アジア諸国(共産圏諸国を除く)と日本
一九六五年におけるわが国の対アジア(共産圏を除く)貿易は、輸出二一億八、七二五万ドル、輸入一四億六一八万ドル(通関統計)で、前年に比しそれぞれ二三・三%及び八・七%の増加を記録した。輸出についてみると、前年に比し大幅な伸びを示したのは、インドネシア(六九・〇%)、韓国(六五・七%)、中華民国(五八・〇%)、ラオス(六四・二%)、ビルマ(三七・九%)、パキスタン(二九・〇%)、マレイシア(二六・〇%)などであり、その他についても香港(一・四%減)、セイロン(一・五%減)を除いては着実な伸長を示した。他方輸入の伸びは、わが国経済の不況を反映して全世界から総輸入額の伸びが二・九%にとどまったのに比べれば大きく、パキスタン(一四・八%減)、インド(二・一%減)、ヴィエトナム(三・〇%減)、韓国(〇・八%減)などを除けば、概して増大をみ、とくに香港(二二・一%増)、シンガポール(二二・六%増)、カンボディア(四四・八%増)、ビルマ(五〇・〇%増)等が顕著な増加を示した。
わが国の主要輸出品は、これまでと同様、機械、繊維製品、化学製品などで、また、主要輸出入品は原材料(鉄鉱石、木材、ゴム、コプラ等)、食料品(砂糖、とうもろこし、米等)、燃料、化学原料などであった。
対アジア貿易についてのひとつの特徴は、年々増加を続けてはいるが、その伸長率が他地域に対する貿易のそれに比して小さく、従って、わが国貿易全体に占める比重が漸減しつつあること、つまり相対的不振を続けていることである。すなわち、一九五四年にはわが国総輸出中四〇・〇%、総輸入中二一・五%を占めていた対アジア貿易の比重は、一九六五年にはそれぞれ二五・九%、一七・二%と低下している。
次に対アジア貿易は全体として大幅な輸出超過いわゆる片貿易状態を特色とし、また出超幅は年々拡大の傾向にある。すなわち一九五四年の対アジア貿易における出超額は約一億三、五〇〇万ドルであったが、六三年には約三億一、七〇〇万ドル、六四年には約四億三〇〇万ドルとなり、六五年には実に約七億八、一〇〇万ドルに達している。ただ、国別にみると、韓国、ヴィエトナム、タイ、ラオス、カンボディア、ビルマ、インド、パキスタン、セイロン、シンガポール、香港など大部分の国に対し慢性的出超となっていることはもとよりであるが、中華民国、インドネシアなどとは最近では必ずしも貿易収支の出超または入超が定型化しているとは云えず、また、フィリピン及びマレイシアとの貿易は逆にわが国の恒常的入超となっている。もっとも、これらわが国の恒常的入超国(とくにフィリピン)についてもその入超中は縮小の傾向にある。
一九六五年三月に東京で行なわれた第一次日韓貿易会議(「わが外交の近況」第九号二〇四頁参照)において、同年中の適当な時期にソウルで再び貿易会議を開催する旨両国間で合意されたが、この第二次日韓貿易会議は一二月一五日から一八日に亘り開かれた。先ず第一次会議以後の両国間貿易の動向が検討されたが、とくに韓国側から最大の対日輸出関心品目である韓国のりについて、割当量の増加、関税の引下げ、通関時期の制限撤廃等を強くもとめ、この結果韓国のり問題につき六六年三月から四月の間にあらためて両国間で討議を行なうこととなった。また、両国間金融協定の終了につき合意が達せられ、さらに新貿易取極案につきイニシアルが行なわれた(それぞれ別項参照)。このほか韓国の保税加工輸出振興についてのわが国の協力、商社員の入国滞在、経済活動安定化などについても討議され、最後に六六年三月から四月の間に第三次貿易会議を東京で開催することが合意された。
