国際機関関係
ガット第十八回総会は、一九六一年五月十五日から十九日までジュネーヴにおいて開催され、わが国からは在ジュネーヴ青木公使を代表として計十五名からなる代表団が参加した。
本総会は五日間という短時日ではあったが、二十九にのぼる議題について審議が行なわれた。主な議題の審議状況は概要次のとおりである。
本総会において、第十九回総会(十一月十三日より十二月九日まで)中の十一月二十七日から四日間、大臣会議を開催することに決定した。
議題については、国際貿易拡大に関する主要問題点を中心に討議することとし、(イ)二十八条の二に基づく関税交渉(いわゆるディロン交渉)のレヴューと将来の多角的関税引下げの可能性とその方法の検討、(ロ)貿易拡大第二委員会の報告をめぐる農産物貿易問題、(ハ)後進国の貿易拡大問題、とすることになり、また右に関連して市場攪乱防止問題、地域的経済統合問題等も討議の対象とされうることが確認された。また各国は、九月一日までに右の議題に則して具体的提案ないし示唆を事務局に提出することとし、それが九月の理事会で検討されることとなった。
新独立国が直面する関税行政上等の困難につき、技術面の援助をガットとして行なおうとする提案が二月の理事会において事務局長より提出され、右提案が総会で検討された。本件アイディアについては、全締約国の全面的な支持があり、援助は、援助を要請する後進国のイニシアティヴによりガットの権能の範囲内で援助を与えるべきことが決定されたが、ただ国連その他の機関による技術援助と重複しないことがとくに強調された。
本総会では三月末ローマで行なわれたイタリアの対ドル地域輸入制限に関する作業部会の結果につき報告があり、それに基づいて審議が行なわれた。伊側代表からは右作業部会の際発表した対ドル地域、対OEEC諸国および対OEEC並み待遇国に対する自由化およびクォータ増加の措置の実施のための政令を準備中である旨の発言があったのみであった。これに対する各国の発言は、米、加代表は作業部会の結果に一応の満足の意を表明したが、イスラエル、チェッコ代表は差別待遇措置につき、またウルグァイ、ブラジル代表は農産品に対する残存制限に強い不満を示した。なお豪代表より、イタリアの国際収支上の理由が消滅してからすでに一年有半が経ているにもかかわらず、なお問題が解決されていないことにつき総会の注意を喚起したい旨の発言があった。
結局、本総会では七月末までにイタリアがさらに自由化を拡大すべきことを要望するに止まった。
(なお、イタリアのわが国に対する対日差別制限およびこれが撤回のための努力については対欧州における対日輸入制限運動の項を参照ありたい)
本総会で最も活発な論議の対象となったのが欧州経済共同体(EEC)との間に一九六〇年九月より行なわれてきたEECの共通関税設定に伴う関税再交渉と、EECの設立前と設立後における域外諸国に対する関税障壁の高さについての検討(いわゆるゼネラル・インシデンスの検討)の問題であり、後進国側が等しくEEC側の態度を非難した。再交渉については、十分な補償が得られなかったことに強い不満の意が表明され、また共通関税とEEC設立前の各国の関税水準との比較については、低くなっているというEEC側の主張と、実質的に高くなっているという後進国側の主張が真っ向から対立したままで何ら結論が出ず、EECをめぐる諸問題は、前述のディロン交渉の結果をも勘案してさらに第十九回総会の議題にされることとなった。
一九六一年三月二十七日署名された欧州自由貿易連合(EFTA)七カ国とフィンランドとの間に自由貿易連合を組織する協定にっきフィンランドおよびEFTA側より報告があったが、右協定の内容とくにフィンランドとデンマークとの間の二国間取極につきさらに作業部会において検討されることが決定された。
なお、本件が別の観点から問題になったのは、一九六〇年暮フィンランドがソ連と結んだ関税協定に関連してであり、これによるとソ連からの対フィンランド向け産品が一九七〇年までに関税の漸次引下げ、無税待遇を受けることになる反面、ガット加盟国中これに均霑できるのはEFTA七カ国のみで、これがガット第一条の最恵国待遇の規定の違反であることが米、加、インド、EEC代表等より強く非難されたことである。しかし本総会では第十九回総会までにフィンランド側の善処が要望されたに止まり結論は下されなかった。
一九六一年四月二十七日英国から独立したシェラ・レオーネのガット第二十六条五項(c)に基づく加入が承認された。右規定に基づく加入は旧宗主国のガット上の権利義務をそのまま継承することになるので、同国は自動的にわが国に対し三十五条援用国となった。
