資 料
池田総理大臣および大平外務大臣の国会演説
(外交に関する部分)
(昭和三十八年十月十八日)
私は、過ぐる九月二十三日から約二週間、フィリピン、インドネシア、オーストラリア、ニュー・ジーランドの諸国を訪問して、今月六日、帰国いたしました。
今回の旅行を通じ、私は、これらの諸国でいずれも、深い信頼と強い期待をよせられました。かつて私が、占領下において、初めてアメリカに使いした当時を思いおこすとき、まさに隔世の感があり、まことに感慨を禁じ得ないものがあります。
ある国の首脳者は、「日本は、是非、自由陣営の三本の柱の一つになってもらわなければ困る。」と語り、また、ある国の首脳者は、「日本は、自らの力の大いさをあまりに知らなすぎる思う。」と私に直言してくれたのであります。
日本に対するこうした信頼と期待を、各国の指道者のことばのみならず、民衆が示した真情あふるる歓迎の態度からも、直接に感じとることができたのであります。
申すまでもなく、私の受けた名誉と厚遇、信頼と期待は、私個人に向けられたものではなく、日本国民全体によせられたものであります。敗戦から占領、占領から独立へと、国家再建の苦しい道をひたむきに走ってきた日本民族すべての努力と能力の成果であり、また、その反映にほかなりません。これはわが国が、自由と民主主義のものと、経済の飛躍的な発展をとげ、近代国家として確固たる地歩を世界の中に占めつつある事実を、各国の国民が高く評価していること、今後さらにわが国が一層繁栄してゆく可能性を確信し、注目していることを物語るものであります。
私は、国民の一人として、わが国の今日の隆盛を喜ぶとともに、これらの国々と相たずさえて、アジアおよび西南太平洋の安定と繁栄、ひいては世界の平和に寄与するために、内政・外交一体の原則を堅持しつつ、わが国力の画期的な充実強化に、さらに新たな決意をもってとりくむ所存であります。
(外交)
去る八月モスコーにおいて、米英ソ三国の間に、部分的核実験停止条約が成立し、多年にわたり世界に向かって、核実験の停止を強く訴え続けてきたわが国の主張が、漸く部分的に実現されたのであります。政府は、去る八月十四日署名を了しました。
この条約は、東西間の緊張緩和に向かうための第一歩であります。私は、米英ソ三国がこの機会に、さらに、高次の英知と勇断をもって、軍縮の前提となる実効ある国際管理の方法について合意の道を見いだし、もって軍事力の均衡水準を漸次引き下げつつ、全面完全軍縮に向かって着実に歩を進めることを強く主張するものであります。
しかしながら、今日の平和は、依然東西間の力の均衡に依存しているといわざるをえません。今後の国際関係は、かかる力の均衡を背景としつつ、経済力の発展拡充と経済援助の競争に、より大きな重点が注がれていゆくものと予想されるのでありますが、このような情勢下において、わが国の果たすべき役割を認識し、自主的な外交施策を積極的に展開しなければなりません。
第一に、わが国は、賠償を通ずるほか、各種の経済的技術的協力を通じて、アジア諸国の経済発展に対して相当の寄与を果たしてきたのであります。わが国が著しい経済発展をとげた現在、アジア諸国に対するこれら経済技術の協力をさらに拡充すべきことは当然でありますが、さらに、進んでアジア全体の安定と平和を目ざし、より高度の友好的連帯関係の樹立に向かって進まなければなりません。私は、今回の旅行に際し、フィリピン、インドネシアの指導者に対し、マレイシア問題につき、アジア全体の安定と平和のために、小異をすてて大同につき、関係国間においてすみやかに事態を収拾するよう、強く訴えたのであります。幸いにして両国指導者も私の意のあるところを了として、問題解決に対する積極的な熱意を示されたことは、私の最も喜びとするところであります。私は、この問題が、三国間の良識と善意に基づく話合いによって解決の道が見いだされ、アジア安定のための新たな礎石が築かれることを強く期待するものであります。
次に、日韓国交正常化の交渉につきましては、両国における国交正常化の早期実現を望む気運と相互理解の増進を背景として、過去二年の間に、幾多の難関に逢着しつつも、かなりの前進をみたのであります。目下のところ、漁業問題等について最終的な意見の一致をみるに至っておりませんが、政府は、今後ともこれら諸懸案について、国民の納得する内容をもって、すみやかに合理的解決に達したいと願っております。わが国と西欧諸国との相互理解と協力関係については、近時画期的な前進をみております。今春来、英仏両国の外務大臣を迎え、近く、西独の大統領および外務大臣の来日を予定し、また、わが国からは外務大臣が、英仏ならびに北欧三国を歴訪する等相互の交渉はいよいよ緊密を加えたのであります。英国をはじめ、フランス、ベネルックス三国等西欧諸国との通商関係が正常化する運びとなるとともに、政治、経済、文化等あらゆる分野にわたり、広範な基盤において協力関係が発展しつつあるのであります。
政府は米国との安全保障条約によって、わが国の安全と繁栄を確保することを、その外交政策の基本としてきたのでありますが今なお、これに対するいわれなき批判が残存しておることは、まことに遺憾に堪えません。果たして、日米安全保障条約が、かつてわが国の平和を危険に陥れたことがあったでありましょうか。事実はまさにその逆であります。この態勢の下において、はじめて、わが国は現状程度の防衛力をもって、よくその安全を保ち、経済のたくましい成長を具現することができたのであります。原子力潜水艦の寄港も、それが核兵器を装備しない限り、安全保障条約に照らして、当然のことであります。もちろん、安全性の問題について国民の不安を除くため、目下米国側とも緊密に連絡しつつ、慎重な検討を続けているのであります。
わが国と共産圏諸国との貿易も近時着実な発展をみつつあります。中国大陸との間にも、昨年来正常な民間貿易が進展しつつありますが、これは、あくまで政経分離の原則に立つものであります。もとより、わが国と正常な外交関係にある国民政府との関係に改変を加えようとするものでないことはもちろん、今後両国間の関係を一層緊密にいたしたいと存じます。
(外交に関する部分)
(昭和三十八年十二月十日)
私は、先般外務大臣を伴い、故ケネディ大統領の葬儀に参列し、国民を代表して、心から哀悼の意をささげてまいりました。
過去十数年の長きにわたり、冷戦の不安のうちに動揺を続けた世界情勢がようやく落着きのきざしをしめし、平和への希望の光がさしはじめた矢先だけに、米大統領の不慮の死は全世界に強い驚きと不安を与えました。大統領個人の勇気と指導力を惜しむ心は、瞬時にして、全世界の平和と将来への憂慮に変わり、この時ほど、東西間の平和への願いが身近に感じられたことはなかったのであります。
