-田中総理大臣の各国訪問関係資料-
2. 田中総理大臣の争国訪問関係資料
(1) 米 国 訪 間
(イ) ナショナル・プレス・クラブにおける田中総理大臣演説
(1973年8月1日)
(世界的視野に立つ日米関係)
ララビー会長,ご列席の皆様
ナショナル・ブレス・クラブの会員の皆様にお話しできることは,私の光栄とするところであります。
このたび,私は,当地で,ニクソン大統領と実りある会談を重ね,また,議会,言論 界の有力者と率直な意見交換の機会をもちました。また,明日からは,ニューヨーク,シカゴ,サンフランシスコを訪問し,各界の指導者にお目にかかることにしております。ニクソン大統領と旧交をあたため,そして数多くのアメリカの友人をつくることができることに深い意義を見出しております。事情がゆるすなら,新しい活力に満ちた南部と南西部,更には,中西部の大平原や山岳地帯までも訪問し,できるだけ多くのアメリカ国民に接したいところでありますが,限られた時間でありますので,本日は,世界的に知られたこのナショナル・ブレス・クラブにお集りの皆様を通じて,アメリカの国民の皆様に,ご挨拶を申し述べたいと思います。
第二次大戦後,すでに,四半世紀余の歳月が流れました。その間,国際政治は,戦後の荒廃と冷戦的対立の試練を克服して,ようやく,平和的な共存の門口に立つております。世界の経済も,ガットとIMFの体制に支えられて,史上かつてみない拡大と発展 を記録することができましたが,今や,その転機を迎えているのであります。
かかる戦後世界の歩みに主導的な役割を果してきたのは,他ならぬアメリカでありました。私は,アメリカのこの偉大な貢献を高く評価し,かつ,深い感謝の気持を率直に表明いたします。
今日,国際政治は,戦後最大の転換期を迎えています。この時期において,人類の英知に課せられた課題は,力の抑止による均衡以外に,軍備の縮小・管理,政治,経済,文化面での国際協力の強化により,真に永続する平和を創造することであります。世界が,当面する永続する平和の創造という仕事は,今や取り組むべき時がきた壮大な事業であります。また,世界的な通貨不安と慢性的インフレの克服,さらには新たな緊張をよんでいる資源や食糧問題の解決も,世界的規模をもつた難事業であります。これらの課題の解決は,アメリカがいかに強大であつても,アメリカだけの力で遂行できるものではなく,また期待すべきでもありません。世界の各国,とりわけ,日米欧三者の密接な協力を必要としております。
今日,主要工業国の一員として,応分の貢献と寄与をなし得る立場にある日本国民も,平和の享受者たるにとどまることなく,平和の創造と世界経済秩序の再建に,すすんで参画し,その責務を果すべきものと考えます。その意味においては,私は,アメリ カ政府が日米欧を始めとする先進民主主義諸国間の協力の仕組みに新しいガイドラインを設けようとする意図を,十分理解することができます。そして,それが,関係各国との十分な協議を通じて,実りある成果を生むに至ることを希望しております。私は,これからの日米関係も,そうした文脈の中で,見直され検討されるべきであると考えております。つまり,単に,二国間の関係という問題意識にとどまらず,「世界的視野に立つ日米関係」という新しい視角を加えて,日米の協力関係を見直す必要があるのであります。
日米二国間の関係は,両国の政府及び国民のたゆまぬ努力の結果と相互の多面的な補完関係の故に,多大の成果を生むことができました。しかし,濃密な間柄であつても,不断の注意と努力を払う必要があります。私が,日米安保体制の維持と運営に,細心周到な配慮を加えているのも,そのためであります。しかるに,最近においても,繊維品の対米自主規制問題,貿易収支の大きなアンバランスの是正問題,さらには為替平価の問題等をめぐつて,日米間に,緊張した空気が醸成されたことは,ご承知のとおりであります。
私は,1971年7月通商産業大臣に就任していち早く,日米関係の不協和音となつていた三年越しの繊維問題の解決に,全力を注いだのであります。米国の繊維業界と同様に,強力な政治的社会的集団である日本の繊維業界の良識に訴え,私なりに政治生命を かけて,深刻な日米繊維交渉に終止符を打つたのであります。私と同様に,政治に携わるアメリカの上下両院の友人諸君はこの種の問題を解決することが,如何に困難な事業であるかを,容易に,ご理解いただけるものと思います。
