国際機関関係 |
(ガット第十五回総会については次項参照)
ガット第十四回総会は、昨年五月十一日から同三十一日までの間、ジュネーヴで開催され、わが国からはジュネーヴ駐在代表部河崎公使以下十五名の代表団が参加した。
右総会における主要議題審議の概要は次のとおりである。
西独の輸入制限問題は、わが国はもちろんガットとしても最も関心の深い議題であり、総会開会中数次にわたつて討議の対象となり、活発な議論が行なわれたところである。元来この問題は、西独が一九五七年国際通貨基金およびガットとの協議において、国際収支の理由による輸入制限を行なう資格がないと判定されたにもかかわらず、若干の農産物および工業製品につき、国内産業保護の理由から輸入制限を撤廃しなかつたことに基づくものでガット第十二回総会以来問題となり、結論を得ないままに本総会に持ち込まれたものである。
本総会では、米国、オーストラリア、カナダ等の代表が、西独は輸入制限を即時撤廃すべきであると強く主張したが、結局妥協として、西独が向後三年ないし五年以内に自由化すべき品目、および輸入制限は継続しうるが事実上自由化を行なうべきないしは自由化への努力を行なうべき品目について具体的な決定が行なわれた。
ただしわが国の対西独輸出品目中主要な地位を占めている若干の繊維および雑貨については、一応自由化の対象にはなつたが、その時期に関しては今後西独がわが国を含む主要関係国との間で協議を行ない、その結果を第十五回総会に報告することとなつた。
(イ) イスラエル
イスラエルは、昨年三月、ガット第三十三条に基づきガットへの正式加入を希望する旨ガット事務局長に通報したので、本総会でこの問題を検討した。その結果、同国の正式加入のためのガット締約国との関税交渉は、明年の世界関税交渉会議の際に行なうこととし、それまでの間イスラエルが仮加入国としてガットの活動に参加することを認める旨の決定が採択された。またガット締約国とイスラエルとの間の通商をガットで規制するための「イスラエルの仮加入宣言」が作成され、締約国団の受諾署名を待つこととなつた。
(ロ) ユーゴースラヴィア
ユーゴースラヴィアは一昨年十月、ガット締約国団に対し、ガットに加入したいが現在の同国の貿易体制の下ではガットが定める義務を完全に履行し得ないので、正式加入が可能な状態となるまでの間、相互条件でガット締約国との貿易関係を一層緊密化したい旨を要請した。
この要請は、第十四回総会で検討され、その結果「ユーゴースラヴィアとガット締約国との関係に関する宣言」が作成され、締約国団の受諾署名を待つこととなつた。
(イ) 第一委員会(関税交渉)
第一委員会は、本年から来年にかけて実施される世界関税交渉会議の予定表を作成した。
(ロ) 第二委員会(農業保護政策)
第二委員会では、とくに先進工業国が実施している農産品に対する保護政策が問題となつたが、農業国の要請を容れて、各国の採用している農業保護政策につき協議を行なうこととなつた。協議の対象となる主なるものは、農業政策、補助金、国家貿易、輸入制限等である。
(ハ) 第三委員会(低開発国の輸出振興)
第三委員会は、低開発国の主要輸出産品につき、各国の(a)輸出入、生産、消費、(b)関税、(c)輸入制限、(d)課徴金、(e)国家独占等につき検討することを決定した。
わが国代表より、国際経済が全体として貿易自由化の方向に進んでいる中で、わが国のみが、十四カ国のガット締約国から依然として第三十五条の援用による差別待遇を受けている点を指摘し、これが早期に撤回されることを強く要望するとともに、この問題を次期総会においても議題としてとり上げることを要求した。
ガット第十五回総会は、昨年十月二十六日から同十一月二十日まで東京で開かれ、わが国からは大臣代表として藤山外務大臣、首席代表として萩原駐加大使の他、三十名より成る代表団が参加した。
総会は、冒頭の四日間を大臣会議にあて(藤山代表が名誉議長となる)、現職大臣二十名を含む世界各国の貿易政策立案の最高責任者が会合した。同会議においては、国際貿易の拡大発展の方法、地域的経済統合、貿易自由化、対日第三十五条援用問題、低価格諸国からの製品輸出問題等、世界貿易が現在当面している重要問題を、ガットが今後進むべき方向との関連で熱心に論じた後、引続き開かれた通常総会でこれらの問題をさらに詳細かつ具体的に討議した。
本総会における主要議題の審議状況は概要次のとおりである。
(イ) 第一委員会(関税交渉)の作業
