(2) 西欧・ソ連訪問
(イ) ポンピドゥー仏大統領主催午餐会における田中総理大臣挨拶
(1973年9月28日)
ポンピドゥー大統領閣下,御列席の皆様
わが国が19世紀の後半近代化に着手した当時,西欧のすぐれた文物を学ぶため,わが国より幾多有為の青年が欧州に派遣されましたが,彼等は実に数カ月の船旅の後,欧州に到着したものであります。今日,めざましい交通手段の発達は僅か15時間にして東京-パリ間の飛行を可能ならしめております。通信衛星等の出現による通信手段の改善も目をみはらせるものがあります。こうして,現代の交通通信手段の発達は世界の空間的,時間的距離を大幅に縮小し,洋の東西を問わず,一地域に起つた現象は,極めて短時間の中に他の地域に伝達されるようになつています。
世界は今や激しい変革の中にあります。社会体制を異にする国々との交流も段々に進展しており,先進自由世界は急速に一本化の途をあゆんでいるのであります。このような転換期において,瞬時も私の脳裏を離れないのは,今日主要工業国の一員として,応分の貢献と寄与をなしうる立場にある日本が,平和の享受者たるにとどまることなく,平和の創造と世界経済秩序の再建に,いかにして積極的に参画し,その責務を果すべきかということであります。この観点から偉大なフランス,更には欧州全体との関係を濃密にすることは,私に課せられた最大の課題の一つであり,今回私が貴国を訪問するに至つた動機もまたここにあるのであります。
世界は,いま,通商,通貨,インフレーション,エネルギー・資源の枯渇化,地球的規模での汚染の進行,南北問題などに直面しております。これらの世界がかかえている重要な問題,あるいは人類社会に生起しつつある新しい危機は,いずれも一国の力では解決することが不可能なのであります。解決の方途は国際協調に求められるのであります。とりわけ,時代の尖端を歩むフランスとの協調を私はきわめて重視するものであります。したがいまして,今日,ポンピドゥー大統領閣下をはじめ,フランスの指導者と率直な話合いの機会を持ちうることは,私の無上のよろこびとするところであります。
幸い,日仏関係は伝統的に良好であります。百年来,フランスはわが国近代化の先覚でありましたし,文芸,学術の分野においても,わが国に多大の影響を与えてきております。その後も日仏の交流は着実に発展を遂げております。一昨年の天皇,皇后両陛下の訪仏に際し,貴大統領閣下をはじめ,貴国民が示された暖い接遇振りは,まさに日仏友好を象徴するものであります。明年は,貴大統領閣下並びに同令夫人をわが国にお迎えすることになつております。
私は,昨年7月,総理に就任して以来,国際政治の分野では,アジアの平和に暗影をなげかけておりました日中の不正常な関係に終止符をうち,経済の分野では,一層の開放と自由化を指向する一連の措置を強力に推進してまいりました。開放的対外経済政策の追求は,わが国経済政策の重要課題である国民生活の質的向上,物価の安定,産業構造の高度化,国土の総合開発などの国民的要請にも合致するものであります。しかも,私は,成長第一から福祉優先へ,輸出偏重から輸入重視へと経済政策の大転換を進め,外に対しては「平和」内に向つては「福祉」の基本路線を堅持しております。このようにわが国は,アジアにおける平和的な安定勢力として,また,世界にむかつて開かれた 経済社会を形成し,拡大してやまない市場を提供することによつて,世界の繁栄と平和のために積極的な貢献をしてまいります。
日仏両国は,国際社会におけるそれぞれの地位と責務を自覚しつつ,21世紀に向う人類社会の前進のための先駆的役割を果していかねばなりません。そのための日仏協力の可能性は,通商,通貨,エネルギー,公害防止,科学技術等の分野において無限であると信じております。
ポンピドゥー大統領閣下をはじめ,皆様が私共一行に与えられましたご歓待に感謝の意を表するとともに,日仏両国の相互協力を日欧関係の支柱とすることの念願を表明してご挨拶を終りたいと存じます。
御静聴有難うございました。
(1973年9月29日)
田中角栄日本国総理大臣は,9月26日から29日までフランスを公式訪問した。
田中総理大臣は,滞仏中,ジョルジュ・ポンピドゥー・フランス共和国大統領と会見した。田中総理大臣は,また,ピエール・メスメール首相と会談した。
田中総理大臣は,さらに,フランス全国経営者連盟の首脳と会見した。田中総理大臣は,無名戦士の墓に花輪をささげた。
日本国総理大臣の共和国大統領及び首相との会談は,きわめて親密かつ相互信頼にあふれた雰囲気のなかで行なわれ,当面の主要国際問題及び日仏関係につきつっこんだ意見の交換が行なわれた。これらの会談の結果広範な見解の一致が明らかになるととも に,政治,経済,文化及び科学における両国間の関係を発展させ,かつ,これらの分野における相互間の協議を強化することを双方が希望する旨確認された。
双方は,いろいろな形態における工業諸国相互間の協力及び発展途上国のための工業諸国間の協力に関し意見の交換を行なつた。この点に関し,双方は,通商及び通貨に関する多国間交渉が成功することを共に希望していることを確認するとともに,欧州経済共同体と日本との間の協力が重要なることを強調した。双方は,また,資源・環境等の 工業諸国が直面する新たな諸問題の解決に寄与するため協調することに合意した。