次に,日米間の貿易収支問題ですが,両国間の貿易収支は長い間,日本側の入超であり,1965年を境にして,日本の出超に転じました。そして,昨年は,日本側の黒字が,40億ドルを超えました。そこで,私は,昨年8月ハワイでニクソン大統領と会談した際,「わが国がグローバルな経常収支の黒字を,両3年の間に,GNPの1%位にしてゆく考えであり,その過程で,対米収支の不均衡も大巾に縮小するであろう」と述べました。その後わが国は,社会資本や国民福祉に重点を置いた大型予算と金融緩和政策により,輸出の内需への転換を進めるとともに,関税の一括引下げ等を通じて,輸入の促進に努めた結果,日本の対米輸入は激増し,わずか1年にして,40億ドルという黒字が半減しようという,世界貿易史上例の少ない大きな変化が起りつつあります。本年におけるわが国のグローバルな経常収支の黒字は,GNPの1%以内に止まるものと予想されるのであります。
また,円の対米ドル相場については,ここ20カ月間に,実質30%を超える切上げとなつており,わが国の外貨準備高は,190億ドルのピークから,半年を経ずして,150億ドルに激減しているのであります。さらに,私は,本年5月に画期的な資本自由化措置をとりましたが,これはわが国経済を一層開放化し,日米両国間で,相手国への健全な投資を活発化することを意図したものであります。ところが,最近,世界の各地には,経済的,社会的分野において,閉鎖的ないし保護主義的な傾向がみられております。それは,人類のために大きな損失であることを憂慮するものであります。
幸いに,自由な経済を基調として,より開放された世界経済の拡大をはかることにより,人類の平和と繁栄に貢献しようとする点で,日米間の見解は,基本的には一致しております。私は,日米両国が,一層の理解を深め協力を進めることによつて,永続する世界の平和の創造と経済秩序の再建に,大きく寄与しなければならないし,また寄与し得るものと確信しております。その意味で,9月に東京で開始が期待される多数国間の貿易交渉は,これらの目的を達成するための絶好の機会となると考えます。
わが国産業の国際競争力と生産力は,飛躍的に伸長し,労働者の賃金も,欧州諸国をしのぐに至りました。しかしながら,カリフォルニア州よりもせまい国土面積の1%にすぎない東京,大阪,名古屋の三大都市圏に,総人口の32%にあたる3,300万人の人口が,集中しており,公害,物価,土地,住宅等の問題が発生しております。また,社会資本の蓄積は,アメリカの4分の1であります。これらの問題を解決するため,私は,地方中核都市の建設,工業の全国的再配置,及び交通,通信のネットワークの整備などを内容とする日本列島改造論を提唱するとともに,経済政策を成長第一から福祉優先へ,輸出偏重から輸入重視へ転換させております。このような政策は,日米間の補完関係を創造的に拡充することに寄与するものと確信しております。
このように今後日米間においては,政治,経済の分野での関係は,益々緊密の度を加えてまいりますが,このように開けゆく両国関係の要請をみたすに十分なコミュニケーション・キャパシティーは,両国間に存在しないのであります。
これは,日米両国が欧米の場合とは異なり,文化,歴史の背景を歴然と異にし,言語 の障壁もこえがたいものがあるからであります。しかしながら,お互いが,共通の目的をもつて理解に努め,努力をおしまないならば,その相違を克服できないはずはありません。
そのためにこそ,私は,さきに「日米の間断なき対話」の必要性を強調したのであります。そのことは,1人首脳同士だけではなく,政府,言論人,民間経済人,学者など 各界各層の間に,コミュニケーションの道が,広く深く定着することを念願してやみません。
私は,このような見地から,アメリカの大学における日本研究を促進するためのささやかな貢献として,国際交流基金を通じて,米国のいくつかの大学に対して合計1千万ドルの基金の贈与を行ないたいと思います。
貴国の建国200年記念は,3年後に迫りました。私はアメリカが,第3世紀への夜明 けを前にして,その建国の理想のもとに,真の大国として引続き,全世界の平和と繁栄に寄与されることを,心から希望いたします。
日本もまた,自由で公正な社会の創造のため,平和と繁栄にみちた世界建設のため, ダイナミックに,かつ,責任をもつて取組むことを決意しております。
今や日本と米国は,新しい世界における共通の目標を目指しているのであります。相互にもつとも信頼できる盟邦として,人類の明るい未来に向つて,ともに前進して行こうではありませんか。
(ロ) 田中総理大臣とリチャード・ニクソン大統領との間の共同声明
(1973年8月1日)
1 田中総理大臣とニクソン大統領は,7月31日及び8月1日の両日ワシントンにおいて会談し,共通の関心を有する幾多の諸問題について包括的かつ充実した検討を行なつた。
