経済に関する諸国際機関との関係

 

OECD(経済協力開発機構)との関係

1 OECDで検討された重要問題

(1) 資本自由化

OECDは、資本自由化規約上の各国の留保につき、貿易外取引委員会で定期的に審査することになっている。わが国加盟後初めての定期審査は、一九六六年春開かれ、その結果は、同年秋報告書草案の形で各国に配布されたが、わが国に関しては、一八の項目のうち、かなりの部分につき留保の撤回ないし縮小を行なうべきこと、とくに当時全面留保であった対内直接投資を段階的に自由化すべきことが強く表明された。

かかるOECDの動きに加えて、日米貿易経済合同委員会やBIAC(OECDへの経済産業諮問委員会)等における自由化要請もあって、わが国では資本自由化問題と真剣に取組むべきであるとの認識が高まった。一九六七年に入り、外資審議会は約三カ月の審議ののち対内直接投資等の自由化に関する答申を行ない、六月六日右答申を全面的に受入れた政府決定が行なわれた。

日本政府は、その後直ちにこの資本自由化措置の内容をOECDに通報するとともに、関係項目の留保を変更したい旨要請した。その結果OECDは、一二月一五日の理事会において、一九六五年五月すでにわが国が実施していた家族間の貸付け、移住者の送金、非居住者の不動産の購入建築の自由化措置に伴う留保変更とともに、今次自由化措置に基づく対内直接投資および対内証券投資(上場および非上場)の留保の修正を最終的に決定した。これにより、わが国の資本自由化規約上の留保は、従来の全面留保九項目、部分留保九項目から全面留保七項目、部分留保一一項目となった。このうち、全面留保から部分留保へ移行したのは対内直接投資と不動産の購入建築の項目であり、他の四項目においては留保範囲の縮小がみとめられた。

他方、前記の報告書草案に盛られたその他の勧告案については、対外直接投資につき現行の全面留保の縮小を研究すること、対内証券投資につき外国投資家の持分制限範囲を緩和すること、対外証券投資につき留保撤回の方向で今後検討してみることが、それぞれ勧告されるにとどまった。なお、対内直接投資については、わが国が六七年自由化に踏み切ったことから、単に一層の自由化を行なうよう期待する旨の希望にとどまったが、わが国が内外に約束した前記政府決定の線に沿って今後努力すべきことはいうまでもない。

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(2) 対発展途上国特恵問題

一九六五年にOECD理事会直属の機関として設置された米、英、仏、独四カ国の貿易担当高官よりなる特恵小グループは、一九六七年夏より秋にかけて数回の会合をひらき、一〇月最終報告書を提出した。同報告書は貿易委員会の検討を経た後、一一月末の閣僚理事会において、わが国の関心事項である輸出面をも勘案した負担の公平の原則を含む若干の修正案とともに第二回UNCTADにおける先進国の共通の対処方針として採択された。

同報告書は一般的かつ暫定的な特恵を全先進国が全発展途上国に対しとりあえず一〇年間供与することを掲げており、対象品目、例外品目、セーフガードの態様、切り下げ幅等について記述しているが、逆特恵の取り扱いについては未合意のままになっている。

本閣僚理事会をひかえた一一月二四日わが国は、先進国の一員として南北問題の解決に寄与することが望ましいとの見地にたち、また世界の主要先進国が対発展途上国特恵供与を行なう方針を明らかにしつつあることにかんがみ、供与国間での輸出入両面を考慮した負担の公平および国内対策等を確保しつつ、一般的かつ暫定的な特恵制度に参加することとし、このための国際的な合意の達成に協力するとの閣議決定を行なった。

他方発展途上国側は一〇月のアルジェ七七カ国会議においてアルジェ憲章を採択し、第二回UNCTADにのぞむ態度を決定した。アルジェ憲章は、全発展途上国のすべての製品、半製品(加工ないし半加工の一次産品を含む)について、全先進国が、とりあえず二〇年間無制限かつ無税で自国市場への輸入を認めるべきことをうたい、また後発発展途上国に対しては特別のとり扱いをすることを規定している。

第二回UNCTADにおいては、わが国はさきの閣議決定の趣旨により、OECD諸原則のラインで対処した。同会議においては、特恵の具体的な内容については先進国、発展途上国の見解が対立し、結論がえられなかったが、特恵をできるだけ早く実施すること、および今後とも検討を継続するとの決議が行なわれた。

その後OECDにおいて先進国間の協議が行なわれている。

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(3) 技術格差

一九六八年三月一一、一二日の両日パリにおいて第三回科学大臣会議が開催されたが、議題中技術格差は加盟国の強い関心を呼んだ。

技術格差は従来から各国間に存在していたが、近年特に各国の関心を呼んできたのは、欧州諸国のエレクトロニクス、原子力等の成長産業分野において米国の支配傾向が顕著になりつつあること等、一国の経済政治面にも重大な影響を及ぼすようになったためである。

OECDにおいて本問題がクローズアップされたのは、一九六六年一月に開催された第二回科学大臣会議においてである。このとき提出されたいわゆるフリーマン報告の研究投資量、科学技術者数、技術収支バランスにおいて、米国は欧州諸国に比してはるかに優位にあり、また一、五〇〇人もの科学技術者が欧州から流出しているとの指摘は、出席大臣に多大の衝撃を与えた。

このためOECDは、本問題を検討するため七カ国より成る技術格差作業部会を一九六六年十一月に設置し(一九六七年六月わが国の参加が認められ構成国は八カ国となった)、一九六七年春から電子計算機等の九産業門についての技術革新の役割および技術革新を進めてきた要因をも検討するとともに、各国の科学技術者教育、研究開発努力、新製品の商品化される速度と効率の比較およびこれらの貿易、外国投資、技術提携に与える影響を検討した。また、企業規模、市場規模、教育社会環境、マネージメント等の要因についても検討が行なわれた。

これらの検討結果は第三回科学大臣会議に報告され、これをベースにして討議が行なわれたが、特に各国に関心の強かった問題は技術の円滑な移動についてであり、討議の結果、(1)技術普及を図るため市場アクセスの改善および非関税貿易障害の廃止を行なうことが重要である、(2)特許に関し技術移動の障害目録を作成し、技術移動の改善策につき今後意見交換を行ない、場合によっては適宜交渉を行なう、(3)電子計算機利用技術の分野の研究活動に重点をおく、等の合意に達した。右合意にのっとり、OECDにおいて更に検討が行なわれている。

