-わが国の外交に関する重要演説およびメッセージ-

 

2 わが国の外交に関する重要演説およびメッセージ

 

(1) わが国のENDC加入に関する愛知外務大臣談話

(昭和44年5月23日)

 

1.わが国は,18カ国軍縮委員会(ENDC)に加入して軍縮の促進に貢献したいと考え,かねてから同委員会の共同議長である米ソ両国に対し働らきかけてまいりましたが,このたびわが国とモンゴルを同委員会に加入させることについて米ソ間の合意が成立し,23日の軍縮委員会でこれが了承されました。ご同慶にたえません。わが国が委員会の審議に参加するのは(7月8日から始まる次回会期)からになるものと考えております。なお,わが国とモンゴル以外の国の加入については,今後米ソ間の話し合いが続けられることになつております。

2.軍縮委員会への加入実現により,わが国は軍縮を通じての平和維持という国民の悲願を国際的に反映させる具体的な場を得たわけであります。従つてわが国としては,軍縮の促進に具体的に貢献するため最大の努力を尽すべきであると考えます。今日の軍縮が特に戦前のそれと違つているのは,国際政治のみならず科学技術と密接に関係している点でございます。従つて軍縮委員会におけるわが国の役割りを十分に果し得るためには国を挙げて軍縮に取組む体制を作らなければならないと思います。

軍縮委員会参加に伴い,政府が軍縮に取組む体制を強化することはもち論でありますが,以上の理由にかんがみ,科学者をはじめとして国民の皆様方のご協力をこの機会にお願いする次第であります。

 

(2) 軍縮委員会に対する佐藤内閣総理大臣のメッセージ

(昭和44年7月3日)

 

わたくしは,日本国政府および国民を代表して,軍縮委員会に対しごあいさつ申し上げたいと思います。

緊張と対立の続く今日の世界では,戦争の恐怖のない平和な社会を作るためにあらゆる努力を払うことがわれわれすべての最大の急務であります。軍縮はこのような努力の重要な一環でありますので,世界の人々は過去数年にわたる本委員会の軍縮問題討議を強い関心と期待をもつて絶えず注視してまいりました。

この間日本政府および国民は,過去の経験にかんがみ,核兵器の絶滅と戦争のない国際社会の実現を絶えず念願し,世界に類をみない戦争放棄の憲法を堅持しております。

今般わが国の軍縮委員会加入が実現し,本日からわが代表団は委員会の審議に参加することになりましたが,このことは軍縮に対する熱意を示してきた日本政府および国民の大きな喜びとするところであります。

今日の軍縮問題は,複雑,多岐にわたつておりますので,容易にその解決をはかることは極めて困難でありますが,各国民の英知と忍耐によつて,全面完全軍縮を究極の目標として,一歩一歩できるところから問題を解決するよう努力を重ねてゆかなければなりません。

わたくしは,わが国が委員会の作業に実質的な貢献をすることを心から希望するものであり,日本政府は加盟諸国と緊密に協力してこのために努力する意向であることをここに表明したいと思います。

 

(3) 軍縮委員会における朝海日本政府代表発言

(昭和44年7月3日)

 

1.この極めて重要な会議にわが国が参加を認められたこの機会にわたくしは幾分長くはあるが,代表各位の了解の下に,軍縮全般ならびにこの分野における幾つかの問題に関するわが国の基本的立場についての日本政府の態度を表明したい。

およそ国家政策の目標は国民の幸福をいかにして増進するかにあり,幸福の増進は戦争なき社会において始めて実現しうる。また平和と繁栄の世界を子孫に受けつがせることは,今日の世界に生きるわれわれの重大な責務である。宇宙時代の幕をあけた今日においても,この地球上には依然として思想,宗教,政治等の諸要因に基づく様々な対立が存在している。そしてこのような対立は,巨大な破壊力を有する核兵器が出現したことによつてその危険性をこれまでより著しく増している。それにもかかわらず,戦後25年間世界的な規模での戦争が回避されてきたことは人類にとつてまことに幸せなことであつた。これは超大国間の力の均衡によるところが大きいことはもとよりであるが,一方,戦後,軍縮に関してほぼ継続的に討議の場があり,これが超大国間の対話の場となつてきたことも,メージャー・ウォーの回避にあずかつて力あつたところである。また7年余り前に設立された18力国軍縮委員会の他のメンバーが超大国間の協調を助けてきたことも看過し得ない。すなわち軍縮委員会は,軍縮討議を行なうのみならず,この討議を通じて世界平和の維持に貢献してきたのである。しかし力の均衡による平和の維持は決して満足すべき状態ではない。均衡が崩れることによつて安定が破壊されるという危険性が絶えずつきまとつているからである。従つて抑止力の規模を,均衡を保ちつつ漸次縮小し,核兵器の全廃に導くことが,われわれの理想であり,また目標であるべきである。

わが国が核兵器の惨禍を経験してから既に20余年が経過したが,この事実は,日本国民の核兵器絶滅への願望を極めて強いものとしている。この貴重な体験を経たわが国民は,世界史上に例のない戦争を放棄する憲法を制定し,これを堅持している。日本国憲法は次のとおり規定している。「日本国民は,正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し,国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は,国際紛争を解決する手段としては,永久にこれを放棄する。」

またわが国の原子力の平和利用が緒についた昭和30年に原子力基本法を制定し,原子力の研究,開発および利用は,平和の目的に限る原則を宣明した。さらに日本政府は核兵器を作らず,持たず,持込まずの政策を遵守している。わたくしがいま述べたように日本政府が戦争を放棄し,核兵器を所有しない政策をとつているのは,核兵器をこの地上から絶滅し,戦争のない国際社会を実現したいという国民の悲願に基づくものである。かかる国民の悲願を背景として,日本政府は国連総会などの場において,軍縮の促進を訴えてきた。またわが国は3年前から地下核実験禁止の検証問題解決のため各国と協力してきた。さらに核兵器の影響ならびに化学細菌兵器に関する国連事務総長の報告作成にわが国の学者も参画した。このようにわが国は軍縮の分野ですでに活躍を続けてきたが,軍縮問題の主要な討議の場である軍縮委員会において,軍縮の促進による平和の維持にいつそう貢献する決意である。

2.国連憲章は,その冒頭で戦争の惨害から将来の世代を救うという国連加盟国の人民の決意を披瀝している。また日本国民はその憲法の前文において,「恒久の平和を念願し,また全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免がれ,平和のうちに生存する権利を有することを確認」している。このような永久平和の理想社会は,各国の軍隊を解散するとともに,各国が自らの安全を国際連合の集団安全保障体制に委ねることができるよう国際連合の平和維持機能を強化することによつて初めて実現する。しかし,われわれの生きる現実の社会が全面完全軍縮を一挙に達成せしめる状態にないことは言うまでもない。全面完全軍縮に関しては,周知のとおり,米国およびソ連がそれぞれ案文を軍縮委員会に提出したが,その後交渉は停滞している。その一つの理由は,すべての核兵器国が軍縮討議に参加していないことである。1963年に成立した部分的核実験禁止条約も若干の核兵器国の不参加により,その効果が制約されたものとなつている。ましてや全面完全軍縮に至つては,すべての核兵器国の参加なしには実現を期し得ない。従つてわれわれは軍縮討議に参加していないこれら核兵器国ができるだけ速かに軍縮討議に参加するよう希望するものである。一方,われわれは,全面完全軍縮達成のため一歩一歩可能なところから,部分的措置の実施を積み上げて行かなければならない。従つて,われわれは部分的核実験禁止条約,南極条約,宇宙天体条約,核兵器不拡散条約のような措置の積み重ねを歓迎する。特に本委員会が核兵器不拡散条約成立のために払つた努力を高く評価するものである。ただ部分的措置を推進するに当つては,これらの措置が,それぞれの段階において世界平和の維持と強化に役立つものであるよう今後も配慮しなければならい。この点に関し,われわれは1961年に米ソ両国が合意した全面完全軍縮に関する諸原則の第5項,すなわち,「全面完全軍縮のためのすべての措置は,条約の実施段階において,いかなる国家または国家グループも軍事的利益を得ることのないよう,かつ,安全がすべての国家に平等に確保されるよう均衡のとれたものでなければならない」という原則を重視するものである

