―OECD(経済協力開発機構)を中心とする国際経済協力―

 

第2節 OECD(経済協力開発機構)を中心とする国際経済協力

 

 わが国が今や自由世界で国民総生産第2位という経済大国になるに至つた事実は,OECDにおけるわが国の地位を確固たるものに高めたと同時に,OECD内において,わが国に対し国際経済社会における地位に応わしい責務の遂行を求める声を強めることとなつた。

 OECDは1970年12月をもつて創設10周年を迎えたが,1970年という年は,OECDとわが国との関係にとつて記念すべき年であつたと言えよう。すなわち,万国博にOECDが欣然参加し,OECDデーにヴァン・レネップ事務総長夫妻が来日したほか,6月末から7月初めにかけて,OECD工業委員会が初めてわが国で開催され,また,9月には開発援助委員会(DAC)の上級会議がわが国で開かれた。このほか,前事務総長クリステンセン氏,執行委員会議長オクラント・ベルギー大使,キング科学総局長等が来日してOECD活動の幅広い啓発に貢献し,さらに,わが国の教育政策および労働力政策について,それぞれ国別審査の一環として著名専門家よりなるミッションが来日して関係方面と討議を行なつた。

 

1. 経済政策

 

(1) 1970年のOECD諸国の経済をみると,貿易は引き続き大幅な伸びを示したものの,経済の拡大テンポは鈍化し,インフレが根強く進行した。すなわち,1969年後半から景気後退をみせはじめた米国経済は,70年に入つてから,一段と停滞色を強め,実質経済成長率は前年比マイナスとなり,OECD加盟主要7カ国の実質経済成長率も69年の4.8%から70年には2.3%に鈍化した(70年の数字は推定,以下同じ)。

 反面,GNPデフレーターの上昇率は,69年の4.8%から70年には5.7%へと強い騰勢を示した。

(2) このような景気停滞下のインフレ(スタグフレーション)は,70年の先進国経済の大きな特徴であり,OECDでは70年のもつとも重要な問題のひとつとして,活発な討議が行なわれた。

 70年5月の閣僚理事会においては,インフレ圧力の除去に最大の努力を払うことが決議され,続いて6月の経済政策委員会(EPC)では,事務総長がインフレ対策についてレポートを提出することを要請された。

 かくして,11月のEPCは,インフレ特別会議の性格が強く,これに先だち,事務総長は,「現在のインフレ問題」と題する報告書を提出した。この報告書には,22項目にわたるインフレ対策が含まれ,会議終了後,事務総長の責任において公表された。

 その後,関係委員会や作業部会でフォローアップのための検討が行なわれており,1971年においても,重要な問題であり,おそらく本年の閣僚理事会でも中心議題となろう。

 いずれにしても,現在のインフレの特徴は,加速化し,国際的に同時発生していることであり,もはや1国のみのインフレ対策では十分な効果をもち得ない。したがつて,グローバルかつ共同一致の対策が必要であり,わが国としても積極的にOECDの活動に寄与していくべきであろう。

 

2.貿易問題

 

(1)加盟国間貿易問題

 1969年1月の貿易委員会で提案された国際収支調整過程で貿易面でとられる措置については,過去にとられた具体的事例をふまえ,何らかのガイディング・プリンシプルを策定しようとの方向で検討が進められている。

 政府調達については国産品優遇購入措置の制限撤廃を目途に,運用面における事実上の外国品差別をいかに規制するかについて検討が進められている。

 加盟国間の貿易問題としては以上のほか,インフレ対策の一環として関税・非関税障壁の軽減撤廃,輸入自由化促進等について検討された。また加盟国側の貿易政策を検討しようとの動きもあつたが,結局,事項,商品,地域等に区分し検討を進めることとなつた。

 1967年秋以来中断されていた輸出信用,信用保証部会は1970年4月より再開され,従来より検討されていた五年超案件についての事前情報交換制度について合意をみ,近く理事会に提出されるはこびとなつた。また,近年競争激化の傾向にある先進国向け案件を規制しようとの見地より,先進国向け五年超案件についての事前協議についても検討が進められている。

