経 済 協 力
わが国のアジア諸国に対する経済協力は、一九六一年来、従来に比較して、一段と大きな進展をみせている。とくにインド・パキスタン両国に対するわが国の開発援助は、極めて重要であり、インドに対しては、一九六一年八月、八千万ドル、パキスタンに対しては、同じく十一月に二千万ドルの円借款を供与して、両国の経済開発計画の推進に協力している(詳細については後述)。パキスタンについては、さらに一九六二年一月の第三回対パキスタン債権国会議において、二千五百万ドルの追加円借款の供与を約束しており、近くその実施細目に関する交渉が開始される予定である。また、それとは別に、繊維機械の購入にあてるため、一九六〇年供与した二千万ドル信用枠に引き続き、一九六二年二月には、千三百万ドルの追加信用枠の供与を約束した結果(近く細目交渉が行われる予定)、同国が第二次五カ年計画において設置を予定していた綿紡機五十五万錘の大部分は、わが国よりの供給によって充足されることとなった。また、タイ国についても、長年の懸案であった特別円問題が、本年一月に至って解決し、今後における両国間の経済協力が一層順調に進む基礎が造られた。その他インドネシアの北スマトラ油田、カリマンタン森林開発を始めとして、多くの案件が、進展の歩度を速めている。
このような対アジア経済協力の進展を統計的にみると、一九六一年十二月末日現在で、民間直接投資六千六百九十万ドル(実行済高五千九百二十万ドル、約束済未実行七百七十万ドル)、借款ならびに延払輸出債権五億二千九百万ドル(実行済高二億六百二十万ドル、約束済未実行三億二千二百八十万ドル)、計五億九千五百九十万ドルに達し、わが国海外投融資総額二十億九千百万ドル(国際機関への出資を含む)の二八%を占め、中南米の二〇%、中近東の一六%をはるかに凌いで、地域別実績では第一位にある。とくに一九六一年における生産事業への民間投資の延びは著しく、前年末の千百九十万ドルから、六一年末には千七百五十万ドルヘ、すなわち四七%も増大している。
このようにアジア諸国に対するわが国の経済協力は着実に増大しつつあるが、なお、そこに次のような特徴と問題のあることは注意しなければならない。今後、わが国の経済協力をより活撥かつ有効なものとするためには、これらの問題を積極的に解決すべく十分な検討と施策が必要である。
第一に、総額の上では他地域を抑えて第一位にあり、また最近一年における生産事業投資の延びこそ著しいが、なお、民間直接投資残高が、借款ならびに延払輸出債権残高に比べて極めて少いことが注目される。これは、中南米に対する投資額の半ば強、中近東に対するそれの三分の一強に過ぎない。これは、低所得による国内市場の狭隘、政情不安、外貨受入れ体制の不備等で、従来アジア諸国の投資環境が必ずしも良好でなかったことが主要な理由である。しかしながら、近年、アジア諸国の多くは、長期経済開発計画に基づき、所得の増大、政情安定の基礎としての民生の改善に少なからず成功しており、また外資の受入れ体制は、計画の一環として、創始産業法、産業投資奨励法等の形で、次第に整備されつつある。従ってアジア諸国の投資環境は、一般的には著しく改善されつつあるということができよう。わが国としても、一九五九年五月のパキスタン、一九六〇年六月のインド、に引き続き、一九六一年四月にはシンガポール、一九六二年三月には、タイとの間で、租税条約を締結し、資本技術の進出に税制上の優遇措置を定めている。前記の如き生産事業に対する投資の増大は、このような一般的投資環境の好転を反映するものと考えられるが、EECの躍進、英国のEEC加入問題の推移とこれに伴う英連邦諸国の動き、また、マレイシア連邦結成への動きにみられるようなアジア内における単一市場拡大への気運等にも鑑み、わが国民間のアジア地域に対する投資活動の活撥化は、今後の大きな課題の一つであろう。
第二の特徴および問題として、指摘すべき点は、他地域の場合には、例をみない長期低利の円借款が供与されていることである。
