-国会における内閣総理大臣および外務大臣の演説-

 

1. 国会における内閣総理大臣および 外務大臣の演説

 

 (1) 第71回国会における田中内閣総理大臣施政方針演説

                  (外交部分抜奉萃)

                   (昭和48年1月27日)

 第71回国会の再開にあたり,施政に関し所信を申し述べます。

1 外交・防衛

 世界が注目し,待望していたヴィエトナム和平は,明日を期して実現することになり ました。これは長かつたヴィエトナム紛争が解決に踏み出したというだけでなく,新し い平和の幕明けてあります。人類が恒久平和と社会正義にもとづく繁栄の実現に向か い,新しくすすむべき第一日を迎えたものと思います。

 第2次大戦後,四半世紀余の歳月が過ぎました。国際政治は,力による対立の時代を 経て,話合い,協調へと移行してきました。これは,緊張と混迷のなかで多くの経験を 積んだ人類の英知の勝利であります。

 わが国は戦後,世界に例のない平和憲法をもち,国際紛争を武力で解決しない方針を 定め,非核三原則を堅持し,平和国家として生きてきました。これは正しい道であつたと思います。

 今日,大きな経済力をもつにいたつたわが国は,国際政治,国際経済の転換期のなかで,平和の享受者たるに、とどまることなく,新しい平和の創造にすすんで参画し,その責務を果たすべきであります。この際,平和をいつそう確実なものとするため,核をは じめとする全般的な国際軍縮に貢献してまいりたいと考えます。

 東西問題のあとをうけて,大きく浮かびあがつてきたのは,南北問題であります。地球上における富の偏在を改め,南北問題を合理的に解決することなくして,真の平和を確保することはできません。

 敗戦ですべてを失つたわが国も,四半世紀前はゼロから出発し,経済の復興に取り組んだのであります。その後,お互いが汗水を流し,一所懸命に働いたかいあつて,IMF14条国から8条国へのステップを踏み,わが国は,いまや国際社会に大きな影響を及ぼす国に成長したのであります。南の開発途上国が経済的な自立,社会的な安定を達成できるよう,わが国の経済力と技術の力を提供し,援助することは,わが国に対する世界的 な要請であり,国際社会に対するわが国の責務であります。わが国の援助は,量的には,国際的目標である国民総生産の1パーセントをほぼ達成しております。しかし,政府援助の拡大,借款条件の緩和,ひもつきでない援助の推進など,質の面ではOECD加 盟諸国の平均水準を下回つております。援助の質の改善については,国連貿易開発会議 において表明した基本方針に従つて,最善の努力を続け,相手国に本当に役だつ援助を してまいります。

 わが国が直面している緊急課題は,ヴィエトナムに実現しつつある平和を確固たるも のにするための貢献であります。戦火に荒らされたインドシナ地域の復興,建設のため,できる限りの努力を尽くすとともに,ようやくできかけた和平を定着させるため,アジア諸国をはじめ太平洋諸国を網羅した国際会議の開催の可能性を検討したいと考えております。もとより,アジアの国際政治はヨーロッパに比べてはるかに複雑であり, 新しい安定の基盤を築くことは容易なことではありません。戦後の復興とインドシナ半島の平和維持のため,真剣な討議の場が設けられ,よりよい方策が見いだされるなら ば,平和はやがてアジア全体の安定につながつていくのであります。

 政府が,長い間の懸案であつた中華人民共和国との関係を正常化したのも,アジアの 平和と安定に寄与すると考えたからであります。今後は互恵平等の精神で,両国間の親善友好関係の基盤をいつそう固めていかなければなりません。近く大使を派遣し,多くの実務関係の円滑な処理にあたらせたいと考えております。

 同じく隣国であるソ連とは,平和条約の締結が懸案となつておりますが,すでに軌道 に乗つております両国の関係は,経済,文化の分野で年々着実な発展を遂げております。とくに,シベリアの開発協力については,日ソ両国にとつて長期にわたり有意義なものとなるよう実現に努力したいと思います。

 わが国が政治信条や社会体制を異にする諸国との間に対話をすすめ,平和な国際社会 の建設に積極的に参画していくためには,わが国と同じ自由と民主主義を奉ずる諸国との友好関係の維持が基本であり,実際的であることはいうまでもありません。そのなかで,とくに日米関係が重要であることは,わたくしが就任以来一貫して強調してきたところであります。  この機会に,わが国の防衛について一言いたします。

 わが国が必要最小限の自衛力を保持することは,独立国として平和と安全を確保する ための義務であり,責任でもあります。しかし,自衛力の保持とあわせて,日米安全保障体制を維持しつつ,国際協調のための積極的な外交の展開,物心両面における国民生活の安定と向上,国民すべてが心から愛することのできる国土と社会の建設,これらが しつかりと組み合わされるなかに,わが国の平和と安全が保障されることを強調したいのであります。

