中近東アフリカ地域

 

対中近東アフリカ外交態勢の整備

中近東アフリカ地域では第二次大戦後、現在まで、ほとんど新たに独立を達成するに至ったが、これに伴いこれら新興諸国に対する外交の機構整備が急務となり、また、最近に至り南北問題等対後進国外交が世界的に重要性を増しつつあること、また、わが国にとっては経済的に中近東アフリカ地域は石油その他の鉱物資源に富み、わが国経済を支えるのに不可欠な原料を供給しており、また、わが国の重要な輸出市場でもあり、きめの細かい外交政策の企画、立案、実施のため従来の欧亜局中近東アフリカ部を独立の局とし、一九六五年五月四日より中近東アフリカ局を発足させた。

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   中近東地域

1 第二回アジア・アフリカ会議参加

「世界の動きと日本」の、中近東とアフリカ(1)「第二回AA会議」(三〇ページ)の項参照。

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2 第一一回在中近東公館長会議開催

本年一月一〇日から一二日まで三日間、東京において第一一回中近東公館長会議が開催された。同会議には椎名大臣以下本省幹部及び在中近東一四公館長等が出席し、最近の中近東の情勢について検討するとともに、わが国と中近東諸国との政治、経済、経済協力、文化、対外啓発等の諸問題について意見の交換を行なった。

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3 川島特派大使の中近東諸国親善訪問

自民党副総裁川島正次郎氏は、特派大使として小坂、秋田、今澄、長谷川、山内の各国会議員及び倭島外務省顧問よりなる特派大使顧問を帯同し、(倭島顧問はアラブ連合のみ)二月一日より二一日までアラブ連合、クウェイト、サウディ・アラビア、レバノン、イラン、パキスタンを訪問した。

同特派大使のこれら諸国の訪問の第一の目的は、わが国とこれら諸国の親善友好関係の増進にあったが、同時に各国元首及び首脳と最近の国際情勢につき忌憚ない意見の交換を行ない、また、これら諸国に対するわが国の経済技術協力の問題についても話合った。

なお、川島特派大使は、アラブ連合及びサウディ・アラビアにおいては、ナセル大統領及びファイサル国王に対し、それぞれ佐藤首相よりの親書を手交し、ナセル大統領及びファイサル国王に訪日されるよう正式に招待した。

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4 日本・イラン間航空協定の仮署名

日本航空は、現在運行しているカラチ経由南廻り欧州路線のほか、新たにテヘラン経由の南廻り欧州路線の開発を準備していたところ、これが実現のため、イランとの間に航空協定の締結が必要となった。よって政府は、本年一月二五日よりテヘランにわが方代表団を送り交渉を続けた結果、二月二三日、本件協定の仮署名を終えた。本協定の発効までには時日を要するが右の暫定的な措置により、近く運航を開始することとなった。

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5 要人の来日

(1) レバノン国会議員団

昨年五月二日から七日まで、レバノン国会議員団一行九名が衆参両院議長の招客として来日し、衆参両院議長を表敬訪問したほか、工場、造船所等の見学を行なった。

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(2) トルコ元村落大臣(非公式)

一九六五年七月一六日より二〇日まで、トルコ元村落大臣で下院議員のレビット・ユルドオールー氏が来日し、農林政務次官と会見した。

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(3) トルコ国会議罠(非公式)

一九六五年九月一一日より一五日までトルコ下院議員二名が来日し、その間衆参両院議長を表敬訪問、わが国会内に日土議員友好団の設立を要請したほか、日本電気の相模工場を見学した。

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(4) クウェイト国ジャービル財政工業兼商務大臣(現首相)

一九六五年一〇月八日、クウェイト国ジャービル財政工業兼商務大臣は、随員七名とともに、一五日まで日本政府の公賓として来日した。同大臣は、滞日中、天皇陛下に謁見したほか、総理大臣、外務大臣、大蔵大臣、通産大臣と会談し、特に、同国に対するわが国の技術協力につき関係当局と会談した。

