概  説

 

第1章            世 界 の 動 き

 

第1節 概  説

 

 1970年度を通じて,国際情勢の基調ともいうべき米ソ間のいわゆる平和共存の関係には,基本的には何ら変動はなかつた。しかし,米ソ各々の意志と抑止力により,全面的な核戦争ないしそれに至る事態が回避されているという枠ぐみのもとで,将来国際関係の構造面にも影響しかねない幾つかの微妙な変化の兆候もうかがわれた。

 まず米ソ両国の相互関係自体については,ともに巨大な核戦力を有する超大国として,世界的大戦争の勃発回避のためには,協調を余儀なくされている面があるのと同時に,相互の利害やイデオロギーの相違から,ともに自己の勢力圏の維持拡大のためにしのぎをけづつて行かざるを得ない対立の側面をも有する。これら協調面と対立面の交錯は,従来からも見られた現象であるが,1970年を振り返つてみれば,総体的には対立面の様相が若干強まつたと見ることができよう。すなわち,核バランスの分野においては,戦略兵器制限交渉(SALT)は,双方の努力にもかかわらず依然妥結に至らず,この間におけるソ連の核戦力の増強は米国の警戒心の増大を招来した。他方,中東やインド洋及びその周辺地域に対するソ連の進出,インドシナ半島における戦乱の地域的拡大等も,両国関係の緊密化の阻害要因となつたと見られる。

 更に,一方では米国の内政面での諸困難とニクソン・ドクトリンに表現される米国の海外における軍事的役割の整理縮小傾向,他方ではソ連の経済面での不振やいわゆるブレジネフ・ドクトリンに代表される守勢的対外強硬姿勢等,米ソそれぞれの国内的要請に主として起因する新しい動向も,米ソ関係における変化の要因と見ることができよう。

 しかし米ソ両国は,核戦争の危険を回避して世界の平和を維持するためには,互いに協調してゆかざるを得ない以上,直接の対決を避けうる範囲内で相克の様相を強めることはあつても,その基本的性格は,今後とも平和共存ないしは限定的協調の関係を維持し続けるものと思われる。

 次に中ソ関係については,イデオロギー面での分裂と国家利益の対立を反映して,依然相互非難が折にふれ継続されているものの,国家関係の面では,通商協定の締結,大使の交換等,顕著な改善が見られた。国境交渉については何ら実質的進展はなかつたとみられるが,1969年のごとき武力衝突の事態は回避されている。

 文化革命を収束し,国内体制の再整備を進めつつある中華人民共和国は,逐次その外交活動をも活発化しつつあり,カナダ,イタリア等を始め北京政府承認国も増加し,また国連における中国代表権問題の表決で初めてアルバニア決議案に対する賛成票が反対票を上回つたことなどもあつて,国際政治の多角的均衡の中における変化の要因としてその比重を増しつつあるやにもうかがわれる。

 米中関係については,米・南越軍のカンボディア進攻を理由として中華人民共和国側が米中会談を中断して以来,特に進展はみられず,南越軍のラオス進攻期間中は北京の対米非難は激化した。他方米国側は,対中姿勢に若干の柔軟性を加えたかに見られるが,これに対して北京側からは顕著な対応の姿勢は見られなかつた。インドシナ情勢に大きな変化のない限り,かつまたいわゆる台湾問題が北京側にとり満足すべき形で解決される見通しが立たない限り,米中両国関係の顕著な改善は予期し難いとの見方が一般的であるが,米国の対中国政策が国府の地位の擁護と米国の対国府コミットメントの維持を図る一方,中華人民共和国との関係の改善を望むとの方向に移行しつつあるので,今後の北京側の動向とも相まつて,米中関係の推移は注目に値しよう。

 アジアにおける大国関係の一環として,わが国の動向が,近時ますます海外諸国の注目を集めつつある。わが国経済力の目ざましい発展は,米国のアジアにおける軍事的役割の縮小傾向とも相まつて,特に経済援助の面で日本に対する期待感の増大となつて現われつつある一方,わが国の今後の動向に関する危倶や警戒心の高まりも見られ,中ソなどにおいては,日本の「軍国化」ないしは「軍国主義復活」に対する非難さえ生ずるに至つた。日米関係や日中関係の推移,わが国の対アジア政策の進展等は,単に日本独自の問題としてのみならず,広くアジアないし世界の国際関係の均衡にも影響を及ぼすものとして,諸外国の関心を集めつつある。