去る5月の両国外務大臣の会談の結果に基づき,かつ,日本政府の要請により,共和国大統領は,レオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザを日本に貸し出し1974年春東京において展示することに決定した。内閣総理大臣は,感謝の念をもつてこれを受諾した。
内閣総理大臣は,日仏交流の促進のためにはフランスにおける日本研究を促進し,か つ,深めることが必要であることを確信し,フランスの大学及び高等教育機関における日本研究の促進に寄与するため,国際交流基金を通じ,三億円相当額の寄贈を行なうとの意向を表明した。共和国大統領は,田中総理大臣のこの発意が両国間の接触,相互理解及び知的交流を奨励するものとしてこれを歓迎した。
双方は,日本国総理大臣の訪問により両国関係の友好的性格が再確認されたことに満足の意を表するとともに,この訪問が両国関係を深めることに貢献したとの確信を表明した。
共和国大統領はこのような見通しに立つて,同大統領が来年4月に日本を公式訪問することをきわめて重要視している旨強調した。
(ハ) 在ロンドン・プレス協会主催午餐会における田中総理大臣演説
(欧州との新しいパートナーシップ) (1973年10月2日)
イングラム会長,ブラトナー会長,御列席の皆様
このたび伝統ある在ロンドン・プレス協会の午餐会にお招きいただき,会員の皆様にお話しできることは,私の喜びであり,また,光栄とするところであります。
ちょうど一年前,ヒース首相がはじめて英国の首相として訪日され,日英交流は大きく前進いたしました。今回は,私がヒース首相の好意ある御招待により,20年振りにな つかしい英国を訪問いたしましたが,まことに,感慨無量であります。
私は,ロンドン到着以来,英国官民の心暖まるおもてなしに深く感謝しております。同時にこの国の整つた市街と緑おりなす山野の美しさにあらためて驚嘆しております。高度工業社会において,これだけ見事に自然と人工とが調和しているのは,この国の人 達の伝統的英知によるものと考えます。
日本は,かつて英国をはじめとする西欧諸国から制度,文物をとり入れ,これに国民の勤勉と創意を加えて成長してまいりました。私どもにとつて西欧諸国は,古き良き師であり友人であつたのであります。こうした西欧との関係は,一時期相対的に稀薄になりましたが,日欧双方とも再び相互の存在価値を見直しつつ,グローバルな課題にとり組んでゆくべきときを迎えているのではないかと考えます。私は,今回の訪欧が日欧関係の転換点となることを希望しております。私は,わが国が「古き友人との新しいパートナーシップ」の確立を求めていることを皆様に訴えたいのであります。
第2次大戦後,すでに四半世紀余の歳月が過ぎました。その間,国際政治は,力による対立の時代を経て,多極化と平和共存の段階へ移行してきました。人類の英知は,明らかに,力による対決の不毛を悟りつつあります。われわれは,力の抑止による均衡以外に,軍備の縮小・管理,政治,経済,文化面での幅広い国際協力の強化により,真に永続する平和を創造してゆかねばなりません。
私は,1年前,毛沢東主席,周恩来首相と会談して,アジアの平和に,暗影を投げかけていた日本と中国との不正常な関係に終止符を打ち,両国間の親善友好関係の基盤を固めました。また,近く訪ソしてブレジネフ書記長と会談し,日ソ関係の改善をはかりた いと念願しております。他方,日本と米国は,政治,経済,社会,文化の各分野において深い関係をもつておりますが,この1年来両国間に存在した経済的摩擦を取り除くことに成功し,いまや日米間の伝統的友好関係は一層強固なものになつております。アジアにおいて,米国,中国,ソ連にとりかこまれた日本は,今後ともアジアにおける平和的な安定勢力としての役割を力強くになつていく決意であります。
ガットとIMFの体制に支えられて,史上かつてみない拡大と発展を記録することのできた世界経済も,いま,通商,通貨,インフレーション,エネルギー・資源,食糧,環境,開発協力などの分野において解決を必要とする問題に直面しております。これら は,われわれにとつて共通の関心事でありますが,いずれも世界的規模の難事業であります。
第2次大戦後の世界の歩みに,主導的な役割を果してきたのは,アメリカでありました。しかし,いまや,欧州や日本は,重要な経済単位として,世界の繁栄の動向を左右する新たな極となりつつあります。これらの難問題は,世界の主要な経済単位の相互協力なくしては解決できないのであります。とりわけ日欧米三者の密接な協力を必要としております。こうした文脈のなかで,去る9月14日,ガット閣僚会議において,新国際ラウンドの開始をつげる東京宣言が採択され,通貨改革と並行して通商の側面から国際経済の新しい体制づくりに向つて画期的な一歩を踏みだしたことは,歴史的にも重要な意義をもつものであります。永続する平和の構造を築くためには,日欧米の三先進工業 地域が相互の利益,相互の約束,および全般的な相互主義の原則に基づき,普遍的,開放的な経済秩序を建設してゆくことが必要であります。
1950年5月9日,当時フランス外相であつたロベール・シューマンは,ライン・ルールとアルザス・ロレーヌ間の無用な競争を物理的にも不可能とするため,「西ドイツ,フランスの生産するすべての石炭と鉄鋼を共同管理機関のもとにおき,この機関は他の 欧州諸国も加盟できるものとする」という提案を行ないました。この提案から2年後の52年にECSCが誕生し,その精神が発展してEECとなり,次いで拡大ECの形成となつたのであります。この歴史的発展の推移をみるとき,巨大な経済単位である欧州は,世界経済の拡大発展と繁栄の維持のためにも,世界に向つて開かれた経済社会を形成してゆくことが期待されております。
