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1 領土紛争解決に際しての武力不行使提案に関するフルシチョフ首相の池田総理あて書簡に対する池田総理の返簡

一九六四年一月四日、在京ヴィノグラードフ・ソ連大使は、大平大臣を訪問し、フルシチョフ首相の池田総理あて一九六三年十二月三十一日付書簡を手交した。同書簡は同文を以て各国首脳に対しあてられたもので、各国が領土紛争および国境問題の解決のために力を行使するのを放棄するよう強調し、そのために次の四つの基本的条項を含む国際協定を締結することを提案したものである。

(1) 現存の国境の変更のために武力に訴えてはならない。

(2) 国家の領土が一時的にもせよ、またいかなる考慮からも他国によって直接、間接の暴力の対象とされてはならない。

(3) 社会機構等の差異など、いかなる理由をもっても領土の不可侵権を侵害してはならない。

(4) 一切の領土紛争を平和的方法によって解決する。

同書簡に対し、二月七日、在ソ下田大使は、グロムイコ・ソ連外相に対し、要旨次のとおりの池田総理よりフルシチョフ首相にあてた二月三日付返簡を手交した。

私は、領土紛争および国境問題を力によらず専ら平和的下段によって解決するとの原則にはもちろん異議がなく、またその原則に基づいて各国が合意する内容を盛った国際協定を締結することも一つの考え方として首肯できないわけではありません。しかしながら私は、この力の不行使の原則は、単に領土、国境問題にとどまらず、すべての国際問題の処理に当って世界各国がひとしく指針とすべきものと考えます。このことは、すでに国際連合憲章でも厳粛に規定されております。私は一国が自己の政治的目的のために、他国に対して力による威嚇や力の行使を行なうことは、断固排撃されるべきであり、また他国の国内攪乱等を目的として各種の煽動工作を行なったり、武器を秘かに供給したりするなどの間接的侵略行為も同様に根絶されるべきものと考えます。

私は、世界各国の指導者が、一方でこのような力の不行使の義務を厳に遵守するとともに、他方で、それにとどまらず、進んで現存する国際問題を平和的に処理するための努力を倍加すべきものと考えます。このためには、各国が、すでに存在している世界的な平和維持機関である国際連合の支持強化に努め、いやしくもこれの権威を低下させるような一切の行動を慎しみながら、その機能を充分に発揮させるよう協力することが最も大切でありますが、また同時に、二国間でも各国は現存する国際問題を平和的に解決するための努力をさらに積極化すべきであると考えます。

この意味で、私は、日ソ間に存在する最も重要な懸案である領土問題について、この際一言いたしたいと思います。この問題に関するわが方の見解はすでに度々明らかにされたとおりでありますが、国後、択捉両島は歴史上未だ曾って帝政ロシアないしソ連またはいかなる他の第三国の領土であったこともなく、日本国民はすべてこれらの日本固有の領土の返還を心から望んでおります。このわが国の主張は貴簡に述べられている「復しゅう主義分子の要求」とか「、正当な戦後の領土処理を再検討する計画」などとは縁もゆかりもないものであります。一時的な力関係によって生じた事実上の状態を恒久化しようとして、日ソ間の領土問題はすでに解決ずみであるかのように一方的に主張し、日本国民の公正な主張に耳をふさぐことは、国際問題の平和的解決を推進しようとする態度とは決して申せません。

私はこのような未解決の日ソ領土問題が平和的な話合いによって公正かつ、速かに解決され、両国間の長期にわたる友好関係の基礎が樹立されることを心から希望するものであります。

