二 平和と安全の確保増進

第二次大戦後の世界情勢はいわゆる冷戦の状態を継続し現在に至っているが、破局を回避しえたのは東西の勢力均衡によるものであった。しかしながら他方この間において、わが国の隣接地域に起った朝鮮事変を含み幾多の地方的戦乱を惹起した。そして今後においてもこの種の危機発生の可能性を蔵していることは否定し難いところである。

現在世界各国は、いずれも自己の安全を確保するため腐心しているが、そのための方途は一様ではない。ある国は、集団的安全保障の方式をとり、他の国は中立政策をとっている。このように各国の安全保障のための政策が異なるのはそのおかれた内外の諸条件が異なるからである。

わが国の場合、その厳しい国際環境、とくに隣接地域における不安定な状態より見て、その安全保障を全うすることは決して容易でない。これがため政治的に同一基盤に立つ米国との協力関係によりその安全を確保し、この体制による安全保障上の安定性を基礎として平和国家としての発展を期することを一貫した方針とするものである。

国連憲章の原則の下に世界平和の維持に貢献することは、日本の国民的願望であり、日米安全保障の体制は、国連の平和維持の機能の補完ともいうべき純然たる防衛的性格を有するものである。安全保障に関する日米間の新条約は、このわが国の一貫した基本政策をよりよく達成することを目的とするものである。

日米新安保条約の発効

「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」および「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」は、昨年一月十九日ワシントンにおいて署名され、衆参両院の承認を経た後、六月二十三日東京において条約の批准書交換が行なわれ、即日効力を発生した。

日米安全保障体制は、講和発効以来わが国にとり平和と安全の維持のため重要な寄与をなしてきた。しかし、旧日米安全保障条約は、戦後わが国の国際社会復帰当時の異常の事態において、しかも事実上自衛力をほとんど有しなかった状況の下において締結されたものであるため、その内容にわが国の独立国としての自主性を保持する上に不適当な部分があったため、これを改正せんとする気運が数年来国会審議等を通じて盛り上っていた。政府は、この国民的要望に基づき一九五八年六月岸総理とアイゼンハワー大統領との会談において日米安全保障委員会を設置し、この委員会を通じて安全保障の分野における日米関係を両国民の必要および願望に適合するよう調整することを考慮することとなり、ここに安全保障条約改正の途が開かれ、さらに一昨年九月ワシントンにおける藤山外務大臣とダレス国務長官との会談により条約改正の交渉を行なうことが決定し、次いで同年十月東京において藤山外務大臣とマックアーサー在日米国大使との間に改訂交渉が開始された。以来審議を重ねた結果、昨年一月交渉が妥結し、新条約が締結される運びとなったのである。

新条約は、国連憲章の目的と原則に則り、国連の平和維持の機能の補完として日本の平和と安全を守らんとする防衛的性格のものであり、日米両国は、わが国の施政下にある領域に対する外部からの武力攻撃に対処すべき決意を明確にすることにより、戦禍の波及を未然に防止するとともに、併せて条約運営におけるわが国の発言権の確立を計ったものである。

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国際連合における活動

昨年から今春にかけての国連をめぐる動きについてとくに感じられることは、アフリカ諸国の相次ぐ独立と国連加盟が国連の動向に及ぼしつつある重要な影響と、コンゴー問題が国連の将来に与えつつある重大な試練とである。

わが国を含むアジア・アフリカ諸国は、従来国連のなかで植民地問題に関しては比較的まとまった行動をとってきた。それは、これらの国の大部分が第二次大戦後に植民地から新たに独立した国であり、自国の政治的、経済的建設に力こぶを入れる一方、かつての自分達と同じ境遇にある植民地諸地域の独立の促進に熱心であるからである。

この勢力が、アフリカ新興諸国の大量加盟で勢いを得たのは当然である。さらにまた、新興諸国を含むアジア・アフリカ諸国が、著るしく強化した表決上の勢力を背景として、国際政治一般に対する発言の場としての国連に対する期待と、東西の対立には巻き込まれたくないといういわゆる中立主義の立場から、独自の主張を強く打ち出すようになったことも見逃せない。

