-国際経済関係-

 

第2章 国際経済関係

 

第1節 ガット(関税および貿易に関する一般協定)における国際協調

 

 1969年のガットは,非関税障害,農産物貿易等の問題について,きめの細かい地道な事実解明の作業を行なってきた。1970年2月に開催された第26回総会においては,工業品貿易委員会および農業委員会が,ガットのとるべき具体的行動の可能性につき,1970年中に結論を出し次回総会において交渉開始につき何らかの決定を下せるようにするとの趣旨の合意がなされた。また, 輸入数量制限問題については,1969年の討議を通じ同問題に関する特別作業グループが設置されることになり,1970年4月より集中的作業が行なわれることとなった。他方上記総会の内外において,国際収支調整と貿易政策の開連および発展途上国に対する一般特恵を,ガット規定上どのようにとらえるかの問題につき自由な意見の交換が行なわれ,さらにEECによる一部地域への特恵供与は,世界経済の地域化をもたらすものとして活発な議論を招来した。

 

1.非関税貿易障害

 

 ケネディ・ラウンド交渉妥結後の最重要問題の一つと目される非関税障害(Non-TariffBarriers,NTB)につき,1967年のガット第24回総会において,その軽減撤廃の可能性探究の作業を委ねられた工業品貿易委員会は,各国より通報されたNTBをその性質に応じ6グループに分類し,1969年2月初めから事実解明の作業を行ない,6月末までにこの作業を終了した。その後,工業品貿易委員会は,1969年10月および12月の会合において,今後のNTBの作業計画を検討した結果,(1)今後の作業はNTBの軽減撤廃のための具体的行動の可能性探究の段階に移行すべきこと,(2)作業の進捗を図るため,各国より通報された約800のNTBのうち,特に重要と考えられるNTB約100を選択し,これを中心に作業を進めること,(3)NTBを政府関与,通関行政手続,規格,輸出入制限,および価格メカニズムの5つの範疇に分類し,それぞれに作業グループ(WorkingGroup,WG)を設置すること,(4)各WGはそれぞれのNTBの分析,解決策の策定,そして可能であれば,解決策の内容となるべき問題点の検討を行なうこと,(5)1970年1月より第1WGの作業を始め順次重複しないように各WGは作業を行ない,討議結果を工業品貿易委員会に報告すべきこと等の諸点につき合意に達した。  また,工業品貿易委員会は事務局提案に基づき,NTBの新設・強化を自制するとの趣旨の各国政府の「意図宣言」(DeclarationofIntent,略してDI)について討議を行なった。事務局案の意図するところは,NTB軽減撤廃のための交渉が近づくにつれ,自国の交渉上の立場を有利にするような駆け込みのNTBの新設・強化を阻止しようというものであり,その骨子は,各国政府は,1970年1月1日以降新たな制旗的措置の導入を自制し,制限的措置導入を余儀なくされた場合には協議することを宣言の形で約束しようというものである。同案は1969年10月および12月の工業品貿易委員会,ならびに1970年1月の理事会の会合において討議されたが,積極的態度を示す米国と消極的なEECとの対立が解けず,結局総会にその審議が委ねられた。こうした事情を背景に,ガット第26回総会においては,宣言方式をとりやめ,総会の「結論」の中でNTBの新設・強化をさしひかえるとの趣旨を言及することとなり,その言葉づかいにつき激しい議論が行なわれた結果,当初の事務局案よりは大幅にトーンダウンされた形で総会の「結論」として採択された。

 

2.農産物貿易

 

 農業委員会は1969年3月,酪農品,穀物,牛肉,その他の食肉,野菜果実,油脂,葉タバコ,ブドウ酒の8部門に関し,各国より通報された資料に基づき,国際貿易(輸出補助金,輸入制限,関税等が農産物貿易に与える影響)および生産政策(生産制限,保護水準,生産政策が市場に与えるインパクト)の両面にわたって事実解明の作業を開始したが,今後の作業の進捗を図るため,輸出,輸入,および生産に係る各種保護措置のインシデンスを計量化した資料を作成することとなった。