3.核軍縮の優先は昨年の18カ国軍縮委員会でも確認されたところであるが,われわれもこれを全面的に支持するものである。通常兵力の分野とは異り,核兵器の分野においては米ソ両国は他の諸国に比して卓絶した戦力を有しているのであるから,両国は他の核兵器国に対する優位を失うことなく,相当程度の核軍縮を進めうるものと信じてしいる。

核軍縮は質と量の両面からとり上げることが必要である。既に存在する核軍備には数百万の人口を有する大都市を一きよに破壊できるメガトン兵器から野戦に使われる低キロトン兵器まであるが,効率を改良するための研究,開発がなおも進められている。このような核兵器の質的向上を抑制する最良の方法は核兵器の実験を禁止することである。また現在ある核兵器の量は人類を全滅させてなお余りあると言われている事実にもかかわらず,核兵器の在庫はますます増加の一途をたどつている。核兵器の増加を抑制する実効的な方法は,核兵器の製造に用いられる核分裂物質の生産を停止し,このような物質の在庫を平和目的に転換することである。核兵器不拡散条約は核兵器の横への拡散を防止するものであるが,これに対応して,縦の拡散も抑えるため,核兵器実験の全面的禁止と兵器用核分裂性物質の生産停止ならびにその在庫の平和目的転換のため努力が傾けられなければならない。

4.1963年に部分的核実験禁止条約が締結されたが,残る地下での実験禁止がいまだに実現していない。地下核実験禁止条約作成のための技術的な最大の難関は条約の尊守を確保するための検証問題であるが,近年,地震学的方法による地下実験の探知,識別に関する研究および国際協力は急速な進歩を遂げている。昨年ストックホルム国際平和研究所の主催によりストックホルムで開催された地震学的方法による地下爆発監視のための研究会には,4核兵器国を含む10カ国の専門家が参加し,マグニチュード4.75以上の地下事象については事象の起つた国の外から地震か爆発かを識別することがほぼ100%可能であるとの結論を出した。これは地下核実験禁止のための交渉に新段階を画するものである。われわれはすべての地下爆発を確実に識別できるようになるまで,遠地観測の技術向上に努力すべきである。同時に遠地観測で識別が十分でない事例については近地観測の方法もあわせて検討されなければならない。近地観測のためには,核兵器国が相互に無人地震観測所,いわゆるブラック・ボックスを相手国内の適当な個所に設置して記録を得るのが一つの方法である。しかし,各国の地震観測所のデータを交換してこれを分析するのが結局最も効果的な方法である。もつともこの場合は交換されるデータが重要なすべての地域をカヴァーしなければ意味がないので,まず現存の地震観測所が記録をとれる地域の範囲を知ることが必要である。現在の地震観測所によつてカヴァーできない重要な地域があれば各国が自国内の適当な場所に観測所を設置することを望みたい。このような措置をとることによつて,われわれは検証問題解決に一歩を進めるものと信ずる。なお,わが国はその地理的位置にかんがみ有益な観測データを提供することができるのでデータの識別に貢献できるものと考える。

5.兵器用核分裂物質の生産停止とその在庫の平和目的転換は,核兵器削減に向かうための基本的措置であり,これは米ソ双方の全面完全軍縮案に含まれているものである。このための条約作成にはこれまで検証問題が大きな障碍となつてきたが,核兵器不拡散条約の下で実施される非核兵器国に対する国際原子力機関の保障措置と同様の措置がこの検証措置になりうるはずである。従つて検証問題が解決できないとの理由により兵器用核分裂物質生産停止のための交渉がこれ以上ひきのばされないことを希望する。それとともに核兵器国がその保有する核兵器の一部を指定の場所に持寄つて解体し,核分裂物質を取り外した上,残余の部品を公開で破壊する案も改めて検討されることを希望する。核兵器の一部を公開で廃棄することは,核軍縮交渉を誠実に履行する旨約束した核兵器不散核散条約第六条の意義を人々に理解せしめることとなろらう。

6.核軍縮と密接な関係のあるのは核兵器運搬手段の凍結と削減である。米ソ間で近く戦略的ミサイル制限交渉が開始されることが期待されているが,これは歓迎すべきニュースである。これまでにこの軍縮委員会で多くの代表によつて指摘されたように,BMDが配置されれば,それの突破手段が開発され,悪循環によつて核軍縮拡競争はポイント・オブ・ノー・リターンに至ろう。またこのほかにも先制攻撃をかける誘因を高めるような兵器の配置は抑止力の均衡をくつがえし,現在の安定を害することになる。新しい兵器体系の開発は急速に進んでいるので,問題が難しくなる前に,戦略的軍拡競争停止のための交渉が開始されることを望むものである。

この交渉は恐らく長い歳月を要するであろうが,われわれは米ソ両国に対して,容易なところから順次合意を成立させていくことを希望したい。ミサイル交渉が長い期間何の成果もあげなければ,軍縮委員会の討議特に地下核実験禁止条約の締結に悪影響を及ぼすであろうし,その逆に米ソ間で何らかの合意が成立すれば,軍縮委員会の討議を促進することになろうと考えるからである。

7.核兵器と並んで,化学・生物兵器も大量破壊兵器として使用しうるので,その禁止が検討されなければならない。昨年の国連総会決議に基づき,国連事務総長が任命した専門家グループが作成した化学・細菌兵器の影響調査に関する報告書はこの種兵器の禁止へ向かっての一つのステップであり,誠に時宜を得たものである。毒ガスおよび細菌兵器の使用禁止に関しては,既に1925年のジュネーブ議定書があるが,その後の科学の発達に伴い,この議定書ではカバーされない兵器を製造できるようになつたので,同議定書を補足する必要がある。更にこの種兵器の使用の可能性を除去するためには,各国が進んでその開発および製造を禁止し,在庫を破棄することが肝要である。この種兵器の生産禁止の検証措置は核兵器の場合よりも更に困難であることは言をまたないが問題解決のための探究をあきらめてはなならい。

8.軍縮委員会の今年の春の会期では海底軍事利用禁止問題が焦点となつた。海底軍事利用禁止は軍拡競争の予防措置であり,南極および宇宙天体に次いで,地表の70%を占める海底に軍拡競争が波及するのを防止することは極めて意義のあることである。また可能なところから着手すべきであるというわが国の現実的アプローチからして,米国およびソ連が本件に関し条約案を提出したことを歓迎するものである。わが国は,海底,海床およびその地下での軍事利用を原則的に禁止することには賛成であり,特に海底が核戦争の基地にならないよう今から措置を講ずることを切に望んでいる。しかしながら,四方を海に囲まれているわが国としては海からの攻撃に対する純防御装置を条約により禁止することには問題がある。われわれは各国の安全を十分に考慮に入れた条約が速かに成立することを望むものであり,このために協力してゆきたいと考えている。

9.本日わたくしは軍縮の分野におけるいくつかの問題についてのわが国政府の基本的立場を申し述べた。われわれの討論の後の階段において、わたくしは、これら諸問題のいくつかについて詳細かつ具体的な形でわれわれの見解を提示いたしたい。

発言を終えるに当りわたくしは再び世界の平和と繁栄の永続に対する人類の希望の灯を高く掲げる本委員会の崇高な努力に対する日本国民の深い敬意を本委員会のすべての代表各位に対しお伝えいたしたい。

 

(4) 第24回国連総会における愛知外務大臣一般討論演説

(昭44年9月19日ニュー・ヨーク国連本部)

 

1.議長、わたくしは、日本代表団の名において、貴下が国際連合第24回総会の議長に当選されたことに対し、衷心よりお祝い申し上げます。

国際連合の諸問題に対する貴下の卓越せる識見と豊富な経験は、われわれの既に熟知するところであり、貴下の指導の下に今次総会が必ずや実り多きものとなることを確信するものであります。

この機会にわたくしは、前議長故エミリオ・アレナレス・カタラン閣下の業績に対し、深甚なる感謝の意を表したいと思います。困難を伴つた第23回総会が同氏の指導の下に成功裡に閉幕したことはわれわれの記憶に新しいところであります。日本代表団は,同氏の思いがけざる逝去により世界が偉大な平和の指導者を1人失つたことを認め,その哀しみを世界の諸国とともに分かつものであります。

わたくしはウ・タン事務総長閣下に対し,深甚なる敬意を表します。わたくしは、同氏が世界平和維持のため惜しみない努力を示されたことを銘記するものであります。わたくしは同氏が今後とも人類の平和と発展のため尽力されることを望みます。