ガット第十九回総会は、一九六一年十一月十三日より十二月九日までジュネーヴで開催され、わが国からは在ジュネーヴ青木公使を代表とする十八名から成る代表団が参加した。右期間中十一月二十七日より三十日まで総会を中断して大臣会議が開催され、わが国からは藤山経済企画庁長官が大臣代表として出席した。(なお駐仏萩原大使が特別顧問として参加した)。
大臣会議の議題は、関税引下げ問題、農産物貿易問題、後進国貿易問題となっていたが、これらに関連して対日三十五条援用問題についても討議された。各議題についての審議の概要は次のとおりである。
(イ) 関税引下げ問題
ガットの規定に従い、最恵国待遇を基礎とする関税引下げが今後も継続されるべきことが確認されたのち、従来の関税交渉において採られてきた国別、品目別の関税引下げ方式が限界に達したため、これに代わる新たな引下げ方式、とくに一律引下げ方式の採用を検討するための機関を設置するよう総会に勧告し、十二月七日の総会で、わが国を含む十七カ国より成る作業部会が設置された。作業部会の開催時期は一応一九六二年四月五日が予定されていたが、各国準備の関係上、同年五月の理事会において時期を再検討することとなった。
(ロ) 農産物貿易問題
現在多数の国において採られている国内農業保護措置により、農産物輸出が停滞し、輸出国側より事態の改善が強く要請されたが、席上仏大臣より本件解決には国際的アプローチが必要であるとして商品研究部会の設置が提案された。
結局最終結論として、総会に対し本件検討の基礎確立のための手続として、とくに(イ)本件今後の取扱いを理事会に付託すること、(ロ)まず一九六二年二月に穀物問題の研究部会を開き、以後他の物資(例えば肉類)にも及ぼすこと、(ハ) 従来からの貿易拡大第二委員会は、各国の農業政策の変更に関し通報をうけ関係国と協議を行なうこととすることを勧告し、総会もこれを採択した。
(ハ) 後進国貿易問題
米国は、後進国貿易の拡大に関し関税、財政関税、国家貿易、特恵、補助金の軽減廃止、余剰商品の処理に関する貿易拡大第三委員会の結論をとりまとめた勧告案を提出したが、他方後進国側からも、後進国の輸出障害の漸進的撤廃に関する提案がなされ、右二案につき大臣会議では討議が集中したが、結局最終結論においては米提案を付属として採択し、後進国案はその骨子が結論本文中に採り入れられた。なお結論の付属は、総会において総会の宣言として採択された。今後、後進国の輸出障害の漸進的緩和に関する具体的プログラム作成は、貿易拡大第三委員会が行なうことになった。
(ニ) 対日三十五条援用問題
本件は元来大臣会議の議題としては掲上されていなかったが、とくにわが国の要望により討議の対象とされたものである(別項参照)。
十九回総会における主要議題に関する審議の概要は次のとおりである。
(イ) 対旦二十五条援用問題(別項参照)
(ロ) 輸出補助金問題
一九六〇年秋のガット第十七回総会において採択された「二次産品に対する輸出補助金廃止に関する宣言」および同宣言を受諾しえない国のための「現状維持に関する宣言」につき、未だ署名を了していない国の早期署名が要請され、ドイツ、イタリア、スイスは近く「廃止宣言」を受諾しうる旨各代表より発言がなされた。
(ハ) 加入問題
(i) 一九六一年十二月九日・英国から独立したタンガニイカは、同日の総会でガット第二十六条五項(c)に基づくガットヘの加入が認められた。なお同条に基づく加入に際しては旧宗主国の権利をそのまま継承する結果、同国は自動的に対日三十五条援用国となった。
(ii) イスラエルおよびポルトガルは、一九六〇~六一年関税交渉を機に加入のための関税交渉を完了したので、十二月九日の総会で両国のガット加入が認められ、同時に右二国の加入に関する議定書が採択され、受諾のために開放された。右二国の正式加入は、右二国がそれぞれ関係議定書に署名してから三十日後に発効する。
(iii) カンボディアは、加入のための関税交渉は終了したが、未だ手続が完了していなかったので、加入の審議は行なわれず、近く加入の決定につき郵便投票が求められることとなった。
(iv) わが国の関税再交渉問題
わが国は、自由化計画繰り上げに備えて現行関税率を手直ししたところ、その中十七品目についてはガット譲許税率を修正または撤回する必要が生じたので、ガット第二十八条四項の規定に基づいて関係国との間に代償提供のための交渉を開始することにつき総会の承認を求め、わが方の要請どおり承認された。
(v) 米国の農事調整法第二十二条に基づくウェーバー問題