今日,主要工業国の一員となつた日本も,たんに平和の享受者にとどまることなく,平和の創造と世界経済秩序の再建に,すすんで参画し,その責務を果すべきものと考えます。第2次大戦後,日本は,復興経済から高度成長経済へ,さらに国際経済へと3段 とびをなしとげる過程で,ひたすら歩んできた成長の延長線上にめざす果実があるものと信じ,1日も早くそれに到達しようと努めてきました。そうした過程でわが国産業の国際競争力と生産力は飛躍的に伸長し,労働者の時間あたり賃金も1ポンド弱になり,欧州諸国の水準に達したのであります。しかし,日本の国土面積は,37万平方キロメートルで,イタリーよりもやや広いのでありますが,その国土のわずか1パーセントの地域に,フランスの総人口をやや下回る数の人間が集中するに至りました。この結果,巨大都市は,過密のルツボで病み,公害,住宅,ごみ処理,物価などの問題が発生しており,半面,農山村は,若者が減つて,成長のエネルギーを失なおうとしております。他方,所得水準の上昇にともない国民の求める豊かさの質も,フローの豊かさからストックの豊かさへ,物質的豊かさから心の豊かさへと,多様化し,かつ高度化しつつあります。こうした情勢に対処して,私は,生産第一,輸出優先から生活優先,福祉充実へと政策の重点を切りかえ,うるおいのある生活空間と多彩な余暇空間を積極的に創造することを内政の最大目標として,日本列島改造を提唱しております。
このように国内経済を充実させ,国民の福祉を増進させてゆくことは,世界とくに欧州の商品,資本および技術に対し,人口1億の将来性にとんだ巨大な市場を提供することを意味するのであります。しかも私は,わが国経済の一層の開放化と自由化を指向する一連の措置を強力に推進しております。この結果,わが国の輸入は激増し,本年上半期の輸入は,前年同期よりも52パーセントも増加いたしました。国際収支の不均衡は,予想を上廻るテンポで是正が進み,2月末190億ドルに達した外貨準備も,9月末には 150億ドルを割つたのであります。わが国は,今後とも,世界に向つて開かれた経済社会を形成し拡大を続ける市場を提供することにより,積極的に世界貿易の拡大,とくに日欧貿易の拡大均衡に貢献してまいりたいと考えます。
飜つて,日,欧関係をみますと,日米,欧米の濃密な関係に比べて,不吊り合いな程に疎遠であります。日欧間の経済交流は,マージナルな規模でしかなく,日欧貿易量は,日本および欧州の貿易量のそれぞれ10パーセントおよび3パーセントにすぎないの であります。また,日本と欧州との関係は,歴史的に長いのでありますが,開けゆく日欧関係の要請をみたしえないコミニュケーション・ギャップが存在するのであります。日本の近代化は,欧州先進国の制度,文物を学ぶことによつて達成され,たしかに個々の日本人の心の中には古き良き欧州のイメージが定着しております。それだけに日本人は,古くからの知識に安住して躍進する欧州の現実の姿に目を向けることが少なかつたと言えましょう。他方,欧州人の日本に関する判断は,過去につくられたイメージの上に構築されているきらいがあり,また日本に関する知識は一握りの知日家の手に委ねられ,広い国民的基盤による交流は限られているのであります。72年に英,仏,独の3国から日本を訪れた旅行者は,7万1千人にとどまつており,日本からこれら3国への旅行者も12万7千人にすぎません。たしかに,両者は,文化,歴史の背景を歴然と異にし,言語の障壁もこえがたいものがあります。しかしながら,お互いが,共通の目的をもつて理解に努め,努力をおしまないならば,その相違を克服できないはずはありません。このためにこそ,ひとり首脳同士だけではなく,政府,言論人,民間経済人,学者など国民各層において間断なき,かつダイナミックな対話を行なう必要があります。私は,このような見地から,英国に対しては,英国の大学における日本研究を促進するためのささやかな貢献として,国際交流基金を通じて,3億円に相当する基金の贈与を行ないたいと考えます。
日英貿易関係は,英国政府のめざましい努力及び業界間の交流によつて最近徐々にではありますが改善の方向に向つております。ここ1~2年における日英両国政府首脳間の交流は,目を見張るものがあります。また,先般東京に英国トレード・センターが開 設され,ケント公御夫妻が開所式に臨まれたことは英側の対日輸出努力を盛り上げる上で非常に印象的でありました。
日英両国の接触は,遠く永禄7年の英国船の来航,慶長5年のウイリアム・アダムス の渡来にまでさかのぼるのであります。この絆は,最近,ヒース首相の来日を契機として目に見えて強化されつつあります。
今後,日本,欧州は,相互の交流,協力関係を,量,質ともに拡大するとともに,もてる経済力,技術力を開発途上国に対する経済協力に投入し,本当に役に立つ援助を誠実に,かつきめ細かく実行することが必要であります。そして,われわれは,公正で合理的な国際分業の再編成を求める開発途上国の声に耳を傾け,互恵平等,自他ともに繁栄できる道をさぐりながら,これら諸国の追加的利益の確保に協力していかねばなりません。