2.議長,わたくしは,まず平和への戦いについて述べたいと思います。国際連合憲章の冒頭にしるされている「われらの一生のうちに2度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い……」という国際連合の目的は、全世界の同世代人が,少なくとも一度は自らの決意として感じたものではないでしようか。この目的は特に戦後新たに制定された憲法の中に,平和国家として生きようという決意を強く表明したわが国の最も共感を禁じ得ないところであります。国際連合は正に平和への戦いを使命とするものであります。

平和への戦いとは,単に現在の平和と安全を維持しあるいは回復するとの消極的努力にとどまらず,進んで人類の理想とする恒久平和への道を切り開いて行くとの創造的努力でなければなりません。現下の国際環境の下では,国家の国民に対する至上の義務はそれぞれの国家利益を守ることにあるとされております。しかしこのように民族主義の勢いが頂点に達した今日におきましても,否,それが頂点に達しているからこそいつそう,わたくしは真の国際主義を強化することによつて,各国の民族主義間の調和が計られねばならないと信じます。各国はそれぞれの国民の福祉,安寧の維持,向上を目的としている以上は,その前提として国際平和を確保,強化することこそ,この目的達成のため不可欠の要素であるとの信念に徹すべきでありましよう。従つて今後のわれわれの努力は,世界中の国が,国際連合と協力を進め,恒久平和に向かつて一歩一歩前進することにあるべきだと思います。また,これ以外の方法はあり得ないはずです。具体的には,平和への戦いは,(イ)国際連合の平和維持活動強化を通じて,この国際機関の平和維持能力の将来に対する諸国民の期待を裏切らないということであり,(ロ)具体的な軍縮措置を通じて,全面完全軍縮への一歩を踏み出すことであり,(ハ)諸国民の生活向上を計ることにより社会不安の根本原因である物質的な挫折感を取り除いて行こうということであります。このようにして緊張を緩和し,諸国民の相互友好と理解を深め,国家間,民族間,異なつたイデオロギーに基づく政治体制間の不信を取り除くことが肝要であります。

3.議長,第1に国際連合による平和維持についてでありますが,これが国際連合の目的の中でも最も重要なものであることは多言を要しません。戦後四分の一世紀にわたり,主として大国の相互自制により幸いにも世界的規模の戦争は回避されてきましたが,その反面局地的紛争はしばしばくり返され,遺憾ながら現在なお深刻な紛争,あるいはその原因をかかえている地域が少なくない実情であります。国際連合は,従来の平和維持活動の例が示すように,紛争と流血の惨事の拡大を防ぎ,その平和的解決をはかる上にこれまでも地味ながら相応の能力を発揮してきました。

しかし,議長,今後の世界平和のためには,この国際連合の平和維持機能を一段と強化する必要があると考えます。この点で実際にこの機能をどれほど強化し得るかは個々の加盟国がそのためにどれほどの努力をなすかにかかるものです。過去の平和維持活動の成果は,まさに加盟諸国の発意と協力のたまものであることはもち論ですが,この点については,わたくしは,特に超大国が平和の確保のため大きな責任を有しており,武力行使による国際紛争の解決を厳に慎むことはもち論のこと,広く平和維持のために大きな役割を演ずべく期待されていることを強調したいと思います。日本としても平和国家として国際連合に協力し,その平和維持機能に積極的に寄与したい考えです。

4.議長,右に関連し,アジアの諸間題につき一言ふれておきたいと思います。

現在,パリにおいてヴィエナム和平のための会談が継続されていることは,この地域の平和回復に大きな期待を抱かせるものであります。双方の間にいまだ基本的な立場の相違はありますが,各当事者の平和に対する熱意により,諸困難が克服され,和平が一日も早く達成されることを心から希望するとともに,わが国としてもこのためになし得る協力があればこれをおしむものではありません。和平回復の暁には,国際連合としても,関係当事者と密接に協力しつつ,その平和維持に積極的な努力を払うべきでありましよう。

議長,平和を願う日本は極東の平和の維持に特に重大な関心を持つものであります。殊に日本と至近距離にある朝鮮半島において依然緊張含みの情勢が続いていることに憂慮を禁じ得ません。しかしながら,韓国が着々安定と発展の実を挙げていることは心強いところであります。日本は国際連合が同半島の平和維持のため従来から払つてきた努力を高く評価するとともに,同半島において再び大規模な武力攻撃の起ることがないように望んでおり,今後ともこの地域の平和確保のため能う限り国際連合の活動に協力して行く所存であります。

議長,他方中国問題の推移は,極東のみならず世界の平和に重要な影響を及ぼす性質を持つものであります。この意味でわが国は国際連合における中国代表権の問題は,国際連合における他の多くの案件と同様「重要問題」であるとの見解を有しております。日本としては,世界平和のため中共が進んで国際協調の態度をとり,建設的役割を果す日の到来することを願うものであります。

5.議長,現在中東間題について国際連合の内外で,その解決を目指して話し合いや討議が熱心に進められています。それにもかかわらず,現地においては武力衝突が頻発していることを深く遺憾とするものであります。日本としては関係諸国,特に大国のいつそうの努力を通じ,1967年11月の安保理決議にそつてこの難問の解決がもたらされることを切望しております。南部アフリカ問題についての人権差別反対というわが国の立場は従来から変つておりません。わが国は国際連合がこの問題解決に建設的努力を続けることを希望します。これらの間題の解決達成のためには,まだ幾多の困難を乗り越えて行かねばならぬと思いますが,日本として今後とも相応の寄与を行ないたいと考えます。

6.議長,平和への戦いの重要な一環として軍縮問題について述べます。軍縮は軍備の拡充と緊張増大の悪循環作用を絶ち切る重要な方策の一つであります。従つて,国際連合による安全保障体制の強化をはかりながら,各国の軍備規模を均衡をくずすことなく有効な検証手段のもとに漸次縮小することは,緊張緩和をもたらし,戦争の危険を少なくする現実的措置であります。

議長,核兵器の絶滅と戦争のない国際社会の実現を悲願とする日本国民は,軍縮委員会への参加を通じ,軍縮の促進による平和の確保に積極的に貢献したいと考えております。

議長,日本は,核軍縮の優先を支持し,地下実験探知技術の進展とともに,核兵器実験の全面禁止への具体的な国際協力を進めるべきものと考えます。また兵器用核分裂物資については,その生産停止およびその平和目的への転換が達成されるべきであります。さらにこれと密接に関連するものとして核兵器運搬手段の凍結と削減の問題がありますが,米ソ間に戦略的ミサイル制限交渉が開始されようとしていることを歓迎するとともにその成果を期待します。

海底における軍備競争防止の問題については,海洋国として日本はこの問題に死活の利害を有しています。上述のとおり,日本国民は核兵器絶滅の真摯な願望を有しておりますので,海底および海床というこの地上最後の未開拓地に対しまず第一に核およびその他の大量破壊兵器の設置を禁止することが一番意味があると考えます。

核兵器と並んで非人道的な大量破壊兵器となりうる化学生物兵器についてもまた是非その使用禁止が確認されねぱならず,更にその開発および製造を禁止し,在庫を破棄することが肝要であります。

恒久平和の理想は,全面完全軍縮を実現してはじめて可能となるものでありましょうが,遺憾ながら現実は一挙にこれを達成しうる状態にはありません。従つて,われわれとしては,一歩一歩可能なところから部分的軍縮措置の実施を積み上げて行くほかありません。その際は各々の措置の結果がすべての国家の安全を均しく確保するよう均衡のとれたものでなければならないという原則が守られることが肝要でありましよう。

7.議長,平和への戦いは諸国民の福祉の向上なくして勝利に到達できません。なぜならば,経済社会開発の促進による諸国民の福祉向上こそ,政治的安定の大前提であり,積極的な平和建設の基盤をなすものだからであります。

現在,国際連合の全機構をあげて,1970年代を第2次開発の10年とすべく準備が進められています。わたくしは,この第2次開発の10年が発展途上国の経済社会開発を促進する上に大きな貢献をなすことを期待します。

いよいよ終りに近づいた第1次国連開発の10年の期間中,かなりの発展途上国において経済開発が促進され,また国際連合における経済社会開発分野の機構が整備されたことは注目に値します。新しい開発の10年においては,この整備された国連機構を能率的かつ有効に活動せしめるとともに発展途上国,先進国双方の真の協力する必要があると考えます。

