―その他の重要外交文書―

 

(6)ニクソン大統領の外交教書

      

(東アジア及び太平洋地域並びに日本部分仮訳)

 

1. 東アジア,太平洋地域          (昭和46年2月26日)

 「今日,太平洋地域の将来に目を向けるとき,今世紀の残り3分の1の期間平和が維持されるか否かは,世界の他のいずれの地域にもまして,太平洋地域の情勢いかんにかかっていると認められるのであります。」

 これは佐藤総理が1969年11月に訪米した際,ホワイト・ハウス歓迎式において本大統領が行なつたスピーチからの抜すいであるが,このように世界の人口のほぼ半数が住み,人間の才能と精力の豊かさにおいて他のどの地域にもひけをとらず,莫大な物的資源を有し,かつ,地球の中央部分を占めているアジア・太平洋地域は,安定した世界平和体制確立のためには欠くことができない位置を占めている。第2次世界大戦以来情勢の変化によりアメリカがその息子達を戦争へ送り込まねばならなかつたのは,この地域においてのみである。アジア・太平洋地域は7大人口保有国及び3大富裕国を含み,またその利害にとつて重要な性質を有するすべてのものを含んでいる。米国もまた太平洋国家であり,その安全と経済的利益はアジアの将来と密接不可分の関係にある。

 従つて,アジアにおいてひとつの時代が終りを告げたという事実を認め,かつ,この事実に即した政策を立てることこそ,米国の繁栄にとつて緊要なのである。

 -ニクソン・ドクトリンを超えて-

 新しいアジアが生まれつつある。ニクソン・ドクトリンは,アメリカの果す役割を,戦後期の最後の痕跡も消え失せてしまうような時代に適応させようとする始まりなのである。

 第2次世界大戦のかつての憎悪はすでに消滅し,あるいは消滅しつつある。戦後期のかつての依存関係も同様である。来たるべき時代にはこれらは過去のものとなろう。

 アジアの国々は強大になりつつある。これらの国々は,この地域における国際秩序形成の上により大きな役割を果すべき能力と決意をそなえている。

 これらの国々は地域的協力の下に団結しつつあり,その結果,大国の政策からますます独立し,従つて,それに一層影響を与えている。

 太平洋地域の主要大国たる日本,ソ連,中華人民共和国及び米国は,東アジアの新しい現実に対応する政策を立てるというむずかしい決定を迫られている。これらの国々のなす決定はそれだけで,この地域の国際情勢に大きな影響を与えるのである。

 従つて,東アジアの将来の体制はいまだ明らかでない。それは今後の決定にかかつている。しかし,いずれか1つの国の一方的影響により決るものでないことは明白である。

 それはむしろ次の2つの柱にかかつている。すなわち,いくつかの地域グループとなつて動くアジア諸国の利害の集合及びこの地域に関連のある4大国の政策である。

 きたるべき時代においては,それぞれの国は,他国の合法的利益にその政策を対応させねばならない。すでに始まつたかかる過程の中から,太平洋地域における新しい国際秩序が形成されつつある。将来において挑戦すべきは,それを確実に安定した秩序とすることである。

 

2. 日 米 関 係

 日本の経済発展は比類をみないものである。日本は世界で第3の経済大国となつた。しかしながら,日本の生活水準は先進国間では依然として低位に属しており,日本国内には,生活水準は早急に引上げられるべきだとする声が強い。

 日本の経済力はアジアの平和と安定のための大きな安定要因となつており,また日本経済の発展力はアジア全体に対して大きな影響力を持つている。かかる事実の認識の下に日本は同地域の地域協力活動における主たる役割を演じてきた。しかしながら,日本が日本の長期的利益に本当に合致したやり方をとつているか,また自己の責任を果しているかという点になると,日本の活動ぶりは十分適切なものであるとは必ずしもいいがたい。さらに日本は自由貿易制度によつて最もうるべきことが多い地位にあるにもかかわらず,自分が設けている制限はなかなか撤廃しようとしないので,他国は日本の経済に近づくことができないでいる。このことは矛盾することだといわざるをえない。

 日米両政府とも,日米関係は日米双方が望むような世界を保つためには,必要欠くことができない重要なものであると考えており,かかる認識の下に行動する決意にある。他方,将来の日米関係については調整することが必要である。そして調整すべき問題はあまりに重要であり,またあまりに複雑であるがため,一方が楽観してながめていられるというような性格のものではない。幸い,日米両政府とも深い善意と相互信頼に基づき,真剣に日米関係について考えており,相互の利益についてできる限りの理解を示そうと努力している。かかる善意と協力の精神を保持することは,米国の対日政策が目的とするところであるのみならず,対日政策が成功を収めることになることをも意味する。

 日米間の相互依存並びに日本の増大せる独自の地位の認識の下に,佐藤総理と本大統領は1969年11月に,1972年中に沖繩における施政権を日本に返還するための交渉に入ることを合意した。この交渉は現在,在沖米軍基地を米側が保持することを含め,順調に進められており,今春協定に署名することを目標とし,1972年中の返還のために必要な立法府の支持をうることとしている。

 昨年12月,日米双方は在日米軍基地の再編成について重要な合意に到達した。その合意は,米国は日本及び他のアジアの同盟国との間のコミットメントを損うことなく,今後数カ月の間に米軍人,軍属12,000人を日本から引揚げるというものである。日本側は,自己の防衛能力を引続き質的に向上せしめ,通常兵器による防衛力については,実質的には自給できることになる旨明らかにした。

 日米双方はすでに緊密である経済関係をより一層拡大させることによりうるべきところは計り知れないほど大きい。日本は過去長年にわたり,米国にとつて,世界一大きな顧客である。米国の対日輸出は1970年には前年度比35%増の45億ドルであつた。これは喜ぶべきことである。この中には農産品が10億ドル以上占めており,これは1,000万エーカーの土地と10万人以上の農民の労働に相当する額である。日本からの輸入も増大した。米国に対する輸出は日本の総輸出額の約27%を占め,昨年は約59億ドルとなつた。日本は物及び資本の自由化の速度を早めており,これは喜ばしいことだと思う。障壁にもかかわらず,日本における米国の直接投資は現在10億ドルを越えており,外資流入の機会を拡大することが日本自身の利益になるという認識が日本で深まるにつれ,この数字は一層大きくなると信じている。

 友好裡に行なわれているこの競争関係は,まさに人類歴史上での最大の海をへだてた貿易関係であるというべきだが,困難がないわけではない。一例をあげれば,長期化した日米繊維交渉があるが,日米相互の利益のために,解決案が見出されることを確信している。

 海外援助問題については,競争でなく協力というのが合言葉である。日本は1975年までにGNPの1%を海外援助にふり向ける旨表明した。米国としては,日本が国際並びに地域協力に主導的役割を演じることを期待しており,願わくは民間ベースによる援助に重点を以前ほどにはおかないことを希望する。

 日米両国は歴史的には異なつた過去を有しているが,目指す目的を同じうする二つの大国である。この両国が広範囲な関係を有効に,かつ,構想豊かに発展させて行けば,必ずや日米両国民並びに太平洋諸国家の福祉と繁栄に大きく貢献することは明らかである。

 

 

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