ) 田中総理大臣のフィリピン共和国公式訪問に際しての日・比共同発表(仮訳)

                           (1月9日 マニラ)

1  日本国総理大臣田中角栄閣下は,フィリピン大統領フェルディナント・E・マルコス閣下の招待により,1974年1月7日から9日までフィリピンを訪問した。

2  総理大臣は,1974年1月8日,大統領を表敬した。大統領と総理大臣は,同日極めて友好的,誠意にあふれかつ率直な雰囲気のもとに会談を行い,両国間に存在する友誼と相互信頼を再確認した。

3  会談において,総理大臣は,東南アジア諸国との間に,平和と繁栄を共に探究しかつ分かち合う良き隣人の関係を促進し強化したいとの日本の真摯な希望を表明した。総理大臣は,また,日本が東南アジア諸国との関係において,各国の自主性を最大に尊重し,各国の経済的自立の努力を阻むことなくその発展に貢献することを基本原則としていることを確認した。大統領は,右の発言を多大の関心と理解をもつて聴取した。大統領と総理大臣は,このような精神と原則に基づき,日比関係を含む日本と東南アジア諸国との関係を更に良好なものにしていくための一層の建設的努力が払われるべきであることに意見の一致をみた。

4  大統領と総理大臣は,地域的連帯および協力の精神がアジア全域の平和と繁栄に貢献するものであることを確認し,地域協力の重要性が増大しつつあることに満足の意をもつて留意した。

両者は,アジア・太平洋地域における地域協力が関係諸国,特に,東南アジア諸国の希望と利益にかなうように促進されるべきであることを強調した。

この関連において,総理大臣は,ASEANの重要な役割に留意し,東南アジア地域の安定と繁栄のためにASEANがますます活発な活動を行なつていることを高く評価した。

大統領と総理大臣は,ASEAN加盟諸国の願望に沿いつつ,ASEAN地域の調和のとれた発展を促進するために日本のなし得る貢献につき討議した。

5  大統領と総理大臣は,両国が共通の関心を有する現下の国際情勢,なかんずく東南アジアの情勢について率直な意見を交換した。両者は,全ての平和と繁栄を享受し得る諸条件が確立されるべきであるとの両国共通の願望を表明した。

6  大統領は,アジア地域に影響を及ぼす重要な問題に関し必要とされる場合に相互協議のため招集されるアジア・フォラムの設立が望ましいことを説明した。

総理大臣は,この提案に関心を表明し,この構想がアジアの連帯の気運を醸成するための広範な努力の一環として発展していくことを希望した。

7  大統領と総理大臣は,両国政府が国際連合およびその他の国際的な場において引続き協力を行うことが重要であることを再確認した。

8  大統領と総理大臣は,ヴィエトナム平和に関するパリ協定並びにラオスにおける平和に関する協定および同付属議定書の締結を歓迎し,関係各国によるこれら諸協定の忠実な遵守および実施がインドシナにおける安定的かつ永続的な平和の確立のために不可欠であることに合意した。両者は,ガンボディア問題は外部からの介入を受けることなくカンボディア国民自身により平和裡に解決され,同地域に出来るだけ速かに平和が回復されることを希望した。

9  大統領と総理大臣は,中東における未解決の紛争が世界の平和と繁栄を脅かしていることに留意し,国際連合の関連諸決議,特に,安全保障理事会決議242の早急な実施により,同地域に可及的速かに公正,かつ,永続的平和ががもたらされるべきであることに意見の一致をみた。

この関連において,両者は,中東和平に関するジュネーヴ会議の開催を歓迎し,この会議が大きな成功をおさめるようにとの希望を表明した。

10 大統領は,現在フィリピンが建設に努力している「新社会」の目的および目標について説明した。総理大臣は,大統領と全フィリピン国民のかかる精力的な努力に敬意を表するとともにその成功を祈念し,日本国政府がフィリピンの進歩と繁栄のために引続き協力を行う用意のあることを再確認した。

11 大統領は,総理大臣が両国間の協力が高度に必要であることに対する真摯な理解に基づき,引続き援助を行うとの方針を誠意をもつて再確認したことに特に留意し,フィリピンの開発努力に対し日本から供与された援助に対し深甚なる謝意を表明した。

12 大統領は,フィリピンが外国からの投資,特に創始分野および優先分野に対する投資を歓迎している政策,およびフィリピンにおける外国投資の導入,事業およびサーヴィス活動の指針と奨励策につき説明した。大統領は,さらに工業製品の輸出を促進するために既にとられている国内産業の発展,保護,合理化政策につき説明した。総理大臣は,大統領の説明を理解をもつて聴取し,可能な協力の分野を検討することに関心を表明した。

13 大統領と総理大臣は,1973年12月27日に日比友好通商航海条約の批准交換が行われたことは両国の友好および相互信頼の増大を如実に反映する歴史的な里程標であつたことに合意した。大統領と総理大臣は,この精神に沿つて両国間の友好的かつ互恵的な関係が一層強化されるべきことを強調した。

14 大統領と総理大臣は,両国間の相互理解を増進させるために,あらゆる分野における人的接触と交流を拡大することが極めて重要であることに意見の一致をみた。この関連において,総理大臣は,日本国政府がアジアの青年間の友好と相互理解の増進を目的とする「東南アジア青年の船」の計画を発足させる意図を有していることを明らかにした。総理大臣の希望は,この計画がフィリピンの青年に対し,日本および東南アジア諸国をこれら諸国の青年とともに訪問する機会を提供することにある。大統領は,この計画が東南アジアおよび日本の青年間の理解の増進に対し貴重な貢献を果すようにとの希望を表明した。