議長,わが国としても,第2次国連開発の10年の達成に対しできる限りの協力を行なうつもりであります。わが国の努力の最も端的な現れとして最近におけるわが国から発展途上国への資金の流れについて一言します。最近5年間において,日本から発展途上国への資金の流れは三倍以上増大し,1968年には10億ドルを越えました。また,わが国と発展途上国との間の貿易関係も近時ますます緊密の度合を深めています。例えば,わが国の発展途上国からの輸入は最近5カ年間で倍近くにふえ,1968年には53億ドルに達しております。これらの伸び率は,先進国の中でも最も高い部類に属するものであります。

議長,この関連でわたくしはアジア地域が世界最大の人口を抱え膨大な援助を必要としていることに注意を喚起したいと思います。わが国は,アジアの一国としてこの地域に対する貿易の促進と援助の強化に特に努めてきました。本年春,わたくしがバンコックにおける第4回東南アジア開発閣僚会議で申し述べましたごとく,次のlO年間は他の地域とともにアジアにおいても大きな発展の可能性をはらんでおり,わが国としても自らの経済の発展に応じてアジア地域に対する協力を積極的に推進するとともに,エカフェやアジア開発銀行などの地域協力機構にできる限りの支援を惜しまない方針であります。また日本は,ヴィエトナムに平和が到来した暁にはヴィエトナムおよび戦争によつて影響を受けた周辺の国々の復興と開発のために,他の諸国と協力しつつ積極的役割りを果すことを検討しております。

わたしは,70年代の世界開発戦略が発展途上国の貧困と飢餓に対して勝利を収め,平和と開発の10年とよぶにふさわしいものとなることを心から願うものです。

8.議長,以上わたくしは平和への戦いにつき述べてまいりましたが,その中心機構である国際連合は,発足以来明年は第25周年を迎えようとしております。そこでわたくしはこの機会に国際連合のあり方につき所信の一端を述べたいと思います。この際国際連合をより効果的な機能を発揮し得る機関とするために過去において国際連合がいかなる点で所期の成果を挙げ得なかったかを反省し,将来進むべき方向の指針を見出すとともに,その一環として憲章のレビューをも行なうことは時宜に適するものと考えるのであります。国際憲章に掲げられた目的と諸原則は,25年後の今日の時点においてもわれわれ加盟国の行動の規範として十分に支持し得るものではあります。しかし現実の世界は,憲章が予想した世界とはほど遠い発展を示しており,われわれはこの現実をふまえた上で,国際連合創立の理念を実現する最善の道は何であるかを真剣に探求すべきだと思います。現在国連憲章には旧敵国条項や,ほとんどその使命を達成し終えている信託統治理事会に関する条項など,20年余の歴史に照らして再検討が望まれる規定があります。また現実に適合するための慣行や先例もでき上つており,その上,憲章の精神を敷衍した重要な決議や補助機関も生れています。

日本政府として過去十数年国際連合の活動に携つて考えたところに基づき,この際若干の示唆を提示してみたいと思います。

9.議長,わたくしはまず,安全保障理事会および総会の制度に触れたいと思います。大国を中心に構成し,平和維持の上で大きな責任を持たせるという安全保障理事会の基本的な構造は現実的なものと考えます。しかし,われわれは決して従来の安全保障理事会の活動に満足しているわけではなく,それに種々問題があることは否めません。

国際連合創設以来の国際関係の現実に照らし,安全保障理事会の構成,表決方法等はなおも昔のままでよいか,あるいは総会の権限を拡大しこれを憲章上明文化する必要があるかなど,これら両機関の機能をいつそう効果的なものにするために検討すべき問題がありましよう。日本としては安全保障理事会が実効性を高めるためには,安全保障理事会の性格の重大性にかんがみ,世界各地域を真に代表して国際の平和および安全の維持に積極的に貢献し得る加盟国を結集するものとすることが望ましいと考えます。

lO.政治面,安全保障面における国際連合のあり方とともに,経済社会開発の分野におけるその事業活動のあり方についても総合的に再検討することが必要でありましよう。この分野での国連関係機関の事業に投入されている資金は,近年ますます増大の一途をたどつており,わが国としても,かかる資金拠出に協力するため大きな努力を払つておりますが,福祉向上という経済社会面の問題に,国際連合および関係諸機関がさらに効果的に対処し得るためには,常に財政の合理化を念頭におきながら,諸機関の事業の調整をはかり,ひいては個々の機関のあり方につき真剣な検討を加え事業の重複を避けることが緊要です。

11.議長,わたくしは恒久平和の実現に向かつて実質的な努力を進める観点から明年の第25周年には,憲章の改正も考慮しつつ国際連合のあり方を再検討するとよい機会と考えますので,従来からの経緯により本件の複雑性は十分認識しておりますが,国際連合が第25回総会においてこの問題を討議する機能を再強化するよう希望いたします。たとえばある目標年次を設定して改正案の討議を開始するという考えはいかがでしようか。日本としても十分の検討を行なつた上一つの試案を提示するよう努力するつもりであります。

議長,われわれは,理想を求めて国連憲章に賛同しました。国際政治の現実の中にあつても,われわれは片時も理想を見失うべきではありません。同時に理想の実現をはばんでいる冷厳な現実についてもこれを見誤るべきでなく,その現実について固定観念を持たず,常に前進の可能性を探求する態度を持ち続けることが恒久平和への道を開くものと考えます。

 

(5) ナショナル・プレス・クラブにおける佐藤総理大臣演説

(昭和44年11月21日)

 

ヘッファーナン会長並びにご列席の各位,わたくしがこのクラブで皆様にお話しするのは,今回で3回目であります。見渡せば,親しいお顔の方々も大分拝見されます。とくに今回,ニクソン大統領とわたくしの会談によつて生まれた,太平洋新時代ともいうべき新しい日米関係と国際政治の新展開についてお話し申し上げる機会を与えられたことは,わたくしの心からなる喜びであるとともに光栄とするところであります。

申すまでもなく,日本にとつて米国との関係は,他のいかなる国との関係にもまして重要であります。同時に,私は日本との友好信頼関係が米国にとつてきわめて重要であることはもち論のこと,アジア太平洋地域の平和と安定のためにはこのような日米間の友好信頼関係が維持増進されることが不可欠の要件であることを確信いたします。かかるときに,過去6回も訪日されるという,歴代米国大統領中最もよく日本を知つておられる,しかもわたくしの旧知のニクソン大統領と親しくお話しできたことはまことに喜びにたえません。

わたくしは,ニクソン大統領との会談において,両国間の関係のみならず広く国際政治全般について率直な意見の交換をいたしました。その成果は,きわめて満足すべきものでありましたが,成果の最大のものは,申すまでもなく沖繩問題の解決であります。沖繩問題は,戦後の日米間の最大の懸案であつたことはご承知のとおりでありますが,今回ついにわたくしとニクソン大統領の間で沖繩を1972年中に日本に返還することについて基本的な合意をみるに至りました。合意の内容は,コミュニケで明らかにされたとおりであります。

そもそも,戦争の結果発生した領土の状態を,平和裡の話し合いによつて双方が満足する形で変更したということは,世界史上たぐいまれなことであります。日米両国は沖繩返還問題をかように解決したことによつて,時代の進展に応じた国際問題処理の新しい方式を示し,およそ国交関係なるものに,友好と信頼を基礎とした新しい秩序と,真の平和のあり方とを開拓したといえるのではないでしようか。わたくしは,沖繩問題の解決によつて1970年代にはじまる世界の未来のために,日米両国が永続的な相互協力を行なうための盤石の基礎を固めることができたと確信するものであります。

そこでこの際特に強調しておきたいことがあります。それは,このような歴史的な交渉を可能ならしめた背景はなんであつたかということと,沖繩返還が今後の日米関係をどのように形づくり,さらには1970年以降の国際政治にどのように影響して行くであろうかということであります。

戦後1953年には,奄美群島が,1968年に小笠原諸島がそれぞれ日米両政府間の話し合いによつて返還されております。しかし,百万人の日本人が住む沖繩は,極東における平和維持の戦略的拠点として今日まで米国の施政権下におかれてきました。日米間の返還交渉における最大の問題点は,まさしく沖繩が平和維持の面で果している役割りそのものにあつたのであります。沖繩における米軍基地の重要性について日米間の基本的な認識は一致しております。沖繩基地の平和維持機能は,今後とも有効に保たれなけれぱなりません。しかしながら,わが国の領土たる沖繩と,そこに住む百万の日本人が戦後引き続き米国の施政権下に置かれるという事実は,日本国民の心の中に割り切れないものを残し,いわば敗戦の象徴として意識され,それがしこりとなつて,日米関係に微妙な影響を及ぼしておりました。