関税引下げの面から国際貿易を拡大するために、ガットの多角的関税交渉会議開催の手続を整える目的で設けられた貿易拡大第一委員会の作業に関しては、大臣会議においても先進国と低開発国とが対立する傾向が認められた。すなわち先進諸国が概してこの世界関税交渉会議について積極的、協調的な態度を示しているのに対し、低開発諸国はむしろ批判的ないし消極的態度をとつており、このことは内国税を関税交渉の対象とすべきか否かについて西独代表とインド代表との間にかわされた論争にも端的に表現された。
続く通常総会において、第一委員会議長より、来るべき世界関税交渉会議のための規則、手続、日程(本年九月から約一年半)、場所(シュネーヴ)についての委員会の決定が報告され、締約国団によつて採択されたが、結局右のような低開発国および農産品輸出国の強い要請を容れ、関税のほかに内国税、補助金をも交渉の対象とすることが特に新たに認められたのは注目に価する。
しかし内国税、補助金に関しては、原則として関係国間の合意によることを前提とし、いかなる国もその意に反して内国税、補助金を交渉の対象とすべく強制されないことになつている。
これに関連し、欧州経済共同体諸国が、内国税、補助金を交渉の対象とすることに強く反対したこと、その他の工業国も、原則としてこれを認めることには異議を唱えていないが、実際に内国税、補助金を交渉の対象とすることに消極的な態度を示していたことは注意を要しよう。
なおわが国は、内国税、補助金を交渉の対象とすることについて、これを認めることには反対しないが、それによつてわが国の立場が拘束されるものではないこと、およびわが国としては、現在輸入抑制のために内国税を賦課しておらず、また関税譲許の効果を毀損するような補助金を付していないので、実際には、本件に該当する品目はないと考える旨明らかにした。
(ロ) 第二委員会(農業保護政策)の作業
農産物の輸入制限を緩和し、その貿易拡大を図る第二委員会の活動については、大臣会議においても多くの代表がこれに触れたが、とくに注目すべきことは、一方において先進工業諸国代表が、自国農業の保護は軽々にこれを撤廃できない旨発言し、他方農産物の輸出依存度が比較的高い国ないしは低開発諸国からは、第二委員会の活動を強化し、農産物の輸出増大の途を求めるべきであるとの発言がなされ、工業諸国と農業諸国ないしと低開発諸国とが相対立したことである。
通常総会開会中における第二委員会の活動としては、第十四回総会の決定に基づき、ガット全締約国の農業保護政策の実施振りについて、ビルマ、セイロン、マラヤ、インドネシア、ローデシア・ニアサランドとの間に協議が行なわれたことがあげられる。
さらに第二委員会は、本年一月下旬および三月中旬に会合して残余の締約国と協議を行なうこととなり、わが国との協議は一月下旬に行なわれた。
(ハ) 第三委員会(低開発国の輸出振興)の作業
大臣会議においては、低開発国の貿易拡大をはかる第三委員会の作業の重要性が強調され、各国代表はこもごも、(1)第一次産品の価格安定、(2)低開発国の貿易拡大、(3)低開発国の産業の多岐化、(4)外資導入の促進、(5)先進工業国の景気変動対策、(6)相互主義の原則の部分的放棄の諸点を指摘した。これに対し、低開発国の経済開発のために、先進工業国に重い負担をかけ、正常でない貿易を行なうことは、国際貿易における消費財の交流を阻止することとなる点に注意したいという批判的見解が、西独およびオランダから表明されたことは注目に値する。
次に通常総会開会中における第三委員会の主な活動としては、低開発国がとくに関心を有する輸出産品(植物油、煙草、棉花、綿製品、茶、コーヒー、ココア、ジュート製品、木材、銅、鉛)の生産、消費、関税、輸入制限等の問題について締約国が提出した資料を検討したこと、委員会の爾後の作業計画を作成したことがあげられる。
なおこの委員会は本年三月に再び会合し、必要があれば、前記各品目以外の品目についても検討し、併せて低開発国の輸出振興を阻害する原因を排除する方策を見出すために審議を行なうこととなつた。
地域的経済統合の問題は、欧州経済共同体に加え、欧州自由貿易連合およびラテン・アメリカ経済統合の動き等もあり、大臣会議の重要議題の一つとして採り上げられた。
「欧州経済共同体」については、その排他的あるいは差別的な性格に対する懸念が域外諸国代表より表明されたが、共同体側は、共同体が世界貿易の拡大に寄与するものであるという従来の総会での主張を繰返した。一方、通常総会においては、共同体代表の報告が行なわれたのみで、活発な討議は行なわれなかつた。