15 大統領と総理大臣は,今次の総理大臣のフィリピン訪問が両国間の友好と協力関係の一層の強化に大きく寄与したことに満足の意を表明した。両者は,今回の訪問が両者の個人的接触を確立する機会をもたらしたことを歓迎し,今後ともかかる接触を維持し,かつ,強化したい旨希望した。

16 総理大臣は,フィリピン滞在中に総理大臣および随員一行が受けた友情に満ちた暖かいもてなしに対し衷心より感謝の意を表明した。

 

(ハ) サンヤー・タイ首相主催晩餐会における田中総理大臣スピーチ

                           (1月9日 バンコク)

 サンヤー総理大臣閣下,令夫人,並びに御列席の皆様

 サンヤー総理大臣より暖かい歓迎のお言葉をいただき,心からお礼申し上げます。タイ国政府の御招待により,この度念願の貴国を訪れることができましたことは,私の深くよろこびとするところであります。また本日最高の栄誉である貴国の白象大綬章を拝受し,光栄これに優るものはありません。

 貴国とわが国はお互いに有史以来の数少ないアジアの独立国として,また,ともに国民に敬愛された皇室をいただく国として,三世紀半以上にもわたつて友好の絆を維持してまいりました。

 私は貴国が,英明な国王陛下のもとで,貴総理大臣の卓越した指導と貴国民各層の協力によつて,この変動しつつある国際情勢に賢明に対処されつつ,新しい体制のもとに国民福祉の向上と国家の繁栄を目指して力強く前進している姿に,深い感銘をおぼえるものであります。私は長い歴史と輝かしい自主独立の伝統を有する貴国が,この崇高な目的を実現されることを心から念願し,また,必ずや成功されるものと確信するもので あります。

 20世紀の今日,地球は益々狭くなり,日・タイ両国は更に身近かな隣人となりまし た。現在アジアをとりまく国際環境は急速に変化しています。加えてわれわれが直面する問題は一層複雑化するとともに,政治,経済,文化すべての分野に亘る世界大の広がりとつながりを持つに到つております。

 このことは最近の石油危機の影響について申し上げるまでもなく,皆様よく御存知のとおりであります。また,私は日・タイ両国間の経済関係の緊密化に伴い,種々の摩擦 が生じ,とくにわが国の経済的プレゼンスに対する危惧の念が存することも,よく承知しております。国家間の関係が緊密化の度合を深めるにつれて,友邦の間においても調整すべきいくつかの問題が生ずることは,ある意味ではやむを得ないでありましよう。

 本日貴国の次代を担う学生諸君の歓迎を受けましたが,直接彼等学生諸君の不満に接したことは私自からが問題の重大性を把握するうえで意味があると考えております。私は彼等の不満に対し何らの幻想を抱いておりません。問題を放置することも許されないのであります。重要なことは,これらを契機として,双方が相互理解と問題解決のための努力を重ねることであり,このような地道な努力を通じ,諺にありますように,雨降つて地固まることを念願するものであります。私はこの機会に,わが国政府と国民が 日・タイ両国間の永遠の友好関係を築きあげていくために,あらゆる努力を惜しむものでないことを確言いたします。

 この様な観点から私は,古き友邦である日・タイ両国の間にあらゆる分野,あらゆる レベルでの交流がますます増進されることを強く希望いたしております。とくに,次の世代を担う学生,青年の間に相互理解を深めることは,極めて望ましく,かつ,必要な ことであると考えます。わが国からこの様な目的で毎年「青年の船」が貴国を訪問しており,昨年10月には貴総理大臣にも親しくお会いいただく光栄を得ております。私は,この考えを更に発展させ,今後毎年貴国はじめ東南アジアの青年をわが国に招待し,わが国の青年と親しく交歓することを目的とした「東南アジア青年の船」の計画を新たに始める考えであることを申し上げます。私は,次の世代を担うアジアの青年が同じ船の上で語り合い,また起居をともにしながら友情と相互理解を深めることにより,相互の信頼と協力の精神を養う機会を提供し,次の世代へのささやかな贈物としたいと考えます。

 サンヤー総理大臣閣下

 今回の私の貴国訪問は甚だ短時間ではありますが,私は貴総理をはじめ貴国の皆様方との忌憚のない意見の交換を通じ,すでに日・タイ両国間に存在している緊密な友好関係をさらに深めることができるものと信じて疑いません。

 この御挨拶を終えるに当り,私は列席の皆様とともに杯を挙げ,サンヤー総理大臣および令夫人の御健康,貴国の御繁栄,そして日・タイ両国の友好のために乾杯したいと存じます。

 

(ニ) 田中総理大臣のタイ国公式訪問に際しての日・タイ共同発表(仮訳)

                           (1月11日 バンコク)

1  日本国総理大臣田中角栄閣下は,タイ国政府の招待により1974年1月9日から11日までタイ国を公式訪問した。

2  タイ国滞在中,田中総理大臣は,1974年1月9日王宮を訪れて記帳を行つた。

田中総理大臣は1月10日,サンヤ・タマサーク首相と率直かつ友好的な雰囲気の中で会談を行い,両国における友好関係の一層の強化と相互理解の促進の必要性を再確認した。

3  田中総理大臣は,東南アジア諸国との間に平和と繁栄を共に等しく享受する良き隣人の関係を促進し,強化したいとの日本の願望を表明した。

田中総理大臣は,日本の東南アジア諸国に対する政策の基本原則を説明するにあたり,日本は東南アジア諸国国民の願望を最大に尊重し各国の経済的自立への努力をはばむことなく,その社会的,経済的発展に積極的に貢献したい旨述べた。