わたくしとニクソン大統領は,日米両国民間の友好と信頼を維持増進し,戦後20余年間にわたつて,相互の利益のみならず共通の理念によつて徐々に築かれていつたパートナーシップの関係をこの際一段と強化することこそ相互の国益にそうゆえんであり,同時に,アジアの平和と発展に寄与するという認識の下に,沖繩返還について合意したのであります。換言すれば,自由平等,人権の尊重,社会正義の実現などの民主主義の諸基本的理念において日米に一致するところがあつたからこそ,沖繩返還が実現したのであります。わたくしは,この交渉を通じ米国政府議会など関係者がわれわれに示された信頼と寛容に対し,さらには米国国民の友好と善意とに対し,深い感謝の意を表するとともに,日米間のきずなの強さをいつそう痛感したのであります。ひるがえつて,同じ第2次大戦の結果きりはなされた北方領土がいまだ祖国に復帰していないことはまことに遺憾であります。わたくしは,沖繩の輝かしい先例に勇気ずけられながら,日本国民の正当な要求を平和裡に実現すべく,ひきつづき努力する決意であります。

さて,沖繩の復帰に伴いわが国が沖繩の局地防衛の責務を徐々に負つてゆくことは当然であります。日本の自衛力はすでにわが国の第1次防衛を保障する上で枢要な役割りを果しておりますが,今後とも逐次整備して行く方針であります。わたくしとしましては,米国が自由諸国の期待にこたえ,ニクソン大統領がグァム島で明らかにされたように,アジアにおける戦争抑止の機能はひきつづき維持することを期待し,かつ確信するものであります。

この点に関し,わたくしと大統領は,日米安保条約を堅持してゆくことをお互いに確認いたしました。日本が,この条約を堅持する第1の目的は,いうまでもなく,わが国の力の足らざるところを友邦米国との協力によつて補い,もつて,自国の安全を確保するためであります。しかしながら,現実の国際社会においてわが国の安全は,極東における国際の平和と安全なくしては十分に維持することができないのであります。ここに広く極東の安全のために米軍が日本国内の施設,区域を使用するという形での日米協力という安保条約の第2の目的が浮び上つてまいります。わたくしが,この施設・区域の使用に関する事前協議について,日本を含む極東の安全を確保するという見地に立つて同意するか否かを決めることが,わが国の国益に合致するところであると考えるゆえんもここにあります。

特に韓国に対する武力攻撃が発生するようなことがあれば,これは,わが国の安全に重大影な響を及ぼすものであります。従つて,万一韓国に対し武力攻撃が発生し,これに対処するため米軍が日本国内の施設,区域を戦闘作戦行動の発進基地として使用しなければならないような事態が生じた場合には,日本政府としては,このような認識に立つて,事前協議に対し前向きに,かつすみやかに態度を決定する方針であります。

台湾地域での平和の維持もわが国の安全にとつて重要な要素であります。わたくしは,この点で米国の中華民国に対する条約上の義務遂行の決意を十分に評価しているものでありますが,万一外部からの武力攻撃に対して,現実に義務が発動されなくてはならない事態が不幸にして生ずるとすれば,そのような事態は,わが国を含む極東の平和と安全を脅かすものになると考えられます。従つて,米国による台湾防衛義務の履行というようなこととなれば,われわれとしては,わが国益上,さきに述べたような認識をふまえて対処してゆくべきものと考えますが,幸いにしてそのような事態は予見されないのであります。

わたくしはインドシナ半島に1日も早く平和が取り戻され,この地域の諸国民が再び安定と繁栄をめざして働きうるようになることを,祈るとともに,日本としていかにしてこれに協力すべきか,その役割りを真剣に探求している次第であります。わたくしとしましては,日本の果すべき役割りは,インドシナ半島の経済の復興,発展のため協力することはもち論のこと,戦火の収まつた後に設けられるべき国際的平和維持機構にも求められれば日本の国情に合致した方法で参加,協力すべきものと考えております。わたくしは,南ヴィエトナム人民が外部からの干渉なしに,自主的にその運命を決定することができるようにとの目的のために米国が払つている犠牲と,ヴィェトナム問題やラオス間題の平和的,かつ,正当な解決のためにニクソン大統領はじめ米側関係者が払われている誠実な努力に敬意を表するものであります。と同時に,わたくしは米国の立場に深い理解を抱き,その努力が実を結ぶことを心から期待しています。

わたくしは,冒頭に,太平洋新時代ということを申し上げました。それは,沖繩返還によつて名実ともに戦後の時代に終止符を打ち,日本が米国と協力してアジア・太平洋地域,ひいては全世界の平和と繁栄に貢献して行く時代であります。そしてまた,それは,日米両国間に生じた間題の解決に限られたいわば「閉ざされた日米関係」から,日米両国が協同して国際協調の強化に努める「開かれた日米関係」への移行といつてもよいのであります。

このためには,1970年代の展望がまず必要であります。わたくしは,70年代は米ソ両国が世界平和の維持に第一義的な能力と責任を負いつつも,他の各国がそれぞれの目標に従い自主的な行動の範囲を拡げて行つた60年代の姿が大きく変るものではないと考えております。

ということは,まず第一にわれわれが米ソ両大国に対して抱く期待は極めて大きいということを意味するものであります。すなわち,米ソ両国が世界平和の維持のため,緊張のよりいつそうの緩和,中東に見られるような地域紛争の平和的解決,さらには各種軍備管理措置の実現といつたような諸課題に,60年代にもまさる努力を払うことが必要だということであります。この意味において,日本国民は今般開始の運びとなりました両大国間の戦略兵器縮減交渉が実を結び,将来の一般的な軍縮の出発点となることを強く念願しているのであります。70年代は,また,米ソに次ぐ諸大国がそれぞれより大きい責任を果すべき時代でもあると申せましよう。ことにわれわれは,目下核戦力の開発に努力している中共の将来,および米国と中共との関係,ソ連と中共との関係に深甚の関心を抱くものであり,米中ソ3国を隣国としている日本としては米ソ間において平和維持の努力が進展しているのと同様に,70年代において,米中,ソ中間にも平和的な共存関係が実現されんことを強く希望するものであります。またわたくしは,中共が従来の硬い姿勢を改めて,世界平和の実現のための責任を建設的に果す国として国際社会に参加することを期待しており,日米両国はこのための門戸を,中共に対し常に開放しておくべきものと考えるのであります。

70年代における日本,あるいは西ヨーロッパの諸国の責任もまた大なるものがあると考えます。これら諸国が緊張緩和,あるいは世界経済の調和ある発展のために果しうる役割りは今後さらに増大すると予想されます。なかんづく,南北問題は今後も長期にわたつて人類が取り組み,解決すべき最大の課題であることを思えば,これら先進工業諸国は短期的な利害を超え,力を合せて発展途上諸国の国造りの支援にいつそう力を致すべき必要を痛感するものであります。

このような展望に立つて太平洋をはさむ二大雄邦たる日米両国が協力する時代,これがわたくしのいう太平洋新時代なのであります。

さて,かかる日米協力のあり方でありますが,まず日米二国間の関係について申し上げれば,沖繩間題の解決により,当面日米両国間の重要な問題の一つが経済問題であることは,明らかであります。現に日米二国間には資本取引にせよ貿易面にせよ種々の問題があり,すでに日米関係を円滑に進めてゆくための当事者間の努力が行なわれておりますが,わたくしはさらにこの点に関しいつそうの努力を払う所存であります。70年代においては二国間のみならず世界の他の地域においても,経済の分野で日米の協調と競争の両面がともに増大するものと予想されます。そこには若干の摩擦が起り勝ちであります。しかしながら,日米両国の巨大な貿易量にみられる相互依存関係の深まりからくる利益の大きさに比べれば,競争のため,まま発生する摩擦は,それほど問題ではありません。より大切なことは,相手国の立場をつねに理解し,互恵互譲の精神により部分的な摩擦が,政治的な大きいつながりを傷つけることのないよう国際的ルールの枠内で配慮することであると考えます。この意味で,わたくしは,以前から日本の貿易の自由化ならびに資本の自由化を推進してまいりました。