従来日韓貿易は、原則として、清算勘定を通じて決済されることになっていた(「わが外交の近況」第九号二〇三頁参照)が、これを通常の現金決済方式に移行させるため、清算勘定を設定している日韓金融協定を終了させることにつき、かねてから韓国政府と交渉を行ない、とくに、第一次貿易会議においてこのための具体的取極案を提示し、その後話合を進めていたところ、六五年後半に至り合意に達し、同年一二月一八日第二次日韓貿易会議の閉会式の席上椎名外務大臣と李東元韓国外務部長官との間にこの合意を確認する公文の交換が行なわれた。この結果、金融協定は一九六六年三月一九日に終了し、同日以降両国間のすべての支払は現金決済で行なわれることとなった(但し、協定終了以前に清算勘定を通ずる決済をみとめられた取引については、一九六六年九月一五日までは清算勘定による決済をみとめられる)。
第一次日韓貿易会議(「わが外交の近況」第九号二〇四頁参照)以来、韓国との間に貿易取決めの締結交渉を行なっていたが、第二次貿易会議(別項参照)において合意に達し、先ずイニシアルが行なわれ、その後一九六六年三月二四日にソウルにおいて木村駐韓国大使と李東元韓国外務部長官との間で署名され同日発効した。この取決めは、両国政府はそれぞれの国の法令の範囲内で関税、輸出入規則、手続などに関し相互に第三国に対するものよりも不利でない待遇を与え合うこと、両国間貿易の拡大のため数量制限を課している一次産品の輸入の容易化に努力し、相手国政府の要請により輸入割当枠の決定に先立って協議すること、両国間のすべての支払は米ドルないし両政府が合意するその他の交換可能通貨で行なわれること、取決め規定の実施に関し協議するため合同委員会が設置され、年一回会合するほかいずれかの政府の要請により随時会合すること、などを規定しており、また取決めの有効期間は一年間であるがその後も原則として一年間ずつ自動延長されることとなっている。
本問題(「わが外交の近況」第九号二〇一~二〇二頁参照)については、一九六五年においても、同年がフィリピンの大統領選挙の年に当ったためもあって、上院への批准案上程等の解決への進展は見られなかった。しかし、大統領選挙の結果、自由党のマカパガル大統領に代り、マルコス国民党候補が新大統領に選出され、一九六六年より新政権を担当することとなり、これを契機として今後あらたな進展も期待され、引続き本条約の発効促進につき努力中である。
インドネシア向け輸出代金をはじめとする同国の対日決済送金は、一九六五年九月三〇日の同国におけるクーデター事件頃から、顕著な遅滞を生じ、対インドネシア輸出は次第に困離となり、同年一二月二八日には対インドネシア輸出保険につきパンク・ヌガラ・インドネシア(インドネシア中央銀行)の送金遅滞を事由とする保険事故に関し政府免責の措置をとらざるを得なくなり、この結果対インドネシア輸出は事実上ほぼ全面的にとまるに至った。これは、直接的にはインドネシア経済状態の悪化に因るものであるが、その背景として同国の政情不安が大きく作用していることは否定できず、この不安はなお継続しており、また、このためわが国以外の主要債権国もなお事態静観の態度をとっているので、諸般の情勢推移を充分監視しつつ慎重に対策を検討中である。
カンボディアとの貿易取決めは、一九六六年二月一四日に有効期間満了となることとなっていたところ(「わが外交の近況」第九号二〇三頁参照)、この延長につきカンボディア側と交渉を行なった結果、同年八月一四日まで六カ月間の延長につき合意に達し、二月一九日プノンペンで田村駐カンボディア大使とカントールカンボディア外務大臣との間にこの旨の書簡交換を行なった。この取決めは、一九六〇年二月に有効期間一年として締結され、その後も毎年一年ずつ延長されてきたものであるが、今回の延長交渉においては、カンボディア側がとくに一九六五年の対日貿易入超額が前年に比して増大したことを理由として、従来どおりの一年間延長に難色を示したので、取あえず六カ月間延長し、その間の実績を見た上でその後の延長について改めて両政府間で検討することとしたものである。