歴史家アーノルド・トインビー博士の言をまつまでもなく,今日,われわれは,祖国に対する忠誠心と人類に対する新たな忠誠心の二つをあわせもつことが必要であります。地球的規模での環境汚染の拡大,エネルギー・資源の枯渇化の懸念など,人類社会 に生起しつつある重要問題は,いずれも「自分さえよければ……」という利己的な態度では決して解決できないのであります。環境問題を克服するためには,大気や水が世界の共有物であり,それを汚すことは人類の危機につながるとの認識が必要であります。 また資源問題も,狭いナショナリズムにとらわれず,資源の効率的活用と公平な分配をめざして協力し協調してゆかねばならないと思います。このような全人類の連帯意識は,一朝一夕には生まれるものではありませんが,いま大切なのは,そのためのあらゆ る努力であります。日欧米は,国際社会におけるそれぞれの地位と責務を自覚して,21 世紀に向う人類社会の前進のために,そしてまた,国際社会の協調と融和のために,先駆的かつ主導的役割を果してゆく必要があると思います。私は,これこそ多極世界にお ける日欧の新しい役割であると信じて疑いません。
御静聴有難うございました。
(1973年10月3日)
田中角栄日本国総理大臣は,英国政府の招待により9月29日から10月3日まで英国を公式訪問した。この訪問は,1972年9月のヒース首相の日本訪問に対する答礼としてなされた。田中総理大臣には大平外務大臣が随行した。
田中総理大臣及び大平外務大臣は,10月2日女王陛下に謁見を賜わつた。両国首相は,女王及びエディンバラ公が1975年の春に国賓として訪日されるようにとの招待に対しこの招待をよろこんで受諾する用意がある旨述べられたことに大いなる満足の意をも つて留意した。
両国首相は,9月29日,10月1日及び2日に会談を行なつた。10月2日田中総理大臣は,デービスEC問題担当相及びサー・ジェフリー・ハウ貿易・消費者担当相と個別に会談を行なつた。10月2日大平外務大臣とサー・アレック・ダグラス・ヒューム外務大臣は,第10回日英定期協議を行なつた。
これらの会談は,率直かつ友好的零囲気のもとに行なわれ,両国間に存在する友誼と 信頼の関係を改めて示した。
両国首相は,国際社会が直面している主要課題は全ての国家及び社会が安全保障の増大及び繁栄の増進を享受することができる条件を確保することにあるということについて合意した。両国首相は,かかる条件を成就するための助力にあたつて協力することを誓つた。両国首相は,更に既に両国間に存在する緊密な友好の絆を強化することを誓つた。
両国首相は,両国が共通の関心を有する広範囲の問題について討議した。両国首相 は,すべての先進工業民主主義諸国の間で友好な関係及び緊密な協力を維持することの重要性を強調した。この関連で,田中総理大臣は,先進工業民主主義諸国間の将来の協力の指針となるべき諸原則の策定の必要性に対する理解を表明した。同首相は,日本と英国その他の欧州共同体加盟諸国との間のこの問題についての緊密な協議が望ましい旨述べた。ヒース首相は,この一般的問題に関し米国と欧州共同体加盟諸国との間及び北大西洋同盟において行なわれている作業を説明した。
両国首相は,欧州及びアジアにおける緊張緩和に向つての前進について意見を交換した。ヒース首相は,欧州安全保障協力会議及び中央ヨーロッパにおける相互均衡兵力削減のための来たるべき交渉に関する最近の進展について田中総理大臣に説明した。田中総理大臣はインドシナ及び朝鮮における最近の進展に対する日本政府の態度について述べた。両国首相は,パリ協定の忠実な実施がインドシナにおける安定しかつ永続的な平和の確立をもたらし,かつ朝鮮における対話の継続が緊張緩和と朝鮮半島の究極的再統一に貢献するようにとの希望を表明した。
両国首相は,エネルギー資源などの重要供給物の調達分野で両国が直面している問題に関し,意見を交換した。両者はこの分野での世界的協力が必要であるということにつき同意した。この関連で,田中総理大臣は,日本が北海石油開発事業に参加し,これと併せて英国内の開発地域に投資することを希望する旨述べた。ヒース首相は,英国政府の関心を示し,田中総理大臣の提案が進展を見ることを希望する旨述べた。両国首相は,また,原子力の分野での協力につき討議した。両者は,これら双方の問題につき近く政府レベル及び関係産業界の間で話合いが行なわれるべき旨合意した。
ヒース首相は,田中総理大臣に欧州共同体及び共同体加盟国としての英国の役割と責任について概説した。同首相は,1970年代の末までに加盟国間の関係の性格を変えようという共同体加盟9カ国の基本的目的及び国際問題について共同体に独自の役割を与えようという加盟国の意図を強調した。同首相は更に共同体の目的が欧州の経済的発展にのみ限定されるものでないことを強調した。田中総理大臣は,共同体の拡大及びその現在の目的の追求が国際的安定と繁栄に寄与するようにとの希望を表明した。
両国首相は,現在貿易と通貨の分野で行なわれている多角的交渉が成功することの重要さを再確認した。両国首相は,9月に開催されたガット閣僚会議で発表され,新国際ラウンドを発足させることとなつた東京宣言を歓迎した。両国首相は更に国際通貨制度の改革に関しなされた進展及び1974年7月31日までに未解決の意見の相違を解決しようとのナイロビでの各国閣僚の約束を歓迎した。両国首相は,これらのいずれの事業においても早期かつ建設的な結果が確保されるようすべての関係国と協調して努力を行なうことを約した。
両国首相は,また,1972年9月の日本における前回会談以来の両国間における政治,経済関係の進展振りを顧みた。両者は,両国の閣僚,国会議員及び産業界指導者の行なつた幾多の訪問に満足の意を表明した。両者は,両国間で広範囲にわたる貿易の拡大と投資の増大を促進するための努力が引続き必要であることを再確認した。