しかるに、米国民は、すでに新大統領の指導を中心に雄々しく立ち上がりつつあります。中南米の盟友も、ヨーロッパの友邦も、アジアの指導者も、そして共産圏の首脳も、故人が理想とした平和の新天地に向かって、歩調をそろえて前進することを、等しく故大統領のひつぎの前に誓ったことを私は確信いたしております。
世界が平和に対する期待を強めていることは疑いを入れぬ事実であります。しかし、それは一国や二国のすぐれた着想や熱意によってのみ確保されるものではなく、世界全体の体制によってささえられ、守らなければならないものであります。これを真に実りあるものとするために、われわれは、何よりもまず米国を始めとする自由諸国との団結を強固なものとしなければなりません。
滞米中、ジョンソン新大統領と会談し、日米両国の協力関係は、前大統領の死によって何ら変更するものでないことはもとより、今後ますます緊密の度を加えるべきことを相互に確認いたしました。したがって、両国閣僚間の合同委員会も、できるだけ早い機会に開催することに意見の一致をみたのであります。
アジアにおいては、今なお不安と動揺の様相が跡をたつに至っておりません。情勢はいぜん流動的であります。わが国としては、アジアの安定と繁栄に寄与するため、独自の方策を力強く積極的に進めていくつもりであります。特に、民主政治への第一歩を踏み出した隣邦韓国については、その前途を祝福し、多年の懸案である国交正常化を実現するよう、さらに交渉を促進する決意であります。
(昭和三十八年十月十八日)
キューバ事件以後の国際情勢は、去る八月米英ソ三国間に成立をみた部分的核実験停止条約に象徴されますように、緊張緩和の方向に動きつつあります。また去る九月十七日に開会された国際連合第十八回総会においても、米ソ両国とも国際緊張緩和への努力を強調し、かつてない協調的空気がみられるのであります。一方、数年前より中ソ間に醸成されつつあった不信と対立は、昨年来とみにその深刻さを露呈し、鉄の団結を誇ってきた共産圏も、分極化の様相を深めつつあります。そしてこのことが、ソ連をして、その標榜するいわゆる平和共存政策を、一層活発に展開せしめる要因の一つとなっておることも否定できません。
かかる緊張緩和への動きが、果して、真の平和への前進であるか、あるいはまたその前進への踏台たり得るか、についての評価は、夫だ定まるに至っておりません。なるほど、部分的核実験停止条約の成立は、人類を放射能の危険から救うとともに、核兵器競争の激化を防ぐために役立つものであることは、申すまでもありません。しかしながら未だこの条約に参加せず、あるいは公然とこれに反対する若干の国があります。またこの条約は、地下における核実験を禁止していないばかりか、核兵器そのものの製造、貯蔵、運搬ならびにその使用を規制するものでもないのであります。加うるに、地下実験についての有効な国際管理の方法についても、未だに関係国の間に意見の一致をみていないのであります。このようにみてまいりますと、全人類が希求する軍縮への道が、如何に遠く、かつ如何に困難なものであるかを痛感せざるを得ないのであります。
今日の平和を支えるものは、依然、東西それぞれの陣営における真剣な防衛努力を背景とする、緊張した力の均衡にあるといわざるを得ないのであります。このような均衡関係に、急激なかつ一方的な変改を加えることは、かえって平和を危くするものであります。このことはまさに、昨年のキューバ事件において、われわれが体律したところであります。わが国とその周辺の安全保障体制は、このような均衡関係の一翼を形成しつつ、極東と世界の平和に貢献しております。われわれは、このような世界情勢に対する認識を誤ることなく、現在の安全保障体制を堅持しつつ、冷静かつ周到に、今後の国際情勢の動きに対処しなければなりません。
それと同時に、真の世界平和への努力は、一刻たりともこれをゆるがせにしてはならないのであります。キューバ事件の収拾を機として醸成された緊張緩和への空気は、あくまでもこれを保ちつつ、各国は、かかる平和達成のために、たとえ一歩でも二歩でも、その前進をはかる具体的方途を工夫してまいらなければなりません。わが国が部分的核実験停止条約に参加したのも、まさにそのような考え方に立つものにほかなりません。われわれは、現に核兵器を保有する大国が、漸次相互の信頼を育みつつ、有効な国際管理の方式をうち出し、今日高い水準にある軍事力を、その均衡を保ちつつ、逐次低い水準へ引き下げるよう努力することを、強く期待するものであります。またそれを可能にする国際世論と、国際環境の形成とに向って、世界各国はそれぞれ応分の努力を尽すべきであると思います。わが国がその地位と能力に応じて果すべき平和のための有効な役割は、その意味において決して少くないのであります。政府としましては、今後も国際連合を始めとして、あらゆる機会をとらえ、緊張緩和と世界平和のための努力を続ける所存であります。
次に、わが国と世界の諸国との関係につき概観し、あわせて当面の諸問題について、若干の見解を述べたいと考えます。
日米関係は、防衛協力を始めとして、全般的に益々緊密の度を加えており、閣僚レベルの定期的な会合のほか、問題に応じて密接な協議が活潑に行なわれ満足すべき状況にあります。通商、金融等の領域においては、時折り若干の問題が生じますが、これは、日米両国がそれぞれ自由で開放的な経済体制をとり、かつその経済交流を益々緊密ならしめるに伴って、当然生ずべき性質のものであります。これらは相互理解と互譲の精神をもって解決することにより、日米両国の基本的な関係には何らの影響を与えるものではないと信じます。政府としては、わが国の安全と繁栄を保障するために、今後とも米国との提携関係の強化拡充に一層努力する考えであります。
なお、米国原子力潜水艦の日本寄港問題でありますが、米国がわが国に寄港させようとしているのは、ポラリス潜水艦ではなく、原子力を単に推進力として利用しているにすぎない潜水艦であります。従ってすでに政府が国会の内外において、累次にわたって明らかにしてまいったとおり、これはそれ自体核兵器の日本への持ち込みでもなければ、また将来における核兵器の持ち込みに連なるものでもありません。このような潜水艦が日本に寄港することは、わが国の安全を保障し、極東の平和に寄与するための、日米間の防衛協力の建前からいっても、また科学の発展によってもたらされた兵器の進歩の方向からいっても、いわば当然のことであります。またこの原子力潜水艦は、その実用化以来過去七年有余にわたる運航実績が示すように、その安全性は極めて高いものであります。しかし国民のなかには、その安全性についてなお若干の不安を抱いている向きがありますので、政府は、米国側と密接な連絡をとりつつ、慎重にその安全性の解明に努めているのであります。政府としては、その結論を得た上で、この問題の最終処理をいたすつもりであります。