米国は農事調整法第二十二条により輸入制限または輸入賦課金の措置をとることにつき、一九五五年ガットのウェーバーで認められ、その後毎年一回総会において、右ウェーバーに基づいてとられた措置に関し報告してきた。
本総会では、一九六〇年度米国会計年度の措置につき作業部会の審査の結果が報告されたが、その際わが方は、十一月二十一日米国大統領が農事調整法第二十二条に基づき輸入綿製品に賦課金を課すべきか否かにつき調査を行なうよう関税委員会に命じたことに言及し、もしかかる賦課金が課されることになれば、わが国の対米綿製品輸出に重大な影響を及ぼすおそれのあることを指摘し、さらにかかる調査が綿製品長期取極を作成しようと関係国が努力している際に実施されたことに重大な関心を有せざるをえない旨発言し、総会の注意を喚起した。これに対して米国代表はわが国の発言を十分考慮すると答え、かかる調査が開始されたばかりで米国政府としては未だ何らの決定を行なったわけではない旨付言したに止まった。
(1) 一九六〇年のガット第十七回総会において、わが国は対日三十五条援用状況を総会がレヴューすることを同条二項の規定に基づき要請した結果、総会はこれを承認し、理事会に対しレヴューの範囲および時期につき検討せしめることとなった。
(2) 一九六一年二月二十二日から三月二日まで開催された第三回理事会では、わが国はさらに本件に関する作業部会を五月の総会で設置するよう要請し、右は三月二十四日の理事会を経て、五月の総会で取上げることに合意された。
また同作業部会の付託事項としては、とくに、(イ)日本と三十五条援用国との間の貿易関係の現状、(ロ)三十五条援用が日本および他の締約国に及ぼす影響、(ハ)ガットヘの新規加入国による対日三十五条援用の一般的傾向、の三点につき検討し、その結果を総会に報告し、また総会が行なうべき勧告に関して何らかの提案をなすべきことに合意をみた。
(3) ガット第十八回総会(一九六一年五月十五日より十九日まで)では、二月の理事会で合意をみた本件レヴューに関する作業部会の設置とレヴューの範囲が検討され、いずれの国の発言もなく理事会の勧告どおり採択された。
なお、作業部会の構成国は、わが国のほか、米、英、加、仏、独、豪、ブラジル、ガーナ、インド、オランダ、ニュー・ジーランド、パキスタン、スペイン、スウェーデン、スイス、チュニジアの十七カ国である。
(4) 三十五条レヴューに関する作業部会は、一九六一年八月二十八日から九月二日までジュネーヴにおいて開催され、骨子次のような報告を作成した。
(イ) そもそも対日三十五条援用の動機は、日本品の輸入による市場攪乱に対する危惧によるものであるが、対日三十五条援用による全面的なガット関係拒否は行きすぎである。
(ロ)三十五条の援用は第三国の貿易にも好ましくない影響を与えている。
(ハ)対日三十五条援用は、わが国の貿易自由化促進の大きな障害となっているのみならず、多数国による援用は、わが国の関税交渉への参加を妨げる結果、関税障壁の低減というガットの目的達成を阻害している。
(ニ) 最近、ガットに新たに加入する国が、三十五条を援用しようとする例が多いが、かかる新加入国は、援用しようとする相手国に対し、事前に意見交換の機会を与えるべきである。
(5) ガット第十九回総会(一九六一年十一月十三日より十二月九日まで)では九月の作業部会の報告につき討議が行なわれ、結局右報告を異議なく採択したのち、本件はさらに一九六二年五月の理事会でその後の取扱いを検討することとなった。
また同総会の会期中十一月二十七日より三十日まで開催された大臣会議においてもとくにわが国の要望により本件が取上げられた。
席上わが方藤山大臣より、三十五条援用問題は独りわが国のみの問題ではなく、ガット自体にとって重大関心事である点を強調し、本会議において本件解決の方途を示唆するよう要請した。これに対し米、加、スウェーデン等は右発言を全面的に支持し、また、英、ガーナ、ローデシア・ニアサランドは、目下進行中の二国間交渉の結果をみて援用撤回を考慮する旨発言した。
さらにわが国の強い要求により、大臣会議の結論中に「一部出席大臣は対日三十五条援用撤回を希望し、右撤回はガットの有効性を大いに高めるものであることに合意した」との趣旨の一節がとくに設けられ、承認された。
またチュニジア代表大臣は席上対日三十五条援用を撤回する旨発言し、十二月八日付書簡をもってその撤回を正式に事務局に通報した(その後キューバも十二月十一日付書簡により、また一九六二年に入りガーナおよびニュー・ジーランドも対日三十五条援用撤回を事務局に通報した)。
