三 最近における経済協力および技術協力の諸問題
経済協力 |
アジア諸国は、政治的独立達成後、経済構造の近代化による経済的自立を目指してそれぞれ経済開発計画を樹て、経済の建設にあらゆる努力と熱意をかたむけている。しかしながらアジア諸国は、一般に所得水準が著しく低いばかりでなく、人口の過剰と急速な増加に悩んでおり、これら開発計画の実施、遂行に必要なぼう大な資本と技術とを自力では調達できず、計画は意のままには進捗しない情勢にある。同時に、アジア諸国の経済は、主として一次産品に頼るいわゆるモノカルチュア経済であるため、その主要産品の国際的価格変動が激しく、国際収支はつねに不安定である。加うるに工業化の急速な実施にともなう資本財輸入の増大は、多くの国を深刻な外貨危機に直面せしめており、従って多額な外国援助が実現しない限り、経済の開発は極めて困難であり、先進諸国との所得水準の較差はますます拡大される傾向にある。
他方、わが国とアジア諸国との昨今の貿易については、わが国における米の増産、技術の革新に基づく輸入原材料の使用効率の上昇および代替品の登場、輸入品に代る国産品の増加等の事情から、これら諸国からのわが国の輸入は伸び悩んでおり、こうした傾向は、当然輸出の拡大をも困難ならしめているが、現状のまま推移すれぱ、わが国と東南アジアとの貿易は、さらに他地域に比し相対的減少の途を辿らざるを得ないものとみられる。従ってわが国としては、これら諸国の経済開発に協力して、アジア諸国においてわが国が輸入しうる産品をでき得る限り開発するか、または借款、投資等の方法でこれら諸国に対して購買力を附与するほかには、同地域との経済的関係の発展増大は望み難いものと考えられる。
わが国は、別項において述べたとおり、すでに東南アジア諸国に対して総額一〇億ドルに上る賠償計画を実施中であるが、さらに諸外国とともにDAG、債権国会議、あるいはコロンボ・プランに積極的に参加し、自由主義諸国と協調して借款、あるいは長期信用の供与等を通じてアジア諸国との経済協力の強化促進に努めている。
しかしながら東南アジア諸国は、単にその経済開発が著しく遅れ、かつ困難であるばかりでなく、同地域には中南米における米州開発銀行またはアフリカにおける欧州共同体の開発基金等のような地域的な開発資金の供給機関も存在せず、米国の援助を除いては自由主義諸国からの援助、とくに民間投資は、他の地域に比し立遅れている状態にあり、わが国としては、これら諸国の経済開発の問題が国際機関を含めた国際的な協力により解決されるように努力する方針である。
わが国は、こうした見地から、アメリカ、イギリス、西ドイツ、カナダ等の諸国とともに国際復興開発銀行(世界銀行)主催の対印債権国会議には、初回から参加し、総額七千万ドルの対印円借款および追加借款を供与して、インドの第二次五カ年計画に協力してきたが、昨年九月の第三回会議にも引続き出席し、その後十二月には、インド第三次五カ年計画へのわが国の援助確定までの暫定措置としてさらに約一千万ドルの信用を供与した。また昨年十月初めて開催された対パキスタン債権国会議にも参加し、その後十一月には、パキスタンの繊維機械購入にあてるため二千万ドルの信用を供与している。次回の対印および対パ債権国会議は、それぞれインド第三次五カ年計画およびパキスタン第二次五カ年計画を討議するが、わが国は、引続きこれら会議に参加し、他の自由先進諸国と協調しつつアジア諸国に対する経済協力強化の一環として今後も応分の寄与を続けて行きたい考えである。
わが国は、このほかにもヴィエトナムに対して七百五十万ドルの円借款、インドネシアおよびフィリピンに対してそれぞれ二千八百万ドルおよび四千七百八十万ドルの借款を、賠償を引当てに供与しており、わが国のアジア諸国に対する延払信用供与残額は、昨年末現在で約一億二千万ドルに達し、これら諸国との資本協力には相当の実績を有している。
