資  料

国会における内閣総理大臣および外務大臣の演説

 

第四十九回臨時国会における佐藤内閣総理大臣所信表明演説

(外交に関する部分)

(昭和四〇年七月三〇日)

過去一四年の長きにわたって行なわれてきた日韓両国国交正常化のための交渉は、先般、最終的な妥結に達し、関係諸条約の調印を行ない、ここに両国の関係は、新たな段階を迎えることとなりました。一衣帯水の近きにあるのみならず、歴史的、文化的に深いつながりにある両国の関係が、長期にわたり、不自然な状態のまま推移したことは、まことに不幸なことでありました。歴代の内閣は、この姿を一日も早く解消すべく鋭意努力しましたが、このたびようやくその努力が結実いたしました。いずれ関係諸条約を提出し、御審議を願う所存でありますが、世界の平和とすべての国々との友好を念願するわが国にとって、日韓国交正常化はいかに重要であるかを十分に理解せられ、正しい判断を下されることを希望いたします。今後、両国民が良き隣人となるためには、さらに一段の努力が必要であります。条約の調印は、その第一歩に過ぎません。政府は、国民各位とともに、深くこの点に思いをいたし、互恵平等の立場にたって両国の善隣、友好関係の確立をはかるため、努力したいと存じます。

わが国の平和と繁栄は、国情の如何を問わず、アジア諸国のそれと密接に結びついております。アジアの繁栄なくして、わが国の繁栄はありません。アジアの情勢は、今なお、きわめて流動的であり、この地域に政治的安定をもたらすことの必要性が、今日ほど痛感される時はありません。そのためには、まず、アジア諸国が自ら平和に徹するという強い決意が必要であり、相互間の信頼関係の醸成が大切であります。ヴィエトナムにおいては、今なお、戦火が交えられております。私は、長年にわたって戦禍に苦しんでいるヴィエトナム国民の窮状に対し、深甚なる同情を禁じ得ません。私は、ヴィエトナム紛争が一日も早く解決されることを強く念願するものであります。この際、紛争当事者が無条件で話合いにはいることによって問題の解決をはかることを強く要請いたします。私は、何よりもまず、当事者が話合いによって紛争を解決する態度に踏み切ることが緊要であり、関係者がこの要請に対し、真剣に耳を傾けることを期待するものであります。どのような困難があろうとも必ず平和的に解決すべきであり、政府は、このため全面的な努力と協力を惜しまない決意であります。

私は、この機会に平和について一言申し述べたいと存じます。私は、平和に徹するということを機会あるごとに国民諸君に訴えてまいりました。わが国の国是は、真の平和を基礎としております。外交はもちろん、内政、経済、すべてがこの平和を前提としているのであります。わが国の憲法は、この精神に基づいて制定されました。国際紛争に対しては、絶対に戦争に訴えないというこの崇高な考え方こそ、わが国づくりの大方針であります。真の平和こそ世界人類の理想であり、わが国こそその輝かしい旗手であると確信いたします。

アジア経済の停滞を克服し、開発を促進することは、アジアの安定と平和の達成のため、不可欠の要件であります。アジアの先進工業国たるわが国は、この地域の経済開発を支援する道義的責務をになっております。最近、アジア開発銀行設立の構想がアジア諸国の自発的意志に基づき漸次具体化されつつあり、また、メコン河流域の開発に対する国際的協力の必要性も強く要請されております。わが国としては、アジア諸国の開発意欲と地域協力の精神を尊重しつつ、わが国独自の立場から資金面・技術面での協力を一層拡大強化してゆきたいと考えます。なお、アジアにおける経済開発の問題は、先般開催された日米貿易経済委員会においても、主要な討議事項の一つとしてとりあげられ、両国がそれぞれの立場において、積極的な協力を惜しまないことに意見の一致をみました。

私は、きたる八月一九日から三日間沖縄を訪問する予定であります。私は、現地の実情をつぶさに視察し、去る一月行なったジョンソン大統領との会談の成果に基づく沖繩住民の民生の安定および向上に資したい所存であります。

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第五十回臨時国会における佐藤内閣総理大臣所信表明演説

(外交に関する部分)

(昭和四〇年一〇月一三日)

第五十回国会に臨み、日韓国交正常化のための諸条約の締結および関係案件等の審議を求めるに当たり、当面する外交と経済の諸問題について、政府の所信を明らかにしたいと在じます。

わが国は、戦後、真の平和の実現を国是として今日の繁栄を築いてまいりました。さきの大戦において戦争の惨禍を身をもって経験したわが国民は、世界のいずれの国民にもまして強く自由と平和を希求しております。平和の維持こそ人類の理想であり、わが国が国家の名誉にかけて努力すべき課題であります。今日の世界において、アジアが最も不安定かつ流動的な情勢にあることは、まことに憂慮に堪えません。わたくしは、政権担当以来、国民諸君の強い願望を背景として、わが国の安全を確保し、アジアの平和を守るため、あらゆる努力を傾注してまいりました。このような努力こそ、長い将来にわたって日本民族の繁栄を築く礎となるものと確信いたします。

先般、調印された日韓国交正常化のための諸条約は、戦後一四年の長きにわたり、両国政府が努力を重ねて到達した成果であり、日韓両国間に新しい正常な関係をもたらし、平和と友好を実現するためのものであります。両国は、千数百年来、歴史的、文化的に最も密接な関係にある隣国であり、等しく民主主義をその国是とし、自由世界に属しております。この両国が国交を正常化することは、本然の姿にかえることであり、まことに当然のことといわねばなりません。わたくしは、日韓間の不自然な状態が戦後二〇年間におよび、さらに今後も続くことを放置できないのであります。最も近い隣国たる韓国との間でさえ、平和を達成できなくて、世界の平和を語る資格はありません。

これら諸条約によって、両国間に国交が回復し、外交使節が交換され、請求権問題も最終的に解決されることはもちろん、今次漁業協定によって、関係漁民諸君がながらく苦しんできた漁業問題も解決されるのであります。この結果、わが国の漁船がだ捕されたり、船員が抑留されることもなく、漁民は安心して操業できることになりました。また、紛争の解決に関する交換公文によって、竹島問題について平和的解決の道が開かれました。竹島がわが国古来の領土であることは、いうまでもありません。政府は、今後とも強くその領土権を主張してまいります。