かくて地域的経済統合の問題は、今次総会における重要議題であるにもかかわらず、この問題について積極的に突込んだ議論が行なわれる様子が見えなかつたことでもあり、わが萩原首席代表は、わが国の考え方として要旨次のとおりの発言を行なつた。
一、共同体側は、その説明によつて、共同体域外諸国との貿易を拡大し、かつ自由化の方向に進みつつあることを強調したが、われわれとしては次の懸念を解消し得ない。
すなわち、第一の懸念は、欧州および中南米で進行している地域的経済統合が今後どのような形をとるかということに関するものであるが、このことは近隣国との間に地域的統合を形成し得ないわが国としては当然のことであろう。第二の懸念は、共同体の域外諸国に対する措置に関するものであるが、共同体は域外諸国にも門戸を開き、かつこれら域外諸国との貿易拡大を達成することをうたつているけれども、域内の統合を強化しようと欲するあまり、域外諸国に対して排他的な性格をもつに至るのではないかということである。また第三の懸念は、共同体の実現により域内諸国の経済が充実強化される結果、第三国市場および共同体の海外領域に対するわが国の輸出が、共同体からの強い競争を受けるであろうということである。
一、他方、共同体六カ国側は、日本商品の急激な輸出増加の可能性について懸念を有している模様であるが、この点に関しては次の統計を示したい。
一昨年には、わが国の貿易量は全世界の貿易量の三・三%に相当した。従つて各国の対日輸入量がその全輸入量の三・三%であるのが通常の状態といえるわけである。しかるに、米国の対日輸入量は総輸入量の五・二%を占めているに対し、共同体の対日輸入量はわずかに総輸入量の〇・五%程度にすぎない。さらに国民一人当りの対日輸入額をとりあげてみれば、一昨年においては、米国三・九ドル、カナダ四・三ドル、スウェーデン三・三ドル、スイス三ドルとなつているが、他方共同体諸国についてみれば、西独〇・九ドル、フランス〇・二ドル、イタリア〇・三ドルとはるかにこれを下廻つている。共同体諸国は米国その他の国に比し、より大きく貿易に依存しているにもかかわらず、その総輸入量に占める対日輸入量が極めて微々たるものであることは驚くべきである。
共同体は「外向的」であるとしばしば云われているが、前述のような統計をみるとき、果して共同体がそのようなものであるかどうかについて疑問を抱かざるを得ない。これがガット第三十五条の援用に起因するものであるか、または日本品の輸出増加に対する懸念によるものかは知らない。しかし、日本品の進出が六カ国の通商政策に与えている懸念は根拠のないものであることおよび、共同体の通商政策はしばしば云われているほど「外向的」でなく、日本に対する限り今日までのところむしろ差別的であることが、具体的に明らかになつたと云えよう。
一、従つて、ここでまずなさるべきことは、共同体は日本品に対する懸念を、日本側は共同体の措置に対する懸念を、それぞれ取り除き、相互に貿易の自由化がもたらす利益を亨受し得るようにすることであると考える。
「欧州自由貿易連合」については、ガット締約国であつて同連合に加盟している国(ポルトガルを除く)が、同連合の採択した計画とガット規定上の義務(とくに自由貿易地域に関する第二十四条の義務)とをいかに両立させていくかにつき多大の関心が払われていた。ところが自由貿易連合側は、自発的にこの問題をとり上げ、大臣会議の席上スウェーデン代表は七カ国を代表して、
(a) ガット第二十四条七項の規定に従い、ガット締約国に対し自由貿易連合に関する情報を提供する。
(b) ガットにおける自由貿易連合条約案の審議方法は、ガット締約国団の決定に委ねる。
(c) ガット締約国団が、本件の審議を次期第十六回総会で行なうことを希望する場合、七カ国側は質疑に答える用意がある。ことを明らかにした。
この七カ国側の意向にかんがみ、ガット締約国団は、自由貿易連合に関する条約の審議を行なうべきタイム・テーブルを作成した。
「ラテン・アメリカ経済統合」については、ブラジル、ペルーなど関係国の代表から、本年二月に開催予定のモンテヴィデオ会議で自由貿易地域条約の最終案が作成きれるが、その際は、ガット締約国に対して詳細報告すべき旨の言明があつた。