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2 0ECD諸活動への参加状況

(1) 主要会議参加状況

(イ) 理事会関係

(i) 閣僚理事会

第七回閣僚理事会は、一九六七年一一月三〇日および一二月一日の両日パリで、ポルトルガルのデ・オリヴェイラ経済大臣を議長として開催された。わが国からは牛場外務事務次官が代表として出席した。また各国よりロストウ政務担当国務次官(米国)、クロスランド商務大臣(英国)、ドブレ経済財政大臣(フランス)、ピェラチニ予算大臣(イタリア)、その他が参加した。

会議では、OECDの諸活動、経済政策、発展途上国との貿易、開発援助について計議が行なわれたが、とくにポンド切下げを中心とする国際収支不均衡問題および特恵問題に討論が集中した。

(ii) 理事会、執行委員会

月平均二、三回開かれる理事会においては、OECD各部門の重要問題について討議を行ない、各種の決定、勧告、報告書を採択した。わが国からは森大使、その後加藤大使が常時出席して討議に参加し、経済政策、貿易、国際収支、開発援助、UNCTADとの調整問題等について積極的に発言した。

理事会の補佐機関である執行委員会には、わが国は常任委員国として森大使、のちに加藤大使が常時出席し、積極的に討議に参加した。

(iii) 理事会直属の作業部会

(a) 造船作業部会

造船作業部会は一九六七年七月、一一月の二回開催された。特に一一月部会においては、船舶の輸出信用条件の調整、船舶建造に対する直接助成、国内造船所保護等について活発な討議が行なわれた。今後の造船部会はこれらの問題を中心として進められる予定である。

(b) 特恵小グループ

特恵小グループは一九六七年夏より秋にかけて数回会合し、対発展途上国特恵問題につき検討し、一〇月二日付で最終報告書を提出した。同報告書は一〇月一九日、二〇日の貿易委員会において審議され、一一月三〇日、一二月一日の閣僚理事会において、同グループによる若干の修正案とともに採択された。これをもって特恵小グループの任務は終了した。

(ロ) 経済政策および加盟国経済の年次検討

(i) 経済政策委員会

経済政策委員会の定例の会合は、一九六七年五月および一一月に開かれ、各国の経済成長見通し、基軸通貨国と西欧諸国との国際収支の問題を中心として検討を行なった。このほか、一九六八年三月には英国のポンド切下げ、米国の国際収支対策発表に伴い特別に会議が開催され、その各国に及ぼす影響および各国経済政策の調整の問題などについて討議された。以上三回の会合にはいずれもわが国から関係当局者が参加した。

(ii) 経済政策委員会作業部会

短期見通し作業部会は、一九六七年六月および一一月に開かれ、各国経済の短期見通しや貿易見通しのモデル等について意見交換を行なった。第二作業部会は、一九六七年六月と一一月の二回開催され、中長期の供給力の成長予測の方法等について情報交換を行なった。第三作業部会は、一九六七年六月、七月、八月、一一月、一九六八年一月および三月の六回の会合で、各国国際収支の動向および見通しについて検討した。また第四作業部会は一九六七年七月に開催され、その結論に基づき一九六八年二月には輸出入物価専門家会議が開かれた。わが国からは以上いずれの会議にも参加した。

(iii) 経済開発検討委員会

本委員会は、加盟各国の経済および開発の年次検討を行なっている。わが国経済についての検討は一九六七年五月二五日に行なわれ、中野経済企画庁事務次官が出席した。

また、わが国は五月三〇日イタリア、六月六日スペインの審査に際し、審査国となった。

(ハ) 貿易・貿易外取引関係

(i) 貿易委員会

貿易委員会は一九六七年六月二〇日、一〇月一九、二〇日、一九六八年一月一八日と三回開催されたが、後の二回は第二回UNCTADをひかえ、ほとんど特恵問題のみを討議した。

この他、国境税調整、政府調達、東西貿易、輸出信用・信用保証等に関する作業部会が開かれた。なお、第二回UNCTADにそなえ、先進国側の意見調整のため臨時会合が一二月二日、一月一九日の二回ひらかれた。

(ii) 貿易外取引委員会・支払委員会

(a) 貿易外取引委員会

貿易外取引委員会は、一九六七年四月、五月、六月、一〇月、一一月、一二月、一九六八年一月、二月、三月の合計九回開かれ、わが国代表は全ての会合に出席した。同委員会は本年度中、主として資本市場の研究、保険、フィルムの自由化、自由化規約と各国の措置の関係等について検討したほか、一九六八年二月の会合ではわが国を含む各国の経常貿易外取引の留保項目(技術援助、観光旅行等)に関する定期審査を行なった。

(b) 支払委員会

支払委員会は、六七年度中七回の会合を行ない、貿易外取引委員会で検討された事項について再検討を加えたほか、欧州通貨基金に関する討議をも行なった。

(iii) 財政委員会・保険委員会

(a) 財政委員会

本委員会は、一九六七年九月および一八六八年一月の二回開催され、課税所得の国際間の配分、二重課税防止モデル条約、原子力災害保険の課税上の取扱い等につき検討を行なった。わが国は両会合に出席した。

(b) 保険委員会

保険委員会は、一九六七年六月と、一九六八年一月の二回開催され、わが国からも代表を派遣した。同委員会は、主として保険会社の財務保証に関する研究や保険部門の自由化拡大に関する意見交換を行なったほか、作業部会において自動車部門等の責任準備会に関する検討が行なわれた。

(iv) 制限的商慣行に関する専門家委員会

本専門家委員会は一九六七年六月、一一月の二回開催され、加盟国の独禁法施行状況につき報告が行なわれた。個別案件としては、業種別実態調査及び市場支配企業の統制や取引拒否等の研究が進められたほか、国際貿易に影響を及ぼす制限的商慣行に関する国際協力手続案を採択した。

(v) 海運委員会

海運委員会は、一九六七年四月、九月および一二月にそれぞれ開催され、ラフタ水上輸送協定等の国旗差別問題、コンテナ船問題、UNCTADをめぐる海運問題等について、討議を行なった。わが国はこれらの問題について先進海運国の有力メンバーとしての立場から積極的に参加した。

(vi) 観光委員会

一九六七年七月および一九六八年二月に観光委員会が開催され、一九六七年度観光年次報告書、米国の海外旅行制限措置問題等について検討を行なった。

(ニ) 工業・エネルギー関係

(i) 工業委員会

本委員会は一九六七年五月、一九六八年三月の二回開催され、各国の工業政策の検討、工業政策についての民間企業、とくに世界企業の意見聴取、統計改善等を行なった。諸種の特別委員会は、鉄鋼、繊維、鉄道車輛、紙・パルプ等の過剰設備の存否調査、構造調整の検討を行なった。このほか地域開発政策の検討、自動車の安全規則の研究および鉄鋼、化合繊、機械の技術格差の検討等を行なった。

