北米との貿易問題 |
わが国の対米貿易は、戦後年々入超を続けていたが、一昨年に至り輸出が大幅に伸張したため、輸出一〇億六千五百万ドル(前年比四七%増)、輸入九億五千三百万ドル(前年比九%増)と戦後はじめて日本側の出超(一億一千二百万ドル、いずれも為替統計)を記録した。
しかしながら、対米輸出の増加傾向は、昨年に入り、次第に弱まり、ことに下期以降は米国の景気後退の兆しの影響を受け、年間の為替実績で一一億五千九百万ドルと前年に比し九%増にとどまった(通関実績では一〇億八千三百万ドルで前年比五%増)。これに対し、輸入は逆に増加の傾向をみせ、年間で一三億六千二百万ドル、前年に比し四三%増となった(通関実績では一五億四千五百万ドルで前年比三九%増)ので、再び日本側の輸入超過となった。
これを商品別にみると、輸出では水産品、木材および木製品、化学肥料、ミシンおよび部品等が減少したほかは各商品とも少額ではあるが増加を示し、輸入では小麦、大豆、医薬品が減少したほかは各商品とも増加し、とくに原綿、石油、屑鉄、機械等の増加が著しかった。
今後の対米貿易は、米国内の経済情勢、米国のドル防衛対策等によって影響されるものと思われるが、互恵通商協定法延長を明年に控え、輸入制限を唱える米国内業界の活動も活発になると思われるので対米輸出の前途は必ずしも楽観を許さないものがある。
(1) 昨年における米国の輸入制限運動は、たまたま大統領選挙戦などの国内政治情勢および景気下降の兆しがみえた経情情勢を背景とし、また前年の対米輸出が前々年に比し五〇%も伸びたことの影響もあって、従来に比し一層活発に展開された。
(2) まず米国議会を中心とする輸入制限運動についてみると、昨年の第八六議会第二会期には、まぐろ、さけ、ます、貝類、えび、合板、防水性綿布、メリヤス手袋等に対する輸入制限法案が提出されたが、このうち成立したものは、防水性綿布の定義の解釈変更に関する法案のみであった。この法案の実施によって、昨年九月十五日以降、わが国から防水性綿布として輸出されている別珍等が実質上関税引上げの影響を蒙ることとなった。その他、低賃銀諸国からの商品に対する輸入制限法案も提出されたが、成立しなかった。本年の第八七議会第一会期では、えび、貝類、合板および低賃銀諸国からの商品に対する輸入制限法案が提出されている。
(3) 他方、エスケープ・クローズ調査、ダンピング調査など行政機関の手続による輸入制限運動も次々と展開されている。昨年、関税委員会におけるエスケープ・クローズ調査の対象となったわが国の商品には、有刺鉄線、鋳鉄管継手、ホース・ラディッシュ、タイプライター・リボン用綿布があったが、このうちタイプライター・リボン用綿布のみが米国内産業に被害ありとの理由で昨年九月二十三日関税引上げが実施された。なお、関税交渉のため、昨年七月から関税委員会において実施されたペリル・ポイント調査の結果、エスケープ・クローズ調査が開始され、現在調査中のものにはビニール・レインコート、レーヨン・ステープル・ファイバー、テニス・ラケット、野球グローブおよびミット、モザイク・タイル、板ガラス等がある。
次にアンティ・ダンピング法違反容疑に基づく財務省の調査については、鉄鋼製品、鉄管継手および体温計が昨年調査をうけたが、調査の結果、公正価格以下の販売なしとして却下され解決している。現在調査中のものには、真空管、ミート・サモメター、およびレーヨン・ステープル・ファイバーがある。
(4) その他の主要な輸入制限運動としては、国防条項による調査と農業調整法第二二条による調査とがある。国防条項による調査については、一昨年十月以来、OCDM(国防民間動員局)において、わが国のトランジスター・ラジオおよびトランジスター製品の対米輸入が米国防産業に被害を与え、ひいては米国国防に脅威を与えているかどうかについて調査を行なっているが、わが国業界および政府では、米電子産業界は繁栄しており、またわが国からの輸出は全く娯楽用のものであることなどを述べ、反証を行なっている。