他方わが国の国内体制を見れば、海外経済協力基金の誕生により、アジア諸国との経済協力関係の一層の促進が期待されている。
しかしさきにも触れたように、アジア諸国の必要とする資本および技術面での援助はぼう大である。わが国のこれら諸国との経済協力の実績が増加し、経済協力実施の国内体制が漸次整備され、わが国経済が発展するにつれ、アジア諸国のわが国に対する期待と要望も増大している。低開発援助の必要性の認識が深まり、その効果的実施を期するための国際的協調が論じられている時に際し、わが国の限られた国力をもっていかに効果的に経済協力を実施しうるか、同じアジアの一国としてアジア諸国の要請に応え、その期待と要望に背かぬためには、いかなる工夫をなすべきか、今後の課題は、大なるものがあると言わざるをえない。今後わが国の経済協力をさらに推進するためには、引続き経済協力の意義についての内外の啓発、国内体制の整備強化および所要予算の確保増額を実現することが必要であろう。
わが国民間企業の東南アジアに対する投融資は、証券取得による合辨事業、延払い等による貸付債権取得による事業提携および技術協力という三つの形態によつて進められており、現在実施中のこれらの形態別経済協力の件数は、いずれも漸増の傾向にある。東南アジア諸国の多くは、第二次大戦後独立を獲得した新興国であるため、民族主義的傾向が強く、外国企業の進出に対して警戒的であるに加え、外資に対する保護も十分でなく、また企業の利潤統制政策をとっている点などからみても、一般に外資受入の環境は良好ではない。しかしながら最近の傾向としては、これら諸国も次第に外資導入の重要性を認識し、マラヤおよびシンガポールは、一九五八年および一九五九年それぞれ創始産業法を、またタイは、一九六〇年産業投資奨励法を公布した。また中国は、一九五四年公布の外国人投資条例を一九五九年修正公布し、次いで一九六〇年投資奨励条例をあらたに公布した。さらにパキスタン、マラヤは、それぞれ一九五九年および一九六〇年西独と投資保証条約を締結するなど一般に投資環境を整備して、積極的に外資を受入れようとする努力がみられる。他方わが国も租税条約や通商航海条約の締結により各国に対する投資の保護をはかっているので、今後わが国民間企業の進出もかなり促進されるものと思われる。
昨年十二月末現在におけるわが国の東南アジア向け投資総額は、約四〇・八百万ドルで、これはわが国海外投資認承額約二四七・六百万ドルの一六・五%にあたる。またこの投資額は、一九五九年十二月末における東南アジア向け投資総額約二二・六百万ドルに比べ八一%増となった。またこのほか各国における民間企業の協力の話合いが進み、実現する見込みの案件もかなりの数に上っている。
これら経済協力案件のうち、主要なものの例としては、インドのルールケラーおよびバイラディラ両鉄鉱山の日印両国による共同開発計画、インドネシアの北スマトラ油田の共同開発計画をあげることができる。
ルールケラー鉄鉱山の開発は、所要鉱山開発機械が日本側の資金援助八百万ドルによって近く発注される段取りであり、昭和三十九年には日本側が買付を約した年間二百万屯の鉄鉱石の対日積出しが開始される予定である。バイラディラ鉄鉱山の開発は、ルールケラーに引続き、昨年三月日本側鉄鉱使節団とインド側で交渉調印され、日本側は、二千一百万ドルの資金援助と年間四百万屯の鉄鉱石の買付を約している。北スマトラ油田の開発についても、昨年四月七日交渉が成立し、日本側の十年間にわたり約五千万ドルに上る資金協力により、所要機械の一部は、すでに発注され、工事が開始された。カリマンタンの森林開発については、昨年七月-九月の二カ月にわたり現地で日・イ共同の地上および航空調査が行なわれている。