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   アフリカ(北アフリカを除く)地域

1 アフリカ諸国との外交関係の設定

政府は一九六五年九月一日、初代在ザンビア大使(兼任)としてト部在ケニア大使を任命し、一九六四年一〇月二四日に独立したザンビアとの外交関係を設定した。また、中央アフリカ、チャード、ダホメ、ガンビア、マラウイ、トーゴーの諸国とも目下外交関係の設定のため交渉中である。

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2 在タンザニア大使館の開設

政府は一九六六年二月一八日、ダレサラムに、在タンザニア大使館を開設した。右により、わが国はサハラ以南のアフリカ諸国に実館としては八つの大使館と二つの総領事館を有することとなった。

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3 在京ナイジェリア大使の着任

ナイジェリアは在京大使館を一九六四年七月に開設したが、一九六五年九月二七日ババガーナ初代大使が着任し、これでわが国はアフリカ(北アフリカを除く)地域諸国より、エテイオピア、ガーナ、上ヴォルタとあわせ、四カ国から在京大使を接受することとなった。なお、マダガスカルはわが国に兼任大使を派遣しており、南アフリカ共和国はわが国に総領事を派遣している。

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4 コンゴー(レオポルドヴィル)との友好関係の維持

政府は一九六五年一一月二四日に成立したコンゴー(レオポルドヴィル)新政府の要請に応え、一二月三日同国との友好関係を維持し、益々緊密化することとし、その旨を在コンゴー杉浦大使を通じて、コンゴー新政府に通達した。

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5 ガーナ新政府の承認

政府は、一九六六年二月二四日に成立したガーナ新政府の要請に応え、三月八日ガーナ新政府を正式に承認することとし、同日その旨をアントウイ在京ガーナ臨時代理大使を通じて同政府に通達した。

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6 セネガル赤十字および癩病院に対する寄贈

政府はセネガル社会奉仕協会の要請に応え、一九六五年四月、在セネガル服部大使を通じ、セネガルの九つの癩病院にトランジスター・ラジオ各一台を寄贈した。政府はまたセネガル赤十字代表の要請に応え、一九六五年四月ダカールで行なわれた赤十字バザーに、ラジオ、カメラ、手芸品などを寄贈した。

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7 ニジェール政府に対する無線機械の贈与

政府はニジェール政府の要請に応え、一九六五年一一月治安警備用無線機械一式を同政府に寄贈した。

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8 広報資料アフリカ・ジャパンの配布

政府は、わが国に対するアフリカ諸国民の理解を増進する目的で、補助団体アフリカ協会をして作成せしめた英仏文広報資料「アフリカ・ジャパン」約一万部を、一九六五年中にアフリカ諸国の有識者に配布した。

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9 邦人の保護

政府は一九六五年四月から一九六六年三月までに、ウガンダ、マリ、ナイジェリア、モーリタニア、ケニア、モザンビク等において発生した諸事件(海難、いわゆる領海侵犯等)に関連して、邦人旅行者および漁民などを保護するため必要な諸措置を取った。

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10 南ローデシアの一方的独立宣言に対する措置

英自治植民地南ローデシアの自治政府は、一九六五年一一月一一日、英国からの一方的独立を宣言したが、政府はただちに、わが国は南ローデシアにおける人種差別の存在および白人少数支配の永続化を意図する右宣言に一貫して反対であり、これを認めないことをあきらかにし、在ソールズベリ今井総領事の引揚げを行なった。一二月三日には、一一月二〇日の国際連合安全保障理事会で採択された決議を尊重し、南ローデシアに対しいかなる援助も行なわず、また、南ローデシアに対し武器類の輸出を許可しないこと、南ローデシアからのたばこおよび一方的独立宣言前の既契約分を除く砂糖の輸入を行なわぬこと、南ローデシアに対し石油および石油製品の輸出を行なわぬことを発表、さらに一九六六年一月二七日には南ローデシアから銑鉄の輸入を行なわないこと、南ローデシアからの輸入はすべて政府の輸入許可を要することを発表した。