(ii) エネルギー委員会

本委員会は一九六七年一一月、一二月の二回開かれ、前年に引き続きエネルギー事情を検討し、国別審査と品目別審査を行なった。

また六月の中東戦争勃発により、加盟国の石油供給を確保するため、石油特別委員会はひんぱんに会議を開いて討議し、その諮問機関として国際的な石油会社より成る国際石油諮問機関を設立した。右機関は六月から三月までの石油事情について報告書を作成した。

(ホ) 農業・水産関係

(i) 農業委員会

本委員会は一九六七年四月、七月、一二月の三回開催されたが、そのほか農業委員会の各作業部会および各種専門家会議も多く開かれた。

農業委員会は、FAOの世界指標計画に協力し、前年に引き続き、主要農産物の長期需給見通しの作成を行なったほか、国別中期見通しも作成した。これら見通しによると、牛肉、砂糖を除き農産物一般の過剰生産が見込まれている。本委員会はこのほか農業調査、教育、普及等についてもきめ細かい作業を行なった。

(ii) 水産委員会

本委員会は一九六七年四月、九月、一九六八年二月の三回開催され、前年に引き続き各国の水産政策審査を行なった。わが国も水産政策を紹介し各国の審査を受けた。本委員会はこの他魚の加工、貯蔵問題の検討等も行なった。

(ヘ) 科学関係

(i) 科学大臣会議

一九六八年三月一一日から二日間パリにおいて第三回科学大臣会議が開催された。今回は技術格差、科学技術情報および基礎研究の振興と組織の問題が取り上げられ、技術格差および科学技術情報については、特に重要な議論がなされた。わが国からは、科学技術庁井上事務次官が出席した。

(ii) 科学政策委員会

科学政策委員会は一九六七年六月、一〇月、一九六八年一月に開催された。本委員会は一九六八年三月に開催された科学大臣会議の準備を行なったほか、科学技術統計年の設置、米国科学政策審査等も行なった。わが国は殆んど毎回東京から代表を派遣し、本委員会において活発なる活動を行なった。

(iii) 研究協力委員会

研究協力委員会は一九六七年六月、一一月、一九六八年三月に開催された。委員会は多岐細目にわたっていた研究協力活動の整理統合を行なった。また道路研究をOECDから独立させるため、国際道路サービスの設立を検討している。わが国は本委員会のほか、多数開催される各種専門家会合にもできる限り専門家を派遣して各国と意見交換を行なうとともに、国際研究協力に参加した。

(iv) 科学者技術者委員会

科学者技術者委員会は一九六七年四月、一〇月および一九六八年三月に開催された。委員会は各国教育計画、教育技術等の検討を行なった。また、フォード財団からの寄金による教育研究革新センター設立の準備も行なっている。

(v) 欧州原子力機構(ENEA)

原子力の平和利用の急速な進展にともない、ENEAとわが国の協力関係もますます深まりつつある。現在わが国が参加している共同プロジェクトは核データー編集センター、計算機プログラム・ライブラリー、ザイベルスドルフ計画があり、また原子力研究所がハルデン計画に参加している。

(ト) 労働関係

労働力社会問題委員会は一九六七年五月、一〇月、一九六八年二月の三回開催され、主に「積極的労働力政策に関する理事会勧告」の実施状況調査を行なった。

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(2) その他の協力関係

(イ) OECD各関係機構への参加状況

わが国は一九六六年度までに、構成国の限定されている重要委員会、すなわち執行委員会、経済政策委員会第三作業部会および貿易外取引委員会に参加を認められていたが、一九六七年度においては一九六七年一二月に、非政府間機関連絡委員会(OECDの民間諮門機関である経済産業諮門委員会及び労働組合諮門委員会との連絡担当)への参加を認められた。

(ロ) OECDの万国博への参加

一九七〇年に大阪で開催される日本万国博には、政府は世界各国のほか、国際連合等の国際機関に対しても参加方招請を行なっているが、OECDは六八年四月ウェスト広報部長をわが国に派遣する等具体的検討を行なった結果、六八年六月に至り、参加を決定した。

(ハ) 対OECD特権免除協定

一九六七年三月署名を了した対OECD特権免除協定は、六月国会の承認を得て、七月二一日発効した。この結果、OECD、その職員およびOECD加盟国の代表は、他の加盟国の領域においてすでに享有しているものと同じ法律上の能力、特権および免除を、わが国の領域においても享有することとなった。

(ニ) 分担金の支払

わが国は一九六七年度(暦年)OECD分担金として、第一部予算(一般経費)で、六、六七九、〇五九フランス・フラン(四八七、〇三六、九八二円)、第二部予算(その他経費)すなわち開発センター分担金、四二〇、五八四フラン(三〇、六六八、九八六円)、ENEA計算機プログラム・ライブラリー、中性子データ編集センターおよびザイベルスドルフ計画に対する分担金計三九七、三七九フラン(二八、九七六、八七七円)、以上合計七、四九七、〇二二フラン(五四六、六八二、八四五円)を払込んだ。

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ガット(関税及び貿易に関する一般協定)との関係

1 ケネディ・ラウンド交渉終了後のガットの動き

一九六四年以来ガットの枠内で続けられて来た関税一括引下げ交渉、いわゆるケネディ・ラウンド交渉が一九六七年六月末妥結に達した経緯については、すでに「わが外交の近況」第十一号で詳述したところであるが、その後六八年一月一日に至り、米国、カナダ、オーストラリア、スイス等一三カ国は、交渉によって合意された第一年度分の関税引下げを実施しており、またわが国、英国、欧州共同体なども六八年七月一日から引下げを開始する等ケネディ・ラウンドはいよいよ実施の段階に入った。

世紀の大交渉といわれたケネディ・ラウンド交渉が妥結した一九六七年は、ガットにとってその発足(一九四八年一月)以来丁度二〇周年に当った。そのため六七年一一月に閣僚レベルで開催されたガット第二四回総会が「過去二〇年のガットの業績の回顧と将来の作業計画」の討議に焦点をしぼったのは当然の成行きといえよう。同総会では、貿易関係を律する条約上の基礎としてのガットに対する信頼と、ガットの枠内での貿易協力を続けていく各国の決意が再確認され、ケネディ・ラウンド交渉の成果が賛えられたが、他方、工業品特に非関税貿易障害の問題、農産物貿易および低開発国貿易の分野においては、諸々の問題が残っていることも認められた。総会は、交渉による世界貿易の自由化が、依然としてガットの主目的であることを再確認したが、主要国の大勢は、ケネディ・ラウンド交渉終了直後の現在直ちに新たな関税ないしは貿易交渉への参加を約束することはできないという態度を表明している。しかしながら、どの国も将来の交渉に備えて今から研究と討議を行なっていくことについては意見が一致し、このため工業品貿易委員会および農業委員会の設置が決定された。以下問題毎に略述すれば次のとおりである。