カナダについては、先般オタワにおいて第二回日加閣僚委員会を開催し、両国間で共通の利害を有する諸問題について、腹臓のない意見の交換を行ないました。このことは、両国間の関係を一層緊密化するのに役立つものと確信いたします。
わが国と西欧諸国との関係が、近来、一段と緊密の度を深くしましたことは、御承知のとおりであります。私は、去る八月末より九月にかけ、ノールウェー、スウェーデン、デンマークの各国を訪問し、引き続き、英、仏両国において、日英、日仏協議の第一回会談を行ないました。北欧三国においては、それぞれの首脳者と国際情勢一般、あるいは国際経済問題等について会談するとともに、三国の実情を視察してまいりました。英、仏両国におきましては、両国首脳者と、東西関係、アジア情勢、欧州情勢等の国際情勢一般、ならびに国際経済問題につきまして、相互に率直な意見を交換いたしました。これらは、今後わが国の外交を推進し、欧州各国との経済交流を促進する上において、益するところが多かったと考えております。
日ソ関係でありますが、両国間の貿易は逐次健全な伸びをみせております。また、政府はかねて、わが北方領土周辺において操業中、ソ連官憲にだ捕抑留された漁民の釈放、ならびに漁船の返還につき努力を続けてまいりましたが、このほど抑留漁夫については合計一四一名の釈放が実現しました。また、本年六月十日貝殻島周辺における昆布の採取に関する民間協定も締結をみるに至っております。
わが国とアジア諸国との友好関係が益々深められ、アジア諸国のわが国に対する信頼と期待が益々高まってきました。アジアに位するわが国が、アジアの安定と繁栄に寄与することにこそ、世界平和達成のために果すべきわが国独自の責務があると信ずるものであります。わが国は自らが品位のある豊かな民主主義体制を確立して、アジアの道標となるとともに、アジア諸国の最も親近な友人として、その喜びとともに、その苦難をもわかちあわなければなりません。私は、わが国のこのような重要な責務を遂行するためにも、若干のアジアの国々との間に、今なお残されている懸案は、一日も早く誠意をもってこれを解決することが肝要であると考えております。
日韓両国の国交正常化のための交渉は、昨年中に請求権問題の解決につき大筋の合意がみられ、現在交渉の局面は漁業問題に移っております。漁業問題は、両国民の関心と利害に直結し、かつ、交渉の全局を左右する問題でもあるので、国際慣行に則った公正かつ適切な解決をもたらすべく、鋭意努力を傾注しております。この努力が実るならば、自然他の諸問題についても、順次合意の成立を期待し得るものと信じております。
次に、シンガポールにおける対日補償要求の問題について申し上げます。この種の賠償問題は桑港平和条約により、法律的にはすでに解決済みではありますが、政府としては、シンガポールとわが国の友好的な関係の維持発展を考慮しつつ、交渉してまいりました。先般マレイシアが成立しましたので、同国政府との間において、この問題の可及的速やかな解決を図るべく、折角準備を進めております。
世界の平和は、世界経済の繁栄をはなれては考えられないところであります。更には、現代の文明の恩恵に浴し得る機会を与えられることが、洋の東西を問わず、各国国民の基本的な願望となっております。幸い、わが国の場合、内外にわたる国民のたゆまざる努力と、諸外国との緊密な協調とによって、戦後の経済は著しい発展を遂げました。かくてわが国は、アジアにおける唯一の先進工業国として、世界経済の発展に益々大きな役割と責任をもつに至りました。
本年春、日英通商航海条約が発効し、フランスおよびベネルックス三国との通商関係正常化についても合意がみられたことは、すでに御承知のとおりであります。更にこれに引続き、オーストラリア、ローデシア・ニアサランド連邦の諸国も、わが国に対するガット三十五条の援用を撤回するに至り、世界主要国のわが国に対する通商面の差別除去という長年の懸案も、ここに一段落を迎えるに至りました。わが国としては、今後とも国際協調を通じて、世界経済の一層の繁栄に寄与しなければなりません。このために政府は、OECDへの加盟、関税一括引下げ交渉への積極的参加を通じて、世界貿易の拡大に貢献し、もって貿易立国の実をあげてまいる所存であります。
他方、国際収支の悪化によりその発展が停滞している後進地域の諸国は、昨年来、後進国産品の貿易拡大について、先進諸国の一層の協力を求めております。かかる要請に応えるため、明年三月国連の場において、後進国の貿易開発会議が開催される運びとなりました。わが国といたしましては、これら諸国の抱える経済上の困難に対する深い理解と同情に立って、後進国貿易発展のために、できるかぎりの協力を進めたいと考えております。更に、先進諸国は、開発途上にある諸国との貿易拡大に努力するとともに、これらの国の産業、経済、教育、科学、衛生等の向上に寄与するため、資金と技術の両面にわたる、開発援助の努力を積み重ねてゆくことが必要であります。政府はインド、パキスタンに対し更に新たな借款の供与を約束し、またインドネシアに対しては、その経済的な緊急事態を救うために、最近商品援助を与えることにいたしました。また、技術協力の分野におきましても、海外技術協力事業団の業務の充実に伴い、着実な進展をみております。かくて、昭和三十七年における開発途上にある諸国に対するわが国の開発援助総額は、二億八千二百万ドルに上り、今後一層この分野における努力を強化する所存であります。
わが国が諸外国との経済関係を緊密化することは、ひとり政府のみのよくなし得るところではありません。政府は、諸外国の実業界との相互理解を増進するため、実業界の代表者をもって構成する経済、貿易使節団をすでに南米のアンデス地域および東欧地域に派遣しました。近く北米、欧州ならびに北アフリカ地域に対しても、経済使節団を派遣すべく準備を進めております。
わが国の貿易は、現に自由圏との貿易を根幹として展開されており、それが経済発展の原動力をなしていることは明らかなところであります。今後におきましても、わが国としては、これら自由諸国との貿易を拡充することに貿易政策の重点を指向してまいることは、当然のことと考えております。一方、政府は商業べースでの共産圏との貿易は、これを推進するという政策をとってまいりました。最近カナダおよびアメリカ小麦の共産圏に対する売却決定がありましたが、これは純然たる商業べースによるものであって、これがためにわが国が従来の政策を変更する必要は認められないのであります。
