国際連合第五回緊急特別総会
一九六七年五月から六月にかけて中東問題を審議した安全保障理事会は、現地における停戦に一応成功したが、イスラエル軍の撤兵を含め、問題の実質的解決についてはついに解決策を見出し得なかったところ、ソ連は安全保障理事会での審議が行きづまったとし、中東問題審議のための緊急特別総会開催を要請、右要請は加盟国過半数の支持を得た。かくて国連第五回緊急特別総会は六月一七日開会された。
(1) 六月一九日の総会においてソ連(コスイギン首相)は「今次紛争は世界戦争に発展する可能性がある。イスラエルは米、英、独(西)の支援の下に侵略を行なったが、イスラエル軍の占領地域からの撤退のみが、中東における平和をもたらし得る。イスラエルの主権および独立を尊重することはソ連の基本的政策である」等の諸点を発言し、イスラエルの侵略を非難し休戦ラインまでの即時撤兵とアラブ諸国に対する賠償支払いを要求する決議案を提出した。
(2) 他方、同日ジョンソン米大統領は、ワシントンにおいて、中東問題に関する米国政府の基本方針として、(一)各民族の生存権の承認、(二)難民問題の解決、(三)国際水路の無害通航の自由、(四)軍備競争の制限、(五)政治的独立と領土保全の五原則を声明したが、二〇日の総会において、米国は、当事国に対し停戦の遵守を求めるとともに、右ジョンソン大統領の声明に示された五原則を基礎として、第三者の援助を伴う交渉によって中東の永続的平和を実現すべしとの趣旨の決議案を提出した。
その後各国の一般討論演説と並行して、舞台裏における各グループ間の協議が続けられたが、その結果、右ソ連決議案および米国決議案のほか、(一)アルバニア決議案、(二)インド、ユーゴー等の非同盟決議案、(三)非同盟決議案に対するアルバニア修正案、(四)非同盟決議案に対するキューバ修正案、(五)ラ米決議案、(六)難民救済に関するスウェーデン決議案、(七)エルサレム市の旧状復帰に関するパキスタン決議案が提出され、結局七月四日までに九決議案が正式に提出された。
(3) これら諸決議案のうち、審議の中心となったのは非同盟決議案とラ米決議案であったが、右両決議案の骨子と基本的相違点は次のとおりである。
(一) 非同盟決議案(インド、ユーゴー等一八カ国共同提案)
(イ) イスラエル軍の即時撤退(六月五日の戦闘開始前のライン)を求め、中東問題の平和的解決のため安保理による緊急審議を要請する。
(ロ) この決議の履行を確保し、関係当事国と折衝するための事務総長の代表を任命する。
(ハ) すべての加盟国に対し本決議実施のための援助を要請する。
(二) ラ米決議案(一九カ国共同提案)
(イ) アラブ連合、シリア、ジョルダン各国の領域からのイスラエル軍の撤退ならびに交戦状態の終結と共存確立のための努力を要請する。
(ロ) 武力による領土拡大を否認する。
(ハ) イスラエル軍の撤退実現、国際水路における通航の自由の確保、領土保全と政治的独立の保証等の問題について、安保理の緊急審議を求める。
(4) 右両決議案の基本的相違点次のとおり
(一) イスラエル軍の撤退とその他の中東諸問題との関連について、非同盟決議案は撤退が先決との立場に立つに対し、ラ米決議案では撤退と交戦状態の終結を同時に併記している。
(二) イスラエル軍の撤兵ラインについて、非同盟案は六月五日のラインを明示しているのに対し、ラ米案は単にアラブ各国の領域からの撤退としている。
(5) 中東問題諸決議の表決は七月四日に行なわれ、難民救済に関する決議案およびイスラエルのエルサレム合併を否認する決議案の二決議案のみが採択された。各決議案の表決結果次のとおり。
(一) 非同盟決議案、賛成五四(わが国を含む)、反対四六、棄権一九で否決。
(二) ラ米決議案、賛成五七(わが国を含む)、反対四三、棄権二〇で否決。
(三) エルサレム合併措置の否認に関するパキスタン決議案、賛成九九(わが国を含む)、反対〇、棄権二〇で採択。
(四) 難民救済決議案(わが国共同提案)、賛成一一六、反対○、棄権二(キューバ、シリア)で採択。
(五) 非同盟決議案に対するキューバ修正案、賛成二二、反対七八(わが国を含む)、棄権二二で否決。
(六) 非同盟決議案に対するアルバニア修正案、賛成三二、反対六六(わが国を含む)、棄権二二で否決。
(七) ソ連決議案、各項目を分割投票に付した結果否決。(賛成三四-四五、反対四八-五七、棄権二二-二六)
なおわが国は無条件撤兵の部分には棄権、その他の部分には反対した。
(八) アルバニア決議案、賛成二二、反対七一(わが国を含む)、棄権二七で否決。
(九) 米国決議案は撤回された。
(6) 七月五日の本会議において、わが方松井代表は要旨次のとおり、投票理由の説明を行なった。
(一) わが国は武力の行使または占領という既成事実による領土の拡張は、国連憲章上容認し得ず、またイスラエル軍隊の撤退は、中東における平和の実現のために最も重要な条件であると考え、非同盟案に賛成した。しかし、単にイスラエル軍隊の撤退のみによって長期的解決がもたらされるものでないことは明らかであり、停戦および撤退の監視、武力紛争再発の防止、交戦状態の終了、新たに発生した難民の救済および難民問題全体の長期的観点からの解決、国際水路における航行問題、エルサレム問題、武器供給制限問題等さしあたり解決を要する諸問題並びに、中東の経済開発問題等の長期的諸問題があり、これらの問題は緊急に検討を要する問題である。
(二) 中東をめぐる諸問題の平和的解決を強調するわが国の見解は、ラ米案において特に詳細かつ明確に反映されており、わが国は非同盟案が否決されたあと、ラ米案に賛成した。非同盟案およびラ米案はいずれも中東における紛争の解決と平和の確立を目ざすものであり、従って両案を合併して大多数の加盟国の支持を得られるごとき一本の妥協案作成の努力が進められるべきであったと考えるが、かかる努力が実を結ばず、総会を二分する結果となったことを遺憾に思う。
(三) わが国はエルサレム市の併合をもたらすようなイスラエルの一方的措置に反対するとの理由からパキスタン案に賛成した。
(四) 今次戦乱の結果生じた多数難民の窮状を救うために、国連および加盟国は早急に援助の手をさしのべるべきであり、この見地からわが国は難民救済に関する決議案の共同提案国に参加した。さらにわが国は採択された決議および類似の援助要請のアピールに応えて、UNRWAに対し特別拠金を近く行なう予定である。
(7) 緊急総会は前記表決の後七月五日、いったん休会に入り、さらに一二日再開されたが、同日パキスタンよりエルサレムの地位に関する決議案((一)イスラエルの前記(5)(三)の決議不履行を非難し、(二)安保理に対し、履行確保の必要措置をとるよう要請するもの)が提出され、右決議案は賛成九九(わが国を含む)、反対○、棄権一八で採択された。
(8) 他方、決議案表決後もラ米、非同盟両決議案の妥協案作成について更に舞台裏の努力が続けられたが、合意を見るに至らず、総会は七月二一日、「総会議長に会期再開の権限を与え、臨時に休会する」趣旨の手続的決議案を採択して再度休会に入ったのち、九月一八日、通常総会開会直前に、国連第五回緊急特別総会は、「中東問題を優先事項として、国連第二二回総会の議題とする」趣旨の手続的決議案を採択の上、正式に閉会した。