一九六〇年九月より開始された一連のガット関税交渉の後段階の会議が一九六一年五月以来ジュネーヴにおいて開かれている。この関税交渉会議は、ガット第二十八条の二に基づく新規関税引下げ交渉と、ガット第三十三条によりガかットへ新加入する諸国の加入関税交渉からなっているが、例外的に、当初の予定どおり一九六一年五月までに終了しなかったガット第二十八条に基づくガット既譲許税率を修正または撤回するための再交渉、およびガット第二十四条に基づく欧州経済共同体の設立に伴う対外共通関税設定のための再交渉も行なわれている。
右関税交渉会議においてわが国が行なった関税交渉の概要は次のとおりである。
この交渉は、貿易の拡大発展を促進するために随時ガット加盟国相互間で新規の譲許税率を設定したり、現行の譲許税率を引下げることができるというガット第二十八条の二の規定に基づき、米国のディロン国務次官(当時)により提唱され、一九五九年春のガット第十四回総会の決定に基づき行なわれることになったものである。今回の新規関税引下げ交渉を通常ディロン交渉と称する所以である。
米国が前記の如き提唱を行なったのは、一九五八年八月互恵通商協定法の延長法が成立し、米国政府がすべての品目について一九六二年六月末日までに原則として一九五七年七月一日現在の税率を二割方引下げる権限を与えられたことによる。他方欧州経済共同体も一九六〇年五月の閣僚理事会の決定により大部分の品目について互恵的な交渉を通じて域外共通関税の二割引下げを実施し得ることになったので、今回の交渉は、米国と欧州経済共同体を二大焦点として行なわれることになった。
この交渉には日本、米国、英国、カナダ、豪州、スウェーデン、スイス等二十五カ国と欧州経済共同体が参加した。
わが国は、一九六二年九月末までに九〇%の貿易自由化を実施しなければならないという事情もあり、大巾な互恵的関税引下げ交渉を行なうことは困難であったが、国内経済に支障を及ぼさない限り貿易相手国の関税障壁を引下げることは得策であるという考慮から、米国、スウェーデンおよび欧州経済共同体と交渉を開始した。そのうち、米国との交渉は、わが国が米国に対し石油製品、薬品、農薬等四十二品目について新譲許を与え、他方米国はわが国に対し、鉄鋼の板、帽体材料、食料品等六十八品目について新譲許を行なうことにより一九六二年二月二日妥結した。スウェーデンおよび欧州経済共同体との交渉は、二月末日現在なお進行中である。
この交渉は、ガット第三十三条によりガットへ正式加入することを希望する国が、その加入条件の一つである自国の譲許表を設定するために既ガット締約国との間に行なう交渉であるが、今回の加入関税交渉に参加したのはスペイン、ポルトガル、カンボディアおよびイスラエルの四カ国であった。ガット第三十五条一(く)の規定に依れば、関税交渉を開始した国相互の間ではガット第三十五条を援用することができないことになっているので、わが国は上記諸国とできるだけ関税交渉を行なうよう努力したが、結局わが方と交渉を行なったのはイスラエルだけであった。わが国とイスラエルとの関税交渉は、相互に少数の品目を譲許することにより一九六一年十一月九日妥結した。
本件交渉は、米国がガット第二十八条の規定に基づき、ゴム底靴について一九五八年九月一日、防水性綿布について一九六〇年九月十五日それぞれ譲許品目の定義を変更し、毛織物について一九六一年一月一日譲許税率の修正を行なったことについて利害関係国であるわが国の同意をとりつけるために行なった交渉であるが、懸案となっていた米国が体温計、タイプライター・リボン用綿布および金属洋食器の譲許をガット第十九条のニスケープ・クローズに基づき暫定期間修正または撤回したことに対する補償交渉も同時に行なわれた。米国の上記六品目に関する譲許の修正ないし撤回はわが国の対米輸出にかなりの影響を及ぼすことになるので、わが国は一九六一年四月から米国と交渉を行ない、前記米国の措置に対する代償として十九品目について関税率を原則として二割引下げるという譲許を獲得することにより一九六二年二月十二日交渉を妥結した。
一九五八年に発足した欧州経済共同体は、その構成国のガット既存譲許を撤回し、一本の域外共通関税を設定するに際し、ガット二十四条六項の規定に基づき右の撤回によって影響を受けるガット加盟国に対して、代償として相当の品目につき域外共通関税の譲許を与えなければならないので、そのための交渉が一九六〇年九月から欧州経済共同体と関係ガット加盟諸国との間で行なわれてきた。わが国は共同体構成国のうち西ドイツおよびイタリアと一九五五年に関税交渉を行なって合計二十一品目の譲許を獲得していたが、域外共通関税の設定に伴い、これらの譲許が撤回されることになるので、一九六〇年十二月欧州経済共同体と交渉を開始し、代償として四十品目の譲許を獲得することにより一九六一年五月十九日交渉を妥結した。域外共通関税は、一九六九年より実施される予定であるが、それまでの過渡期間においては、共同体の各構成国は、共通関税をめざして段階的に接近してゆく税率を適用する。