サンヤ・タマサーク首相は,この地域における平和と繁栄を支持する日本の有益かつ建設的な役割を認めつつ,これらの説明を歓迎した。

両者は,日・タイ両国の関係を良き隣人の関係の精神および互恵の確保を目的とした平等と公平の原則に基づき一層良好なものにすべく,日本とタイ国が更に建設的な努力を払うべきことに意見の一致を見た。

4  両首相は,アジアの情勢をはじめ両国が共通の関心を有するその他の問題を含む現下の国際情勢について率直な意見の交換を行つた。

両者は,すべての東南アジア諸国が主権,領土保全および経済的自立の尊重という基礎の上に,永続的平和と繁栄を享受し得る諸条件がつくり出されるべきであるとの強い希望を表明した。

この目的のため,両首相は,アジア・太平洋地域の諸国が国際連合およびその他の国際的・地域的な場において共同の努力を行うことが重要であることに意見の一致をみた。

5  両首相は,ヴィエトナムにおける戦争を終結させ平和を回復させる協定の成立,ラオスにおける平和を回復し,国民的和合を実現させる協定ならびに同協定議定書の締結を歓迎した。両者は,関係各副によるこれら諸協定の忠実な実施がインドシナにおける安定的かつ永続的な平和の確立のために枢要であることに合意した。同時に両者は,カンボディア問題は外部からの介入を受けることなくカンボディア国民自身により平和裡に解決され,カンボディアに出来るだけ速やかに平和が回復されることを強く希望した。両首相は,アジア・太平洋地域の諸国が,インドシナ問題,特に戦後のインドシナの再建,復興および経済開発につき,より一層の関心を持つ必要を認めた。

6  田中総理大臣は,ASEANの地域的連帯の精神に留意し,東南アジアの安定と繁栄のためのASEANの成果と活動を高く評価した。

両首相は,地域的協力とパートナーシップの精神がアジア全域の平和と繁栄の達成に貢献するものであることを確認し,かかる地域協力の重要性が増大しつつあることに満足の意をもつて留意した。

両者は,アジア・太平洋地域における地域協力が同地域の諸国民,特に東南アジア諸国民の希望と利益にかなうように促進されるべきであることを強調した。

7  両首相は,両国間の貿易を一層促進することの重要性を再確認し,最近数年間においてタイ国の対日輸出の着実な増大傾向がみられるに至つたことを歓迎した。

両者は,両国間の貿易不均衡が依然として重要な問題であり,その公正かつ有益な解決のために双方において政府および民間のたゆまざる努力を必要としていることを認めつつ,本問題解決にあたり日・タイ貿易合同委員会が引続き重要かつ有効な役割を果たしていることに意見の一致をみた。

両者は,両国の政府および民間関係者が,より均衡のとれた貿易関係を確立し,かつ維持するべく更に相互の積極的な努力を払うようにとの希望を表明した。

8  サンヤ・タマサーク首相は,タイ国の第3次5カ年経済開発計画の目的と満足すべき進捗状況に留意して,タイ国の開発努力に対する日本国政府からの援助に謝意を表明した。

田中総理大臣は,引続きタイ国の経済開発に協力するとの日本国政府の意向を再確認した。

この関連において,両首相は,日本のタイ国に対する円借款の条件がタイ国の利益となるようさらに緩和されることにつき意見の一致をみた。

9  両首相は,両国間の相互理解を増進させるために,あらゆる分野における人的接触と交流を拡大することが極めて重要であることに意見の一致をみた。この関連において,田中総理大臣は,日本国政府がアジアの青年間の友好と相互理解を目的とする「東南アジア青年の船」の計画を発足させる意図を有していることを明らかにした。田中総理大臣の希望は,この計画がタイ国の青年に対し,日本および東南アジア諸国をこれら諸国の青年とともに訪問する機会を提供し,かくしてこれらの青年すべてにくつろいだ雰囲気の下で相互理解を深める機会を提供することにある。サンヤ・タマサーク首相は,この提案を親善と建設的努力の意志表示として歓迎した。両者は,この計画が東南アジア諸国および日本の青年の間の理解の増進に対し貴重な貢献を果すようにとの希望を表明した。

10  両首相は,今次の田中総理大臣のタイ国訪問が両国間の友好と協力関係の一層の強化に大きく寄与したこと,および,右訪問が両者の個人的接触を確立する機会をもたらしたことを歓迎し,今後ともかかる接触を維持し,かつ,強化したい旨希望した。

11  田中総理大臣は,タイ国滞在中に総理大臣および随員一行が受けた友情に満ちた暖かいもてなしに対し衷心より感謝の意を表明した。

 

(ホ) リー・クァン・ユー・シンガポール首相主催晩餐会における田中総理大臣ピーチ

                            (1月11日 シンガポール)

 リー・クァン・ユー総理閣下,令夫人並びに御列席の皆様。

 この度リー総理の御招待を受け,念願のシンガポールを訪れることができましたことは私の深く喜びとするところであります。本夕はかくも盛大な晩餐会を催し頂き,深く感謝しております。