(2)東 西 貿 易

 東西貿易の検討は1969年12月より再開されているが,もつぱらルーマニア,ハンガリー等東欧諸国のガット加入問題を中心に意見交換が行なわれている。

(3)特 恵 問 題

 1964年の第1回UNCTAD以来の懸案事項であつた特恵問題について先進諸国は1969年11月に夫々の特恵供与案をUNCTADへ提出した。これに基づいて1970年3月31日より4月17日まで開催されたUNCTAD第4回特恵特別委員会において実質的な協議が行なわれた。同会合席上開発途上諸国より種々の要望が表明されたが,先進諸国はこれら諸要望をも勘案のうえ改訂案を9月21日より10月12日まで開催された同会合再開会期に提出した。

 この間,わが国は9月10日の関係閣僚協議会において,1969年11月にUNCTADへ提出した特恵供与案に改善を施すとの了解をえ,これに基づいた改訂案をUNCTADへ提出した。これによるとBTN25~99類に属する品目(主として鉱工業品)については,生糸,絹織物,合板,皮革関係4品目および石油類3品目を除いて全品目にシーリング枠を設定し,シーリング枠に達するまでは原則として無税供与を行なうが,繊維,雑貨,非鉄金属,農産加工品の一部など57品目については引下げ幅を50%カットとする。BTN1~24類に属する品目(主として農産品)については品目毎に検討し59品目をオファーし,できる限り多くの品目を50%カットとし,可能なものは無税オファーしている。

 この改訂案に対しても開発途上諸国より種々の要望がだされたが,わが国としては最大の努力をはらつた結果えられたものであり,特恵の早期実施をめざして法案提出の準備を進めているので特恵実施前の改善は困難である旨を説明し,これら諸要望については実施後のレヴューの際に参考にしたいとして各国の説得に努めた。

 この結果,特恵特別委員会の結論としてはわが国の改訂案を含む供与各国の特恵供与案は先進国,開発途上国双方にとつて受諾可能であることが確認され,1971年のできる限り早い時期に実施することを目途に所要の国内手続をとることとなつた。

 わが国は上記改訂案を実施に移すため関税暫定措置法を一部改正することとし,右法案は3月29日に国会の了承をえた。実施時期について右法律では1971年10月1日までの間で政令で定める日となつている。

 

3.貿易および貿易外取引の自由化

 

(1)対内直接投資

 1970年9月1日から第3次自由化が実施された。この結果,わが国の自由化業種数は,50%自由化業種(447),100%自由化業種(77)合わせて524業種となつている。

 さらに,外資関心業種のひとつである自動車産業についても,1971年4月1日から自由化することが決定された。

 なお,1967年6月の第1次自由化以来の一連の自由化措置のしめくくりともいうべき第4次自由化は,本年秋に実施されることになつているが,その際には,ネガリスト方式に移行し,しかもネガリスト業種を最少限にとどめることになろう。

(2)対外直接投資

 従来,対外直接投資の自動許可限度額は,1件累積残高20万ドルまでで(20万ドル以上30万ドルまでは日銀事務委任),30万ドルを超える案件については,個別審査となつていた。しかし,(あ)国際収支の好調,(い)民間企業の海外進出意欲の旺盛,(う)投資規模の大型化等から内外の自由化要請が強まり,1970年9月1日から自動許可限度額は,20万ドルから100万ドルに引き上げられた。

 

4. 環境問題

 

 「現代社会の諸問題」の一環として,クリステンセン前事務総長により提起された環境問題は,従来OECDが基本目標としていた経済成長,貿易拡大,開発途上国援助のいずれにも属さない新しくかつ重要な課題として真剣にとり組まれており,1970年7月には従来の研究協力委員会の成果を基礎に環境委員会が設置され,その第一回会合(同年11月)において,大気,水,農薬その他化学物質による環境汚染,廃棄物処理,都市計画と輸送の諸問題に対処していくこととなつた。

 従来の量的な経済活動の拡大成長に加えて,Quality of Lifeといつた側面をも政策的に重視していこうとする態度は,OECD加盟国間で急速に強まりつつあり,これは政治,経済,社会,教育,科学技術等の諸分野での従来の発想法の修正にかかわる重要な課題となつてきている。