(1) 工業品貿易委員会

工業品については、将来の関税交渉に備え、鉄鋼などに関する商品部門別の交渉方式を検討することや、ケネディ・ラウンド後の関税水準の実態について研究を進めることが合意されたが、最も重要な問題は、関税以外の貿易障害をめぐる諸問題であった。関税水準の低下にともない、各国の関心が非関税貿易障害に集まることは自然の勢いであるが、非関税貿易障害は各国によって千差万別であり、しかも多くの場合各国の国内政策に密着しているので、問題の解決は極めて困難である。そこで、この問題の検討の第一歩として、各国は自国の輸出が当面している外国の政府及び民間双方の非関税貿易障害について、一九六八年四月末までにガット事務局に通報することとなった。事務局はこれをもとに同五月末までにリストを作成し、その後同リストを中心に工業品貿易委員会(および同委員会の報告に基づいて理事会が設置する特別機関)で討議を進めることとなっている。

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(2) 農業委員会

農産物の輸出に大きく依存しているカナダ、オーストラリア、デンマーク等は、従来からガット体制の下では農産物の分野での貿易拡大の成果が、工業品貿易一般における成果にみあっていないことに不満であった。総会もこの点を認め、農業委員会においてまず国際貿易上重要なすべての農産物をとりあげ、その貿易および生産に関する政策に関係のあるあらゆる要素を検討し、将来すべての関係国が相互に受諾可能な建設的な解決策を策定するための素地をつくることにした。農業委員会による前記検討には、関係産品の市況に重要な影響を及ぼすすべての締約国(輸出国および輸入国)が参加することとなっている。農業委員会にはわが国はじめ約四〇カ国がメンバーとなっているが、将来は輸入機会増大のための国際的な措置や、MSバインド案(国内農業を保護するため当該政府のとっている保護水準の総体を現状以上に引き上げないことを各国が相互に約束する案で、EECがケネディ・ラウンド交渉で提案したもの)が討議されることも予想され、わが国として今後その動向を注視する必要があろう。

なお、農産品のうち酪農品及び家きん肉については、当面の問題の解決策を検討するため前記農業委員会とは別に、ガット第二二条の協議という形でそれぞれ作業部会が設けられ、討議が行なわれている。

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(3) 低開発国貿易(後記2参照)

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(4) 国境税調整(BTA)問題作業部会

米国は従来からEECのBTA(国内産品に課されている間接税に見合って、外国からの同種輸入品に対しこれと同率の税を賦課し、他方自国産品の輸出に際しては国内間接税相当分を払戻す制度で、ガットでは合法として認められている)を批判し、ケネディ・ラウンド交渉および第二四回総会中でも、何れこの問題をガットで取上げたい意向を表明していたが、その后、一九六八年三月、米国の要請に基きガット理事会はBTAに関するガットの規定、各国の実態および国際貿易に与える影響を検討するための作業部会設置を決定した。

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2 低開発国貿易問題

低開発国の貿易および開発について規程したガット規約第四部(一九六六年六月発効)の運営機関として設置された貿易開発委員会においては、ケネディ・ラウンドにおいて低開発国の利益拡大を確保するための方策を中心に、低開発国輸出産品に対する先進国の残存輸入制限の撤廃、熱帯産品の貿易障害の除去等について、低開発国側の強い主張が行なわれた。その結果、先進国は低開発国の輸出関心産品についてケネディ・ラウンドで行なった関税譲許を段階的にではなく直ちに実施すべく努力することが合意され、主要先進国は相当数の品目(例えば米国一九、英国五四、カナダ五六、スウェーデン六八、スイス一二五、EEC六四)につき右の合意に応ずる旨ガット事務局に通報した。わが国も南北問題に資する見地から二六品目を選んで、これをガット事務局に通報した。また、特別グループを設置してケネディ・ラウンド交渉の結果を評価する作業が行なわれたが、ケネディ・ラウンド交渉は低開発国に対し実質的に新しい輸出機会を開いたとする先進国側と、同交渉では低開発国にとって重要問題が解決されなかったとする低開発国側との見解が平行線をたどった。しかし、その後開催された第二四回ガット総会においては、締約国団は、ガットにおける従来の努力およびケネディ・ラウンド交渉の成果にもかかわらず、大多数の低開発国にとって多くの貿易問題が未解決のまま残されていること、従ってガットその他の場において低開発国の輸出収益の増大と低開発国の当面する諸問題の早期解決のため最大限の努力が必要とされることについて合意に達し、その具体的措置として(イ)低開発国にとって特に関心がある工業品に対して先進国が実施している数量制限の早期撤廃に資するために、かかる制限に関連する諸問題を検討するため、政府の専門家からなるパネルを設置し得ること、(ロ)熱帯産品貿易に関連する諸問題(先進国で課されている内国税及び財政関税の効果についての調査を含む)を検討し、これらの問題を克服する方策について締約国団に報告するための熱帯産品特別グループの活動を復活すること、(ハ)低開発国間の貿易拡大を図るため、低開発国間特恵交渉を主催する貿易交渉委員会を設置すること等を決定した。また、低開発国の輸出拡大を援助するため従来から活動を行なってきたガット国際貿易センターについては、一九六七年八月ガット事務局長と国連貿易開発会議事務局長の間で、この分野ノおける国連の機能とガットの機能を調整強化するため、現在ジュネーヴにあるガットのセンターを基礎に国連輸出振興計画の枠内において、新たに国連貿易開発会議・ガット国際貿易センターを発足させることに合意をみ、その後それぞれの機関の承認を得て共同貿易センターは一九六八年一月から発足した。わが国は従来からセンターの活動に協力してきたが、同センターに対する低開発国の期待の大きいことにかんがみ、低開発国問題対策の一環としてわが国としては今後とも協力を強化していく必要があるものと思われる。

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3 対日ガット第三五条援用問題

一九五五年のわが国のガット加入にあたり、英国、フランス、ベネルックス三国、インド、オーストラリア等一四カ国が、わが国産品の輸出競争力に対する危惧から第三五条を援用したが、その後わが国の努力の結果、主要貿易国については第三五条援用を撤回させることができた。しかし、他方において一九六〇年以来新たにガットに加入する独立国の大部分が、独立時における旧宗主国の対日第三五条援用を含むガット上の権利義務をそのまま継承してガットに加入したため、第三五条援用国は現在三〇カ国に達しており、本問題は主として低開発諸国との貿易関係をめぐる問題となっている。