これらの諸条約は、過去の日韓関係を清算し、両国国民が互恵平等の精神に基づいて恒久的な善隣友好関係を樹立し、相提携して繁栄する新時代を築くためのものであります。わたくしは、このことを国民諸君に強く訴えるとともに、韓国国民に対しても、今や日本国民は真に平和を愛する国民であり、過去の不幸な日韓関係を清算し、善意と理解に基づく新たな親善関係を樹立する熱意を有していることを率直にお伝えしたいと思います。政府は、条約の調印を第一歩として日韓両国が、今後よき隣人となりうるよう、さらに一段の努力をいたす所存であります。

日韓諸条約について、南北の統一が実現していない現在、韓国と一方的に条約を結ぶことは適当でないとの議論が一部にありますが、国連総会は一九四八年に、韓国が合法的な政府であることを宣言し、その後引き続きこれを確認しております。また、すでに韓国を承認している国が七〇カ国以上におよんでいる現状において、わが国が韓国と相携えて繁栄の道を求めることは当然であります。さらに、本条約が軍事同盟に発展するおそれがあるとの一部の議論のごときは、なんらの根拠なくして故意に国民の不安をかりたてる、常識では理解できない説であり、わが国の憲法の精神から考えて、断じてありえないことであります。

韓国政府は、すでにこれら諸条約の批准について韓国国会の同意を得ております。本国会においても、これら諸条約の締結について慎重に審議せられたうえ、すみやかに承認されることこそ、国際信義にそうゆえんであると信ずる次第であります。

ヴィエトナム紛争の解決は、今日、アジアのみならず世界の当面する最も緊要な国際問題であります。わたくしは、一日も早くこの地域に自由と平和を回復する必要を切実に感ずるのであります。すでに、米国側は、無条件村議の開始を提案し、北ヴィエトナム側の提案をも討議するとの柔軟な態度を明らかにしております。この際、わたくしは、紛争当事者すべてがジュネーブ協定の原則に立って問題の解決に当たるよう要請いたします。

わたくしは、カシミール問題をめぐり、インドとパキスタンとの間に発生した武力衝突の成り行きに重大な関心を払い、両国首脳に対し平和的解決を強く要請しました。幸いにして去る九月二三日、ウ・タント国連事務総長の努力により当事国が停戦を受諾したことは、国連の権威のためにも、まことに喜ばしいことと存じます。わたくしは、恒久的かつ公正な平和が一日も早くもたらされるよう、国連および両国において、さらに精力的な努力が続けられることを切に期待いたします。

わたくしは、先般沖繩を訪問し、現地の実情をつぶさに視察いたしました。戦後二〇年、廃墟の中からたち上って復興と発展のため、ひたむきな努力を続けている沖繩の同胞の姿に接し、心から敬意を払うとともに、その本土復帰への願望のいかに強いかをあらためて痛感したのであります。沖繩の本土復帰は、沖繩を含むわが国の安全保障の問題を念頭におきつつ、日米両国の相互の信頼の上に立って解決することが必要であります。わたくしは、今回の訪問の経験を生かし、今後もあらゆる機会をとらえて本土復帰の促進につとめる決意であります。当面の問題として、教育、社会福祉、経済等の各分野にみられる本土との格差を解消し、本土住民と同様な福祉を享受できるよう、沖繩に対する援助を大幅に拡充してまいる所存であります。

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第五十一回通常国会における佐藤内閣総理大臣施政方針演説

(外交に関する部分)

(昭和四一年一月二八日)

わたくしは、平和に徹することを外交の基本方針としてまいりましたが、真の平和への道は、困難、かつ、きびしいものがあります。世界の諸国が、基本的には、自国の主張のみに固執することなく、話し合いによって問題の解決を図る姿勢を保ち、そのための根強い努力を続けることが、真の平和達成への道であります。

この意味において最も緊急を要する問題は、ヴィエトナム紛争の平和的解決であります。

わたくしは、昨年末ハンフリー米副大統領の、また本年初頭ハリマン米特使の来訪を受け、米国がクリスマス休戦を契機として北爆を一時停止しながら進めてきた平和工作について詳細説明を受ける機会を得ましたが、その際、米国が問題の解決について柔軟な考え方をとり、真剣に平和を求めていることを確かめることができたのであります。国際世論の大勢も、非同盟諸国を含め、ヴィエトナム問題の平和的解決のためここに一つの好機が到来したものと判断し、北ヴィエトナム政権やいわゆる民族解放戦線に属する人々がこの平和への機会を逃がすことなく、平和への歩み寄りを示すことを強く望んでいるのであります。

政府は、北ヴィエトナムなど関係者がこの強い世界の世論に背を向けることなく、和平のための話し合いの呼びかけに対し、早急に積極的な反応を示すよう訴えてまいりましたが、今日に至るまで、好ましい徴候も現われていないことはまことに残念であります。わたくしは、ここに重ねて関係国の自重を促がすとともに、今後、事態がいかに推移するにせよ、ヴィエトナム問題の解決のため、最善の努力を傾け続ける決意を有することを明らかにいたします。

世界の平和、特にアジアの平和と安定は、直接わが国の国家利益につながるばかりでなく、イデオロギーをこえた人類共通の願望であります。わが国としては第二〇回国連総会において、安全保障理事会の理事国に選出されたことにより、その国際的役割が一段と重要性を増したことを考えますと平和への責任は、まことに重いものといわざるをえません。

他方、戦後の世界情勢の下において、一国の安全を一国のみで確保することができないことは明らかであります。一部に主張されるごとく、わが国が日米安全保障条約を一方的に破棄し、中立を宣言すれば、わが国の安全が確保されるという考えはあまりにも幻想にすぎるのであります。日米安全保障条約がわが国の安全を守り、平和的発展を助けたことは、事実が証明するところであります。わたくしは、現下の国際情勢においてわが国の国家利益を考える場合、自ら国の安全を守る努力をするとともに、日米安全保障体制を維持していくことが、わが国の平和と安全を確保するために最も現実的な政策であると信ずるものであります。

