―わが外交の基調―
第2章 わが外交の基調
第1節 時代の特徴
第1章冒頭の概観からもうかがわれるとおり,国際関係の基本的構造には変化がないにしても,世界は今や新たな国際的均衡と秩序を求めて,漸進的変化と模索に時期に入つたと見ることができよう。
米ソ両国の核戦力の均衡と相互抑止作用により,世界的規模の大戦争のぼつ発が回避されているという事情にはなんらの変化もないが,このような米ソ関係の枠ぐみのもとで,主要諸国の相対的国力の伸長は,いわゆる国際関係の政治的多極化現象をもたらしつつある。経済力を中心とするわが国の影響力の増大,西欧をめぐる経済続合の進展とその地域的拡大傾向等は,米国の内政上の諸困難と相まつて,自由圏諸国の間で,かつて米国が単独で担つていた役割の再配分の問題をますます緊要なものとしている。他方共産圏については,中ソの対立と抗争,東欧諸国の潜在的な自由化への志向とこれを阻止せんとするソ連の圧力の増大,国際共産主義運動の多中心化傾向など,内部関係はいつそう複雑の度合いを高めている模様である。
独立後相当期間の経験を経た新興諸国におけるナショナリズムの進展と自助努力の推進も,国際関係の多角化要因の一つである。しかし政治的,経済的基盤がなお脆弱で,外部諸大国の利害が錯綜しているこれら開発途上国では,局地紛争とそれに伴う大国の介入の可能性が常に存在しており,従つて国際政治面において十分な主体的行動をとりうる範囲はいまだ限られていると見られる。
このような多角的国際関係の複雑化の趨勢に加えて,外交手段もまた複雑,多岐にわたる傾向を示している。冷戦期を通じて重大な脅威と考えられていた軍事力による直接侵略の危険が抑止された結果,今日中ソ等の対外進出は,政治,経済,文化等の各面にまたがる総合的,多元的様相を深めつつあり,従つて対応策もまた勢い複雑で多元的なものとならざるを得ない。一方では安全保障面における力の背景を重視しつつも,他方では直接の対決を回避し得る範囲で,あらゆる手段をつくして国益の維持,拡大を追求することが,今日の諸国間外交の基本的パターンとなりつつある。
世界経済の面では,国際的経済交流はますます盛んとなりつつあり,相互依存関係が増している反面,保護主義や地域主義の台頭により,戦後の世界経済発展の基盤となつた自由かつ開放的な貿易体制は,今日一つの試練に直面しつつあると見られる。また南北間の経済的格差は,放置すれば更に拡大する傾向も予見され,開発途上国の脆弱性と不満が外部の諸大国の介入を招く可能性も否定し得ず,いずれにせよ国際関係における大きな摩擦要因として残るものと考えられる。
急速な経済発展,科学技術の進歩,情報化社会の進展等に起因するいわゆる現代社会の諸問題は,一方では各国の国内的課題の増大と深刻化をもたらしたが,他方では国際協力を通ずる世界的規模での解決の要請をも高めている。