海外移住の視点からみた国内情勢

戦後移住再開以来上昇を続け、昭和三十五年度には八、〇〇〇名を越えた移住者(渡航費の貸付けを受けたものに限る)の数が、翌三十六年度には六、〇〇〇台に、次の三十七年度には二、〇〇〇台に激減したときは、その主要な原因としてドミニカ帰国事件の影響が挙げられていた。しかし、それ以降年々の漸減現象は、主として、国内経済成長に伴う海外移住意欲の減退に基因するものと考えられていたのである。

しかるに、本年三月に総理府が実施した世論調査によれば、海外移住を希望する者の比率は全体の二・六%を示し、前回(前述の戦後移住のピークであった昭和三十五年度)の一・四%を大幅に上廻っていることが明かとなった。

そこで、一見奇妙なこの現象をどう理解するかが、これからの検討課題であるが、とりあえず次の二つのことだけは指摘することができるであろう。

第一は、移住が困難または不可能な国に移住を希望している数が少くないことである。例えば世論調査の結果から、上記二・六%を占める人々の希望する移住先を調べてみると、ブラジル、米国、中国、濠州、カナダが第五位までを占めているが、少くとも昭和三十九年度に移住者数として顕在化し得たものはブラジルだけであったわけである。

第二は、本人が移住を希望していても、色々な阻害要因があってそれを実現し得ないという事情が推測されることである。その中で、日本で何とか生活して行ける者が海外に移住する必要はないとか、あるいは従前からの棄民思想的考え方から、あるいは国内労働力問題に対する配慮から、周囲の人々がしきりに移住をとめるということも、強い阻害要因になっているものと思われる。その面で昭和三十七年の審議会答申に盛られた、新らしい移住理念の普及徹低、更に抜本的には、国民全般の国際性、世界性の高まりによって、いま述べたような阻害要因が後退ずるならば、移住希望者数と実際移住者数の格差は著しく縮小されるものと予想されるのである。

今回の世論調査は、国の経済成長が、必ずしも国民個人々々の海外移住意欲を後退せしめるものでないことを示しており、労働力特に熟練ないし若年労働力の不足は深刻な国内問題であるが、それにもかかわらず国民の一人々々は、個人的立場から、現在おかれた職場環境や生活環境に対する不快指数ないし快適度を測るのであって、消極的な意味での海外移住要因として、わが国にはなお多種多様の不満足感の存在することが看取されるのである。世界各国との対比において、技能水準では遜色がないにも拘らず、給与水準はそこまでに至っていない部面は少くないし、やや改善の兆しはあるといっても学歴偏重、年功序列型の職場環境にあきたらない人も少なくないであろう。農業問題や中小企業問題も、その中に、事業の将来性を危惧する人々の苦悩という課題を包含しているに違いない。

かくしてわが国は、ききに述べたような外的条件の好転という事情を一方に控え、他方、国内における、以上のような事情に直面しているのであって、このような内外の要因を、正しく分析、理解し、その上に立って海外移住政策の方向を定め、また、その具体的遂行を計らなければならなくなったのである。

目次へ