西欧諸国と日本
1 西欧諸国との貿易経済関係
一九六四年のわが国の対西欧貿易額は通関統計で輸出八億五、二五〇万ドル、輸入八億一、一八一万ドルと前年に比べて夫々二一、一%の伸長をみせた。これはわが国及び西欧の経済が比較的順調な発展を見せたことのほか西欧諸国の対日輸入制限の緩和のつみ重ねの結果によるところ多いと考えられる。
しかし乍らこの貿易額をわが国の貿易総額中の割合でみると輸出は一二、八%、輸入一〇、二%となり、一九六三年の比率と殆んど変っていない。この比率は西欧諸国の世界貿易に占める地位からみても決っして充分なものとは云えず、今後とも政府及び、民間の協力の下に対西欧貿易の一層の拡大をはかる必要がある。一九六四年度における西欧経済は前述のとおり全体として比較的順調な発展を示したが一九六三年後半から一九六四年前半にかけて労働力不足、賃金の大幅上昇に起因する物価上昇傾向が拡大し、欧州諸国が夫々、金融引締、財政政策等需要抑制の諸措置をとったため一部の諸国においては、対日輸入の横這い及至は減少を来たした。他方わが国の対欧輸出拡大の阻害要因の一つである対日差別の縮少については、英国、フランス、西独、スウェーデン、ノルウェー等の諸国について進展はみられたものの、その他諸国においては上述の国内経済情勢の悪化、特に国際収支の不均衡の理由のため大幅な改善をみるには至らなかった。政府としては、対西欧貿易拡大をはかるため今後とも二国間交渉のみならず、国際協調の場とも言えるガット、OECD等の場をも通じて、制限撤廃に引続き努力すると共に対日輸入制限の維持が西欧諸国の一般的対日認識の不足にあると考えられることから、主要人の訪日招請、業界間の接触の強化等を通じて対日認識の改善に努めたい考えである。なお地域別毎に見れば次の通りである。
一九六四年におけるわが国の対EEC貿易は輸出三億六、五〇〇万ドル、輸入四億四、四〇〇万ドルとなっておりこれは前年の貿易額に比較して輸出九、九%、輸入一二、五%と着実な伸びを示している。わが国の対EEC輸出が一九六三年並みの伸長(二・一二%)をみせなかったのは特に国内経済情勢悪化によるイタリアの対日輸入の不振によるものであった。なお輸入面では、ドイツ、フランス両国からの輸入が著増したことが注目される。
EECは加盟各国の対日共通通商政策調整の重要性に鑑み、一九六〇年中頃よりEEC内部において本件につき種々検討を行なっている。その間に、(あ)日本とのコンフロンテーシヨン実施の提案、(い)EECの共通通商政策実施計画の決定、(う)第二段階中の共同体活動計画に関するEEC委員会覚書の発表、(え)対日共通セーフガード条項に関するEEC委員会案のEEC理事会への提出、(お)対日同一セーフガード条項の採用に関する加盟国政府に対する勧告、(か)対日共通通商政策のための対日通商予備交渉に関する委員会提案、(き)委員会より一九六四年において一般的に共通通商政策の実施促進のための覚書を理事会へ提出する、等一連の動きが見られた。(詳細は「わが外交の近況」第八号二〇一頁以下参照)
一九六四年四月前記(か)の委員会提案に関し、EEC理事会は加盟各国の合意を取り付ける事が必要であるとして、委員会に対し加盟各国の専門家と協力してEECとしての共通セーフガード、共通ネガリスト及び共通クォータの管理等について検討し、その結果を六月の理事会に報告するよう指令した模様である。委員会は、右の指令に基き、早速その検討作業に入ったがEEC各国の対日利害関係にはなお可成り差異があり、加盟各国の統一意見に基づく具体案をまとめる事が出来なかった模様で、予定された六月の理事会での本件審議も延期された。
その後、一九六四年秋頃よりEEC委員会乃至在ブラッセル常駐代表会議において本件につき累次検討を重ねた旨伝えられているがEEC側は今日まで統一的意見を打出すには至っていない。しかしながらローマ条約ではEECの過渡期間終了時(一九七〇年初頭の予定であったが、EEC関税同観の早期完成の見込みから二、三年早くなる模様)までに対外共通通商政策の設定を想定しているとの事情があり、他方ケネディラウンド交渉の進展にも鑑み、EECとしては出来る限り速やかに加盟各国間の意見を調整すべく内部での検討審議を続けているものと思われる。
わが方としては、この様なEECの全般的動向を常時慎重にフォローし、同時に、EEC各国との二国間貿易交渉及びケネディ・ラウンド交渉との関連にも留意しつつEECの対日共通通商政策に備え、その動向を分析し、わが方の対策を検討している。