 上記の作業に加え,農業委員会は,貿易開発委員会より付託された熱帯性油脂問題,および近年の余剰処理形態の複雑化に対処するため第25回総会によりその新しい協議・通報手続の探究を委ねられた余剰処理問題についても1969年10月,11月,および1970年1月の会合において検討を行なった。熱帯性油脂問題については,その優先処理を強く主張する発展途上国と油脂問題全体の一環として解決されるべきであるとする先進国との対立が解けず,何ら結論は得られなかった。一方,余剰処理問題については,譲許的条件(贈与,現地通貨支払等)に係る13の取引形態に関し,FAOと同一の手続(個々の取引についての事前協議,年次通報)を定めることに合意が成立した。

 こうした作業の結果をふまえつつ,今後いかなる方向で農産物貿易問題の検討を行なうかにつき,1969年11月の農業委員会で討議が行なわれたが,早期に具体的交渉の段階に入るべしとするカナダ,米国,豪州等と,解決策探究の作業に入れる程には問題点の検討の作業は十分に進捗していないとするEECの立場とがかみあわず結論は得られなかった。1970年1月,同委員会は本問題を引き続き討議した結果,EECが大幅に歩み寄り解決策探究の作業へ移行することが原則的に合意され,輸出,輸入,生産,その他の4つのグループを設置して貿易障害軽減のための方法につき討議することとなった。

 なお,輸出補助金競争による酪農品国際市場の混乱を是正するため,1967年12月以来作業を続けて来た酪農品作業部会は,1969年12月とりあえず比較的問題の少ない脱脂粉乳につき,最低輸出価格を規制する取決めにつき合意に達した。

 

3.輸入制限問題

 

 ガット違反の輸入制限(いわゆる残存輸入制限)については,従来からガット体制上ゆゆしい問題として検討されてきたが,1968年の第25回ガット総会において,前回総会に引き続き,ニュー・ジーランドより(1)1969年6月末までに残存輸入制限を撤廃できない国は,義務免除(ウェーバー)を取得するか自由化計画を提出すること(2)残存輸入制限問題に関する協議機構を設置すること,を骨子とする提案が行なわれ,この問題があらためて脚光をあびることとなった。本提案は,米国,カナダ,オーストラリア,発展途上国等の支持を得たが,EEC,英国,北欧諸国等は,残存輸入制限品目を工業品と農産物にわけ,各々をガットの既存機関である工業品貿易委員会,農業委員会,および貿易開発委員会の検討に委ねるべしと主張した。また,残存輸入制限をガット違反の問題として別個に取上げようとする米国と,これに反対するEECとの対立もあり,結局,本問題は理事会の検討に委ねられる ことになった。

 ガット事務局長は第25回総会後,各国の意見調整に努めると共に,1969年10月要旨次の如き提案を発表した。

(1)先進国の輸入制隈につき,ガット上合法,非合法を問わず,すべての現存する輸入制限についてその軽減撤廃の可能性を探究する。

(2)このために,工業品貿易委員会および農業委員会の下部機構として,輸入制限に関する共同作業グループ(JointWorkigGroup,JWG)を設置する。

(3)JWGの検討はノン・コミッタル・ベイシスで行なわれ,作業に参加したからといってその国の将来の輸入制限軽減撤廃についてコミットを求めるものではない。

 上記事務局長案は,1969年12月16日および1970年1月22日の理事会において検討され,JWGの設置が合意された。また,1970年2月13日の非公式会合において,JWGの作業は1970年4月13日から2週間開かれることとされ,わが国が主張していた「強制された輸出自主規制」もJWGの討議の対象とされることが確認された。

 

4.綿製品貿易

 