大臣会議において、ドル地域諸国代表は、この問題をもつぱら通貨別の差別待週、とくに対ドル差別の問題であるとみなし、「世界の主要貿易通貨の交換性が回復された現在、大多数の国においては、国際収支上の理由で差別待遇を行なうべき根拠が消滅した」という趣旨の国際通貨基金の決定(一九五九年十月二十三日)を援用して、対ドル差別を速やかに撤廃するよう要求した。これに対しその他の諸国の代表は、現在対ドル差別の漸進的な撤廃を行なつていること(英、マラヤ、インド)等、または実質的に対ドル差別を行なつていないこと(スイス)、等をもつてこれに答えた。
他方、貿易上の差別待遇には通貨別差別のほかに種々の形態の差別が存在することが指摘され(オーストラリア)、この見地から欧州経済共同体などの地域的統合に伴う差別の拡大傾向が論議の焦点となつた。とくに英連邦内の第一次産品輸出国代表(南阿等)からの攻撃が主として欧州経済共同体に向けられた。これに対して共同体側は、貿易上の無差別の名の下に自由化の全体的水準を低下せしめてはならないことを強調した(ベルギー)。
本問題はとくに大臣会議の議題としては掲げられていなかつたが、大臣会議の冒頭に演説した米国代表ディロン国務次官は、日本に対し十四締約国が依然として第三十五条を援用して日本とガット関係に入ることを拒んでいる事態は、日本のためのみならずガット自体にとつてもはなはだ遺憾であるとの趣旨の発言を行なつた。これに続き大臣会議においても多数の国がこの問題に触れ、インドを始めとし多くの非援用国代表がこれを支持する発言を行ない、このような事態が速かに是正されることを希望する旨を述べた。
わが国の大臣代表たる藤山外務大臣は、日本の経済事情と通商政策を説明した際、第三十五条の援用撤回の結果に関して援用国が抱いている懸念は全く杞憂に過ぎないことを指摘し、同条の撤回を強く要請する旨を述べた。さらにこの問題が通常総会で議題として審議された際には、萩原首席代表はとくに発言を求め、十四締約国が依然として第三十五条を援用していることに対して改めて遺憾の意を表明するとともに、
(a) 新たに国家として独立し、ガットに加盟した低開発諸国が、旧本国の権利義務継承の結果として第三十五条を対日援用していることは不合理であつて、かかる低開発国が当面している問題は、ガット第十八条が認める特別措置(例えば、新産業育成のためには輸入制限を行なうことができる)によつて十分解決できるものであること
(b) さらに先進工業国が第三十五条を援用しているのは、日本商品の進出に対する危惧によるものであるというが、従来非援用国とわが国との通商に輸入急増の問題が生じた場合でも、相手国との話合いによつて円満に解決し得ていること
等の諸点を強調して、第三十五条の早期撤回が実現するように要請した。
これに対して、米、加、西独、ガーナ、ペルー、英、ローデシア・ニアサランド、オランダ、カンボディア、マラヤ、ニュー・ジーランド、フランス、チュニジア、オーストラリア、ギリシャ、インドの各代表が発言したが、とくに注目されたのは、マラヤ、ガーナ、カンボディアの各国が第三十五条援用撤回の含みをもつ発言を行なつたこと、および、従来極めて消極的な態度をとつていたフランス、ベネルックス三国および英国の代表が、本問題に対しこれまでには見られなかつた熱意のある発言を行なつたことである。今次総会においても第三十五条の援用撤回は実現しなかつたけれども、この問題を締約国全体の問題として永く放置することは所詮許されないという真剣な空気が、各国代表の発言を通じて感じられたことは、東京総会の大きな成果と見るべきであろう。
米国代表ディロン国務次官が大臣会議冒頭の演説で、「比較的"低賃金"の諸国から輸出される製品に対して高所得諸国が課している数量制限は必ずしも急速に緩和されていない。米国は、これら高所得諸国は"低賃金"諸国からの製品の輸入を徐々にでも着実に増加すべきであると考える。しかし他方、短期間に特定製品の輸入が急増することは輸入諸国に重大な経済的、政治的、社会的影響を及ぼすものであるから、締約諸国がこの問題を研究するために専門家委員会を設けることが適当であると思う」という趣旨の発言をして以来、多数の代表が低価格諸国よりの製品輸出問題に触れ、この問題は今次総会大臣会議における主要議題の一となつた観があつた。
主な発言は、おおむね工業先進国側から行なわれたが、西独代表は、できるだけ多くのガット締約国が協力して、工業化の途上にある低開発諸国の工業製品に対して公正な待遇を与えるために適当な措置をとるよう研究すべきである旨を述べた。またカナダ代表は、「先進工業諸国は低開発諸国の"低価格"製品による競争の問題を積極的な態度で検討すべきであり、他方低価格輸出国も、輸入国の市場を攪乱しないような方法で輸出の増大を計るべきである。しかしこの問題に対して最も適当な解決策を提供すると思われるのはガットであつて、二国間のみの交渉による妥協は、この問題に対する完全な解決策とはなり得ない。」という見解を表明した。