農業調整法第二十二条による調査については、一昨年十一月以来関税委員会は、大統領の命令に基づき、綿製品の輸入が米国の農業計画を阻害しているかどうか、輸入に対し相殺課金を課すことが適当かどうかについて調査を行なっていたが、昨年六月、同委員会は、綿製品の輸入は米政府の農業計画を阻害しておらず、従って賦課金その他の輸入制限を課すべきでないとの決定を行ない、同年八月、大統領はこの決定を受諾したので、本件は解決した。
なおわが国の雑貨生産者は大部分中小企業に属し、米国市場の調査不十分などのため、米国の特許・商標・意匠などを侵害する事例が発生しており、昨年以来、関税委員会が特許侵害の理由で関税法第三三七条(不公正競争防止条項)に基づき調査を行なっているものにセルフ・クロージング・コンテーナーおよびトランスファー・バルブがある。またデザイン模倣、商標問題で米政府機関、在外公館を通じわが方の善処方を要請してきたものには陶磁器、台所用品、ミシン、自動車部品等があるが、その大部分は政府の指導により解決している。
(5) 以上のほか、最近輸入制限運動の対象となっているものに既製服がある。すなわち米既製服業界は、一昨年五月、わが国よりの毛織物、洋服類の輸入が増大し、このため米業界が圧迫を受けているとして、米政府を通じわが方に苦情の申入れを行なってきた。わが国の輸出量はさしたる数量でもなく、米生産量に比べればほとんど問題にならぬほど少ないが、米政府の立場その他諸般の情勢を考慮して、わが国は自主的に数量規制を実施することとして、昨年二月米側にこの旨通告した。しかし米業界および既製服労働組合ではわが方の規制措置を不満とし、本年二月に至り同組合は、五月一日以降輸入される日本製毛織物の裁断・加工を中止することを申合わせた。これに対し日本政府は、かかる労働組合のボイコット措置は、わが国の既製服輸出量のいまだ僅少なることからみて極めて不当であり、ひいては日米経済関係に悪影響を及ぼすことになるとの見地から、再三米政府に対し善処方を要請している。
(6) 以上のように、昨年中に実際に輸入制限措置がとられたものは、エスケープ・クローズ調査に基づくタイプライター・リボン用綿布に対する関税引上げと防水性綿布の定義変更にともなう関税引上げの二つだけであったが、今後の輸入制限運動は、国際的にはドル防衛対策との関連性において、また国内的には景気下降および失業者の増大による保護貿易主義の擡頭、行政府に対する米業界の圧迫、労働組合の動向などによって楽観を許さないものがある。政府としては、このような輸入制限運動の活発化を防止し、長期的な対米輸出振興をはかるために、輸出秩序の整備強化に努めるとともに、他方、外交機関を通じて米政府と意見交換を行ない、また米議会、業界団体等との接触や米国市場の調査、対米啓発などを行なわしめている。
一昨年秋以来、米国下院ならびに法務省では、海運業における米国独禁法および海事法の違反容疑について調査を行なっており、同年末には、ワシントン地区連邦裁判所から日本船十一社(在米支店または代理店)を含む約一三〇の米国内外の船会社に対し、大陪審調査のための関係証拠書類の提出を要求するサピーナ(召喚状)が発せられた。
これに対し、日本船十一社を含む五十六社の船会社は、裁判所に異議を申立てたが、日本政府としても本問題が国家間の裁判管轄権の問題を含んでいるので、昨年三月七日、米政府に対し、「国際法上、本件サピーナの効力は日本国内に所在する文書には及ばない」旨申入れた。
米裁判所は昨年六月十四日、右の船会社側の異議に関し、「大陪審は本問題に関する調査権を有するが、外国の船会社は、米国外に所在する文書については、裁判所が改めて命令するまで提出する必要はない」旨の決定を行なった。この決定にしたがい日本の船会社は、同年八月十二日までに米国内に所在する文書を提出した。
昨秋以来、米国ではドル防衛に関連してシップ・アメリカン運動が展開されており、これまで米海運業界と米政府
