(二) その他の国際協力
わが国は、一九五七年七月国際原子力機関が発足した当初よりその理事国として同機関の発展に積極的な支持を与えまた米英両国との間に双務協力関係を樹立して、国際協力の推進に努力して来たのであるが、昨年度もまたわが国は、多数国間協力および二国間協力の両面において大きな発展を遂げた。
以下昨年中における原子力平和利用の国際協力について重要な事項を述べる。
(1) 国際原子力機関
国際原子力機関は、発足以来わずか二年足らずの中に急速にその機構を充実整備して、原子力平和利用の国際協力の分野で大きな役割を果す態勢を整えたのであるが、昨年においても、情報の交換、各種の国際会議等による知識の普及、低開発諸国に対する援助、保健安全、軍事転用防止のための国際的規制規則の作成等の分野で多くの業績を挙げた。
さらに同機関は、昨年三月ウィーンにおいて、同機関として原子力資材を供給する最初のケースとして、わが国の国産第一号炉燃料用天然ウランを供給する協定をわが国との間に締結した。わが政府は、かねてから国際原子力機関による資材供給等の重要な事業を発展せしめるために積極的な協力を行なつて来たのであるが、この天然ウランの受入は、わが政府のこのような協力方針を具体化したものであり、同協定の成立は、機関の資材供給事業の端緒をひらくものとして国際的に非常な好感をもつて迎えられたのみならず、同機関におけるわが国の地位を大きく上昇せしめる結果となつた。
また昨年九月の国際原子力機関第三総会に際しては、わが政府代表オーストリア駐在古内大使が総会議長に選出され、見事にその職責を果して加盟諸国の信任と称讃を得たが、これまた国際政治面におけるわが国の地位の急速な向上を物語るものである。同総会は、訓練、技術援助を始めとし、諸般にわたる機関の重要な事業を昨年度に引き続いて充実発展せしめるため、一九六〇年度の事業計画および予算を採択するとともに、低開発諸国における原子力発電の援助を行なうための決議を採択した。
また昨年末には、同機関のコール事務局長および次長二名が、わが国の外務大臣および原子力委員長の招待を受けて来朝し、わが政府および民間関係者と会談したほか、わが国の原子力施設、関係工場等を視察することにより、国際原子力機関とわが国との間の協力を推進する上に大きな成果をあげた。
(2) 日加原子力協定の締結
原子力開発に関するわが国の国内体制が整備するに伴い、政府は、一昨年米英両国との間に原子力協力協定を締結したが、さらにわが国内の研究開発の活動を推進するため、米英両国とならんで原子力平和利用の最先進国であるカナダとの間にも速やかに協力関係を樹立する必要が痛感された。そこでわが政府は昨年四月よりオタワにおいてカナダ政府との間に交渉を行なつた結果、同七月二日同地においてカナダ駐在萩原大使とグリーン・カナダ外務大臣との間で、日加原子力協定が署名された。
この協定は、原子力の平和利用における協力の範囲とその一般条件を規定するもので、この協定により、両国間の原子力物質の供給、技術、援助、情報交換等の協力を政府および民間で行なう道が開かれることとなつた。この協定の発効のためには、わが国会の承認等必要な手続がとられるが、わが国は同協定に基づいて原子力の分野における有数な先進国たるカナダとの間に有益な協力を行ないうることになるので、これはわが国における原子力の平和利用に大きく貢献するものと期待される。とくに有数のウラン生産国たる同国からウラン精鉱を輸入する道が開けたことの意義は極めて大きい。
(3) 国連科学委員会
一昨年八月、科学委員会は国連総会に対し二百数十頁にのぼる報告を提供して、放射能が人間とその環境におよぼす影響を推定し、核兵器実験による環境の汚染を停止する措置の必要性を説いたのであるが、さらになお研究を要する部門が多く、とくに放射能が遺伝におよぼす影響、放射性降下物とくに炭素一四の影響等不明の点が多いので、国連第十三回総会は、科学委員会を存続してその研究を続行せしめることを決議した。
科学委員会の研究を強化するため、昨年十一月国連第十四回総会は、わが国を含む十一カ国による共同決議案を採択し、放射能試料分析試験の設備を所有する国が未所有国の試料分析を引受けるよう勧誘したが、わが国はこの決議に関して、試料分析を引受ける用意があることを声明した。