日米安全保障体制の維持は、イデオロギーや政治体制を異にする国々との平和共存を否定し、これを不可能にするものではありません。このことは、最近わが国とソ連との間に、各方面にわたって善隣関係が積み上げられており、このほど椎名外務大臣が、日ソ国交回復後わが国外務大臣として、はじめて訪ソしたことによって実証されるところであります。相互の立場の尊重と内政不干渉の原則にのつとる限り、あらゆる国と平和的に共存することが可能であり、また、わが国もそのために努力を惜しむものではありません。

近時の国際情勢の下において、中国問題は、単にアジアのみならず世界の平和と安定に密接につながる問題として、ますます重要性を加えております。古来より中国民族と密接な関係を有するわが国にとって、長期的な国家利益から見て世界の緊張が緩和され、中国民族全体との間に共存の関係が樹立されることが望ましいことはあらためて申すまでもありません。しかし、中共が現在のごとくかたくなな態度をとり、自ら国際社会復帰への門戸を閉ざしかねない政策をとり続ける限り、事態の前進には、なお幾多の困難があることを認めざるをえないのであります。政府は、中華民国との間に従来の友好親善関係を維持するとともに、中共とは、相互に内政に干渉しないことを前提として、国家利益の存するところを見きわめつつ、慎重に対処していく所存であります。

戦後アジアに芽ばえた民族主義は、多くの国において社会経済基盤の後進性に制約された苦難の道を歩んでおります。また、アジア諸国の中には、今日、深刻な食糧危機や経済危機に直面しているものもあります。アジアの一員としてわが国は、世界の先進国に率先し、最も身近にあるこれら諸国に対し、あたたかい理解を示すと同時に、この現状の改善に資する協力と援助を積極的に進めるべき立場にあります。昨年末、わが国がアジア開発銀行の設立に進んで参加し、また、四月に東京において、東南アジア開発閣僚会議を開催いたしますのも、かかる精神に基づくものであります。また、早急に救援を必要とするアジア諸国に対しては、その窮状打開のため他の先進諸国の理解と協調を求めつつ、緊急の援助を検討し、実効のある施策を進めてまいりたいと思います。

アジアの発展は、アジア諸国の相互信頼と理解に基づく協力関係なしには達成しがたいのであります。この意味において、さきに韓国との国交正常化が実現されたことは、われわれに明るい希望を与えるものであります。わたくしは、今後ともアジアの友邦に対し、相互の立場を尊重しつつ、互譲の精神に立っていっそう協調することこそ発展と繁栄への道であることを呼びかけてまいる考えであります。

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第四十九回臨時国会における椎名外務大臣の外交演説

(昭和四〇年七月三〇日)

最近の国際情勢を概観しつつ、わが国が当面している主要な外交問題について、所信を申し述べたいと存じます。

今日世界の情勢は、全体としては概して安定していると申せますが、このなかにあって、ヴィエトナム紛争をかかえるアジアのみが、遺憾ながら極めて不安定な状態にあります。今日のアジアは、いわば東西両勢力の接点に当っているばかりでなく、地域内には開発途上にある多数の国を擁しているので、東西関係といわゆる南北問題とが相錯綜して、極めて複雑かつ流動的な様相を呈しております。

世界の平和と繁栄のなかにわが国の安全と繁栄を求めんとするわが国外交の第一歩は、アジアの平和と繁栄を追求することでなければなりません。アジアの緊張緩和と平和的建設のために、わが国の増大した国力と向上した国際的地位にふさわしい寄与を行なうことは、アジアに国をなすわれわれの使命であり、責任であります。

ヴィエトナムの紛争が今日のように深刻化したのは、東西対立を背景とする国際政治上の複雑な原因があり、また、南ヴィエトナムにおける社会的事情にもよるところがあることは否定し得ませんが、直接的には、南ヴィエトナムに対する北からの浸透とこれに伴う南ヴィエトナム内での組織的破壊活動が行なわれていること及び一九五四年のジュネーヴ協定が不完全であり、特に休戦保障制度が不備であったことが原因であると考えられます。

今日米国のとっている行動は、インドシナの再植民地化を企図するような意図に出づるものでないことは明らかであります。従って、米国の軍事行動の現在の局面のみに眼を奪われ、これのみを問題にすることは公正な態度ではないというべきであります。

問題の平和的解決を図るには、関係者が話し合いによって紛争を解決する態度に踏み切ることが不可欠であり、しかも国際的約束を守るという保障を得ることが必要であります。これまで、なんらの前提条件なしの交渉開始を求めた非同盟諸国の呼びかけも、また、米国による無条件討議の提案も、共産側の応ずるところとならず、更に話し合いの端緒をつかむことを目的とした英連邦使節団の派遣も、同様、共産側の拒否にあっております。話し合いによる問題解決のためのこれらの試みがいずれも実を結ぶに至っていないことを、政府は深く遺憾とするものであります。関係者による話し合い開始を可能にする環境が早急に醸成され、ヴィエトナムの平和回復への道が開かれることを望んでやみません。政府としても、そのためにできるだけの努力をいたす覚悟であります。共産側もただいま佐藤総理大臣が所信表明演説のなかで行なわれた呼びかけに対し、虚心坦懐に耳を傾けることを希望いたします。

このように不安なアジアのなかにあって、今回日韓間の国交正常化を望む両国民多数の希望が結実して、一〇数年の長きにわたった日韓交渉が遂に妥結するに至ったことは、誠に喜ばしい次第であります。地理的に最も近接し、歴史的、文化的にも極めて密接な関係にある日韓両国が国交を正常化することは誠に当然のことでありますが、両国の歴史的関係にかんがみ、今般の調印は実に画期的な意義を有するものであります。

過去の日韓関係には遺憾ながら不幸な時代があり、この時代について韓国民が心に深い傷痕をもっていますことは、日韓間の新しい関係を展開してゆくに当ってもわれわれが銘記しておかなければならないことであります。われわれといたしましては、今般調印された諸条約が相互に尊重、遵守され、これを基盤として、韓国民と誠意をもって協力し、その繁栄のために応分の寄与をすることによって、このような韓国民の心の傷痕が次第にいやされて行くことを祈念し、また、かかる目標に向って真摯な、かつ、たゆみなき努力を積み重ねて行くよう心掛けなければなりません。