アジア諸国の長期経済開発計画は、その中核として、急速な工業化計画を含むのが通常の例である。これは大量の資本財輸入を必要とし、主として国際市場価格の変動に弱い第一次産品以外に輸出品をもたないこれら諸国の外貨ポジションを著しく圧迫する。従ってこれらの国々に対する資本財輸出を継続かつ増大するためには、長期低利の延払信用の供与、または、政府に対する直接借款の供与によらざるを得なくなる。その場合民間の負担の大きい延払信用では、金利においても、償還期限においても、自から限度があるので、相手国の経済的要請に応ずるためには、どうしても、政府自ら相手国政府に対して融資する直接借款が必要となるわけである。現在、わが国は、アジアにおいて、インド、パキスタン、ヴィエトナムの三国にかかる直接借款を供与しているが、今後、アジア諸国の経済開発計画が推進され、外貨に対する需要が深刻なものとなれば、直接借款への要望がより広く表明されるであろうことは、予想するに難くない。アジア諸国の経済開発に対する西欧先進諸国の関心は、最近とみに強まりつつあるが、これら先進諸国は、豊かな経済力をバックとし、また世銀、DAC等を中心とする組織的な低開発援助努力の方向に沿って、延払信用の条件を次第に緩和するとともに、援助の中核を長期低利の直接借款ないし贈与に移しつつあり、対象となる製品の種類についても、機械設備等のみならず、工業原材料、部品等にまで、次第に巾を広げる気運をみせている。従ってわが国にとって、直接借款の増大を始めとする援助の質的量的拡大は、自由世界の一員としての国際協調の立場からも、またアジアにおける伝統的輸出市場確保の立場からも、目下直面する最大の課題の一つであるといえる。
以上のとおり、アジア諸国に対する経済協力を一層推進充実するためには、今後真剣に対処すべき課題が少なくない。わが国の限られた国力をもって、いかにこのような課題に応えるか、問題はいうまでもなく容易ではないが、基礎条件として、アジア諸国との経済協力の意義についての内外の啓発、日本輸出入銀行、海外経済協力基金を初めとする国内財政金融体制の整備強化に努めることが、当面の急務であろう。
わが国の民間企業が、アジア地域で実施している経済協力の内訳および件数は、一九六一年十二月末日現在次のとおりである。
証券取得による合弁事業(計八六件)
インド 製鉄業一 水産一 繊維工業一 機械工業一 その他一三 パキスタン 機械工業二 その他二 セイロン 水産一 繊維工業一 その他三 ビルマ 水産一 その他一 マラヤ 鉱業六 水産一 繊維工業一 その他五 タイ 鉱業二 繊維工業一 機械工業一 その他八 英領ボルネオ 鉱業一 水産一 ホンコン 水産一 繊維工業二 その他六 中国 水産一 繊維工業四 機械工業二 その他八 カンボディア 林業パルプ一 ヴィエトナム 工業一 フィリピン 鉱業二 シンガポール 工業三
延払い等による債権取得(計五二件)
インド 水産一 その他三 ゴア 鉱業七 ビルマ 水産一 マラヤ 鉱業五 タイ 鉱業五 その他五 インドネシア 鉱業一 シンガポール 工業一 英領ボルネオ 水産一 フィリピン 鉱業一〇 林業七 ホンコン 鉱業二 その他一 中国 鉱業一 その他一
技術提携(計一三一件)
パキスタン 工業一 インド 繊維工業一 鉱業二 水産一 機械工業六 電気五 その他一六 ゴア 鉱業一 セイロン 繊維工業二 水産一 その他一 ビルマ 水産二 機械工業一 建設六 その他一 タイ 鉱業三 建設一 その他二 フィリピン 鉱業六 水産一 建設一 電気一 その他一 ヴィエトナム 建設五 その他二 インドネシア 繊維工業一 建設八 その他一 英領ボルネオ 水産二 ラオス 建設三 マレー 鉱業三 その他一 シンガポール 水産五 その他二 ホンコン 鉱業一 水産三 建設一 電気一 中国 繊維工業三 鉱業一 機械工業六 電気六 薬品三 その他一〇
ラテン・アメリカ諸国は、広大なる国土に豊富な未開発資源を有し、民度も比較的高いにもかかわらず、その資本、技術の不足のため、独力をもってしては、経済の後進性から脱却し得ないので、産業の多角化ないし工業化を目的として経済開発計画を立案し、先進国の経済援助を仰いで、これが実施を図るとともに、広く門戸を解放して積極的に外国資本と技術とを導入する措置を講じている。従って米国はじめその他の欧米諸国は、競ってこの地域に経済提携の手を差しのべている。