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2 拿捕、海難漁船の問題

千島・樺太周辺の近海で操業するわが国の漁船がソ連監視船に拿捕され、その船長あるいは漁撈長でソ連側の裁判を受け、その結果、長期に亘り禁固刑に服しているものが多数に上る状況であったので、わが方は、従来からしばしばこれらの抑留漁船員を釈放するようソ連側に要求してきたが、特に、一九六三年六月、日ソ間に昆布採取に関する民間協定が結ばれたのを機会に、これまで抑留されていた漁船員全員の釈放を求めていたところ、ソ連側は、同年八月二十二日、ソ連で有罪の判決を受けた者および未決の者全員を釈放する決定を行ない、同月二十六日このことを日本側に通告してきた。そこで政府は北千島幌筵島柏原、樺太真岡、色丹島穴澗湾の三個所に海上保安庁の巡視船を派遣して、八月三十一日および九月二日の両日、合計一四一人の抑留者を引取った。

しかし、その後もソ連側による拿捕事件は跡を絶たず、同年八月末に三隻、九月に六隻、十月に三隻、十一月に四隻、十二月に一隻、一九六四年二月に一隻が拿捕された。この結果、これらの漁船の船長あるいは漁撈長で一九六四年三月末現在禁固刑を受けた者が一二人、未決の者が一八人、計三〇人が抑留されている。わが方は、その都度ソ連側に対しこれらの抑留者の釈放を要求しているが、遺憾ながらまだ解決をみていない現状にある。

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3 貝殻島区域昆布採取に関する民間協定の調印

北海道ノサップ岬沖にある貝殻島の周辺水域は、従前から昆布漁の盛んな場所であったが、戦後はソ連の占拠するところとなり、わが国漁民の同水域における昆布漁は事実上重大な支障を受けるに至った。

この状態の下において、民間関係者の間からソ連との間に何らかの了解を取付けようとの動きが発生し、これに対し最初否定的な態度を持していたソ連側も一九六三年四月、このための交渉をソ連側漁業国家委員会と日本側大日本水産会との間で行なう用意がある旨の回答を示すに至った。

その結果、大日本水産会の代表団は同年五月十七日以来、モスクワにおいてソ連側と交渉を行ない、六月十日、貝殻島周辺の一定操業区域において六月十日より九月三十日までの期間、三〇〇隻以内の日本小漁船が一定の条件の下に昆布漁を行ないうることを定めた協定に調印した。

この協定は、前述のとおり民間の協定ではあるが、政府としてもこの協定が従来の領土、領海に関するわが方立場を何ら害するものではないと認められたので、ソ連側の要望に従い、「日本国政府としても本協定に異存がない」旨の意思表示を行なった。

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4 ソ連地域への墓参問題

ソ連にある日本人墓地への墓参については、一九六一年八月および六二年八月の二回にわたり、極東およびモスクワ周辺の墓地への遺族代表団による墓参が行なわれたが、樺太、千島列島、国後島、択捉島、歯舞群島等に戦前より存在する墓地への墓参についても、これらの島に戦前居住していた人々から、慰霊団を組織して渡島し、墓参を行ないたいという希望が寄せられている。そこで政府としては、再三ソ連側に右要望を満たすよう申入れていたが、ソ連側はこれらの地域は国境地帯で旅行禁止区域となっているので許可できないとの意向を示すに止っていた。しかし、一九六三年九月モスクワにおいて、山田大使がクズネツォフ外務次官と会見し、墓参の問題は日本人の国民的感情からいっても極めて影響の大きいもので、その解決は、ひいては日ソ友好増進に寄与することとなるから、ぜひとも再検討方要請したのに対し、同次官は、ソ連政府は他の国民の風俗習慣に対しては充分尊敬の念を払っており、この問題も日ソ関係増進の見地から注意深く再検討してみたいと答えたが、その後ソ連側からは依然として具体的回答を得られないままとなっている。

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5 日ソ間航空連絡問題

日ソ間の直通航空路問題については、従来より、路線を東京・モスクワ間にしようとするわが国の主張と、外国航空機のシベリア上空飛行を認めるのは困難だから、日本の一地点とハバロフスクの間にしようとするソ連側の主張が、基本的に対立しているため、日ソ間の交渉は必らずしも未だ満足すべき成果を収めていない。しかしながら、日本側はかかる事態を少しでも進展させるため、一九六三年十月ソ連側に対して暫定案を提示し、鋭意妥結のための努力を続けている。

