第三十一回国会における藤山外務大臣の外交方針演説
第三十一回通常国会に際しまして、政府の外交方針を明らかにいたしたいと思います。
過去一カ年間の国際情勢を顧みますれば、戦後久しきにわたる東西両陣営の対立は、根本的には何等緩和しておらず、世界は依然として、東西両陣営の力の均衡によつて平和が保たれている状態であります。他方、その間における科学技術の急速な進歩発展は、ついに人類がその活動を宇宙に広げる可能性をも予想せしめるに至つたのでありますが、同時に、大量破壊兵器の発達は、もしひとたび人類がその進路を誤つてかくも発展した科学技術を濫用するに至れば、人類の破滅をもたらす危険性をも招来しているのであります。このような認識が世界一般に行われるようになつた結果、全面的戦争を回避しようとする気運は強くなりつつあるものと考えられるのであります。
しかしながら、両陣営は依然として相互の不信感に基き思想戦、経済競争等を通じて勢力拡大に専念しております結果、局地的な形においては、武力をも背景とした紛争の種が随処に播かれているのであります。過去一カ年を回顧いたしますければ、中近東の騒擾、台湾海峡の紛争等に加え、さらにベルリン問題の再燃等、局地的な形による東西間の抗争はあい次いで起つているのでありまして、類似の紛争が今後とも他に起りえないとは、何人も断定いたしかねる情勢であります。かかる情勢の下において、東西両勢力の指導的国家の間に、能う限りすべてを話合いによつて解決しようとする気運が高まりつつありますのはまことに当然な次第であり、巨頭会議開催の試みも、この意味において、当然歓迎せらるべきものであります。しかして、このような話合いが実を結ぶために最も必要なことは、関係各国が具体的かつ建設的な解決策を持ち寄り、相互の信頼と互譲の精神をもつて話合いを行うことでありまして、かかる用意のない限り、この種会談はつねに空虚な宣伝に終るでありましよう。
わが外交の基調は、世界平和確保のための建設的な努力を通じて国民の福祉と安寧を図ることにあるのでありますが、このまうな平和外交を推進するについては、まず第一に、すべての国際問題は平和的手段によつてのみ解決すべきであると考えるのであります。けだし真の平和は平和的手段によつてのみ速成し得るのであり、武力をもつて事を処理しようとすれば、心ずや他の武力を誘発し、止まるところを知らないでありましよう。
次に、たとえ武力の行使を伴わずとも、その方法のいかんを問わず、いやしくも他国の内政に干渉し、またその秩序を乱し、あるいはその敵意や悪意をそそるがごとき行動は、相互に厳にこれを慎むべきものと考えるのであります。以上の二点は、相互に他人の立場を尊重し合いつつ平和的に問題を解決するという、民主主義の根本理念をそのまま国際社会に適用するものにほかならず、国際民主主義とも称すべきものであります。また、これこそ、わが国平和外交の本旨でありまして、世界の安全と福祉を保障すべき機関としての国際連合もまた、実にこのような精神に出でるものであります。私は、各国がかかる精神に徹しますならば、世界の平和はおのずから招来されるものと固く信ずるのであります。
ここに、私は、政府の当面する重要外交問題につき、一言いたしたいと思うのであります。
申すまでもなく、国際連合は、世界の平和と安全の支柱として大きな意義と価値とを有するものでありまして、加盟国ひいては全世界の安全が専ら国際連合によつて保障されることが最も望ましい次第であります。しかしながら、他国、現下の国際情勢を反映し、国際連合が、大国の拒否権行使によつてしばしば多数者の意志の実現を阻まれ、また、緊急事態に際して迅速かつ有効な措置をとりえぬ欠陥があることも、ひろく認められているところであります。かかる欠陥が是正され、国際連合が真の平和維持機構として確立されるまでは、加盟国は国連に協力しつつも、自らの努力と責任によつて自己の平和と安全とを保障する必要が存するのであります。わが国が、米国との安全保障条約によつて、その防衛を達成しようとするゆえんもここにあるのであります。
思うに、わが国の中立を唱え、あるいは、集団的不可侵条約の締結によつてわが国の安全を保障すべしとの意見は、いずれも今日の世界の情勢を無視する観念論に過ぎないのであります。けだし、国家が中立国たることによつてその安全を保障するためには、その国にとり、右を可能とする政治上、経済上、地理上および軍事上の具体的条件を必要とするのでありまして、遺憾ながら、東西両陣営があい対立し、しかも東亜の各地に、御承知のごとき不安定な政治、経済情勢が支配しております今日、かかる政策をとることは、わが国の安全を達成するゆえんではないのであります。また東西両陣営にわたる集団的不可侵条約によりわが国の安全を確保しよ5とする考えにつきましては、一般軍縮問題についても、奇襲防止問題についても、東西間に何らの実効的な話合いの成立していない現状においては、不可侵条約の美名も、具体的保障措置を伴わざる限り、容易に国家の安全を委ねえないのであります。このことは、わが国自身過去の歴史においても経験したところであります。