 本日,「ガーデン・シティ」の名のとおり,緑の多い清潔な街並みと,繁栄しているシンガポールを眼のあたりにし,豊かな環境の中にダイナミックに躍進しつつあるその姿に深く感銘を受けました。

 リー総理は,1959年に35才の若さで衆望を担つて首相に就任され,以来15年間シンガポールの工業開発,国民の生活水準の向上に尽され,今日の如き繁栄をもたらされまし たことは誠に敬服にたえません。

 シンガポール政府がジュロン地区に造られた日本庭園「星和園」は,外国における日本庭園として最大のものであり,その池には,奇しくも私の郷里の新潟から送られてきた5千匹の錦鯉が育まれていると聞いております。これらの錦鯉は,シンガポールの鯉の専門家の御世話により,シンガポールの気候風土によくなじみ,日本におけるよりも早く,立派に成長し,今日では日本庭園を訪れるお客の目を楽しませているとのことであります。この日本庭園が,東南アジアでは最大の規模と活況をほこるジュロン工業団地内に造られていることは,自然と工業開発とを巧みに調和しようとしておられるシンガポール政府の御努力の証左であり,敬意を表します。

 私が今般貴国政府の御招待をうけ,貴国を訪問しましたのは,貴国民とわが国民との間に,平和と繁栄を分ち合う良き隣人同志の関係を一層育成強化したいとのわが国の熱望を自ら総理にお伝えしたいと念願したためであります。

 シンガポールとわが国は,工業化を通じ国民の福祉増進を図ることを基本とし,また,共に経済の存立を貿易に依存するという面で共通の基盤に立つています。従つて,日・シ関係は,良きパートナーとして今後とも協力と発展が大いに期待しうると信じて 疑いません。

 しかしながら,今日の世界は単に二国間の友好関係の増進を希求するだけでは済まされない程に,他の地域で生ずる事柄が,直ちに広く世界各国に影響を及ぼす実情にあります。例えば,中東紛争の未解決と第四次中東戦争に端を発した世界的な石油危機は貴国と日本のみならず,アジア諸国全体の経済活動に大きな影響を及ぼしつつあり,わが国としても世界の平和と繁栄のために一刻も早く公正且つ恒久的な解決が中東紛争にもたらされることを希求しております。

 このような困難な時期に高邁な英知と識見,そして深い洞察力を有しておられるリー総理と再度会談の機会を得て,世界およびアジアが現在直面する多くの問題について率直かつ忌憚のない意見の交換を行なうことが出来ましたことは,私にとつて極めて有益でありました。

 私は,日シ両国間のあらゆる分野,あらゆるレベルでの交流がますます増進されるべきであると確信しております。特に,次の世代を担う青年の間に相互理解を深めることは望ましく,また必要なことであると思います。わが国は,この様な目的でこれまで 「青年の船」を度々貴国に派遣し,貴国民の歓待を受けております。私は,この計画を更に発展させ,貴国はじめ東南アジアおよび日本の青少年が親しく交歓することを目的とした「東南アジア青年の船」の計画をリー総理にもおはかりし,同総理の御賛同を得ました。次の世代を担う青年が同じ船の上で語り合い,また,起居を共にしながら友情と相互理解を深めることにより,相互の信頼と協力の精神を養う機会を提供し,われわれ世代の次の世代へのささやかな贈物としたいと考える次第であります。

 今日の私の貴国訪問は甚だ短時間ではありますが,私はリー総理をはじめ皆様方との率直な対話を通じ,すでに日・シ両国間に存在している緊密な友好関係を一層深めることができるものと信じて疑いません。

 この挨拶を終えるにあたり,私は各位と共に杯をあげてリー総理閣下御夫妻の御健康と御幸福を祈念し,シンガポール国民のひきつづいての繁栄と幸福のために乾杯したいと存じます。

 

(ヘ) 田中総理大臣のシンガポール共和国公式訪問に際しての日・シ共同新聞発表(仮訳)

                             (1月12日 シンガポール)

1  田中角栄日本国総理大臣は,シンガポール共和国政府の招待により,1974年1月11日から12日までシンガポールを公式訪問した。

2  田中総理大臣は,1月12日,シンガポール大統領ベンジャミン・ヘンリー・シアース博士を表敬した。

3  田中総理大臣とリー・クァン・ユー・シンガポール首相の間の公式会談は,1月11日極めて率直かつ友好的な雰囲気のもとに行われ,ここの雰囲気は両国間に存在する友誼と相互信頼の関係を再確認するものである。

4  会談において,田中総理大臣は,東南アジア諸国との間に,平和と繁栄を分かち合う良き隣人の関係を促進し強化したいとの日本の真摯な希望を表明した。田中総理大臣は,更に,日本が東南アジア諸国の自主性と経済的自立への希求を尊重しつつ,その発展に引続き貢献することを確認した。両首相は,このような原則と理解を基礎として,日・シ関係を含む日本と東南アジア諸国との関係を更に良好なものにしていくための一層の建設的努力が払われるべきであることに意見の一致をみた。

5  両首相は,現下の国際情勢,なかんずくアジアの情勢について意見を交換した。両首相は,全ての東南アジア諸国が各国の主権および一体性の尊重と経済的自立の基礎の上に確保される永続的平和と繁栄を享受し得る諸条件が確立されるべきであるとの両国共通の願望を表明した。