 いまから20年前,2,824カ所もあつた本土の在日米軍施設区域は,いまや90カ所に整理,統合されました。加えて,さきに開かれた日米安全保障協議委員会において,本土 および沖縄を通じ10カ所の施設区域の整理,統合が合意されました。これは,本土では関東平野の首都圏,沖縄では県都・那覇という国民にとつて社会的,経済的にもつとも 重要な地域での整理,統合であり,その意義はきわめて大きいと思います。政府は,わが国の独立と安全のため必要な施設区域は今後とも提供を続けてまいります。同時に, 急速な都市化現象などによつてひき起こされている基地問題と真剣に取り組み,その整理,統合を検討するとともに,基地と周辺住民の間に無用な摩擦が生じないように万全 の対策をとつていく考えてあります。

2 国際収支不均衡の是正

 わが国は,いま,内外から国際収支の改善対策を迫られております。資源に乏しく,狭い国土に1億をこす人口をかかえるわが国は,海外から原材料を輸入し,これに付加 価値を加え,製品として輸出するという貿易形態をとつております。貿易の振興を国是としてきたわが国は,自由世界第2位の経済力をもち,2百億ドルに近い外貨準備をも つようになつたのであります。しかし,わが国がいままでのように大幅な国際収支の黒字を累増させていくことは,国際的な理解を得られないだけでなく,国際社会において もつとも大切な信頼を失うことにもなります。このため昭和46年12月,多国間通貨調整の一環として円平価の切上げを行ないました。さらに,輸出の適正化,輸入の拡大,経 済協力の拡充,国内景気の振興による輸出の内需への転換などに総力をあげて取り組んでまいりました。さきの臨時国会で「過大ではないか」との批判を受けながらも,6千 5百億円の補正予算を編成したのはこのためでありました。しかし,このような努力にもかかわらず,なお,所期の目的を達成しておりません。輸入は増大しておりますが, 輸出もなおかなりの高水準を続けており,昭和47年度を通じ貿易収支の黒字は,89億ドルと見込まれております。このような状況のもとで,一部に円の再切上げ論が唱えら れています。しかし,一昨年の平価調整の効果はまだ完全に現われておりませんし,円の再切上げがわが国経済に与える影響を考えれば,切上げ回避のためあらゆる努力をい たさなげればなりません。貿易立国を国是としているわが国は,自由貿易が阻害されるような事態を避けるため,全力を傾ける必要があります。現に国際間には保護主義が拾頭しつつあります。このような事態がすすむ場合,広い意味では南北問題を解決するための大きな障害ともなりますし,わが国経済の発展を阻害することにもなります。わが 国がガットの場においてケネディ・ラウンドを積極的に推進し,現に新国際ラウンドを提唱しているのはこのためであります。

 国際収支の均衡をはかることは,緊急の課題であります。このため関税の引下げ,輸入・資本の自由化をいつそう推進しなければなりませんが,国内には自由化に耐えられ ない分野があることも事実であります。しかし,政府としては,この大目標を達成するため,国内対策に万全を期しながら自由化をすすめていかなければならないと考えま す。(中略)

10 おわりに

 以上申し述べましたように,本年の重点的な政治目標は,平和外交の推進,国際収支の不均衡の是正,社会保障の充実と生活環境の整備,物価の安定,国土総合開発の推進 などであります。わたくしは,これらの課題を解決するために最善の努力を傾ける決意であります。

 もとより新しい政策は,長期的な視野にたち,国民的な支持と理解を得ながら総合的 かつ計画的に実現していかなければなりません。このため,わが国経済社会の発展の方向と政策体系は,新しい長期経済計画をもつて明らかにしてまいります。

 現代社会は,大きく深い変化を経験しつつあります。内に外に変革期の課題は,山積しております。わたくしは,さきの総選挙を通じて国民の政治に対する期待や不満を痛 いほどに感じとりました。

 人間性を回復した平和な新しい日本をつくるには,古い制度や慣行にとらわれることなく,産業や経済のあり方を大胆かつ細心に変えていかなければなりません。しかも, 当面している難問を解く処方箋は,わが国の歴史に先例を求めることができません。他国にその例を見いだすことも不可能であります。

 新しい時代の創造は,大きな困難と苦痛を伴うものであります。しかし,わたくしは,あえて困難に挑戦し,議会制民主主義の確固たる基盤に立つて,国民のための政治 を決断し,実行いたします。そして結果についての責任をとります。国民各位も積極的に発言し,ともに日本の将来を切り開く歴史的な事業に参加してほしいのであります。

 わたくしたちは,これまでもお互いに多くの障害を乗り越えてきました。こうした日本人の英知と,日本経済の活力は,いささかも衰えてはいないのであります。1億をこ えるわたくしたち日本人が,ひたすらに平和の道を歩み,物心ともに豊かな社会を建設するため,総力をあげて国内の改革にすすむとき,外に平和,内に福祉の新時代のとびらを開くことは,必ずできると確信いたします。

 国民各位のご理解とご支援をお願いいたします。

 

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