―ガット(関税および貿易に関する一般協定)における国際協調―

 

第2章 国際経済関係 

 

第1節 ガット(関税および貿易に関する一般協定)における国際協調

 

 ガットは1970年においても前年にひきつづき,国際貿易の一層の発展のため,地道な作業を続けた。即ち1970年2月に開催された第26回総会において,工業品貿易委員会および農業委員会がガットのとるべき具体的行動の可能性につき,1970年中に結論を出し,次回総会において交渉開始につき何らかの決定を下せるようにするとの趣旨の合意がなされ,右合意に従い両委員会はあり得べき解決策につき検討した。しかしながら1970年中に結論を出すには至らず,具体的解決策の探求は1971年に持ち越された。以上のほか1970年4月には輸入制限に関する合同作業部会が開かれ,同年5月には脱脂粉乳取決が発効し「綿製品の国際貿易に関する長期取決」が1973年まで延長された。更に新たな関税交渉の可能性を探求するため設けられた関税に関するスタディーグループは工業品に関し膨大な統計を整理しKR譲許達成後の各国の関税率の比較を行なつた。また東欧諸国のうち既にガットに加盟しているチェッコスロヴァキア,ポーランドに続いてルーマニア,ハンガリーが加盟を申請した。

 次期総会の開催については,各国をしてガットに対する認識を新たにするためにも可及的速やかに開催すべしとするわが国の主張に各国が同調し,1971年4月にひとまず非公式全体会合,同年秋に正式総会を開催するという方針が1971年2月の理事会で正式に決定された。

 

1.非関税貿易障害

 

 ケネディ・ラウンド交渉妥結後の最重要問題の一つと目される非関税障害(Non-Tariff Barriers,NTB)につき,1967年の第24回総会において,その軽減撤廃の可能性探求の作業を委ねられた工業品貿易委員会では,1969年10月および12月の会合においてNTBを政府関与,通関行政手続,規格,輸出入制限および価格メカニズムの5つの範ちゆうに分類すること,それぞれに作業グループ(Working Groups,WG)を設置すること,各WGはそれぞれのNTBの分析,解決策の策定を行なうこと等が合意された。

他方1970年2月の第26回総会の「結論」の中ではNTBの新設,強化をさしひかえるとの趣旨が言及されている。

 上記工業品貿易委員会の合意に基づき,1970年1月から6月にかけて各WGの作業が行なわれ,9月には工業品貿易委員会の今後の作業方針を話合う目的で工業品貿易委員会ステアリング・グループが会合し,NTBの項目をしぼつて作業を進めるべしとの大方のコンセンサスが成立した。更に1971年2月4日のガット工業品貿易委員会では諸NTBのうちから優先項目を選びまず右項目から今後の作業を進めるべしとのアプローチが合意され,まず規格,関税評価およびライセンス制度,の三項目をとりあげること,今後の作業は従来のnon commita1 basisでなくad referendum basis(各代表が会議の成果を採択することをそれぞれの本国政府に勧告するがそれを最終的に受諾するか否かは各国政府の意思にかかるという性格のものであると了解されている。)で行なわれること等が合意された。

 右合意に基づき,同年3月には規格及びライセンス制度についての作業が行なわれたが,いずれも何らかのコードないしガイドライン作成を目標としている。

〔タリフスタディー〕

 1968年10月18日から開催された工業品貿易委員会は,新たな関税交渉の可能性を探ぐるため,ケネディ・ラウンド交渉による関税譲許が1972年1月1日に完全に実施された時に存在するであろう各国の関税率の状態を分析する為の専門家グループの設立を決定した。右専門家グループは,1970年夏までに米国,英国,EEC日本等主要11カ国におけるBTN25~99類(工業品)の関税率の比較を貿易量,原料の加工度種々の平均関税率等の要素を加味して行なつた。

 1971年2月に至り,工業品貿易委員会はタリフスタディーの作業を進めるための作業部会の設置を決定し,その付託事項として(1)関税面での可能なアプローチを探ぐること(2)商品カテゴリー,国別及び商品加工度に応じた関税格差の検討を行うこと,(3)関税の変化が貿易に及ぼす影響の分析の可能性を検討すること,を採択した。引き続き3月には,作業部会第一回会合が開催され,今後ガット事務局をして行なわしめるべき作業の内容が決定された。右作業は(あ)国毎,カテゴリー毎の平均税率の差の分類等将来の関税交渉に備えて必要な各種資料の作成(い)税率の高さと貿易量との関係をみるための資料の作成(ただしこれは事務局の試作とする)(う)FOB CIFへの換算―事務局が関係国より運賃等につき情報をもとめ,出来れば換算した結果をWPへ報告―等である。