他方フランス代表は、「低賃金」諸国の一例としてわが国の名を明示し、制限的政策の必要を強調したが、さらに西独代表は、いわゆる輸出の自主規制に言及し、長期的な解決策としての輸出自主規制の意義について疑問を提示した。これに対しインド代表が、「低価格」を理由とする先進諸国の差別的輸入制限を激しく攻撃して注目された。
予期しない波瀾を捲き起したディロン発言は、「低価格産品をめぐる市場こう乱の防止に関する専門家委員会設置の問題」として通常総会に持ち込まれたが、ガット事務局長の発意によりこれを検討するための非公式会合(日本、米国、英国、西独、フランス、イタリア、インド、ブラジル等で構成)が数次にわたつて開催された。
この非公式会合では、「低価格産品」という観念では問題の所在が限定される惧れがあるという理由で、より一般的な「市場こう乱」の問題として討議が進められた。而してこの会合においては市場こう乱に対処する方策を現行ガット規定の枠内で見出すべきである(日本、米国、インド、ブラジル)とする主張と、枠外において見出すことを妨げない(欧州経済共同体諸国)とする意見とが対立して、今総会中に解決の見透しが立たなくなつたので、結局、この問題は第十六回総会の議題として改めて取り上げることとし、それまでの間、ガット事務局長は各締約国から本件に関する資料および意見を徴することとなつた。
各国の国際収支上の理由による輸入制限(ガット第十二条四(b)項および第十四条一項(g)に基づくもの)に関する一九五九年度の協議会(東京で十月十二日より三週間にわたつて開催)の結果が通常総会で報告されたが、右に関しとくに注目すべき諸点は次のとおりであつた。
(イ) 差別的輸入制限の廃止
差別的輸入制限の問題について、米国は、従来漸進的解決をはかるという態度をとつていたが(カナダはその早期解決を主張する急先鋒であつた)、昨年に至つてその態度を一変し、各協議国に対し、対ドル差別待遇を含む各種差別待遇の即時撤廃を明確かつ強力に主張した。また米国はドル以外の差別待遇、例えばわが国商品に対する差別待遇の撤廃についても、これを主張するわが国やインドの立場を支持する態度を明らかにした。
これに対し、各協議国および委員国も、原則的には米国の主張をある程度認める態度をとり、正面から反対の意向を示すものは少なかつた。ただフランスは、通貨の交換性回復が直ちに対ドル差別待遇撤廃の原因となるものではなく、むしろ最近における各国のドル準備の増大が対ドル差別待遇の緩和ないしは撤廃を可能ならしめている点を強調し、もし将来ドル準備が再び悪化することがあれば、再び対ドル差別待遇を強化しうるものであれば、再び対ドル差別待遇を強化しうるものであるという見解を述べ、米国の意見に反対した。他方、英国は米、仏の意見対立の中にあつて曖昧な態度を示していた。
(ロ) 一般的輸入制限の緩和
各国収支状況および外貨事情等が好転していることにかんがみ、米国をはじめ輸入制限協議会の各委員国に対し、一層の自由化を推進するよう強く要望した。とくに最近著しく国際収支の改善を示しているわが国に対し、強い要請が行なわれた。
(ハ) イタリアの問題
イタリアは、国際通貨基金との協議の結果、東京総会の直前に至り、国際収支上の理由に基づく輸入制限を継続する根拠なしという判定を受けたため、その代表は、輸入自由化計画案を次期第十六回総会に提出すべき旨を述べた。これに対し、米国をはじめ若干の国の代表は、イタリア代表の発言を不満とし、輸入制限を即時に撤廃するよう強く主張した。そこでイタリア代表は、その態度を変更し、ガットの規定に従つて速かに自由化のための措置をとり、遅くとも第十六回総会に、それまでにとつた措置および以後の制限撤廃計画を報告すべき旨を約束した。
(ニ) 西独の輸入制限問題
第十四回総会の決定に基く西独の輸入自由化計画中、主としてわが国との間に問題のあつた繊維および雑貨関係による調整が十分でなかつたため、その報告は第十六回総会に持越された。
米国は、農産物価格支持政策につき、ガット第二条(関税譲許表)および第十一条(数量制限の一般的廃止)の義務免除を受け、義務免除の条件として毎年ガット総会に対し本件義務免除に基づく輸入制限ないしは課徴金の賦課の実施状況、制限の解除の見透しについて報告を行なつてきている。従来わが国輸出産品中には、このウェイバー(義務免除)に基づく制限を受けるものがなかつたので、わが国としては本件議題にはさして関心を寄せていなかつた。
