南 北 問 題
最近南北問題が国際社会において世界的な注目を浴びてきている。
南北問題という言葉は、先進諸国と低開発諸国との間の経済水準の格差を招来している諸原因およびこの格差より生ずる種々の問題、それからこれらの問題を解決するための諸方策などを包括する総称である。従って南北問題とは世界人口の約三分の二を占める低開発国経済問題全般を指すといってもよい。最近、南北問題が注目されるにいたった背景には、政治的独立を獲得した低開発諸国が、自国の経済開発促進に当ってもろもろの困難に直面している反面、先進諸国は前代未聞の長期的繁栄を享受しており、低開発諸国と先進諸国との間の経済格差は拡大しつつあるという事実がある。かかる経済格差は低開発国と、先進国の間に存在する一人当りの所得水準の格差が拡大傾向にあるという現実に最も如実に現われている。すなわち一九六〇年以降の一人当りの所得の伸び率をみると、低開発国のそれは一・五%にとどまり、先進国の年率三・八%の半分にも達していない。一九六六年における低開発国の経済成長率は四・九%と先進国をやや上回ったが、低開発国の人口増加率は年間二・五%で先進国の一・一%の倍以上に達したため、一人当りの伸び率でみると、先進国の平均三・六%をはるかに下回り二・四%にとどまっている。
しかしながら南北問題をかかる経済問題としてのみ捉えるのは不十分であり、その政治性を見逃してはならない。すなわち現在、低開発諸国は国連を中心に国際社会において相当強い発言権を獲得しつつあり、低開発諸国は南北問題に関する限り一致団結してかかる国際的な発言権を背景に、先進諸国に対し低開発国経済の発展のために既存の国際経済秩序の変革を要求してきている。低開発諸国の要求を一言で表わせば、福祉国家の理念を国際社会においても実施し、国際的な所得の再配分を図ることである。かくして共産圏諸国も含めて世界のあらゆる国が協力して南北問題の解決を図るべきであるという国際世論が次第に確立されつつある。
ここで低開発諸国が具体的にどのような経済的困難に直面しているか見てみよう。低開発諸国においては低い貯蓄率、低い技術水準等の国内的困難のほか、低開発国の輸出所得の約九〇%を占める一次産品の輸出は全体としては伸び悩んでおり、この結果、多くの低開発諸国は国内経済開発に必要とする諸資材等の輸入が困難となっており、国際収支難の点からも経済開発の遂行が阻まれている。また、先進諸国よりの低開発諸国向け資金の流れ(純額)は近年停滞気味であり、とくに一九六六年には前年の一〇三億ドルより九九億ドルに減少している。しかし、他面、低開発国の債務累積問題は次第に深刻化している(公的債務残高は一九五五年末一〇〇億ドルであったのが一九六三年二九〇億ドル、一九六四年三三〇億ドル、一九六五年三六四億ドルとなっている。)。すでに一九六五年までにアルゼンティン、チリ、セイロン等について債権繰延べ、緊急援助等の措置がとられたが、さらにインド、インドネシア、ガーナ、アラブ連合等についても現在主要債権国間で、債権繰延べ等について協議が行なわれている。こうした低開発諸国が「離陸」し、安定した発展段階をたどるようになるには長期間を要するし、多額の資金と高度の技術が必要である。しかしながら低開発諸国はこうした資金や技術を自力で調達できないので、経済開発を促進させるために援助の強化を求めるとともに、それ以上に輸出所得の拡大を重視し、そのための諸措置(貿易障害の除去、一次産品の価格安定、製品・半製品に対する特恵供与等)を強く要求するようになっている。六〇年代に入って唱えられてきた「援助よりも貿易」というスローガンはこうした現状を背景として生まれたものである。