なおわが国の民間企業が東南アジアで実施している主要な経済協力の内訳は、昨年十二月末現在大要左のとおりである。
証券取得による合弁事業(計六七件)
インド 製鉄一、水産一、繊維工業二、機械工業一、その他一〇、パキスタン 工業一、セイロン 水産一、繊維工業一、その他三、ビルマ 水産一、その他一、マラヤ 鉱業五、水産一、その他三、タイ 鉱業二、機械工業一、その他六、英領ボルネオ 鉱業一、水産一、ホンコン 水産一、繊維工業一、その他三、中国 水産一、繊維工業四、機械工業二、その他五、カンボディア 林業一、ヴィエトナム 工業一、フィリピン 鉱業二、シンガポール 工業二。
延払い等による債権取得(計四三件)
インド 水産一、その他三、ゴア 鉱業五、ビルマ 水産一、マラヤ 鉱業五、タイ 鉱業五、その他三、シンガポール 工業一、フィリピン 鉱業一〇、林業六、ホンコン 鉱業一、その他一、中国 鉱業一
技術協力(計一三〇件)
パキスタン 工業一、インド 繊維工業一、鉱業二、水産一、機械工業六、電機五、その他一六、ゴア 鉱業一、セイロン 繊維工業二、水産一、その他一、ビルマ 水産二、機械工業一、建設六、その他一、タイ 鉱業三、建設一、その他二、フィリピン 鉱業六、水産一、建設一、電気一、ヴィエトナム 建設三、その他二、インドネシア 繊維工業一、建設五、その他一、英領ボルネオ 水産一、ラオス 建設二、マラヤ 鉱業三、その他一、シンガポール 水産五、その他一、ホンコン 鉱業一、水産三、電気一、中国 繊維工業三、鉱業一、機械工業六、電気六、薬品三、その他一〇。
注 延払い等による債権取得および技術協力は、合弁事業の成立に伴なって行なわれる場合もあるが、ここではそれぞれ独立のものとして計上した。
ラテン・アメリカ諸国は、広大なる国土に豊富な未開発資源を有し、かつ政情は比較的安定しているにもかかわらず、その資本技術の不足のため、独力をもってしては、経済の後進性から脱却し得ないので、産業の多角化ないし工業化を目的として経済開発計画を立案し、先進諸国の経済援助を仰いで、これが実施を図るとともに、広く門戸を解放して積極的に外国の資本と技術とを導入する措置を講じている。従って米国をはじめ、その他の欧米諸国は、競ってこの地域に経済提携の手をさしのべている。
しかるに近年ラテン・アメリカ諸国においても盛り上る経済発展に対する強い意欲を反映して、先進工業諸国に対し従来の援助方式に再検討を求める動きが生れ、その結果として米州各国の共同出資による米州開発銀行の設立が具体化した。ラテン・アメリカ諸国と地理的経済的に最も密接なる関係を有する先進工業国としての米国も、この間、民間資本のイニシアティヴによるラテン・アメリカ諸国の産業開発参加を主体とする将来の対ラテン・アメリカ経済政策を改め、政府ベースの長期的援助を重視し、米州開発銀行および中米経済総合銀行に対する多額の出資(前者に対し四億五千万弗-後者に一千万弗)を行なうほか、ラテン・アメリカ諸国の経済発展の基礎となるべき社会福祉の増大のため五億ドル、チリ震災復興援助のために一億ドルをそれぞれ贈与あるいは長期の借款の形で支出することを決定している。かかる米国の援助強化と平行して、ドイツ連邦共和国もまたその政府ベース援助のうち相当部分をラテン・アメリカ諸国の経済、社会福祉計画に振向けるべく検討中と伝えられる。
これら欧米諸国と比較すれば、わが国は地理的距離的なハンディキャップもあり、また、ラテン・アメリカ諸国との政治的、文化的結び付きも前記諸国ほど密接でないというような潜在的不利はあるが、これらの困難を克服して、貿易市場を拡大し、重要原料の確保をはかるべきであり、このためわが国民間資本の創意を尊重、助成することに努める必要があると考えられる。