一九六一年七月十七日より二十一日までジュネーヴにおいてガット主催の下に日本、米国、英国、フランス、ドイツ、インド、パキスタン等十六カ国が参加し綿製品国際会議が開催され、「綿製品国際貿易に関する取極」が採択された。この会議は、米国の提唱により開催されたものであるが、米国繊維産業界には、近年における綿製品輸入の急増により不況を招いているとの立場から輸入割当制の実施を要求する声が強かった。米政府としては一九六二年に互恵通商協定法の延長を控え、保護主義派の急先鋒たる繊維業界を慰撫しておく必要と、他方同時に対外的には自由貿易主義の立場を守る必要とがあり、この二つの要請を解決するために、とくに市場攪乱の生じ易い綿製品を取上げ、この貿易の当面の危機を輸入割当別によらず国際的協力により解決する方針をとった。なお、この国際会議の構想はすでに一九六一年五月にケネディ大統領により発表された米国繊維業界救済計画七項日中に掲げられていた。
六月中旬米国から会議への参加要請を受けたわが国は、国際協力の見地、および過去四年半に亘るわが国の対米綿製品輸出自主規制実施の間に著増した香港の対米輸出が抑制されることが期待されたこと、さらに欧州諸国の門戸開放の足掛りとなること、等の考慮から参加に決定した。
採択された取極は、二部よりなり、第一部は、一九六一年十月一日以降一年間の綿製品貿易を規制する諸規定(いわゆる短期取極)で、その骨子は次のとおりであった。
(イ) 綿製品に関し輸入制限を行なっている国は一九六二年一月以降制限を実質的に緩和する(この点に関しEECは一九六二年度クォータとして一九六一年クォータを六〇%拡大することを約した)。
(ロ) 制限を行なっていない国は秩序ある輸入の継続を認める。かかる国における輸入綿製品による市場撹乱に対する保護措置としては、まず綿製品を六十四品目に分け、ある品目につき市場攪乱(一九六〇年十一月十九日にガットが採択した市場攪乱の定義による)が生じた場合には、輸入国は、輸出国と協議を行ない、輸出国に対し攪乱後一年間の当該品目の輸入水準を一九六一米国会計年度(一九六〇年七月~六一年六月)の輸入実績の水準に自主的に抑制するよう要請することができる。
三十日以内に右協議が整わない場合には、輸入国は、右水準を超える輸入を拒むことができる。
(ハ) 参加国は、直接競合する繊維の代替によりこの取極の目的が阻害されるか、またはその恐れのある場合には、かかる阻害を防止するに必要な程度において前記(ロ)の規制措置を代替品に対して発動することができる。
第二部は一九六二年十月以降数年間の綿製品貿易に関する長期取極の準備のため、綿製品委員会を設置する規定であった。
わが国は、別途九月に米国との間に本取極よりも有利な条件で一九六二年度対米綿製品輸出に関する合意が成立したので、十月十三日、本取極を受諾した。
長期取極準備のための第一回綿製品委員会は、一九六一年十月に開催され、長期取極中に盛込まれるべき諸点を纒めた「結論概要」を採択し、これに従って長期取極草案の起草にあたる技術小委員会を設置した。技術小委員会は同十二月および一九六二年一月の二回会合し、長期取極草案を採択した。
一九六二年一月二十九日より二月九日までジュネーヴにおいて、日本、米国、EEC諸国、インド、パキスタン等十八カ国参加の下に第二回綿製品委員会が開催され、技術小委員会が準備した取極草案を基に審議を行ない、綿製品長期取極が採択された。
この間一九六一年十一月ケネディ大統領は、米国関税委員会に対し輸入綿製品に賦課金を課することの是非に関し調査を開始するよう指令した。
わが国は、右賦課金実施は日本の綿製品輸出に対し重大な影響を与える恐れがあるとの立場から、一九六一年末以来、米国に対し賦課金を実施せざるよう繰り返し申し入れ、また長期取極関係諸会議、ガット理事会、国際綿花諮問委員会等のあらゆる機会をとらえ賦課金反対を主張すると同時に、賦課金問題は長期取極とは一応切り離して扱い、長期取極の内容をできるだけわが方にとり有利なものとするよう努力するが、万一賦課金が実施された場合には取極に参加しないとの方針に決し、右第二回綿製品委員会の冒頭わが国は、もし賦課金が実施された場合にはわが国の本取極受諾はまず不可能となるであろうとの発言を行なった。なお、英、インドはわが国と同様趣旨の発言を行ない、パキスタン、ポルトガルなども賦課金問題に重大な関心を有する旨発言した。