このような背景の下に南北問題が一躍世界の注目を集めるようになったのは、一九六四年ジュネーヴにおいて開催された国連貿易開発会議(UNCTAD)を契機としてであった。もちろんそれ以前より、低開発国貿易拡大問題については、ガットが真剣に取組んでおり、一九六五年には「貿易および開発」の部(いわゆるガット新章)を採択し、また、ケネディ・ラウンド交渉においても、低開発諸国の関心産品については、相互主義に基づかずに関税引下げを行なうことを大きな柱の一つにしていた。さらに援助問題についてはDAC(開発援助委員会)において援助の質的、量的拡大のために積極的な検討が行なわれてきた。しかしながら、国連貿易開発会議は世界各地より共産圏諸国も含めて一二一カ国が集まって貿易、援助その他南北問題に関連する全ての諸問題をとりあげてその解決を図ろうとしたという点で極めて意義の大きいものであった。爾来、国連貿易開発会議は国際連合の下の独立機関として常設化され、常設事務局の設置、貿易開発理事会およびその下部委員会の整備を終えて、南北問題のあらゆる分野にわたって、活発な活動を続けてきている。
低開発国輸出の大部分を占める一次産品貿易の分野については、貿易障害の軽減撤廃のほか、商品協定による価格および輸出収益の安定化が図られている。商品協定についてはすでに砂糖、コーヒー、錫などにつき協定があるが、UNCTAD主催の下にココアについて新たに協定を作成し、あるいは砂糖に関する新協定を作るための交渉が続けられており、第一回国連貿易開発会議をひとつの契機として、輸出国たる低開発国の利益を重視した新しい商品協定締結の要求が高まりつつあることが注目される。
製品貿易は未だ低開発国輸出の極く少ない部分を占めるにすぎないとはいえ、低開発国の工業化促進のひとつの鍵と考えられ、その重要性は大きい。この分野での最大の懸案は対低開発国特恵供与の問題である。この問題は戦後の世界貿易の基本原則であった無差別互恵の原則の変更を意味するものであるだけに、過去数年間大きな議論を呼び結論が出ていないが、一九六六年四月には豪州が単独で特恵供与に踏み切り、さらに一九六七年春にいたり、これまでもっとも消極的な態度をとっていた米国が、低開発国の強い要請に対応して積極的態度に転じている。またケネディ・ラウンド交渉の結果について、低開発諸国は低開発国の輸出拡大にそれほど大きく貢献しないと考えており、特恵供与の要求はますます強まりつつある。従って特恵問題は明年二月に第二回国連貿易開発会議を控え新たな局面を迎えつつあるといえる。とくにOECDにおいては先進国間で特恵につき統一政策を打出すべく、本年秋の閣僚理事会を目指して検討が進められつつある。
援助に関する諸問題全般も国連貿易開発会議においてとりあげられており、援助量の増大、援助条件の緩和の問題をはじめ多角的援助構想のひとつとしての補足融資の問題につき検討が進められている。とくに国連貿易開発会議で採択された国民所得の一%を低開発国援助に振り向けるという目標は援助量に関する基本指針となり、各先進諸国はその達成に努力している。一九六五年DAC上級会議において国民所得の一%を低開発国援助に振り向けるというこの目標を確認し、同目的達成のために努力すべきこと、また援助条件緩和に関し、金利の面では、政府べース援助の八一%は贈与、準贈与もしくは利率三%以下の借款、返済期間の面では、政府べ-ス援助の八二%を贈与もしくは七年の据置期間を含む償還期間二五年以上の借款たるべきことが勧告された。
また海運の分野についても、南北問題の観点からの海運問題検討の動きがたかまり、とくに海運同盟の運賃、慣行等の改善、低開発国における商船隊の整備および港湾施設の改善等に関し、新しい角度からの検討が加えられている。南北問題をめぐる国際的な動きは上述してきたとおりであるが、南北問題の解決は根本的には低開発国における「経済成長を妨げる古い障害物や抵抗を克服」するための国民の熱烈な意欲、政府による賢明な自助努力なくして達成されるものではないことはいうまでもない。しかし同時に低開発諸国のかかる努力とあわせて、先進諸国の協力が強く求められており、また低開発国の安定と繁栄なくして世界の平和は確立しえないことを考える時、歴史上未曾有の経済的繁栄を享受している先進諸国としては貿易面、援助面の双方から低開発諸国に協力すべき責務を有しているといっても過言ではないであろう。