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11 第七回アフリカ公館長会議開催

政府は第七回アフリカ公館長会議を一九六五年一一月三〇日から三日間、ロンドンにおいて開催した。この会議には力石中近東アフリカ局長以下外務省幹部および在アフリカ九公館長ならびに関係域外公館長が出席し、サハラ以南のアフリカ地域三一カ国および非自治地域に関する最近の諸問題について討議するとともに、わが国の対アフリカ施策について検討した。

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12 チラナナ・マダガスカル大統領の来日

フィリベール・チラナナ・マダガスカル大統領は、夫人およびアルベール・シラ外務大臣以下二二名の随員を伴ない、一九六五年一一月一五日から同二三日まで国賓として来日した。滞日中、チラナナ大統領夫妻は、天皇、皇后両陛下に謁見し、宮中における晩餐会に出席したほか、チラナナ大統領、シラ外相は、佐藤総理大臣、椎名外務大臣と会談した。佐藤総理とチラナナ大統領は特に友好的な雰囲気の下に、国際情勢ならびに両国間の諸関係につき討議した。

チラナナ大統領夫妻の一行は、東京での諸行事に参加したほか、名古屋、大阪、京都を訪問し、各地で歓迎を受けた。チラナナ大統領の来日は、日本とマダガスカルとの間の相互理解と友好関係の増進に大いに貢献した。

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13 オボテ・ウガンダ首相の来日

アポロ・ミルトン・オボテ・ウガンダ首相は、オダカ外務大臣およびルボア商工大臣以下随員二五名を伴ない、一九六五年七月一八日から同二〇日まで公賓として来日した。

滞日中、オボテ首相一行は、佐藤総理大臣、福田外務大臣臨時代理、三木通産大臣と会談した。佐藤総理とオボテ首相は、非常に友好的な雰囲気の下に、重要な国際問題ならびに両国間の諸関係を増進する方法につき討議した。

オボテ首相の一行は、また、東京での諸行事に参加した。オボテ首相の来日は、日本とウガンダとの間の相互理解と友好関係の増進に貢献した。

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14 要人の来日

一九六五年四月から一九六六年三月までの期間にわが国を訪れたアフリカ諸国の要人や使節団の数は前年に比し急増したが、その主なものは次の通りである。

一九六五年四月 ウガンダ経済使節団(カレマ公共事業通信大臣ほか四名)

五月 セネガル・ボアシエ・パラム社会経済評議会議長ほか一名

同  ザンビア経済使節団(カプウエプエ外相ほか七名)

七月 ウガンダ・オボテ首相ほか二五名

同  ナイジエリア東部州モジエク司法大臣ほか二名

同  コンゴー(レオポルトヴィル)サンガラ・コンゴー航空社長ほか二名

八月 上ヴオルタ・ヤメオゴ経済大臣およびメダ商工大臣

同  エテイオピア・マコーネン商工大臣

同  ケニア・カリ国会議員

同  ウガンダ・オブワンゴル司法大臣ほか一名

同  タンザニア・バブー通産大臣ほか三名

同  ナイジエリア・東部州エモレ大蔵大臣ほか三名

同  コンゴー(レオポルドヴィル)東カタンガ州ムンバ大蔵鉱山大臣ほか五名

九月 ナイジエリア・バマリ・外務担当国務大臣、ヌオケデイ外務次官ほか三名

同  ガーナ・ベネ農村工業大臣ほか一名

同  ケニア・オクワンヨ下院議員

一〇月 ニジエール・マヤキ外務大臣およびタニムーン国連大使

一一月 ケニア・ヌガラ下院議員

同  ナイジエリア・オツツ上院議員

同  マダガスカル・チラナナ大統領ほか二三名

同  マダガスカル・ミルネール技師ほか一名

同  マダガスカル・ランドリアノメ技師

一九六六年二月 ザンビア貿易使節団五名

同  トーゴー・アジヤヴオン国連大使

三月 タンザニア・ルシンデ運輸通信大臣ほか四名

同  ガンビア・ヌジレ外務大臣ほか一名

同  上ヴオルタ・ロンポ財務総監

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