昨年12月,閣議決定を行ない「輸入制限品目について全面的再検討を早急に行ない,両3年中にかなりの分野において自由化を実施する」ことにいたしました。さらにその後先月日本政府は,現存輸入制限品目を1971年末までに半減し,さらに,その他の品目の自由化の促進についても最大限の努力を払うことに決定いたしました。また,資本の自由化については自由化業種の範囲の拡大についても努力を続けてまいりました。しかして,この貿易および資本の自由化の促進については,今後ともいつそう努力する決意でありますが,同時に,米国が今後とも安定した経済発展を続け,開放的な経済政策をとることを期待するものであります。

日米両国が共通の関心を持つアジアにおいては,各国の自助努力,共通の関心を有する国々の間の地域協力,先進国からの経済技術協力とが相まつて,次第に開発のテンポが早まり,多くの地域において安定した国家体制と自主的な経済建設の前進がみられます。それにもかかわらず,アジアの貧困は依然として解消されず,アジア諸国の持続的な発展の基礎が確立されたというには,まだほど遠い状態にあります。このようなアジアの情勢は,1970年代に入つても大きく変るところはないものと考えられます。

ここにわたくしは,アジアの先進工業国としてのわが国に与えられた最大の課題を見出すのであります。すなわち,民族や宗教や文化を異にするアジアの諸国が,自由と独立とを享有しつつ,相互に協力してともに繁栄するよう軍事的でない側面から協力することこそ,わが国が1970年代における国家目標として追求すべき課題であります。米国が全世界の平和の維持にとつて中心的存在であり,アジアにおいても安全保障の上で重要な責任を負つていることを考えれば,アジア諸国の国造りに対する経済,技術面での支援という分野においては,米国よりむしろ日本の方が主体的な役割りを果すべきであると考えます。

わが国は,自由世界第2位の経済力を有するに至つたとはいえ,米国との差はきわめて大きく,しかも1人当りの国民所得は,世界で20番目であるという現実にあります。それに加えて,社会資本,公共投資の大きな不足を是正してゆかなければならない重荷を背負つております。しかしながら,日本国民の心の底には,世界のために積極的に働きかけることに生きがいを見出したいという意慾もまた生まれているのであります。特に沖繩問題の解決が日本国民に自信を与え,民族としての建設的意慾をアジアの安住に向かつて指向せしめる契機となることは疑いを容れません。

すでにわが国は,1970年代をアジア開発の10年とする目標を掲げておりますが,アジアの平和と繁栄の確保は,わが国1国の力だけで達成することはできません。アジア諸国の自主的な努力とともに,この地域に大きな関心を有する先進工業諸国の物心両面の協力が必要であります。なぜなら新しいアジアの建設に当つては,単に貧困や飢がや疾病の除去といつた物的な面のみではなく,アジア諸国民が自由と社会正義とを享受しうることをも目標にしなければならないからであります。ここにもまた,共通の理念に結ばれた日米両国による秩序の創造という太平洋新時代のあるべき姿を見出すのであります。

日米の協力は,2国間およびアジアに限定されるものではありません。この協力は自由世界において1位と2位の経済力を有する2つの国の協力でありますから,その対象は,さきに1970年代の展望について述べたとおり,一般的緊張緩和,国連機能の強化,軍備管理,ひいては軍縮の実現,南北問題の解決,自由な貿易体制の維持,安定した国際通貨体制の確立などもろもろの世界的諸問題に及ぶべきであります。

さて,このような広範な協力関係を作り上げるためには,いかなる心構えが必要でありましようか。もつとも必要なことは,両国の国民の間の理解の促進と信頼感の育成であります。ちようど今を去る百年前,40名の日本人移民が初めて米国に渡つたのでありますが,今や毎年10万名を超える日本人が米国を訪問しており,米国から日本への訪問者も年間20万人を越えます。こうして直接あるいはマス・メディアを通じての両国民のふれ合いがさらに深まれば,今まで両国民が抱き勝ちであつた誤つたイメージが互いに修正され,米国も日本ともに独自の文化と伝統を持ち,複雑な課題をかかえている国であることが理解されてくるでありましよう。さらに両国が,相手国の独自の役割りを正当に評価することができるものと思います。

すなわち,米国は,広大な国であり,多民族国家であり,連邦国家であり,そしてなによりも世界的なスーパー・パワーであります。一方日本は,狭小な国土の上に単一民族によつて形成された国であり,またアジアの1国でもあります。ともに先進工業国であり,自由と人権を尊重する民主主義の理念において共通するとはいえ,このような基本的な相違点があります。

しかし,他方,日本と米国は,驚くほどの類似点ももつております。社会の内部の流動性がこれほど高く,競争原理がこれほど貫かれている国は,日米両国以外にはありません。国内の諸体制が急テンポな情報化社会への適応を行なつていること,高等教育の広範な普及などにも大きな共通点がみられます。そして,日本人も米国人も現状に満足せず,常によりよい社会を未来に見出そうと努める性向にも国民性の類似点を見出せるのであります。

政治,経済,安全保障問題など多岐にわたる国際組織の中心として自由と安定を維持する米国の役割りは独特のものであり,どの国も代替できるものではありません。他方日本の生き方も平和に徹するという点できわめて特色があります。日米両国お互いがそれぞれの国情と国民性を認め合い,直接の利害は必ずしも同一ではなくても,お互いの立場を尊重することによつて,きわめて実のある協力体制が十分実現しうると確信するものであります。

このような趣旨からいえば,わたしは,日米両国は今後その二国間の関係においても,また国際問題に対処する場合でも,できるだけ政策の選択範囲を広めるべきであると思います。つねに幅のある話し合いが可能な状態を維持して行くことが望ましいのであります。

米国と日本がこのような協力を実現するならば,そこに始めて太平洋新時代が豊かな内容をもつてくるのであります。わたくし個人としては,この太平洋新時代の将来については大きな期待と確信をもつております。かつては困苦欠乏にたえて新世界を見事に開拓し,近くはすばらしい組織力と個人の勇気によつてアポロ計画を成功せしめた米国国民は,必ずや現在当面している政治,経済,社会の諸間題を克服し,それが全世界に対し安定的な影響を与えるでありましよう。またそのパートナーたる日本は,戦後20有余年にして世界に誇りうる経済成長を達成してアジアの安定勢力として存在し,さらにさかんな意慾をもつて未来の間題に正面から取組もうとしている国であります。

今や人種,歴史などを著しく異にする太平洋の2大国が,同盟関係よりもつと高い次元に立つて,世界の新しい秩序の創造に協力してゆくという世界史的な大実験に手をつけようとしているといえるのであります。この実験はようやく始まつたばかりでありますが,わたくしは両国民の善意と信頼と努力の上に,この実験が必ず成功することを確信し,またわたくし自身ニクソン大統領とともに,この実験の序幕を切つて落し,沖繩返還の実現の運びとなつたことに深い喜びを覚えるのであります。

ご静聴ありがとうございました。

 

(6) 共同声明に関する愛知外務大臣説明要旨

(昭和44年11月21日)

 

1.(全    般)

この共同声明は,日米両国共通の関心事に関する佐藤総理とニクソン大統領の会談内容を盛つたものでありますが,なんといつても沖繩の平和的返還という,世界史上稀な出来事についての基本的合意が特筆大書されるべき点であります。しかもこの返還に当り総理も述べたごとく交渉に当つての日本側主張たるいわゆる「72年,核抜き,本土並み」の3つの基本原則をすべて実現することができたことも,沖繩県民をはじめとする日本国民の強い支援と,日米両国間の強い友好信頼関係の賜物であるとともに,わが国外交史上画期的な意義をもつております。今回の交渉を通じて米側は,当然ながら主に沖繩基地の抑止力維持に強い関心を示し,特に核については,ワシントンでの両首脳会談においてはじめて結論がでたことはご承知のとおりであります。日米双方の当事者は両国共通の利害をふまえつつ,それぞれの国益の命ずるところに従い,辛棒強く一つ一つ問題解決の努力を重ね,誠意をもつて交渉してまいりました。その結果,時を同じうして貿易経済面において困難な懸案を抱えつつも,領土問題といういわば国家・民族の存立の基盤にもかかわる超重要事項について,日米双方の満足する成果を挙げることができたのであります。かくて日米両国最高首脳の名において,双方の政策上の見解と方針を記録にとどめたこの共同声明ができ上りました。沖繩返還問題は,これから交渉される返還協定によつて,わが国においては国会の承認を,米国においても議会の支持をえて法的に,かつ,最終的に取決められますが,この共同声明に盛られた事柄は,両国最高首脳の考え方の一致点を示すものとして最も強い政治的,道義的な力を持つものであります。