取極作成にあたり、もっとも問題となった点は市場攪乱発生後の輸入水準の決定であって、当初米国は、綿製品を六十四品目に分類し、各品目毎に次のように輸入水準を決定するいわゆるグロウス・フォーミュラを提案した。すなわち一九六二年度輸入水準は、まず基準水準として一九六一米会計年度の実績をとり、もし六一年の米国綿製品国内消費が六〇年に比し増大していれば、その消費増分の一部を輸入に振向け、基準水準を若干上回る水準とする、またもし消費が減少していれば基準量を下回るものとする。そして以下同様に毎年国内消費の増減に応じ輸入水準を定めるものとする。このグロウス・フォーミュラは実際上毎年予め綿製品全体につき輸入量の天井を定めてしまうこととなり、しかも消費の動向如何では輸入減少の可能性を含み、輸出国としては絶対に受け入れることのできぬ案であったが、わが国をはじめとする輸出国、EEC諸国の反対により、米国も結局この案を撤回し、会議は左記(ハ)の如きわが方案を基礎とした線で纒った。
長期取極は全文十五条、付属文書五より成り、その骨子は次のとおりである。
(イ) 本取極は参加国のガット上の権利義務に影響を与えるものではない。
また本取極は綿製品以外の商品に対する規制の先例とされるべきではないことを確認する。
(ロ) 現在輸入制限を行なっている国は、できるだけ早く制限を撤廃する。撤廃するまでの間、毎年一定率(輸入制限国は加入にあたり具体的パーセンテージを綿製品委員会に通報することになっている)で一九六二年度クォータを増枠する。
(ハ) 輸入制限を行なっていない国は、輸入綿製品により市場攪乱(一九六〇年十一月十九日にガットが採択した市場攪乱の定義による)が生じたか、または生ずる恐れがあると判断する場合には、輸出国に対し協議を申し入れ、問題となった綿製品の攪乱後一年間の輸入レベルを、協議申し入れ三カ月前に終る一年間の実績の水準に自主的に規制するよう要請することができる(ただし、二国間取極枠が存在する場合には実績に代り二国間取極枠を採ることができる)。
六十日以内に協議が整わない場合には、輸入国は、右水準を超える輸入を拒むことができる。
攪乱が一年以上継続する場合、二年目の水準は、前年の実績の五%増とするが、輸入国側に市場状況等特別の事情ある場合には輸入国は増加率を五%から零%の間にとることができる。
攪乱が二年以上続く場合、三年目以降の水準は、毎年前年の実績の五%増とする。
綿製品の分類は、各国任意に定める。
(ニ) 複数国に対し本条の規制措置が発動される場合には、衡平の原則が維持されねばならない。
(ホ) 輸入国は、自国市場において綿製品に関し市場攪乱が生じている場合(この点に関しわが方より、綿製品に関し、規制措置が発動されていることと諒解する旨発言し、異議なく認められ、記録に留められた)、綿製品と直接競合する産品の代替により、綿製品に対する規制措置の効果が阻害されていると判断するときは、かかる阻害を防止するための措置につき合意するため輸出国に協議を申し入れる。
六十日以内に協議が整わないときは輸入国は代替品に対し前記(ハ)の規制措置をとることができる。
(ヘ) 参加国は取極の効果をなくするような措置(例えば米国の輸入綿製品に対する賦課金がこれに該当する)を極力とらないこととし、かかる措置をとった国は、右措置で影響を受ける国の要請により協議を行ない、適当な期間内に是正措置がとられない場合には協議要請国は問題を綿製品委員会に付託することができる。
(ト) 参加国代表により構成する綿製品委員会を設置し、研究、資料蒐集、取極運営上生ずる参加国の意見の相違点の討議、取極の毎年レヴュー等にあたらせる。
(チ) 本取極にいう綿製品とは綿が繊維含有量の50%(重量による)をこえるものとする。
(リ) 本取極は一九六二年十月一日より発効し、五年間有効とする。ただし、三年目に総括的検討を行なう。
(ヌ) 参加国はガット事務局長に通告後六十日後に本取極から脱退できる。
(ル) 過去十年間に自国の綿製品生産が実質的に縮少し、また、日本、インド、パキスタン、香港、スペイン、ポルトガルの六カ国からの綿製品輸入が実質的に増加している国は、毎年一定率で輸入制限を緩和する義務および攪乱が一年以上続く場合、二年目以降毎年五%ずつ輸入を漸増させる義務を免除される。この特例の援用を希望する国は一九六二年九月一日までにガット事務局長に申請し、十月一日までにいずれの国からも反対がなかった場合に援用を認められる(本特例は取極本文には規定されず、プロトコールの形式をとっている)。