 今後ともNTBや関税の作業は続けられることとなつているが,いまや作業は実際交渉に入ることなく進めうる限度に近づきつつあり,これ以上の進展をはかるためには早晩交渉に入ることが必要となろうというのが加盟国間一般の印象といえよう。

 

2.農産物貿易

 

 1970年1月の農業委員会で同委員会の下部機構として設立が合意された4つの作業部会(輸出措置,輸入措置,生産措置,その他措置)は,1970年4月から6月までの間に各1回づつ開催され,農産物の貿易障害を軽減するための相互に受諾可能な解決策について検討が行なわれた。右討議において各国から提案された解決策の中には,各国の国内政策の変更を強いるが如き性格のものもあって,何れも実現性に乏しく画一的な解決策が見出されるに至らず,各作業部会の報告は各国の主張をそのまゝ併記すると云う形でまとめられた。7月の農業委員会では,各作業部会の報告をテーク・ノートするにとゞまつた。引続いて9月,11月,12月と開催された農業委員会では,種々討議をしたものの,これまで提案された解決策は,いずれも相互に受諾可能と見做し得るに足る支持を得ていないことが確認され,農業委員会の将来の作業計画については,各国とも新たな提案をなすよう要請されるとともに既提案についても,単に抽象論,原則論を述べるだけでなく,その内容を具体的に一層明確にすべしとの要請がなされた。また,輸出,輸入,生産の各措置は相互に密接に関連していることから,各措置別の問題解決は直ちには困難であるので,品目別の特定問題の解決の機会を探求することも合意された。

 他方,主として輸出補助金競争に起因する酪農品国際市場の混乱を是正するため,1967年以降作業を続けてきた酪農品作業部会は,1969年12月,とりあえず比較的問題の少ない脱脂粉乳につき,最低輸出価格を規制する取決について合意に達し,本取決は,1970年5月14日正式に発効した。

 その後,1970年6月,無水バターについて取決締緒の可能性につき討議が行なわれたが,各国の足並が満つていないこともあつて,本件は,今後の討議に持ち越されている。

 

3.輸入制限問題

 

 近時ガット等の国際機関または二国間の場において,残存輸入制限問題が注目をあびているが,これには次のような事情があると考えられる。すなわち,(イ)ケネディー・ラウンド交渉によつて関税が大幅に引下げられ関税以外の貿易障害の問題が目立つてきたこと,(ロ)貿易収支の悪化及び自国内の保護主義との関連等から諸外国の輸入制限に対し従来にましてきびしい態度をとる国が現われたこと,(ハ)農産物が各国において輸入制限の対象となつていることに対し農産物輸出国の不満が高まつていること,(ニ)先進国へのアクセス増大を望む開発途上国の動きが無視できない状態になつていること等がこれである。

 ガットではかかる動きを背景として種々議論を重ねた末,ガットの既存機関である農業委員会,工業品貿易委員会,貿易開発委員会の三委員会のエージェントとして,これら三委員会合同の作業部会を設けガット上合法か,非合法かを問わず輸入制限についてノンコミッタルベースで討議を行なうこととなつた。

 このような経緯で設置された合同作業部会は,1970年4月13日より24日まで第一回会合を開き,日本,米,西欧諸国等先進18カ国の維持している数量制限について品目別に輸入制限の目的,経済的重要性,自由化の見通し等について検討を行ない,かかる検討の要約を一括表としてまとめた。その際輸入制限一般を非関税障壁の一環として交渉の対象としようとするEEC等の主張とガット上非合法な輸入制限を中心に考えようとする,米,加,豪等との主張が対立したが,この問題については1970年12月7日開かれた第2回会合でも結論を得ず将来の問題として残された。

 

4. 綿製品貿易

 