わが国のアジア外交推進に当って重要なことは、アジア諸国の経済開発に対し、わが国が積極的に協力しなければならないということであります。アジアに安定した平和と繁栄をもたらすためには、まずアジア諸国自身が国内の政治的反目や思想上の対立闘争を踏み越えて、貧困、疾病、文盲等を追放し、国民の福祉の向上に努めるという堅い決意をもって、真剣に経済開発に取り組むことが必要であります。更に、このような各国の開発努力は、各国が相互に協力し補完し合う方向で行なわれて、初めて総体的な開発の効果が高められるのであります。

この意味において、わが国としては、経済開発に責任を有する、東南アジア諸国の閣僚が一堂に会し、将来の経済的建設のため、それぞれの政治的立場や社会的思想を離れて腹蔵のない意見を交換する場ができれば、この地域諸国の連帯関係を強化し、先進諸国の善意の協力のもとに経済開発の着実な促進をはかる上に大きく貢献し得るものと考えております。関係諸国の賛同がえられれば、かかる会議を適当な時期に東京において開催いたしたいと考えております。

わが国としては、国内に農業、中小企業等の問題をかかえ、また、社会開発のために多額の資本投下を必要としているので、援助の強化拡大を一挙に図ることは困難でありますが、政府としては、国連貿易開発会議や経済協力開発機構の開発援助委員会等における援助強化の国際的要請をも充分勘案し、国民所得の一パーセントを援助目標としつつ、国力の許す限りアジアを中心とした開発途上にある諸国に対する資金協力及び技術協力の一層の拡充を図り、南北問題の解決のために建設的な役割を果したい考えであります。

先般六月末よりアルジェリアにおいて開催を予定されていた第二回アジア・アフリカ会議は、会議開催直前に現地において政変が勃発したこともあって、結局本年秋まで延期されることとなりました。私は、来るべき会議はアジア・アフリカの大多数の諸国の参加を得て、名実ともにアジア・アフリカ会議たるにふさわしい穏健かつ建設的な会議にならなければならないと思っております。

以上、私は、分後ますます積極化すべきアジア外交を中心に申し述べましたが、アジア以外におきましても増大した国力と向上した国際的地位にふさわしい強力な外交を推進して参る覚悟であります。

わが国外交の基調の一つは、国際連合の強化でありますが、今日程国連の強化が必要とされる時はないのであります。これが実現は、一に、国連憲章の目的と原則を遵守せんとする加盟国の熱意いかんに懸っております。わが国は、あくまでも国連をもり立て、これが有力なる世界平和機構となるようあらゆる努力を惜しまない所存であります。わが国が今秋の国連総会における安保理事会理事国選挙に立候補いたしましたのは、わが国のかかる積極的熱意のあらわれであります。

ILO結社の自由及び団結権保護条約、いわゆる第八七号条約については、政府は、去る六月一四日批准書の寄託を了し、多年の懸案を解決しましたが、今後ともILOの諸活動に対しては、わが国の実情を考慮しつつ、できる限り協力して参る所存であります。

戦後一貫してわが国経済外交の重要な柱の一つであった「先進国としての国際的地位の確立」は、昨年四月のIMF八条国への移行、OECDへの正式加盟により名実共に実現し、わが国は世界における有数の先進工業国として、低開発国問題等世界経済が直面している諸問題に関し、一層重い責務を担うことになりました。特に、わが国は先進工業国のなかで、低開発国に対する貿易依存度の最も高い国でありますが、これ等諸国はわが国に片貿易の是正を強く要求する一方、最近わが国に対し輸入制限を強化する動きを顕著に示しております。わが国としては、今後とも低開発国問題に関する種々の国際会議に積極的に参加し、低開発国貿易の拡大のための国際的協調を行なうとともに、二国間においても、問題解決のため種々対策を講じてゆく所存であります。

ひるがえって先進国との経済関係を見ますに、わが国は自由無差別の原則に基づく世界経済の発展を図らんとするケネディ・ラウンドの意義を高く評価しつつ、これに積極的に参加貢献しております。わが国としては、今後とも二国間定期協議、ガット、OECD等の多数国間会議の場を積極的に活用し、対日差別の撤廃などわが国輸出環境の改善を図りつつ、国際協調のなかにわが国経済の繁栄を求める所存であります。

共産圏諸国との貿易につきましては、もとよりわが国は自由陣営の一員としての責任を充分認識し、共産圏貿易は自由諸国との協調を崩さない範囲において、わが国の資金力や国際情勢等を充分勘案しつつ拡大してゆく所存であります。中共貿易についてもこの点例外ではありません。

わが国の国力が増大し、国際的地位が向上するに伴い、アジアの安定、ひいては世界の平和に貢献するためのわが国の役割に対する期待はますます強まっております。私は、国民各位が政府の外交方針及び施策に対し、充分の理解と協力を示されるよう期待するものであります。

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第五十回臨時国会における椎名外務大臣の外交演説

(昭和四〇年一〇月一三日)

最近の国際情勢特にアジアを中心とした情勢と、これに対処すべきわが国の外交のあり方について、所信を申し述べ、併せて日韓諸条約の大綱について御説明いたしたいと存じます。

私は、このたび、国際連合の第二〇回総会に出席してわが国の基本的外交政策を表明して参りました。その機会に、私は、凡ゆる機会を捉えて各国代表と親しく懇談いたしました。私は、各国特に先進諸国が世界の平和を確保するためにそれぞれ相応の犠牲を払いつつ努力していることに深い感銘を受けたのであります。

今日わが国力の増大と国際的地位の向上は、国連の内外を問わず、世界に喧伝されております。それだけに、わが国に対する世界各国の期待は、極めて大きいのでありまして、今や国際社会の有力なる一員となったわが国は、進んでこの期待に応えなければならないのであります。もちろん、わが国は、憲法の建前から国際社会において貢献すべき手段に制約がある次第でありますが、それだけに人一倍、あるいは経済的に、あるいは文化的に、国際社会の発展に貢献すべき責務を有しているのであり、また、今や充分に貢献し得るのであります。

