四 最近における通商貿易上の諸問題

通商航海条約および通商に関する条約関係

1、日比友好通商航海条約の締結

わが国とフィリピン共和国との間の友好通商航海条約は、昨年十二月九日、フィリピン駐在湯川大使、島外務審議官、牛場経済局長のわが方全権委員と、ラウレル前下院議長ほか比側全権委員との間で、東京において署名調印が行なわれた。

 交渉の経緯

一九五六年七月、サン・フランシスコ平和条約が両国間に効力を生じ、両国の国交が正常化して以来、両国政府首脳者間でしばしば通商航海条約締結交渉の早期開始を希望する旨の意向が表明されたが、比側の事情から具体化しなかった。しかし、一九五八年一月七日には貿易書簡が、また、同年八月一日には入国・滞在手続の簡素化に関する暫定取極がそれぞれ発効し、さらに一九五九年三月には航空業務に関する行政取極も締結され、本条約交渉締結の気運が比国内において醸成されつつあるものとみられたので、一九五九年六月湯川大使より、比国政府に条約交渉を正式に申入れた。これに対し、昨年一月四日に至り、比国より交渉開始に応ずる旨の回答があり、二月二十三日マニラにおいてわが方湯川首席代表以下の代表団と、比側ラウレル首席代表以下の代表団との間に正式交渉が開始され、四月十八日からは東京に移って交渉が続けられた。

交渉は九月に入り、彼我の見解対立のため一時は中絶のおそれも見受けられたが、日比両国間の経済・貿易関係の維持発展のためには、是非とも本条約を締結することが望ましいとして両国代表が粘り強い交渉を続けた結果、ようやく妥結に達し、十二月九日東京において署名調印をみるに至った。

 条約の内容

この条約は本文十カ条および付属議定書からなっているが、本文は、入国・滞在、出訴権、財産権、内国課税、事業活動および職業活動、為替管理、輸出入制限、海運等、両国間の通商航海関係の維持発展に不可欠な事項に関して、原則として無条件最恵国待遇の許与を骨子としている。また付属議定書において、その取扱振りなどを規定している。

 条約の意義

戦後わが国は、東南アジア諸国のうち、インドおよびマラヤ連邦と通商協定を締結したが、友好通商航海条約として署名したのはフィリピンとの間の条約が最初のものであり、また、フィリピンとしても独立後外国と締結する最初の友好通商航海条約でもあり、その歴史的な意義は深いものがある。

日比両国間の通常貿易は、年々その規模を拡大しており、わが国の輸出入中極めて重要な地位を占めるに至っているが、本条約が発効をみれば、両国間の通商関係は、長期かつ安定した法的基礎の上に行なわれることとなり、その一層円滑な進展が期待される。

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2、日本・パキスタン友好通商条約の締結

 交渉の経緯

一九四九年以来、わが国は、パキスタンとの間に貿易取極を締結して両国間の貿易拡大を図ってきたが、他方両国間の通商経済関係の基盤をさらに安定させるため、数年前よりパキスタンに対し友好通商航海条約の交渉を申入れていたところ、パキスタン側は、当時、米国との通商航海条約交渉に忙殺されていたために、わが国と交渉にはいることを当分の間差し控えたい旨を回答してきた。しかし、一九五八年十一月わが方から正式に通商航海条約交渉の開始方を申入れた結果、一九五九年八月パキスタン側から条約の締結交渉を行なうことに異議ない旨を回答してきた。その後カラチにおいて交渉が行なわれてきたが、昨年十二月アユーブ・カーン・パキスタン大統領の来日を契機として、ついに諸懸案の最終的解決を見るに至り、同月十八日池田内閣総理大臣、小坂外務大臣とパキスタン大統領との間で日本・パキスタン友好通商条約が署名された。この条約の有効期間は五年で、批准書交換の日の後一カ月で効力を生ずることになっている。

 条約の内容

この条約は、日本・パキスタン両国の平和および友好関係の強化、貿易および通商関係の促進ならびに投資および経済協力の助長のため、無条件最恵国待遇の原則を基礎として、入国、滞在、旅行、居住、身体および財産の保護、事業活動および職業活動、工業所有権、仲裁判断、関税、為替管理、輸出入制限、貿易経済関係の強化、科学技術知識の交換および利用の促進、国家貿易等広汎な事項について規定している。

