―軍縮問題―
第4節 軍 縮 問 題
1.概 況
本年度の軍縮交渉は,国連事務総長の提唱による「軍縮の10年」の最初の年にふさわしく,「核兵器の不拡散に関する条約」の発効,戦略兵器制限に関する交渉の続行,および「核兵器及び他の大量破壊兵器の海底における設置の禁止に関する条約」(海底軍事利用禁止条約)の完成等に色彩られた年となつた。
他方,わが国に関して特記すべき事項としては,1970年5月21日に,「窒息性ガス,毒性ガスまたはこれらに類するガス及び細菌学的手段の戦争における使用禁止に関する議定書」(ジュネーブ議定書)を批准したこと,1971年1月1日付でジュネーブに軍縮委員会日本政府代表部を新設したこと,および同年2月11日に署名のために開放された前述の海底軍事利用禁止条約に同日,米ソ等66カ国とともに署名したことを指摘することができよう。
軍縮問題の各案件中,注目される点及びわが国の活動状況は次のとおりであつた。
(あ) 核実験禁止に関しては,地下核実験禁止の検証方法をめぐる米ソの対立のため,軍縮委員会および国連総会ともに依然として大した進展は見られなかつたが,第25回国連総会は,地下核実験禁止の検証手段改善のために自国の地震探知識別能力を向上させ,かつ世界的な地震探知識別能力の攻善に協力することを考慮するよう要請する決議を採択した。
また同総会は,「大気圏内,宇宙空間及び水中における核兵器実験を禁止する条約」(部分核禁条約)への加入とすべての核実験禁止を各国に呼びかけ,また軍縮委員会に対し地下核実験禁止条約締結のための審議の継続を要請した決議を採択した。
(い) 核軍備競争の制限については第25回国連総会は,SALT(米ソ間の戦略兵器制限交渉)の続行に満足の意を表するとともに,核兵器国政府に対し核軍備競争の即時停止と核兵器体系の実験・展開の停止を要請する旨の決議を採択した。わが国は,同決議の趣旨を達成するためには検証問題のような複雑な問題の適切な解決が必要であり,全核兵器国の真摯な努力が不可欠である旨の投票理由を付してこれに賛成した。
(う) 第25回国連総会で注目されたものとして,マルタのイニシアティヴによる濃縮ウランに関する決議の採択がある。
マルタは,ウラン濃縮の新技術の発展による核兵器拡散促進の可能性を憂慮し,本件の検討を軍縮委員会に要請する旨の決議案を提出したが,日本等は,本案は核不拡散条約の枠を越えてウラン濃縮技術そのものへの保障措置という可能性を含むものであり,またこれらの問題は国際原子力機関の責任分野であると批判し,妥協工作の結果すべての国が原子力平和利用について平等な権利を有する旨前文で言及し,国際原子力機関に対しウラン濃縮に関する新技術によつて生産される物質の保障措置に関する新技術によつて生産される物質の保障措置に関し注意を促すとの趣旨の決議が採択された。わが国は,核エネルギーの平和利用面でのすべての国家間の平等を確認する旨の投票理由を付して,これに賛成した。
本件に関しては,条約作成のため1969年以来審議が続けられてきたが,米ソは4月23日,1969年の軍縮委員会及び国連総会において各国より提出された示唆を考慮に入れた3度目の共同条約案を軍縮委員会に提出し,さらに9月1日,骨子次のとおりの最終的な条約案を同委員会に提出した。
(イ)締約国は、距岸12海里以遠の海底に核兵器および他の種類の大量破壊兵器並びにこれらの兵器を貯蔵し,実験し,または使用することを特に目的とした構築物,発射設備その他の施設を据え付けずまたは置かないことを約束する。またそのための援助,奨励または勧誘をも禁止する。
(ロ)締約国は,他の締約国の活動を観察により検証することができ,その後も疑惑が残る場合には関係当事国間で協議し,疑惑を除くため合意すべきその後の検証手続について協力する。
(ハ)約国は,条約義務履行につき重大な疑惑が残る場合には,国際連合憲章の規定にしたがつて安全保障理事会にその問題を付託することができ,また他の締約国の援助を得て,若しくは国際連合の枠内の適当な国際手続きを通じて検証を行ない得る。
この条約案は,軍縮委員会メンバーの圧倒的支持を得て,第25回国連総会に送付された。