この関連で田中総理大臣は,東京における英国トレード・センターの設立など,英国の対日輸出の奨励のため英国政府が最近とつた活発な措置に対し歓迎の意を表明した。一方,ヒース首相は,日本への輸出及び投資を奨励するために過去一年の間に日本政府がとつた措置に歓迎の意を表明した。
田中総理大臣は,両国間の交流を拡大し,相互理解を強化することを希望し,日本国政府が英国の大学における日本研究を促進するために邦貨3億円に相当する英ポンド貨の基金を国際交流基金を通じ贈与する意図であることを表明した。ヒース首相はこの寛大で想像力にとむ意思表示に対し感謝の意を表明した。
(ホ) ブラント・ドイツ連邦共和国首相主催晩餐会における田中総理大臣挨拶
(1973年10月4日)
連邦首相閣下,令夫人,ご列席の皆様
本夕は首相閣下のお招きを受けましたのみならず,只今はブラント首相から誠にご懇篤なお言葉を戴きましたことを光栄に存じます。
このたび貴国の地を踏みまして以来の貴国官民の心暖まるご厚意,そして本日の貴首相との卒直かつ建設的な意見の交換を通じて,貴国とわが国を結びつける伝統的な友好のきずなが,いかに強固なものであるかを改めて確認した次第であります。
それにつけても想起されますのは,一昨年秋,天皇,皇后両陛下が貴国を公式訪問された際に,貴国政府及び国民各層よりたまわつたご懇切なご歓待でありまして,この機会をかり日本国民を代表して心からお礼申し上げます。
私自身も20年前に初めて貴国を訪問し,このボンをはじめとする貴国の主要都市を視察して,祖国復興のために挺身しておられる貴国国民のご努力とその成果に深い感銘を受けたのでありました。有名なアウトバーン,ライン河にかけられていた千メートル・ 1スパーンの吊橋,ハンプルグにおける戦災復興住宅の建設ぶりなどは,いまでも脳裏に鮮やかであります。そのときの体験は,わが国の国土総合開発に生かされており,また私の提唱している日本列島改造論の基礎ともなつているのであります。
今回貴国を再び訪問し,その後20年間の貴国の発展ぶりに改めて感銘と敬意の念を覚えたのであります。
今や両国は,共に自由世界の一員として,共通の価値観と理想を分ち合いつつ,世界平和促進のために協力する立場にあります。今回貴国が国際連合に加盟されたことは,このような協力の場が更に一つ増えたことを意味するものであり,ここに衷心からお祝いを申しのべます。
しかしながら貴国とわが国の協力は,政治の分野のみにとどまるものではありません。経済の分野での交流の拡大と促進こそ,われわれの将来にかかわる共通の課題なのであります。貴国は,西欧におけるわが国の最大の貿易相手国であり,両国間の貿易量 は年々拡大の一途を辿つております。しかしながら,その規模は両国の持つ経済力に対応するものとは言えず,なお相互に拡大することが必要であり,かつ可能と考えるもの であります。
貴国の一部には最近,両三年の日独貿易のインバランスや,わが国の特定商品の急激な輸出増加に危惧感を持つ向もあるかのようであります。しかし,これらの問題は長期的な発展の過程における一時的な現象であります。たしかに,日独貿易は71年以来,日本側の出超となつていますが,53年から72年までの20年間のバランスでみると,西ドイ ツの方が8億ドル余の出超であります。しかもわが国は,内政の重点を,生産第一,輸出から福祉優先,輸入拡大へと転換しております。また,わが国経済の一層の開放化と自由化を指向する一連の措置を強力に推進しております。したがつて,人口1億を有し,GNPも貴国とほぼ同じ規模である日本は,ドイツ商品,資本,および技術にとつて魅力ある市場であります。両国が,自由貿易の原則にのつとつて貿易の拡大均衡と秩 序ある発展に努力する限り,必ずや問題は解決されるものと確信いたします。
われわれ両国は,この他,先進工業国としての数多くの共通の課題に直面しておりま す。それは,通貨,資源,科学技術の諸問題であり,また現代文明への挑戦である環境問題であります。われわれは,これらの諸領域において,新しい国際経済秩序のために応分の貢献を行なわねばなりません。
今回の貴国訪問が,自由と民主主義という共通の理念で結ばれている日独両国の協力と伝統的な友好関係の一層の強化の契機となりうるならば幸甚これに過ぐるものはございません。
首相閣下,ご列席の皆様
ここに杯を挙げて連邦大統領閣下,連邦首相閣下ご夫妻のご健康とドイツ国民の幸多き将来と繁栄を祈念いたします。
(1973年10月5日)
田中日本国総理大臣は,ブラント・ドイツ連邦共和国首相の招待により,1973年10月3日より,7日までの日程でドイツ連邦共和国を公式訪問中である。
田中総理大臣は,滞在中ハイネマン大統領に謁見し,ブラント首相と会談した。大平日本国外務大臣は,10月5日,シェール独外相と第6回日・独外相定期協議を行なつた。
会談は,両国間に存在する伝統的な友好関係を反映して,極めて良好な雰囲気のうちに進められ,国際情勢一般について率直な意見の交換が行なわれた。その際,田中総理大臣は欧州における平和秩序の確立と欧州統合を指向する連邦政府の努力に深い理解と敬意を示し,また,ブラント首相は,アジア・太平洋地域の安定と発展に寄与せんとする日本政府の努力を心から歓迎した。
ブラント首相は,日本政府がドイツ民族の一体性に関する連邦政府の態度に理解と支持を与えていることに対して,田中総理大臣に感謝の意を表明した。