ビルマとの貿易取決めは、一九六五年一二月三一日に有効期間満了となることとなっていた(「わが外交の近況」第九号二〇二頁参照)ので、従来どおりさらに一年間の延長につきビルマ側と話合いを行なったところ、ビルマ側は、本取決めは形式的に古くなっているので近く新取決めを結ぶこととしたく、取あえず六カ月間(その間に新取決めが成立すればその時まで)は旧取決めの規定を事実上適用していくこととしたい旨表明したので、わが方これに同意した。
(1) 一九六五米穀年度(一九六四年一一月-六五年一〇月)の外国米輸入交渉は、六五年三月中旬現在の普通外米六一万トン、準内地米二五・五万トン計三一・六万トンの成約(「わが外交の近況」第九号二〇八~二一〇頁参照)に引続き、普通外米についてはビルマからの買付けとタイからの追加買付けが行なわれ、また、準内地米については、台湾、アメリカ、スペインからの追加買付けと中共からの買付けが行なわれ、七月初旬の台湾米買付契約調印をもって完了した。
以上により六五米穀年度の外国米輸入量は左記のとおり合計八九・六万トンとなり、前年度(三五・四万トン)の二倍以上となった。
一九六五米穀年度外国米成約実績(単位 万トン)
普通外米
タ イ うるち丸米 五・〇
うるち砕米 八・〇
もち丸米 〇・五
もち砕米 〇・二
ビルマ うるち丸米 四・六
カンボディア うるち砕米 一・〇
小 計 一九・三
準内地米(すべてうるち丸米)
台 湾 二七・五
韓 国 一・四
アメリカ(一部玄米) 二二・一
スペイン 三・三
中 共(一部玄米) 一六・〇
小 計 七〇・三
合 計 八九・六
(2) 一九六六米穀年度のわが国国内米穀生産高は、異常気象に禍いされ当初より平年作を下廻り、一時回復したかに見えたが、最終的には前年度より一七・五万トン減の一、二四〇・九万トンと推定されるに至った。このため主食用米の需給が窮屈となることが見込まれるので、準内地米の輸入予定量が前年度より増加して八二万トンとされたのに対し、普通外米については、工業用需要の固定している砕米は若干増加して一〇万トンと予定されたが、丸米は需要が伸びなかったため在庫量が過多となり輸入量は二・五万トンを予定するに止まり、従って、輸入予定量は合計九四・五千トンと前年度実績より更に増加することとなった。
このため外国米輸入交渉は、まず準内地米について六五年一〇月から開始され、韓国、アメリカ、中共と既に成約を見、さらに台湾およびスペインと交渉が続けられ、他方普通外米については六六年一月末より始められ、ビルマ、タイおよびカンボディアと交渉中である。一九六六年三月初旬現在における買付成約実績は次のとおりである。
一九六六米穀年度外国米成約実績(単位 万トン)
準内地米
韓 国 六・〇
米 国 一七・九
中 共 三〇・〇
計 五三・九
(注) 以上いずれも、うるち米で一部玄米を含んでいる。また、普通外米については成約されたものがない。
わが国とシンガポールとの間の貿易は、従来からわが国の著るしい出超である。一九六五年の対シンガポール貿易は、輸出一二三百万ドル、輸入三二・七百万ドルであり、対前年比輸出は八・五%、輸入は二二・六%といずれも増加している。わが国からの主要輸出品は機械機器、繊維品、金属品等で、シンガポールからは石油製品、生ゴムを輸入している。
シンガポール政府は一九六五年八月九日独立したが、独立直後、輸入割当制を保護関税に切換えるべく関税制度の改正を行ない、既存関税及び無税品目を含む三七〇品目の関税表を発表した。新関税のわが国輸出に及ぼす影響は少くなく、関税の高さによっても異るが、新関税品目のうち、亜鉛鉄板、釘等のシンガポール向け輸出は大きい影響を蒙るものと考えられる。
同国との間の主要案件は次のとおりである。
(1) わが国とシンガポールとの間の貿易は、わが国の著るしい出超となっているところ、シンガポール通商局からシンガポール産パイナップル缶詰の買付増大を要請越したので、目下関係省間で検討中である。