なお英国、カナダ、デンマーク、ノールウェー、スウェーデンが本特例の適用を希望するものとみられている。
国際通貨基金の第九回対日年次協議は、一九六一年六月二十一日から七月七日まで東京において開催された。本件協議には基金側からフリードマン為替制限局長他二名が出席、日本側からは福田大蔵省為替局長他関係各省庁および日銀の関係者が出席し、鈴木基金理事がオブザーバーとして参加した。
今回の年次協議においては基金側は「日本は所得倍増十カ年計画のテンポ(平均年成長率七・八パーセント)を上まわる経済成長(年率一三パーセント)を遂げているため国際収支が悪化している。もしこの成長の行き過ぎを国内財政金融措置をもって抑制すれば、国際収支の赤字は生じないはずである。従って、日本には根本的にいって国際収支上の理由に基づいて経常取引に対する為替制限を行なう資格はないのではないか」という観点から種々質問を行なった。
これに対しわが方は「経済成長のテンポがこれ以上早まることは望ましくないので、窓口規制などの方法により景気の行き過ぎを抑えている。しかし、たとえ国際収支の悪化を伴っても現在の成長テンポは企業を合理化し、近い将来における自由化に備なえるため必要である」と反論したが、基金側は「日本が経済成長を国際収支悪化を伴わない程度のテンポ、すなわち所得倍増計画が想定する程度にスロー・ダウンすれば問題はないはずである」との立場を堅持した。
もしわが国が一九六二年度において基金より国際収支上の理由により経常取引に対する為替制限を行なう資格なしとの判定を受ければ、ガット上数量的輸入制限も認められなくなり、右はわが国の自由化計画に大きな影響を与えることとなる。
ここにおいてわが方は日本側立場をさらに理解せしめるため、七月上旬通産、大蔵、経企庁の各大臣はフリードマン局長と会見、意見を交換したが、この席上三大臣より自由化計画を自主的に早めるなどわが国が今後とるべき具体的政策について説明を行なった上、本年度の自由化計画は自主的に早めるが、基金の勧告には好意的配慮を加えるよう力説した。しかしながら、フリードマン局長が離日前に行なった今次協議についての暫定講評においては、「国際収支上の理由なし」との判定を下すか否かについての確言はなかった。
その後八月八日対日年次協議報告書(フリードマン報告)が理事会の各メンバーに配布されたが、その内容は過去一年半日本経済は急速な成長を続けており、一九六〇年末までの成長は物価の安定と国際収支の好調に支えられていたが、一九六一年上半期においては貿易の経常収支に大巾赤字を生じており、卸売物価も上昇している。これは民間設備投資の急激な増大等が主因である。基金は需要を抑制し、国際収支の均衡を回復するため、財政金融の引締措置を採るとの日本政府の意向を歓迎する。
さらに日本は一九六〇年、六一年にかけて実質的自由化および貿易為替制限を簡素化する措置をとったが、経常取引はなお制限され、かつある程度差別的である。基金はさらに早いペースで自由化を促進するとの日本政府の意図を歓迎する。日本は一九六一年七月から一年以内、または遅くとも一九六二年九月までに九十パーセントの自由化(一九五九年基準)を達成することを目標としており、その際には日本政府はもはや残存制限につき国際収支上の理由を主張しないとの意向である。基金は自由化の一層の拡大と残存する差別的措置の撤廃を強く勧告するというものであった。
以上の如くフリードマン報告には日本側の自主的な自由化繰上げを考慮に入れ「国際収支上の理由に基づく貿易為替制限を維持する資格なし」との判定は行なっていなかった。
しかし理事会がこの報告をそのまま承認するか否かについては必ずしも楽観を許さない状況にあったので、政府は米国および主要各国理事に対しフリードマン報告を支持するよう強く働きかけた。
かくて九月六日対日年次協議報告書が理事会審議に付されたが、討議の結果右報告書は全会一致で可決され、一九六一年度においてはわが国に対する「国際収支上の理由なし」との勧告は下されなかった。
国際通貨基金の補足資金借入取極は、一九六一年二月上旬ヤコブソン専務理事が基金の機能強化を図るため提案した諸措置の一つであり、基金協定第七条第二項(i)に基づいて加盟国が基金と加盟国との間で協定した条件により必要に応じ基金に自国通貨を貸付けることを目的とするものであった。
右借入取極は、その後九月下旬に開かれた基金の第十六回年次総務会に正式に諮られた結果、各国総務の原則的な賛成を得たので、具体的な取極細目がその後の理事会において検討されることとなった。
