一 国際情勢の推移とわが国の立場

不安定な国際情勢

一九六〇年の初頭から六一年の春にかけての国際情勢は、いぜんたる東西両陣営の対立と、後進地域における民族主義の高まりおよびこれに対する両陣営の働きかけを底流として推移し、幾多の地域において不安定な事態が続いたといえるであろう。

昨年五月のパリにおける東西頂上会談は、不幸にしてU2型機事件を大きくとりあげたフルシチョフ・ソ連首相の極めて強硬な対米態度によって、開会の運びに至らずして押し流されてしまった。これによって、一昨年のキャンプ・デヴィッドにおける米ソ両首脳の会談以来たかまってきた国際緊張緩和への期待も崩れ去り、その後フルシチョフ首相は、アイゼンハワー大統領に対し激しい非難を浴びせて、東西関係は、再び冷却するに至った。

一方アフリカにおいては、昨年一月以来十八の新しい国が独立したが、コンゴー(レオポルドヴィル)においては、独立後旬日を出でずして動乱が起り、じ来不安定な状態を続けているが、この間ソ連は、ひたすら急進的なルムンバ政権の後押しをし、事態は一段と紛糾を加えた。

極東においては、四月韓国で学生を先頭とした大規模な大衆デモが起り、自由と民主主義の高揚、独裁と腐敗政治の剔去を叫んで李承晩大統領の退陣を要求し、革命に成功した。しかしながら、長年にわたる李政権時代の積弊を早急に解消することは至難の業であり、政治、経済の不安定な状態が続いた。

次いで八月、ラオスでクーデターが起ったが、その後の内紛は、激しい内戦に転化し、動乱を続けた。ラオスは、中共や北ヴィエトナムと国境を接しているため、事態は複雑さを加えているが、ソ連は、ブン・ウム政権が正式の国内法上の手続きを経て政権を担当した後も、これをあくまでも反乱分子として扱って、同政府に抵抗する部隊に積極的な支援を送り、ラオスは第二の「朝鮮」化の危険さえもはらむ国際問題となるに至った。

また、十一月南ヴィエトナムでもクーデターが起ったが、これは短時日で鎮圧された。

中南米においては、キューバのカストロ政権は、ソ連をはじめとする共産圏諸国との関係をますます緊密化し、米州内に国際共産主義の支配を許さずとする米国との抗争が激化し、本年一月には、ついに両国関係は断交状態となったが、この問題は、ラテン・アメリカ諸国内にも大きな波紋を投げかけている。

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国連第十五回総会

このような東西の冷戦を背景として九月に開催された国連第十五回総会では、ソ連は、アフリカ新興諸国多数の加盟によって勢力を増大したAAグループの反植民地主義および中立主義の態度を東西の冷戦に利用すべくあらゆる努力を試みた。植民地の即時無条件独立を主張してこれら新興諸国の歓心を買わんとしたり、コンゴー問題の処理に当る事務総長を植民地主義の手先と非難して国連の事業に疑惑を起させたり、また、世界が東、西、中立の三ブロックに三分しているように宣伝して中立主義をおだてようとした如きがその例である。

ソ連のこのようなせん動にもかかわらず、アフリカ新興諸国を含むAAグループが、全体としては、反植民地主義の自主的立場から比較的に穏健公正な態度をとり、ソ連の作戦に乗ぜられなかったことは注目すべきである。これら諸国は、独立の完成、生活水準の向上等の正当な願望を達成するに当っての国連の役割に非常な期待をもっており、いかなる形であろうと国連が東西の冷戦の場となることに反撥するのである。AAグループの諸国が植民地問題その他の問題でソ連の工作にもかかわらず独自の態度をとったのは、そういう理由に基づくのである。

なお、中国代表権問題の審議棚上げに関する決議案が従来に比し僅差で支持されたが、アフリカ新興諸国の大部分は棄権した。

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"平和共存"路線

このようにパリ頂上会談流会後は再び国際情勢は緊張を示し、ソ連の態度には対米高姿勢が目立ったが、この間フルシチョフ首相はしきりに「平和共存」を唱え、昨年十一月モスクワで開かれた八十一共産党および労働者党会議の声明も、このフルシチョフ首相の"平和共存"路線を一応再確認して、戦争の必然的不可避性を否定した。しかし、同時に声明は「平和共存は決して階級斗争の放棄を意味するものではなく、社会制度を異にする国の平和共存は、社会主義と資本主義との階級斗争の一種の形態であり、社会主義思想とブルジョア思想との和解を意味するものではない」と述べ、また、全面戦争の防圧を説きつつも、帝国主義の侵略的本質は変わらず帝国主義が存在する限り侵略戦争を起こす土壌は存在するとして、局地戦争の可能性を認めていることは注目されるところであり、さらにこのような考え方をふえんして、フルシチョフ首相自身本年一月「世界共産主義運動の新たな勝利のために」と題する演説の中で解放戦争の正当性すら認めている。