両首相は,両国政府が国際連合およびその他の国際的な場において引続き協力を行うことが重要であることを再確認した。

6  田中総理大臣は,ASEANの重要な役割に留意し,東南アジア地域の安定と繁栄のためにASEANがますます活発な活動を行つていることを高く評価した。

両首相は,地域的連帯および協力の精神がアジア全域の平和と繁栄に貢献するものであることを確認し,地域協力の重要性が増大しつつあることに満足の意をもつて留意した。両首相は,アジア・太平洋地域における地域協力が関係諸国,特に,東南アジア諸国の希望と利益にかなうように促進されるべきであることを強調した。

7  田中総理大臣は,シンガポールの工業化と社会開発の目覚ましい成果を高く評価した。両首相は,両国が国際社会において緊密なパートナーとして協力していくことを再確認した。

8  両首相は,両国間の相互理解を増進させるために,あらゆる分野における人的接触と交流を拡大することが極めて重要であることに意見の一致をみた。この関連において,田中総理大臣は,日本国政府がアジアの青年間の友好と相互理解の増進を目的とする「東南アジア青年の船」の計画を発足させる意図を有していることを明らかにした。田中総理大臣の希望は,この計画がシンガポールの青年に対し,日本および東南アジア諸国をこれら諸国の青年とともに訪問する機会を提供することにある。

リー首相は,この計画を友好の積極的な意思表示として歓迎し,この計画が東南アジアおよび日本の青年間の理解の増進に対し貴重な貢献を果すようにとの期待を表明した

9  両首相は,今次の田中総理大臣のシンガポール訪問が両国間の友好と協力関係の一層の強化に大きく寄与したことに完全な満足の意を表明した。両首相は,今回の訪問が両者の個人的接触を新たにする機会をもたらしたことを歓迎し,今後ともかかる接触を維持し,かつ,強化したい旨希望した。

10  田中総理大臣は,シンガポール滞在中に田中総理大臣および随員一行が受けた友情に満ちた暖かいもてなしに対し衷心より感謝の意を表明した。

 

(ト) ラザク・マレイシア首相主催晩餐会における田中総理大臣スピーチ

                       (1月12日 クアラルンプール)

 ラザク首相閣下並びに御列席の皆様。

 このたび,ラザク首相の御招待を受け,念願のマレイシアを訪れることができましたことは,私の深く喜びとするところであります。本夕,ここにかくも暖かい晩餐会を催していただきましたことに厚くお礼申し上げます。

 私はかねてより貴国が民族の統一と調和,貧困の撲滅による社会正義の実現を目標として,着実な社会,経済的発展の成果を挙げておられることに対し,深い敬意を払つておりましたが,昨年東京において貴首相およびフセイン・オン副首相におめにかかり,その抱負の一端に接する機会を得,感銘を深くした次第であります。貴首相が「新経済政策」の中で唱導しておられる経済発展の果実の公正な分配,環境と調和した形での工業化の推進および国民の自助努力と自己犠牲の要請等は,同じく政治に携わる者とし て,私の強く共鳴するところであります。現下のごとき激動する国際経済環境下にあつても,貴国が着実な経済発展を進めでおられるのは,かかる賢明な指導によつて始めて可能であると考えます。

 今日の世界は,あらゆる分野において深刻な変動,変革の時期にあり,アジアもその例外ではあり得ません。このような時に,貴首相が既に1970年に.唱導された東南アジア中立化構想がASEANのクアラルンプール宣言として結実したことは,本地域におけ る平和と安定を希求する洞察に。富んだ試みとして,国際的に高い評価が与えられているのであります。

 今回私が貴首相の御招待により貴国を訪問しましたのも,平和と繁栄を分ち合う良き 隣人としての貴国とわが国の関係を一層育成強化したいとのわが国民の熱望を貴国民にお伝えするとともに,昨年に引続き貴首相と広範な問題について腹蔵ない意見の交換を行うことを念願したからであります。御列席の皆様がよく御承知のように,日本とマレイシアとの関係は近年益々その親密の度を加えつつあります。しかしながら関係の密接化に伴い新たに調整を要する問題が生じて来ることもまた事実であります。私どもこの席に集う者が今後とも本夕の如きなごやかな雰囲気の下にうちとけて胸襟を相開いていくならば,両国間の諸問題の調整は はかられ,両国関係は更に前進していくものと信じて疑いません。

 このような観点から,私は日・マ両国の如き友邦間には,あらゆる分野,あらゆるレベルでの交流がますます増進されるべきであると痛感しております。とくに,次の世代を担う青年の間に相互理解を深めることは,極めて望ましいのみならず,必要なことであると思います。わが国から同様の目的で度々「青年の船」が貴国を訪問しており,貴国民の暖かい歓迎を受けて参りました。私は,この計画を更に発展させ,今後毎年貴国はじめ東南アジアの青年をわが国に招待し,わが国の青年と親しく交歓することを目的とした「東南アジア青年の船」の計画をラザク首相に提案申し上げましたが,同首相の御賛同を得たことを喜ぶものであります。次の世代を担うこれ等諸国の青年が同じ船上で語り合い,また起居をともにしながら友情と相互理解を深めることにより,相互の信頼と協力の精神を養う機会を提供し,次の世代へのささやかな贈物にしたいと考えたのでありやす。

 終りにあたつて,私は今回の訪問が貴首相との間の個人的接触を通じて,相互理解を深め,日・マ両国の現存する友好関係が一層堅固なものとなることを祈念いたします。

 ここで,私は御列席の皆様とともに杯を挙げ,ラザク首相閣下の御健康,マレイシアの繁楽,日・マ両国の友好,そしてアジアと世界の平和のために乾杯したいと存じます。

 