しかし、作業部会における年次報告審議終了の十一月十日に至り、米国大統領は農務長官の勧告に基づき、関税委員会に対し輸入綿製品に輸出補助金(棉花一ポンド当り八セント)と同額の賦課金を課することの適否について調査を命じた旨が公表された。
右大統領の措置は、農事調整法第二十二条のウェイバーに基づくものであるが、関税委員会の調査の結果が賦課金の徴収を是認し、大統領がこれを受諾する場合には、わが国もこれにより少なからぬ影響を受けることとなるので、わが国代表は、十一月十九日の通常総会の席上、
(a) 今回の米国の措置は、日本政府はじめ関係業界にとり、全く予想外のものであつたこと、わが国として綿繊維製品の如き工業製品が本ウェイバーの対象となることは予期しなかつたところであり、今回の措置に対しては驚愕の念を禁じ得ず、また、
(b) 米国政府が、一九五五年のウェイバーに基づく義務、この問題に対して締約国団が一般に抱いている感情および米国の措置が世界貿易の発展に及ぼすべき後退的影響等を十分考慮に入れ、慎重にこの問題ととり組むことを希望する旨の発言を行なつた。これに対し米国代表は、わが国の立場を十分本国政府に伝達することを約した。
(イ) ユーゴースラヴィア
ユーゴースラヴィアのガット「準加入」については、第十四回総会で取極文書が作成されたが、同文書は本総会中に締約国の三分の二の受諾署名を得て発効した。これにより同国は、今後ガットの活動に参加することとなつた。
(ロ) ポーランド
ポーランドは、昨年三月ガット締約国団に対し、ガット加入の要請を行なつたが、本総会で検討の結果、ユーゴーの場合とほぼ同内容の「ポーランドとガット締約国との関係に関する宣言」が作成され、締約国の受諾署名をまつこととなつた。ポーランドに対するこの措置は、本総会中に実現したユーゴーのガットへの参加とともに、「準加入」国たる地位を承認したものに過ぎないとはいえ、自由企業と自由貿易を基盤とするガット体制へ国営貿易国が参加するという意味で特筆に値するものであり、他面またガットの規定に弾力性をもたせたという点でもその意義は大きい。
(ハ) チュニジア
チュニジアは昨年十一月、ガット第三十三条に基づいて正式加入を希望する旨ガット事務局長に通報したが、本総会で検討の結果、イスラエルの場合と同じく、来年行なわれる加入のための関税交渉ののちに実現することとし、それまでの間、「仮加入国」としてガットに参加することが認められた。
ガット第十五回総会を東京で開催することは、一昨年秋の第十三回総会で正式に決定されたのであるが、この決定を見るまでにはかなりの紆余曲折があつたことを忘れてはならない。すなわち東京開催案は、一九五七年秋の第十二回総会の際ジャー議長(インドの商工次官補)の示唆したところに由来するもので、これにわが国政府が積極的な態度を示すに至つて具体化への第一歩を踏み出したものである。しかしながら当時は締約国間に反対論が多く、ジャー議長が示唆した等十三回総会の東京開催案は、ついに陽の目を見ずに終つた。締約国間の反対論は、ガット総会の如き大規模な国際会議は、事務能率の点からもガット事務局の所在地たるジュネーヴで開催することが最も望ましいこと、総会をジュネーヴ以外の地で開催することは、確立された先例を破り、新たな制度を作る結果になること、多くの締約国にとつて東京はジュネーヴよりも遠く、代表団派遣により多くの経費がかかること等を少なくともその表面上の理由とするものであつた。しかしながらわが国は、ガット総会の東京開催は何よりもまず参加各国代表にわが国の実情を正しく認識せしめる機会を与え、ガット第三十五条援用撤回の機運を作る好機ともなるという考えに基づき、その後とも根気強く説得工作を続けた。
かくする中、一昨年二月ガット事務局のロワイエ次長が自ら来日し、東京の施設状況を視察し、またわが政府と協議した結果、東京総会の開催は可能であり、かつアジアでガット総会を開く意義は少なくないであろうとの結論を出すに至つて、反対論は次第にその影を潜めるに至つた。かくて前述した第十二回総会の首席代表会議の席上、米国を初め二十一カ国代表の圧倒的賛成を得て、第十五回総会を一九五九年十月東京で開催することに決定したのである。