 ヨーロッパにおいては,ドイツを中心とする東西関係の推移,並びに西欧の経済統合の進展と英国等のEEC加入交渉の進捗が注目すべき現象であつた。

 ドイツのいわゆる東方政策は,その成果を正当に評価するにはなお時期尚早の感があり,かつまた西欧における経済共同体の拡大交渉についてもその帰趨はいまだ明らかでないが,ヨーロッパにおける緊張緩和へ向かつてのかかる趨勢は,いわゆる国際関係の政治的多極化現象の一つとして着目に値するものである。

 大国関係が上述のとおり変化の要因をはらみつつ推移したことを背景として,局地的動向にも幾つかの変動が見られた。

 ヴィエトナム戦争はカンボディア,次いでラオスの聖域破壊作戦の結果,インドシナ半島全域にわたる戦乱の様相を呈するに至つたが,同時にこれによつて,戦争のヴィエトナム化の進捗と米地上軍の漸進的撤兵を順調に進めることが可能となつた。

 東南アジア全域を通じて,ニクソン・ドクトリンに基づく米国の対外プレゼンスの整理,ソ連の進出,経済力を主とする日本の国力の伸長,北京の対外活動の積極化等の情勢のもとで,各国とも安全保障について新たな模索を開始し,地域協力の推進等の努力が一段と顕著になつた。

 南アジアにおいては,セイロン,パキスタン等の政情不安があり,特に東西パキスタンの内紛は,国際的紛争にまで拡大する要因をはらむものとして,その推移が注目される。

 中東については,米ソの影響力もあり停戦の実現は見たものの,和平の達成にはなお前途幾多の困難が予想される。また人種問題を中心とするアフリカ内部の相克も,なんら抜本的解決を見ないままに推移している。これらを通じてうかがえることは,全面的核戦争が抑止され,局地紛争の大規模な拡大が回避されている反面,国連の平和維持機能とその調停能力の限界もあつて,局地紛争自体の勃発は制約されることなく,かつその解決は遷延する傾向にあるということであろう。

 他方,中南米においては,チリで選挙による社会主義政権が出現したのをはじめ,一般に米国の圧倒的影響力から脱し,真の経済的自立を目ざして西欧,日本とならび共産圏にも接近する傾向が見えはじめていることは注目されよう。

 経済面では,1970年は,先進国,開発途上国を通じておおむね成長鈍化の年であつた。しかし景気停滞下にかかわらずインフレ傾向は改善されず,賃金コストの上昇をも背景として世界的な規模で物価上昇を続けた。国際通貨情勢は,金の二重価格制の定着,SDR制度の成立,主要国通貨の平価調整が一段落したこと等の要因に助けられて概して平静に推移した。

 貿易面では,世界の貿易は年度全般を通じてほぼ順調に伸長したものの,貿易額の増大には輸出入価格の上昇が相当程度影響したと見られる。また米国においては反ダンピング法の運用の強化,貿易相手国に対する自主規制要求の高まり,いわゆるミルズ法案の審議等に見られるごとき保護主義的動きの台頭がうかがわれ,他面ヨーロッパでは,欧州共同体の進展とそのアフリカ等の諸国との連携が進行中であり,今後それが地域主義的傾向を強めることも懸念される。これらの兆候は,戦後各国の協力のもとに一貫して進められて来た自由で開放的な国際貿易体制に一種の「かげり」をさすものとして警戒すべきことであろう。

 南北問題については,先進国と開発途上国との間の経済的格差の増大という一般的傾向にかんがみ,国際社会全体の共同かつ連帯の責任として国際協力のもとにこの問題の解決に取組むため,1971年1月から「第2次国連開発の10年」が開始されることとなつた。

 このほかに,環境問題に関する国際協力の推進も注目すべき出来ごとであつた。また石油産出国と国際石油資本との対立を契機として,資源問題の重要性があらためて注目を浴び,この分野においても国際協力の必要性が認識されるに至つたことも顕著な進展の一つと認められる。

 

 

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