(チ) 田中総理大臣のマレイシア公式訪問に際しての日・マ共同新聞発表(仮訳)

                        (1月14日 クアラルンプール)

1  田中角栄日本国総理大臣は,マレイシア政府の招待により,1974年1月12日から14日までマレイシアを公式訪問した。

2  田中総理大臣は,1月14日,国王陛下に拝謁した。田中総理大臣は,1月14日ラザク,マレイシア首相と極めて率直かつ友好的な雰囲気のもとに会談を行い,両首相は両国間に存在する友誼と相互信頼の関係を再確認した。

3  会談において,田中総理大臣は,東南アジア諸国との間に,平和と繁栄を分かち合う良き隣人の関係を促進し強化したいとの日本の真摯な希望を表明した。田中総理大臣は,また,日本が東南アジア諸国との関係において,各国の自主性を最大に尊重し,各国の発展と経済的自立のための努力に貢献することを基本原則としていることを確認した。ラザク首相は,右の説明を満足の意をもつて聴取した。両者は,右に述べられた精神と原則を基礎として,日本とマレイシアとの関係を更に良好なものにしていくための一層の建設的努力が払われるべきであることに意見の一致をみた。

4  両首相は,両国が共通の関心を有する現下の国際情勢,なかんずくアジアの情勢について率直な意見を交換した。両者は,全ての東南アジア諸国が主権尊重の原則と経済的自立の基礎の上に確保される永続的平和と繁栄を享受し得る諸条件が確立されるべきであるとの両国共通の願望を表明した。この目的のため,両首相は,両国政府が国際連合およびその他の国際的な場において引続き協議を行うことが重要であることを再確認した。

5  両首相は,ヴィエトナム平和に関するパリ協定並びにラオスにおける平和に関する協定および同付属議定書の締結を歓迎し,関係各国によるこれら諸協定の忠実な遵守および実施がインドシナにおける安定的かつ永続的な平和の確立に貢献することに意見の一致をみた。両者は,カンボディア問題はカンボディア国民自身により平和裡に解決され,同地域に出来るだけ速かに平和が回復されることを希望した。

6  両首相は,地域的連帯および協力の精神がアジア全域の平和と繁栄に貢献するものであるとの確信を表明した。この関連において,田中総理大臣は,東南アジア地域におけるASEANの重要な役割に留意した。田中総理大臣は,東南アジアの安定と繁栄のためのASEANの活発な活動ならびに東南アジアを平和・自由・中立地帯として確立しようとのASEAN諸国の努力を高く評価した。

7  両首相は,日本のマレイシアに対する経済協力について討議した。ラザク首相は,マレイシアの経済開発における日本の協力に深甚なる感謝の意を表明した。ラザク首相は,田中総理大臣に第2次マレイシア計画の下におけるマレイシアの進歩につき説明した。田中総理大臣は,マレイシアの開発努力に感銘を受けた旨を述べるとともに,その努力に対し日本は引続き協力する用意がある旨を表明した。この関連において,田中総理大臣は,第2次円借款がマレイシアの現行の諸開発事業計画に殆んどすべてコミットされたことに留意しつつ,日本は第2次マレイシア計画のために第3次円借款を供与するであろうこと,および,両国の政府当局がその詳細こついて話合うため可及的速かに会合するであろうことにつき原則として同意した。

8  両首相は,両国間の相互理解を増進させるために,あらゆる分野における人的接触と交流を拡大することが望ましいことに意見の一致をみた。この関連において,田中総理大臣は,日本国政府がアジアの青年間の友好と相互理解の増進を目的とする「東南アジア青年の船」の計画を発足させる意図を有していることを明らかにした。田中総理大臣の希望は,この計画がマレイシアの青年に対し,日本および東南アジア諸国をこれら諸国の青年とともに訪問する機会を提供することにある。ラザク首相は,この計画が東南アジアおよび日本の青年間の理解の増進に対し貴重な貢献を果すようにとの期待を表明した。

9  両首相は,今次の田中総理大臣のマレイシア訪問が,両国間の友好と協力関係の一層の強化に大きく寄与したことに意見の一致をみた。両者は,今回の訪問が両者の個人的接触を新たにする機会をもたらしたことを歓迎し,今後ともかかる接触を維持し,かつ,強化したい旨希望した。

10  田中総理大臣は,マレイシア滞在中に田中総理大臣および随員一行が受けた友情に満ちた暖かいもてなしに対し衷心より感謝の意を表明した。

 

(リ) スハルト・インドネシア大統領主催晩餐会における田中総理大臣スピーチ

                          (1月15日 ジャカルタ)

 スハルト大統領閣下,令夫人,ハメンクブオノ副大統領閣下並びに御列席の皆様。

 この度スハルト大統領の御招待を受け,念願のインドネシア共和国を訪れることができましたことは,私の深く喜びとするところであります。本日はここにかくも盛大な晩餐会を催していただき,心暖まる思いであり,厚く御礼申し上げます。

 かねてから,私は,明るい太陽の下,豊かな水と濃き緑に恵まれた大自然の中で,国造りに励んでおられるインドネシアを胸に描いて参りました。今回貴国を訪問し,スハ ルト大統領の卓抜せる指導と国民の協力の下に,貴国があらゆる分野において力強く前進されている姿を目のあたりにし,深い感銘を覚えた次第であります。東西5,000キロ,南北1,600キロの広大な海域に散在する1万数千の島々からなる貴国において,インドネシア国民が,民族のモットーである「多様性の中の統一」に象徴されているとおり,それぞれの伝統的な資質を守りながらも,全体として見事に調和した社会を造りあ げておられることにも多大の敬意を表せざるを得ません。私は,このような貴国の姿の中に,民族の将来のあるべき姿を見る思いを致しております。

