三 経済的繁栄の途
昨年は、自由民主主義諸国の経済にとつて繁栄の年であつた。すなわち、米国では、鉄鋼スト等の悪条件があつたにもかかわらず、景気は上昇を続け、また欧州経済は、一昨年末の各国通貨の対外交換性回復以来共同市場のめざましい発展をはじめとして、一般に極めて順調な動きを示した。他方、低開発諸国においても、その経済発展は先進工業諸国のそれにはおよばなかつたものの、これら諸国の繁栄に支えられて、第一次産品の価格はかなりの立直りを示し、その国際収支も相当に改善された。
この繁栄する世界経済の中でも、最もめざましい発展を遂げたのは実にわが国の経済であつた。すなわち、わが国昨年の経済成長率は約一二パーセントで、この成長率のみよりすれば、米国、ソ連はもちろん、西独をも凌駕したのである。しかもこのように著しいわが国経済の成長が、物価の安定と国際収支の好調のうちに成し遂げられたものであつたことは、特筆に値するものといえよう。
しかしながらわれわれは、この世界経済の繁栄が、わが国にとつて新らしい課題を与えるものであることを深く自覚する必要がある。すなわち、西欧等の先進諸国は、この繁栄の中に貿易為替を急速に自由化しており、大まかにいえば、これら諸国の貿易量の九〇%はすでに昨年中に自由化されるに至つた。他方元来完全な自由市場である米国は、空前の経済的繁栄の中にありながらも、その国際収支は、昨年のみで四〇億ドルに近い赤字を示したため、他の先進工業諸国に対しドル輸入に対する差別の撤廃、ひいては一般的な貿易の自由化を強く要求している。わが国も、「西欧および日本」と称せられるように先進工業諸国の一員となつている今日、この貿易自由化という世界の大勢から孤立することはもはや許されない。このことはまた見方によつては、今こそ貿易の自由化によつてわが国経済の基盤を固めるべき好機であるともいえよう。
さらに、わが国は、アジアにおける高度に発達した工業国として、東南アジア諸国を始めとする低開発諸国の経済の発展に特別の関心を有する立場にある。わが国が、経済的に繁栄している今日、この繁栄を低開発諸国の人々とともに分ち合うべき責任はますます大きくなつてきている。もちろん、この低開発諸国援助の問題は、一九六〇年代の世界の課題であつて、わが国が独力で果し得るような性質のものではないが、わが国も国力の許す限りこのような援助の手をさし伸べるという気構えをもつことが肝要である。
(一) 通商貿易面の成果
冒頭にのべた昨年の世界経済の動向を背景として、同年中心としてみたわが国経済外交の通商貿易面の成果と、一九六〇年を迎えての課題は、おおよそ次のようなものである。
各種の国際機関および国際会議におけるわが国の活動の中、経済関係で特筆すべきものとしては、第十四回国連総会に際し経済社会理事会理事国の選挙でわが国が当選し、本年から理事国となつたこと、昨年十月ガット第十五回総会が東京で開催され多大の成果をおさめたこと、IMFおよび世銀の増資、第二世銀の設立を通じてわが国が積極的な役割を果したこと、本年三月ワシントンで行なわれた後進国援助に関する会議にわが国が参加したこと等が挙げられる。
わが国はかねてから、各国との通商関係を安定した基礎の上におくため、二国間の通商航海条約を各国との間に締結することに努力を重ねてきたが、昨年二月にはユーゴースラヴィアとの間に、また十二月にはチェッコスロヴァキアとの間に、それぞれ通商航海条約の署名調印を行なつた。このほかアラブ連合に対して同種の条約の交渉を申入れ、また日比友好通商航海条約の交渉を開始したが、他方、日英通商航海条約の交渉も大いに進展した。
次に、貿易支払取極としては、ソ連との間に三年間の長期協定が締結されたのをはじめ、アジア、欧州はもとより、中近東、アフリカおよび中南米の十数カ国との国に貿易支払取極交渉が行なわれたことは、関係各国とわが国との貿易の増大に大いに寄与するものであつた。