政府が、戦後わが国が国際社会に復帰するに当り、わが国の自衛力も極めて不十分な状況の下において、米国政府との間に現行日米安全保障条約を締結いたしましたのは、このような考慮によるものでありますが、同条約は、爾来七年間、今日までわが国の安全保障の軸として、よくその使命を果してきたのであります。
しかしながら、その間わが国力も漸次回復するとともに、自衛力の漸増も行われ、国際社会におけるわが国の地位も向上して参りました結果、現行安全保障条約に合理的な修正を加える必要が一般に痛感されて参つたのであります。米国政府が、この点に十分の理解を示し、今次改定交渉に応ずるに至りましたことは、同国がわが国の自主性を改めて確認し、対等の協力者としてその立場を尊重しつつ、あいともに、極東ひいては世界の平和維持に貢献しようとする意図を示すものであると考えるのであります。
われわれは、わが国の置かれている国際的環境を冷静かつ現実的に判断するとともに、自ら果すべき責務は進んで果すという熱意と覚悟とが必要なのであります。政府といたしましては、本件交渉を進めるに当り、国民各位の声を十分に反映しつつ、早期にこれが妥結を図る所存でありますが、この点、各位の十分なる御理解を期待する次第であります。
次に、共理圏諸国とわが国との関係について、一言いたしたいと思います。
もとより、自由民主主義国たるわが国といたしましては、国際共産主義の浸透は、断じてこれを容認しえないところであります。しかしながら、このことは決して、共産主義諸国との友好関係を無視ないし軽視しようとするものではありません。すなわち、政府は、共産圏諸国との間にも、相互の立場を尊重しつつ、平和的な関係を維持増進することに努めたいと考えるのでありまして、これが、ひいては東西間の一般的緊張緩和に資することを期待する次第であります。
わが国とソ連との間には、すでに国交が回復され、通商貿易の途も開かれ、すでに実績を重ねつつあるのでありますが、ソ連政府が、今日なお、わが国の領土に関する正当な要求を認めません結果、平和条約の締結が遅れており、またこれを理由にして、北海道近海漁業問題に関し話合いを拒否しておりますことは、まことに遺憾であります。
次に、中国大陸との関係について、所見を申し述べたいと思います。中共が、中国大陸に政権を掌握して以来、相当の時日も経過しておりまする結果中共の問題が世界政治においても重要な問題となりつつあることは御承知のとおりであります。由来、わが国と中国大陸とは、経済的にも文化的にも、密接な関係にあり、従つて、相互に貿易を行うのが自然の状態であり、また、これによつて、双方に利益がもたらされるのであります。しかして本来、これらの交流関係は双方が互いに善意をもつて相手方の立場を尊重し合うならば、国交の有無にかかわりなく、これを維持し、発展せしめうるはずであると信ずるものであります。事実、わが国と中共との貿易は、昨年五月まで逐次伸長して参つたのでありますが、その後中共側がこれを断絶した結果、爾来今日まで貿易は再開されるに至つておりません。しかしながら、政府といたしましては、日中貿易の促進が相互の経済的利益に合致するゆえんであると信じますが故に、わが国としても自主的立場をすてることなく、今後とも、現状打開に努力する所存であります。
私は、中共側においても、この際、相互にその政治的理念と秩序とを尊重するとの建前の下に、日中貿易の促進と善隣関係の樹立に資するようすみやかに現在の障碍除去に努めることを希望するものであります。
韓国との関係につきましては、御承知のごとく、両国政府は過去久しきにわたり、漁業区域、船舶、文化財、在日韓国人の法的地位および請求権等、両国間の懸案について、意見の交換ないし討議を行つて参つたのであります。
右のうちとくに漁業区域に関する韓国側のいわゆる李ラインに関する主張は、それが従来の国際通念に反するものであり、またわが国民生活にも至大の影響を与えるべきものであることにかんがみ、政府は、単にわが国民の利益に合致するのみならず、世界の良識ある人々を納得せしめうるような公正妥当な方法で解決すべく、忍耐強く努力する所存でありまして、本件解決こそ、じ余の案件解決の鍵となるべきものであります。交渉はいまだ所期の進展を示すには至つておりませんが、これらの努力は決してむだではなく、相互の信頼感の回復に、必ずや役立つものと考えるのであります。