この点に関し、最近ラテン・アメリカ諸国との間の人士の交流がますます盛んとなって、これら諸国のわが国の経済力ないし工業の水準等に関する認識がとみに深まっているので、全体として、わが国のラテン・アメリカ諸国に対する経済協力の実績は上り、従来の量に対して質的に充実しつつあることが注目される。
すなわちわが国民間企業のラテン・アメリカ諸国に対する進出状況を見ると、生産事業に対する直接投資額は、昨年末現在で七千五百万ドル、その件数三九件に達しているが、前年同日現在の五千九十万ドル三六件に比べ、件数わずか三件の増加に対し金額は四七・五%の顕著な増加を示している。これは、最近の傾向として、わが国はラテン・アメリカ諸国に対する民間投融資新規案件が確実性あるものにしぼられてきており、大勢は、既進出企業の拡充強化に主力が注がれていることを意味するものである。また最近南米太平洋岸諸国チリ、ペルーおよびボリヴィア等に対する鉱業投資が活発に取上げられ、わが国業界の進出が見られるのも新しい傾向である。
中近東諸国も、他の低開発地域同様に産業の高度化をめざして開発計画の実施にまい進している。
しかしながら中近東諸国は、一般に投資環境の整備も十分でなく、また伝統的に西欧諸国との貿易上のつながりが強く、わが国との経済関係も従来必ずしも密接とはいえない。従ってわが国の経済協力のあり方も、もっぱら将来これら諸国とのより緊密な経済協力関係の基礎固めとなる技術協力に重点が置かれており、今後とも研修生の受入れ、技術者の派遣および技術訓練センターの設置を中心とする協力は、一層強化する必要がある。次に当該地域に対する資本協力、民間ベースの投融資活動状況をみれば、左のとおりである。
(一) 政府ベースの資本協力としては、昨年十月イランの民間企業に対する投資ならびに工業化に協力援助するため、去る一九五八年アラブ連合に供与したと類似の総額三千万ドルの延払いおよび民間投資の枠の設定を行なった。
(二) 民間ベースの投融資活動状況は、わが国の三大海外投資事業の一つとして知られているアラビア石油の活動以外大きな動きはないが、一昨年、試掘開始以来客年末までに、総計八本の試掘を行なったが、いずれも日産一千キロ・リットル以上の極めて豊富な油井であることが実証されるに至った。
なお、昨年三月わが方のスエズ運河拡張工事計画に対する進出の可能性検討のため調査団を派遣したが、同調査団の派遣を契機として、わが国業界としても積極的協力体制を整え、急速に資本技術両面の協力援助が具体化したことは注目に値する動きである。
新興アフリカ諸国は、第一の目標であった政治的独立を獲得した後、第二の願望である経済的自立のために努力する動きがみられ、広く先進諸国に対し経済技術援助を求める傾向が次第にたかまっている。西欧の植民地であった時代のアフリカは、わが国にとっては、単に繊維製品を中心とした消費財の輸出市場であったに過ぎなかったが、今後のアフリカについては、長期的視野に基づいて、新独立国の経済発展に寄与しつつ、わが国の市場の確保、拡大に目を向けるべきものと考えられる。
こうした観点から、一昨年秋先方から提案があったガーナとの貿易・経済技術協力協定については、昨年末に至り双方の立場をめぐり、原則的意見もほぼ出つくした観があるので、目下早期成立を期し折衝中である。
政府は、昨年三月ガーナおよびナイジェリア両国を対象として最初の政府ベースの経済協力調査団を派遣したが、その後日本プラント協会その他業界代表の調査団も派遣されており、アフリカに対するわが国一般の関心は、次第にたかまりつつある。
次にわが国民間資本のアフリカ地域に対する投融資活動をみれば、当該地域が鉱物資源に恵まれている点に着目し、本邦業界の開発輸入のための投融資意欲は、極めて活発で、ローデシア・ニアサランド連邦、南ア連邦を中心に四件の鉱山開発計画が具体化しつつある。