しかるに、近年ラテン・アメリカ諸国において盛り上る経済発展に対する意欲を反映して、先進工業国、就中米国に対し従来の援助方式に再検討を求める動きが生れ、その結果として、米州諸国永年の懸案のまま実を結ばなかった米州各国共同出資による全米開発銀行の設立が具体化した。米国も、この間、民間資本のイニシアティヴによるラテン・アメリカ諸国の産業開発参加を主体とした従来の対ラテン・アメリカ経済政策を改め、政府ベースの長期援助を重視し、ラテン・アメリカ諸国の経済開発と併行して、その社会開発をも推進することにいよいよ深い関心を示している。すなわち米国は、全米開発銀行および中米経済統合銀行に多額の出資(前者四徳五千万ドル、後者一千万ドル)を行なうほか、ラ米諸国の社会福祉増進のため五億ドル、チリ震災復興のため一億ドルの援助を行なっている。また、その対ラ米援助の強化に対し、米国は、ラ米諸国に対しても自助の努力を要求している。すなわち一九六一年八月、ウルグァイのプンタ・デル・エステにおいて開かれた米州機構経済社会理事会閣僚級特別会議において採択された憲章にその旨を謳わせ、米国自身も、ラ米諸国が、「進歩のための同盟計画」の下に、今後十年間に必要とする二百億ドルの外国援助の大部分を負担すべく努力を約している。
一方、ラ米諸国も、域内諸国の通商振興と経済の相互補完によりラ米共同市場の結成を目指して、ラテン・アメリカ自由貿易連合条約を締結し(本年一月発効)、また中米諸国の経済統合条約も、長く時外にあったパナマおよびコスタ・リカが加盟に踏切り、近くこれが実現が予定されるに至り、域内協力の体制を整えている。
かくして米州諸国間の協力体制はいよいよ固まりつつあるが、他面域外諸国の対ラ米協力方式の統一を要望する声も漸次高まりつつある。かかる要望を反映して、DACにおいても進歩同盟計画の推進に関する先進諸国の援助強化に関し、検討が加えられつつある。
わが国は、欧米諸国と比較して、地理的、距離的ハンディキャップもあり、またラテン・アメリカ諸国との政治的、文化的結び付きも前記諸国ほど密接でないという不利な立場にあるが、これらの困難を克服して、貿易市場の拡大、重要原料の確保、投資の安定等を図るべきであり、このため、かかる分野におけるわが国民間資本の創意の尊重、助成に努める必要がある。また前述の如きラテン・アメリカ諸国ならびに域外諸国の対ラ米援助の動向を注視し、その結果醸成されんとしているラ米経済社会開発の新しい事態に、わが民間資本の努力を即応せしめるよう誘導すべく努める要がある。
幸いにして、わが国とラ米諸国との関係は人的、物的交流の促進によって、近年ますます緊密の度を加えており、ラテン・アメリカの諸国に対する経済協力の実績も上っている。最近におけるわが対ラ米経済協力は、国内の設備投資の増加のため、量においての伸びは少いが、質における充実は注目すべきものとなりつつある。
すなわち、わが国民間企業のラテン・アメリカ諸国に対する進出状況を見ると、生産事業に対する直接純投資額は、一九六一年末現在で、六、五五四万ドル、その件数五一件(四三件の進出企業に対する投資件数)に達しているが、前年同日現在の五、五三五万ドル、四五件に比べ、件数、六件一三%に対し、金額一、〇二九万ドル一九%の増加となっている。これは、民間投資が、主として既進出企業の拡充強化に向けられ、新規案件は確実性のあるものに絞られてきている事実を裏書きしている。なおわが国の対ラ米債権取得残高(主として延払い輸出残で、進出企業に対する融資も含まれている)は、昨年末現在一億一、三四三万ドルで、前年同日現在の三、一七〇万ドルに比し、八、一七三万ドルの顕著な増加を示している。この増加は主としてブラジルのウジミナス製鉄所に対する延払い輸出によって占められている。
なお、国別進出企業は次の通りである。
アルゼンティン 繊維工業一、水産業二、ブラジル 製鉄一、造船二、繊維六、機械工業七、電気三、水産四、その他七、コロンビア 農産一、チリ 鉱業二、エル・サルヴァドル 繊維一、メキシコ 鉱業二、機械三、ヴェネズエラ 水産一