との間では米船積取り促進をはかるための会談が行なわれ、また米議会筋でも政府に対し米船積取率を増大する措置をとるべく勧告している。すでにこの運動の具体的措置として米政府では、本年二月以降ICA物資の輸送につき事実上米船以外の船の使用を排除する措置をとり、また昨年末は従来の慣例に反し、わが国のトヨタ自動車が輸銀借款で米国から買付ける物資の輸送について米船のみの使用を要求し、日本船の参加を排除する措置をとった。さらに一般商業物資の輸送についても米業者にその積取指定権を握らせるため、輸出はCIFベース、輸入はFOBベースで行なうよう勧奨している。
このような動きに対し日本政府では、右の輸銀借款の問題については、米側が借款物資の輸送につきウェーバーを認めず、全面的に米船使用を要求することは、本来米国の輸出振興を目的とする借款の順調な運用を妨げ、ひいては今後の日米貿易にも悪影響を及ぼすとの見地から、米政府に善処方を要望している。また、本年三月末派遣された対米経済使節団も米政府に対し、このシップ・アメリカン運動が国際海運の健全な発展を阻害するような方向に向かわないよう配慮することを要請した。
わが国の対加貿易は、一昨年には輸出が大巾に伸張して一億一千四百万ドルに達し、輸出入がほぼ均衡するに至ったが、昨年に入り再び大巾の入超を示した。すなわち昨年の輸出は、一億一千九百万ドルと横ばい状態を続けたが、輸入は、二億四百万ドルと前年より約二十パーセントの増加を示し、結局八千四百万ドルの入超となった。
このように支払超過の巾が大きくなってきた理由は、輸入が大巾に増加したにかかわらず、輸出の面においてはカ
ナダ経済が停滞傾向を示し、その影響をうけて、対日輸入制限運動が次第に激化し、わが国に対する自主規制要求が激しくなり、対加輸出が頭打ちの状態になってきたことによるものと考えられる。
他方輸入の面では、小麦、パルプ、亜麻仁、鉄鉱石等食糧または原材料品が主要部分を占めているのに引きかえ、輸出の面では、繊維製品、金属洋食器、トランジスター・ラジオなど軽工業的完成品が多い。
したがって、今後わが国として対加貿易の拡大をはかるためには、貿易構造の高度化と多角化を図る必要があろう。
(一) 最近のカナダ側の輸入制限運動は、景気後退による失業の増大(一九六〇年は前年に比し約四割増加)もあり、一層拍車がかけられてきている。従ってわが国の輸出品に関係のある多くのカナダ業界がわが方の自主規制を要求し、多くの品目が日加政府間の交渉の対象となってきている。
(二) 本年の数量枠については、昨年十一月からオタワにおいて交渉中であるが、今回の交渉には前回の交渉で問題になった品目(スフ衣料品、綿製品、化合繊維品、合板、金属洋食器)の外、ゴム靴(昨年五月から自主的に規制を開始した)、真空管(昨年十月から本年初頭まで輸出を停止した)、ビニール・レインコート、ポリエステル・ボタン、トランジスター・ラジオが協議の対象になっている。
(三) 今回の交渉にあたってわが方は、昨年枠の据置きまたは漸増という立場で臨んでいるが、カナダ側は、国内の不況を理由に、昨年の水準より下廻る削減を要求してきているものもある。
カナダは、わが国がこれらの自主規制に応じないときは任意評価権(国内産業に被害またはその惧れがある場合、関税上の価額の評価を任意に行ないうる制度)を発動するとの態度をとっているが、わが国としては、できる限り任意評価権が発動されることを避け、話合いにより問題を解決したい考えである。
(四) なお最近わが国の対加輸出品で、公正市場価格の調査(ダンピング調査)を受ける商品が増加している。しかもカナダの場合には、わが国において直接国内販売価格や生産費の調査を行なうことになっているが、このような調査をうけたものは五四年以来現在までで繊維製品、合板、金属洋食器、タイル、鉄釘など約六十品目に上っている。
わが国としても、輸出取引の秩序確立とならんで、価格の維持に努める必要があると考えられる。