海外移住につきましては、一昨年十二月アルゼンティンとの間に締結された移住協定が最近発効の運びとなり、更に昭和三十五年に締結されたブラジルとの移植民協定も、近く発効する見込みであります。これにより両国への移住は一層組織化され、移住者の地位の安定と、今後の移住の促進に、役立つことが期待されるのであります。また政府は、去る七月新たに海外移住事業団を設立し、その自主的な運営により、移住実務を、中央、地方、海外を通じてより効率的に処理せしめることといたしております。
世界平和を維持し、更にその調和ある発展をはかるためには、国家間あるいは民族間の不信感をとり除き、すべての国家、すべての国民が、互いによく理解し合うことがもっとも重要であります。かねてより政府は、海外に対して、平和日本の実情を知らせるための努力を精力的に行なってまいり、外国人のわが国に対する認識と関心は、近年とみに深まりつつあります。政府は、今後とも香り高き日本文化を、益々広く海外に普及するとともに、わが国の現状を周知せしめ、もってわが国に対する諸外国の愛着と信頼を高てまいりたい考えであります。
他方、政府は外交方針を策定するにあたり、常に世論の動向に深甚な注意を払い、広く国民各位の支持をうべく、鋭意努力しております。私は、国民各位が、国際情勢の底流とその動向を冷静に認識され、わが国の安全と国民の幸福を保証しつつ、世界の平和を念願する政府の外交方針に、十分の理解と協力を示されるよう期待するものであります。
(外交に関する部分)
(昭和三十九年一月二十一日)
(外 交)
昨年は、部分的核実験禁止条約の成立にみられるとおり、世界の緊張緩和に一歩をふみ出した年でありました。その背後には、キューバの危機が、東西両陣営を通じて核戦争回避の契機となったこと、安保体制下にあるわが国を含め自由諸国の確固たる防衛努力のあったことを忘れてはなりません。一方、冷戦の意識から開放された各国が、それぞれ自国の利益を主張し、多元化の方向にあることも事実であります。この新しい動向に対処して、われわれは、共存の精神を基礎としつつ、世界の平和と人類の繁栄のため、冷静な判断のもと、英知と勇気をもって、わが国のおかれた環境と地位にふさわしい役割を、積極的に果たすよう心がけねばなりません。
今後変転を予想される国際情勢に応じて、私は、自由諸国との接触を益々幅広く、かつ多角的に進めて行く考えであります。とくに、自由諸国との協力のもと、世界経済発展のために積極的な寄与をいたす所存であります。そのためにもわが国としては、開放経済体制を整備拡充するよう一段の努力を必要とするのであります。本年はOECDへの正式加盟、ガットにおける関税一括引下交渉の本格化、さらに国連貿易開発会議への参加等をひかえ、わが国の対外的経済活動の真価を問われる年であります。私は、わが国がよくこの使命を果たすことによって、輝かしい国際的地位を確保しうると信じます。
東西関係が緊張緩和に向かいつつあるとき、アジアの情勢は依然として不安と動揺を続けております。地域全体に対する共産勢力膨脹の潜在的危険性、諸国民の強い民族主義的対立、さらには各国に内在する政治的、経済的、社会的困難等そのよってくるところは根深く、かつ複雑であります。このような錯綜する不安定の根源を一朝にして除去することは、もとより不可能であります。私は、アジアの安定と繁栄を期するため最も肝要なことは、アジアとこれに隣接する西太平洋の諸国が一体となって進みうるよう、連帯関係の素地を育成強化することにあると信じます。それには、アジア諸国相互間の信頼関係がなによりも大切でありましょう。わが国としては、アジア、西太平洋諸国の間に国際正義と寛容の精神に基づく融和と協調が促進されるよう努力を惜しんではならないと考えます。この間にあって、わが国が、強固で品位ある民主主義国家として発展を続けることこそ、アジアの安定と繁栄に有形無形の貢献をなすものと確信いたします。
発展途上にある世界の諸国、なかんずくアジア諸国に対し、政府は、今後とも他の自由諸国と協調しつつ、各種の経済技術協力を行なうつもりであります。また、技術を身につけた青少年が、東南アジア等の新興国へおもむき、相手国の青少年と生活と労働をともにしつつ、互いに理解を深めることを重要と考え、その準備を進めております。
日韓国交正常化の交渉は、両国当事者の忍耐強い努力にもかかわらず、いまだ妥結をみるに至っておりません。しかし、漁業をはじめ残された諸問題の解決は、大局的な見地に立って、相互に熱意と良識をもってすれば決して困難ではないと思います。隣あった両国が一日も早く正常な国交をもつことが、両国国民大多数の共通の願望であることは、もはや疑いをいれる余地のないところであります。政府は、この輿望にこたえて、諸懸案の合理的な解決のため、さらに積極的な努力を傾ける考えであります。
伝統的に親善関係にある中華民国政府との間に、最近紛議を生じたことはまことに遺憾であります。中華民国政府とは友好的な外交関係を維持しつつ、中国大陸との間には、政経分離のもとに、民間べースによる通常の貿易を行なうことが、われわれの方針であることもすでに明らかであります。私は、中華民国政府が、一日も早くわが国の真意を了解することを希望してやまないものであります。
中国大陸が、わが国と一衣帯水の地にあり、広大な国土に六億余の民を擁しておることは厳然たる事実であり、一方、中共政権に関する問題は、国連等の場における世界的な問題であります。私は、これらの認識のもとに、国民諸君とともに、現実的な政策を慎重に展開していきたいと思います。ILO八十七号条約につきましては、できる限り早期にその批准を行なう基本方針に変わりはありません。すでに開会冒頭に関係法案とともに提出しておりますが、政府は、今国会において関係案件が成立し、同条約の批准が実現されることを切望するものであります。
(昭和三十九年一月二十一日)
昨年は、部分的核実験禁止条約を始めとして、東西間における政治的交渉乃至接触が、頻繁かつ穏健となり、東西貿易もまた拡大の方向をたどり、いわゆる緊張の緩和が、世界の人心に一条の安堵と希望を与え始めた年でありました。この間にあって、主導的な役割を演じたケネディ米国大統領の不慮の死は、全世界に大きい悲しみと衝撃を与えましたが、そのあとを継いだジョンソン大統領は、直ちにケネディ政策踏襲の方針と決意を明らかにする一方、フルシチョフ首相をはじめ世界の多くの指導者も、これを歓迎する態度に出ることによって、東西間の緊張緩和への主流的な動きは、一応損われることなく、新たな年を迎えたのであります。
部分的核実験禁止条約の締結は、冷戦の緩和に向っての第一歩を意味するものではありましたが、ドイツベルリン問題、北大西洋、ワルソー両条約機構の不可侵問題、奇襲防止を含む軍縮問題等、東西間に横たわる諸問題については、今なお交渉進展の目途が立つに至っておりません。また、われわれは、部分的核停条約と、これに象徴される緊張の緩和に対する評価は未だ帰一せず、また東西間の交渉乃至接触にも消極的な見解が存することを忘れてはならないと存じます。しかし、われわれは、道はいかにはるけくとも、平和への希望は一瞬もこれを捨てることなく、緊張の緩和と、これを裏付げるための着実な努力を、忍耐強く続けてゆくべきであると考えます。