(2) シンガポール政府による在シンガポール日本商社の第三国貿易禁止問題
一九六六年二月一九日シンガポール財務省は、同省通商局長名の書簡をもって、在シンガポール全日本商社に対し、二月二八日までに未決済の第三国貿易に関する報告を提出すること、及び三月一日以降第三国貿易を行なうことを禁止する旨の通告を行なった。
これに対し、二月二八日在シンガポール総領事は、財務大臣を往訪し、事情聴取を行なうとともに、今後の処置を協議した。
その結果、現地貿易商の利益保護の原則に反しない限り妥協策を考慮することとなり、そのためにまず総領事館と通商局の間で協議中である。
わが国の対インド貿易は、ここ数年来わが国の出超となっており、一九六五年の対インド輸出は二〇三百万ドルに対し、輸入は一三九百万ドルで対前年比輸出は七・四%増、輸入は二・一%減で出超幅は一層拡大した。
わが国の輸出は、機械、鉄鋼類が中心で、円借款を基礎にして伸びており、他方輸入は、わが国が開発輸入を行なっている鉄鉱石の積出しが本格化するにつれて増大している。インド側としては、新たに借り入れる借款中大きな割合が従来の借款の利子返済のために使われる事態になっていることを憂い、外貨獲得のため輸出増産に力を入れているが、わが国の鉄鉱石輸入はその点で高く評価されている。
しかし、今次カシミール問題を発端とする印パ武力紛争の結果、インドの外貨事情及び経済開発計画は大きな影響を受けており、更に、食糧不足、外国援助の停滞、輸入制限強化等のため、今後の対印輸出の伸びは、従来以上に停滞する可能性も出て来るであろう。
インドとの間の主要案件は次のとおりである。
(1) インドが従来より輸出関心品目としてわが国に対して植物防疫法に基づく輸入禁止の解除方申し入れて来ていたインド産バナナについては、コロンボ・プランにもとづきわが国より専門家を同国に派遣し調査した結果、病害虫のいないことが判明したので、一九六五年五月植物防疫法別表輸入禁止地域からインドを削除しインド産バナナの輸入禁止を解除した。
(2) 日本郵船所属の若戸丸は、一九六五年九月八日コチン(ケララ州)に入港、ボンベイ経由カラチ向け出港予定のところ、印パ武力紛争のため一五日コチン税関によりカラチ向け貨物の一部(九二一トンにのぼる機械、鉄鋼製品等)を接収され、その後ボンベイに寄港した際、さらにプラスチック、シートを接収された。インド側は国内法上合法的に行なったとしているが、わが方は何らの補償なしに私有財産を接収することは国際法違反であるとインド政府に抗議し早期接収解除、補償請求を行ない、交渉継続中である。
(3) 足立日商会頭を団長とする民間経済使節団は一月二十八日から二月五日まで訪印し、ニューデリー、ボンベイ、マドラス、カルカタの各地を歴訪して、大統領をはじめ政財界の要人と会談、意見交換を行なったが訪印中の便宜供与につき協力した。
わが国とパキスタンとの間の貿易は、一九六四年において、わが国の綿花、ジュートの輸入が前年比それぞれ五二%および二五%減少したため、著るしい出超を記録することとなった。この傾向は一九六五年に入って更に顕著となり、わが国の輸出額一〇四百万ドルに対し、輸入額は二七百万ドルで七七百万ドルの出超となっている。
パキスタンからの輸入減少の内、著るしいものは引続き綿花であり、輸出増は機械類が中心となっている。
パキスタン側としては、インドとの武力紛争の結果、一九六五年七月から実施に移していた第三次五カ年計画を修正しているので、今後の情勢次第ではわが国の対パキスタン輸出動向にも影響が出て来ると見られている。
このようなわが国との間の片貿易については、従来、パキスタン側より、片貿易是正要求が行なわれて来ており、わが方としても検討を進めて来たが、一九六六年二月、川島自由民主党副総裁が同国を訪問した際、パキスタン産品買付調査団の派遣方要請があったので、本件調査団の早期派遣につき目下関係者間で検討を進めている。