ソ連は、このような動向に着眼して、植民地の即時無条件独立を主張したり、コンゴーにおける国連の行動を植民地主義者の手先と非難したりした。また、中立主義をせん動して、世界があたかも東と西と中立の対等な三つのブロックから成り立っているかのように宣伝し、国連事務局および安全保障理事会の機構をこれに即応するよう改革することを要求した。これは、いずれも自由陣営に対する外交攻勢のため国連を最大限に利用しようとするものであるが、このようなせん動にもかかわらず、新興諸国を含むアジア・アフリカ諸国の大部分が独自の立場から比較的穏健公正な態度をとったことは注目に値いする。

コンゴー問題は、独立間もないコンゴーを襲った同国内外の危機に対し、国連がどのようにして外国の干渉を排除してコンゴー人が自らの選ぶ政治体制を自由に打ち立てさせることができるものか、またどのようにしてその治安の維持と民生の安定のために援助することができるものか、そうした問題解決のための手段の発見とそれを実現する努力を迫った。このようなことは、国連がかつて経験したことがない大事業である。国連の行動に当って、内政不干渉は憲章上の大原則であるが、コンゴー国内の一部の利益を支持する国からは、この原則を厳重に守ることがかえって干渉と非難される、こうして事務総長が一部の国から厳しく非難される、また国連軍は、「国連のわく内におけるアフリカの連帯性」を促進する観点から、とくにアフリカ諸国の軍隊を中心に編成されたが、一部の国の軍隊が本国政府の指令に従う等というようなこともあって、国連軍の統制に問題が起る。さらに国連軍および技術援助に必要な経費は、国連自体の年間通常経費をはるかに上廻るものであるが、一部の国の分担拒否もあってこの経費の調達ができず、国連が深刻な財政危機に見舞われる。コンゴー問題の解決のためには、このような諸困難を克服しなければならない。国連に課せられた重大な試練というべきである。

さて、一九六〇年の国連については、以上のべたような転換期の諸問題を指摘することができるが、これに対してわが国はどのように対処してきたか。

わが国の国連外交の目標は、国連を真に世界の平和を維持するに足る権威と実力をそなえた機構に発展させることである。この究極の目標を達成するためには、辛抱づよい地道な建設の努力を長期にわたってつづけなければならない。現在の国際情勢の下において、また国際社会の現状において、国連がなしうることには限界がある。一足とびの飛躍を期待することはできない。国連憲章を改正しさえすれば、それでその限界がとり除かれるといったようなものではない。大体、憲章の改正それ自体すらできないのが現実である。こうした現実をわきまえた上で、すべての国連加盟国に注文できることといえぱ、すべての加盟国が、せめて国連という外交手段を利己的な目的のためではなく、国際協調の場として活用してもらいたいということである。現実の国連の機能は、国連を通じて反映される国際世論の道義的な力と、この世論を実行に移すための加盟国の自発的協力とに依存する。だから加盟国が狭量な利己的な動機で国連を利用しようとする限り、国連は積極的な役割を果たせるはずがない。のみならず平和のためかえって有害ですらある。

だから国連を国際協調の場として活用するためには、すべての加盟国が、世界的視野に立って穏健公正な国際世論と考えられるものを反映するように努力することが先決である。そしてこのような世論を背景として加盟国の総意に基づいて決定されたことは、すべての加盟国がその実施のために協力することが必要である。このような地道な建設的努力を通じてのみ、国連は徐々にその権威を高め、その機能を強化して行くことが可能であり、それ以外に国連強化の妙案はない。

このようなわが国の態度は、国連が転換期に立っているだけにいっそう堅持している必要がある。わが国は、国連第十五回総会を通じて、このような態度で他の諸国に接してきた。大国であれ、小国であれ、一部の国の主張に追随するかどうかという立場で行動したことはないし、今後もしない。前述のような基本的態度に照らして行動した結果が、たとえばAAグループの一部の国の立場と相違することがあっても、それはやむをえない。またこのような行動の結果が自由諸国の立場と一致することが多いのは、これら諸国がわが国の基本的態度において同じためである。

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