今日、世界は、幸にして、米ソ二大陣営の間に相互理解の気運が醸成され、概して緊張緩和の方向を辿っております。併し、大規模な世界戦争の脅威が薄らぐにつれ、反って局地的な紛争が続発する傾向にあります、殊に、開発途上の国々が多数存在し、しかもこれら諸国を繞って諸勢力が拮抗しているアジアにおいて、この傾向が最も顕著であります。今日のヴィエトナム情勢及びカシミールを繞るインド・パキスタン間の紛争を初め、シンガポールの分離独立及びインドネシアの国内情勢等、いずれも極めて流動的な様相を呈しております。等しくアジアに国をなすわれわれは、このようなアジアの情勢が一日も早く安定することを強く希望するものでありますが、同時に、われわれは、わが国がアジアにおける不安の解消とアジアの人々の福祉の向上に努めることが、とりもなおさずわが国の安全と繁栄に寄与し、延いては世界の平和につながっていることを悟らねばなりません。われわれは、単に平和を唱え安全を希望するにとどまらず、広く国際社会の安全と繁栄をかちとるために、わが国力にふさわしい寄与をなすべき使命と責任を有しているのであります。

このような見地から、私は、今回わが国が韓国と国交を正常化することとなりましたことに、極めて大きな意義を認めるものであります。わが国が最も近い隣人たる韓国と国交正常化を行なうことは、アジアの平和と繁栄を求めるための第一歩に外ならないからであります。韓国は、わが国と地理的に最も近く、歴史的、文化的にも極めて密接な関係にあるのみならず、わが国と同じく自由民主主義をその国是とし、既に世界の大多数の国々と外交関係を結んでおります。わが国が韓国と国交を正常化することは、全く当然のことであります。日韓国交の正常化がこれまでできなかったことこそ、実に異常なことであると言わなければなりません。

去る六月二二日に日韓両国間に調印されました基本関係に関する条約及び関係諸協定は、この異常な事態ないし関係を正常に戻すことを目的とするものであり、このため日韓間に存在している諸懸案を解決するとともに、将来に向って日韓両国民の間の幅広い協力関係を定めたものであります。その使命は、自由と互恵平等の原則の下に日韓両国民の間に恒久的な善隣友好関係を樹立することにあります。

しかるに、世上、日韓諸条約が朝鮮統一を害するとか、あるいは、北東アジア軍事同盟の結成に連なるものであるとかの説をなすものがあります。

私は、朝鮮が南北に分裂して相抗争している現実は、朝鮮民族の悲劇であるばかりでなく、アジアの平和への脅威でもあると存じます。しかし、朝鮮の統一ができない原因は、広く世界情勢全般の動きにもよることながら、直接的には統一方式につき北鮮側が国連監視下の自由選挙という言わば国連方式に同意しないことに由来しているのであります。従って、日韓条約の締結が南北統一を害するとの議論は、全く客観的事実に合致しないものであります。われわれは、朝鮮の統一を願うことにおいて人後に落ちないものでありますけれども、このような現実を直視せざるを得ないのであります。

また、言うまでもなく、われわれは、日韓国交正常化後といえども、両国間の軍事的な協力を行なうようなことは、一切考えておりません。一四年にわたった日韓会談において軍事協力の問題がとり上げられたことは一度もありませんし、韓国側も軍事的な同盟を結ぶ考えがないことを繰り返し言明しております。

顧みまするに、この一〇数年の間、両国の交渉当事者は、両国間の困難な懸案と取り組んで一歩一歩解決の歩みを進める地道な努力を重ね、盤根錯節を切り開いて遂に今般の条約の調印にまで漕ぎつけたのであります。もとより相手方のある条約交渉である以上、互譲妥協は必要であり、一方の主張が百パーセントの貫徹を得ることは望み得ませんが、今般の条約は、日韓両国関係の現実において両国がもち得る最善のものであると確信しております。これら条約等の締結について国会の御承認を求めておる次第でありますが、この際これに関して趣旨を御説明いたしたいと存じます。

第一に、基本関係に関する条約は、善隣関係及び主権平等の原則に基づいて両国間に正常な国交関係を樹立することを目的とするものであり、両国間に外交関係及び領事関係が開設されることを定め、併合以前のすベての条約はもはや無効であること、及び韓国政府が国際連合第三総会の決議第百九十五号に明らかに示されているとおりの朝鮮にある唯一の合法的な政府であることを確認し、両国間の関係において国際連合憲章の原則を指針とすること等両国間の国交を正常化するに当っての基本的な事項について規定しております。

第二に、漁業に関する協定は、漁業資源の最大の持続的生産性の維持、同資源の保存及びその合理的開発と発展を図り、両国間の漁業紛争の原因を除去して両国の漁業の発展のため相互に協力することを目的とするものであり、公海自由の原則を確認し、それぞれの国の漁業水域を設定しその外側における取締り及び裁判管轄権は漁船の属する国のみが行なうこと、共同規制水域を設定して暫定的共同規制措置をとること等、両国間の漁業関係について規定しております。

第三に、財産及び請求権の解決並びに経済協力に関する協定は、両国及びその国民の財産並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題を解決し、並びに両国間の経済協力を増進することを目的とするものであり、両国及びその国民の財産、権利及び利益並びにその国民の間の請求権に関する問題を完全かつ最終的に解決することを定めるとともに、韓国に対する三億ドル相当の生産物及び役務の無償供与並びに二億ドルまでの海外経済協力基金による円借款の供与による経済協力について規定しております。

第四に、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する協定は、戦前からわが国に居住しわが国の社会と特別な関係を有するに至っている大韓民国国民に対して日本国の社会秩序の下で安定した生活を営むことができるようにすることによって、両国間及び両国民間の友好関係の増進に寄与することを目的とするものであり、これらの韓国人及びその一定の直系卑属に対し、申請に基づく永住許可を付与すること並びにそれらの者に対する退去強制事由及び教育、生活保護、国民健康保険等の待遇について規定しております。