 綿製品貿易の分野における合理的で秩序ある貿易拡大を図るため,1962年10月1日有効期間5ヵ月年で発効した「綿製品の国際貿易に関する長期取決」(Long-term Arrangement regarding International Trade in Cotton Textiles.以下LTAと略称)は,輸入国側の希望により,既に1967年10月1日より3ヵ年延長されたものであるが,1970年5月25日から27日まで開催されたガット綿製品委員会において,更に3ヵ年の単純延長が認められ,LTAは1973年9月30日まで(発足以来合計11カ年間)存続することになった。 しかし,今次再延長に際し,元来暫定措置として採択されたLTAの長期化に対する批判がわが国を主とする輸出国側から行われ,これらの意向を反映して要旨次のごとき了解事項が綿製品委員会の結論として採択された。

(1) 綿製品委員会は,LTAが綿製品の分野における特別の問題に対処し,かつ綿製品貿易の秩序ある拡大を目的とする例外的・過渡的措置であることを再確認する。

(2) 綿製品委員会は,LTAの原則・目的およびLTA参加国の目的が,ガットを通ずる自由貿易の達成にあることを再確認する。

(3) 綿製品委員会は,LTAの適用期間中に綿製品貿易と生産並びに多数の国の繊維産業構造に変化のあつたことを認める。

(4) 上記の次第にかんがみ,綿製品の国際貿易の状況およびLTA延長期間後の綿製品貿易の長期的発展に関し討議することに合意を見た。

 なお旧LTAの参加国は,わが国を含む30ヵ国であつたが,再延長後の参加国は,1971年2月1日現在28ヵ国で,わが国およびイスラエルが未だ再延長議定書を受諾するに至つていない。

 

5. 一般特恵問題

 

 UNCTADにおいて行なわれて来た一般特恵交渉は1970年後半に入り急速に進展し,同年9月先進国による対開発途上国一般特恵の早期実施が決議された。そのため特恵を原則として認めていないガット規定との調整問題を早急に解決する必要が生じて来た。この問題に関しては,すぐにガット事務局が特恵供与に伴う法律問題に関するぺーパーを主要国に配布していたが,ガット上は,ガット規定改正,ガット総会による宣言,若しくはウエバー(義務免除)のいずれかの方式によつて処理されると解されていた。 上記決議以後,特恵供与国たる先進国は,この問題について検討を重ねた結果,一般特恵供与をガット第25条によるウェバー義務免除)によって一括して認める方式で解決することに合意した。

 ガット事務局は,かかる合意に基づきウェーバー案を作成し主要国に配布した。各国はこの事務局案を基礎にしてその具体的内容につき目下検討を続けているところである。

 

6.地域特恵問題

 

 ガットにおいては,一部諸国を対象とする特恵は,明示的例外を除き,これを禁止しているが,いわゆる地域的経済統合(自由貿易地域や関税同盟)については,世界貿易の拡大に寄与し得るとの観点から,一定のきびしい条件の下に,最恵国待遇原則よりの例外を認めている。しかるに地域的経済統合の動きは,EECの結成を契機に,ガット成立当時予想もされなかつた程度と規模で進展しており,ガット規定との法的整合性は,必ずしも明確にされないまま,すでにいくつかの地域的経済統合が実現している。最近の動向としては,特にEECと発展途上国または隣接国との接近の動きが顕著であり,すでに発効しているものとしても,対チュニジアおよび対モロッコ連合協定(1969年9月発効,対スペインおよび対イスラエル協定(1970年10月発効),更には1971年1月発効したヤウンデ協定(対アフリカ,マダガスカル18ヵ国),アルーシャ協定(対東アフリカ3ヵ国)等がある。

 わが国をも含めた域外諸国は,これらの動きに対し,世界経済をブロック化するものとして憂慮する立場をとつており,今後ともガットの場においては,活発な議論が展開されるものと考えられる。

 

7.発展途上国貿易問題

 