われわれ自由陣営に属する国々が、自由を守ると云う共通の目的を以って、あらゆる分野における協力を進めているのは、決して異なる体制の下にある諸国との対立激化を目的とするものではなく、ましてやそれ等の諸国に対する挑発を意味するものでもありません。あくまでも自由の体制を擁護し自らの安全を保ちつつ、世界の平和と繁栄に寄与しようとするのが、われわれの念願に他ならないのであります。わが国の外交乃至防衛政策の基調は、申すまでもなく、まさにそこに存するのであります。幸にして、この自由陣営側の決意と団結を前にして、共産陣営の内部においても、核戦争の人類に及ぼすべき破滅的な災害を回避せんとする、イデオロギーを越えた共通の願望が強まったところに、今日のいわゆる緊張緩和の素地が生まれたものと思います。従って、この緊張緩和の状態を以って、直ちにわが国の外交乃至防衛政策の基調を、変えてよいということにならないばかりか、むしろ一層固い決意を以って、自由陣営の一員としての立場に立ち、世界の平和と繁栄に対する自らの責任を果してまいらなければならないと考えます。
昨年の国際連合第十八回総会は、かような世界の空気を反映して、新らしい協調的雰囲気の裡に推移し、核兵器等大量破壊兵器の軌道打上げ禁止決議、宇宙空間平和利用に関する原則宣言の採択等、数多くの成果を収めたのであります。また、各加盟国間はいたずらに宣伝を事としたり、非難の応酬を繰り返えすが如きことなく、植民地独立、人種差別撤廃あるいは機構改革等の問題についても、比較的穏健かつ建設的な態度をみせ、全体として和解と協調の精神の中に、地道ながらも国際協力の実をあげることができたのであります。このことは、各加盟国が国際連合の機能を強めようという自覚の下に、忍耐強い努力を払った結果にほかならないと思います。わが国連代表団もまた、その建設的な役割を通じて、国連の機能の伸張に相当の寄与をなし得たものと信じます。今や百十三の加盟国を擁し、世界の平和維持機構としてますます重要性を加えつつある、国際連合の将来の発展のため、わが国としては、一層努力を続けてまいりたいと考えます。
わが国の自由諸国との協力関係は、昨年来順調な進展を遂げております。米国との関係はますます緊密の度を加えつつあります。昨年ケネディ大統領の突然の死により中止のやむなきに至った、両国閣僚による第三回貿易経済合同委員会も、近く東京において開催される運びとなりました。また昨年末、日米両国政府協議の結果、在日米軍の一部について、その配置調整が行なわれることとなりました。これは、米軍の世界的配置調整の一環として、わが国の自衛能力の向上と米国の軍事力の近代化に即応してとられた措置であって、日米安全保障条約により米国が負う防衛義務と、両国が共同してわが国の安全を確保する防衛能力に、なんらの変改を加えるものではありません。
西欧諸国との間におきましては、昨年英仏独の三国と、外務大臣レヴェルでの定期的な協議を開始し、本年はその第二回目の定期協議を行なう予定であり、相互に関心のある諸問題につき卒直な意見の交換を行ない、一層の信頼と理解を深めてまいりたいと考えております。また、本年は、さきにデンマークのヘッケルプ外相の来訪をうけ、さらに現在ベルギー国王御夫妻を国賓として迎え、近くスウェーデンのニールソン外相の来日が予定される等、わが国とこれらの諸国との協力関係は一段と緊密さを加えております。
戦後アジアにおいては、東西の対立関係を背景とし、新興諸国が当然に直面せざるを得ない、国内的諸問題に加えて、一部のアジア諸国間においては、民族的宗教的対立関係も存在し、アジアが全体として、安定した調和ある発展をとげるためには、なお相当の年月と幾多の困難が予想きれるのであります。
わが国とアジア諸国との歴史的地理的なつながり、更に今後ますます緊密化を予想される、これら諸国との政治的経済的関係に思いを致すとき、アジアの安定と繁栄が、直ちにわが国自体の安全と繁栄に連なることは申すまでもありません。のみならず、アジアにおける不安と対立は、常に世界全体の平和に対する脅威となる危険をも包蔵しているのであります。この意味においてわが国が、アジアの情勢に如何に対処するかは、日本外交の最大の課題であることは申すまでもありません。
思うに、わが国は、かつて約百年前鎖国から開国へと大きな国内変革をへて、自助の精神をもって、営々として政治、法制、経済等の近代化に努め、みるべき事蹟を達成してまいりました。戦後のアジア諸国は、まさにわが国が明治時代にそうであったように、急速に経済開発を推進し、政治的安定を達成しようと懸命の努力を続けております。従ってわが国は、これら近隣諸国の願望や、その直面する困難を正しく理解し、友情にもとづいた卒直な助言と、適切な援助を与え得る立場にあると信ずるのであります。
このようなわが国のアジア諸国に対する、特有の立場と独自の役割を考えるとき、わが国とアジア諸国との協力関係は、単に経済的技術的な見地に止ることなく、アジア全体の調和ある発展を志向し、政治経済文化のあらゆる分野にまたがり、しかも永続的な基盤の上に発展せしめて行かなければならないと信じます。
しかしながら、われわれが、そのような至難な国際的協力を提供せんとするならば、その前提として、わが国自体がどのような姿勢をとり、どのような条件が具備されねばならないかを、真剣に検討しなければならないと考えます。戦後わが国が、めざましい経済の進歩を遂げたことは、何人も認めるところであります。しかしながら、若しわが国民が、ただたんに経済進歩の高さを誇り、経済的繁栄のなかに安住することをもって事足れりとするならば、それはアジア諸国民の信頼と共感をかちとるゆえんではありません。わが国は戦後自由と民主主義の体制確立に努力してまいりました。今後もこの体制をますます品位あらしめ、かつ、豊かならしめるよう努力してこそ、初めてアジア諸国の信頼を高め得るのであります。また、他のアジア諸国民の苦難を自らの苦難と感ずるとともに、自らの繁栄をアジアの諸国民と分ち合う決意で、進まなければならないと思います。
日韓交渉については、その根幹をなす請求権問題の解決方式につき、一昨年末に大筋の合意が成立し、以来交渉の局面は、漁業問題に移っております。漁業問題は、日韓両国民にとって最も関心の深い問題であり、目下これを国際慣行に則った、公正かつ合理的内容をもって解決すべく、鋭意努力を重ねております。韓国においては、昨年十二月民政移管が実現し、その内政に、新らしい方向づけが行なわれたことにより、日韓会談の促進にとっても、好ましい環境が整えられたわけであります。政府としては、諸懸案を国民の十分納得し得る形で一括解決し、速やかに両国の国交正常化をもたらすべく、目下折角努力を傾けております。