第五に、文化財及び文化協力に関する協定は、文化面における両国の歴史的な関係にかんがみて、両国の学術及び文化の発展並びに研究に寄与することを目的とするものであり、文化協力の一環として一定の文化財を韓国政府に対して引き渡すこと等を規定しております。

第六に、紛争の解決に関する交換公文は、両国間のすべての紛争を、別段の合意がある場合を除くほか、外交上の経路を通じて解決すること及びそれができなかった場合には、調停によって解決を図るもりとすることを定めております。

これら諸条約の上に立って両国間の友好関係が増進されますことは、単に日韓両国及び両国民の利益となるのみならず、更に、アジアにおける平和と繁栄とに寄与するところ少なからざるものがあると信ずる次第であります。

併し、一たび目を南方に転じますと、今なおそこでは、激しい政治的、社会的緊張が渦巻き、地域によっては戦闘という最悪の事態の下にあり、誠に不安定かつ暗澹たる状況であります。本来アジアの建設のために向けられるべき貴い資源と尽力が、かかる戦闘のために浪費されつつあることは、真に遺憾なことと申さねばなりません。

なかんずく、ヴィエトナムにおいては、いまだに戦火が終熄するきざしも見えません。米国は、紛争の平和的解決のため、無条件討議を提案し、英国あるいは非同盟諸国を初めとする諸国が交渉による解決の実現を目的として国際的努力を行ない、わが国もまた累次にわたって話し合いの開始を呼びかけているのでありますが、北ヴィエトナム側は、これに応ずることなく自己の条件を飽くまで主張して完全勝利まで戦うと宣言しております。ヴィエトナム国民の安全と福祉が達成される日の到来は、近い将来には容易に望めない状況であります。

アジアの平和を希うわが国は、かかる事態を深く憂うものであります。南ヴィエトナムの独立を確保し、平和裡にヴィエトナム民族が繁栄の道を見出し得ることとなるよう、わが国は、すべての紛争当事国が早急に話し合いに入り、ジュネーヴ協定の原則に立って問題解決を図ることをここに重ねて要請いたします。

カシミール問題を繞りインドとパキタンとの間に勃発した武力衝突は、流動的なアジアの情勢に更に脅威と緊張を与えるものとして、わが国初め世界の主要諸国の深く憂慮するところでありました。幸にして、国連事務総長及び安全保障理事会の弛みなきかつ真摯な努力の結果、両国首脳が九月二三日をもって停戦を受諾するに至りましたことは、紛争の平和的解決を希求するわが国の最も歓迎するところであります。やがて印パ両国間に紛争が公正に解決せられて恒久的な平和がもたらされるよう、国連において更に努力が統けられることを希望する次第であります。アジアの平和と安定を確保する責務を有するわが国としては、この印パ紛争が国際社会の正義と衡平の原則に基づいた解決を見るよう協力する用意があることをここに表明すると同時に、また、他のすべての国がいやしくも事態の悪化をもたらすような行動を厳に慎しむべきであると考えるのであります。

わが国は、国際連合に加盟して以来、一貫して国際連合への協力と支持を誓い、国際連合を強化することを、わが外交の基本方針として参りました。わが国は、国際連合が世界の平和維持機構として健全な発展を遂げることを衷心より期待するものであります。従って、国際連合の強化特にその平和維持機能の強化のためできる限りの努力をすることは、わが国の負うべき国際的責務の一つであります。国際連合が直面していた財政的困難を解決するため、わが国も、他の加盟諸国とともに、応分の自発的拠出を行なう用意があり、このことは、私の総会における演説において明言して参りました。

低開発国の経済開発の問題は、今日の世界が直面している最大の問題の一つであります。わが国としても、単にわが国自身の利益の見地からのみならず、先進諸国の一員としてその対策を真剣に検討すべき時期に来ているのであります。こうした見地から、わが国としては、援助拡大の国際的要請を勘案しつつ、低開発諸国に対する援助は今後一層強化拡充して行く必要があると存じます。また、低開発諸国との間の貿易増進の見地からも、これら諸国の開発を支援し、わが国の輸入拡大に資するような資金的、技術的協力をできる限り行なうことも必要となって来ております。

最近、アジアにおいても、低開発地域の経済開発のための国際協力が、顕著な進展を見せております。アジアの平和と繁栄に深い関心と大きな責任を有するわが国としては、これらの動きを大いに歓迎するものであります。わが国も、アジア開発銀行に対する二億ドルの出資、あるいは、ナムグム・ダム建設計画に対する寄与等、積極的な協力を行なう方針であります。不幸にして戦火の絶えないこの地域にもこのような平和的建設を目指す計画が関係諸国の協力の下に進められつつあることは、喜ばしいことであります。

東南アジア諸国の経済開発につきましては、まずこれら諸国が真に経済開発の重要性を認識し、その自発的意志に基づき、かつ、相互の連帯関係を強化しつつ、進めるべきものと考えております。このため、わが国としては、経済開発に責任を有するこれら諸国の閣僚と腹蔵なく意見を交換するための会議を開催する考えであります。このような考え方に対し関係各国とも基本的に賛意を表しておりますので、今後とも関係各国の意見を充分に尊重しながら、なるべく早い適当な時期に会議を開催したいと考えております。

以上、私は、わが国外交の当面の課題たるアジアの諸問題を中心として、わが国の基本的立場を申し述べましたが、アジア以外におきましても、米国との提携、西欧諸国との協調、更にソ連、東欧諸国との関係の増進等、わが国の増大した国力を背景として自主的立場から強力な外交を推進し、もってわが国の安全と繁栄を追求してゆく覚悟であります。しかし、そのためには、われわれは今日の日本に寄せられている各国からの期待を裏切ることなく、国際社会の安定と繁栄に貢献すべきわが国の責務を充分に果す覚悟と用意がなければならないことを繰り返し強調して、国民各位の御理解と御支援を期待するものであります。

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第五十一回通常国会における椎名外務大臣の外交演説

(昭和四一年一月二八日)