田中総理大臣とブラント首相は,将来の欧州共同体と日本の関係及び先進工業民主主義国の緊密な協力について建設的な関心をもつて意見を交換した。田中総理大臣とブラント首相は欧州共同体,日本及び米国の共同のイニシアティヴに基づき,最近東京で開始された新国際ラウンドが成功裡に終結することが世界貿易の自由化の促進と拡大及び諸国民の生活水準の向上にとり重大な意義を有することにつき意見の一致をみた。田中総理大臣とブラント首相は,その際,発展途上国の利害に特別の考慮が払われなければならないことを強調した。また同時に国際通貨制度改革のための交渉が順調に進展する必要性が強調された。また経済分野のほか,文化,学術,科学技術,環境の諸分野での交流が益々発展しつつあることに満足の意が表明されるとともに,これらの諸交流および世界平和に寄与するための両国の協力が引続き強化される必要性が確認された。
両国政府首脳は,世界的な需要の増大にかんがみ天然資源及びエネルギー供給問題の重要性を強調した。双方は天然資源及びエネルギー供給の分野における協力の可能性を検討する合同委員会を設立することに合意した。この委員会には後日関連産業の代表も招請されることができる。
田中総理大臣は,両国間の相互理解を増進することを希望し,ドイツの大学における日本研究を一層促進するために,日本国政府が邦貨3億円に相当するドイツ・マルク貨の基金を国際交流基金を通じ,贈与する意図を表明した。
田中総理大臣は,ブラント首相を日本への公式訪問に招待し,ブラント首相はこれを受諾した。訪日の期日は追つて決定される。
(於 クレムリン大宮殿・グラナヴィータヤの間) (10月8日)
ブレジネフ書記長閣下
ポドゴルヌイ議長閣下
コスイギン首相閣下
御列席の各位
ただ今は,御懇篤な御挨拶を頂戴し,厚く御礼申し上げます。私は本席をお借りしてあらためて私に対するソ連政府のご招待に対し心から感謝申し上げます。
かえりみますれば,今から17年前の同じ10月,日ソ間に外交関係が回復されて以来,両国の関係は年を追つて緊密なものとなつてまいりました。しかし,日ソの最高首脳による相手国への訪問はこれまで実現をみるに至りませんでした。
変動する世界情勢の中にあつて,それぞれの国の最高責任者が膝を交えて,相互間の問題のみならず,共通の関心事である世界平和の問題について隔意なき意見交換を行なう必要性は益々増大しております。私がこのたびソ連政府のご招待を欣然と受諾し,モスクワにまいつたのもひとえにこのような理由によるものであります。
わが国は,体制の垣根を越えてすべての国との間に友好関係を増進し,広く人類の平和と繁栄に寄与することを外交の基本としております。とりわけ隣国である貴国との間に,内政不干渉及び互恵平等の基礎の上に善隣友好関係を打ちたてることは,わが国が一貫して追求する目標であります。
1956年に国交が回復されて以来,日ソ間の関係は,幅広い分野にわたり,当時何人も予測できなかつたような急速な発展を遂げてまいりました。貿易の分野でもわが国は,貴国の最大のパートナーの一つとなるに至りました。更にシベリア開発協力につきましては,日ソ間に既にいくつかのプロジェクトが実施されているほか,より大きな規模の計画についても話合いが進められております。
しかしながら,私は,これをもつて満足するには未だ十分ではないと考えております。日ソ両国は,単に隣国であるにとどまらず,経済的にも稀にみる相互補完の関係にあります。われわれが双方のたゆまぬ努力により真の相互信頼を築き上げることができるならば,日ソ関係は,より一層明るい展望に満ちていることは疑問の余地がありません。
私は,両国関係の将来について述べるとき,やはり未解決の平和条約の締結の問題に触れざるをえません。
平和条約締結の交渉とは,ブレジネフ書記長閣下がソ連邦結成50周年記念式典において述べられた通り,「第二次大戦の時から残つた懸案を解決し,われわれ両国の関係に条約的基礎を置くこと」を目的とするものであります。
日ソ平和条約の締結こそは両国国民の総意であり,われわれ両国の指導者に課せられた厳粛な課題であると考えます。私はこの問題は,双方が相互理解と信頼に基づいて臨むならば必ずや解決される問題であり,また解決されなければならないと信じます。それによつて日ソ両国がゆるぎない善隣友好関係を確立することは,日ソ両国民の共通の利益に答えるばかりでなく,極東,ひいては世界の平和と繁栄に役立つと信じて疑いません。
今日の国際社会は,人類の英知が創り出した科学技術の進歩それ自体によつても,新たな転機を迎えようとしております。かつてわが国からモスクワに赴くには,はるばるシベリア鉄道によつて半カ月もの旅を重ねたものでしたが,現在,空の旅は,その距離を僅か9時間に縮めました。このような情勢下にあつて,国際社会におけるコミュニケーションの拡大と相互依存関係の高まりは,言わば時代の要請であり,歴史の必然でもあると申せましよう。また,人類の英知は,力の対決が最早不毛であり,時代遅れのものであることを悟りつつあります。今やわれわれ人類は,国民生活の向上,食糧,環境,資源,発展途上国に対する協力,人間復権の新しい文明社会の創造などの解決すべき困難な問題に直面しております。現在,世界が抱えているこれらの諸問題のどれをとっても一国のみで解決することはできないのであります。日本とソ連のごとく,世界有数の成長を遂げた国は,硬直することなく、独断をかなぐりすて,柔軟,かつ積極的に対応していく責務があります。