全国民の悲願の実現の軌道を敷きえたわが国と,不自然な沖繩の地位とのかかわりを断ちえた米国とは,ともにうるところ多大であり,これにより1970年代に向かつての日米関係は磐石の基礎の上におかれることとなりました。

2.(世界・アジアの平和と繁栄-第1,2項)

第1項と第2項は,共同声明全体の基調を示したもので,総理と大統領は,自由世界第1および第2の経済的実力を持つ国同志にふさわしく,スケール大きく,かつ,70年代への長期展望に立つた話し合いにより,緊密な日米関係を出発点として,特に国際緩張の緩和,世界およびアジアの経済発展,民生安定への貢献を通じ,平和と繁栄に向かつて協力することを明らかにしたものであります。

3.(極東情勢についての意見交換-第3項)

この項は安保条約でいうところの極東の安全,換言すれば戦争防止が,効果的な抑止力としての米軍の極東における存在によつて支えられているという現実に対する両首脳の考えを明らかにしたものであります。すなわち,総理は大統領が強調した極東の安全保障に対する米政府の基本的姿勢を支持しつつ,抑止力としての米軍の極東における存在を積極的に評価し,また効果的な抑止力の維持の必要という一般的見地から,米国が既存の防衛条約上の義務を,必ず守るという決意をいつでも実証しうるような態勢にあることが望ましいとの考え方を示したのであります。以上はいずれも米軍の極東における存在一般の評価を述べたもので,米軍の具体的な配備ぶりとか装備ぶりについて論じたものでないことはいうまでもありません。また共同声明のあとの部分に出てくる沖繩返還の態様,あるいは事前協議制の運用の問題と直接関係がないことも同様であります。

4.(地域別の情勢の検討一第4項)

第4項は第3項を敷衍して,現に軍事的緊張または紛争が存する朝鮮,台湾およびインドシナ半島の各地域の情勢に関する両首脳の見解を記したものであります。韓国および台湾についての総理の見解は,現在の極東情勢の下において,わが国が韓国および台湾の安全を,日本の安全確保との関連で,一般的にどのように認識しているかを明らかにしたものであります。総理がすでに記者会見で述べたとおり,特に韓国に対する武力攻撃が万一発生すれば,これは当然わが国の安全に重大な影響を及ぼすものであります。従つて万一かかる事態が起つた際,これに対処するため,仮に米国より安保条約上の事前協議が行なわれれば,政府はこの一般的認識を判断の重要な要因として,その態度を決定することは,もとより国益上当然のことと考えられます。また,台湾地域に対する武力攻撃発生という事態は,幸いにして現在予見されませんものの,これもわが国の安全にとつて大変重要な要素であり,わが国はこのことを十分認識しておく必要がありましよう。もとより国際緊張の緩和は日米両国の大きな目的であり,共同声明にも両首脳が中共がより協調的・建設的な対外態度をとることを期待する点で一致していることを記していることにご留意願います。

ここで1つ特に強調しておきたいことは,事前協議において政府がとるべき態度の決定は,あくまでわが国益,すなわち,日本の安全にとつて必要か否かの判断に立つて行なわれることで,米国が他国と防衛条約を結んでいるがゆえに当然に行なわれるものではない,ということです。共同声明の表現もまさにかかる見地に立つているものであります。

次に,アジアにおける現下の最大の問題の1つとして両首脳が取り上げたヴィエトナム間題については,両首脳とも,沖繩返還までに戦争が終結していることを強く希望し,総理としてもインドシナの安定と復興に果しうべき日本の役割りの探求に言及しています。日本政府としては,米国が和平実現のため真剣な努力を払つている以上,北越側にこれに応ずる誠意がある限り,返還時になつても平和が実現していないという事態は,実際問題としてまず起りえないものと考えます。しかしながら,現在和平交渉中の米国としては,特定の時点までに戦争を必ず終結させると一方的にコミットしうる立場になく,可能性の問題としては,平和が実現していない事態が排除しえない事情も当然理解されます。よつて,万々一このような事態となつた場合,具体的にいかなる選択がありうるかは,その段階で両国政府が諸般の情勢を十分考慮に入れつつ協議して判断すればよい,というのが本項のこのくだりの意味であります。南ヴィエトナム人民の民族自決の権力が確保されるような公正な和平の達成を期するという米国の基本政策は,わが国も従来から支持してきたところであります。このための米国の努力に対し沖繩返還が具体的にいかなる影響を及ぼしうるか,影響ある場合にいかなる幾多の選択がありうるかは,現在の時点では判定しうるわけには行かないので,これを将来の万一の場合の協議にゆだねたのでありまして,ここにいう協議とは,安保条約に基づく「事前協議」ではありません。以上の各地域についての意見交換を通じて,いうまでもないことながら,日本側としてはいわゆる事前協議に関する「許諾の予約」を如何なる意味でも全く行なつていないという当然のことを,念のためつけ加えさせていただきます。

5.(安保条約堅持の意図表明-第5項)

この項で両首脳は,わが国はじめ極東の平和と安全の維持に大きく貢献している安保条約の堅持を,相互に表明し合つたのであります。これはもとより両国それぞれの条約の廃棄権を制限して条約の有効期間を固定するがごとき法的合意でないことは多言を要しません。また両国政府が今後とも通常の外交経路や安全保障協議委員会等を通じて従来から行なつてきた意思の疎通のための,緊密な相互の接触を続けて行くことに一致しましたが,これは今までと同様,流動的な国際情勢の下にわが国の安全の権保に万全を期するためであります。

6.(沖繩返還の時期-第6項)

この共同声明の1つの大きな柱ともいうべきこの項では,両首脳は,両国政府が沖繩の返還を1972年中に実現するため返還協定締結交渉を直ちに開始することに合意した旨明らかにされています。

なお,協定案ができた上は,米側は,その締結に当つて,議会の何らかの支持をうる必要があるので,共同声明において,その点に言及しておりますがわが国においては国会の承認を必要とすることは申すまでもありません。なお総理が述べたように,いわゆる復帰ショックをなくして,沖繩県民の皆様に安心して日本に帰つて頂くことを考えれば,この程度の準備期間は必要であり,この点を考慮すれぱ,72年中の返還は,実質的には「即時返還」と同じであります。

なお本項での文言は,お気付のことと思いますが,昭和42年の佐藤・ジョンソン共同声明のうちの小笠原返還に関する合意の部分と全く同じ表現が使われていることにご留意願います。

同じく当然なことは,返還後わが国の領域に戻つた沖繩の局地防衛責任が日本に帰することで,政府は最善のペースで徐々にこれを実現して行く考えであります。現在のような極東情勢の下において,沖繩における米軍基地が重要な役割りを果していることは申すまでもなく,今後とも引き続きその機能を有効に発揮することはわが国の安全にとつて極めて必要であります。しかして,これらの基地は復帰後は,本土と同様に,すべて安保条約に基づく施設区域として地位協定に従い日米間の合意によつて使用を許されるのであります。従つて既存の米軍基地がそのまま既得権として存続するのではないことは自明の理であります。

7.(沖繩返還の態様-第7項)

この項と次の第8項は,沖繩の本土並み返還につき両首脳の意見が一致したことを明らかにしたもので共に,共同声明の中核的部分の1つであります。両首脳の話し合いの結果はすべて,共同声明にもられており,秘密の了解というようなものは全然ありません。この項に明らかなように現行安保条約および関連取決めはそのままなんの特別取決めなしに沖繩に適用されるという,わが国の基本的立場を米国が受入れたことがはつきりしました。かくして返還後の沖繩に事前協議制が全面的に適用されますので,いわゆる「自由使用」「自由発進」などは全くなくなります。ここにいう「関連取決め」とは安保条約とともに国会の承認をえている条約第6条の実施に関する交換公文,すなわち事前協議の取決めとか,吉田・アチソン交換公文等に関する交換公文,相互防衛援助協定に関する交換公文および地位協定をさすのであります。これに関連して,総理は極東諸国の安全は日本の重大な関心事であるとの日本政府の認識を明らかにした上,かかる認識に照らせば,本土並みの態様による沖繩の返還は,米国が極東諸国の防衛のために負つている国際義務の効果的遂行の妨げとなるようなものではない旨の見解を表明し,大統領が同意見の旨述べております。このことは当然ながら個々の具体的事態につき事前協議の際の許諾をあらかじめ予約したり保証したことではございません。