わが国の貿易の中輸出入とも依然第一位を占める対米貿易は、従来わが国の入超が続いていたが、昨年は輸入がかなり減少するとともに、一昨年に比して輸出が約四七パーセントも増えたため、はじめてわが国の出超となつた。これは、わが国にとつては甚だ好ましい事態であるが、他方輸出のふえ方が極めて急であつたため、米国内の輸入制限運動を激化させる結果となつた。しかもこの対日輸入制限運動は、米国のみならずカナダ、豪州および欧州の一部にも波及拡大しており、その成行は楽観を許さないものがある。
他方対共産圏貿易は、主として一昨年五月以後中共との貿易が中断されたため総額においては減少したが、ソ連、東欧諸国、北ヴィエトナム等との関係では一般に順調に発展している。
欧州経済共同体は、昨年からいよいよ実施段階に入り、その後順調な発展を続けているが、わが国はその動向を極めて重要視しているので、昨年十月ベルギー駐在の倭島大使を同時に共同体に対するわが政府の代表に任命した。
わが国は、欧州を中心とする先進国から依然として有形無形の貿易上の差別待遇を受けているが、その最も顕著なものはガット三十五条の援用問題である。政府はこの問題を解決するために、昨年もまた非常な努力を払つたのであるが、後に述べるガット東京総会の招致もその蔭の努力の一つであつた。しかしながら、わが国のある種の産品の競争力があまりにも強いために、わが国に対してガット三十五条を援用している諸国は依然としてその警戒心をゆるめるに至らず、この問題は未だに具体的な成果を挙げるに至つていない。しかしこれらの諸国も、対日差別待遇の問題を何らかの形で早急に解決することの必要を痛感してきているので、本年はガットその他の場を通じ、この問題の解決が促進されることが期待できよう。
もとよりわが国としても、このような差別待遇の現状や前述した輸入制限運動の激化などにかんがみ、「秩序ある輸出」を行なうことに今後とも一段と努力する必要があると思われる。
(二) 経済協力の推進
通常低開発国とみなされる国の多くは、独立後日なお浅く、一般に強い民族意識に燃えているが、その経済的社会的基盤はまだ十分に強固ではない。このため政治的にも不安定な国が多いのであるが、世界の真の平和と繁栄は、これらの諸国の経済的発展とその国民の生活水準の向上をはかることなくしては達成し得ない。わが国は、このような考え方に基づき、またわが国の輸出市場を維持拡大するという見地からも、従来わが国力の許すかぎり、低開発諸国に対する各種の経済協力ないしは技術協力を積極的に行なつてきた。
而して一般に低開発諸国の経済は、最近第一次産品価格のかなりの上昇により、やや改善の徴候をみせてきたとはいえ、人口増加の圧力もあつて、その発展は、先進工業諸国のそれに比較すればはるかに遅々たるものであるので、低開発諸国に対する経済援助の必要性は今後ともますます増大するものと思われる。けだし第二次大戦後の欧州はすでに復興し、一般的なドル不足の悩みも解消した今日、世界経済の課題は、今後いかにして「北方」の工業諸国が「南方」の低開発諸国との関係を調整し、ともどもに経済的繁栄の途を歩むかにある他方また、フルシチョフ首相とアイゼンハウァー大統領の会談によつてその端緒が開かれたようにみえる東西間の緊張緩和への努力により、東西首脳会談も近く開かれようとしている現在、東西間の競争の重点は、次第に経済面にその重点を移してゆくように思われるが、この傾向はすでに低開発地域への援助競争という形で具体的にあらわれている。
このようにして今や経済援助の問題には「南北」の問題と「東西」の問題とがからみ合い、今後の世界にとつて極めて重要な問題となつてきているので、最近欧米の先進工業諸国の間に、低開発地域に対する援助を強化し、またこれを一層効果的ならしめるため、国際的協調を図ろうとする機運が生じてきた。而してアジアにおける最高度の工業国であり、低開発地域とくに東南アジア諸国の経済開発について重大な関心と相当の援助実績とを有するわが国が、このような国際的な協力計画に積極的に参加すべきことは当然であり、また世界各国の期待するところである。わが国が、本年三月ワシントンで開かれた第一回低開発地域援助会議(正式には開発援助グループと呼ばれる)に積極的に参加することとしたのもこのような事情によるものである。