またこの決議により、IAEA、FAO、WHO、ユネスコ、WHOは科学委員会と協力して、放射能問題の情報および資料の交換、炭素一四を含む遺伝学的、生物学的その他の研究などを奨励する措置をとることとなつた。
このため、科学委員会は本年一月その第七回会期においてその下部機関として二つの作業部会(原水爆降下物の障害の推測と予防のためにいかなる研究が必要かというような基礎的問題を取扱う生物学部会と、放射能試料のデータ収集のため調査をどのようにするか、各国に対する援助をどのようにするかというような実際面を取扱う物理学部会)を設けた。わが代表団からは東大桧山教授がこの両部会の委員に指名された。
昨年十二月一日ワシントンで署名された南極条約は、南極地域の平和利用および科学的調査の自由を確立したものであるが、この条約は南極という広大な未知の世界において人類共通の利益のための科学的調査の自由と国際協力を実現し、かつ同地域の軍事的利用をすべて禁止したという意味で歴史的な意義を有するものである。
そもそも南極条約の締結は一昨年五月二日米国によつて提唱されたものである。すなわちアイゼンハウァー大統領は、同日国際地球観測年を通じて南極地域に実現された科学的研究の自由と、そのための国際協力とを将来にわたつて確保し、かつ南極地域の軍事的利用を禁止し、また南極地域の政治的紛争を排除して、このような目的の達成を容易ならしめるため、南極地域の法的現状をそのまま凍結することを主眼とする条約を結ぶことを提案し、このための会議には国際地球観測年の南極観測に参加したアルゼンティン、オーストラリア、ベルギー、チリ、フランス、日本、ニュージーランド、ノールウェー、南阿、ソ連および英国の十一カ国が出席することを要請した(第三号五四頁参照)。これに対して右十一カ国政府はそれぞれ出席を回答し、同年六月十三日ワシントンにおいて、米国を含む十二カ国代表が第一回予備会議を行なつたのを皮切りに、これらの代表は、条約の内容、会議の手続等について一年余にわたつて非公式に意見を交換し、五十九回の予備会議を行なつた上で、各国の見解を基礎とした条約草案を作成した。
昨年十月十五日からワシントンで開催された南極会議は、米国代表を議長に選出し、主として科学的技術的問題を扱う委員会と、政治的軍事的問題を扱う委員会とを設置して、それぞれの分野の問題を検討せしめたほか、全体委員会としても審議を続行した。また重要な意見の相違については、随時首席代表者会議を開いて意見の調整につとめたが、その結果十一月一日条約の署名が行なわれた。
この条約は、前文、条約本文十四カ条および最終議定書から成つており、南極地域の平和利用(軍事利用禁止)と科学的調査の自由ならびに国際協力の二つを基本目的とし、これらの目的を達成するために必要な諸々の措置を規定したものであるが、その主な内容は次のとおりである。
(1) 南極地域の平和利用(軍事利用禁止)
まず第一条において、南極地域が平和的目的のみに利用されるべきことを大原則として掲げ、軍事施設の設置、軍事演習、あらゆる型の兵器の実験等軍事的措置はすべてこれを禁止した。また同地域においては一切の核爆発および放射性廃棄物の処分を禁止する旨を別に条文(第五条)を設けて明らかにし、将来核爆発および放射性廃棄物の処分に関する国際協定ができた際はそれに従うこととしたほか、この条約の目的を促進し、その規定の遵守を確保するため、条約署名国の監視員が自由に査察することを認めることとした(第七条)。
(2) 科学的調査の自由および国際協力
この条約が作成されるに至つた一つの重要な動機は、国際地球観測年期間中に成果をあげた国際協力を将来とも継続し、人類の科学的知識の増進に貢献しようとすることにあるが、この科学的調査の自由および国際協力の継続は同条約第二条に謳われている。これとともに国際協力を促進するため、各国は、科学的計画およびその結果に関する情報や科学要員の交換を行なうことを要請されているが(第三条)、さらに科学的調査に従事する者および監視員の活動を容易ならしめるため、これらの者は自国の裁判権にのみ服することとされている(第八条)。
(3) 南極地域における法的現状の凍結