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IMF(国際通貨基金)との関係

1 国際流動性問題

第二次大戦後の国際通貨制度は、IMF体制の下で、金準備とともに広く国際的な準備通貨として認められてきた米ドルおよび英ポンドを軸として機能し、発展してきた。

しかるに世界貿易の急速な拡大に対し、これら国際流動性の増加は次第に立ち遅れをみせ、ここに国際流動性問題が発生するに至った。すなわち、各国公定準備の大宗をなす金の生産は近年世界的に頭打ちの状態となり、しかも民間の金需要が上昇の一途をたどっているため、貨幣用金の増加にはあまり多くを期待できない。他方基軸通貨であるドル・ポンドの供給増加は、米英の国際収支赤字の累積なくしてはありえないが、米英の恒常的な国際収支の赤字はドル・ポンドに対する信頼を低下させ、国際通貨不安を招くといういわゆる「流動性ジレンマ」が存在し、現行国際通貨体制の問題点として指摘されて来たわけである。

このような状況において、国際流動性問題は一九六三年以来、わが国を含む主要先進国によって構成される一〇カ国蔵相・中央銀行総裁会議やIMFの場において討議されてきたが、一九六七年夏に至り、IMF特別引出権(SDR)という形で新しい準備資産を創出することについて、主要国間の合意が得られ、同年九月リオ・デ・ジャネイロで開催されたIMF総会において、SDR創出案の大綱が満場一致で承認された。更に同総会では、六八年三月末までにIMF理事会において、SDR創出案を、EECより提案されたIMF体制改善案とともに、IMF協定改正案に成立化すべきことが決議され、その後IMF理事会で同改正案草案の作成が行なわれてきた。

この間六七年一一月のポンド切下げを契機として、ドル不安の表面化、再度にわたるゴールド・ラッシュ(投機筋を中心とする金買占めの動き)など国際通貨体制をめぐる大きな動きが相次いで起り、六八年三月にはいわゆる第三次ゴールド・ラッシュが発生、ロンドン金市場が閉鎖されるという事態となったが、急拠ワシントンに招集された金プール諸国(市場金価格維持のため保有金を拠出し、共同で民間市場に介入するため結成された主要国のグループ)中央銀行総裁会議において、民間金市場への介入を停止し、公定金価格と市場金価格とを切離すいわゆる金の二重価格制への移行が決定された。

かかる情勢の中で三月二九、三〇の両日、ストックホルムにおいて一〇カ国蔵相・中央銀行総裁会議が開催され、その結果、フランスは棄権したものの、九カ国の間でSDR制度の創設の方針が確認されるとともに、IMF体制の改善、現行公定金価格制度の堅持等につき合意が成立した。

その後IMFは、理事会においてSDR制度の創設を含む協定改正案を、フランスの態度保留のまま、採択し、同改正案はIMF総務会の承認を得たあと、各国の批准(投票権数の5分の4、国数の5分の3の受諾)を経て発効する段取りとなった。各国の批准手続きが進み、IMF改正案が発効するのは早くても六八年末か六九年初めになるものと予想されている。

最終改正案は三月末のストックホルムでの一〇カ国蔵相会議での合意事項を成文化したものであるが、その骨子は次のとおりである。

(イ) IMFに従来の一般勘定のほか、新たに特別引出権勘定を開設する。SDRは他の国から交換可能な通貨を引出す権利であり、現存の準備資産を補充する目的で創設される準備資産である。SDR発動に関する決定には参加国の投票権数の八五%以上を必要とする。

(ロ) SDR配分の基本期間は通常五年とし、配分は一年間の間隔をもって行なう。

ただし、制度に加入しても、配分を辞退したいと思う国は、配分の決定の際賛成投票をせず、かつその決定に基づく最初の配分に先立って配分を欲しない旨文書でIMFに通知することによって、そのときどきの配分を辞退することができる(選択的不参加権)。

(ハ) SDRは、使用に際して事前にIMFの干渉を受けることなく、国際収支上必要な際には自国のみの判断で無条件に行使できる。ただし、SDRの持込み対象国の決定に際しては、IMFの指導をうける。SDR参加国のうち国際収支黒字国は、SDR保有額が自国の配分額の三倍になるまでは受取りを拒否できない。

(ニ) 参加国は、使用したSDRを復元(返済)する義務を負う。すなわち、SDR発動後の最初の五年間の平均使用残高は、平均純累積配分額の七〇%をこえてはならない。

なおSDRの創出額については、何ら公式の見解は示されていないが、当初は、SDRに対する信頼感を醸成する必要もあり、創出額の決定は慎重に行なわれることとなろう。

またSDRの発動条件については、各国の間で種々議論があったが、結局世界的に流動性が不足しているとの共通の認識、準備通貨国である米英両国の国際収支の改善、各国間の国際収支調整過程が順調に動いていること、の三条件が満たされた場合に発動することとなっている。このうち最も問題となる米英両国の国際収支については、改善があったかどうかの認定は実際に発動を検討する段階で行なうこととなっている。これに関連してフランスは、SDRの発動条件が緩いこと、および国際通貨体制をめぐる基本的な諸問題が充分討議されていないことを理由に、SDR創設を含むIMF協定改正案に対する態度を留保したままとなっており、今後の動向が注目される。このようにSDRには種々の制約や条件が付されているが、SDR創設の目的は、長期的にみて世界貿易の拡大に対応した新しい流動性の必要を満すことにあり、将来この制度が各国の信頼を得て順調に機能し、自由に使用しうる準備ユニットに近いものとして漸次発展すれば、現行の流動性を補完ないし代替するものとして機能するようになることも期待できよう。

今回のIMF協定改正案には、以上述べたSDR創設に関する規定のほか、各国平価の一律変更や、IMFの増資など、重要事項の決定について、従来投票権数の八〇%とされていたものを八五%に引上げるとの改正点が含まれており、その結果一六・七%の投票権数を有するEECにも拒否権が与えられることとなるが、このことは国際経済の分野におけるEECの発言権の増大を反映するものとして注目される(現行規定では二二・〇%の投票権数をもつ米国のみが拒否権をもっている)。わが国は、IMF理事会の理事国として、また一〇カ国蔵相・中央銀行総裁会議のメンバーとして、従来国際金融問題の討議に継続的に参加して来ているが、殊に六七年末からの国際通貨体制をめぐる諸問題の解決にあたっては、主要国間の緊密な国際協力が必要とされていることにかんがみ、政府は他の自由主義先進諸国とともにこれら諸問題の解決促進の努力を続けている。