なお、この条約では、航海に関する条項は規定されていないが、これは、パキスタン側が従来航海に関する協定を締結した先例がなく、従って交渉の長期化が不可避と予想され、一方航海条項だけのために条約全体の成立が遅延することも望ましくないと認められたので、航海条項についてはこの条約署名後引き続き交渉を継続することとし、今回の条約からは一応除外したものである。

 条約の意義

日本、パキスタン両国間の貿易には、従来、ガットの規定が適用されてきたが、この条約の締結により両国間の通商経済関係、とくに待遇の安定を望む企業進出等の経済協力関係は、今後ますます緊密化するものと期待される。

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3、日本・キューバ通商協定の締結

 交渉の経緯

戦後、日本とキューバ間の貿易は、わが国の一方的輸入超過となっているが、これはわが国がキューバ糖を大量に買付けたにもかかわらず、キューバ側のわが国産品に対する差別待遇のため、わが国のキューバ向け輸出がのびなかったためである。このためわが国はさきに一九五四年キューバ政府とワシントンにおいて通商交渉を行ない、それが不調に終った後も機会ある毎に予備的話合いを行なってきたが、昨年四月来日したラウル・セペロ・ボニリア商相を団長とする通商使節団と交渉を行なった結果、四月二十二日藤山外務大臣と同商相との間において新協定が署名された。

 協定の内容

この協定の内容は、(一)関税、内国税および輸出入等に関する最恵国待遇、(二)出入国、滞在、および事業活動に関する最恵国待遇、(三)船舶に関する内国民待遇および最恵国待遇の享受等を規定しており、有効期間は批准書交換の日から三年である。

 協定の意義

この協定により、わが国とキューバとの通商関係が安定した基礎の上に置かれ、一層増進されることが期待される。

なお、これと同時に、両国間の貿易を互恵的基礎の下に拡大均衡せしめる旨の了解が成立した。

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4、日本・マラヤ連邦通商協定の締結

 交渉の経緯

マラヤ連邦は、一九五七年八月英連邦の一員として独立したが、その際英国の対日ガット三十五条援用を継承したままとなっていた。そこで両国間に通商協定を締結するため、一九五九年七月クアラ・ランプールで予備的打合わせを行ない、さらに昨年二月八日から同地で交渉を行なった結果、円満妥結を見るに至ったので、同年五月十日、日本側林駐マラヤ連邦大使とマラヤ連邦側キール商工相の間で署名が行なわれ、同年八月十六日批准書の交換を了して即日効力を発生した。有効期間は三年であるが、それ以降は六カ月の書面による予告がないかぎり自動的に延長される。

 協定の内容

(イ) この協定は、本文十一条および議定書七項より成り、通常の通商協定で規定される関税およびこれに関する事項、輸出入等についての最恵国待遇のほか、入国、滞在、事業活動についての最恵国待遇および航海についての内国民・最恵国待遇をも含む広汎なもので、内容的には通商航海条約に準ずるものである。

(ロ) マラヤ連邦は、この協定の発効と同時に、対日ガット三十五条の援用を撤回することを正式に約束した。(この約束に従い、同連邦政府は昨年八月十六日付をもって対日ガット三十五条援用を撤回し、日本とマラヤ連邦とは完全なガット関係に入った。)

 協定の意義

マラヤ連邦は、独立以来、同じく英連邦に属する豪州との間に貿易に関する取極を結んでいるが、本格的な通商協定としては日本と結んだこの協定が、最初のものであり、またこの協定の成立により、対日ガット三十五条援用が撤回されるに至ったことは、一九五八年のインドによる同条撤回実現以後最初のケースである。さらにこの協定によつて、日本とマラヤ連邦との通商航海居住関係が永続的な最恵国待遇の基礎の上に置かれるに至ったことは、極めて意義深いものがあり、両国間の貿易は、今後ますます促進されるものと期待される。