 環境問題を根本的に解決するためには,医科学による基礎研究,公害防止技術の開発がもちろん必要であるが同時に,これら成果を応用して経済政策ないし社会政策として定着させていく際,諸対策のコスト・ベネフィットの問題,マクロ経済体系内での資源配分の問題,さらに国際的には各国間における環境基準,排出規制,費用負担原則等の相異に起因する貿易及び産業への諸影響等も十分検討される必要がある。OECD各加盟国は経済的にもほぼ同質,同レベルにあり,環境問題のもつ上記両側面を国際的に検討するのに最も適していると考えられており,わが国としても積極的にこの分野での貢献を通じて国際協力を進めて行く方針であり,これに対する各国の期待も大きく,わが国は環境委員会の副議長国に選出されている。

 なお1971年3月に開かれた第2回環境委員会では,内部的機構作りをほぼ終えたので,今後実質的活動に重点を移していくこととなろう。また農薬その他関連化学物質による環境汚染対策に関する加盟国間相互通報協議制度の発足が1971年6月に予定されている。

 

5. 科学技術問題

 

 OECDは,加盟国の経済成長を促進するためには,科学技術の振興が重要であるという認識の下に,科学技術政策の立案実施について加盟国間で意見交換や政策の相互調整を科学政策委員会で行なつているほか,従来研究協力委員会で大気および水汚染,都市,輸送,材料,科学技術情報等の問題について研究協力を行なつていたが,上述の環境委員会の設立に伴い,環境関係の問題は環境委員会のもとで活動を続け,その他は科学政策委員会のもとで活動を続けることになつている。そのほか道路,原子力等に及ぶ広範囲な問題についても研究協力を行なつている。

 現在科学政策委員会では,科学政策に関する各国審査,基礎研究のほか,政府支出研究開発計画の選択管理技術,公共部門におけるコンピューター利用,研究開発統計等について専門家グループを設け活動を行なつているが,70年代の科学政策はいかにあるべきかを検討するため,科学技術政策を政治活動と並ぶ国家政策の基本要素としてとらえ,そこから新しい科学技術政策の概念を生み出すことを目的とし,日本を含めた主要7カ国のハイレベルの有識者から成る事務総長直属のグループが1970年に設立され,近くこのグループの報告書が作成されることとなつている。これに基づき1971年春または秋に予定されている科学大臣会議において,新しい科学技術政策の方向が打ち出されるものと思われる。

 また,OECDは,社会経済の発展に即応した人材の供給を目的とし,教育の量的成長と質的充実のための活動,研究を行なつているが,現在,1970年代における教育,初等中等教育における教員の需給,教育モデル,科学者技術者の国際的移動,教育工学,各国教育政策の検討等に活動の重点が置かれている。とくに1970年は,教育政策に関する各国とのコンフロンテーションの一環として,1970年1月,5人の著名な教育問題専門家からなる調査団が来日し,11月の第1回教育委員会においてわが国教育政策上の諸問題が討議された。

 

6. 工業・農業・労働問題等の検討

 

 OECDの工業問題に関する最近の検討対象は,(1)各国の貿易・資本の流れ,雇用水準およびパターン,技術移動等にますます大きな影響を与えている多国籍企業の実態調査,(2)急速なテンポで進行する技術革新と発展途上国の追い上げという情勢における中小企業政策(3)経営,技術革新に即応した経営能力向上のための教育(4)過密・過疎等経済成長のもたらす地域間の不均衡是正(地域開発政策),(5)各国産業政策等である。

 また制限的商慣行委員会は,多国籍企業,合併,企業力の現代的形態等企業の巨大化,国際化に関連する問題,販売拒否,パテント,排他的代理店契約等公正取引の諸問題,輸出カルテル等国際貿易上の問題の検討を行なうほか,制限的商慣行に関する事前通告国際協力を推進している。

 エネルギー問題について,OECDは天然ガスの他エネルギーに及ぼす影響やエネルギー長期需給予測の見直し等を行なつた。また,石油の安定的供給確保を主眼とした各国の石油備蓄事情の検討,石油に起因する大気汚染に関する各国の事情や対策(法制)の研究等を行なつている。