私は,日ソ両国が相互の関係の完全な正常化の上に立って,人類の理想の実現のため,それぞれの立場から建設的な役割を果していくことを強く願うものであります。
終りに臨み,私共に対し,関係各位から示されたあたたかいおもてなしに対し深い感謝の意を表するとともにここに皆様のお許しを得て
ブレジネフ書記長閣下,ポドゴルヌイソ連邦最高会議幹部会議長閣下及びコスイギンソ連邦大臣会議議長閣下の御健康,御列席のソ連の友人各位の御健康,更に日ソ関係の発展並びにソ連邦共和国とその国民の一層の繁栄をお祈りして皆様とともに乾杯したいと思います。
乾杯-
(於 レーニン丘政府迎賓館) (10月9日)
コスイギン首相閣下御列席の各位
御多忙のおりにもかかわらず,コスイギン首相閣下他ソ連党・政府の首脳の方々,並びに当国の著名な方々をお迎えして,ここに午餐を共にする機会を得ましたことは,私の大きな喜びとするところであります。
昨日私のあいさつの中で指摘いたしました通り,今回のソ連訪問の最大の眼目は両国最高指導者間の対話の開始でありました。
私は右に際し,ブレジネフ書記長閣下をはじめ,ソ連党・政府首脳の方々と日ソ間の最大の懸案である領土問題の解決を含む平和条約の締結をはじめ,両国間の諸問題につき卒直な意見交換の機会を持つたことに重要な意義を認めております。
昨日,ブレジネフ書記長閣下は,私どもを招いた心暖まる午餐会の席上,平和条約の締結が日ソ関係発展のためのより強固な基礎となるとの趣旨を述べられました。私は書記長閣下の深い御理解に対し,改めて敬意を表するものであります。
何故ならば,日ソ千年にわたる真の善隣友好関係の確立を心から願うものにとつてこの問題をさけて通ることは出来ないと考えるからであります。
くり返して申すまでもなく,わが国にとつて平和はかけがえのないものであります。
戦後わが国の国民総生産は,実質で年間10%以上の成長率を維持し,米ソにつぐ地位を占めるに至りましたが,これは働き蜂のような日本人一人一人のバイタリティに加え,歴代のわが国政府が効率的な経済運営を行ない,もてる力をすべて平和な国民経済発展のために集中してきた一貫した政策のたまものによるものであります。
平和国家に徹し,世界の平和と福祉に貢献することはわが国不動の方針であります。私は,かかるわが国の真摯な姿勢に対しソ連の皆様方の充分な御理解を得たいと思います。
終りに際し相互理解と信頼に基礎を置く日ソ間の永久の善隣友好関係の確立を祈念しつつ,また,コスイギン首相閣下及び御列席の各位のために杯をあげて乾杯したいと思います。
(1973年10月10日 モスクワにおいて)
田中角栄目本国内閣総理大臣は,ソヴィエト連邦政府の招待により,1973年10月7日から10日までソヴィエト連邦を公式訪問した。田中総理大臣には,大平正芳外務大臣及びその他の政府職員が随行した。
田中総理大臣及び大平外務大臣は,L・I・ブレジネフソ連邦共産党中央委員会書記長,A・N・コスイギンソ連邦共産党中央委員会政治局員兼ソ連邦大臣会議議長及びA・A・グロムイコソ連邦共産党中央委員会政治局員兼ソ連邦外務大臣と平和条約締結交渉を含む日ソ間の諸問題及び相互に関心を有する主要な国際問題について率直かつ建設的な話合いを行なつた。
また,田中総理大臣及び大平外務大臣は,N・V・ポドゴルヌイソ連邦共産党中央委員会政治局員兼ソ連邦最高会議幹部会議長と会見した。
大平外務大臣とグロムイコ外務大臣との間に第三回の定期協議が行なわれた。
友好的雰囲気の中に行なわれたこれらの会談において,双方は,日ソ関係が,1956年の日ソ共同宣言により外交関係が回復して以来,広範な分野において順調な発展を遂げており,特に,近年においては,政治,経済及び文化の面において両国間の関係の進展が著しいことに満足の意を表明した。双方は,内政不干渉及び互恵平等の原則に基づき日ソ間の善隣友好関係を増進することは,日ソ両国民の共通の利益に応えるのみならず,極東ひいては世界の平和と安定に大きく貢献するものであることを認め,このために両国関係の一層の発展に努力する旨の決意を表明した。
1 双方は,第二次大戦の時からの未解決の諸問題を解決して平和条約を締結することが両国間の真の善隣友好関係の確立に寄与することを認識し,平和条約の内容に関する諸問題について交渉した。双方は,1974年の適当な時期に両国間で平和条約の締結交渉を継続することに合意した。
2 双方は,日ソ間経済協力の拡大の方途につき意見交換を行なつた。その結果,双方は,互恵平等の原則に基づく両国間の経済協力を可能な限り広い分野で行なうことが望ましいと認め,特に,シベリア天然資源の共同開発,貿易,運輸,農業,漁業等の分野における協力を促進すべきである旨意見の一致をみた。双方は,日ソ及びソ日経済協力委員会の活動を高く評価した。このような両国間の経済協力の実施に当たつては,双方は,それぞれの政府の権限の範囲内で日本の企業(又はそれらによつて組織される団体)とソ連邦の権限ある当局及び企業との間で契約が締結されることを促進すること,かかる契約の円滑な,かつ,適時の実施を促進すること及び右契約の実施に関連して政府間協議が行なわれるべきことについても意見の一致をみた。また,双方は,特にシベリアの天然資源の共同開発に関連して,日ソ間の経済協力が第三国の参加を排除しないことを確認した。
双方は,日ソ漁業に係る諸問題の解決の方途につき意見交換を行なつた。その結果,双方は,長期かつ安定した北洋漁業の確立のため,漁獲量を定める問題を含め,適切な措置をとることに合意し,両国主管大臣間の協議を可及的速やかに開催することにつき意見の一致をみた。