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5、日本・ベネルックス通商協定の締結

 交渉の経緯

ベネルックス三国(オランダ、ベルギーおよびルクセンブルグ)は、経済同盟を結成して経済的に一体となっているが、いずれもわが国に対し、ガット三十五条を援用してガット関係に入ることを拒否してきた。また戦後わが国は、オランダならびにベルギーおよびルクセンブルグとの間に、それぞれ貿易支払いに関する行政取極を締結したが、その後の国際経済情勢の進展にともない、いずれの取極も締結当時の意義を失なうに至っていた。よって、わが国とこれら三国との間の通商関係を正常な基礎の上におき、かつ、そのガット三十五条援用の撤回を促進するため、一九五九年十月下旬へーグにおいて予備交渉を、さらに昨年五月二十三日から東京において正式交渉を行ない、七月十六日に至り最恵国待遇を原則とする通商協定を締結することにつき実質的合意に達し、ついで、同年十月八日東京において小坂外務大臣とデ・フォーグト駐日オランダ大使およびデュ・ボワ駐日ベルギー大使との間で、日本・ベネルックス通商協定(正式名称は通商に関する一方日本国と他方オランダ王国およびベルギー・ルクセンブルグ経済同盟との間の協定)が署名された(これにともない同日、前記わが国とこれら諸国との間の貿易、支払取極は廃止された)。なおこの協定は、批准を要し、全当事国による批准書の寄託をまって効力を発生することになっている。

 協定の内容

この協定は、本文七条および二つの議定書からなり、このほかに関連文書として合意議事録がある。有効期間は三年であるが、自動更新が可能である。協定本文の中心をなす規定は、関税等の賦課および輸出入制限に関する最恵国待遇の相互供与に関する規定であるが、その他国際海運における差別的行為の撤廃を奨励すべき旨の規定も含まれている。また第二議定書は、相手国からの輸入により自国産業に重大な危害が及ぶ場合における相互主義に基づく防衛措置(いわゆるセーフガード条項)および暫定的輸入制限措置について規定している。さらに合意議事録において、ベネルックスは、対日ガット三十五条援用の撤回につき努力し、協定発効二年後に改めて本本件につきわが方と協議すべき旨および現在ガットで行なわれている市場こう乱防止のための多角的解決策の実現を見次第、援用を撤回すべき旨を約し、また、前記暫定的輸入制限措置が適用されるいわゆる対日ハード・コア二十八品目(繊維品、陶磁器、ミシン等)およびその初年度輸入クォータが定められている。なおこれらの品目については、毎年実績検討を行ない、クォータの拡大および品目数の削減につき協議することとなっている。

 協定の意義

この協定は、日本・ベネルックス間の通商関係に戦後始めて最恵国待遇を原則とする法的基礎を与えるもので、今後の貿易の安定、増進に資することが期待される。また、この協定は、わが国が欧州諸国と締結したこの種協定としては最初のものである点、およびベネルックス三国が加盟国となっている欧州経済共同体の対外共通政策、とくに対日通商政策の決定にあたり好影響をもたらすものと期待される点からもその意義は大きい。

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6、日本・インドネシア友好通商航海条約締結交渉

一九五八年四月十五日に締結された日本・インドネシア平和条約の第三条は、両国がその貿易・海運・航空その他の経済関係を安定したかつ友好的な基礎の上に置くために、条約または協定を締結するための交渉をできる限りすみやかに開始すべきこと、およびそれまでの間、両国が両国間の貿易・海運その他の経済関係の分野においていかなる第三国に与える待遇に比較しても無差別な待遇を相互に与えるべきことを規定している。その後、インドネシア側の事情もあり、本件条約の締結交渉を開始する運びに至らなかったが、この間わが国の国民または会社に対して差別待遇が行なわれた例はみうけられなかった。

昨年九月にいたり、スカルノ大統領の訪日の際、池田総理との会談が行なわれ、日・イ間通商航海条約の締結交渉の開始につき意見が一致し、十一月二十一日小坂外務大臣からコロンボ会議に出席のため訪日中であったスバンドリオ外相に対してわが方草案を手交したところ、同外相は、同草案の早急検討方を約した。

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7、日本・アルゼンティン新通商航海条約締結交渉の申入れ

本年二月アルゼンティン政府は、オルフィラ新大使の着任を機に、両国間の経済関係を緊密化するため早急に新通商航海条約を締結したい旨申し入れてきたが、同大使が三月中旬池田内閣総理大臣と会見の際重ねてこの旨を述べたのに対し、同総理より日本側としてもア側の申入れに応じ、できるだけ早くこれを締結するよう努力すべきことを約した。

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