 綿製品貿易の分野における合理的で秩序ある貿易拡大を図るため,1962年10月1日有効期間5年で発効した綿製品長期取決め(LTA)は,輸入国側の希望により,1967年10月1日より3カ年延長されたが,1969年においてはその再延長問題が討議された。この問題は,具体的には取決めの運営を司るガット綿製品委員会において討議され,大勢は下記のEEC案に同調したが,わが国が,(1)期限付であるべきLTAが再度延長されるのは問題である,(2)輸入国側の運用改善が満足には行なわれていない等の理由により,LTAの再延長には原則として反対であるとの立場をとり,EEC案に対してもパキスタンと共に態度を留保したこと等から,LTA再延長問題の解決は将来に持ち越された。

EEC案の骨子次のとおり。

(1)今後の二国間協議において,輸入国側は弾力的な運用改善および輸出機会の増大に関するオッファーを行なうべく努めること。

(2)二国間協議はLTAの将来に関する何らかのコミットメントも意味するものではないが,LTAの延長期限を3カ年とするとの仮設に立って行なわれるべきこと。

(3)綿製品委員会は1970年早々再開し,LTA延長受諾の可否,あるいは他の措置導入の必要性を討議すべきこと。

(4)LTAの延長が合意された後,綿製品委員会は綿製品貿易の状態および延長期間後の長期的問題につき討議を行なうこと。

 

5.貿易政策と国際収支調整過程

 

 近年国際収支上の理由により制限的な貿易措置に訴える国が少なからず現われその都度ガットはかかる措置の合法性の問題に深入りすることなく,事実上これを黙認すると共に,かかる貿易制限的措置の早期撤廃,その波及の防止を図るとの方向で対処してきた。しかるに,1968年6月のフランスの数量制限導入に引き続き同年11月英国が輸入預託金制度を導入したことに端を発し,ガットとしてかかる貿易制限的措置を黙認することは,自由貿易を旗印とするガット体制自体をそこないかねないとの認識が高まり,同時に国際収支調整が円滑に行なわれるよう,ガットとしてもかかる問題を検討し,これに積極的寄与を行なうべきであるとの考え方が生まれてきた。

 その後1970年1月に至り,ガット事務局長は本問題に関し,

(1)国際収支困難に関するIMFの判定があれば,数量制限以外の措置もガット上合法である旨次回総会で解釈を確定する,

(2)国際収支調整(黒字国を含む)について事務局長を中心にハイレベルの非公式会合を随時開催する手続を定める,

(3)IMFとガットとの協力関係を強化するとの趣旨の提案を行なったが,1970年2月の第26回総会で,事務局長案を討議するのは時期尚早という意見が大勢を占め,今後非公式会合にて本問題を継続して討議することとされた。

 

6.一般特恵問題

 

 UNCTADにおける一般特恵交渉の進展に伴い,特恵を原則として認めていないガット規定との関係を調整する必要が生じてきたが,1969年5月,事務局は,特恵をガットの枠組と調和させるためガットを改正するか,それともウェーバー(義務免除)を与える方式を考えるかなどの問題を中心に,特恵供与に伴う法律問題に関するペーパーを主要国に配布した。これを受けて主要国は,事務局長主宰の下に非公式会合を開き,本問題に関し意見の交換を行なったが,事務局はこれらの会合における主要国の見解を参考にして,1970年2月次のような具体的提案を行なった。

 すなわち,(1)ガットの特恵供与の方式として,(イ)ウェーバーによる,(ロ)ガット規定改正による,または,(ハ)ガット総会の宣言による,との三方式が考えられるが,発展途上国への配慮等の理由から(ハ)が望ましいこと,(2)いずれの方式による場合にも,特恵供与国は締約国団にその計画を通報し,関係資料を提出し,関心国と協議すること,(3)締約国団は特恵供与国の申請に対し,その計画が,(イ)非受益国よりの輸入を妨げるものではないか,(ロ)ガットの大原則である最恵国待遇に基づく関税引下げを妨げるものではないか,(ハ)ガット非加盟国を含むすべての発展途上国が受益する可能性が否定されていないか等の諸点を検討した後その諾否を決定すること。