現下の国際情勢を概観し、わが国外交の当面する重要問題につき所信を申し述べたいと存じます。

近時主たる国際的対立の舞台はアジアに移り、また、東西それぞれの側においてその勢力関係が多元化の様相を呈し、国際関係はますます複雑になってきております。これに伴って、わが国の国際政治の場における責任は、愈々重大となって参りますとともに、わが国がその国力に相応した責任を果すよう要望する声が内外に高まっております。昨年国連第二〇回総会において、わが国が多数の国連加盟国の支持を得て安全保障理事会の非常任理事国に選ばれましたのは、このような事実の帰結に他なりません。世界の安全と平和の維持に最も大きな責任を負っている安全保障理事会の理事国として、今後わが国は平和と安全に関するすベての問題について、一層積極的にわが国の見解を表明し、その解決のための措置に協力するよう努力して行きたいと考えます。

わが国とアジア諸国との関係を見まするに、私はアジアにおける不安の解消とアジアの人々の福祉の向上が、とりもなおさずわが国の安全と繁栄に連なり、ひいては世界の平和に寄与することを確信するものであります。

昨年一二月一八日、日韓諸条約批准書の交換が行なわれ、多年にわたりわが国外交の主要な懸案となっていた日韓国交の正常化が実現されるに至ったことは、慶賀にたえません。すでに漁業協定をはじめ諸協定は円満かつ順調に実施に移されておりまして、この短い期間に達成された成果から見ても、両国の関係が今や急速に緊密化して行くことは、疑問の余地のないところであります。

更にカシミールを繞るインド、パキスタン間の紛争について、タシケント会談の結果平和解決の曙光が見えて来たことは、アジアの平和と安定のためにまことに慶ばしい次第であります。

中華民国との友好親善関係は近時ますます増進されつつあり、また、中共との間においては、従来通り政経分離の原則に基づき民間レヴェルでの交流が進展しておりますが、私は今後とも国際情勢の推移を慎重に勘案しつつ、施策を推進して行く考えであります。

現在の世界情勢就中アジアの情勢において、ヴィエトナムの紛争はアジアの安全に対する大きな脅威であり、その帰趨に深甚なる関心を有するものであります,昨年末以来米国が活発な和平推進の動きを示していることは、ヴィエトナムにおける平和招来のため新たな気運をもたらすものとして、これに注目した次第であります。加えて昨年末から本年初頭にかけて、米国ハンフリー副大統領及びハリマン特使が来日し、日米首脳間において卒直なる意見の交換を行ない、これにより米国のヴィエトナム問題の解決に対する真摯な意図を改めて確認したのであります。

わが国はかねてからヴィエトナム問題解決のため、速やかに話し合いを開始するよう関係国に呼びかけて参りましたが、新たな事態の進展にかんがみ、話し合い実現のため一層積極的に協力すべく、今般私のソ連訪問の機会にヴィエトナム問題の解決がいかに必要、かつ可能であるかにつき、ソ連指導者に強調いたし、ソ連側の協力を要請したのであります。

以上の如き一連の動きは、たとえ直ちに効果をもたらし得なくとも、その意義は極めて大なるものがあり、私はかかる動きを契機として、ヴィエトナム紛争の平和解決への努力が次第に勢を増して行くことを期待するものであります。現在の国際社会において、政治的信条と社会体制を異にする諸国間の平和共存の意義が広く理解されつつあるとき、アジアの一角で激しい戦火が続いていることは、極めて不幸というほかなく、北ヴィエトナム側がヴィエトナムの平和を熱望する世界諸国民の声に耳を傾けて、平和裡に話し合いに応ずることを強く希望するものであります。

インドネシアの情勢は流動的であり、経済的困難は一層深まっているものと見られますが、わが国といたしましては、同国民がこれらの困難を克服して国造りを進めて行くことに対し、今後とも協力を惜しまないものであります。

国の安全を確保することは、あらゆる内政外交の根幹をなすものであります。われわれは国際連合が真に世界平和維持機構としての機能と役割を果し得る日が一日も早く到来することを願っており、国連強化のための協力を惜まないものであります。しかしながら、現段階ではわが国の安全保障を挙げて国際連合に託することはできないのが実情であります。わが国は国の安全をはかるために、戦後独立回復の際、自由と民主主義の擁護を共通の信条とする米国と安全保障条約を結ぶ道を選んだのであります。以来一〇数年間の長きにわたり、わが国民は国の安全について何等の不安を懐くことなく、経済の安定と繁栄をなし遂げることができました。このことを承知しているわが国民の大多数は、今後も日米安保体制が維持されることを強く望んでいるものと確信するものであります。

他国と共同して自国の安全保障をはかるためには、相手国との相互信頼関係を維持することが不可欠であります。わが国は米国が安全保障条約に基づく日本防衛の義務を果すことを期待し、またそれを確信しています。それと同時にわが国も条約上の義務を誠実に果す用意がなければならないことは当然であります。条約上の義務を忠実に履行することによってこそ、米国に対しても真のパートナーシップに基づく発言力を確保し、広く世界の問題についても、わが国が積極的役割を果し得ると信ずるものであります。

わが国の安全を確保するという観点のみに止らず、経済、文化その他国際関係の全般にわたり、米国との良好な関係を維持することが、わが国にとっていかに重要であるかは、多言を要しないところであります。米国もわが国との友好関係の発展に多大の関心を寄せております。昨年末日米航空協定につき新たな合意が成立し、わが国はニュー・ヨーク及び以遠へ就航する権利を獲得し、世界でも数少ない世界一周航空路を持つ国となりました。両国政府がこの長年の懸案の解決に成功したことは、日米両国が相互関係の発展に共通の利益を見出し、それに対する障害をとり除くことに大きな熱意を有することの現われであると考えます。

私は、このたびソ連政府の招待により日ソ国交回復後日本の外務大臣として初めてソ連を訪問して、帰国いたしたところであります。同国滞在中、日ソ航空協定及び貿易協定に署名したほか、コスイギン首相、グロムイコ外相をはじめとするソ連政府首脳と会談し、日ソ間の諸問題及び重要な国際問題について意見の交換を行ないました。