 農業面では,1968年の農業大臣会議において,世界の農業は牛肉を除くほとんどすべての温帯農学物が過剰であり,農産物の需給および貿易の均衡回復が急務であるとの結論に達した。この結論にしたがつて,農業問題の解決策につき主要国間でハイレベルの討議が行なわれ,従来提唱されてきた構造改善等の側面的な解決策のほか,生産調整や価格支持の凍結等直接的解決策の必要が強調されたが,結論を見なかつた。

 農業委員会も,かかる大勢を十分意識しつつ,とくに早急な解決を必要としている酪農品,青果物について生産調整を含む解決策につき結論を出したほか,これら品目につき各国の保護措置の現状を分折し報告書を作成した。

また1970年にはFAOの要請により開発国の利益を主眼として先進国がいかに生産,貿易政策を調整していくかという問題について検討がはじめられたほか,農業金融問題について意見が交換された。

 水産委員会は,1969年の水産業の実情分折や各国の保護の実情等の分析,検討を行なつた。

 労働問題については,1970年には,労働力社会問題委員会による労働力政策国別審査の対象国として日本がとりあげられ,同年10月に実地調査のために検討員3名が日本を訪問し,日本の労働問題について関係方面と討議した。また1970年には,労働争議の経済的影響や労使関係における国の役割を検討するために労使関係作業部会が設置され,5月に第1回会合が開かれたほか,労働力需要予測などについて討議された。なお,1971年に開催が予定された労働大臣会議は1972年に延期された。

 このほか,1969年11月に設置された消費者政策委員会は,1970年5月に第1回会合を開き,商品の比較テストと表示についてそれぞれ作業部会を設けることを決めた。

(付)工業委員会の東京開催

 6月22日から7月1日にかけて,OECD工業委員会及び同地域開発作業部会がOECDの日本万国博参加行事の一環として本邦で開催され,それぞれ日本の産業政策,地域開発政策に関するコンフロンテーションを行なつた。両会議にはフォン・プラーテン工業委議長(OECD駐在スウェーデン大使)ほか,加盟各国の産業政策,地域開発政策所管官庁の局長クラスを中心に約60名が参加し,わが国の高度経済成長の秘密と政府が果した役割などについて深く掘り下げた討議を行なつた。また同地域開発作業部会の出席者は名古屋,大阪,水島の工業地帯の実地見学も行なつた。

 

7. 造船問題

 

 OECDにおける造船問題は,造船業の正常な競争を阻害する要因の除去を目的として,1965年に設立された理事会直属の造船部会に引き継がれて検討されてきた。1969年5月の理事会決議の骨子になる「船舶の輸出信用に関する了解」では,1969年7月以降交渉される新造船契約に対し,原則として輸出信用条件を(1)頭金20%以上,(2)返済期間8年以下,(3)金利6%以上とし,この条件に見合うよう各国の公的制度を調整することを規定した。しかしながら「了解」成立後資本市場の金利は世界的に高騰し,了解の最低金利6%が一般の金利水準をかなり下回つているため,これを引上げようとする動きがスウェーデンを中心に起つた。造船部会は3回にわたりこの問題の討議を行なつた結果,了解の改訂に関し参加国間で合意に達し,1970年12月16日理事会で決議された。その内容は,了解の最低金利6%を7.5%に引き上げること。信用期間を10年まで延長しうる例外規定を削除したこと。輸出船信用と国内船信用の調整を行なう規定を設けたこと等である。本了解は1971年1月1日から実施され,わが国を含め,英国,ドイツ,スウェーデン,フランス,イタリア等の主要造船国13カ国が参加している。現在この13カ国は,世界の船舶輸出の90%以上を占めており,大部分の輸出船舶が本了解を適用されることになる。今後は直接建造補助,関税等の輸入障害,差別的税制措置,差別的な公的規則または国内慣行,国内造船業に対する投資および再編成のための特定援助等の漸進的除去について検討していくこととなつている。

 

 

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