他方、わが国内においても、最近低開発国に対する経済協力の必要性について急速に認識が高まつている。昨年四月から発足した外務省経済協力部は、わが国の経済協力外交を一元的に推進する上に大きな成果を収めているが、さらにこの他、かねて東南アジア開発協力基金として日本輸出入銀行に預託されていた五十億円の資金が、本年度から海外経済協力基金に振り込まれ、同基金は、日本輸出入銀行の輸出金融業務を補完して純粋の経済協力業務を行なうこととなつた。また、昨年わが国が、国際復興開発銀行(世界銀行)と国際通貨基金の増資、および国際開発協会(いわゆる第二世銀)の設立に積極的に協力して、応分の醵出を行なつたことも特筆すべき事柄である。最後にわが政府の招待により、本年十月コロンボ・プラン会議が東京で開かれ、関係諸国の閣僚も出席して経済および技術協力の具体的方策を論議する予定であることを付言しておきたい。
ガット第十五回総会は、わが国の招請により昨年十月二十六日から十一月二十日までの四週間にわたつて東京で開催された。一九四八年ガット発足以来一九四九年にフランスのアヌシーで、また一九五〇年にイギリスのトーキーで関税交渉会議と併行して、それぞれ総会が開催されたのを別とすれば、総会はつねにガットの本部の所在地であるジュネーヴで開かれていた。したがつて、通常総会としては、東京総会はジュネーヴ以外の地で開催された最初のものであり、これはガットの歴史にとつてもまことに画期的なことであつた。
それだけではなく、特に一昨年末欧州諸国通貨が対外交換性を回復して以来、活発な動きを見せている世界経済を背景にして開催された今回の総会においては、総会冒頭の四日間にわたつて行なわれた大臣会議においても、またそれに引続いて行なわれた通常の会議においても、各国代表の発言が従来にもまして真剣味を帯びていた。とりわけ貿易の自由化や低開発国の貿易拡大の問題、ガット第三十五条の対日援用問題等については非常に活発な意見が開陳され、その内容も極めて具体的なものであつた。
総会には、締約国三十六カ国(ハイティは欠席)、仮加盟国四カ国(カンボディア、イスラエル、スイス、チュニジア)および準加盟国(ユーゴースラヴィア)の代表のほか、オブザーヴァーとして、アルゼンティン、ボリヴィアなど十五カ国、および国連、国際通貨基金など五国際機関から多数の代表者が参加した。このほかさらにガット事務局の職員を加え、総勢約五百名がこの総会のために来日したのであるが、これはわが国にとつては戦後最大の国際会議であつた。
したがつてわが政府としては、会議自体の成功はもとより、会議の準備、運営方法等についても、能率その他の点でいやしくも招請国として遺漏のないよう、とくに外務省にガット東京総会事務局を設置して、周到な準備を進めた。その結果、東京総会はあらゆる面で極めて円滑に進められたので、内外各方面よりガットの歴史に特筆すべき成功であつたという讃辞を受けた。
またわが国にとり会議自体の成功とならんで特筆さるべきことは、各国の貿易関係大臣その他最高の責任者多数が、会議の内外を通じて直接わが政府および民間の関係者と話し合う機会をえ、また関西への旅行、工場の見学などを行なつたことにより、わが国経済の実情に接し、いわばわが国を再認識したと認らめれることである。このようにして各国代表がわが国に対する新たな認識を得たことは、やがて、貿易面における各国の対日態度を好転せしめ、またガット第三十五条の対日援用の撤回その他の形で今後のわが国のために大いに寄与するものと思われる。また、この総会がこの時期に東京で行なわれたことは、わが国民に対して、ガットとはいかなるものであるか、また、貿易の自由化はなにゆえに必要であるかについての認識を深めさせた効果も、極めて大きなものであつたと思われる。
(なお本総会の詳細については各説の項を参照されたい)
移住者送出数