またSDRについても、新しい流動性の創出は、長期的にみて国際経済の安定的発展を計るための重要な前提条件の一つであり、国際間の信頼を基礎として特別引出権制度を育てていくことが将来の世界経済の拡大のために必要であるとの見地から、政府はこれを支持し、SDR創出を含めたIMF協定改正案に賛成するとの態度を表明している。

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2 対日年次協議

IMFは各加盟国との間で当該国の経済情勢や金融為替政策等に関する年次協議を行なっているが、一九六七年度のIMF対日年次協議は、一一月二〇日より一二月二日までの二週間にわたり東京で開催された。この年次協議は、わが国が一九六四年四月IMF八条国に移行して以来四度目のもので、国際収支上の理由に基づき為替制限を行なっていたいわゆる一四条国当時の年次協議とは異り、為替制限上の問題についてとくに大きな問題もないので、わが国の経済全般につきレビューすることに主眼がおかれた。なお、現在、わが国がIMFの特認をえて例外的に為替制限を実施しているのは、観光渡航の一人一回五〇〇ドルという制限のみである。

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商品問題に関する国際協調の動き

1 一九六七年の国際穀物協定

(1) 概 況

一九六七年七月から八月にかけてローマで開催された国際小麦理事会主催の国際小麦会議において、「一九六二年の国際小麦協定」に代わる新協定として「一九六七年の国際穀物協定」が採択された。

小麦に関する商品協定は、一九四九年に最初の国際小麦協定が成立して以来、累次の取決めがなされて、小麦価格および需給の安定、並びに小麦貿易の発展に寄与してきており、一九六二年の小麦協定は過去二回延長されてきた。しかし、六七年四月の国際小麦理事会では、右協定のうち理事会など管理機構に関する規定が六八年七月末または国際小麦理事会が定めるそれ以前の日まで延長されたのみで、協定の中核である小麦の価格安定および需給の調整に関する規定は六七年七月末で失効することとなった。

一方ガット(関税及び貿易に関する一般協定)主催の一九六四-一九六七年の貿易会議(いわゆるケネディ・ラウンド交渉)においては、日本、米国、英国、豪州、カナダ、欧州経済共同体等一二カ国の間に小麦を含む穀物の価格安定、食糧不足に悩む開発途上国への食糧援助等の事項を含む国際穀物協定交渉が行なわれ、その結果「合意覚書」が作成されたが、一九六七年の国際穀物協定は、この「合意覚書」にもとづいて交渉され作成されたものである(ケネディ・ラウンド交渉における穀物協定交渉については、「わが外交の近況」第十一号参照)。

(なお同協定は、所要の手続を経て六八年七月一日に三カ年の有効期間をもって発効した。)

(2) 新協定の概要

新協定は、前文、小麦貿易規約及び食糧援助規約の三部からなっており、前文は、双方の規約を一本の協定に結びつける役割を果たしている。

(イ) 小麦貿易規約

この規約は、公正かつ安定した価格で、輸入国に小麦および小麦粉を供給し、他方輸出国にはその市場を確保することを通じて、小麦および小麦粉の国際貿易の拡大を促進することを目的としている。これらの目的を達成するため、輸入国は、小麦につき年間輸入量の一定割合以上をこの規約の加盟国から買い入れること、非加盟国からは、協定上の最低価格を下回る価格で輸入しないこと等の義務を負うが、他方輸入国は、通常の場合協定上定められた価格帯に即した価格で輸出国から小麦を輸入することができ、また小麦の供給が不足気味になり小麦の市場が協定上の最高価格を上廻るような場合には、過去の輸入実績に見合う一定数量を協定上の最高価格をこえない価格で輸入する権利を有することになる。

なお供給が過剰気味となり、小麦の市価が協定上の最低価格を下廻るような場合には、輸出国が協定上の最低価格を下廻って輸出しうる様に最低価格を一時的に調整することもできることになっている。

この規約の下には、最高執行機関として国際小麦理事会があり、その下に、執行委員会、価格検討委員会、価格小委員会、事務局等が設けられるが、価格検討委員会は、小麦の価格に関する権限を大幅に委任されており、また事務局は後述の食糧援助委員会の事務局も兼轄することになっている。なお事務局はロンドンにおかれている。

(ロ) 食糧援助規約

この規約は、開発途上国の利益のため、拠出により食糧援助計画を遂行することを目的としているが、これは、従来の小麦協定にはなく、今回新しく盛りこまれた規定である。この目的を達成するため、この規約への加盟国は、六八年七月一日から向う三カ年間、毎年小麦、粗粒穀物またはこれに代わる現金をもって、穀物換算四五〇万トンを分担拠出することを約束するものである。四五〇万トンの分担は、米国四二%、欧州経済共同体二三%、カナダ一一%、日本、英国、豪州各五%、スイス〇・七%、アルゼンティン〇・五%、北欧四カ国二・四%となっており、残余は新加入国に配分されることになっている。この規約による援助を実施するに際し、援助国は受益国を指定することができる。また穀物による援助は受益国の現地通貨による売却(但し、供与国は売却によって得た通貨を自国の利益のために利用することはできない)か贈与の形で行なうことが義務づけられている。本規約の下には、各国の援助結果について報告をうけ、検討することを主目的とする食糧援助委員会が設けられる。なお、この規約には援助拠出国のみが加入しうることになっており、被援助国は加入できない。

(3) わが国との関係

わが国は、一九四九年の国際小麦協定に一九五一年に加入して以来、累次の協定に参加してきた。わが国の小麦の輸入量は近年著しく増大してきており、今後も相当量の輸入を必要とすることが見込まれているが、今次協定の小麦貿易規約に加入することにより、わが国は輸入必要量を公正かつ安定した価格で買い入れることができるのみならず、小麦が不足して市価が高騰した場合にも最高価格をこえない価格で過去の実績にもとづく一定量までの輸入を確保することができる。またこの規約によって、わが国は原則として年間輸入量の一定量を下廻わらない量を規約加盟国から買い入れる義務を負うことになるが、わが国が現在小麦を輸入しているすべての国がこの規約に参加することになると思われるので、この輸入比率の遵守は実際上負担にならないと考えられる。