またこの会議では、"戦争不可避論"をめぐる中・ソのイデオロギー論争に,一応の終止符が打たれたといわれるが、元来中・ソ両国の意見の食い違いは、マルクス・レーニン主義の本質に関するものではなく、それを現実の政策の中で実現する上での見解の相違にほかならず、両国が置かれている革命段階の格差と国際的立場の相違からくるものとみられている。

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ケネディ新政権の発足

以上述べたような国際情勢の下において、本年一月米国においては、アイゼンハワー大統領に代ってケネディ氏が大統領に就任し、共和党に代って民主党が政権を担当することとなった。

就任に当りケネディ大統領は、米国の直面している種々の困難を率直に認め、その打開のために新たな努力を傾注するよう国民に訴えた。さらにケネディ大統領は、一般教書において、ソ連、中共はいぜんとして世界制覇の野望を捨てていないと述べ、共産諸国がこうした企図実現のために侵略行為に出ないよう、十分な国防力を維持する必要を説いているが、今後米国は、このような国防力を背景としつつ、話し合いによる問題の平和的解決の道を探求し、ケネディ大統領の説くニュー・フロンティア精神をもって今後の事態に対処するものと思われる。

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わが国の立場

世界の恒久平和は人類共通の願望であり、わが国の外交政策も世界平和の確立をその究極の目標とするものである。とくに原子爆弾の惨禍を経験した日本国民は、他国民に比し平和を希求することもまた一段と切なるものがあり、外交政策の遂行に当っては、つねにこのような国民感情が考慮されなければならないことは言をまたない。

一国の外交は、現実の国際関係にいかに対処することがその国の利益に最もよく合致するかという現実的な考慮の下に策定されるべきものである。わが国の外交もこのような観点より、東西の対立が依然として存続し、世界平和維持機構としての国際連合が未だその機能を十分に発揮し得る如き状態に達していない現状に立脚したものでなければならない。ひとりわが国のみが無防備中立の外交政策をとることが世界平和に寄与するゆえんであると考えることは、世界情勢の現実を無視するものであり、徒らに理想を追うに急なるあまり、平和維持のために自ら果すべき役割をおこたることは、かえって理想の達成を阻害する結果となることをおそれるものである。東西の対立が継続しつつも、曲りなりにも世界の平和が保たれている現実の世界情勢の背後には、東西両陣営間の力の均衡が大きく作用していることは否めない事実である。従ってアジアにおけるわが国の地位にかんがみ、わが国が自由陣営の一員としての地位を堅持するか否かは、アジアの安定ひいては世界平和の維持にとって極めて重要な影響をもつところである。

さらに東西関係の根底には、自由民主主義と共産主義という二つの相容れない思想の対立があり、共産側が東西両陣営の平和共存を標榜しつつも、前述した如く、平和共存をもって「階級斗争の一種の形態である」と見ていることを看過してはならない。わが国は自由民主主義体制を擁護することを国の基本方針とし、他の民主主義諸国との協調をその外交方針の基調としているが、このことは単に東西の力の均衡を維持するという観点にのみ立つものではない。自由諸国間の協調は、自由主義体制を擁護し、これを発展充実せしめる積極的な努力の中にその真の意義と目的が存している。この意味においてわが国の自由諸国との協力関係は今後政治、経済、文化のあらゆる面にわたって広汎な基礎の上に維持発展せしめられなければならない。

同時にアジアに位置するわが国としては、他のアジア諸国との友好関係の増進を重視するものであり、とくに、国家建設のために今なお幾多の困難をなめつつあるアジア諸国に対し、可能なかぎりの協力と援助の手をさしのべることは、わが国自身の利益に合致するのみならず、先進国としての当然の責務でもある。

さらに、わが国は、社会体制や政治信条を異にする共産圏諸国との間にも友好関係を維持発展せしめんとするものである。しかし、これら諸国との関係においては、相互の立場を尊重し、内政干渉を慎しむという国際社会の基本原則が厳守されなければならない。また、わが国としてはその地理的、歴史的関係にかんがみ、中国大陸との関係が改善されることを望むものであるが、この問題に対しては国際政治全般との関連を常に念頭に置きつつ、対処する心構えが必要である。

最後に、現下の国際情勢にかんがみ、東西両陣営の真の融合に立脚した世界平和の実現は今なお道遠しといわざるを得ないが、わが国としては、世界平和維持のために世界各国が不断のかつ忍耐強い努力を続けることを強く期待するとともに、わが国自身世界の諸問題の解決のためにできる限りの寄与を惜しまないものである。とくに国際連合が未だ世界平和維持機構としての役割を十分に果し得ない現状において、国際連合に過大な望みをかけることは許されないが、わが国としては、あくまで国際連合の活動に対して積極的な貢献を行ない、国際連合の機能と権威を高めるよう、絶えず建設的な努力を傾倒せんとするものである。

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