2 暖かさと信頼の雰囲気の中で行なわれた両首脳の討議は,その基調と内容において日米両国間の関係の広がりと緊密さとを反映するものであつた。今回の会議の主な焦点は,日米両国が分かちあう多くの共通の目標におかれ,また,両国がその友好関係の新時代に共に対処してゆくとの決意におかれた。両者は日米両国が各々世界の平和と繁栄のために果している重要な役割に高い価値を置くこと,並びに世界中において右の共通目的のためあらゆる可能な分野で協力してゆくことが極めて望ましいことを強調した。
3 総理大臣と大統領は,個人の自由及び開放された社会という共通の政治理念並びに相互依存感に基盤をおく日米間の友好協力関係が永続的性格をもつていることを確認した。両者は,両国間の関係がその世界的側面の重要性を増しつつあり,全世界における平和的関係への動きに有意義な貢献を行なつていることに特に留意した。
4 総理大臣と大統領は,1972年の9月のハワイにおける両者の会談以来共通の関心を有する諸問題につき各層で行なわれてきた間断なき対話に対し満足の意を表明すると共に,国際情勢の進展を検討した。両者は,米国とソ連邦との間の対話の進行,中部ヨーロッパにおける相互兵力及び武器削減に関する来るべき交渉,全欧安全保障協力会議,中華人民共和国の国際社会への復帰,さらには,インドシナ和平のためのパリ協定の署名によつて示される緊張緩和への世界的な傾向を討議した。両者は,右の傾向が全世界において紛争の平和的解決をもたらすに至ることを希望した。
5 総理大臣と大統領は,国際政治の分野において共通の関心を有する諸問題につき,不断の協議を行なう必要があることに合意した。両者は,戦略兵器制限交渉(SALT)関係諸合意及び接戦争防止に関する米ソ協定を含む軍備管理及び紛争の回避の分野でなされた前進に対し満足の意を表明した。
6 総理大臣と大統領は,日本と中華人民共和国との間の国交正常化及び米国と中華人民共和国とのより正常な関係への動きを満足の意をもつて留意した。両者は,パリ協定の忠実な履行によりインドシナにおいて安定的,かつ,永続的な平和が確立されるようにとの強い希望を表明した。両者は,インドシナの復興を援助する決意を再確認した。両者は,朝鮮半島における新たな発展を歓迎し,両国政府がこの地域における平和と安定の促進のために貢献する用意があることを表明した。両者は,アジアにおける地域的協力を,アジア全域にわたる永続的平和の確保に貢献する重要な要素であるとして,引き続き助長してゆくことを約した。
7 大統領は,先進工業民主主義諸国間の将来の協力の指針となる諸原則の宣言が望ましいことを指摘した。総理大臣はこれに対する積極的な関心を表明した。総理大臣と大統領は,関係国すべてにより受け入れられるような宣言を作成するための準備が進行するにともない,日米両国がこの問題につき密接に協議することに合意した。
8 総理大臣と大統領は,国際関係の既存の枠組みがアジアにおける最近の緊張緩和への傾向の基盤となつてきていることを認識し,日米相互協力及び安全保障条約のもとにおける両国間の緊密な協力関係の継続がアジアの安定の維持のための重要な要素であることを再確認した。大統領は,右地域において適当な水準の抑止力を維持すると の米国の意向を確認した。両首脳は,同条約の円滑,かつ,効果的な実施を期するための継続的努力に満足の意をもつて留意し,日本における米軍施設・区域の整理統合のためさらに措置がとられることが望ましいことに意見の一致をみた。
9 総理大臣と大統領は,人類の歴史上最大の規模に達する大洋を越えての二国間通商が日米両国民の生活を大いに豊かにしているとの認識に立つて,この貿易が引き続き拡大し,世界経済全体の拡大及び繁栄並びに日米両国間の全般的関係に貢献し続けるようにしてゆくことを約した。両者は,7月に東京で開かれた日米貿易経済合同委員会の会合における討議で,貿易及び投資の分野において日本がとつた措置―これに対して大統領は再び米国の感謝の意を表明した―についての討議,両国間の貿易不均衡の著しい改善及びこの改善の動きを持続させるための諸政策を追求するとの両国政府の意図についての討議,両国間の投資の促進についての討議並びに農産物を含む必需物資を日本に供給するために最善の努力をつくすとの米国の意図―大統領はこれを再確認した―についての討議を満足の意をもつて検討した。
総理大臣と大統領は,最近の経済の発展を基礎として日米両国がその経済関係を進める上で新しい展望を期待しうるとの右会議の了解を確認した。