わが国としては,本案は必ずしも完全に満足し得るものではないが核および他の種類の大量破壊兵器の海底における設置禁止という緊急な問題について米ソがわが国を含む各国の見解を十分考慮して作成したものであり,現段階で得られる最善の妥協案であると考えられることから,国連総会における右条約推奨決議案の共同提案国に加わり,同決議案採択を積極的に支持した。この決議案は賛成104,反対2,棄権2で採択され,これによつて条約は2月11日署名のため開放され,わが国を含む68カ国が同日調印した。
本件に関しては,化学・生物兵器を同時に単一の条約で禁止すべきか否かで議論が分れていたが,わが国は,このような水かけ論を打開するために両者を単一の条約で取り扱うか否かの法形式の問題よりも,まず検証問題等の実質問題についてメンバー諸国間の合意を得るよう努力すべきであると次のような提案を行い,多数の諸国からの支持を得た。
(イ)禁止の範囲については,化学・生物兵器の双方を同時に検討すべきこと,
(ロ)禁止するべき行為の範囲は,使用,開発,生産及び貯蔵を包含すべきであり,その禁止確保のための国連事務総長または安全保障理事会への告訴手続および国際的専門家の協力に基づく国連事務総長の調査が速やかに行なわれるための取決めの設置(そのためには,かかる専門家の名簿が同事務総長により作成,保管されていなければならない),
(ハ)化学・生物兵器特に化学兵器の開発,生産および貯蔵の禁止の効果的な検証方法について専門家の会議を召集すべきこと。
さらに夏の会期において,わが代表は,化学・生物兵器禁止問題について専門家の意見を求めるのが適当と思われる技術問題として,
(イ)平和産業を妨げないような方法,
(ロ)化学・生物剤の使用を容易ならしめる補助器材の禁止に関する諸問題,
(ハ)化学剤の製造禁止違反の証拠となるようなデータとして使用さるべき特定物質の生産,輸出入及び用途別消費量の統計を報告させる制度等を指摘した。
専門家の協力に基づいたわが国のかかる科学技術面からのアプローチが,暗礁に乗り上げた形の本件審議に何らかの貢献をしたことは否定し得ない。他方,第25回国連総会では本件につき大した進展は見られず,わずかに化学・生物兵器問題に関する諸提案に留意し,これら両兵器は同時に取り扱われるべきである旨うたつた決議が採択されたにとどまつた。
なお,わが国は,1970年5月21日,何らの留保も付することなくジュネーブ議定書を批准するとともに,軍縮委員会において,同議定書に留保付きで参加している多くの国に対し,その留保を撤回するよう要請した。
70年代を「軍縮の10年」とするとの国連事務総長の宣言もあり,第24回国連総会は軍縮委員会に対し,包括的軍縮プログラムを作成して第25回国連総会に報告するようにとの決議を採択した。軍縮委員会では,本問題につき各種の提案がなされたが,全メンバーの合意できる結論は得られなかつた。
かかる情勢の中で,わが国代表は,次のような提案を行なつた。
(イ)すべての軍事大国特にすべての核兵器国の軍縮交渉への参加,
(ロ)核不拡散条約第6条の核軍縮を核兵器国が速やかに実施すべきこと,
(ハ)公海上での戦略核ミサイル実験の規制,
(ニ)軍縮の分野における有利な世論形成のため,軍備競争及び軍事支出の現状,さらには軍備管理及び軍縮交渉の進展について 国連で定期的に再検討すること,および国際連合またはその他の国際機関の後援による軍縮に関する国際的シンポジウムを定期的に開催すること。
なお,国連総会では,軍縮委員会に対し,今後の交渉で軍縮プログラムに関するこれまでの諸提案を考慮するよう要請した決議が採択された。
第25回国連総会では,ルーマニアのイニシアティヴにより本議題が新たに加えられたが,同国は11月18日,国連事務総長に対し,軍備競争および軍事支出の経済的・社会的影響に関する報告書を作成して,第26回国連総会に提出するよう要求する旨の決議案を提出し,同案は若干の修正を経た後全会一致で採択された。わが国は同報告書作成のための専門家として,松井前駐仏大使をニューヨークへ派遣し,右会議の実施に協力した。