このような経緯があるので、わが政府としては、会議の内容自体の成功もさることながら、会議の準備および接伴につき、参加国政府ないしガット事務局側からいやしくも非能率や不手際を批判される事態の起らぬよう、十二分に慎重を期し、周到な準備を進める必要があつた。しかも総会の期間は四週間の長きにわたり、それに先立つ二週間にわたつて開かれる輸入制限協議会の期間を加えれば、実に六週間の会議となる上、オブザーバー派遣国を含めて五十五カ国および五つの国際機関から五〇〇名に上る代表が参加するものと推定される等、わが国で開かれる政府間国際会議としては最大の規模を有するものであつた。さらに会議の合間には、前述した東京総会招致の当面の目的にもかんがみ、各国代表にわが国の代表的産業施設を視察せしめる計画等を適宜実施する必要があり、その企画および準備には万全を期さねばならなかつた。このためわが政府は、昨年五月一日より外務省経済局に「ガット東京総会事務局」を特設するとともに、外務、大蔵、農林、通産の関係省のほか、十二の省庁で構成する「ガット東京総会協力審議会」を設けて、わが政府内部の協力機構を確立した。さらにガットがわが国貿易の将来にも重大な影響を有することにかんがみ、経済界の協力をも要請することとし、経済団体連合会、日本貿易会、日本商工会議所および日本関税協会に対し、藤山外務大臣から協力を依頼した。
ガット総会の準備は、ジュネーヴのガット事務局とわが政府との間に交換された了解覚書(一九五九年六月五日署名)に基づいて行なわれた。この覚書に規定された最も重要な原則は、総会をジュネーヴに代えて東京で開催するために生ずる追加的経費はすべてわが政府が負担するということであつたが、このためわが政府は昨年度外務省予算に八千六百万円余を計上した。追加的経費の主なるものは、会議場、ガット事務局事務室、代表団事務室等の借料、これらのための備品購入費、ガット事務局職員六十一名を航空機によつてジュネーヴ・東京間を往復せしめる費用、同事務局職員の日当、同事務局に提供する邦人臨時職員の給料等であつた。この覚書に基づき、外務省は、大手町の産経会館国際会議場を総会会議場として借用し、各国代表団事務室としては帝国ホテルの七〇室を使用した。なおガット総会に先立ち、十月十二日から三週間にわたつて開かれたガットの輸入制限協議会の会場としては帝国ホテルを使用した。
ガット総会の大臣会議(ガット総会としては第二回目である)は十月二十六日から同二十九日まで四日間にわたつて開かれたが、主要代表は次の通りであった。
オーストラリア クロフォード貿易次官
オーストリア ボック貿易および復興大臣
ブラジル バルボーザ・ダ・シルヴァ大使
ビ ル マ ウ・センチ貿易次官
カンボディア エン・フン大蔵通商大臣
カ ナ ダ バルサー法制局長官
チェッコスロヴァキア コホート貿易次官
デンマーク クラウ外務大臣
フィンランド レフトサロ第二大蔵商工大臣
フランス フレッシェ経済大臣
ガ ー ナ ケドー商工大臣
西ドイツ ウェストリック経済次官
ギリシャ デルティリス通商大臣
イ ン ド カヌンゴ通商大臣
イスラエル サピール商工大臣
イタリア スパニヨリ貿易政務次官
日 本 藤山外務大臣
マラヤ連邦 キール商工大臣
オランダ オルスコット経済省対外経済局長
ニュー・ジーランド ボード関税大臣
ペ ル ー デ・ラ・フェンテ大蔵大臣代理
ローデシア・ニアサランド連邦 マクファーレン商工次官
スウェーデン クリング無任所大臣
ト ル コ アシログル外務省国際経済局次長
南阿連邦 ディードリックス経済大臣
英 国 ゴアブース外務次官代理
米 国 ディロン国務次官
主なオブザーヴァー
ユーゴースラヴィア バビッチ外国貿易委員長
ポーランド モズルゼウスキー貿易次官
ナイジェリア ディプチャリマ商工大臣
フィリピン テハム税関長
欧洲経済共同体 ハイゼン対外部長
国際通貨基金 へパード為替制限部次長
締約国の中、右に掲げたもの以外の国は、それぞれその駐日大使また本国の高級官吏を大臣代理として出席せしめた。
なお、わが国の代表団の構成は、次の通りである。(代表代理以下は省略)
大臣代表 藤山外務大臣
首席代表 萩原駐加大使
代 表 牛場外務省経済局長
〃 酒井大蔵省為替局長
〃 木村大蔵省主税局税関部長
〃 松尾通産省通商局長
〃 坂村農林省農林経済局長