なお,地位協定の適用により,沖繩の米軍は本土と全く同様の立場におかれることになります。従つて沖繩の基地問題およびいわゆる「人権問題」はじめて本土と同じ立場に立つて処理されることとなり,沖繩県民の権利が十二分に守られることとなります。また,基地の整理統合についても,地位協定により本土同様に合理的に対処せられることとなります。

 以上を通じて,沖繩の返還は本土並みであり,沖繩が本土と差別されないことが明らかであります。

8.(核問題-第8項)

この項も共同声明の柱の1つであつて,総理がわが国の非核3原則に基づく政策を詳しく述べ,これに対し大統領は深い理解を示し,この日本政府の政策に反しないように沖繩の返還を実施する旨を確約しております。すなわち,沖繩の核抜き返還が明らかにされたものであります。すなわち,米国政府の最高責任者である大統領の「確約」であるからには,返還時における核兵器の撤去についてこれ以上の明確な保証はないのであります。従つて返還後の沖繩にひそかに核兵器を存置しておくというような,いわゆる「核隠し」などは到底間題となりえないことは,わたくしから事新しく申上げるまでもありません。なお,事前協議制度のもとでは,核兵器の日本(本土および返還後の沖繩)への導入は法的に禁止されるということではなく,ただ日本政府は現在その政策たる非核3原則により,これを断るという方針をとつています。従つて事前協議の対象となるべき性質の問題であることは変らず,米国政府の立場としてこれを確認したのが,「事前協議制度に関する米国政府の立場を害することなく」との表現であつて,これによつてわが方が「有事持込み」を認めるという保証を与えたものではありません。

9.(財政経済問題-第9項)

この項は,沖繩の返還に伴い現地米国資産の対日移転,通貨の交換,現地米国企業の事業活動の取扱等に関するものであります。その詳細はまだ明らかではありませんが,返還協定交渉の一環として日米間で具体的に話し合われることとなる旨を述べています。なお,わたくしとしては,現在沖繩で正当に従事している米国の企業等についても,復帰に際し衡平に取扱うことが必要であると考えており,そのような考え方は米国にも十分伝えてあります。

10.(復帰準備-第10項)

戦後4半世紀にわたつて法律,政治,経済,社会等あらゆる分野で日本本土と異なつた諸制度のもとにおかれてきた沖繩の復帰に当つて,県民の生活に無用の摩擦と混乱を起さないことは最も大切であります。このためすでに政府は格差是正を含む一体化政策によつて多くの措置をとつてきましたが,いよいよ復帰が実現するこの段階においては,いつそう周到,かつ,十分にその準備を進め,万全を期するとともに,沖繩県民の民生福祉のいつそうの増進につとむべきであることは当然であります。他方,復帰実現の日までは米国は依然として沖繩の施政の責任を負つているのであります。このため両首脳は復帰準備に当つて,日米両国が緊密に協議し協力することに一致し,東京の既存の日米協議委員会がその全般的責任を負うとともに,現地において新に準備委員会を設置することに意見が一致しました。この委員会は従来の日米琉諮問委員会と異なり,日米両政府の現地での最高級代表者たる大使級の代表および高等弁務官をもつて構成され,かつ,全く対等に協議,調整することとなりますが,沖繩県民の意思が十分に反映されるため,琉球政府行政主席が顧問として参加する道が開けております。政府はこの委員会がなるべく早く発足して活動できるよう,その権限等の具体的事項を含め,必要な国内および外交上の手続をとるつもりであります。準備作業は沖繩県の再建,その他中央,地方行政の整備,基地問題,いわゆる人権問題等の解決を可能にする地位協定の適用,法律・経済・財政その他あらゆる制度の本土との整一化等々万般にわたつての準備を含みます。政府は,この間施政権者たる米国と十分に意思を疎通しつつ,政府の現地の出先が琉球政府,その他沖繩県民側と協力して,総理のいう「豊かな沖繩県造り」の基礎として行けるようにする所存であります。

なお国政参加については,すでに昨年日米間で原則的合意に達しており,この共同声明に特に言及されておりませんが,復帰までの大事な時期に当つて,1日も早く実現されるべきことはいうまでもなく,わたくしとしても,このため国内措置が速かにとられることを希望しております。

11.(沖繩返還の意義-第11項)

第11項は,沖繩返還の意義をうたつたものでありまして,特に説明を要しないと思います。

12.(経済一第12項)

この項では,日米間の大きな間題となつている貿易および資本の自由化についての両首脳の考え方が記されています。この点を少しく補足して申し上げますとつぎのようになります。

まず,日米貿易は,昨年は海洋をはさんだ二国貿易としては史上最大の70億ドルに達し,資本と技術の交流も増大しておりますが,このような日米経済関係の成長と緊密化が前提となつております。

また,米国と日本は国民総生産において自由世界の1位と2位を占めていることに象徴されますように,両国は世界経済において重要な地位を占めており,このことから国際貿易通貨体制の強化に関する双方の責任が確認されたわけであります。

これに関連して米国のインフレ抑制の決意が再確認されました。また米国の自由貿易堅持の姿勢が再確認されたことは喜ぱしいことであります。すなわち,戦後の自由,かつ,開放された国際経済体制を創設し,この体制を維持,強化して行く上で常に原動力となつてきた米国が自由貿易政策を今後とも維持することを明らかにしたことは,世界経済の発展にとつても,わが国経済の拡大にとつてもきわめて重要なことであります。

わが国は従来から貿易および資本の自由化を推進してきておりますが,国際社会の一員としての責任を果すとの観点からも,今後ともこの努力を続けて行くとの決意を表明いたしました。貿易の自由化については,去る10月の関係閣僚協議会の決定を再確認し,さらに,貿易の自由化を促進するとの見地から,今後とも自由化計画の検討を続けてゆく旨明らかにしました。

以上のことは,日本政府が従来とつてきた政策の基本方針にそうものでありまして,沖繩返還と経済問題とを取引したということでないことは言うまでもありません。

13.(援助問題-第13項)

この項で,両首脳は,発展途上国の経済開発は,先進国と発展途上国との共同の努力により進められるべきものであつて,いわゆる南北問題の解決なしには国際平和と安定はありえない,日米両国ともこういう共通の認識に立つて,開発援助に取り組もうということで,まず意見が一致しました。

さらにアジアに対して,わが国経済の成長に応じ,経済援助の量を拡大し,その内容を改善して行く意向であることは政府としてすでに繰返し述べているところでありますが,総理はこのようなわが国の意向を大統領に対してあらためて表明したわけであります。

他方,大統領は,米国としてもこれまでアジアに対して積極的に援助を行なつてきたが,今後もこれを続けて行く考えであることを確認し,今後とも両国がアジアの経済開発をできるだけ助けて行くことになりました。

特に,ヴィエトナム戦争後においてヴィエトナムその他の東南アジアの地域の復興開発をはかることが極めて必要であることを認め,日本としても,これに対しての協力を惜しまないことを明らかにしました。

14.(宇宙協力-第14項)

総理は目下行なわれているアポロ12号の壮挙につきお祝いと成功への期待を述べるとともに,科学の新しい分野であると同時に国際協力の重要な新分野となりつつある平和目的のための宇宙開発について,国際協力の推進は世界平和の推進につながるものであるとの共通の認識に基づき,大統領と意見の一致をみたのであります。

日米宇宙協力協定は,直接的にはわが国の宇宙開発計画の実施を容易にすることを目的にしますが,これにとどまらず,このような積極的な面における日米間の協力が行なわれることにより,日米友好関係をいつそう増進することに意義があります。

15.(軍縮-第15項)

「軍備管理」とは,軍備の質,量,開発,展開,使用などを含む軍備政策になんらかの規制を行なうことであり,核実験の停止とか核兵器の海底設置禁止がこの中に入り,「軍拡競争の抑制」とは軍拡のスピードを相互に落とそうというもので,米ソのヘルシンキ交渉はこれに入ります。わが国としても,この交渉の成功を強く望んでいますが,単なる軍備制限では満足できず,全面完全軍縮を目標として,効果的な軍縮措置(たとえば化学細菌兵器の禁止,核兵器の制限)を進めることに強い関心を持つている旨総理が述べたのであります。

 

 

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