一九六四年におけるわが国の対EFTA貿易は輸出三億九、六〇〇万ドル、輸入三億三、八〇〇万ドルであり、前年に引続いて若干の輸出超過となった。このうち英国は輸出入ともに大きな比重を占めており、(輸出一億九、七〇〇万ドル、輸入一億八、五〇〇万ドルでわが国の対EFTA輸出入の各四九%、五四%に相当する。)二位のスイス(輸出五、九〇〇万ドル、輸入七、三〇〇万ドル)をかなり引き離している。
英、仏、ベネルックス諸国の対日ガット二十五条問題が解決した現在、欧州諸国のうち対日三十五条援用国はオーストリア、ポルトガル、スペインの三カ国のみとなっている。これら諸国は何れも国内経済基盤が弱く、幼稚産業の育成問題を抱えているため、一挙に大幅な対日待遇の改善を計ることは困難であり、政府としては漸進的に対日待遇改善を計ることとし、差し当って通商取極締結乃至はその可能性につき相手国政府の意向を打診している。
一九六〇年七月一日の日独貿易協定および一九六二年十月五日のドイツの輸入制限についての協議に関する議定書に基き、輸入制限縮少のための交渉が日独両国間に一九六三年九月二十日よりボンで開催(「わが外交の近況」第八号二〇四頁参照)されていたが、右は一九六四年三月二十四日妥結し、同年四月八日、日独間の貿易に関する議定書が署名された。その内容は大要次のとおりである。
(1) ドイツは一九六五年一月一日までに家庭用ミシン、玩具、ライター等八品目(ブラッセル関税品目四桁分類による。以下同じ)の輸入を自由化するとともに、繊維品、陶磁器の一部七品目を部分的に自由化する。またドイツはこれら品目に対する一九六四年の輸入割当てを前年比二八%増の一、五〇八万マルク(約三七七万ドル)とする。更にドイツは、輸入自由化時期を未だ確定できない繊維品および陶磁器の二十品目をできるだけ早く自由化するため日本側と協議を続けるとともに、その輸入の可能性を漸増する。
(2) 日本は、輸入自由化および輸入割当ての増大に努めるとともに、このためドイツと協議を続ける。
なお、この結果、ドイツの対日輸入差別制限品目は、従来の二八品目から二〇品目に縮少した。
一九五九年五月十六日に署名され、その後毎年延長適用されてきたわが国とスウェーデンとの貿易に関する議定書は、一九六四年三月三十一日に失効することとなっていたところ([わが外交の近況」第八号一七〇頁参照)、一九六四年四月一日以降の両国間貿易の運用について三月以降ストックホルムで話し合いが行なわれ、その結果、(1)スウェーデンの対日自由化(対日輸入ライセンス制の廃止)を目的とする新貿易取決め締結のための条件を検討するため一九六四年末までに交渉を行なうこと、および(2)一九六四年四月一日から一九六五年三月三十一日までの一年間、または、新貿易取決めがそれ以前に締結される場合はその発効の日まで暫定的に上記議定書を延長適用することに意見の一致をみた。よって、一九六四年八月十三日ストックホルムにおいて、鶴岡駐スウェーデン大使とニルソン外務大臣との間でその旨の公文の交換が行なわれた。
なお、右合意に基づく、スウェーデンの対日自由化を目的とする新貿易取決め締結の条件を検討するための交渉は、一九六四年十一月二日から同十三日までの間東京で開催されたが意見の一致をみるに至らず、本件交渉は、一九六五年のできるだけ早い時期に再開されることとなった。
(1) 現在フランスとの貿易は一九六四年一月十日に発効した通商協定及び貿易関係議定書によって規制されており、右二協定に基いて毎年一回両国間の貿易につき協議を行うことになっている。
(2) 第一回日仏貿易協議は一九六四年三月に東京で行われ、一九六四年四月以降の一年間の貿易について交渉が行われ、その結果工業品の対日制限品目数は八四から六八に減少されると共に、仏におけるわが国産品の輸入枠は増枠された。
(3) 第二回日仏貿易協議は本年三月、パリで行われる予定。
一九六四年度のわが国とベネルックス経済同盟(オランダ、ベルギー及びルクセンブルグの三国)との間の年次貿易協議は、一九六四年夏以降へーグにおいて行なわれ同年未実質的合意に至り、これを確認する書簡交換が一九六五年二月十七日へーグにおいてわが国代表在オランダ大使館須磨参事官、ベネルックス代表カールスホーフェンオランダ経済省対外経済局長との間で行なわれた。
交換書簡の内容は次のとおり