双方は,別途合意される水域における日本人漁夫の操業についての従来から開始されている交渉に関し意見を交換し,この問題についての交渉を継続することに合意した。
双方は,科学技術の分野における政府間の交流の拡大を有益と認め,10月10日日本側大平外務大臣とソ連側グロムイコ外務大臣との間で科学技術協力に関する日本国政府とソヴィエト社会主義共和国連邦政府との間の協定が署名されたことを高く評価した。
双方は,文化の分野における交流の順調な発展を満足の意をもつて指摘し,10月10日に両国の外務大臣の間で署名された学者及び研究者の交換,公の刊行物の交換,並びに広報資料の配布に関する取極の意義を高く評価した。
双方は,自然の保護及び人間環境の保全の分野における日ソ間の接触の増大が必要であることを認め,このための協力の第一歩として,10月10日両国の外務大臣の間で渡り鳥及び絶滅のおそれのある鳥類,並びにその生息環境の保護に関する日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の条約が署名されたことを高く評価した。
双方は,高度に効率的なエネルギー源の開発が世界的なエネルギー問題の解決に貢献することができることを認識して,原子力の平和利用の分野における協力を拡大する必要性を認めるとともに,その第一歩として,両国の科学者及び技術者の交換,並びに情報の交換を行なうことが有意義である旨強調した。
双方は,各層にわたる日ソ間の人的交流を積極的に評価し,両国間の一層幅広い交流を奨励すべきである旨意見の一致をみた。 双方は,1966年に両国外務大臣間で合意された両国外務大臣間の協議の定期的な実 施に賛意を表明した。
ソ連側は,人道的考慮に基づき,ソ連邦に居住する未帰還邦人の日本への帰国及び 従来から実施されている日本人墓地への遺族の墓参に関する田中総理大臣の要請に関して,今後もこれらの問題を然るべき注意をもつて検討する用意がある旨を確認した。
3 双方は,現在の国際情勢の主要な,かつ,双方が関心を有する諸問題につき意見を 交換した。双方は,近年国際情勢が全体として緊張緩和の方向に向かつていること及び異なつた社会体制を有する国家間の関係正常化が一層進展したことに満足の意を表した。同時に,双方は,現在世界の若干の地域で紛争が続いていることに憂慮の念を示すとともに,すべての国が,国連憲章に従い,その相互関係において紛争を交渉により解決するとの原則及び武力による威嚇又は武力の行使を慎むとの原則を遵守する必要性のあることを強調した。
双方は,国際間の緊張緩和を一層促進し,永続的な世界平和を実現することがすべ ての国民の利益に係わる現代の根本問題であるとみなしている。また,双方は,国際 連合が世界平和の維持と国際協力の促進のため重要な貢献を行なつていることを認め,同機構の有効性を強化するため引き続き努力することにつき意見の一致をみた。
双方は,世界の恒久的平和を確立するために,有効な国際的管理の下における軍縮の達成,特に核軍縮の早期実現の重要性を認識して,この目標に向かつて努力する旨 を表明した。
双方は,戦略兵器制限交渉(SALT)関係諸合意及び核戦争防止に関する米ソ協定を含む軍備管理及び紛争の回避の分野でなされた前進に対し満足の意を表明した。
双方は,アジア情勢に関する意見交換において,ヴィエトナム和平協定並びにラオスの和平協定及び同協定の実施議定書の締結について満足の意を表明した。双方は,これらの協定がすべての当事者により厳格に履行されるならば,インドシナにおける恒久平和確立の可能性を開くものであり,また,ヴィエトナム,ラオス及びカンボデ ィアの問題の解決は,外部から如何なる干渉もなしにこれら諸国の国民によつて実現されるべきであるとの見解を表明した。
双方は,朝鮮半島において南北の間に対話の途が開かれたことを歓迎した。
双方は,南アジア亜大陸における緊張緩和についての関係諸国の努力に対する歓迎の意を表明した。
双方は,また,アジア諸国の自主性の尊重の上に立つてこれら諸国の自助努力に積極的に協力することこそアジアにおける平和と安定のために大きく貢献する方途であ る旨を強調した。
双方は,中東における軍事行動の発生に対して大きな懸念を表明し,現在の事態ができる限り速やかに解決されるべきであるとの希望を表明した。双方は,中東における公正かつ永続的平和ができる限り早期に確立されるようにとの希望を表明した。
双方は,国際間の永続的な平和と福祉を増進するため建設的な貢献を行なうとの決意を表明した。
4 双方は,率直かつ建設的な精神で行なわれた両国最高首脳間の直接の対話が極めて有益であり,かつ,両国関係の発展にとつて重要な貢献を行なつた旨を満足の意をもつて表明した。双方は,両国最高首脳間の対話が継続されるべきである旨を強調した。
田中総理大臣は,ソ連邦訪問中に受けた暖かい接遇に対し感謝の意を表明した。
田中総理大臣は,日本国政府の名において,ブレジネフソ連邦共産党中央委員会書記長,ポドゴルヌイソ連邦最高会議幹部会議長及びコスイギンソ連邦大臣会議議長に対し,別途合意される時期に日本国を訪問するよう招待した。これらの招待は謝意をもつて受諾された。
1973年10月10日にモスクワで
日本国内閣総理大臣 (署名)
日本国外務大臣 (署名)
ソヴィエト社会主義共和国連邦大臣会議議長 (署名)
ソヴィエト社会主義共和国連邦外務大臣 (署名)