まず、航空協定の締結により、シベリア上空を経由して東京、モスクワの直通航空路線を開設することとなり、これから二年以内には自国機、自国乗員による相互乗り入れが行われ、東京と西ヨーロッパ間の最短路線の実現が期待されることとなりました。また、貿易関係も今後五カ年間にわたる長期貿易協定が結ばれ、その将来の見とおしは誠に明るいものがあります。更に今回の会談において、日ソ領事条約を速やかに結び、領事館を相互に開設することが望ましいことに意見の一致をみたほか、ソ連側は安全操業問題及び邦人の帰国、墓参問題についても今後とも協力を約しました。私は北方領土問題についてわが国の立場を重ねて強く主張いたしましたが、ソ連側が従来の態度を変えることなく、同問題は解決済みであるとの主張を固執したことは、私の深く遺憾とするところであります。政府としては、この問題については、国民的願望を背景として、将来とも機会あるごとにわが国の立場を強く主張しつづけて行く所存であります。また、国際問題につきましては、さきに申し述べましたとおり、ヴィエトナム紛争の問題を中心に意見の交換を行ない、ヴィエトナム紛争が関係諸国のみならず世界平和全般にとって危険であることについて意見の一致をみました。しかし残念ながら、紛争解決の方途については双方の立場の一致をみるに至りませんでした。

このたびのソ連訪問を通じ、立場を異にする幾つかの問題はありましたが、私は、両国間の政治社会体制の相違にもかかわらず、双方が誠意をもって話し合えば長年の懸案も少しずつでも解決をみ得るものであり、このような両国の善隣関係の発展は、アジアにおける緊張緩和ひいては世界の平和に寄与するものであるとの信念を、ますます固くした次第であります。

現下の流動する国際情勢下において、わが国として自由陣営の重要な構成員たる西欧諸国との間に充分な意思の疎通を図る必要はますます増大しております。このような観点から、私は西欧諸国との友好関係を一層緊密化するため、英、仏、伊政府首脳と定期協議を行なっており、今回はソ連訪問の後かかる定期協議の一環としてエアハルト首相ほかドイツ政府首脳とも有益、かつ忌憚なき意見の交換を行なって参りました。

最近、中近東及びアフリカ諸国の国際的発言力の強化は著しいものがあります。これら諸国とわが国との関係は、日毎に発展しつつありますが、一方これら諸国においては、政治情勢が大きく動いております。わが国としては、これら新興諸国が困難を克服し国造りを進めるための応分の協力をしつつ、相互理解と友好関係の強化に一層努力して行く考えであります。このため、近く中近東に特派使節を派遣することといたしました。

中南米諸国とは伝統的に友好関係にありますが、近時この関係は一層緊密の度を加えますとともに、経済的、文化的にもこれら諸国とわが国との交流の分野は、ますます拡がりをみせております。また、これら地域に対する移住は順調に進んでおり、このほかカナダ、米国等も技術と能力を備えた移住者を求めているのでありまして、政府といたしましても、海外移住の促進に努力して参る所存であります。

国際経済の面におきましては、世界貿易史上画期的な試みといわれるガット関税一括引き下げ交渉は、EEC内部の対立もあり難航を続けており、本年中に大きな山ばにさしかかるものと考えられます。わが国としてもこの交渉を成功させ、世界貿易を画期的に伸長せしめるため一層の努力を払う所存であります。

また、わが国の一方的な大幅出超となっている低開発国に対しては、これら諸国との友好関係、経済的互恵の確保増進のため、これら諸国の開発を支援し、わが輸入拡大に資するような協力を行なう方針で協力の具体化につき着々話し合いを進めております。

世界貿易の伸長と国際社会の繁栄を希求するものとして、ここに強調しなければならないのは、低開発諸国に対する経済協力の問題であります。低開発国の経済開発の問題は二十世紀後半において世界に課せられた最大の問題の一つであります。これらの諸国の開発に当っては、先進国の援助が不可欠でありますが、これについては、すでに一昨年の国連貿易開発会議、昨年のOECD開発援助委員会等において、援助の規模を増大し同時に援助条件を緩和するよう強く要請されました。わが国も先進工業国の一員として、あらゆる困難を克服してこの重大責務を果すべく、低開発国援助を飛躍的に拡充いたす所存であります。

とくにアジアにおいては、わが国は唯一の先進工業国であり、アジアの平和と繁栄に貢献することはわが国に課せられた使命であります。アジアの一部に紛争や貧困が存在している今日、この地城に対するわが国の経済協力をできる限りの分野で強化することは、われわれの責務であり、また、長期的にみてわが国自身の国益にも資するゆえんと信じます。わが国としては、すでにアジア開発銀行への出資、メコン河開発計画の一環をなすナム・グム・ダム建設援助費の拠出等を約束しておりますが、今後アジア各国の実情と希望に応じて、効果的に援助の責任を果して行く所存であり、本年をアジア地城に対する協力の強化拡大の第一年としたい考えであります。

よのような拡大された協力のためには、アジア諸国の考えをも充分に聴かなければなりません。そのための真摯な努力の第一歩として、来る四月上旬、東京において東南アジア開発閣僚会議を開き、東南アジア諸国の経済開発に責任を有する閣僚から腹臓のない意見を求め、またわが国の考えをも述べる機会を持ちたいと考えております。

経済面における外交と並んで近時ますます重要性を増してきましたのが、文化面における外交であります。平和を愛好し、高度な文化を有する民主的な近代工業国家としてのわが国の実情を世界各国々民に充分認識させ、また、わが国民も正しく諸外国の実情を把握することにより相互理解を深めることは、わが国の外交を進めて行く上に必要欠くべからざるものであります。政府としては、この面における施策を更に積極的に推進する所存であります。

現下の世界情勢を考えますとき、国際社会の一員としてわが国の果すべき責務と役割は、極めて重かつ大なるものがあります。私は、かかる世界の期待にそむかざるよう、また、わが国の国益増進のため、わが国の充実した国力と向上した国際的地位を背景として、積極的に諸般の施策を推進して行く所存であります。私はこの点につき、国民各位の理解ある御協力と御支援を切に期待してやまないものであります。

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