―国際連合をめぐる国際協力―
第15節 国際連合をめぐる国際協力
1. 国際連合の機構と機能強化への動き
国連創設後25年を経て,国連およびその専門機関,下部機関を通ずる国際協力体制は,すつかり国際関係の中に定着した。軍縮委員会で準備され,第25回国連総会で採択された海底非核化条約や,満2年に亘る数次の政府間準備会合での討議を経て,国連25周年記念会期で採択された「第2次国連開発の10年のための国際開発戦略,国際民間航空機関で準備され,12月にハーグで開催された航空法に関する国際会議で採択されたハイジャック防止条約は,1970年においてこのような国際協力体制の生み出した大きな成果ということができる。また,11月のソ連の国際民間航空機関への加盟は,かかる協力体制の強化に重要な一歩を進めたものである。
しかしながら,国際平和と安全の維持の問題に関する限り,国連の果した役割は不満足なものであつた。インドシナ半島の紛争について,国連は依然として平和回復のため何ら具体的な措置をとることができなかつた。事実,俘虜と報道関係者の処遇の問題が,人権擁護問題との関係で取扱われた以外は,討議すら行なわれなかつた。中東紛争については,11月の総会決議が慫慂した1967年11月の安保理決議にもとづく停戦延長が当事国に受け入れられ,1月に入つてヤリング特使の活動が再開されるなど和平への曙光がみられたが,これらの国連の活動は,事実の追認という形での受動的な性格が強かつた。
国連がその創始者が予定したごとき世界的集団安全保障体制として機能することの困難性は今や明らかとなり,他方これを補強するものとしての国連平和維持活動(紛争当事国の合意にもとづく監視団や平和維持軍の派遣)についても,主として米ソ間の合意が得られないため,その機構づくりには前進が見られなかつた。
このような事情を背景として,国連創立25周年を機会に,とくに国際の平和と安全の維持に関する国連の権威と実行力を高める必要性が叫ばれた。第25回国連総会においては,国連強化の必要性をうたい,国連に対する全加盟国の忠誠と協力を再確認する宣言や決議が採択された。
他方,それと同時に,国連強化のためにその機構と機能を再検討しようとする動きが活発化したことが注目される。第25回総会においては,国連憲章の再検討,国際司法裁判所の再検討,国連総会手続きの合理化が提案れさた。
これらの諸提案は,いずれも同総会においては具体的な成果は得られなかつた。原則について合意が得られ,問題の具体的検討を行なうための特別委員会が設置された総会手続き合理化提案を別とすれば,憲章再検討提案は主として安全保障理事会常任理事国の,国際司法裁再検討提案は主としてソ連とフランスの強い反対にあつて,実質的な討議は次期総会以降に持ち越された。
これらの動きのうち,とくに注目されるのはわが国をはじめフィリピン,コロンビアなどがイニシアティヴをとつて提唱した国連憲章の再検討であろう。国連がその目的とする恒久的な世界平和を期するためには,その機構と機能が流動変転する国際情勢につねに柔軟に適応していく必要がある。この意味で,国連創設25周年を機会に国連の機構と機能に関する憲章の諸規定の再検討に着手することは,きわめて時宜を得たことと考えられ,愛知外相も国連演説でこの点を強調している。
国連憲章の再検討は,現在国連で特権的な地位を享受している米ソ英仏など安保理事会常任理事国の強い反対があり,また国連が全世界的な機構として種々雑多な法体系,政治社会体制,複雑な利害関係を包含していることを考慮すれば,これが具体的な成果を生むまでには多くの困難と紆余曲折が当然予想される。しかしながら,真の国連強化を実現するためには,これは避けて通ることのできない問題であるという見地から多数の加盟国が憲章再検討を支持していることでもあり,今後も粘り強い努力がつづけられるべきものと思われる。
国連が名実ともに全世界的な機構となるためには,大小を問わず世界のすべての独立国家の加盟を実現する必要がある。第25回国連総会においては,この意味での国連の普遍性実現の問題に新たな動きの胎動が見られた。