海外移住五カ年計画(「わが外交の近況」第三号参照)によれば初年度たる一九五九年度の移住者目標数は、一一、〇〇〇人であつたが、昨年末までの実績は五、三五一人で予定の約半数にとどまつた。そこで外務省および関係機関は、できるだけ前述の目標数に達するように努力している。
昨年末の実績の移住先国別数は、次の通りである。
ブラジル | 四、九七四 |
パラグァイ | 一三六 |
ドミニカ | 一二三 |
アルゼンティン | 一〇八 |
そ の 他 | 一〇 |
このほかに同じく昨年末現在、派米短期労務者の数は六六一人に達している。
移住業務実施機関
この派米労務者を除く一般移住業務の実施機関は、日本海外協会連合会とその構成員たる各都道府県海外協会であり、前者は国の内外における移住業務一般を、また後者は、募集、宣伝等、国内第一線業務を担当している。連合会は、現地における移住者の保護、指導およびその他の業務を行なうため、次の八カ所に支部をおき、合計六六人(昨年十二月現在)の要員を配置している。
リオ・デ・ジャネイロ、サンパウロ、ベレーン(以上ブラジル)、ブエノス・アイレス(アルゼンティン)、エンカルナシオン(パラグァイ)、シーダ・トルヒリヨ(ドミニカ)、サンタ・クルース(ボリヴィア)、ボゴタ(コロンビア)
通常現地受入機関といわれているのはこれであつて、各支部は必要に応じ、移住者のためのトラック、トラクター、ブルドゥザー、ジープ等の器材を備付けているが、このほか通常は小学校および移住者収容所を、またところによつては診療所や倉庫等を特設しているところもある。
受入業務の経費
政府は現地における移住者の保護と指導にはとくに留意し、このための経費の補助についても格別の努力を行なつている。その結果、一九五七年度以降支部補助金は、次の通り急速に増加している(単位千円)。
一九五七年度 六五、〇〇〇
一九五八年度 一三五、〇二八
一九五九年度 一八九、五八〇
一九六〇年度 三一一、八一五
移住資金
過去二、三年来、海外移住者の数は伸び悩みの状態にあり、年間予定数を送り出すことは、かなり困難な状態である。いわゆる自営移民の場合は、営農資金を必要とすることはもとより、多くの場合土地代をも必要とするわけであり、また雇用移民の場合は、土地代と営農資金も必要ではないが、最少限の支度金は当然自ら用意しなければならない。土地代や営農資金については、所定の条件を備えている限り、一定限度までは移住振興会社からこれを貸付ける方法もあるが、支度金については、全く貸付の方法がない。また土地代、営農資金の貸付を受けようとする場合も、自営移民として移住する者がすべて所要の条件(市長村長の保証、または本人の担保能力)を備えているわけではなく、また、必ずしも所要額の全部を賄い得るわけでもない。結局移住に要する資金の調達が困難であるということが、移住者数の伸び悩んでいる主要原因の一つなのである。
そこで外務省としては一九五九年度の実績にかんがみ、一九六〇年度の移民送出目標を再び一〇、〇〇〇人としてこれに支度金を補助することとし、このため約六千万円の予算を計上した。これによつて少くとも移住資金の調達難の問題は、一部は解消するはずであり、またこれにより今後の移住促進上相当の効果を期待し得るものと思われる。
主要受入国別事情
昨年七月わが国とパラグァイとの間の移住協定が調印され、同協定は、同年十月に発効した。この結果、同協定の発効の日から三十年間に、邦人八五、〇〇〇人が年間三、五〇〇人までの割合でパラグァイに移住し得ることとなつた。
日本移住振興会社は、この協定の成立に先立つてアルト・パラナ河流域に八五、六〇〇ヘクタールの土地を購入し、現在必要な造成工事を進めている。すでに本年度中に六月頃から二四〇家族の移住者が入植する予定である。これがため政府は振興会社に前記の土地の造成を急がせている。なお引続いて他の入植地を購入造成するよう督励しており、これによつて移住の年間割当数を達成し得るよう努力中である。ブラジルとの移住協定の締結については、すでに第一次、第二次の予備的交渉を了り、近く本交渉に入る段階にあるので、遠からず協定調印の運びに至るものと思われる。