今次協定のうち食糧援助規約第二条は、開発途上国に対する食糧援助義務について規定しているが、わが国は、援助は貿易に関する規定とは性格を異にするものであり、援助を協定交渉の一環としてとり上げることは妥当でなく、また開発途上国の食糧問題は基本的には農業開発により解決されるべきであるとの立場から、この第二条の規定の受諾を留保した。しかしながら、わが国としても開発途上国に対する援助の必要性とその意義は充分認識しているものであり、この協定の寄託機関である米国政府にあてて、食糧援助規約に定められたわが国に対する割当に相当する額(一、四三〇万ドル)について、米を含む穀物および農業物資で援助を行なうという意図を表明する書簡を発出した。また、食糧援助規約に基づいて設置された食糧援助委員会にはわが国も参加しているが、右委員会への参加は、各国の食糧援助に関する情報や、援助受益国の食糧生産に関する情報を得る上で有益であると考えられる。

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2 国際砂糖協定

国際砂糖協定は、世界の糖価安定をはかるため、一九五八年一〇月国連砂糖会議で締結され、翌五九年に五年の有効期間をもって発足したが、一九六一年に協定の中核である輸出割当量について中間的に検討を行なった際、米国とキューバの間で対立があり、合意に達しなかったため、協定の経済条項(輸出割当量及び価格帯等に関する規程で、協定の実質的内容をなす条項)を停止し、理事会等に関する管理条項のみを残して存続させることとなり、有効期間満了後すなわち一九六四年以降は議定書により経済条項を停止したまま協定の有効期間を延長させて、現在に至っている。現在議定書への加盟国は輸出国三七カ国、輸入国はわが国をはじめ一三カ国であり、事務局はロンドンに置かれている。一方、一九六五年九月UNCTADのイニシアティブにより、新国際砂糖協定締結のための国連砂糖会議がジュネーヴで開催されたが、結局失敗に終わった。またその後UNCTAD砂糖諮問委員会、国際砂糖理事会が協定草案の準備を行ない、六七年一一月一応の案をまとめ、これをべースとした新協定を締結するため、六八年四月一七日から再び国連砂糖会議がジュネーヴで開催されたが、輸出国間で輸出割当量につき調整がつかなかったため、一時中止されている。

なおニュー・デリーで開催された第二回UNCTAD会議では、六八年中に新協定を成立させるべきであるとの決議が行なわれている。

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3 国際コーヒー協定

現行の「一九六二年の国際コーヒー協定」は、一九六八年九月三〇日で有効期間が終了する。このため国際コーヒー理事会は現行の協定を改訂し、「一九六八年の国際コーヒー協定」として、同年一〇月一日以降五カ年間の有効期間をもって新たに発足させることとなった。

コーヒー協定の目的は、コーヒーの国際的需給関係を調整することにより、コーヒーの国際価格を安定させることにあるが、一九六八年の協定は、加盟輸出国の輸出割当、生産規制、多角化基金の設立、非加盟国からの輸入制限、価格帯制度等の規定を一層強化した。

現行協定の加盟国は輸出国四一カ国、輸入国二四カ国で、加盟国間の取引量は世界総取引量の九割以上を占めているが、新協定にも現行協定加盟国のほとんどすべてが加入するものと思われる。

わが国は現行協定の加盟国であり、一九六八年の協定にも引きつづき加入することとし、そのための閣議決定を得て、三月二六日ニュー・ヨークの国連本部において署名を行なった。なおわが国は一人当りのコーヒー消費量が少ないため、協定の規定に基づき新市場国の地位を得ているので、加盟輸出国の輸出割当外のコーヒーを自由に輸入することができることとなっている。

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4 国連ココア会議

ココアの価格変動を防止するための国際協定の作成については、従来関係諸国の間で種々努力が行なわれてきたが、現在までのところ商品協定は締結されていない。国際協定作成のために一九六三年および一九六六年にそれぞれ開催された国連ココア会議では、生産国と消費国との間で合意がえられず、協定の成立をみなかった。またその後一九六七年一一月、わが国を含む四〇カ国が参加してUNCTAD主催の下に第三回目の国連ココア会議がジュネーヴで開催されたが、結局、緩衝在庫の運用資金、緩衝在庫の操作と輸出割当および価格帯との関連等、協定の中核をなす主要問題について生産国と消費国との間で最終的合意がえられず、会議は同年末をもって一時中止されている。

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5 国際ゴム研究会

国際ゴム研究会は、ゴムの生産、消費又は取引に関心を有する国が世界のゴム事情を検討するための政府間機関で、現在加盟国は三〇カ国であり、事務局はロンドンにある。

一九六七年後半、天然ゴムの国際価格が異常に下落したため、一〇月サンパウロで開かれた研究会第一九回総会で、マレイシアが天然ゴム価格下落防止のため、天然、合成両ゴム業界の生産計画を需給にマッチさせる国際取決めの作成を主張し、主要生産国がこれに賛成したが、結局価格安定の短期的措置検討のため、研究会の下部委員会として天然および合成ゴム生産者諮問委員会(業界を含む政府間委員会)が設置されることとなった。諮問委員会は、一二月一一日から一三日までロンドンで第一回会合を開催し、天然および合成ゴムの将来の需給を正しく推定し得る諸措置についての勧告を含む報告書を採択し、次回会合を六八年に開催することとした。

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6 UNCTADゴム会議

一九六七年一〇月アルジェで開かれた開発途上国閣僚会議で、天然ゴム主要生産国閣僚代表がプレビッシュUNCTAD事務局長に対し、最近の天然ゴム国際価格の下落にかんがみ、生産国および消費国のゴム専門家会議の早急な開催を強く要請した。このためプレビッシュ事務局長は一一月貿易開発理事会(TDB)特別会期を召集し、その結果、UNCTADゴム会議を開催することが決定された。これに対し米国等の先進国は、問題の検討は前記諮問委員会(5、国際ゴム研究会の項参照)の専門家によって行なわれるべきであるとし、UNCTADゴム会議の開催には消極的な立場をとった。わが国としては、国内の合成ゴム産業が成長期にあることを充分考慮に入れる必要があるが、他方において一九六七年九月下旬マレイシアを訪問した佐藤総理が、ラーマン首相から天然ゴム価格の安定につき協力を求められ、出来得る限りの協力を約した経緯もあり、かつ天然ゴム生産国がわが国と密接な関係を有する東南アジア地域に集中していることをも勘案し、慎重な立場をとっている。UNCTADゴム会議は一二月一五日より一九日までジュネーヴで二三カ国の参加の下に開催され、天然ゴム生産国側は、(1)天然ゴムの流通正常化のため販売条件等に関する国際コードの取決めについて検討する、(2)半製品を含め天然ゴムに関する関税を引下げ、非関税障壁を撤廃する、(3)新規生産設備投資や備蓄の放出に当ってはゴムの需給関係を勘案する等の勧告案を提出した。しかしこれに対しては西側諸国およびソ連が難色を示したので、結局右勘告案を天然ゴム生産国側のステートメントとして報告書に掲げ、これを努力目標とすることで結着し、会議は閉会した。