その後十二月中旬パリにおいて借入取極に関する実施上の手続について関係十カ国の間で最終的な意見調整が行なわれ、さらに同月下旬ワシントンにおいて借入取極に関する各国理事間の話合いが行なわれた結果、一九六二年一月五日の理事会において補足資金借入取極が最終的に承認され、次いで一月八日借入取極に関する実施手続についての了解事項(フランス蔵相から関係国蔵相あての交換書簡形式による)が関係十カ国の間で合意確認された。
右によって成立を見た借入取極は前文、取極本文および付表からなっており、前文では短期資本の大規模な移動等によって生ずる国際通貨制度上の困難に対し基金をしてこれに有効に対処せしめるため、取極参加国は基金協定第七条第二項(i)に基づき基金に資金供与を行なう旨をうたっている。
一方、取極本文は二十項からなり、参加国は専務理事が借入要請の提案を行ない、提案が全参加国および理事会によって承認された時には付表に定められた貸付限度額まで当該国通貨を基金に貸付けなければならない旨を規定している。
次に付表には参加予定国名および貸付限度額が記載されており、現在参加を予定されている国は米国、英国、西独、フランス、イタリア、日本、カナダ、オランダ、ベルギーおよびスウェーデンの十カ国で、借入金総額は六十億ドル(わが国は二億五〇〇〇万ドル相当額)である。
本借入取極は、発効日から四年間有効とされており、参加国中貸付限度額の合計が五十五億ドル以上に達する七カ国以上が必要な国内手続を終えて参加した場合に発効することになっている。
さらに借入取極の実施手続に相当するフランス蔵相から関係国蔵相あての交換書簡においては、借入資金の利用についての手続事項が規定されており、表決は投票する参加国数の三分の二以上で、かつ貸付限度額に応じて定められる当該投票国の総投票権数の五分の三以上の多数決により決定されることとなっている。
わが国としても右借入取極に参加することは今後の国際経済社会における日本の立場を強化する上にも重要であると認められたので、まず一月八日前記取極の実施手続に相当するフランス蔵相からの書簡に対し合意確認する旨の回答を行なった。さらに借入取極への参加についても必要な国内手続を了した上近々正式に行なわれる見込みである。
一九六一年五月十五日から二十三日まで、わが国が主催国となって国際綿花諮問委員会第二十回総会が東京(赤坂プリンスホテル)で開催され、五十五カ国の代表とオブザーバーが参加した。わが国からは牛場外務省経済局長、松村通商産業省繊維局長の両代表のほか業界顧問多数が出席した。
会議は、古内大使が議長となり、世界の綿花事情、綿花の生産・消費の長期的傾向等を検討した。
一九六一年九月十二日から十二月十四日までジュネーヴで国連砂糖会議が開催されたが、現行国際砂糖協定の加盟国であるわが国からは在英森公使が代表として出席した。
会議は、現行協定(有効期間一九五九~六三年)の中間改正の審議を行なったが、輸出割当を除く他の諸規定の改正についてはほぼ現行協定に近いところで意見の一致をみたにもかかわらず、協定の核心ともいうべき輸出割当の問題についてはキューバの割当額をめぐって議論が紛糾して結局妥結に至らなかった。
この結果、協定は改正されることなく現行のまま存続している形とはなっているが、本年の初めから輸出割当を実施できず、価格安定の機能を停止している。しかし、現行協定は一九六三年末まで有効であるので、理事会、事務局等の機構を残して世界砂糖事情の検討、協定改正の準備作業を継続することになっている。
現行の国際小麦協定(一九五九年八月一日発効)は、三カ年の有効期間をもって本年七月末に失効するので、これを更新する協定を作成するため、一九六二年一月三十一日より三月十六日まで国連主催の小麦会議が、ジュネーヴで開催されたが現行協定の加盟国であるわが国もこれに参加した。
この会議に参加した国は、わが国を含め四十八カ国に及んだが、討議の焦点は協定価格引上げ問題に集中した。この会議は三月十日「千九百六十二年の国際小麦協定」を採択して閉会したが、国際小麦協定の要点は、
(イ) 小麦の国際価格安定のため一定の価格帯を規定しており、新協定ではこれを最高二・〇二五ドル、最低一・六二五ドルに決めた(現行は最高一・九〇ドル、最低一・五〇ドル)。
(ロ) 加盟輸入国は、小麦の市価がこの価格帯内にある場合、その商業輸入量の一定比率(わが国の場合八五%)まで加盟輸出国から買付けなければならないが、他方市価が最高価格をこえた場合、過去四年間の商業輸入量の平均量までは協定の最高価格で買付けることができる。
(ハ) 新協定の有効期間は、一九六二年八月一日から一九六五年七月三十一日までの三年間である等である。