 今日の世界は,あらゆる分野において深刻な変動,変革の時代にあり,アジアもその例外ではあり得ません。このような国際情勢の下で,貴国は,一方では太平洋とインド洋,他方においてはアジア大陸と大洋州とを結ぶ枢要な場所に位置され,好むと好まざるとにかかわらずアジアの平和と繁栄のために重要な役割を果すべき運命を担つておられます。今日貴国が達成された政治的,経済的安定を基礎に,アジアの平和と安定のために積極的に貢献しておられることは,同じアジアの友邦として,まことに心強い限りであります。

 1億3千千万の国民を擁し,未来を約束されたインドネシアとの協力を深めること は,永続するアジアの平和と繁栄を希求するわが国外交にとつて一つの重要な柱なのであります。わが国は,これまでも貴国との政治的,経済的,文化的相互協力の増進のた め一所懸命に努力して参りました。日・イ両国間の人物交流は国民各層にわたつて近年とみに厚みを増しており,両国間の貿易も昨年は20億ドルの大台に乗せて余りあるところまで拡大しました。すなわち,日・イ両国は将来にわたつて,おたがいに間口もひろく,奥行きも深い必要欠くべからざるパートナーなのであります。しかしながら,かように国家間の関係が濃密の度合を深めるにつれ,友邦の間においても,見直すべき幾つかの問題がたえず生ずることは,ある意味ではやむを得ないでありましよう。私は,日・イ両国間関係の深まりにつれ,種々の摩擦が生じ,貴国の一部において,わが国との協力関係のあり方に対する批判が生じてきていることもよく承知しております。重要なことはこれらを契機として,双方が互に相手の立場を尊重しながら対話と相互理解の努力を重ねることであり,それによつてこそ両国間の友好協力関係がより強化されるものと信じます。

 私が今般スハルト大統領の御招待を受けて貴国を訪問しましたのも貴国とわが国との間に,平和と繁栄を分ち合う真の良き隣人関係を一層強固にしたいとのわれわれの熱望を自ら大統領にお伝えしたいと念願したからであります。

 本日1年半振りに大統領との会談の機会を得,われわれの間の深い信頼関係を再確認し得たことは,洵にきん快であります。このような心と心の触れ合いを国造りの情熱に燃える貴国をはじめとする東南アジア諸国の青年およびわが国の青年の間に広めて行くことは,われわれの次代に対する責務であると考えます。私はこの目的のため,共同生活の体験に根ざした交流の場を提供する意味で「東南アジア青年の船」計画を始めたいと考えております。かかる計画を含め,われわれは,日・イ両国間および東南アジア諸 国間の悠久の友好協力関係を築き上げて行くべく凡ゆる努力を傾けて行きたいと思います。

 私は,本日の会談を通じて,貴大統領がリーダーシップをとつておられなかつたならば,インドネシアの繁栄,ひいては東南アジアの安寧の途は,今日よりも遥かに険しいものであつたのではないかとの認識を深くしたのであります。私は貴国訪問を最後に東南アジア諸国親善歴訪の旅を終えるのでありますが,今日改めて貴大統領をはじめ,諸国の指導者の卓見,抱負に接し得たことは,私にとつて貴重この上ない経験でありました。私は,この席をお借りしまして,私ども日本国民が,これから迎えんとする20世紀最後の4半世紀を,皆様のためにも,われわれのためにも,平和で住みよい,心の豊かさを失わない立派なものにしようとする固い決意であることを披瀝したいと存じます。

 この御挨拶を終えるに当り,私は御列席の皆様とともに杯を挙げて,スハルト大統領閣下御夫妻の御健康,インドネシア共和国の繁栄,日・イ両国の友好,そしてアジアと世界の平和のために乾杯したいと思います。

 

(ヌ) 田中総理大臣のインドネシア共和国公式訪問に際しての日・イ共同新聞発表(仮訳)

                              (1月17日 ジャカルタ)

1  田中角栄目本国総理大臣は,インドネシア共和国大統領スハルト将軍の招待により,1974年1月14日から17日までインドネシアを公式訪問した。

2  総理大臣は,1月15日,スハルト大統領およびハメンクブオノ副大統領を表敬した。総理大臣は,大統領と友好的,かつ,広範囲に亘る討議を行い,両国間に存在する友誼と相互理解を再確認した。

3  会談において,総理大臣は,東南アジア諸国との間に,平和と繁栄を分かち合う時良き隣人の関係を促進し強化したいとの日本の真摯な希望を表明した。総理大臣は,また,日本がインドネシアおよびその他の東南アジア諸国との関係において,各国の自 主性を最大に尊重し,各国の経済自立への努力を阻むことなくその発展に貢献することを基本原則としていることを確認した。大統領は,総理大臣の説明を衷心より歓迎し理解を表明した。両者は,このような精神と原則に基づき,日本とインドネシアとの間に互恵の関係を増進するための一層の建設的努力が払われるべきであることに意見の一致をみた。