右の基本目的を達成するための措置として注目すべき規定は、南極地域に関する領有権ないし請求権の法的現状を凍結することを定めたもの(第四条)であるが、これは、南極地域に対する領有権の主張や、わが国、米国等のようにこれを承認しない立場は、いずれもこの条約によつて何等変更されないことを明らかにするとともに、この条約の有効期間中に行なわれる活動は領有権等の主張の根拠となり得ないこと、および、同期間中は新たな請求権または既存の請求権の拡大を主張しないことを定めたものであり、これによつて南極の領有権等をめぐる国家間の政治的紛争を防止し、同地域の平和的利用を促進することを意図したものである。
(4) その他の規定
(イ) この条約の目的達成に資するため、締約国は、条約発効後南極地域に関する共通の利害関係事項について協議し、平和利用、科学的調査、これについての国際協力、査察、裁判権の行使等に関する措置を立案、審議、勧告するため会合することになつている(第九条)が、これは、将来南極地域の平和利用に関する諸問題に対処し得るようその体制を確立したものとして注目される。
(ロ) この条約の適用地域は南緯六〇度以南の区域とする(第六条)。
(ハ) 条約の有効期間を三十年とし、その後再検討する(第一二条)。
(ニ) この条約の解釈、適用に関して紛争が発生した場合は、関係国がこれを平和的手段で解決するよう協議することを義務づけ、さらにこれを国際司法裁判所に付託することを要求している(第一一条)。
(ホ) 国連加盟国はいつにても、その他の国は締約国の同意を得た上で、この条約に加入することができる(第一三条)。
(5) 最終議定書
最終議定書は南極会議の経過を述べるとともに、条約発効までの期間、条約の取り扱う事項に関する中間取極で望ましいと認められるものにつき協議し勧告するため会合することを署名各国政府に勧告している。
以上が条約の要点であるが、この条約交渉において、わが国、米国等のごとく南極地域に対する領有権の主張を行なつていない諸国は、同地域を領有権の対象とせず、もつぱら全人類の福祉のためにのみ利用すべきであるという立場に立ち、将来は南極地域が国際的に管理されることを理想とした。これに対し同地域の領有権を主張する国はおおむね保守的な態度をとつたが、とくにアルゼンティン、チリの両国は、同地域の領有権はそれぞれの国家の成立と同時に発生した固有の権利であり、いかなる形によつてもこれが侵害されることは容認できないという最も強硬な態度をとつたので、両者の立場の対立によつて、会議はしばしば円滑な運営を妨げられた。その結果同地域の法的現状の凍結、科学的調査の自由、監視員の活動、裁判権、加入条項などの諸点についても多くの調整を必要とした。
しかし結局この条約が成立するに至つたのは関係国の協調と互譲によるものであることはいうまでもないが、とくに南極地域の探険、観測等に関して最も実績の多い米、ソの両国がともに領土権非主張国としてこの条約の目的について共通の利害関係を有し、このような対立を打開すべく、努力したことが大きな理由としてあげられよう。
この南極条約によつて、広大な同地域に初めて完全な非軍事化が約束され、かつその実効性を保証するために査察制度が規定されたことは、正に劃期的な出来事であつて、同地域における科学的調査の自由と国際協力の原則が確立されたことは、たとえ南極が国際化されるに至らなかつたといえ、今日の国際社会においては特に重大な意義を有するものである。これが今後軍縮交渉、大気圏外平和利用等に関する国家間の話合いを促進する契機ともなるならば、まことに喜ばしいことと云わねばならぬ。現に国連第十四回総会の大気圏外平和利用問題審議に際しても、南極条約の締結を歓迎し、大気圏外においても南極地域におけると同様の国際協力体制が確立されることを要望する旨の発言を行なつた代表も少なくなかつた。またこの条約が相対立する諸国の法的立場をひとまず固定し、その基盤の上に高度の国際的協力を可能ならしめたことは、今後国家間の協力に際してあるいは生ずべき法的障害を除去する上にも、有力な先例を確立したものである。これらの諸点にかんがみ、今回の南極条約は最も進歩的な国際条約としてその価値を高く評価されるものであり、その締結の意義は極めて大きい。
わが国は国際地球観測年の事業に協力するため、南極地域に観測船宗谷を派遣し、また越冬隊を残留せしめるなど、同地域の科学的調査に積極的に貢献した結果、その実績を高く評価されて、南極会議にも参加するに至つたものであるが、わが国は未だかつて南極に対する領有権を主張したことがなく、従つて同会議においても常に公正な立場から局面打開に努力をし、またしばしば修正案を提出する等の方法によつて交渉の妥結をはかることに努めた。