日華親善関係の維持は、アジアの平和と繁栄にとって、ゆるがせにできないところであります。最近両国の間に、友好関係を阻害する空気が発生したことは、遺憾であります。政府は今後誠意をもって、意思の疎通を通じて相互の理解を深め、両国の国交改善のため努力する所存であります。
中華民国政府との間に正規の外交関係を維持しつつ、中国大陸との間には、政経分離の原則の下に、貿易を始めとする民間ベースの接触を保ってゆくことが、わが国既定の方針であります。最近中共政権との間に新たな外交的関係を設定せんとする国際的動きがみられますが、わが国としては、アジアひいては世界の平和維持の観点から、事態の維移と国際世論の動向を見究めつつ、慎重に対処する考えであります。
沖繩につきましては、近く協議委員会及び技術委員会が設置されることとなっていますので、沖繩同胞の安寧と福祉の増進のための日米協力関係は、一属促進されることになるものと信じます。
この一年間、世界経済は迂余曲折はありましたが、全般的に繁栄の途をたどり、本年もほぼ順調な発展が予想されております。
わが国の貿易額は昨年約一二二億ドルに達するものとみこまれ、一昨年に比し一八パーセントの増加を示しました。特にEEC諸国に対する輸出は約二五パーセントの大幅な増加がみこまれ、またわが国にとり最大の輸出市場である米国に対する輸出も引続き着実な増加を示しております。この事はわが国経済と世界経済との相互依存性がますます増大し、わが国経済の発展が、世界全体の協調繁栄の中に、その途をみ出さなければならないことを物語るものであります。
昨夏交渉を妥結し、本国会にその承認を求めております経済協力開発機構(OECD)への正式加盟は、わが国が国際的協力に積極的に貢献する第一歩として、極めて重要な意義を有するものであります。既に参加中のガッにおける関税一括引下げ交渉に対しても、貿易立国日本の立場において、その成功のためできる限りの貢献をしたいと考えております。
昨年は日英通商航海条約の締結をはじめとし、主要諸国との間のガット第三十五条援用撤回の交渉がはかどり、暗々その日的を達成することができました。残された差別的対日輸入制限の撤廃については、今後とも一層の努力を払う所存でありますが、来るべきIMF八条国への移行と、それと併行するわが国の貿易為替の自由化、すなわち開放経済体制の推進は、わが国の国際信用の向上と相俟って、今後の交渉におけるわが国の立場を、一層強化するものと確信いたします。
わが国の対共産圏貿易は、年を追って順調な伸びをみせております。また世界的に東西貿易拡大の雰囲気が、醸成されつつあることも事実であります。政府は今後も商業べースによる対共産圏貿易は、従来どおりこれを進めてまいる所存であります。しかし他方、共産諸国側の外貨事情、輸出能力等が、その貿易拡大の制約となっている事情もあり、これに過大の期待をかけることはできないものと考えます。
最近低開発国の経済発展の問題は、いわゆる南北問題として、たんに経済問題に止まらず、調和ある世界平和の維持にとっても、極めて重要な意義をもつに至りました。この問題解決のため、すでに国際連合、ガット、OECDなどの場において種々の試みがなされております。今春開かれる国連貿易開発会議は、この意味において、極めて重要な政治的、経済的意義をもつものでありまして、わが国も世界的要請にこたえ、わが国の経済構造との関連を調整しつつ、応分の貢献をしなければならないと考えます。
今後アジア並びに中近東アフリカ諸国の経済開発に対する協力を、推進するに当っては、供与する資金と技術を、最も有効に使用するよう心掛けねばなりません。他方、発展途上にある諸国、とくにアジア諸国が経済開発計画を効果的に推進してゆくためには、内外からの資金調達とともに、その受入体制が整備されることが、不可欠であることは申すまでもありません。すなわち、国民全般の教育水準の向上、なかんずく行政能力の充実、労働力の質の改善、さらには社会的組織力の強化が必要となってまいります。資金供与とともに、わが国が有効に果し得る役割は、この分野での協力を拡充強化することであります。けだし、このような協力は、ききに述べたような、わが国のアジア諸国に対する特殊な関係から、独自の意義を有すると考えるものであります。
わが国の技術協力は、昭和二十九年コロンボ計画に加盟して以来、着実にその規模を拡大し、現在までにアジア諸国に対し派遣した専門家は約五百名、また、これらの諸国から受入れた研修生は、四千名を越えんとしております。アジア諸国からの要請にこたえるためには、この規模はさらに拡大してゆくことが必要であります。このため来年度においては、コロンボ計画による研修生の増員のほか、青年奉仕隊派遣のための調査、及び器材供与による技術協力方式の導入等、新たな措置を計画中であります。これらは技術協力の拡充、特にその質的強化への重要な布石となるものと考えます。
中南米諸国との伝統的親善関係は、政治、経済、文化の面にわたり益々緊密の度を加えております。その重要な背景として、長年月にわたる日本人移住の歴史があることは、御承知のとおりであります。海外移住は、一面において国民とくに青少年に対し、進取の気象と海外発展の夢を与えるとともに、移住さきの国々に対し、有能な人材を送ることにより、その経済開発に寄与し得るのであります。政府はこのような見地から、昨年発足した海外移住事業団を通じ、国の内外に一貫した施策を講ずることにより、移住の促進に努力する考えであります。
今秋はいよいよオリンピック東京大会が開かれます。オリンピックの目的は、オリンピック憲章にうたわれておりますとおり、世界の若人を友好的な競技会に参集させることによって、諸国民間の愛と平和の維持に貢献することにあります。私はすべての民族が、互いに理解と認識を深め、さらに高いヒューマニティの立場から互いに尊敬し合うことこそ、世界の平和とその調和ある進歩とをはかるゆえんであると考えます。この意味において、オリンピック大会が東京で開かれることは、まことに慶賀すべきことであり、その成果に大きな期待を寄せるものであります。
東京大会には全世界から多数の訪問客の参集が期待されます。この機会こそ、わが国の、ありのままの姿や、すぐれた伝統に根ざす日本文化を、ひろく世界の人々に紹介することのできる絶好の機会であると考えます。遠来の客がわが国における滞在を楽しく過ごし、わが国に対する認識を深めることができるよう、国民諸君がこぞって協力されることをねがってやみません。