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7 国際すず(錫)協定

この協定は、すずの国際的需給関係を調整することにより国際価格を安定させることを目的としており、そのため緩衝在庫の売買操作、加盟生産国による輸出割当などの方法が講じられることとなっている。

国際すず協定は一九五六年に発足してから二回改正されており、現在の第三次協定の有効期間は一九六六年七月から五年間となっている。加盟国は生産国六カ国、消費国一七カ国であり、事務局はロンドンに置かれている。

一九六七年には第四回国際すず理事会が、五月二九日から六月二日まで東京で開催されたが、わが国は、一九六七年度の消費国代表として、理事会第一副議長に選出された。

また六七年一一月の第六回理事会では、英国のポンド切下げに応じて価格帯の暫定的な改訂が行なわれたが、六八年一月の第七回理事会で、若干これを修正し、その結果トン当り最高価格は、一、六三〇英ポンド、最低価格は一、二八〇英ポンドとなっている。

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ECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)との定期協議

欧州三共同体の一支柱であるECSCとわが国との間には、既に一九五四年以来在ベルギー日本大使館を通じ正規の外交ルートが開かれていたが、一九六五年四月、ECSCの鉄鋼総局長が来日した機会に、ECSC側より今後(イ)世界鉄鋼市況、(ロ)鉄鋼の消費及び生産の予測調査、(ハ)原材料の供給(鉄鉱石、くず鉄、石炭)、(ニ)技術の発展と科学的研究の四議題に関し、日本政府及びECSC最高機関の担当局長レベルで定期的な意見交換を行ないたいとの申し入れがあった。これに対し、わが方政府としては、慎重検討の結果、日本及びECSCは鉄鋼輸出国としての共通性をもっていること、鉄鋼のごとき重要な産業分野につき日欧間の相互理解を更に一層深めることは有益である等の見地から、年二回の頻度で東京およびルクセンブルグで交互に本件協議を行なうことに同意し、一六五年九月にその第一回会議をルクセンブルグで開催して以来、すでに六回の協議を重ね、発足以来順調な歩みを続けて成功を収めている。

なお六七年七月欧州三共同体の執行機関が統合され、ECSC最高機関はEEC委員会およびユーラトム委員会とともに欧州共同体単一委員会を構成することとなったので、形式的には先方代表は右単一委員会より出席することになった。

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日本万国博覧会

1 外国政府等に対する招請

一九七〇年に大阪で開催される日本万国博覧会に対し、外国政府および国際機関の参加を得るため、わが国は、昭和四一年八月の閣議決定のラインに副って、わが国と国交のある一二九カ国およびわが国が加盟している諸国際機関と欧州経済共同体に対し、在外公館を通じて招請状を発出した。しかるに前回のモントリオール博開催時期との間隔が短かかったこともあって、各国の参加決定の出足はスタートから鈍り、関係者を憂慮せしめた。万国博は本来、質的にも量的にも次々に充実し拡大していくものと一般に期待されており、さらにわが国としては、アジアで開催される最初の万国博をできるだけ充実したものにするためにも、欧米諸国のみならず、AA地域の発展途上国を含め、モントリオール博参加国数六一を上廻る多数の参加国を確保することを目標とした。このため、一九六六年一一月から奥村政府代表はヨーロッパ、東南アジア、北欧、中南米各国を歴訪して出展参加を要請したが、一方万国博協会においても、石坂会長をはじめ、堀田、井上、菅野各副会長、朝海、黄田、里井各理事がそれぞれ各地域を訪問して参加勧誘を行なった。また総理を始め、外務、通産、労働等の諸大臣および国会議員等も外国出張の際は、訪問国政府に対し参加を要請する等、わが方としてはあらゆる機会を利用して参加国の増加につとめてきている。わが在外公館においても、前記招請状の発出以来、それぞれ任国政府の参加を懇請してきたが、とくに展示館建設費等参加関係資料ができてからは招請活動を全面的に一段と活発化し、大使会議等にも取り上げ、その積極的な推進につき対策が熱心に論議せられた。また、地域別共同参加勧誘は域内各大使館の緊密な連絡の下に行なわれ、その結果北欧四カ国が、共同参加を決定するに至った。またアジア、アフリカ、中南米等の発展途上国に対しては、共同施設を日本側で負担する国際共同館の構想による参加方を呼びかけている。このほか、日本万国博開催二年前に当る六八年三月一五日を機会に、参加未決定国のうち九〇カ国と、四つの国際機関に対して、在外公館長を通じ相手国総理またはこれに相当する行政府の長もしくは国際機関の事務局長に対し、総理大臣名の書簡を発出し、重ねて参加方を要請した。

外国政府の参加は六八年三月末日現在三〇カ国(香港を含む)で、国際機関としては国連が参加を決定している(注参照)。また同日までに一八カ国が不参加を通報越しているが、わが方としてはこれらに対しても極力再考方を促す方針をとっており、フィンランドのごとくかつて不参加を通報越したがその後態度を変更した国もある。

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2 国際連合館の問題

従来ブラッセル博やモントリオール博では特に国際連合館が設置され、国連の出展参加を得ているが、国際連合に対する協力を外交の基本方針とするわが国としても、国際連合館を設置し、日本万国博に対する国連の参加を得ることが、外交的見地からも、また国内において国際連合に対する認識を深めるためにも有益と考えられるので、国際連合館を設置することとし、同館の建設、運営のための費用は、政府補助と財界の寄付金でまかなうこととなった。

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3 政府代表の法制化

一九六六年九月以来、外務公務員法に基づき非常勤の日本万国博覧会政府代表として奥村勝蔵氏が任命され、活動を続けてきたが、万国博開催期日が近づくにつれ、政府代表の任務が急激に増加することが予想されるため、常勤特別職の政府代表を外務省に設置することが必要となった。そのため政府は特に立法措置を講じ、新しい政府代表として萩原徹氏を任命した。

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4 政府代表会議

六八年五月二七日から四日間京都国際会館で第一回の参加国政府代表会議が開催されたが、参加勧奨の意味もあって、この会議には参加未決定国、不参加通報国に対してもオブザーヴァーの出席を要請した。その結果会議には七三カ国、六国際機関、四州市の代表合計一八〇名が参加し、万国博の開催準備の進め方等につき活発な討議が行なわれた。

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(注) 九月二〇日現在参加決定国は香港を含め四四カ国、国際機関としてはその後OECDが参加を決定した。