 上記事務局案は,1970年2月の第26回総会会期中に開かれた非公式会合において討議されたが,具体的な特恵供与計画が必ずしも固まっていないこともあって,事務局案に対する実質討議は将来の会合に委ねられることとなった。

 

7.地域特恵問題

 

 ガットにおいては,一部諸国を対象とする特恵は,明示的例外を除き,これを禁止しているが,いわゆる地域的経済統合(自由貿易地域や関税同盟)については,世界貿易の拡大に寄与し得るとの観点から,一定のきびしい条件の下に,最恵国待遇原則よりの例外を認めている。地域的経済統合についてはEECの結成を契機に,ガット成立当時予想もされなかった規模と程度で地域統合への動きが高まり,ガット規定との法的整合性は,必ずしも明確にされないまま,既にいくつかの地域的経済統合が実現した。  最近の動向としては,特にEECと発展途上国または隣接国との接近の動きが顕著であり,1969年9月,EECの対チュニジアおよび対モロッコ連合協定発効を契機に,域外諸国より,かかる傾向は世界経済のブロック化を招来するものと深く憂慮され,本問題はガットにおいて今後更に検討されるものと考えられる。

 

8.発展途上国貿易問題

 

 貿易開発委員会は1969年も,発展途上国貿易問題につき,地道な検討を行なってきた。残存輸入制限作業グループにあっては,天然蜂蜜,魚粉,葉巻,皮革,革製品,コイヤー製マット,革製履物の6品目を選定し,これら産品の自由化の可能性を検討することとなり,1969年11月,品目別討議を行なった。また,熱帯産品貿易特別グループは,対象6品目(紅茶,コーヒー,ココア,バナナ,油脂,香辛料)のうち油脂を優先的に取上げ,1969年5月の会合で討議したが,熱帯性油脂問題を優先処理すべきであると主張する発展途上国と,熱帯性油脂のみを切り離して優先処埋することは困難であるとする先進国の主張がかみ合わず,結局熱帯性油脂に関する貿易障害の軽減撤廃問題の討議を農業委員会に委ねることとした。

 1970年2月開催の第26回総会においては,発展途上国の工業製品および農産物の輸出につき,アクセスおよび市況条件を改善するため更にいっそうの努力が必要であることが強調された。

 

9.ガットと東西貿易

 

 近年,東欧諸国の西側接近の一環として,これら諸国はガット加入の動きを示しており,これら東欧諸国の加入申請をどう取扱うか問題となってきた。一般に,社会主義国のガット加入に際しては,(1)にれらの国々が関税譲許にかえ,いかなるコミットメントを行なうか,(2)経済体制の異なるこれらの国々に対し,どの程度無差別待遇を保障しうるか,等の点が問題となる。具体的には1967年秋,ポーランドは,その加入条件として関税譲許の代りにガット加盟国全体よりの輸入総額を毎年少なくとも7%づつ増加することを約束することによって加入を認められたが,かかるポーランド方式の是非については,必ずしもがット加盟国の意見は一致しておらず,今後も問題となる可能性が強い。

 ポーランドにつづき,1968年にはルーマニアがガット加入を申請し,これを討議する作業部会は,1969年中に3回会合を開き,西欧諸国の対ルーマニア差別撤廃に期限をつけるか否か,ルーマニアの貿易拡大のコミットメントの程度につきポーランド方式によるべきか等の問題につき討議が行なわれたが,いまだ結論が出ていない。(なお,これまでにガットに加入している東欧諸国は,チェッコスロヴァキヤ,ユーゴスラヴィアおよびポーランドであり,また,ルーマニアの他にハンガリーも加入を申請している。)

 

 

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