 貿易開発委員会においては,ガット第4部の規定の実施が絶えず発展途上国側から要求されているが,1970年にはこの点においてかなりの進捗があった。先づ3月の貿易開発委員会において,問題がある場合の関係締約国間の協議手続が採択されたが,これによると関係国間での協議で問題が解決しない場合には,若干国政府の専門家で構成されるパネル,又は,貿易開発委員会が設立する作業部会で問題を検討することにした。次いで12月の貿易開発委員会において,トリニダッド・トバゴより「ガットの総会議長,理事会議長および貿易開発委員会議長よりなる3人グループを設置し,このグループをして,要すれば先進国および発展途上国と非公式に協議せしめ,発展途上国の貿易問題に対する具体的措置を貿易開発委員会と総会とに提案せしめる。」趣旨の提案があった。翌1971年1月の貿易開発委員会でこの3人グループの設置が認められ,同グループの報告書は4月末提出の見込である。 なお,発展途上国の貿易促進にたづさわるUNCTAD/GATT国際貿易センターは,1969年以来先進国の自発的拠出にもとづく基金によって発展途上国の貿易開発を技術援助しているが,わが国はこの基金に昭和47年度分として約2,087万円(約58,OOOドル)を拠出し,センターの貿易促進援助活動に積極的に参加することになつた。

 

8.ガットと東西貿易

 

 近年,東欧諸国の西側接近の一環として,これら諸国はガット加入の動きを示しており,1948年以来の原加盟国であるチェッコスロヴァシヤの他に,1966年ユーゴスラヴィア,1967年ポーランドが夫々ガットに加盟し,さらに現在ではルーマニアおよびハンガリーの加入申請に基づいて夫々の加入条件を審議するための作業部会が設置されている。各作業部会は1970年中に,関税制度を有していないルーマについては,通常のガット加入条件である関税譲許の代りに,ガット加盟国全体よりの輸入総額を同国の5ヵ年計画による輸入成長率よりも少くない率で増加するという案を中心に検討してきており,また,関税制度を有するハングリーについては,社会主義経済体制下において関税が果す機能,コメコン諸国への関税の不適用等の問題を討議してきた。なお,既に加盟しているポーランドについては,同国の加入議定書に規定されているガット加盟国全体からの毎年7%以上の輸入増約束の更改陣期に当つたので,同国の要請に基づき前記の毎年7%以上の輸入増を,当初は1971-72年の2年間その後は3年毎にとりまとめて7%(複利計算)以上とすることに修正された。

 

9.対日ガット35条援用問題

 

 ガットの不適用を規定したガット第35条をわが国に対して援用している国に対し,わが国は右援用撤回のためガット加入以来努力を重ねてきた。しかるところ,来るべき開発途上国に対する一般特恵の実施に際しては,対日35条援用国に対する右特恵を供与することの是非が問題になつたことにも鑑み,援用国の大宗を占めるアフリカ諸国を中心とした開発途上国との経済関係拡大をはかり,その為の一つの障害となつている対日35条援用撤回を早期に実現すべく,1970年には援用撤回のための一層の努力を行なつた。その結果1970年にはニジュール,象牙海岸,クウェイト,ルワンダ,ウガンダ,上ボルタ,更に1971年3月末現在チャドが正式に対日35条援用を撤回したほか多くの国が撤回検討を約した。なお,上記7ケ国の撤回により対日35条援用国はオーストリア,スペイン,ポルトガル,サイプラス,アイルランド,ジャマイカ,ハイティ,カメルーン,セネガル,ダホメ,中央アフリカ,コンゴー(ブラザビル),ガボン,ナイジェリア,モーリタニア,トーゴー,シェラレオーネ,タンザニア,ブルンディ,ケニア,ガンビア,南ア共和国,の22ケ国となったが,わが国としては今後もひきつづきあらゆる機会をとらえてこれらの国に対し35条援用撤回の申し入れを行なう方針であり4月からはこの為の使節団をアフリカ方面に派遣することを計画している。

 

10.ガット事務局次長の訪日

 

 1971年3月下旬,ガット事務局次長パタスン(ガット工業品貿易委員会議長)が東京で開催されたアトランテックインスティチュートの大会に出席のため訪日した折りわが国政府関係者との間でガットにおける今後の諸作業,現下の国際経済情勢等につき幅広く意見の交換が行なわれた。特にガットにおける作業については,パタスンは米,EEC,英等がそれぞれの内部的事情により積極的な行動がとり難いことにもかんがみ,日本の役割に期待するところが大きい旨述べ,特に自由貿易体制の維持強化により最も利益を受ける日本が,今後ともガット体制の強化にイニシャティヴをとって欲しい旨要望した。

 

 

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