中近東諸国も、他の低開発地域同様に産業の高度化をめざして開発計画の実施に邁進している。
しかしながら中近東諸国は、一般に投資環境の整備も十分でなく、また伝統的に西欧諸国との経済貿易上のつながりが強く、わが国との関係は必ずしも密接とはいえない。従ってわが国の当該諸国に対する経済協力のあり方も、もっぱらその基礎固めに努力が払われ、技術協力と並行して、わが国の産業技術水準を直接間接に認識せしめるに足る宣伝効果の高い対象プロジェクトに着目し、これが具体化をはかるいわゆるプロジェクト・ベースの協力にその重点を置いており、今後ともこのような基本方針で当該諸国に対する経済協力を推進する必要があると考えられる。
中近東地域に対する資本協力、民間ベースの投融資活動状況をみれば、左のとおりである。
(一) 政府ベースの資本協力としては、一九五八年アラブ連合の工業化計画に、次いで一九六〇年イランの民間企業に対する投資ならびに工業化にそれぞれ協力するため各総額三千万ドルの資本財輸出延払いおよび民間投資の枠の設定を行なったが、当該諸国のわが国の産業技術水準に対する認識の欠如、東西両陣営の政治的色彩を持った長期低利の経済援助の強化等に禍され、これら延払枠の消化状況は極めて緩慢な実状にある。
(二) 民間ベースの投融資活動として見るべきものは、アラビア石油によるサウディ・アラビア=クウェイトの中立地帯の石油資源の開発のみであるが、一九五九年、試掘開始以来一九六二年三月末までに、総計二十三本の油井の試掘を行なったが、いずれも日産一千キロリットル以上の極めて豊富な油井であることが実証されるに至った。また、一九六一年四月より産油の本邦向け搬出が開始され、一九六二年三月末までに約一四〇万キロリットルが積出されている。
なお、前期方針に基づき、かねてその推進をはかってきたスエズ運河拡充計画、シリア、ジョルダン、サウディ・アラビア三国にわたるヘジャース鉄道復旧計画の二大計画が本邦民間企業の資本技術両面の協力援助により具体化したことは注目に値する動きである。
なお、わが国の民間企業が中近東で実施している経済協力の内訳は、一九六一年十二月末現在大要左のとおりである。
(1) 海外直接事業(一件)
サウディ・アラビアおよびクウェイト 石油事業一
(2) 証券取得による合弁事業(二件)
スーダン 繊維工業一 イスラエル 水産一
西欧の植民地であった時代のアフリカは、わが国にとっては、単に繊維製品を中心とした消費財の輸出市場であったに過ぎなかったが、最近相次いで見られる植民地独立に対応して、今後のアフリカについては長期的視野に基づいて、これら新興独立国の経済発展に寄与しつつ、わが国の市場の確保、拡大に目を向けるべきものと考えられる。
こうした観点から、二カ年来懸案のガーナとの貿易・経済技術協力協定についても、双方の立場をめぐり、かなりの意見対立が見られるにもかかわらず、その早期成立を期し鋭意努力中で、一九六二年四月ガーナ側も対日ガット三十五条援用を撤回する等わが国との経済貿易関係の緊密化に歩みよりを示しているので情勢の好転が期待されている。
わが国は、前年度に引続き、ナイジェリア、東アフリカ三国に政府ベースの貿易・経済技術協力使節団ないし調査団を派遣したが、民間各種業界代表の調査団も派遣されており、アフリカに対する、わが国一般の関心は、前年度に増し高まりつつある。
次にわが国民間資本のアフリカ地域に対する投融資活動をみれば、当該地域が鉱物資源に恵まれているため、本邦民間業界の開発輸入のための投資意欲は旺盛ですでにローデシヤ・ニアサランド連邦および南阿連邦においてそれぞれ一件の企業進出が見られ、その他数件の鉱山開発計画が具体化しつつある。他方生産企業の当該地域進出も漸次具体化しつつあり綿紡、漁網、毛布製造工業について、すでに東アフリカ、ナイジェリア両国に企業進出が見られている。
なお、わが国の民間企業がアフリカで実施している経済協力の内訳は、一九六一年十二月末現在大要左のとおりである。
証券取得による合弁事業(計三件)
南阿連邦 鉱業一、ローデシヤ・ニアサランド連邦 鉱業一、タンガニイカ 繊維工業一
技術協力(一件)
南阿連邦 電機一