近年における交通、通信網の飛躍的発展は、この地球をますます狭いものとするとともに、諸民族の運命をいよいよ一体化するにいたりました。われわれは国際社会の中で、もはや、"われひとりよし"として、孤高のからにとじこもることはできなくなりました。外交もすでに全国民の日常生活の一部となってまいりました。私は国民各位が、政府の外交方針に深い理解と強い支援を賜わりますよう切望して已みません。
第四十六回通常国会における大平外務大臣の日韓会談に関する報告
(昭和三十九年三月十九日[衆議院]及び二十七日[参議院])
日韓会談の経緯並びに現状の概要を御報告し、併せて本交渉をめぐる主たる論点につき政府の見解を明らかにしたいと在じます。
日韓間の諸懸案を解決し、国交を正常化することを目的とする両国間の会談は、昭和二十六年十月の予備会談に始り、その後十二カ年余の永きにわたり、幾多の曲折を経て、断続的に続けられ、今日の第六次会談に及んでおります。この交渉がこのように長年月を要しつつも、今なお妥結に至っていないことは、この交渉がそれ自体如何に至難な外交案件であるかを物語るものであります。しかしながらその間、相互の理解と信頼は漸次深まり、昭和三十六年十月二十日開始された第六次会談においては、各案件につき相当の進展を示し、ことに請求権問題は、昭和三十七年末までに大筋の合意をみるに至ったのであります。
昭和三十八年一月以降、討議の中心は漁業問題に移り、両国の専門家を中心として鋭意討議が続けられてきましたが、なお基本的な点につき解決を要する問題がありますので、韓国側の申入れに応じて、去る三月十日両国農林大臣による会談が開始され、これまで八回にわたる会談を通じて相互の理解は一段と深まるに至っております。一方、過去二年間予備交渉の形で進められてきた全面会談を、去る三月十二日本会談に切替えて、諸懸案の討議の促進をはかっておる次第であります。
以下、主なる懸案につきその討議の進展状況及びわが方の基本的態度につき説明いたします。
まず請求権問題について申し上げます。サン・フランシスコ平和条約第四条に基づく韓国の対日請求権につき韓国側は、過去において、いわゆる対日請求八項目を提示して日本側がこの請求を認めることを要求し、これに対し日本側は、請求権として支払いを認めうるものは確たる法的根処があり、かつ、事実関係も十分に立証されたものに限るとの立場を堅持しつつ交渉を行なってきたのであります。しかるところ、その後の討議において、法的根拠の有無については日韓間の見解に大きな距りがあるばかりか、事実関係を正確に立証することも時日の経過とともに不可能又は極めて困難なことが判明するに至りました。しかしながら、この問題を未解決のままいつまでも放置することは許されないので、日本政府としては、この困難を克服するためには、なんらかの新たな工夫をこらすよりほかに途のないことを認めるに至ったのであります。この新しい工夫として考えられた構想の骨子は、将来にわたる両国間の親交関係確立の展望に立って、この際、韓国の民生の安定、経済の発展に貢献するため、同国に対し無償有償の経済協力を行なうこととし、このような経済協力供与の随伴的な効果として平和条約第四条の請求権問題が同時に解決し、もはや存在しなくなったことを日韓間で確認するというものであります。このような基本的考え方を軸として、真剣な折衝が続けられた結果、同年末、両国政府はこの考え方に原則的に同意するに至り、無償経済協力は三億ドルを十年間にわたり日本国の生産物及び日本人の役務により供与し、また長期低利借款は二億ドルを十年間にわたり海外経済協力基金より供与することとなったのであります。
次に、漁業問題に関しましては、過去の会談においては、日韓の漁業技術上の格差が著しいため、あくまで李ラインの存続を固執する韓国側の主張と、李ラインは国際法上不法不当でこれを認め得ないとする日本側主張とが真向から対立し、話合いの糸口すら見出し得ない状況でありました。しかしながら、第五次会談以降、双方の理解も次第に進み、討議はようやく軌道にのり、昨年夏頃までに、漁業問題の解決は、国際慣行を尊重したものであること、魚族資源の最大の持統的生産性を確保する見地に立つこと、公平にして実施可能な規制方式をとること、これまでの操業実態を尊重すること等について原則的な意見の一致をみた次第であります。そして、かかる諸原則を当該海域の地理的条件、漁業の実態につき如何に具体化するかに関し両国間の合意をみることが当面の問題として討議されておる状況であります。日本側としては、これらの原則に基づく具体的な提案として、李ラインの撤廃を前提に漁業交渉の妥結を図ること、漁業専管水域の設置は認めるが、その幅員については国際先例に従い十二カイリとすること、漁業専管水域の幅員を測る基線についても国際通念に基づいた合理的なものでなければならないこと、漁業専管水域の外側の公海は原則として自由に操業をなすべきであるが、資源保全のため公平かつ実施可能な規制を行なうことの諸点を主張しております。
また、韓国側は、韓国漁業の立ち遅れを指摘し、特に沿岸漁民の技術水準向上のために日本側が協力することを希望しております。日本側としては、漁業問題が合理的内容をもって妥結することを前提として、通常の民間信用の供与を通じて、この韓国側の要望に応えるよう検討しております。
また、韓国側は、わが国にある韓国文化財の返還を主張しております。すなわち国民感情として文化財は大きな意義をもっていること、文化財はその出土の地において保存し研究するのが今日の世界の趨勢であること、朝鮮動乱によって韓国にあった文化財の多くが大きな被害をうけた事情等を強調しております。これに対し、日本側としては、これらの文化財を韓国側に引渡すべき義務があるとは考えていないが、日韓間の友好関係の増進を考慮し、文化協力の一環として、ある程度韓国側の要望に応えたいと考えております。
在日韓国人の法的地位の問題について申し上げます。終戦の日以前に来日し引き続き在留している者と日本で生れたその子孫である在日韓国人は、平和条約発効の時までは名実ともに日本人として居住していたのでありますが、平和条約発効に伴い自己の意思によらないで日本国籍を喪失し、その結果、それまで日本人としてうけていた待遇を失ったのであります。政府としては、このような特殊の事情を考えると同時に、将来国内に政治的、社会的禍根を生じないよう配慮しつつ、日韓双方の納得できる合理的な解決をはかりたいと考えております。これまでの会談において、永住権を付与する者の範囲、永住権を付与された者に対する退去強制および処遇の問題、永住目的で韓国に帰還する者の持帰り財産の問題等について討議が行なわれ、その結果、問題点は相当煮つめられてきております。
