世界経済の流れ
一九六三年の世界経済、国際貿易の動向で目立った点は次のとおりである。
(イ) 先進地域の経済が、一九六二年秋から六三年初頭へかけて、一部に懸念された景気後退に陥ることなく、盛んな個人消費と公共投資需要に支えられて拡大歩調を続け、他方、低開発地域の経済にも、一次産品価格の上昇に影響されて回復の傾向がみられたので、世界経済は拡大の基調を持続した。
(ロ)米国、英国、一部北欧諸国等従来成長が緩慢であった先進工業国において、新たな経済拡大傾向への転化がみられたのに対し、近年急速な経済成長を続けてきた日本およびEEC諸国においては、賃金、物価の上昇等が、また、ドイツを除く諸国においては国際収支の悪化が、拡大に対する阻害要因としての影響を強めてきた。
(ハ) このように世界景気のゆるやかな上昇を反映して、世界貿易は、一九六二年に比べ八・五%と近年の伸長率を大きく上回って拡大し、とくに第一次産品生産国の輸出は、近年来の不調を克服して世界貿易の伸び率に近い比率で伸長した。
(ニ) 一九六三年上半期において、巨額の資本流出のために、大幅な赤字を示した米国の国際収支が下半期以降、著しい改善をみるようになり、国際通貨危機の問題は一応遠のいた観を呈した。
(ホ) 世界貿易拡大のための国際間の協力が、関税一括引下げ、低開発国貿易促進の方向でさらに進められてきたが、一九六四年三月より開始された国連貿易開発会議にみられるように、低開発国の先進国に対する特恵供与、貿易障害除去等の協力要求が高まるとともに、先進国の間において、主として全世界的な視点から問題に対処しようとする米、英等の考え方と、他方地域的な解決に重点を置くフランス等一部EEC諸国の考え方との相違が顕著となってきている。
(ヘ) さらに、ソ連、中共等共産圏諸国の国内経済の行きつまり、冷戦の緩和、コメコン内部の国際分業体制促進の停滞、中ソ対立等によって、これら諸国の対自由圏貿易拡大の意欲が高まり、右に対応して、自由世界の諸国でも東西貿易促進への気運が現われてきている。
以上の特徴を背景とした一九六三年の世界経済の流れを国別、地域別に概観すると、まず、米国では、五・五%の高い失業率に改善がみられなかったことが大きな悩みであったが、一九六一年第一・四半期以来順調に上昇した景気は、六二年末に一時鈍化を示したものの、その後上昇を続け、六四年に入っても後退の兆しはない。
一九六三年第三・四半期以降の建設、設備投資の増加傾向、史上最大といわれる減税を通じて期待される個人消費の伸びから、一九六四年も経済の拡大が予想される。他方、一九六二年以来増大の傾向が著しくなった国際収支の赤字は、六三年第一・四半期に年率三五億ドル、第二・四半期五二億ドルにのぼったが、利子平衡税法案の提出、短期金利の引上げ等一連のドル防衛措置によって、第三・四半期には、九億ドル、第四・四半期には、一一億ドルと回復を示した。高い失業率や遊休生産設備からみて、今後経済の拡大による資金・物価への影響も少ないとみられ、輸出競争力も増大すると考えられるので、海外支出の一層の削減、長期資本収支事情の好転等の推移と相まって、米国の国際収支改善の傾向は持続されるとみられる。
他方、西欧諸国とくに、フランス、イタリア、オランダ等では、工業生産は一九六二年に引続き上昇をみたが、労働力不足による賃金コストの上昇は利潤率の低下、設備投資意欲の減退をもたらし、輸出競争力に影響をおよぼす傾向が強まってきている。このため、フランスでは六三年九月いらい景気抑制措置がとられ、経済成長の鈍化が予想される。ドイツでは賃金の上昇にかかわらず物価は安定しているが、輸出の好調、外資の流入による最終需要の増大が景気過熱の問題を提起しており、また隣接国から移入されるインフレ傾向の波及防止が課題となっている。他方、英国では、近年の停滞と対照的に、一九六三年の工業生産は前年比七%の大幅な上昇を示したが、年末に賃金、物価の上昇傾向が現われた結果、公定歩合が引上げられて最近の景気拡大政策の手直しがみられた。
このように先進国経済では、従来停滞気味の米英経済に拡大基調が現われたのに対し、これまで急速な成長を示したEEC諸国経済の上昇力はようやく緩慢化する傾向が顕著となった。
低開発国の経済の伸び悩みは、一九六三年に入って若干の改善をみた。燃料、食料、工業原料等の一次産品市況回復とともに、これら一部の産品生産国の外貨事情はかなり好転したが、低開発国全般としては農業生産の不振、工業生産の伸び悩みを脱し切れず、開発計画の推進を支えるに十分な経済的基盤が整っていない状態である。
共産圏については、まずソ連では、工業生産の鈍化、農業生産の不振によって転換期にさしかかっており、六三年十二月、党中央委員会は、化学工業、農業および関連産業に重点を置いて経済計画を再編成するとともに、一部に自由競争の原理をとり入れることを余儀なくされている。また、一九六三年ようやく危機から脱して立直りをみせてきた中共では、従来の重工業優先の政策から、農業最優先、軽工業等育成強化の政策調整期に入った。また、冷戦緩和、中ソ対立等の政治情勢も影響して、共産圏諸国においては、前述のとおり対外貿易の促進に関心を示してきている。