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6 ソ連のロケット発射実験問題

(1) 第五回ロケット発射実験

ソ連は一九六〇年以来、これまでに四回、中部太平洋に閉鎖海域を設定してロケットの発射実験を行なった。これに対し、政府はその都度ソ連に対し抗議を行なってきた。

ところが、一九六三年五月十一日タス通信は、五月十五日より七月十五日まで中部太平洋の海域に向け、ロケットの発射実験を行なうため、各国政府がこの海域へ自国の船舶および航空機が立ち入らないよう措置することを要請すると発表した。

よって、政府は五月十四日外務省より在京ソ連大使館に口上書をもって、次のように申入れた。

(イ) ロケット発射実験のため、公海上に長期かつ広汎な海域にわたって、他国の船舶と航空機の立ち入りを禁止する閉鎖海域を設定するのは、他国の海洋使用権を不当に侵害するもので、日本政府はこれを遺憾とする。

(ロ)当該海域は、日本の漁業上および航空上大きな利害関係をもっているので、日本国および日本国民がこうむる損害または損失について国際法上要求することができる補償要求の権利を留保する。

なおその場合、損害を少くするために、現実にロケット発射実験を行なう九十六時間前にその都度日本政府に事前通告を行ない、さらに二十四時間前にもこの事前通告を確認することを要求した。このわが方の申入れに対し、六月十三日ソ連政府は在ソ日本大使館に対し口上書で、次のように主張した。

(イ) ロケット発射実験は専ら平和目的のために行なわれるものであり、ソ連は宇宙開発活動で専ら人類の進歩と今後の宇宙飛行の安全を保障する人道的目的を指針としている。

(ロ) 発射実験について、日本側が要望した通り、四日前にタス通信によって通報が行なわれた。

よって、政府は在ソ連大使館よりソ連外務省に対し、次のように申入れた。

(イ) ソ連は実験が専ら平和目的のために行なわれると声明しているが、この声明をソ連政府が忠実に守るよう希望する。

(ロ) ソ連の事前通告が日本政府の要請を満足さすものであるかのように述べられているが、日本政府が要求しているのは、ロケットが現実に発射される九十六時間前の通報と、二十四時間前の確認である。

(ハ)損害補償要求の権利については、前述の口上書で述べている通りこれを留保する。

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(2) 第六回ロケット発射実験

一九六三年十一月二十九日のタス通信は、十二月二日より一九六四年一月二十五日まで、前回と大体同じ太平洋海域に向けまたまたロケット発射実験を行うために、閉鎖海域を設定すると発表した。

よって、政府は十一月三十日外務省より在京ソ連大使館に対し、口上書で前回の場合と同様の趣旨の抗議を行なうとともに、当該海域には日本のマグロ漁船が多数出漁しているのみならず、日本の航空機および船舶の航路に接している点を指摘し、ソ連が一片のタス通信発表により広範な閉鎖海域を設定することは不当であると強調した。

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7 スコピエ(ユーゴスラヴィア)震災に対する援助

一九六三年七月二十六日ユーゴスラヴィアのマケドニア共和国首都スコピエ市に震災が起ったので政府は、在ユーゴスラヴィア高橋大使を通じユーゴスラヴィア政府に対し深甚なる同情の意を表するとともに、見舞金として一〇、〇〇〇ドルを贈与した。

さらにユーゴスラヴィア側よりスコピエの新しい町をどこに建設すべきか、また耐震建物をいかに建築すべきかについて日本側専門家の助言を得たいとの希望表明があったので、政府は海外技術協力事業団の協力を得て、武藤清東大名誉教授、岡本舜三東大教授、久田俊彦建設省建築研究所第三研究部長の三名を九月八日から三週間現地に派遣した。

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