第一に,同総会における中国代表権問題の審議において,中華人民共和国政府の招請と中華民国政府の追放を求めるいわゆるアルバニア決議案が,初めて2票の差で賛成票が反対票を上回つたことが注目される。この決議案の表決に先立つて,中国代表権問題に関する決定には三分の二の多数を要するといういわゆる重要問題確認決議が14票差で採択されていたため,いわゆるアルバニア型決議案は採択されなかつた。しかし,中華人民共和国政府の招請を呼びかける声が,国連の歴史上はじめて反対を上回つたことは,中華人民共和国政府の国連代表権がかなり近い将来認められる見通しが出てきたことを示すものといえよう。文化革命の終息後中華人民共和国政府が外交的孤立を脱却しつつあり,またカナダ,イタリアをはじめ中華人民共和国政府承認国が逐次増加している事実も,国連の場に反映されていくであろうことはもちろんである。
しかしながら,中華人民共和国政府招請に賛成の諸国の中にも,種々の理由から中華民国政府の追放に反対する国がかなりあり,またこの点は別としても,中華人民共和国政府を現時点において無条件で国連に招請することには消極的な国も少なくないので,中華人民共和国政府が現実に国連に参加するまでにはなお波乱が予想される。
なお,国連の普遍性実現との関連では,ヨーロッパの緊張緩和の進展を背景として,現在行なわれている東西両独問題交渉の帰趨いかんによつては,東西両独の国連同時加盟が近づいたことの見方がでてきている。ただし,両独問題を含む分裂国家の国連加盟問題は,最近まで国連の場で公式に論議されたことはなく,また,とくに朝鮮については第25回総会においても北朝鮮非難決議が採択されているなど分裂国家それぞれの事情も異つているので,この問題の今後の動向にはなお紆余曲折が予想される。
いわゆる非同盟グループは,ネール,スカルノ,ナセル,エンクルマ,チトーなどの指導者があるいは死亡,失脚し,あるいは国内問題に忙殺されて一時結束力を失つていたが,最近にいたり発展途上国の代表として新たな団結を示すようになつた。とくに第25回総会においては,9月のルサカ非同盟首脳会議の成功を背景に国際関係における無視し得ない政治的勢力としての地位を固めてきた。
もちろん非同盟諸国は,その地理的位置,政治社会体制,国力,経済発展段階のいずれをとつても種々雑多であり,その利害は必ずしもつねに一致するわけではない。その意味で,個別の国際問題についてどこまで共同歩調がとれるかについては今後も問題なしとしない。しかしながら,国際関係の現状に不満をもち,その改善のために米ソをはじめとする先進講国の譲歩を要求するという一点においては,これら諸国のすべての利害は一致するのであり,とくに国際会議の場においては50カ国をこえる数の威力が遺憾なく発揮されるのである。したがつて,非同盟諸国の団結力が今後国際政治の側面でどのように現れていくかは注目に値しよう。
1970年度における国連とその専門機関,およびジュネーヴ軍縮委員会の事業のうち,とくに注目されるものは次のとおりである。
第一に,国連25周年記念会期において採択された友好関係法原則宣言は,10年間に及ぶ交渉と妥協の所産であるが,平和の建設と対話の時代における国際関係の基本文書としての意義を有するものといえよう。
第二に,同じく国連25周年記念会期で採択された「第2次国連開発の10年のための国際開発戦略」は,今後10年間における開発途上国の経済社会問題を解決するための国際協力の基本的指針を提示したものとして重要である。
多数国間条約の関係では,第25回国連総会で採択された海底非核化条約は,1970年における軍縮への動きのうちで最も重要なものということができる。また,12月にハーグで採択されたハイジャック防止条約は,国際民間航空の安全確保の上できわめて重要な意義を有している。
ウィーンで開始された核兵器不拡散条約の下における原子力平和利用に関する保障措置協定締結交渉の帰趨は,単に原子力開発のみならずわが国の基本国益に直接かかわつてくるであろう。
海底開発の法原則と海洋法に関する国連総会の討議の結果,1973年に海洋法会議を開催することが決定された。しかし討議の経緯は,先進諸国と開発途上国との間の立場の懸隔が依然として大きいことを示していた。海洋法の諸問題は,単に海洋国のみならずすべての国の将来にかかわる重大問題といつても過言ではない。国連としても新たな決意をもつて合意達成のための努力をつづけることが期待される。