而して大臣会議に出席した各国閣僚ないしその代理に対する日本側の接伴行事は、十月二十六日夕の岸総理大臣主催のレセプション、同二十七日の藤山外務大臣主催の昼食会、同二十八日夕の天皇皇后両陛下お招きの宮中レセプション、同二十九日夕の前記四経済団体主催のレセプションであつたが、このほか政府は、十月三十日より十一月三日までの五日間にわたり、大臣会議に出席したこれら各国の閣僚ないしその代理を、観光を兼ねて関西方面の産業視察旅行に招待した。視察先としては愛知県の倉敷紡績安城工場、大阪の松下電器産業茨木・高槻両工場、神戸の新三菱重工造船所を選んだ。さらに十月三十日から開始された通常総会の間にも、週末を利用して、東京貿易センター、キャノン・カメラ工場、川崎製鉄千葉工場、東京電力晴海発電所、味の素川崎工場、東京中央魚市場、ソニー・ラジオ品川工場等の日帰り視察を実施したほか、十一月十三日から同十六日までの四日間の休会を利用して、通常総会出席各国代表のために、同じく関西視察旅行(参加者九十六名)を実施した。産業視察としては久保田鉄工堺工場と鐘紡川淀工場を選んだ。
以上の行事は、いずれも総会中の多忙な時間の間隙を縫って実施されたので、主催者側としては各国代表を疲労せしめず、また他方わが国の厚意を感得せしめながらわが国産業の実態を正しく認識せしめることに、格別の注意と苦心を重ねた。実施の結果はすこぶる好評であり、各国代表から相次いで謝辞が述べられたほか、とくに十一月二十日の閉会式に際し、ガルシア・オルディニ議長は、その閉会演説の冒頭において、各国代表を代表し、政府なかんずく「ガット東京総会事務局」の努力全般に対して深く謝意を表明した。またガット事務局のウィンダム・ホワイト局長は、「ガット東京総会は、日本政府の惜しみなき協力を得てすべての点で予想外の成功を収め得た。このことはガットの歴史に特筆されるべきことである。」と賞讃の辞を寄せた。
一九四九年に成立した国際小麦協定(わが国は一九五一年に参加)は、その後一九五三年および一九五六年の改訂を経て、昨年七月三十一日を以て失効することとなつていた。よつてこれに先立ち昨年一月から三月までジュネーヴにおいて新協定作成のために国連主催による会議が行なわれたが、その結果「一九五九年の国際小麦協定」が採択された。同協定は、同年八月一日に発効し、わが国もこれに参加した。新協定は、旧協定に比較し、次の諸点で輸入国に有利に改正されている。
権利義務規定
小麦輸入国は、ある年度内に小麦の商業輸入量の一定割合(わが国の場合は五〇%、各国の平均は七〇%)を加盟輸出国から協定価格帯(最高一ドル九〇セント、最低一ドル五〇セント)内の価格で買付なければならないが、市価が協定に定める最高価格を上廻つた場合には、加盟輸出国から協定による最高価格で過去の商業輸入実績まで買付けることができる権利を与えられている。これは権利と義務が見合つていた旧協定(わが国の場合保証数量とした一〇〇万トンを約束していたが、もし市価が最高価格を上廻つた時は、輸出国から一〇〇万トンまで最高価格で買付ける権利を有する反面市価が最低価格以下に下つた場合には、最低価格で一〇〇万トンまで輸出国から買付けなければならない義務を有していた。)に比しわが国のような輸入国にとつてより有利である。
最高価格の引下げ
旧協定では最高価格は二ドルであつたが、新協定では十セント引下げられ、一ドル九〇セントとなつた。従つて旧協定に比較して、権利を行使する機会が一段と現実的になつた。
重大な損害を受けた際の脱退規定
旧協定では、協定改正によるかあるいは戦争等の不可抗力に基づく場合以外には脱退が認められなかつたが、新協定では、協定運用上他の加盟国の行動によつて自国の利益が著しく害された時にも脱退し得ることとなつた。
過剰小麦処理に関する規定
新協定では、世界小麦の正常な取引が過剰小麦の取引によつて乱されぬよう、旧協定よりさらに具体的な規定が設けられた。
基準輸出割当量あるいは輸出割当の増加方式等の点で従来より輸入国にとつて有利となつた「一九五八年の国際砂糖協定」(一九五三年の協定を改正したもの)は、昨年一月一日に発効したので、わが国も五月一日に受諾書を寄託してこれに加入した。
一昨年十一月に、鉛、亜鉛の国際価格の安定のため国連主催の第一回鉛・亜鉛会議が開催された際、参加各国の要望によつて国際鉛・亜鉛研究会を設置することとなつた。その後具体的に準備が進められていたが、本年一月二十七日にその第一回会合がジュネーヴで開かれた。
この研究会は、世界の鉛および亜鉛の需給事情の調査、統計の整備等を目的としているが、市況の推移によつては、生産、輸出制限等の実質的問題をも取扱うことがあるので、世界の鉛、亜鉛事情に深い関心をもつわが国としては、第一回会合に代表を送る一方、右研究会への正式加入の準備を進めている。