10 総理大臣と大統領は,貿易及び通貨の分野における多数国間交渉が成功裡に完了することを両国が重要視していることを再確認した。両者は,ますます相互依存性を強めている世界経済の要請に呼応するように貿易と投資の面で開放され,かつ,衡平な世界を達成し,改革された国際通貨制度を達成する目的を支持した。両者は,新しい多角的通商交渉を開始する閣僚会議が9月に東京において開催されることにつき,ともに満足の意を表明した。両者は,9月後半のナイロビにおける国際通貨基金の年次総会において,通貨改革の諸原則につきできるだけ広範な合意に達するよう努めるとの両国政府の固い意図を強調した。これらのいずれの事業においても両者は,早期,かつ,建設的な結果が確保されるよう世界の他の諸国と協調して,共同の努力を行なうことを約した。
11 総理大臣と大統領は,日米両国民の急速に拡大する需要を満たすため,エネルギー資源の安定した供給を確保するための努力をひきつづき調整してゆくことに合意した。両者は,この関連で,産油国との間に公正,かつ,調和のとれた関係を求め,経済協力開発機構の枠内において緊急時における石油融通措置を案出する可能性を検討し,また,エネルギー資源の探査と採掘及び新エネルギー源の研究と開発のための協力範囲を大巾に拡大してゆくとの共通の意図を表明した。
12 総理大臣と大統領は,濃縮ウランの安定供給を確保するため両国政府が,所要の研究と開発についての協力を含め,緊密に協力することの重要性を確認した。両者は,両国政府が,右の目的のために,日米の合弁事業を満足のいく形で実現するよう最善の努力をはらうことに合意した。この関連で,大統領は,米国政府が一団の米国企業に対し,日本が参加する可能性のある米国内のウラン濃縮工場の建設に関連する経済的,法律的及び技術的諸要素について共同調査を行なうため日本の民間当事者と契約を結ぶことを認可した旨を明らかにした。
13 総理大臣と大統領は,両国関係を強化するために,より良い意思疎通及び相互理解のための諸計画の拡充が枢要であることを認識した。総理大臣は,国際交流基金の活動が米国内において暖かく迎えられていることに留意し,日本国政府が,米国のいくつかの大学の日本研究に対して講座の寄付を含む研究機関に対する支持のために総額1千万ドルの資金を国際交流基金を通じて贈与する旨明らかにした。大統領は,過去において多大の成果をあげてきた米国の文化,教育面の努力に対する援助を拡大する意向を表明し,日米間の文化,教育交流を強化するためにガリオア口座に残つている資金を支出するよう近い将来議会に要請するとの意図を表明した。
14 総理大臣と大統領は,環境保護の分野における日米間の協力が増大していることに満足の意を表明した。両者は,両国が下水処理,光化学大気汚染に係る問題を含む大気・水質汚染,その他の環境問題に一層効果的に対処することを可能とするために現在進行中の両国間の諸協力計画を高く評価した。両者は,かかる諸協力計画が両国の環境保護及び汚染対策の立案に資するものであることを確認した。
15 総理大臣と大統領は,両国間で過去10年間に進められて来た医学,科学及び技術上の協力計画の業績に満足の意をもつて留意した。両者は,今後10年間のより広範囲な要請に鑑み,これらの分野における協力関係を総合的に再検討することに合意した。
16 総理大臣と大統領は,国際連合が国際協力の促進のために重要な貢献を行なつていること及び集団的協議のための効果的な場であることを認識し,日米両国が十分協力して同機構を建設的な方向で発展させるため努力することに合意した。
大統領は安全保障理事会が国際の平和と安全の維持という国際連合憲章に基く主要な責務を果すためには,その国力と影響力が世界における諸問題において極めて重要な日本が同理事会に永続的に代表されることを確保するための方途を見出すべきであるとの意見を表明した。総理大臣はこの表明に謝意を表明した。
17 大統領は,天皇,皇后両陛下の御訪米に対する以前よりの招待を再確認し,御訪米が近い将来日米双方にとつて都合の良い時期に実現することを希望した。
総理大臣は,右の招待に対して深甚の謝意を表するとともに,ニクソン大統領夫妻の訪日に対する日本国政府よりの招待を伝達した。大統領は右招待を受諾するにあたり,これにより象徴される米国に対する暖かい感情に対し心からの謝意を表明した。大統領の訪日は,外交経路を通じてとり進められることとなるが,1974年の年末以前の日米双方の都合の良い時期に実現することが希望される。
18 総理大臣には大平正芳外務大臣,安川壮駐米日本国大使及び鶴見清彦外務審議官が同行した。米側からは,ウィリアム・P・ロジャーズ国務長官,ヘンリー・A・キッシンジャー国家安全保障担当大統領補佐官及びロバート・S・インガソル駐日米国大使が討議に参加した。