次に、わが経済外交上の重要な問題について、政府の見解と方針を申し述べたいと思うのであります。
最近の国際経済において、最も注目すべき出来事は、昨年末欧州主要諸国が一斉にその通貨の交換性を回復する措置をとつたことであります。これらの措置は、基本的には、貿易および為替の自由化の方向に沿うものであり、また、ポンド、マルク等の西欧通貨が、ますます国際通貨としての信用と機能を増大し、世界貿易がそれだけ増進されると考えられる限りにおいて、わが国としても、その将来に対する意義を高く評価したいと思うのであります。しかしながら、今回の措置により西欧諸国が遠からず貿易を完全に自由にするであろうと考えることは早計でありまして、このことは、関係諸国政府が、交換性回復の措置をとるに当り、貿易管理は当分これを従来どおり維持する方針である旨表明していることからもうかがわれるところであります。現に、これらの国においては、今なおわが国の輸出に対する差別的な輸入制限が続けられており、とくに、わが繊維製品、雑貨等については、今後とも相当な貿易障壁に当面することが予想されるのであります。
もとより、政府としては、いかなる地域においても、わが輸出産品が受ける待遇につき、今後とも外交交渉を通じてその改姜に努力する所存でありますが、同時に、この際、わが国貿易の将来の発展を期するため国際経済のすう勢に沿つて各国との貿易を相互に拡大することにより、通商自由の方向に進むべく、内外の経済施策を検討する要があると考えるのであります。
さいわい、各国における貿易上の諸制限や差別待遇を撤廃することを目的とするガットの総会が、本年秋東京におい開催される運びになりましたが、この東京総会が、国際貿易の拡大と世界経済の繁栄に、一時期を画するものになることを期待するものであります。
さらに、経済外交の一環としてこの数年来とみに重要性を増しつつある対外経済協力の問題について一言いたします。経済的に立ち遅れた諸国の開発が、国際貿易の増大と世界政治の安定に必要なことは申すまでもありませんが、とくに、アジア、中近東、アフリカ諸国との緊密なる提携を重視するわが国として右地域の経済的、社会的発展につき応分の寄与を行うことは、その平和外交の重要な任務であると考えるのであります。
以上のごとき観点から、政府は、これら諸国の要望にこたえ、各種技術センターの設置に着手するほか、経済および技術協力を通じ、諸国の経済開発計画にいつそう協力する所存であります。また、本年発足いたしました国際連合特別基金の理事国として、世界の低開発国の開発事業に協力するとともに、コロンボ計画に対しても、いつそう積極的に参加する方針であります。
最近、わが海外移住者が受入国において果している経済上の役割が特に高く評価されつつありますことは、まことに意義の深いことでありまして、政府といたしましては、今後とも、海外移住を推進する方針であります。このため、移住協定の締結等を通じ、ますます中南米諸国との友好関係増進に努めるとともに、内外の体制を整備して、海外移住を計画的に振興いたす所存であります。
文化の交流は、わが国民と諸外国国民の相互理解を深めるとともに、これら諸国との友好親善関係の増進に寄与するところ大でありますので、政府としては、できる限り、民間における外国との文化交流を促進いたしたいと考えているのでありとす。
かくして、諸国民の間における真に平和的な気運の醸成を図ることは、世界平和の維持に資するゆえんでもありますから、私はひろく人的、知的交流を促進することを、わが平和外交の一環として、今後とも推進いたしたいと考えるのであります。
以上、私は、わが国の当面する外交上の重要な問題と、それに処する政府の方針を、卒直にひれきいたした次第であります。
私は、かねがね、一国の外交の成否は、その方針が国民の願望と必要に沿うものであるかどうか、また、政府が外交を進めるに当つて十分国民の理解と支持を受けているかどうかにかかつていることを痛感しているものであります。さきに外交政策の基調として述べましたところは、ひつきよう、国の安全を守り、国民生活の経済的、社会的基礎を固めることにあり、これは、とりもなおさず、国民の福祉全般を増進することにほかならないと信ずるのであります。
私は、わが国の外交の衝にある身として、常にこの点に思をいたし、ひろく国民各位の意志を反映し、国民全体の福祉に直結する民主的外交を行うことを念願するものであります。ここに、私は、政府のかかる方針について、各位の深い御理解と御支援とを重ねて要請する次第です。