(1) 日本及びベネルックスとの政府代表は、双方の貿通の自由化及びその他の問題を話し合うため本年三月末日までに会合する。
(2) ベネルックス側は本年一月一日から三月末日または、新貿易取決めの署名の日のいずれか早い日までの期間、昨年の対日輸入割当て(一昨年の割当てと同じ)を基礎として按分比例によって対日輸入許可を発給する。
(1) 概 況
わが国と英国との貿易関係は、一九六四年には輸出、一億九、八〇〇万ドル、輸入一億八、五〇〇万ドルに達し、前年に比べてそれぞれ二七%及び二四・二%の増加を示した。これは双方における旺盛な輸入需要を反映するものであったが、昨年秋英国の国際収支が深刻化し、政府が輸入課徴金をはじめとする緊急措置をとったため、日英貿易の拡大気運が後退を余議なくされた状態にある。
他方、英国の対日輸入制限については本年はじめより、「貿易関係に関する第二議定書」にもとずき、英側は双眼鏡、顕微鏡など六品目を自由化し、対日輸入制限品目は十二品目に縮少された。
(2) 日英定期協議
(イ) 一九六四年五月に東京で行なわれた第二回日英定期協議に際し経済問題に関して加藤経済局次長とペック外務次官補との間に官吏級会談が催され共産圏貿易の問題、日英間通商問題を中心として意見交換が行なわれた。
(ロ) 一九六五年一月ロンドンで行なわれた第三回日英定期協議に際して、椎名外務大臣は特に経済問題について、ジェイ商務大臣と会談したが、同時に官吏級会談においても、経済問題につき加藤経済局次長と先方経済各省関係者との間に会談が行なわれ、日英経済関係、低開発国開発、東西貿易、英国国際収支、輸入課徴金、間接税還付などの諸問題に関し、意見交換がなされた。
(3) 通商レビュー
一九六三年五月四日発効した日英通商航海条約及びその付属文書にもとずき、日英両国は貿易関係につき随時レビューを行なうこととなっている。これに関連し、一九六三年末、わが方より英側の対日ネガ品目及びわが方の対英輸出自主規制品目につき一部緩和を申入れ、先方より自動車、工作機械などの自由化、増枠要求があったが、結局六四年三月、英側より条約締結後間もなくであり、品目再検討には応じられない旨の回答があり、具体的成果はみられなかった。
一九六四年末、英国の輸入課徴金実施に伴う新事態をも考慮して、わが方より再度対日ネガ品目及び自主規制品目を再検討するよう英側に申入れている。
(4) 輸入課徴金
一九六四年十月に成立した労働党内閣はポンド価値擁護の国際収支対策をまず最初に取上げ、十月二十六日これを発表した。この中に輸入課徴金制度が含まれていたが、これは輸入先の如何を問わず十月二十七日以降全ての輸入に対し、暫定的に十五%の課徴金を賦課する制度である。食糧、基礎的原材料、葉煙草、船舶などについては例外が認められている。わが国の対英輸出に対する影響度は、一九六三年通関ベースで、総額一億五、五五〇万ドルのうち、約四五%が対象品目となる。主たる輸出品のうち、さけ・ます缶詰(二二・六%)、船舶(一三%)などは対象外であるが、繊維製品、機械等が対象となる。(同じく六三年べースでEECは約六二%、米は約四八%、EFTA約三七%、英連邦諸国約一四%が影響をうける品目の割合となるといわれている)。
わが国としては、英国のごとき自由貿易を標ぼうしてきた国が国際収支擁護のための第一義的手段として、まず輸入に直接影響を与えるような対策をとったことは、戦後の貿易自由化の流れに逆行するものであり、ガットの関税一括引下げ交渉にも悪影響を与えるものとして遺憾である旨、この制度の発表直後に、中山経済局長より、在京英大使館チーク公使に申し入れたが、本年一月の大臣レベル日英定期協議においてもわが方から本問題を取り上げ、バイラテラルの交渉に際してのわが方要求に配慮ありたい旨特に要請した他、OECD、GATTの多角的な場においても早期撤廃方要求している。
わが国とアイルランドの貿易は、輸出一、一〇〇万ドル、輸入一五〇万ドル(通関べース)とわが方の一方的出超であり、この点同国政府はかねてより不満を示している。
他方、アイルランドは一九六五年一月、わが国を含めた一六カ国からの繊維製品の輸入制限措置をとる旨発表した。これは低価格供給国及び共産圏諸国からの輸入急増を抑制するためにとられたものとされており、わが国はこの様なアイルランドの差別制限をわが国に適用する必要はなく、両国にとって好ましくないと考える旨申入れている。