竹島問題に関しましては、日韓会談が妥結し国交正常化が行なわれる際、このような領土紛争が解決の見通しなく日韓間にわだかまっていることは、両国の友好親善関係の将来にとり悪影響を及ぼすと考えられます。よって、政府は、国交正常化の際には、少くともこの問題解決のための明確な目途を立てておく必要があるという考え方に立って交渉しております。
なお、これまでもしばしば明らかにしているとおり、現在韓国政府の支配が朝鮮半島の北の部分には及んでおらず、その地域に現実に支配を及ぼしている政権が存在する事実は、日本政府としてもこれを考慮に入れて交渉に臨んでいる次第であります。
以上が日韓交渉の経緯と現状の概要であります。私は両国の国交を正常化することは、今や日韓双方の国民的要望となっていると信ずるものでありますが、なお世上本交渉に対する反対論議が存することも事実でありますので、この機会にその主なる論点につき政府の見解を明らかにしたいと存じます。
日韓会談の目的は、両国の関係を正常化することであり、あわせて各種の懸案を解決し、過去の行きがかりにとらわれない新らしい友好関係を築こうとするものであります。しかるに、日韓両国の国交正常化は極東の緊張と不安を激化するやの議論を耳にすることがありますが、両国の関係を正常でないままに放置することこそ両国民の不幸であり、逆に、両国が相協力して安定と繁栄の道を進むことがアジア全体の平和と安定に寄与する所以であることは自明の理でありましょう。現在北朝鮮を承認している国は共産圏諸国を主とする十九カ国にすぎないのに対し、韓国政府は国際連合においても合法政府として認められ、世界の主要国を始めとして七十三カ国によって承認されていることは御承知のとおりであります。この韓国と地理的、歴史的、文化的に最も密接な関係を有するわが国が友好関係をもつことは、全く当然のことであると申さなければたりません。
つぎに、韓国との国交正常化は朝鮮の分裂を恒久化し、その統一を阻害するものであるとの議論があります、朝鮮の統一が容易に実現しないのは、抜き難い国際的勢力の対立を背景として、韓国も北朝も早期統一を主張する点では一致しながら、その統一方式に関し全く相容れない立場をとっていることがその原因であることは周知の事実であります。すなわち、韓国は、国連監視下の全朝鮮自由選挙に基づき全朝鮮単一政府を作るといういわゆる国連方式を終始一貫支持しているのに反し、北鮮側は、朝鮮統一問題に国連が介入することに反対の立場を維持しているのであります。北鮮側が国連の権威と権限を認め、国連方式による統一に賛成しさえずれば、朝鮮の統一は実現し得るものであります。従って、日韓国交正常化が朝鮮の分裂を恒久化するというがごときは、まさに牽強附会も甚徒だしいものであると申さねばなりません。
次に、日韓会談と米国との関係について一言いたします。日韓両国が国交を正常化すること自体が、アジアの安定と繁栄に寄与するものである以上、これに重大な関心をもつ米国が、両国の国交正常化を希望することは極めて自然なことであります。しかしながら両国間の交渉それ自体はあくまで両国がそれぞれ独自の立場から行なっているものであり、米国が圧力を加えたり干渉したりしたというようなことは全くございません。更に一部には日韓国交正常化が日米韓三国の反共軍事同盟あるいはNEATOなるものの結成を目標としているとの論があります。御承知のとおりわが国は、日米安全保障条約により、米国との協力の下にわが国の安全を確保するとともに、極東の平和に寄与することを外交政策の基本としております。政府は日米安全保障条約の枠を越えて極東において軍事的な役割を引受けることを意図したことはなく、またそのようことがわが国の憲法の建前から不可能であることもまた明らかであります。
次に韓国の経済状態が不安定であるとの理由により、国交正常化を見合せるべきであるとの論に対して一言したいと考えます。韓国の経済が非常な困難を経験していることはこれを卒直に認めなげればなりません。しかしこの点に関しては、韓国が年々増加する人口を擁するにかかわらず天然資源に恵まれず、あまつさえ朝鮮動乱によってほとんどすべての生産施設を失ったという事実、更には朝鮮動乱勃発の経緯にかんがみて、自国防衛のための軍事力維持のために、軍事費に尨大なる財政支出を充当せざるを得ない実情を考えるべきであります。むしろこのような条件の下におかれた韓国経済が、これまで幾多の困難を切り抜けてきた事実にこそ思いを致すべきであります。韓国政府も目下自国経済の再建と発展にその政策の最重点を置いているものと承知しております。これに応えて米国はもちろん、ドイツ、イタリア、フランス等の西欧諸国が、韓国に対する経済協力に積極的な熱意を示していることを指摘いたしたいと思います。この時に当って、隣国である日本が、これに対しでき得る限りの協力の手を差しのべることこそ、日本国民の国際的道義的責務であると申しても過言ではないと信じます。私はこのような観点からわが国が韓国に供与する有償無償の経済協力についても、国民各位の十分の御理解が得られるものと確信いたします。
最後に、韓国政権を非民主的な不安定な政権と断じ、これを相手とすべからずとの主張が一部にあります。韓国においては、昨年十月十五日に大統領選挙を行ない、民主共和党から立候補した朴正煕氏が当選し、続いて十一月二十六日の国会議員選挙においては、民主共和党が全議席百七十五のうち百十議席を獲得し、単独で院内の安定勢力を確保し、軍事政権がその成立の当初公約した民政の移管が実現したのであります。そしてこの大統領選挙と国会議員の選挙が、いずれも自由かつ公正に行なわれたことは、国連朝鮮統一復興委員会の報告によって確認されたところであります。私はこのように民主的に選出された韓国政府を相手として、日韓両国の国交正常化のための話合いを行なうことは、国際的にみても当然の常識であると信ずるものであります。民主主議体制をとる韓国内部において、現在の日韓交渉に対して批判ないし反対の声があることは承知しており、ここ数日来の学生を中心とした動きについても、その背景や影響につき注意深く観察しておりますが、韓国国民の大多数は両国の国交正常化それ自体には反対しておらず、むしろこれを強く希望していることは、最近行なわれた世論調査の結果をみても明らかであります。
また、日本国民の大多数が両国の国交正常化を支持していることは、過ぐる衆議院議員総選挙の結果が如実に物語っているところであります。のみならずわが国の主要新聞の論調は、日韓国交正常化自体は両国が当然なすべきことであるとの点において一致し、更に世論調査の結果も賛成論が圧倒的に多く、反対論は微々たるものであることを示しております。私はこのような日韓国交正常化に対する国民的支持を背景として、国民各位の納得の行く内容をもって懸案が解決されるよう鋭意努力を傾ける所存であります。ここに国民各位の一層の御支持と御協力を願って報告を終ります。