世界貿易はこのような事情を背景として順調に拡大し、共産圏を含む貿易額は、一九六二年に比し、八・五%増大した。これは、一九六一年の前年比四・五%、六二年の前年比五・五%に比べて著しい伸びであるが、とくに注目されたのは、先進工業国間の輸出の増加率が前年と略々同水準を示した(一九六二年前年比一〇%、一九六三年前年比一一%)のに対し、第一次産品生産国の先進工業国に対する輸出の増加率が前年に比べ倍増して八%に達し、世界貿易全般の拡大率に近い進展をみたことである。
以上の動向を背景として、世界貿易の拡大を目的とする国際間の協調は一層推進された。
ガットにおいて一九六一年いらい取上げられてきている関税一括引下げ交渉問題については、欧米先進国ではこの数年工業製品の貿易自由化が進捗し、今後の国際貿易の多角的拡大のためには各国の関税引下げの重要性がとくに痛感され、さらにEECの発展拡大に伴なう世界貿易再編成の機運もその必要性に拍車をかけたものであるが、六三年五月には、五十余カ国の参加を得て、ジュネーヴで関税一括交渉の原則を定めるガット大臣会議が開かれた。この会議で、関税障壁の一率五〇%の引下げを原則とすべしとする米英等の諸国の主張と、関税格差の平準化を前提とするEEC諸国の主張との開きは容易に歩み寄らなかったものの、一応一九六四年五月から交渉を開始することとし、関税引下げの対象、方法等について原則的な合意をみた。他方、この大臣会議では、低開発国貿易の促進問題もとりあげられ、低開発国産品輸入に対する関税その他の貿易障害の除去についての実行計画が採択された。
低開発国貿易の促進に対する低開発国側の要求は、さらに国連貿易開発会議開催の提唱となって示された。一九六四年三月からジュネーヴで開催された同会議では、低開発国側は、自由貿易原理の例外的な適用が低開発国の発展に必要であるとの基本的立場に立っての低開発国の製品半製品に対する特恵の供与要請をはじめ、一次産品貿易拡大、保障融資援助等の面で先進国に対し、新たな協力を求めてきている。
他方、六三年七月、米国の国際収支悪化に対処するため、ケネディ大統領の特別教書が発せられ、利子平衡税の創設、IMFとのスタンドバイ・クレディットの設定、対外援助の削減等新たな対策が提示された。この教書は国際通貨制度改善のための協議についても触れており、国際流動性の問題に対する国際協力に一つの示唆を与えたが、一九六三年は、主要先進国中央銀行間のスワップ取決めが締結され、IMF総会、十カ国蔵相会議等の場を通ずる国際金融協力も一層進められてきた。
このような情勢の推移のうちに、わが国は一九六三年には、IMF八条国移行、OECD加盟を控えて鋭意開放経済体制移行の準備を進めてきた。六三年四月に八九%に達した輸入自由化率も一九六四年四月には九三%に高められ、為替取引に対する制限も漸次緩和された。
わが国は一九六四年四月一日IMF八条国に移行し、同月二十八日にはOECD条約を批准した。戦後の国際経済社会における孤立の状態から脱し、わが国の国際的地位を向上させるために、官民相携えて続けてきた努力は、ここに一応結実することになった。
わが国経済の発展が、貿易はもとより資本、技術サービス等の国際間の交流にますます依存度を高めてきている今日、このような進展によって、わが国が、世界経済の重要な問題の取り決められる国際的な話合いのすべてに参加できるようになったことは、わが国の経済利益の保護増進について一層有利な地歩を築くに至ったことを意味する。
経済の目覚ましい発展によって、わが国は、国民総生産において自由圏中第五位、輸入額において第七位を占めるに至り、わが国の経済動向が世界経済に与える影響はいよいよ重大なものとなってきた。一九六三年においても、わが国の貿易は、輸出五四・五億ドル、輸入六七・四億ドルと総額一二〇億ドルを超え、世界貿易における比重はますます増加するにいたった。このため、わが国の対外政策の帰趨は、世界経済の繁栄にとってますます重大な要因として世界の注目を集めているが、このことは、今後のわが国の経済発展が国際的な協調なくしては期し難いと同時に、前述の世界経済の諸問題をめぐる国際協調の動きにおいて、わが国がその地位の向上に見合って一層責任ある行動を求められてきていることを意味する。低開発国貿易促進等に関連し、これらの諸国、特にわが国と特殊の関係にあるアジア諸国のわが国に対する期待が増大していることも、このような背景から理解されなければなるまい。
このような進展がみられたとはいえ、わが国経済は、所得水準、社会資本等の面では欧米先進国に比しなお隔りがあり、福祉国家建設の基盤を固めるにはいぜんとして多くの問題を抱えている。
わが国経済の将来の発展のためには、これら先進諸国との経済の同質化が大きな課題となろう。今後わが国が先進国との相互補完関係を一層強化しつつ、対外的な発展を進めて行くには、貿易面における差別的な輸入制限の撤廃等なお多くの障害を克服する必要がある。したがって、今後のわが国の外交は、国際経済社会において新たに得られた発言権の増大を利用しつつ、諸外国との関係の一層の緊密化をはかり、関係国との協調を通じてこれらの問題を解決することを重要な課題としている。