4  大統領と総理大臣は,両国が共通の関心を有する現下の国際情勢,なかんずくアジアの情勢について率直な意見を交換した。両者は,全ての東南アジア諸国が各国主権・独立尊重の原則の基礎の上に確保される永続的平和と繁栄を享受し得る諸条件が確立されるべきであるとの両国共通の願望を表明した。この関連において,大統領と総理大臣は,両国政府が国際連合およびその他の国際的な場において引続き協議を行うことが重要であることを再確認した。

5  大統領と総理大臣は,ヴィエトナム平和に関するパリ協定並びにラオスにおける平和に関する協定および同付属議定書の締結を歓迎し,関係各国によるこれら諸協定の忠実な遵守および実施がインドシナにおける安定的かつ永続的な平和の確立のために不可欠であることに合意した。この関連において,総理大臣は,インドネシアが国際監視管理委員会の活動的な一員としてヴィエトナムにおける平和の確立のために果して来た積極的役割を高く評価した。大統領および総理大臣は,カンボディア間題は外部からの介入を受けることなく,カンボディア国民自身により平和裡に解決され,同地域に出来るだけ速やかに平和が回復されることを希望した。

6  大統領と総理大臣は,中東における未解決の紛争によつて提起されている世界の平和に対する引続く重大な脅威を憂慮し,国際連合の関連決議,特に安全保障理事会決議242の速やかな実施,並びに,パレスチナ人民の正統な権利の回復を通じて,同地域に可及的速やかに公正・かつ,恒久的平和がもたらされるべきであることに意見の一致をみた。この関連において,両者は,ジュネーブで開催されている平和会議を歓迎し,この会議がイスラエル軍の占領地域からの早期の撤退をもたらし,かつ,この紛争に解決をもたらすことに成功するようにとの希望を表明した。

7  大統領と総理大臣は,地域的連帯および協力の精神がアジア全域の平和と繁栄に貢献するものであることを確認し,地域協力の重要性が増大しつつあることに満足の意をもつて留意した。両者は,アジア・太平洋地域における地域協力が関係諸国,特に,東南アジア諸国の希望と利益にかなうように促進されるべきであることを強調した。

総理大臣は,ASEANの重要な役割に留意し,東南アジア地域の国家および地域の自立を支える活力のためにASEANがますます活発な活動を行なつていることを高く評価した。大統領と総理大臣は,ASEAN加盟諸国の願望に沿いつつ,ASEAN地域の調和のとれた発展を促進するために日本のなし得る貢献につき討議した。

8  大統領は,第1次5カ年計画の実施の満足すべき進展を説明すると共に,同計画の実施に対する日本から供与された援助に感謝の意を表明した。大統領は,また,本年4月に開始されるべき第2次5カ年計画に含まれることとなる諸目的と主要政策の概要を説明した。総理大臣は,大統領の卓越した指導の下におけるインドネシアの経済・社会開発の成果に敬意をもつて留意しつつ,日本国政府はインドネシア援助国会議(IGGI)の内外において,インドネシアの開発努力に対する協力の供与につき引続き積極的な役割を果す用意がある旨を述べた。

9  この関連において,大統領と総理大臣は,農業開発に対する協力および液化天然ガスの開発,供給に関する取決めを含め,インドネシアの経済開発の一層の促進に貢献すべき各種の事業計画につき率直かつ建設的な意見の交換を行つた。両者は,インドネシアの全国的な経済開発と当該地域の開発にとつて重要な民間部門の事業計画であるアサハン水力発電・アルミニューム精練計画についても討議した。両者は,全ての関係者の間の相互協力を通ずるこれら事業計画の迅速な実施がインドネシアの経済開発に大きく貢献するであろうことに意見の一致をみた。

10  大統領と総理大臣は,インドネシアにおける民間投資の進展について意見を交換し,民間投資がインドネシアの開発計画の実施を促進するための資本およびこれに付随する技術的ノウハウをインドネシアに供与することによつて果す重要な役割を認識した。大統領は,外国民間投資が一層の雇用機会を大幅に創出するとともに,インドネシア企業家の管理能力を高めるようにとの心からの希望を表明した。大統領は,また,この関連において,インドネシアの要員と企業家を責任ある地位につけるための訓練が重要であることを強調した。

総理大臣は,大統領の見解を理解をもつて聴取し日本はこの分野においてインドネシアと協力して行く用意がある旨を述べた。

11  大統領は,群島理論に関するインドネシアの立場を説明した。総理大臣は,インドネシアが本件を重視していることを理解できると述べるとともに,日本は海洋法会議においてこの問題の合理的解決のために同情的考慮を払う用意がある旨述べた。

12  大統領と総理大臣は,両国間の相互理解を増進させるために,あらゆる分野における人的接触と交流を拡大することが極めて重要であることに意見の一致をみた。この関連において,総理大臣は,日本は東南アジアおよび日本の青年間の友好的な交流の機会を提供する「東南アジア青年の船」の計画を発足させる希望を有している旨述べた。大統領は,この友好の意思表示を評価し,この計画が東南アジアおよび日本の青年間の理解の増進に対し貴重な貢献を果し得るようにとの期待を表明した。

13  大統領と総理大臣は,今次の総理大臣のインドネシア訪問が両国間の友好と協力関係の一層の強化に大きく寄与したことに完全な満足の意を表明した。両者は,今回の訪問が,両者の個人的接触を新たにする機会をもたらしたことを歓迎し,今後ともかかる接触を維持し,かつ,強化したい旨希望した。

14  総理大臣は,インドネシア滞在中に総理大臣および随員一行が受けた友情に満ちた暖かいもてなしに対し衷心より感謝の意を表明した。

 

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